東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2015年11月25日水曜日
新橋がある幸せ まこちゃん
私の職場は池袋である。「富豪」という言葉にふさわしくないディープな街だ。池袋という魔界で働いているから「富豪」などという言葉を使いたくなってしまうのかもしれない。
松濤や一番町あたりだったら「松濤で働く“福”社長日記」とか「一番町ジャーナル」といった気取ったネーミングになったかもしれない。
大都会東京でも街ごとのカラーは厳然と存在する。新宿、池袋、渋谷。麻布、六本木、銀座。はたまた下北沢、中野、吉祥寺。ほかにも亀戸、錦糸町などなど。場所の名前を聞いただけでそれぞれの人が「特定のイメージ」を脳裏に描く。
マイケル富岡が歩いていそうな街、叶姉妹が歩いていそうな街、吉田類が歩いていそうな街、なぎら健壱が歩いていそうな街。なんとなくではあるが、その「なんとなく」こそが実際に東京を多種多様に彩っている。
で、本題。
今日は新橋について書く。「新橋がある幸せ」である。夜の新橋をほっつき歩いていると、いつも私の頭の中にはその言葉が浮かぶ。
「暖炉がある幸せ」とか「イングリッシュガーデンがある幸せ」みたいなそんな意味合いである。
東京にとって、いや、東京人にとって、いや、厳密にいえば東京のオジサンにとって新橋は聖地である。「新橋がある幸せ」である。
東京のカオスを象徴する新橋は、歴史のある料亭から違法風俗店まで何でもござれだ。大衆路線か高級路線かといった線引きが出来ない奥深さがある。
あの街のシンボルでもある「ニュー新橋ビル」を例に取っても、グルメな人々に高い評価を得ている江戸前寿司の名店と怪しげな呼び込みをするマッサージ屋が仲良く混在している。その近くにはエロ玩具を普通に売っている店もある。
カオスな新橋のエラい点として「怖くない」ことも見逃せない。実際には甘くない部分もあるだろうが、新宿的な怖さ、六本木的な怪しさは無い。オシャレな感じや高級な雰囲気をウリにしていない繁華街としては特筆すべき点だと思う。
そこまでベタ誉めするなら、日々、新橋をさまよえば良さそうなものだが、アマノジャクな私は新橋にはたまにしか行かない。
お隣の銀座にはちょくちょく出没するのに、新橋には逆に思い入れがあるのだろうか。ひょっとしたら「ふるさとは遠きにありて思ふもの」(by 室生犀星)みたいな感覚かもしれない。
新橋イコール大衆酒場である。大衆酒場イコールホッピーである。ホッピーイコールもつ焼きである。もつ焼きイコール「まこちゃん」である。いまや新橋に5店舗ぐらいあるみたいだ。
「まこちゃん」を知ったのは、吉田類の酒場放浪記である。BS―TBSはあの番組のおかげで何とかもっているという話を聞いたことがある。
もつ焼きは安定的にウマい。冒頭の煮込みの画像もまこちゃんである。レバフライやハムカツなどの大衆酒場の王道メニューが揃っていてオジサマ達を幸せにしてくれる。
ブリオーニやトムフォードのスーツを着た人が絶対にいないであろう新橋の大衆酒場は東京の「素」を感じる場所である。
カッコつけずに気取ることなくゲップしたりアクビしたり、爪楊枝でシーハーしながらお手軽に酔っ払える。磯野波平さんやマスオさん、アナゴさんだって新橋で飲んでいるような気がする。
オマケに「新橋で酔ったぜ」という有難い気分になる。こればかりは思い込みの強すぎる私だけの感覚だろうか。多分そうだ。
浅草の大衆酒場のように江戸情緒の残り香が少し漂うような雰囲気とは微妙に違うのが新橋の特徴だろう。
生粋の下町東京人だけが集まって醸し出す空気感ではなく、日本中から集まった人々によって作られたリアル東京が発するオーラみたいなものを感じる。「濃すぎない東京っぽさ」とでも言おうか。
私の場合、新橋をさまようと、ついつい煮込みとモツ焼きばかりだ。美味しそうな焼鳥屋も寿司屋も小料理屋もゴマンとあるのにちっとも開拓できない。
おまけに臓物ばかりじゃ豚に申し訳ないような気分になって、身の肉も食べようと豚丼専門店に突撃することもある。酔っ払い特有の考え方である。
ニュー新橋ビルに入っている「豚大学」の豚丼である。50歳を超えたような客は少数派みたいだ。そんなことは気にしない。温玉をぐちょぐちょにして豚丼にドッヒャーとかけて食べるのもタマランチンである。
某日、煮込みにホッピーでホロ酔いになってから豚丼ガッツリという流れになった。その後、無性に葉巻が恋しくなってテクテクと銀座8丁目のシガーバーに向かった。
ほんの5分も歩けば、一気に街の気配が変わる。夜の銀座の空気に包まれる。この急激な変わりようもまた面白い。池袋や新宿だったら、どこまで歩いたって池袋や新宿のままである。
でも、「新橋モード」にどっぷり浸ってから銀座のシガーバーに行くと、なんとなく落ち着かない。「なにを気取ってやがる!バカ!」と自分を叱りたくなる。
やはり、新橋に出向いた夜は新橋で完結させるのが正しいのかもしれない。
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