東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2017年12月8日金曜日
師走の徒然
なんだかんだ12月である。オッタマゲだ。
この時期、嬉しいことと言えば、テレビで「忠臣蔵」関係の番組が増えることと贈答品をいただけることである。
酒類や飲料、お茶、ハム、レトルト食品等々、お歳暮でいろいろ贈っていただいている。有難い限りだ。
このブログであれこれ書きなぐってきたせいか、生鮮食品などのシングルオジサマにとって厄介?な頂き物はほとんどない。
しがない独り者の場合、賞味期限や保存方法に気を使うようなモノをもらうと結構大変だ。
私の場合、対外的には住所を会社所在地にしている。不在がちな自宅にモノが届いても受け取れないからだ。
住民票も会社所在地にしているので、選挙の投票用紙や裁判所からの出頭命令(ウソです)など公的書類もすべて会社に届く。
というわけで、ズワイガニがどーんと届いたりすると置く場所がない。社内の冷蔵庫にそんな余裕はない。そのせいで常温保存できるものを贈ってもらうと、その相手が途端に愛しく思える。
私も誰かに贈り物を届ける際は、相手の好みだけでなく生活スタイルや生活習慣を一応は念頭におくように心がけている。
さて、日頃の散財の甲斐あって、飲み屋さん方面からの贈答品を結構いただく。これはこれで有難いのだが、荷札の送り主欄を見るたびに「プレッシャー」という言葉が頭をよぎる。
荷札そのものが「招待状」に見えるわけだ。いや、「督促状」「脅迫状」かもしれない。
気の弱い私は、贈り物をもらうとその店にすぐにでも行かないと悪い気がして、せっせと出かける。
釣り堀で釣られる魚の気分がちょっと分かるような気がする。
おまけに、年の瀬になると銀座のクラブなんかでは「パーティー」とやらの名目で営業攻勢が激しくなる。
普通、パーティーといえば、何かを記念するなど趣旨なり理由が存在するはずだ。
あの街の場合、ただ「パーティー」である。意味不明だ。要するに「売上強化月間」を翻訳しただけである。
まあ、理屈をこねるのもヤボだから、私も少しは貢献する。有難いことにわがオジサマバンドのライブにも、毎年いくつかの店から応援隊が来てくれるので、そのお礼参りも必要だ。
結局、四の五の言いながらアノ街のネットワークの片隅でちょろちょろと絡め取られている私である。
さてさて、12月だ。以前よりも「喪中ハガキ」が届く数が増えてきた。年齢的に当然かもしれない。
結婚式に呼ばれる機会が激減した代わりにお葬式に行く機会が増えたのも世代的に当然のことなのだろう。
話は変わるが、年賀状をやめることにした。とくに大げさな理由はない。プライベートで年賀状をやり取りしている相手とは、SNSなどで何だかんだと接点があって一応近況も分かっていることも理由の一つだ。
毎年のケジメとして年賀状は大事なのだろうが、儀礼的に無理矢理やり取りしている感じに少し抵抗感があって、以前から何かのタイミングでオシマイにしようと思っていた。
とりあえず、クリスマスカードにかこつけて「やめます宣言ハガキ」を作ってみた。
そんな内容を通知するのは、わざとらしい感じがしてヤボったい。かといって、黙って勝手にやめちゃうのも感じ悪い。どっちにしても気持ち悪いが、最低限の仁義のつもりで投函しようと思う。
でも、75歳ぐらいになってまだまだ元気だったら、生存確認用に勝手に復活させる可能性は大である。
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