東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2014年3月24日月曜日
下着の話
「下着に気を遣わなくなったら男として終わりだ」。知り合いがそんなことを語っていた。
それが正しいとしたら、私は既に男として終わっている。ガーン!!である。ヤバい。
女性の下着については、常にアーだのコーだのと持論を展開し、自分の趣味を強要するほど強いこだわりがあるのに、肝心の私自身はヒドいものである。
寒い日は上半身も長袖、下半身も足首までカバーするダッサイ肌着を保温優先で愛用している。
冬場に突発的に女性とムフフになったとしても、服を脱ぐ前に私のほうから「灯りは消して・・・」と言いそうである。
パリッとした身なりを心掛けブイブイ言ってるくせに、ネクタイをほどき、スーツを脱ぎ、ワイシャツを脱ぎ捨てると、そこにいるのは無残な姿をさらすクソオヤジである。
生き様をちょっと考えないといけない。
若い頃はブリーフ派だった。子供の頃からの習慣だったが、色気づくとともにカラフルになって、形もシャープな感じになっていった。
当時、トランクスのほうがオシャレだという風潮もあったのだが、時々、テニスをする機会があったので、ブリーフ一辺倒だった。
昔のテニスウェアの短パンは丈が短めで、トランクスだとはみ出るので選択肢は他になかった。
30代半ばぐらいまではブリーフ派だったと思う。ヘンテコなイラストが描かれたものもウケ狙いで随分愛用した。
ブリーフの前面にセクシーな女性の手が思わせぶりに描かれているやつとか、仁王様が正面で睨みをきかせているやつとか、いろいろ持っていた。悪趣味だが、一応、下着には気を遣っていたわけだ。
その後はいわゆるボクサータイプの下着に移行して、今でもそれが基本だ。まとめ買いしたら、結構いつまでも愛用するのでヨレているものも多い。
カッチョ悪いことである。
私が家庭人だった時は、あえてヨレた下着を着用していた。変な言い訳みたいだが、それなりにちゃんとした理由があった。
男の浮気がバレる初歩的なミス?は、下着に懲り始めることである。
普段から下着のオシャレに気を遣う男であれば心配はない。でも、普通のオッサンが突如、小洒落た下着を着け始めたらそりゃあ誰だって怪しいと気付く。
そういう事情もあって私は、ヨレヨレ下着を愛用していた。。。などとカッコつけて言いたいところだが、私の場合は、単にズボラなだけだった。ヨレた下着でも気にならない性格なんだと思う。
まあ、結果的に悪さがバレたことは一度もなかった。ヨレパンの効用かもしれない。世の男性諸氏は、いざという時に備えてヨレヨレ下着の素晴らしさを認識しておいたほうがいいと思う。
男の下着話を一生懸命書いてもしょうがないから軌道修正。
女性の下着の進化といえば、「寄せて上げる」機能だろう。凄い変身が可能だ。詐欺みたいな演出に時々たじろぐ。
オレオレ詐欺ならぬモリモリ詐欺である。
幸か不幸か、私はオッパイ星人ではない。お尻フェチである。だから、いざ、ムフフになってモリモリ詐欺の実態を解明しちゃった時も、決して落胆したり暴れたり訴えたりはしない。
そもそもブラジャーというものが好きではない。ホックをスムーズに外したら、手慣れたオトコだと思われる。逆に外すのに手間取ったら、舞い上がってオタオタしているダメ男だと思われる。
厄介な敵である。ヌーブラとやらに比べれば素敵だが、やはりブラジャーは自分で外していただくのが正解だと思う。
個人的な嗜好だが、正直、下半身を覆う下着にしか興味がない。「全日本Tバック推進連盟」の創設メンバーとして活動しているから、やはりTバックにはゾッコンである。
お尻フェチの正しい帰結である。
あれもいろんな形がある。Tバックだから全て良しというわけではない。まあ、その辺を細かく解説すると変態オヤジみたいで、このブログの品格?にかかわるから内緒にしておく。
Tバックではなくても、後ろが総レースでスケルトンちゃんだったりするのもオーマイガッ!である。
それを着用する心意気に盛大な拍手を贈りたくなる。表彰状モノだと思う。本人にとっては後ろ側など自分では見えないわけだから、あえてそれを選ぶのはかなりシャレたセンスだ。
ちなみに最近は一部がシースルーになっている洋服が人気らしい。街行く女性のブラウスとかもそんなパターンをよく目にする。
ということで、妄想大魔王として生きる私は、下着にもシースルー旋風が巻き起こって欲しいと日夜神棚に手を合わせている。
なんだか、今日は高尚で難解で哲学的すぎる話題に終始してしまった。
欲求不満なんだろうか。
春である。
0 件のコメント:
コメントを投稿