2007年12月4日火曜日

愛すべき「偽装」


「非日常感」。男は誰しもこれに弱い。最近は、大っぴらに自分の性癖を語る人が多いが、いろんなフェチをひと口で言えば、非日常性への憧れだろう。

アニメおたくしかり、制服フェチしかり、乱交やSM趣味もそうだ。ちなみに私は、パンティーストッキングの腰の近くで色が濃くなる折り返し?部分に妙に興奮する変な癖がある。チャイナドレスの脚線美を見ても、私の目線は脚ではなく、ストッキングの色の変わり目を探す。変かもしれない。

唐突に話は変わって、また銀座。他の繁華街のクラブ街と違うところは、多々あるが、見た目の大きなポイントは着物姿のママさんやホステスさん遭遇率の高さだろう。

和服の女性と一献などという状況は、ある意味非日常的な時間だ。和服姿のママさんといえば、たいてい、自分自身を別人に仕立て上げて夜の世界を生きている。自己演出というか内面の話を言いたいつもりだったが、すっぴんの普段着とでは外見も大違いなのも事実。

話は脱線する。毎年、関西の知人が盛大な花見旅行に招待してくれる。北新地の顔役である知人の主催とあって、例年、キタのホステスさん達が何名も同行し、道中はかなり賑やか。レギュラーメンバーも多く、女性陣とも顔なじみのつもりだった。

「つもりだった」と書いたのは、ある朝の失態が原因。二日酔いで宿の大浴場に向かい、サッパリして部屋に戻ろうとエレベーターを待っていた時のこと。「おはようございます」という女性の声。通りすがりの宿泊客同士が挨拶を交わすのは珍しくない。そのノリで素っ気なく返事したものの、その女性、何かせっせと親しげに話を続ける。

前の晩、一緒にカラオケでバカ騒ぎしているベテランホステスさんだった。別人ぶりにまるで気付かなかったわけだが、取りつくろえないほど露骨に「知らない人を見る顔」をしてしまった私。その後の彼女の冷たい視線を思い出すと今でも冷や汗が出る。

話を戻そう。銀座の女性の外見の話だ。着物に限らず、妖艶なロングドレスも夢見る男どもを魅了するが、衣装だけでなく、髪型も非日常性を演出する効果は大きい。

近頃は、ナチュラル路線というか普通っぽい髪型や衣装であえて素人っぽさをウリにする女性も多い。個人的にはやはり、頭がとんがっている位が趣があっていいと思う。

せっかくの止まり木だ。普通でどうする!と変に力んでしまった。ただ、トサカというか尾長鶏というかトーテムポールみたいな髪型は、銀座界隈ではハヤリではないらしい。確かに、前述した関西の知人が通う北新地の店の方が、クリスマスツリーのような髪型を頻繁に見かける。実際に触らせてもらうと、ガチガチにスプレーで固めたその感触がプロの心意気を感じさせてくれるようで実に心地よい。これもフェチと呼べる症状かも知れない。

最近はヘアメイクという表現が主流で、「化粧」という言葉がないがしろにされているような気がする。化粧という言葉を生み出した人が「化ける」という漢字を迷わず(かどうかは分からないが・・・)使ったセンスに脱帽する。

化けて綺麗に見えるのなら化けないことは罪だ。偽装ばやりの世の中だが、こちらの偽装は大いに結構。

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