安倍さんの辞任に対する感想はただ一つ。辞めるのが遅すぎ。
こんな有事の際にずっと国会は開かない、8月はほとんど官邸で働いていない。それだけで充分に国会や政府が機能不全だったのは間違いない。
「予備費10兆円」という財政国会承認主義という大原則中の大原則をすっ飛ばしたトンデモ話にしても、国会出席が大変だからという理由だったのではと想像したくなる。
おまけにダラダラと無為な日々が過ぎた背景に首相在任日数の問題があったのなら最低最悪な話だ。
病気は気の毒だが、病気を理由に批判をしてはいけない空気が広まったことには違和感もある。
さてさて話は変わる。経済情勢は悪化の一途だ。ホントに新型コロナは迷惑千万である。
経済と聞くと難しいイメージだが、要はカネの流れのことだ。コロナ禍で経済が悲惨な状況になっているのもステイホームなどでお金が動かないからである。
買い物をする、集まって外食をする、旅行をするといった行動がチンマリしちゃった以上、政治家や官僚が知恵を絞ろうが経済は停滞する。
今のご時世になってつくづく感じるのは、結局、経済を支えているのは「ゆとり」や「ムダ」、「贅沢」といった“必要最低限以外”の人間の行動だという点だ。
私自身を例に取っても、ここ半年以上、銀座で酒は飲まない、大がかりな旅行には行かない、スーツも新調していない、女性相手に御馳走や贈り物をする機会も減った。ウーバーイーツだけを潤わせている。
羅列してみると、邪念みたいなことばかりである。ひょっとすると経済だ消費だと言ったところで、それを回しているのは邪念や虚栄心、見栄、下心、スケベ心みたいな話ばかりだろう。
個人消費なんてものはしょせんその程度のことが原動力だ。人と近づくな、集まるな、移動はするな、家にいろという生活習慣を前提にしたら消費は低迷し経済は沈没する。
男女を問わず、見た目を気にしたり、身につけるモノにこだわるのは、他人様の目を意識すればこそである。そこには見栄、虚栄心といった心理がある。
デートで高いレストランに行くのもプレゼントを買うのもカッチョいいクルマに乗りたいのも然り。
別に男女間に限った話ではないが、人様の歓心をかいたい思惑が消費行動の土台を支えている部分は大きい。
今のように人との交流が絶たれていれば人様の目を気にする場面も激減する。経済がメロメロになっちゃうのは仕方がない話。
国の経済対策など急場凌ぎになればいい方で、やはり以前のような“普通”に戻らないと何も始まらないのが現実だ。
わが国では千兆円単位もの個人金融資産の半分以上を高齢者が抱えている。高齢者にお金を使ってもらうためにこれまでも孫への無税贈与推進策などが行われてきた。
もちろん、そういう教科書的な話も結構だが、もっと俗っぽい観点で高齢者に遊んでもらうことを奨励したほうが手っ取り早い。
節度やわきまえなどという曖昧な制約で高齢者をおとなしくさせちゃうより、高齢者にイキイキワクワクお金を使ってもらうほうが間違いなく経済は活性化する。
それこそ高齢者向けの“恋活”を煽ったり、高齢者専用の極上風俗を官営で展開したっていい。非常識ぐらいの取り組みが必要だろう。
人間の消費行動の原動力としてスケベ心が大きなウェイトを占めているのは間違いない。そんな現実にフタをしたって上っツラの話だけで終わってしまう。
お金を使えば使うだけ何らかのポイントを付与したり、お金を使いまくった人だけに減税の恩恵を与えるとか知恵はいくらでもあるはずだ。
とはいえ、肝心の高齢者がコロナ禍の中ではもっとも動きにくいから話は深刻である。高齢者にも無症状や軽症という事例はあるはずだが、やはり重症化しやすいと言われればすべてが止まってしまう。
堂々めぐりになってしまったが、大事なのは「復活の日」を楽しみに、あきらめの境地を避けて虎視眈々と「普通」に戻る日を待つことだ。
私の周辺でも今回のコロナ禍によって一気に老け込んでしまった知り合いがいる。言ってみれば「男終了」みたいな空気が漂い始めている。
世の中のオジサマ、オバサマにいま一番大事なのは、男終了、女終了といった感覚に陥らないことだ。まだまだ邪念や下心、適度な見栄や必要な範囲の虚栄心は捨ててはいけない。
人生には彩りが大事だ。もう歳だから、こんな歳だから、等々のネガティブな気持ちばかりだと簡単に老け込んでしまう。
邪念、煩悩こそ楽しく生きていく必須アイテム?だと思う。エロ結構、バカ結構。そんな意識でドンヨリした日々を明るく過ごしたい。
なんだか必死に自分に言い聞かせるみたいな話になってしまった。
交流や移動をしなければ、ある程度抑えられる新型コロナ。痛いところをつきますよね。交流や移動が楽しいから、つらい仕事も頑張れるのに。
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