子供を見ていてつくづく思うことは、「初めての衝撃」がたくさんあってうらやましいということ。食べ物、見る物、聞くこと、なんでもかんでも初めてだとやたらと目を丸くする。
中年になると、なかなか目を丸くする機会がない。少し寂しい。初めて食べたウマいもの、初めて行った外国、初めて触った○○とか、ジャンルを問わず、初めての衝撃ほどワクワクドキドキウキウキするものはない。
色気方面、それも各ジャンル、各パート?ごとの「初めて話」は、酒場のヨタ話として夜ごとアチコチで喋っている気がするが、さすがにここで書くことは難しいのでパス。
自分にとっての初めての衝撃をアレコレ思い返していたら、随分といろんなことが頭に浮かぶ。
初めて食べたシリーズでは、まず思い浮かぶのがババロアだ。よく考えると名前の響きからして凄い。得体の知れない感じがする。「ば・ば・ろ・あ」だ。何にも似ていないこの響き、決して美味しそうな響きではない。でもウマかった。子供の頃の初体験はいまも強烈な印象。
あの食感と口の中で溶けていく感覚は物凄くインパクトのある体験だった。あの頃よりは金持ちになった今ならお金を出してでもあの驚きを未知の状態から体感してみたい。
カルボナーラもショッキングな食べ物だった。新宿の喫茶店で初体験。まだ世の中にパスタなどという洒落た言葉は流通していなかったように思う。
ナポリタン、ミートソースが王道で、せいぜい和風明太子スパゲッティあたりが斬新だった時代だ。もう30年以上前のことだ。
コッテリしたくどさが少年の私をノックアウト。ベーコンだ、卵だ、生クリームだ、という幼い舌を誘惑するには最高のスター達が予備知識のない私の前に登場。ひとくち食べた途端、衝撃的なウマさに死ぬかと思った。
今でも、ときどきカルボナーラが食べたくなる。でも、あの頃の感動は、どんな有名店に行っても感じない。それどころか完食不能。くどくてダメ。加齢って切ない。
浜松のウナギにもビックリした。中学生の頃の話だが、それまで食べていた近所のウナギ屋のウナギとは似ても似つかない絶品を食べて、やはり死ぬかと思った。
当時、親の知り合いに浜松の名士がいて、その人が連れて行ってくれた料亭が舞台だ。甘いだけのタレ味ウナギしか知らなかった私は、初めて見る白焼きにビックリ。食べてみてウマさにビックリ。その後に出てきた鰻重にもビックリ。ご飯を挟んでウナギが2段構え。食べ盛りの少年だった私はまさに昇天状態。
親の分までさんざん食べた。精力がつく食べ物を中学生がわんさか食べたわけだから元気びんびん。翌朝の生体反応もビックリするほど強烈だった。
初めての海外旅行体験は、14歳の頃に行ったグアム。異国の地そのものよりも、巨大サイズのコーラや巨大ピザ、巨大ハンバーガーにあ然とした。
今でこそ、巨大サイズは日本でも珍しくないが、当時は、シェーキーズの食べ放題もカプリチョーザも無かった頃だ。アメリカ人御用達のデカい食べ物、デカい飲み物にとにかくウットリした。この時、初めて味わった「マウンテンデュー」も官能的な味だった。
初めて見た「ゲゲゲの鬼太郎」は、どこかのデパートのイベントで見た着ぐるみ。中に大人が入っている着ぐるみだから、鬼太郎のくせに妙にデカかったのが恐怖心とともに印象に残っている。
初めて見た「西城秀樹」の顔の小ささと身体の細さにも驚いた。友人の父親が連れて行ってくれた“歌謡ショー”の会場で、舞台裏通路で接近遭遇。まだYMCA以前のヒデキだ。
さてさて、初めてシリーズは、書き始めるとキリがない。誰にでもジャンルごとに強烈な印象が残っているものだと思う。暇な時に思い返してみると結構楽しい時間つぶしになる。
私の場合、時間つぶしのつもりが、真剣にいろんな記憶をたぐり寄せてしまい、頭の中はそればかりになるのが困りもの。
初めて食べた「フルーチェ」とか、初めて飲んだ「ドクターペッパー」、初めて行った「ノゾキ部屋」、初めて被害にあった「ボッタクリバー」などなど、書き始めるとキリがない。
キリがないので、まとめもしないでこの辺で終了。
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