2015年4月24日金曜日

ホンモノのゴマだれ


初夏の訪れが近い。ソーメンの季節である。冷やし中華もやってくる。待ってました!と叫びたくなる。

ソーメンは寒い季節には不思議と食べる気が起きない。謎である。もりソバや冷たい稲庭うどんなら冬でも食べるくせにソーメンは季節限定である。

私自身、冷やし中華は一年中食べているのにソーメンは夏場だけだ。なぜだろう。冷やし中華のように秋の終わりに買いだめをしなくとも、ソーメンは一年中自宅に常備してある。でも寒い季節には見向きもしない。

まあ、いいや。今日はそんな文化人類学的な話を書くつもりじゃなかった。今日は「ソーメンのつけだれ」についての自説を主張したい。

私の変態食生活を象徴するスペシャルなつけだれがすりゴマを大量に使った「ヘドロダレ」である。もう10年以上前、いや、20年ぐらい前からの私の大好物だ。


市販のすりゴマが主役である。親の仇みたいに大量に使う。濃いめのソーメンつゆを用意してドバドバと投入する。

テレビのコントなどで塩やコショウをパラパラ振りかけようとしたらフタが外れて中味を全部ぶちまけちゃうシーンがある。例えるならあんな感じである。

ポイントはソーメンつゆを濃いめに作ることだ。だからストレートタイプではなく濃縮5倍とかのつゆを2倍程度に薄める。そこにショウガもしくはワサビをガッツリ投入。

わけぎやネギ、ミョウガなどはお好みで。いずれも多めに入れたい。なにしろ大量の白ゴマが主役だから薬味も多めに入れないとゴマの風味に完敗する。



そしてすりゴマをドッカンドッカンである。マジかよ?大丈夫かよ?気が狂ったのか?と不安になるぐらい入れるのがカギである。

これで準備完了。スペシャルつけダレをマゼマゼするとヘドロ状に変身する。液体っぽい雰囲気が残っていたらまだまだである。更にすりゴマを追加してヘドロ製作に励む。

野趣溢れる備前焼の器あたりを用意すると色合いのマッチングが良い感じだ。風流である。

あとは食べるだけである。箸でたぐったソーメンの尾っぽのほうをツユにピショっと浸して食べるのが一般的だが、ヘドロダレはそういうわけにはいかない。

ピショっと浸すという行為が成り立たない。ヘドロの上にソーメンの尾っぽが乗っかっちゃって「浸す」ことが不可能である。

たぐったソーメンの上側、すなわち箸に絡まっている側をヘドロに潜り込ませてすくい上げるようにして食べるのが正しい食べ方だ。

というか、そうやって食べるしか方法がない。見た目は限りなくヘンテコである。マズそうである。


見た目はともかく、一度はトライして欲しい。目からウロコである。非常にウマい。革命的なウマさである。白ゴマの香ばしさ、甘味、そして健康なイメージまで加わって幸せな気分になる。

こんなアホな食べ方を推奨していると、「ゴマだれを買えばいいじゃん!」と言われそうだ。でも私は「ゴマだれ」が好きではない。

ゴマは大好きだが、ゴマだれはインチキっぽい味がする。しゃぶしゃぶ屋さんに行ってもゴマだれは使わない。私に言わせればアイツはゴマモドキである。

だいたいゴマの気配が感じられない。元々ゴマだったという形跡がカケラも感じられないのがイヤだ。色だけでコロっとダマされている気がする。アイツは怪しい。

すりゴマなら粉砕されたゴマのカケラがしっかり見て取れるのに、ゴマだれはどうにも信用できない。カニかまみたいなウソっぽさである。

変だろうか。

出来合いのゴマだれに何となく支配されてしまった人は、いま一度、すりゴマをヘドロ状にすることを前向きに検討してもらいたい。

冷やし中華もしかり。普通の酸っぱい醤油ダレにすりゴマを大量に混ぜ合わせてヘドロダレ状態にして食べるのもオススメである。

最近、スーパーに買い物に行くたびにすりゴマのちょっと高価なやつを手にとってしまう。

その程度で富豪気分を味わっているエセ富豪的な日々である。

2 件のコメント:

  1. 富豪記者殿
    旨そうですねえ。これはいただきです。独り身には好きでも、胡麻って使い道が思い浮かばず買うのに躊躇してしまいますから。ちなみに既製品のゴマだれでは、中華三昧の冷やし中華のゴマだれが好きです。初めて食べたときの感動を今でも思い出します。

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  2. 道草人生さま


    確かに独り者として私自身ゴマの使い道はこれしかないです。。
    あとはトンコツラーメンや味噌ラーメンに呆れるほどブチまけるのもアリだと思います。

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