甘いモノを食べたい気分になることが増えた。厄介な倦怠感に襲われるコロナの後遺症のせいか、そもそも味覚がお子ちゃまなのか原因は分からないが、今朝もウーバーで朝マックを注文し、ホットケーキを食べたほどだ。
幸いにも家系的に糖尿の傾向はないので昔から何も気にせず甘いモノを食べてきた。いい歳したオジサマになるとスイーツを敬遠する人が多いが、誰だって子供の頃は嬉々として甘いモノを食べていたわけだから今さら裏切ってはいけない。
大学生の娘のおかげで普通なら味わえないようなスイーツを口にすることは多い。これはこれでラッキーなことだと思う。
これは先日、小田原の町外れで出会ったピスタチオ専門スイーツ屋さんで買った品々だ。娘がインスタか何かでチョチョっと見つけた。
私は昔からピスタチオが好きだ。日本にまだ普及していない頃からピスタチオアイスのウマさを声高に叫んでいたほどだ。いつのまにピスタチオ関係のスイーツが一般に普及した今の状況は夢のようである。
小田原のお店ではシェイクが絶品だった。1000円近くしたから手頃ではないが、それだけの値打ちを感じさせる美味しさだった。
ピスタチオのシュークリームやピスタチオプリンも安くはないのだが期待を裏切らない味だった。東京にあったらしょっちゅう買いに行きそうなお店だった。
娘のおかげでイマドキのハヤリ系スイーツを食べる機会もある。あんバタートーストなる一品をムホムホ食べるオジサマは少数派だろう。あくまで若者、それも女子専用みたいな気がするが、オジサマだってちっちゃな子供の成れの果てである。
若くなったつもりで食べてみた。悪くない。いやウマい。そりゃあトーストの上にとけたバターとあんこである。マズいはずがない。子供の頃、あんパンを貪りたべたDNAが喜ぶ味である。
まあ、毎日食べたいとは思わないし、わざわざウチで自作しようとも思わないが、これはこれで充分に満足感に浸れる。娘と一緒の時ぐらいじゃないと恥ずかしくて注文できないのが問題ではある。
それにしても、ふとした時に甘さが恋しくなることが増えた。職場で舐めている飴も梅干し系だったものが、ミルク味やらあずき味みたいなベタなものに変わってきた。
慢性的に疲れているような気分になっているから甘いモノを欲しくなるのだろうか。謎である。時々、ウーバーイーツで頼むドーナッツもただただ甘いだけなのだがついつい頼んでしまう。
上の画像は「クリスピークリームドーナツ」の6個入りの残骸である。実にヒドい。罰当たりな食べ方である。それぞれ二口ぐらいで残してしまう。「後で食べよう」といつも心に誓うのだが、そんな場面は訪れず結局は捨ててしまう。
食品ロスの極みだと思う。デリバリーのピザの具材だけフォークでそぎながら食べてパイ生地をすべて残す時より罪悪感がある。
ピザの生地残しや、ケンタッキーフライドチキンの衣や皮を捨てる行為は健康目的という大義名分が成り立つが、ドーナツの場合、食べ残しは単なるワガママ、贅沢であり罰当たりな行為だ。
分かってはいるのだが、一人暮らしという環境のせいでそうした神をも恐れぬ非人道的な行為を堂々とこなしてしまう。大いに反省しないといけない。
というわけで、この春からは娘と二人暮らしをすることを具体的に検討中だ。
娘とはいえ、日々の暮らしに人の目が加わるわけだから私の無軌道ぶりも少しは改善されるはずだ。
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