東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2015年7月27日月曜日
50年に一度
今年の秋が来たらいよいよ50歳である。ビックリだ。四捨五入したら100歳だ。時が経つのがやたらと早く感じる。このブログを書き始めたのは40代前半の頃である。「50歳」なんて遙か先の話だと思っていた。
Facebookの「友達」の大半が小、中、高の同級生だ。そのせいで頻繁に友人達の「大台突破」の知らせが通知される。これまたビックリである。
子どもの頃と同じ感覚で付き合っている連中が「50男」である。私が50になるのも仕方がない。意味不明でスイマセン。
子どもの頃「50歳の人」なんて宇宙人だと思っていたのに、いよいよ10月になったら私も宇宙人になる。
江戸時代だったらヘタすれば隠居爺さんだ。昭和のサラリーマンの定年は55歳。あとたった5年だ。人生の折り返し地点はとっくに過ぎて後半戦まっただ中って感じだ。
でも、有難いことにここ20年ぐらいの間に「年齢の固定概念」が大きく変わった。女優さんは40歳ぐらいでもミニスカートで色恋モノに励み、50歳を過ぎた男優が管理職ではなく現場の若手サラリーマンのような役をこなす。
昭和の大ヒットドラマ「太陽にほえろ」で渋いボス役を演じた石原裕次郎が当時まだ30代後半だったことを思うと、昔の人の老成ぶりに驚く。というか、今のオトナが幼いのだろうか。
社会全体の幼稚化と言ってしまえばそれまでだが、結局そのおかげで50歳前後の中高年がいろんな意味で「現役バリバリ」でいられる。
50ヅラ下げた男が若いお姉さんと普通にデートして、普通の男女みたいな会話を交わし、若者なみにケダモノ的行為に励むことも珍しくなくなった。
昭和の頃とは感覚が違ってきたようだ。高齢化社会の副作用みたいな話である。
おかげで私自身も現役のケダモノとしてお気軽に暮らしているのだから、時代そのものに感謝しないとなるまい。
さて、50年に一度の誕生日である。半世紀に一度である。言葉にすると何だか大変だ。イベント嫌いの私でも何か考えたくなる。
しがない独身生活の影響もあって、誕生日やクリスマスなどのイベントっぽいものがウザくて仕方ない。でも、今年の誕生日は50年に一度だから何か画策しようと思う。
先日、知り合いが東京から広島まで自転車で旅をしたそうだ。5日間という制限の中で想像以上の苦労があったらしい。
一種の極限状態の中で、いろいろなことが見えて、いろいろなことが聞こえてきたそうだ。五感が研ぎ澄まされたらしい。話を聞いて妙に刺激を受けた。
この年になると自らに負荷をかけて何かにチャレンジする場面がなくなる。自分のペースで都合よく勝手なことをして日々を過ごしてしまう。
「自らに負荷をかける行動」はついつい避けがちだ。でも、少しぐらいそんな思いをしてみたいという屈折した願望もある。
富士山に登りたい、四国のお遍路にトライしたい等々、最近人気のそんな旅のスタイルもオッサンオバサンの変態的欲求?が背景にある。
ということで、私も記念すべき半世紀に一度の誕生日にはちょっぴり負荷をかける行動にトライしようかなどと考え始めている。
とりあえず「どこかに行く」ことだけは心に決めた。前後の日程も合わせて休みを取って「何か」に挑戦してみようと思う。
箱根山を徒歩で越えるなんてどうだろう。日頃身体を鍛えていないオジサマの負荷としては結構キツいはずだ。
でも、キツ過ぎるのもイヤだ。別に解脱したいわけでもなく、修行僧のように悟りを目指すつもりもない。
煩悩大好き男としてはあまりハードな行動は避けたい。哲学的な心境になって今の暮らしを反省したり、変に生真面目な生き方を目指し始めたらオッタマゲである。
それなりに楽しめて、適度に大変で、そこそこ画期的なことって何があるだろう。そんなことばかり考えている。
見知らぬ街の路上でギター抱えてストリートライブの真似事をコッソリやってみようとか、長年のダイビング経験を活かしてフィンスイミングに挑戦しようといったアイディアは浮かぶのだが、なんだかシックリこない。
四輪駆動小僧だった若い頃を思い出して、オーストラリアあたりでオフロードドライブツアーを企画するとか、ギリシャ・トルコの海底遺跡を潜ってみるとか、はたまた、アメリカの片田舎に行って草野球の試合に混ぜてもらって硬式球をかっ飛ばすというプランも考えてみた。
真面目に考えている割には、どれもこれもさほどワクワクしない。困ったもんである。結局、普通に旅に出て見知らぬ土地で誕生日を迎えてシミジミするだけで終わりそうだ。
せめて、アフリカの大草原で星空を眺めるとか北極のほうまでオーロラを見に行くとか、ガラパゴスに行って生命の神秘を考えるとか、普通とは一味違った旅でもしようか。
まあ、こういうことは企画段階、というか考えている時が一番楽しい。この夏はきっと世界中の旅行ガイドブックを買い集めて、秘境とか絶景、世界遺産なんかに妙に詳しくなりそうだ。
でも結局、秘境でも何でもないヨーロッパの片田舎であてもなく散歩しているだけの自分の姿を想像してしまう。
そんな面白くない結末にならないようにアレコレ研究しようと思う。
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