2022年2月18日金曜日

寿司の修行


このブログでは寿司の話をどのぐらい書いてきただろう。随分アレコレと持論を展開した気がする。イマドキのおまかせ一辺倒のやたらと高価な寿司屋の在り方にブツクサ言ってみたり、かといって職人の矜恃が感じられないダメな店を嘆いてみたり、国民食である寿司に関してはいろいろと思うところがある。

 


 

ネットのクチコミが評価の基準みたいになっている今の時代、お寿司屋さんの良し悪しは分かりにくくなった。ラーメンの世界と同じで「普通」というカテゴリーがないがしろにされている傾向がある。

 

ラーメン屋さんもこねくり回したような得体の知れないラーメンばかりが話題になり、街場のごく普通に美味しいラーメン屋さんは世間の評価という点では埋没しがちだ。

 

どんなジャンルの料理も同じだろうが、お寿司屋さんもさまざまだ。回転寿司から住宅街の個人店、繁華街の宴会中心の店、昔ながらのワザに固執する店、ミシュランに載るような尖っている店まで多種多様だ。

 

30歳ぐらいのまだ若かった頃、私はとある修行を始めた。寿司屋の客としての修行である。お寿司屋さんのカウンターに一人で座って絵になるようなオジサマになりたいと決意したことがきっかけだ。それはそれで修行である。

 

随分とお金も使った。数限りないほどアチコチの店のノレンをくぐり、時には恥をかいたり叱られたり反省ばかりの修行を重ね四半世紀が過ぎた。一人で5万円を超えるようなお勘定になったことも何度もある。いや、それより高い店も経験した。

 

少なくとも修行を始めた頃よりは知識も増え、空気の読み方も分かるようになったのだが、それとともに逆に修行に向ける執念が弱まり今では開拓精神は薄まってしまった。

 

別に何かに辿り着いたつもりはなく、いいお店があれば通ってみたい気もするのだが「まあだいたい分かったよ」的な達観の境地に入ってしまったみたいだ。

 

結局のところ、行きやすい立地にあってそこそこ私の好みや路線を知ってくれている大将がいて、その店ならではの気の利いたツマミもあって、肝心の握りはシャリが私好みで、ついでにいえば一人3万とかアホみたいな値付けをしていない店なら間違いなく快適だ。今はそんな店に週に一度ぐらい通ってる状態だ。

 


 

ツマミを34品、刺身もちょこっともらって、アルコールは最初のビールに続きお銚子を2本か3本程度で済ませて握りを8貫ももらえば満足だ。

 

最近はそんなパターンで1時間からせいぜい1時間半で済ませる。その昔はお寿司屋さんに行けば2時間を超える長っ尻が普通だったが、今は随分と簡略化?してきた感じだ。

 

客としての“修行”をサボるようになってから、その昔は敬遠していたようなチェーン展開している大箱系のカジュアルなお寿司屋さんにも行く機会が増えた。

 

どうでもいい相手との会食の際に使わせてもらう。どうでもいいと言っても悪い意味ではない。ドカ食いする若者とかグルメ指向に無縁な人とか、義理で食事をご馳走するハメになった若い女性なんかを連れて行くには最適だ。「普通」の感じが使い勝手の良さだろう。

 

職人さんとの距離が近すぎず、写真付きのメニューもあって、ウンチクなんか引っ込めて居酒屋感覚でいろんなものをバンバン注文して気軽に過ごせるのがメリットだ。

 


 

この画像は「築地すし好本店」で出されたふぐ刺しとヒレ酒だ。大箱系カジュアル店とはいえこういう気の利いたものが出てくるわけだから悪くない。

 

もちろん客単価が違うから高級店に比べればネタの質に劣る点はあるが、大資本ならではの大量仕入れの強みもあってウマいものは結構ある。やる気のない個人店で何かをゴマしたようなネタを口にするより遙かにハッピーだ。

 

築地界隈には他にも「築地玉寿司本店」があり、こちらも時々利用する。大箱系のお店はアルコールの種類も多く普通の寿司では出てこないようなジャンクな一品料理もあるのが楽しい。

 

ここでは車海老の茹でたてを握ってくれたり季節ごとに結構上質な旬のオススメもあって、いわゆる寿司飲みをするにはちょうどいい頃合いかも知れない。

 

大箱系の店はたいていシャリに気合いが入っていないことが残念な点だ。さすがにそのあたりはいっぱしの高級店とは大きく差が付く。一品料理をアレコレ食べながら酔っ払ってシメにちょっとだけ握りをもらうパターンになる。

 

とはいえ、この種のお店にはそれっぽいお寿司屋さんでは決して食べられない怪しげな寿司があるのが実は嬉しい。

 


 

アボカドサーモンロールである。まさに邪道である。でもその邪道こそが嬉しい時もある。


江戸前にこだわる老舗寿司屋で「やっぱり煮蛤が最高だ」などと気取るのも良いが、カジュアルな店で「アボカドサーモンロールちょうだい」と注文する時の高揚感!は独特だ。

 

普段「オレって寿司には結構うるさいんだよ」みたいな顔でウンチクを語ってしまう自分の殻を破って、本当はただのジャンクフード好きなオッサンであることを世間にさらしたような解放感に浸れる。

 

麗しきマヨネーズの曲線を見ながら、四半世紀にわたった寿司客修業時代に思いを馳せる。随分と分かったような顔をして邪道か否かを熱く語ってきた。寿司を語るにも肩に力が入っていたような昔が懐かしい。

 

気付けばアボカドサーモンロールを喜色満面で頬張り、「コーンマヨもあれば最高なのに」などと口にするようになっている。

 

世の中結局そんなものかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

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