東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2016年3月14日月曜日
神田「その田」 御徒町「ぽん多本家」
相も変わらず下町散策を続けている。先日は、30年前に亡くなった祖母の出生地周辺をウロウロしてみた。
その帰りに「谷根千」に足を伸ばし、谷中霊園をブラブラしてから肩こりがとれなくて困っている。何か乗っけてきてしまったのだろうか。くわばらくわばら。
さて、3月の東京の下町といえば、東京大空襲を忘れてはいけない。終戦の年、ひと晩で10万人以上が亡くなった空襲は3月10日のこと。一説によると「地球史上最大の大量虐殺」とも呼ばれる。
今では知らない人も多いが、ぴんぴんしている私の母親でも記憶に残っているほど最近の話である。風化させてはいけない負の歴史だと思う。
さてさて、話題を変える。今日も食べ物の話。
神田で食べたフグと御徒町で食べたトンカツのことを書く。何の脈略もなくて恐縮です。
フグの楽しみはヒレ酒に尽きる。元も子もない話だが、最近つくづく痛感する。ポン酢をまとったフグ刺しを口に放り込み、味の余韻が消えないうちにヒレ酒をすするアノ幸せは例えようがない。
アノかぐわしさ、アノ満ち足りた気分、まさに至高の瞬間である。心の底からニッポンのオッサンでいることを神に感謝したくなる。
この日は神田にある「その田」という店に旧友と出かけた。三代目として板場に立つ男は中学高校の同級生である。中学時代は野球部の仲間として迷惑をかけまくった相手だ。
「これからを担う若旦那」だとばかり思っていた彼も考えてみれば50歳である。ちっとも若旦那ではない。
旧友と飲んでいると、十代の頃のアホバカ時代に戻ってしまう。きっと三代目の彼のことも60歳になろうが70歳になろうが「これからを担う若旦那」だと思い続けるのだと思う。
白子焼き、焼きフグ、唐揚げである。こういう品々をヒレ酒で味わうわけだからウヒョウヒョである。若かりし頃はフグの魅力が分からなかったが、やはり年の功である。滋味バンザイだ。
中高年だから分かる喜びの裏側には、中高年だからこその悲しさもある。すなわち、すぐに腹がいっぱいになることだ。
最後の雑炊はもちろん、その前のメインイベントのようなフグちりすら苦しくて食べられなくなってきた。実に残念である。
いっせいにドカンと出されれば勢いでワシワシ食べられるのだろうが、さすがにフグの宴でそんなことは有り得ない。
「少しずついろいろな物をゆっくりと」。王道和食の基本的な食べ方だが、最近、このパターンだとちっとも食べられなくなってしまった。
今の私の大いなる悩みであり課題だ。
ということで、ドンと出される食べ物は相変わらずドカドカ食べられるので、ドンと出てくる代表のようなトンカツの話に移る。
上野というか、御徒町にある「ぽん多本家」に出かけた。今年になってから、すぐそばの湯島散策に励んでいる以上、この店に行っていなかったことが気になって仕方がなかった。
人気店だし、いつも混んでいるのだが、運良くさらっと入れた日があった。
まずはエビクリームコロッケである。カニでもエビでもチキンでも構わないほど、私はクリームコロッケが大好きである。
変な言い方だが、クリームコロッケに高い値付けがされていればいるほど無性に食べたくなる。
正確に覚えていないが、この店でも2千円以上はしたはずだ。さすがにウマい。揚げ加減が完璧だ。ビールを延々と飲めそうな感じ。
こちらは真打ちのトンカツである。湯島にある「蘭亭ぽん多」もそうだが、ここもヒレとかロースといった分類はなく、単に「カツレツ」である。
脂部分を取り去ったロース肉だ。ヒレ派の私でもこのパターンは好きだ。ジューシー過ぎることなく、豚の甘味、旨味を味わえる。
ボリュームもあって嬉しい。バカうまでも量が少ないと侘びしい気分になってしまう。豚との相性が抜群の芋焼酎が無かったので、冷酒とともにガツガツ食べる。
さすがに評判の高い店だ。レベルの高いトンカツに大満足だった。メイン料理の他に気の利いたツマミが2品ぐらいあれば頻繁に通いたくなるが、あくまで食事に徹しているようで、それだけが残念。
ということで、オチも何もありませんが、下町にはウマいものが溢れているのは間違いない。
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