東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2014年11月28日金曜日
揚げ揚げ
食の好みは年齢とともに変化する。苦手だったモノを美味しく感じたり、好きだったモノを敬遠するようになったり、何とも不思議だ。
最近つくづく牛肉を食べなくなった。若い人に焼肉を御馳走しようと出かけて画像のような上等な肉がデーンと出てきても、私はほとんど食べない。同行者が97%ぐらい食べる。こっちはチャンジャや韓国海苔をツマミに焼酎をグビグビするだけだ。
若い頃は深夜にクルマを飛ばして一人焼肉に励んでいた。親しい関係の女子とは焼肉デートばかり。まだ未関係の女性とはすき焼きデートで、関係構築後は焼肉デートに移行するのが標準的な行動パターンだった。
今では私の中ですっかり牛肉の地位は低くなってしまった。いにしえのブランド品が出回りすぎてシュールなモノになっちゃうように「どうでもいい存在」である。
カルビと聞いただけでヨダレが出ていたのに、今では胃もたれを連想してしまう。われながら情けない。
不思議と牛丼は相変わらず好きだ。クタクタに煮込まれていろんな成分が溶け出ちゃっているせいだろうか。
牛肉に負けた?くせになぜか揚げ物はいまだに大好物である。逆流性食道炎がこのところおとなしくなったおかげで、一時期より揚げ物を解禁する機会が増えた。実に幸せである。
これからの季節はカキフライがウマい。カキの風味や旨味が衣の中に閉じ込められた日本料理の至宝だと思う。
この画像は銀座の某料理屋さんでの一品。異常なほどタルタルソースが好きなのにカキフライはレモン汁やソースをチョビっと使うだけで食べる。
まったく個人的な意見だが、カキは生より加熱したほうがウマい。生牡蠣をシャブリとともに味わうのが最高と言い張る人が世の中に溢れているが、私に言わせれば「ホンマかいな?」である。
シャブリにも様々な種類があるし、そもそもの食文化がまるで違う国の伝承だから、日本人が分かったような顔でウンチクザウルスになっているのはスマートではない。
日本には日本の味わい方がある。広島あたりでポピュラーな八丁味噌を使った牡蠣鍋を初めて食べた時には、感激してひたすらうなっていた記憶がある。
上質な出し汁をベースにお吸い物のように食べるのも好きだ。熱々をハフハフ言いながら、ネギや三つ葉の風味をアクセントにして食べると「ニッポンの冬バンザイ!」と言いたくなる。
揚げ物の話からそれてしまった。軌道修正。
タルタル人である私としては、相変わらず、お寿司屋さんに無理を言って一からタルタルソースを作ってもらう。相棒はもちろんエビフライである。
生きた車海老を茹でてもらうから、甘味、旨味がグワ~っと口の中に拡がる極上のエビフライに仕上がる。
本来ならちょこっとレモンを搾るだけで楽しむべきだろう。でも「エビフライにタルタルソース」は人して守るべき掟である。日本国憲法にも定められている。だからエビの味わいをまるで感じないほどドッサリ乗っけて食べる。
味覚ウンヌンをエラそうに書いていることが恥ずかしくなるほどタルタル人になりきる。バイ〇グラなど不要なほど官能的な気分になる。
命がけで私に食われる車海老が気の毒である。タルタルが主役なら、そこらへんのザリガニを揚げてもヒャアヒャア喜んで食べてしまうかもしれない。
さて、冬の揚げ物として見逃せないのが「白子フライ」である。メジャーな存在ではないが実にウマい。
白子の天ぷらが珍しくないのだからフライだって邪道ではない。白子ポン酢は日本酒のお供にもってこいだが、白子フライは焼酎とかハイボールと相性が良い。
トロリとした食感が最高である。ちょこっとソースをつけて食べると極上のクリームコロッケみたいな様子になる。
アンキモを食べ、カワハギをキモ和えで食べ、塩辛を舐め舐め、カラスミをかじって、白子フライを堪能する――。寒い季節ならではの夢の競演である。
世の中に痛風という病気がなかったら、日々そんなものばかり食べて酒をかっくらっていたい。
2014年11月26日水曜日
「高倉健」が教科書だった
ニッポンの男である以上、やはり高倉健さんの話題に触れないわけにはいかない。個人的に大ファンだったわけではない。「あなたへ」という遺作だって見ていない。それでも何だかとても寂しい。
テレビでさかんにやっていた追悼番組も録画しまくってしまった。享年83。訃報に接してもある意味ちっとも不思議ではないのだが実にショックが大きかった。
それだけ年齢を超越した特別な存在だったのだと思う。
美空ひばり、石原裕次郎という昭和の大スターが亡くなった際の驚きとはまた違った感覚がある。
個人的には渥美清さんが亡くなった時と相通ずるような例えようのない寂しさを感じる。知り合いでもない、ただ画面で見ていただけの人なのに非常に大きな喪失感だ。
中学、高校の後輩で某大手芸能プロのトップを勤めている男がいる。彼のFacebookには「当り前にあると思っていてはいけないことがあるんだなと改めて思いました」と綴られていた。
まったく同感だ。80歳も過ぎればXデーがいつ来てもおかしくない。分かっているのだが、健さんに関してはそんな常識では計り知れない「何か」があった。
日本人の中高年には似たような感覚を持つ人が多いと思う。
男っぽさ、男のあるべき姿、ダンディズム。そんなことを考える時、健さんの姿を思い浮かべる人は多い。
もちろん、実像は近親者しか知らない。ひょっとしたら全然イメージの違う人物だったかもしれない。亡くなったことを機にさまざまなエピソードがメディアに溢れている。でも、「高倉健」という芸名をまとった彼が示し続けていた姿は多くの日本の男が憧れた姿である。
無駄口を叩かず無器用で義理を重んじ、誠実に、そして無骨に筋を通す。大半の人がそうなりたくてもなれない現実の中で生きている。だから「健さん」に憧れた。
話が飛ぶが、エコノミックアニマルと称されて働きずくめだった戦後の男達は、自由気ままにフラフラしている寅さんを笑うことで束の間の安らぎを得た。
フーテン暮らしなど叶わぬ自分の境遇を嘆きたい。でも、寅さんのダメっぷりを笑うことで納得して生真面目な暮らしに戻っていった。
「健さん効果」もそうした「投影」の作用があったように思う。
男らしく筋を通したい、一本気で誠実に、人情の機微に敏感で、時には勇気を奮い起こして逃げずに生きていたい。男なら誰もが憧れる姿だが、普通の人にとって現実の暮らしはそうもいかない。
時にずる賢く立ち回り、二枚舌も使って保身ばかり考え、困難からは逃げたくなる。それが多くの人の現実だろう。
そんな「男らしくない自分」を憂いながら、健さんの姿に夢を見る。あんな男になりたい、ああいう男でいたい。そんな憧れを日本の男たちに抱き続けさせた存在が「高倉健」だったわけだ。
つくづく希有な存在だったと思う。数十年の間、そういう立ち位置が不変だった点は奇跡的だと思う。
普通は年齢とともにイメージや様子も変わっていく。健さんの場合、最後まで「ニッポンの男のあるべき姿」を貫き通したわけだから唯一無二という言葉は、まさに健さんのことを指す言葉だと思う。
私ごときが自説をダラダラ書き殴って恐縮です。御容赦願います。
話は変わるが、これまで幾度となく「あの人は高倉健のコレよ」という話を小指を立てられながら聞かされたことがある。
要はどっかの誰かが健さんの「彼女」だという怪しげな話である。すべて人づて、又聞きという点がミソである。
ある時は航空会社方面、ある時は銀座方面、またある時は某大企業に勤めている人だった。
私もそこまでアホじゃないので、いちいち信じるはずもなかったのだが、その手の眉唾モノの話は物凄く多かったはずだ。
健さんは私生活を明かさない人だったから、それに乗じて世間の関心をひきたい馬鹿がそうした話を面白おかしく広めたのだと思う。
だいたい、あの健さんが自分との交際を吹聴するようなチンケな女と付き合うはずがない!!
まあ、そういう話を全否定したくなっちゃう感覚自体が高倉健に憧れる男の一般的な反応かもしれない。
「幸福の黄色いハンカチ」「夜叉」「あ・うん」「居酒屋兆治」「冬の華」「駅」「ミスターベースボール」。
健さん映画の中で私が好きな作品を並べてみた。
健さんみたいに格好良く生きるのは至難のワザだ。私などは映画の中で健さんにぶっ飛ばされる側の生き方をしちゃっているような気がする。
そんな反省をしたくなるほど健さんがニッポンの男に与えた影響は大きい。
テレビでさかんにやっていた追悼番組も録画しまくってしまった。享年83。訃報に接してもある意味ちっとも不思議ではないのだが実にショックが大きかった。
それだけ年齢を超越した特別な存在だったのだと思う。
美空ひばり、石原裕次郎という昭和の大スターが亡くなった際の驚きとはまた違った感覚がある。
個人的には渥美清さんが亡くなった時と相通ずるような例えようのない寂しさを感じる。知り合いでもない、ただ画面で見ていただけの人なのに非常に大きな喪失感だ。
中学、高校の後輩で某大手芸能プロのトップを勤めている男がいる。彼のFacebookには「当り前にあると思っていてはいけないことがあるんだなと改めて思いました」と綴られていた。
まったく同感だ。80歳も過ぎればXデーがいつ来てもおかしくない。分かっているのだが、健さんに関してはそんな常識では計り知れない「何か」があった。
日本人の中高年には似たような感覚を持つ人が多いと思う。
男っぽさ、男のあるべき姿、ダンディズム。そんなことを考える時、健さんの姿を思い浮かべる人は多い。
もちろん、実像は近親者しか知らない。ひょっとしたら全然イメージの違う人物だったかもしれない。亡くなったことを機にさまざまなエピソードがメディアに溢れている。でも、「高倉健」という芸名をまとった彼が示し続けていた姿は多くの日本の男が憧れた姿である。
無駄口を叩かず無器用で義理を重んじ、誠実に、そして無骨に筋を通す。大半の人がそうなりたくてもなれない現実の中で生きている。だから「健さん」に憧れた。
話が飛ぶが、エコノミックアニマルと称されて働きずくめだった戦後の男達は、自由気ままにフラフラしている寅さんを笑うことで束の間の安らぎを得た。
フーテン暮らしなど叶わぬ自分の境遇を嘆きたい。でも、寅さんのダメっぷりを笑うことで納得して生真面目な暮らしに戻っていった。
「健さん効果」もそうした「投影」の作用があったように思う。
男らしく筋を通したい、一本気で誠実に、人情の機微に敏感で、時には勇気を奮い起こして逃げずに生きていたい。男なら誰もが憧れる姿だが、普通の人にとって現実の暮らしはそうもいかない。
時にずる賢く立ち回り、二枚舌も使って保身ばかり考え、困難からは逃げたくなる。それが多くの人の現実だろう。
そんな「男らしくない自分」を憂いながら、健さんの姿に夢を見る。あんな男になりたい、ああいう男でいたい。そんな憧れを日本の男たちに抱き続けさせた存在が「高倉健」だったわけだ。
つくづく希有な存在だったと思う。数十年の間、そういう立ち位置が不変だった点は奇跡的だと思う。
普通は年齢とともにイメージや様子も変わっていく。健さんの場合、最後まで「ニッポンの男のあるべき姿」を貫き通したわけだから唯一無二という言葉は、まさに健さんのことを指す言葉だと思う。
私ごときが自説をダラダラ書き殴って恐縮です。御容赦願います。
話は変わるが、これまで幾度となく「あの人は高倉健のコレよ」という話を小指を立てられながら聞かされたことがある。
要はどっかの誰かが健さんの「彼女」だという怪しげな話である。すべて人づて、又聞きという点がミソである。
ある時は航空会社方面、ある時は銀座方面、またある時は某大企業に勤めている人だった。
私もそこまでアホじゃないので、いちいち信じるはずもなかったのだが、その手の眉唾モノの話は物凄く多かったはずだ。
健さんは私生活を明かさない人だったから、それに乗じて世間の関心をひきたい馬鹿がそうした話を面白おかしく広めたのだと思う。
だいたい、あの健さんが自分との交際を吹聴するようなチンケな女と付き合うはずがない!!
まあ、そういう話を全否定したくなっちゃう感覚自体が高倉健に憧れる男の一般的な反応かもしれない。
「幸福の黄色いハンカチ」「夜叉」「あ・うん」「居酒屋兆治」「冬の華」「駅」「ミスターベースボール」。
健さん映画の中で私が好きな作品を並べてみた。
健さんみたいに格好良く生きるのは至難のワザだ。私などは映画の中で健さんにぶっ飛ばされる側の生き方をしちゃっているような気がする。
そんな反省をしたくなるほど健さんがニッポンの男に与えた影響は大きい。
2014年11月21日金曜日
オヤジバンド 告知です
わがオヤジバンドのライブがいよいよ再来週に迫ってきた。3年連続である。我ながらビックリだ。12月6日土曜日、場所は六本木のライブハウス。
何かと厄介事も多いオッサン3人が真面目に練習を重ねている。3年も続くとは思わなかったが、このまま来年以降も続けたい。
じゃないと私のギター練習のモチベーションが消滅してしまう。なんとか他の2人にお世辞を言いまくって継続してもらおうと思う。
ギターを初めて3ヶ月ちょっとが過ぎた。全然ダメである。もちろん、今年のライブで披露できるレベルではない。「中年老いやすく・・・」という感じで一度覚えたこともすぐ忘れる。
つくづくボーカルの私に合わせてくれる2人のギターテクが素晴らしいことを痛感する。
私も基本のコードは結構覚えたし、難関と言われる「F」コードも少しずつそれっぽく鳴り始めた。でもコードチェンジをスムーズにこなすにはまだまだである。
10年以上前から「次に生まれる時は楽器をこなせる人生にしたい」と思い続けていた。だったらそう思い始めた時にギターを始めれば良かったとつくづく後悔している。
生まれ変わっても人間になれる保証はない。セミとかエビになったらギターどころではない。投げ出さずに精進しようと思う。
さて、オヤジバンドである。
今年の会場は130人ほど入れる規模だ。昨年は少し小さめのライブハウスだったので有り難いことに満員御礼状態だったのだが、今年は逆にスカスカにならないか心配である。
今回は、飲み仲間がわがバンドのプロモーション動画を作ってくれた。著作権の関係(ウソです)でここにはアップしないが、なかなか面白い出来映えだ。有り難い限り。
ライブ当日も途中の幕間に上映会を予定している。3度目ともなると凝った演出を始めてしまうあたりがオヤジバンドの図々しさである。
当日のDVD収録も専門業者を手配した。調子に乗ってカメラ2台態勢で収録するよう指示してある。食うや食わずでバンド活動に励んでいる若者に比べればオトナの余裕?である。
今回は六本木のライブハウスで小さいながらロフト席まであるらしい。言うなれば「2階席」である。凄いことだ。まだ現地を見ていないので、当日になってビビってしまうかもしれない。
不思議なものでライブハウスのステージでド緊張していても、照明とか音響のおかげで徐々にその気になる。
オープニングの際、真っ暗だったステージがそれっぽい照明に切り替わり、カラオケ屋とは異質な迫力のある音が響き始めるとようやく腹が据わる。あとは勢いで進むだけである。
昨年は、ライブを間近に控えた夜にカラオケボックスで特攻オネエチャンに凄まじい接待をされて喉の調子を崩してしまった。大反省である。
今年はライブ当日まで、風呂に入る時以外は服を脱がず修行僧のような勤勉な日々を過ごそうと決意している。邪念に負けてはいけない。
今回のライブは前半にエレキバンドが数曲演奏して、幕間を挟んでわがアコースティックバンドが登場。最後の2曲はエレキバンドと合体する段取りである。
と言いながらこれを書いている時点でまだ合同練習はやっていない。少し心配だ。まあ、ドラムもベースも相当な腕前だから何とかまとまるだろう。
エレキバンドは80年代の聞き覚えのある洋楽を演奏する。我々アコースティックバンドは昭和歌謡などをアダルトアレンジ?で演奏する。
誰もが知ってるベタな歌謡曲がアコースティックギターの渋いアレンジで変身する感じはなかなかカッチョいい。手間ミソでスイマセン。
さてさて何はともあれ歌の練習に励まないといけないのに、MCの構成がまとまらなくて苦悩中だ。
歌のことで悩まずに喋るほうが重要課題になっている。なんか違うような気がする・・・。
一昨年、昨年とこのブログを読んでくださっている方にも来ていただいた。有り難いかぎりです。改めて御礼申し上げます。
今年も「ヒマだから行ってみるぞ」というかたがいらっしゃいましたら当ブログのコメント欄にその旨お知らせください。
コメント欄に記入いただいた内容は当ブログのコメント欄にはアップしませんのでご安心ください。こちらから直接詳細をお知らせいたします。
何かと厄介事も多いオッサン3人が真面目に練習を重ねている。3年も続くとは思わなかったが、このまま来年以降も続けたい。
じゃないと私のギター練習のモチベーションが消滅してしまう。なんとか他の2人にお世辞を言いまくって継続してもらおうと思う。
ギターを初めて3ヶ月ちょっとが過ぎた。全然ダメである。もちろん、今年のライブで披露できるレベルではない。「中年老いやすく・・・」という感じで一度覚えたこともすぐ忘れる。
つくづくボーカルの私に合わせてくれる2人のギターテクが素晴らしいことを痛感する。
私も基本のコードは結構覚えたし、難関と言われる「F」コードも少しずつそれっぽく鳴り始めた。でもコードチェンジをスムーズにこなすにはまだまだである。
10年以上前から「次に生まれる時は楽器をこなせる人生にしたい」と思い続けていた。だったらそう思い始めた時にギターを始めれば良かったとつくづく後悔している。
生まれ変わっても人間になれる保証はない。セミとかエビになったらギターどころではない。投げ出さずに精進しようと思う。
さて、オヤジバンドである。
今年の会場は130人ほど入れる規模だ。昨年は少し小さめのライブハウスだったので有り難いことに満員御礼状態だったのだが、今年は逆にスカスカにならないか心配である。
今回は、飲み仲間がわがバンドのプロモーション動画を作ってくれた。著作権の関係(ウソです)でここにはアップしないが、なかなか面白い出来映えだ。有り難い限り。
ライブ当日も途中の幕間に上映会を予定している。3度目ともなると凝った演出を始めてしまうあたりがオヤジバンドの図々しさである。
当日のDVD収録も専門業者を手配した。調子に乗ってカメラ2台態勢で収録するよう指示してある。食うや食わずでバンド活動に励んでいる若者に比べればオトナの余裕?である。
今回は六本木のライブハウスで小さいながらロフト席まであるらしい。言うなれば「2階席」である。凄いことだ。まだ現地を見ていないので、当日になってビビってしまうかもしれない。
不思議なものでライブハウスのステージでド緊張していても、照明とか音響のおかげで徐々にその気になる。
オープニングの際、真っ暗だったステージがそれっぽい照明に切り替わり、カラオケ屋とは異質な迫力のある音が響き始めるとようやく腹が据わる。あとは勢いで進むだけである。
昨年は、ライブを間近に控えた夜にカラオケボックスで特攻オネエチャンに凄まじい接待をされて喉の調子を崩してしまった。大反省である。
今年はライブ当日まで、風呂に入る時以外は服を脱がず修行僧のような勤勉な日々を過ごそうと決意している。邪念に負けてはいけない。
今回のライブは前半にエレキバンドが数曲演奏して、幕間を挟んでわがアコースティックバンドが登場。最後の2曲はエレキバンドと合体する段取りである。
と言いながらこれを書いている時点でまだ合同練習はやっていない。少し心配だ。まあ、ドラムもベースも相当な腕前だから何とかまとまるだろう。
エレキバンドは80年代の聞き覚えのある洋楽を演奏する。我々アコースティックバンドは昭和歌謡などをアダルトアレンジ?で演奏する。
誰もが知ってるベタな歌謡曲がアコースティックギターの渋いアレンジで変身する感じはなかなかカッチョいい。手間ミソでスイマセン。
さてさて何はともあれ歌の練習に励まないといけないのに、MCの構成がまとまらなくて苦悩中だ。
歌のことで悩まずに喋るほうが重要課題になっている。なんか違うような気がする・・・。
一昨年、昨年とこのブログを読んでくださっている方にも来ていただいた。有り難いかぎりです。改めて御礼申し上げます。
今年も「ヒマだから行ってみるぞ」というかたがいらっしゃいましたら当ブログのコメント欄にその旨お知らせください。
コメント欄に記入いただいた内容は当ブログのコメント欄にはアップしませんのでご安心ください。こちらから直接詳細をお知らせいたします。
2014年11月19日水曜日
野球
久しぶりに野球観戦に出かけてきた。日米野球である。メジャーリーガーは観光気分だとか日本の選手も遊び感覚だとか、ネガティブな論調もあるが、数年に一度の日米野球はついつい現場で見たくなる。
何が素晴らしいかといえば、球場の「音」である。日本チームの攻撃の際は、ライトスタンドでシーズン中を思わせるような騒々しい声援が行われているが、メジャーの攻撃の際には鳴りモノ応援はない。
結構な静寂が球場を支配する。打球音はもちろん、キャッチャーミットの響きに興奮する。気のせいか走者の足音すら身近に感じられる。
観客席を仕切るネットの前である。フィールドの臨場感を仕切り無しで味わえる。飛び込んでくるかもしれない打球を避けるためにヘルメットとグローブが各席に用意されている。
試合前にはファンサービスで選手がサインしにやってくるのだが、対象になるのはこの席の客である。おかげでマエケンや大谷という今後の日本の顔になるスター選手が至近距離にやってきてチョット興奮した。
動物園に閉じ込められた猛獣にエサを与えるかのように売り子さんはアレコレ持ってきてくれた。なかなか快適だった。
それにしても日本の野球選手の体格も一昔前に比べて立派になったものだ。メジャーリーガーと並んでもひけを取らない大柄な選手がゴロゴロいる。
ピート・ローズがいたレッズやトム・シーバーもやってきたメッツが単独チームで来日した頃から日米野球に釘付けだった私だ。当時は「メジャー」という呼び方ではなく「大リーグ」と呼ばれていた。
40年ほど前のあの頃は「大リーガーはやたらとデカい」という印象が強かった。まさに隔世の感がある。画像はソフトバンクの柳田選手。かなりゴツかった。
実際、昔の日米野球は、物見遊山の大リーグチームに日本はまったく歯が立たなかったわけだから、時代は大きく変わったのだろう。
日本チームを応援したいけど、メジャーチームに圧倒的な強さを見せて欲しいのが正直な気持ちである。
私が観戦した試合はメジャーが勝利したが、その前の日は日本がノーヒットノーランで買っちゃったから妙にションボリした気分になった。
憧れていた女性が実はヘタレだったような感覚で実に寂しかった。いつまでも「大リーガー」は手が届かない存在でいて欲しい気がする。
10年以上前になるが、友人達と草野球チームを作って毎週のように試合をしていた。リーグ戦に加盟していたせいで結構真面目に励んでいたのだが、一番の思い出は東京ドームで投げたことである。
そう書くと何だかエラそうだが、たった1度だけ深夜の時間帯を数チームで借り切って寝ぼけまなこで試合をしただけである。
ピッチャーだったから私の居場所はマウンドである。巨人のエースが立った場所だというより、日米野球で来日したランディー・ジョンソンが立った場所だという感激が大きかった。
やたらと投げすいマウンドだった。キャッチャーまでの距離は近く感じたし、高さも傾斜も素人野球から見れば実に素晴らしかった。
ただし、キャッチャーの後ろの広さもまた驚異的だった。暴投したら一大事である。草野球だったら1塁ランナーがホームに帰ってきちゃうほど大平原?である。
プロの試合だと、暴投してもランナーは一つ進塁するぐらいだ。一番感心したのがその部分だった記憶がある。
全然話は違うが、スポーツついでにテニスの話。
錦織選手の快進撃でテニスブームが起きそうな気配だが、個人的に気になるのがテニスウェアの進化?である。
一応、30年以上前の一時期、テニス少年だった私としては、最近のカラフルなウェアが妙に羨ましく感じる。
確か昔はウェア全体の中で白色の占める割合が明確に決められていて、ダサい白色ウェアを着るしかなかった。もちろん、コナーズやボルグ、マッケンローといった世界のトッププレイヤーも白が基本だった。
今では紺や赤が主流みたいで、錦織選手も世界一位のジョコビッチ選手も胸には「ユニクロ」のロゴが輝いている。
変われば変わるものである。私が少年の頃は「フィラ」「タッキーニ」が憧れの二大ブランドだった。
やたらめったら高価だった「フィラ」は今では安いスーパーで投げ売りされているし、「タッキーニ」はどっかにいってしまったみたいだ。時代の流れってアッという間である。まさに諸行無常を痛感する。
なんだかまとまりがなくなってしまった。
御容赦願います。
2014年11月17日月曜日
「相続」は他人事ではない
来年からの増税を控えて「相続」の話題が取り上げられる場面が増えてきた。テレビや新聞、雑誌などでさかんに特集されている。
相続税といえば、一部のお金持ちの話というイメージが一般的だが、今後は都内にそれなりの戸建て住宅を持っているだけで課税対象になるケースも出てくる。
課題ごとに効果的な作戦を練ることが必要なのだが、もっとも難しいのは具体的な戦術ではない。一番厄介な課題は何かといえば「オヤジの口説き方」である。
先に逝く人の意思が何より大事である。相続する側の双方が同じ認識でコトに対処できるか。この出発点がキチンとしていなければ何も話は進まない。まさに基本中の基本。
相続問題は「死」がテーマだから話題自体がタブー視されやすい。綺麗事を並べ立てたところで「父ちゃんが死んだらさあ~」という仮定が前提。
エネルギッシュなお年寄りほど「オレはまだ死なない」と本気で思っているから、ヘタに話すとモメ事になる。
それに加えて「カネ」にまつわる話だから「卑しい」とか「品がない」という感覚が邪魔をしてスムーズに話をしにくい。どうしても一筋縄では行かない。それが現実だ。
そうはいっても、いざその日を迎えると、ちょっとしたボタンの掛け違いで相続が「争族」になってしまう。
実際に相続を経験した人の半数が何らかのトラブルを経験したという民間調査期間のデータもある。
私自身も経験したが、Xデーが来るまで想像していなかった厄介事はいとも簡単に発生する。人間の業なんてそんなものである。
「見ざる聞かざる言わざる」は古来から伝わる社会生活の知恵だが、相続に関しては逆効果になりかねない。
気が進まないテーマであっても、事前に親子揃ってそれなりの準備を整えておかないと後になって後悔する。
結婚や出産などと同じく相続は家族・家庭にとっての一大事業である。何も準備せずに結婚や出産する人はいない。一大事業であるからには必然的に計画の立案や戦略が不可欠だ。
計画や戦略を立てるうえで大事なのは必要な情報の取捨選択に尽きる。それぞれの事情に応じた適切な情報に触れることがカギになる。
今週の水曜から3日間、相続に関する総合コンベンションが開催される。その名も「相続エキスポ2014」(11月19日~21日・東京ドームシティ・プリズムホール)。
宣伝になってしまって恐縮だが、画期的なイベントだと思う。さまざまなソリューションの展示をはじめ、著名な専門家や国税当局の元幹部によるセミナーや数多くのカンファレンスがすべて無料。
世の中、いろんなジャンルのイベントが目白押しだが「相続」だけにターゲットを絞ったものとしては国内唯一で最大級の規模での開催となる予定だ。
相続問題を解決に導く最新情報を収集する機会として、老若男女を問わずご活用いただけるので、ぜひご来場を!
http://www.souzoku-expo.jp/
2014年11月14日金曜日
家政婦はミタか
モノグサ太郎ぶりに拍車がかかってきた。今の住まいを来年の春には引き払おうと決めてから掃除が億劫になってしまった。
で、ついに家政婦さんを頼むようになった。
週に1度3時間の作業だが、2LDKを実質的に1LDKしか使っていないから3時間も掃除してもらえれば充分である。
家政婦さんはもともと私の実家に来ていた実績があったから初めから部屋の合い鍵を預けた。私が不在の時に勝手にやって来て勝手に部屋をピカピカにして帰って行く。
実に有り難い。いままで一生懸命マメに掃除してきたことがバカみたいに綺麗になる。もっと早くから頼めば良かった。
一人暮らしを始めた当初は、ウキウキした気分もあってマメに掃除に励んでいた。ルンバも買ったし、クイックルワイパーやコロコロの達人にもなった。
でもさすがに飽きた。時々子ども達が遊びに来るからそれなりに綺麗にしていたが、掃除への情熱が徐々に薄れていたから大助かりである。
一応、ヤバいグッズとかは立ち入り禁止?エリアに置いてあるので家政婦さんに見られることはない。そこも掃除されちゃったら真っ当な紳士だと思われている私のイメージはコッパミジンである。
それ以外にも引き出しを開ければアレコレと「恥ずかしい品々」が出てくるが、家政婦さんも暇じゃないから大丈夫だろう。
そう思い込むことにする。
何より助かるのは水まわりである。風呂掃除は腰に響くし、洗面まわりも鏡面への飛沫の飛び散りや蛇口まわりの水垢など真面目に退治しようとすると結構大変である。
台所まわりも同じ。シンクの水垢、ガスコンロ周辺の汚れなど男目線では見逃すポイントが多いが、家政婦のオバサン目線は優秀である。バッチリだ。
布団カバーやシーツの交換・洗濯もやってくれる。根っから無器用な私としてはこんなに楽チンなことはない。
ダブルサイズの布団カバーは、パッと見は正方形だ。いつもタテヨコを間違えてイライラしながらやり直す苦行に見舞われていた。そんな苦労ともオサラバである。
ゴミ捨てやクリーニング屋通いもやってくれるらしいが、そこまで頼むと私自身が究極のダメ人間になりそうなので掃除だけお願いしている。
でも、遠からずそういう雑用もやってもらうような予感がする。どんどん自分がグータラになっていきそうだ。
不思議な話だが、家政婦さんが来るようになってから自分の心の平穏度合いが高まったというか、切なさを感じる場面が減ってきた。
とても良いことなのだが、それはそれで問題がある。
ひとり黙々と部屋を掃除したり布団カバーと闘っていた時は、ふとした瞬間にそんな行動に侘びしさを覚えることがあった。
若造じゃあるまいし、一人でいるよりそこらへんの誰かと愛の巣を築かなければ人としてマズいのではと思ったりした。
ところが、家政婦さんのサポートによる快適ライフによって、侘びしさを感じる場面が激減、なんとも大らかな気分になって御機嫌な日々である。
これはこれで困った問題である。快適すぎる。気楽すぎる。自分を甘やかしすぎる。おひとりさま街道まっしぐらである。
高齢者の一人暮らしが増え、未婚者の増加も重なって、世の中すべてが独り者にとって快適になっている。
私自身、四半世紀ほど前に一人暮らしをしていたのだが、その頃とはまるで事情が違う。
ネットスーパーは重い物をチョチョチョイって運んできてくれるし、スマホがあればたいていの食べ物もデリバリー可能だ。これから先、どこまで便利になっていくのだろう。
文明の進歩の凄さは人の暮らし方も随分と変えた。簡単に良し悪しなど判断できないが、当然、反作用も大きいのかもしれない。
その昔、昭和の頃には「一人だと何かと面倒だから結婚した」みたいな話をやたらと聞かされた。あながちウソだとは思えない。
高度成長期を支えた男たちが家事にかまけていられなかったのは事実だろう。今と比べれば不便だらけの時代だったから、ホレたハレただけでコトは進まなかったはずだ。
動機はどうあれ、それが普通だった時代だから、それなりに夫婦で力を合わせて、産めよ増やせよで家族の形が固まり、社会の基本単位である家庭がしっかり機能する結果につながったわけだ。
それが正しい社会の姿だと定義するなら、今のような「個」が尊重される時代はどんな未来につながっていくのだろう。
ちょっと怖い気もする。
身勝手にワガママに、なおかつ快適に暮らしている自分の姿を俯瞰してみると、ついアレコレと考えたくなる。
いや、考えているフリをして四の五のゴタクを並べることで、一応自分が問題意識を持った人間だとアピールしたいだけかもしれない。
なんだか話がウザったい方向にいってしまった。
家政婦さんの話だった。
男の一人暮らしの割には部屋を綺麗にしていたから、今まで何度も「女がいるんでしょう?」とカマをかけられてきた。
そんなことを言われるたびにナゼか焦っていたのだが、これからは「いいえ、家政婦さんのおかげだ」と胸を張って否定できる。
ウッヒッヒである。
2014年11月12日水曜日
1万円のふりかけ
生卵かけご飯が好きな私は、スーパーに行くと6個で500円ぐらいの卵を買う。売れ線は10個で200円ぐらいで売っているから、私の買い方は富豪的?である。
とはいえ、6個で500円といえば、1個80円ちょっとである。缶ジュースすら買えない。「おかず1回分の値段」としてはちっとも高価ではない。
1個20円の卵と比べるから物凄く高価に思えるだけでちっとも富豪的ではない。ある意味、1個20円という売れ線の価格が安すぎるだけだと思う。
結局、値段なんて相対的なものだから神経質になりすぎても仕方がない。
時々、やけっぱちな気分で烏骨鶏の卵というやたらと高価な生卵を購入する。1個で500円である。確かにウマい。
「おかず1回分の値段」としては高価だ。デパ地下で打っている結構マトモな肉料理やそれなりの刺身だって買えるから、高価な一品であることは確かだろう。
それだって、外食に出かけるよりは安い。500円では喫茶店のピラフや松屋の牛丼特盛りも食べられない。
何と比べるかで値段の概念は変わるわけだ。
だからどうしたと言われそうだから本題に入ろう。今までの話は単なる前振りである。
「1万円のふりかけ」を買ってみた。我ながらちょっとマヌケだと思う。多分にこのブログのネタにしようというヘンテコなブロガー魂のせいである。
「ひとくち頬張ると思わず恋してしまうふりかけ」というキャッチフレーズの「口どけ」という商品だ。
画像の小さな缶が二つ入って1万円である。1缶に30グラム、合計60グラムである。さきほど値段なんてモノは相対的だと書いたが、こればっかりは単純明快に高い。逆立ちしたって高い。
「本枯れ節血合抜き」なる鰹節のなかでも1000本に1本の最高級品を使っているらしい。鰹節の知識などまるで無い私にはチンプンカンプンである。
それを繊細な手作業でとろけるような食感になるような薄さに削って秘伝のタレを混ぜ合わせて出来上がるらしい。
仰々しい挨拶状も同封されていた。こうやって付加価値を強力にアピールすることで私のようなアマノジャッキーを引き寄せようという戦略だろう。
この商品、インターネット通販の世界で話題を呼び、注文してもそこそこ待たされるほどの人気なんだとか。
ひねくれ者の私としては、到着まで時間がかかること自体も客の飢餓感をあおる業者側の巧みな販売戦略だと睨んでいるが、それはそれでいいと思う。
まあ、世の中、安さばかりがモテはやされるケッタイな風潮が根付いちゃったから、この手の上等な品が脚光を浴びるのは良いことである。
よくわからないが、高価格の背景に日本の高度な物作りや職人技という伝統が息づいているのなら乱脈大量消費型社会へのアンチテーゼとして必要な存在だろう。
ということで、期待に胸を膨らませて食べてみた。
この時とばかりに、私がもっとも気に入っている一推しのコメ「つや姫」を慎重に炊いて、炊きたてご飯にドサッとふりかけてみた。
感想はただ一言「普通に美味しい」である。飛び上がるほどウマいのかと言われればそんなことはない。極めて普通である。
強いて言えば、この「普通」こそがイマドキの食べ物に欠けている貴重な部分かもしれない。
化学調味料や強い味付けに毒されて不自然な刺激を有り難いと錯覚する現代人の味覚からすると、1万円のふりかけの味は極めておとなしい。
一口食べて目ん玉ひんむくようなファーストアタックはない。でも、優しい風味がジワジワと口の中に拡がっていく。
酸味、辛味、甘味などと並ぶ味覚成分である「旨味」は日本人が発見したそうだが、それを妙に実感する味わいだった。
期待がデカかっただけに、感動するほどではなかったが、正しい味わいという点では素直にうなずけた。
誉めてるんだかけなしてるんだか分からなくなってきたが、そんな感じである。
結論としては「さすがに高い」。私程度の味覚の人間にとっては残念ながらそれが感想だ。
正直言えば、永谷園の「おとなのふりかけ」シリーズの「すき焼き風味」のほうが好みである。私にとって海外旅行の必需品だ。
あの人工的な味付けと口に残ってしまう科学的?な後味についつい引き寄せられてしまう。現代社会でジャンクフードを食べまくってきたツケだ。
ウソっぽい怪しげな味付けにすっかり飼い慣らされてしまった自分の舌がチョッピリ悲しい。
2014年11月10日月曜日
僅差、微差
笑門来福と言うように笑いはとても大切だ。私自身、眠れない夜にはインターネットでアホバカ画像を見たり、トンデモない言い間違いを集めたサイトを覗いてケケケと笑うことを心がける。
「ジギルとハイジ」
「ロミオとハムレット」
イメージしてみると何となく笑える。
ほんのチョットの言葉の間違いも私のツボにはまる。
ケイン・コスギならぬ「コイン・ケスギ」
デビ夫人転じて「デビル夫人」
イベリコ豚を「イベリ子豚」
その手のくだらないネタで笑えるからインターネットさまさまである。安上がりの楽しみ方である。
他にもこんなものに笑ってしまった。
(正)「あそこに立っているのが私のダンナです」
(誤)「あそこが立っているのが私のダンナです」
はたまた、
(正)「どいてよ!」
(誤)「だいてよ!」
些細な違いでここまで意味が変わるものかと妙に感心してしまう。
ついでに私自身の恥ずかしい経験をひとつ紹介する。
巨人の原監督が高校野球で話題になり始めた頃にさかのぼる。まだ小学生だった私は原選手が在籍していた「東海大相模高校」が読めなくて恥ずかしい思いをした。
東海大学の付属校であるという基本認識自体が無かったうえに「サガミ」を「スモウ」と読んでいた。
結果、「とうかい・おおずもう」である。野球なのにナゼ相撲なんだろうと真剣に悩んだ記憶がある。
漢字一文字で大違いである。
娘がまだ小さかった頃、童謡「赤い靴」をウソバージョンで教え込んだ。
「異人さん」に連れて行かれた少女のことを娘はかなり長い間、「ひい爺さんに連れられて~」と歌っていた。
なんだかくだらないことばかり書き殴ってしまったが、今日書きたかったのは「ほんの少しの違い」についての考察だった。
仕事の現場でも「あと少しだったんです」とか「ほとんど出来てます」とか「もうちょっとだけ時間ください」とか、そういう言い回しが乱発される。
これらはすべて言い訳であり、その時点で0点である。それぞれ「ダメでした」、「出来ませんでした」という意味でしかない。
若い人間が平気でこの手の言い訳を連発するのが腹立たしく感じる。
10対9で負けたらタダの負けである。勝ったほうは1勝、負けたほうは0勝。1勝と0勝の差は無限大だ。
1億円の商品で販売競争した場合、勝ったほうには1億円が転がり込む反面、負けたほうは収入ゼロである。
僅差、微差だろうが負けた側、選ばれなかった側はゼロでしかない。大統領選挙が仮に1票差で決まったとしても、負けたほうはタダの人である。
「ほんの少しの違い」。ここを埋められるかどうかで天と地ほどの開きがあることを肝に銘じないと発展や成長など期待できない。
なんだか「コイン・ケスギ」の話とは随分様子が変わってきてしまった・・・。
ここで説教じみたことを書いてもしょうがないか。
ちょっとの違いの大事さは、大げさな次元の話ではなく、身近にいくらでも転がっている。
パスタの茹で時間を1分まちがえただけで食感が変わっちゃうし、風呂の温度がたった2度違うだけでビックリするし、冷えたビールと冷えてないビールの違いだって同じ。
好きな相手とのキスだって、ほんの3センチずれたら鼻の穴である。そんなところに吸い付いたら大事故だ。
ついでにいえば、男が突撃を企む女性の秘所だって、わずか数センチ違えば、まるで別な門にたどりつく。
そう考えると、つくづくほんのチョットの違いを軽んじてはいけないと感じる。
「別な門」もそれなりに・・・などと思ってはいけない。
2014年11月7日金曜日
偶然か必然か
「神はサイコロをふらない」。
アインシュタインの有名な言葉だ。極論すれば、偶然と思えることだってすべては必然であるという意味合いだ。
最近、これを実感する場面が増えてきた。一種の達観に似た境地かもしれない。身の回りに起きることすべてを必然だと考えてしまう。
うまくいったこと、失敗したこと、どちらもそういう結末になる流れだったと感じる。
正確にいえば、そう思って割り切らないとやってられないという刹那的な感覚もある。
この年になると、大げさに騒ぎ立てることは避けたいし、慌てふためくのもイヤだ。心の中でパニックになっても普通の顔で過ごすように努力している。
冷静沈着というほどクールではないが、なるべくそれを目指しているうちに、「すべてが必然だぜ」と自分に言い聞かせているのだろう。
なんだか堅苦しい感じになってしまったが、そんな大層な話ではない。柔らかく例えてみよう。
暇だからという理由だけで好きでもない女性を食事に誘った後で、思い焦がれていた別の女性からデートを申し込まれるような事態だ。
これは偶然ではなく、必然なんだと思う。残念ながら私の宿命は、私の好みに関係なく選ぶべき女性を選別しているのだろう。そう思わないとやってられない。
いい雰囲気になってホテルにシケ込めるはずだったのに、肝心のホテルが満室だったなんて事態も同じだ。
きっと相手の女性とそういう関係になっちゃったら後々大変な目に遭うことを私の宿命?が私に教えているのだろう。
そう思わないとイジイジウジウジしちゃって大変である。
女性をめぐる下ネタみたいな話ばかりで情けない限りだが、これまでその手のシチュエーションで「ゲッ、この期に及んでそうくるか」、「ギョ、今更そんな言い訳するんかい!」みたいな衝撃的な珍事?に何度も遭遇した。
普通なら顔が真っ赤になって血圧が大上昇して、意味不明な叫び声を上げそうな状況である。そんなときは心を静めて必然論者になりきって大災難をやり過ごしてきた。
軟派な話だけでなく、仕事だってしかり。成功、失敗それぞれに理由がある。すべては必然なんだと思う。偶然に成功する話なんて聞いたことがない。
偶然の裏にある日常的な思考や作業の積み重ねが成功を招くわけで、失敗するにしても、どこかに根本的な問題が存在していたのが普通である。
では宝くじとか、ギャンブルとかも必然なのか。こんなものまで必然だなどと言うと神がかり的だが、ひょっとすると、これらだって運命という名の必然のなせるワザかもしれない。
そういう意味で必然論者は運命論者と置き換えることもできる。
最近、死後の世界なるものが存在するという説を著名な科学者や最先端の医療関係者が唱え始めたことが話題になっている。
世界中の数多くの臨死体験者の証言を多角度から分析した結果、そう結論づけるしかないほど共通する証言やデータが得られたからだそうだ。
一言でいうなら、「偶然とはいえない」という客観性がそうした説の元になっている。
「偶然」という言葉は考えてみれば実に便利な表現だ。不思議に思えること、信じられないこと、人知を越えるようなこと、すべてをこの言葉でぶった切ることが可能だ。
偶然という言葉を使うことで一種の思考停止が正当化されてしまうわけで、逃げ口上として悪用されるケースも多い。
消費税の再増税に向けてデリケートになった政府首脳が、景気後退を示す各種データについて「たまたま天候が悪かったから」というアホバカ答弁をしていた。こういうのも「偶然」という概念を悪用した逃げ口上でしかない。
すべてが必然だと考えるほうが無意識のうちに怠惰を戒めるし、向上心を保てる気がする。まあ、その一方で消極的すぎると早々にあきらめてしまう悪循環にもつながる。なかなか難しい。
何だかんだ言って、「必然」を冷静に受け止めればアレコレと手の打ちようがある。「偶然」に逃げれば対策の立てようがない。
フラれるのも必然、うまくコトが進むのも必然、結婚や離婚も必然、馬券が当たるのも必然、太るのも必然、イラついて暴れるのも必然、不整脈になるのも必然、事故に遭うのも必然、街中で突然誰かに再会するのも必然、LINEを乗っ取られるのも必然、体調を崩すのも必然・・・。
すべてを必然だと思い込めば、良い方向、良い結果になるために何をすべきか考えるようになるし、災難を繰り返さないための知恵も出てくる。
どこからどうみても運命を呪いたくなるほど酷い境遇にある人にこんな生半可なことは言えないが、平凡な日常のヨモヤマ事ならば、偶然という言葉に逃げないほうが建設的だと思う。
やたらと力んだ感じで書き進めてきたが、結局、今日は何が書きたかったのか分からなくなってきた。
脳ミソが少し疲れているみたいだ。
2014年11月5日水曜日
ネクタイ問題
長い付き合いの年輩の紳士と久しぶりに会食する機会があった。70代半ばを過ぎても現役でバリバリ仕事をしている。
昔から英國屋で仕立てたスーツを着こなしていた御仁なのだが、この日、私の目にとまったのはその人が履いていた靴だった。
高級革靴ではなく、いわゆるオッサン仕様のウォーキングシューズだった。色こそ黒だが、よく見ればスニーカーのような生地で軽い登山なんかもこなせそうな靴だ。
最近、健康面で色々問題が出てきたそうで、さすがにラクチンな靴を選んだらしい。格好つけるより安全で快適なものを選ぶのは当然だ。でも、彼の昔の姿を思い起こすと何となく寂しい気もする。
私自身、20年以上経った将来、今のようにカッコつけて革靴を選んでいられるかは疑問だ。
きっと、ドテっとした形のやたらと軽いダッサい靴を迷わず選んでいる気がする。
逆に、70代になっても靴へのこだわりを持ち続けられたら凄いことである。靴に限らず、身につけるモノに自分なりの美学を貫いたまま一生を過ごせれば幸せなことだ。
それだけ気力や美意識が衰えていないという意味だから、がんばってオシャレジジイを目指したほうがいいのだろう。
さて、ノーネクタイでいられる季節も過ぎて、そろそろ三つ揃いを着たくなるほどの気候だ。秋の日はつるべ落としである。
ここ数年、三つ揃いのスーツを着ることが増えたが、その理由の一つがネクタイ問題である。
世の中に出回っているネクタイは総じて短いのが私の不満である。全長140㎝代前半ぐらいの長さが主流だ。私の場合、それだと結んだ時に「芋洗坂係長」のようにネクタイが短すぎる事態に陥る。
スリーピースのスーツの場合、ベストのおかげで「芋洗坂係長状態」を世間の目から隠すことができる。これは非常に便利である。だからスリーピースを選ぶ。
時々、いや、ごくまれに女性と二人きりになってベストを脱ぐムフフな機会に恵まれるが、そういう時はベストを脱ぐ前にネクタイを外す。私が芋洗坂係長であることは秘密である。
さてさて、私の場合、身長は高めだが180㎝には少し届かない程度だし、首回りも42~43㎝程度。巨漢というほどではない。
この程度の体型の人間が不自由するわけだから世の中のネクタイ業界には反省していただきたい。
舶来モノ(この表現自体、死語か?)のなかには150㎝程度のネクタイが結構あるから、結局それを購入する。ムダに高いものを買うハメにもなる。
ブルガリやトムフォード、ブリオーニあたりのネクタイはおおむねロング系が多いので、それらが主流になる。
まるで「ブランド大好きオシャレオヤジ」みたいだが、真相は単にネクタイの長さの問題である。芋洗坂係長のせいである。
スーツやシャツをオーダーで仕立ててくれるテーラーさんが、ネクタイもオリジナルで作るらしい。それなりの品質の生地でそれなりに色柄の選択肢があれば、ぜひ作ってみたい。近いうちに頼んでみようと思う。
デパートやお店に出かけてスーツやシャツを選ぶのが億劫なので、季節ごとに訪ねてきてくれるテーラーさんの存在はありがたい。
オリジナルを仕立てるなどというと高価なイメージだが、デフレ社会の恩恵もあってか、デパートの吊しのスーツに比べて少し高いだけである。もちろんブランド品よりも安い。
キッチリ採寸して、こちらの好みも伝えるわけだから、当然、着ていて楽チンである。スーツは大人の男の制服だから快適さは大事だ。
シャツも同じ。西洋社会では下着に該当するのがワイシャツだ。ブカブカだったりツンツルテンではダメである。
ワイシャツも日本のデパートなどの品揃えは不充分だ。9割方の商品が首回り43㎝までしか揃えていない。ダメダメ。
私の首回りは42㎝プラスアルファぐらいなので、43㎝のシャツでピッタリなのだが、クリーニングでほんの少し縮むだけでアウトである。だから43㎝のシャツは怖くて買えない。
JIS規格だか何かで生地の数パーセントの縮みは許されているらしいが、微妙な縮みがすべてを台無しにすることもある。
難しいのは、まったく同じサイズのシャツでも生地の質が異なるだけで、微妙に縮む割合も変わる点だ。
こればかりは、生地をじっくり見たところで分からない。クリーニング屋に二度三度出してみて結果を見極めるしかない。
ちょっとした縫製の加減も影響しているかもしれない。出たとこ勝負みたいな感じである。
結局、オーダーで作るハメになる。少し縮む想定でゆとりを持って作るのだが、ここでも、まったく縮まないシャツがあったり思った以上に縮むやつがあったり、奇々怪々である。
結局、数多く揃えるしかない。シーズン毎に何枚も発注するハメになってムダに出費がかさむ。テーラーさんだけが嬉しいという話である。
オシャレを頑張りすぎると何だかわざとらしいし、かといって、無頓着すぎるとダメな人みたいな印象を与える。
根っからモノグサな私にとっては実にメンドーである。着るものより気を回さないといけないことは山ほどある。許されるなら毎日同じ格好で過ごせたらどんなにラクチンだろう。
ということで、身体に合った無難な色柄のスーツを仕立てて、無地系のシャツを仕立て、ソリッドとかオーソドックスな路線のネクタイを選び、自慢の?靴だけは常に綺麗に磨く。
これで充分だ。ついでにいえば、スーツの胸にポケットチーフを入れておけばバッチグーである。たった一枚のポケットチーフで、一応身だしなみに気を遣っている紳士のふりは完成する。
そんな格好で今日も生きている。