2019年12月13日金曜日

昭和のエロ


同世代の知人とエロ談義になって、今と昔の違いをめぐる話に花を咲かせた。気づけば随分といろんなことが変わった。

昭和のエロには背徳感がつきものだった。インターネットの無い時代だから今よりもコソコソ感が強かったのだろう。

Wikipediaで「ヘアヌード」を調べてみたらなかなか興味深かった。いわく、90年代に写真集などで解禁され以前の80年代はせめぎあいの時代だったそうだ。警察と出版界の闘いである。

私が若造だった時代だ。確かに毛が見えた見えないで世の中が騒いでいた。ある意味、楽しい時代だった。

いまやネットを開けば無修正の動画がバンバン出てくる。昭和人からすれば隔世の感がある。

陰毛という言葉はすっかり「ヘアー」という呼称に変わったが、考えてみれば隠れているから陰毛なのであって、堂々と出まくっている場合は「オモテ毛」である。

70年代後半、80年代前半に思春期を過ごした男のコ達は誰もが必死にエロ本などで陰毛探しに躍起になった。

おまけに砂消しゴムや歯磨き粉を使ってゴシゴシこすれば、エロ本の黒く隠されている部分が見えるようになるといったデマも信じた。

私もゴシゴシやって大事なページがビリビリ破れちゃって慌てふためいたことを覚えている。

だいたい、エロ本というものが貴重だった。ネット通販などない時代だから普通に買うしかない。実に恥ずかしい。だから街の至る所にあったエロ本自販機を目指した。

自販機だから表紙で中身を判断するしかない。場所によっては表紙さえ見えないように目隠しされていた自販機もあったから、当たりか外れは買うまで分からなかった。

当たりは滅多になかった。そもそも今のように美人やカワイコちゃんがあられもない格好でニッコリなんてものは無かった。

たいていのエロ本に出ているのはパンチパーマが中途半端に伸びちゃった髪型のおブスちゃんか、怪しげな人相のオバチャンだった。

あれで悶々と出来たんだから若さって実に素晴らしい。

酒場のバカ話の際に「ちょうどいいブスのほうが美人より萌える」などと騒いでいるオッサンがいるが、たぶん昭和のエロ本後遺症だと思う。



背徳感と言えば昔のラブホテルの悪趣味ぶりも凄かった。照明が赤やピンクだったり鏡張りも当たり前のようだったし、回転ベッドだとか、モグラたたきゲームみたいにベッドの各所がボコボコと持ち上がるヘンテコなのもあった。

すっかりそういう場所には縁がなくなったが、あの路線は絶滅したのだろうか。今だったら逆に新鮮に感じるかもしれない。

話は変わる。昭和のエロの殿堂といえばストリップだったが、私が15歳ぐらいの頃から風向きが変わってきたような記憶がある。

のぞき部屋というジャンルが登場したことで、客席で大勢で眺めた時代から「個」の時代に移った印象がある。

恥ずかしながら高校生の頃に実際に体験した。悪友達とビビりながら出かけた。確か歌舞伎町だった。0.5畳ぐらいの個室が女性の部屋を模したステージ?の周りにたくさん配置されていた。

実に妙な世界だった。案の定、人相の悪いパンチパーマが伸びちゃったような年齢不詳の女性がBGMに合わせて服を脱いでいく。ただそれだけである。

あんなもので異様な背徳感を覚えたのだから、やはり若さって素晴らしい!いや、何ともシュールである。

でも、のぞき部屋という革命的なスタイルが、その後の個室ビデオや、はたまた個室系の漫画喫茶につながったような気がする。

ひょっとすると、近頃ハヤリの席と席の間に間仕切りがあって個室感覚で食べるラーメン屋さんのスタイルにもつながったのかも知れない。

盗聴テープという怪しいシロモノも出回っていた。男女のまぐわいらしき音だけが聞こえるカセットテープだ。いま思えば実にくだらないが、中学生の頃、友達からもらって宝物のように大事にしていた。

やはり、というか、結局、若さってマヌケである。

キリがないから適当にしよう。とりあえずまとめに入ろう。

背徳感がつきものだったエロの世界にファッショナブル?な波が押し寄せてきたのがバブル以降だろう。

かつての「よろめき」という言葉だって「NTR(寝取られ)」みたいな洒落た言葉に変わってきた。

金太の大冒険、吉田松陰の歌といった名曲を歌い継ぐ人も見かけなくなった。どことなくエロのオープン化、爽やか化が進んだのが平成だったように思える。

昭和のエロを彷彿させるのは、いまや熟女写真集の広告で皆さん見覚えがあるはずの富士出版の世界観と、知る人ぞ知るヘンリー塚本監督の描くAVぐらいだろう。

まあ、だからどうしたって話である。すいません。

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