2015年5月8日金曜日

気取らないメシ


高血圧の薬の副作用で食欲が抑制されていたのだが、そんな夢のような効果が薄らいできた。

最近はガッツリ食べてしまう。危険である。オジサマの特徴は代謝が無いことである。呼吸しただけで太るのが中高年である。

珍味を舐め舐め酒をかっ食らって寝ちゃえばいいのに、酒の後に平気で牛丼やラーメンを食べちゃうんだからアホである。

食欲が抑えられていたから、たまの深夜メシぐらい問題なしと思って暮らしていたが、気付けば頻繁にそんなことをしている。

先日も酔った勢いで、かの有名な「池袋・大勝軒」に行ってしまった。つけ麺で有名な店だが、個人的にあのつけ麺は好きではない。ちっともウマいと思わない。

個人的な感想です。スイマセン。

で、普通のチャーシュー麺を注文。つけ麺よりよっぽど美味しい。チャーシューもグジャグジャしておらず、噛み応えがしっかりある。

スープも脂ギトギトじゃないし、極めて真っ当だ。独特の太麺もつけ麺だと“うどんモドキ”に感じるが、ラーメンだとしっくりくる。

「大勝軒」では大半の人がつけ麺を食べているが、チャーシュー麺のほうが店の人気にふさわしいと思えてしまう。

さて本題。

ジャンクフードとまでは言えないものの、最近は「気取らないメシ」をガーっと食べてフムフム喜んでいる。

「気取ったメシ」の定義がよく分からないが「気取らないメシ」は何となくイメージしやすい。


たとえば、イマドキの居酒屋で出てくる「チキン南蛮」である。要はタルタルソースをベチャベチャつけて食べる一品だ。

別注でタルタルを追加したり、こっそり皿を舐め回したりしたいが、何とか踏みとどまる。魔の味である。


ソーセージのチーズ煮込みである。こういうものは若者が食べるのが社会常識だ。でも黒ホッピーをグビグビ飲んでいると無性に食べたくなる。痩せてる人はこういうものを注文しない。

話は変わる。先日、赤坂をふらついていた時にガッツリ系の食事がしたくなり、牛タン専門の「利久」という店に入ってみた。

気取らない雰囲気の店で、牛タン以外にもツマミメニューが豊富。鯨刺しなんかもある。使い勝手が良さそうだ。


牛タンの網焼きもウマいが、ガッツリ系ではない。ガッツリ気分の私の狙いは「タンシチュー」である。

こういう店でシチューに照準を合わせてしまうところが私の胃腸が慢性疲労に陥る原因かもしれない。デブの宿命である。

もちろん、シチューだけをおとなしく食べて帰ればいいのに分厚い牛タンも注文する。お決まりの麦飯も、結局とろろをぶりぶりトッピングして完食してしまう。


「牛タンにはとろろ飯」というよく分からない思い込みのせいで、空腹状態がすっかり治まっているのにガバガバ食べてしまった。

別な日、六本木の老舗中華料理屋「香妃園」に出かけた。六本木の深夜族が愛する「気取らない中華」である。


六本木でクラブ活動に励むオジサマ達の定番がこの店の「鶏ソバ」である。土鍋で出てくる鶏ベースのラーメンなのだが、ややコッテリ系でラーメンスープというより水炊きのスープみたいな優しい味わいだ。

六本木でクラブ活動はしないし、アフターでオネエサンとガッツリ系の食事をすることもない私である。この日はワケあって夕方の中途半端な時間に訪問。

滋味を感じるスープに癒やされた。まったくやる気が感じられないほど麺が柔らかい。でも、このフニャフニャ麺こそが名物・鶏ソバの真骨頂のようだ。

給食に出てきたソフト麺を思わせる「気取らない感じ」。これはこれで悪くない。ファンが多いのもうなずける。


給食といえば、この店のカレーライスも捨てがたい。昭和の食堂の味。給食の味である。これは一応ホメ言葉である。グルメ気取りで気合いを入れて食べにいったらズッコけるかもしれない。

ホッコリする味だ。街の中華食堂で出てくる素っ気ないカレーそのものである。昭和人にとっては郷愁そのもの。

「なんでもない感じ」って意外に魅力的である。

20年ぐらい前までは夜な夜な六本木に出没していたが、最近はすっかり縁遠くなってしまった。あの街で夜更かししたらこの店の鶏ソバとカレーばかり食べそうな気がした。

なんだか食べることばかり考えている・・・。

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