東京出身。富豪になりたい中年男。幼稚園から高校まで私立一貫校に通い、大学卒業後、財務系マスコミ事業に従事。霞ヶ関担当記者、編集局長等を経て現在は副社長。適度に偏屈。スタイリッシュより地味で上質を求め、流行より伝統に心が動く。アマノジャクこそ美徳が信条。趣味は酒器集め、水中写真撮影、ひとり旅、葉巻、オヤジバンドではボーカル担当。ブログ更新は祭日以外の月曜、水曜、金曜。 ★★★スマホでご覧頂いている場合には画面下の「ウェブバージョンを表示」をクリックしてウェブ画面に飛ぶと下側右にカテゴリー別の過去掲載記事が表示されますので、そちらもご利用ください。
2018年11月30日金曜日
鉄板焼きに救われる
焼肉がすっかり苦手になった。若い人との付き合いでちょくちょく焼肉屋さんに行くが、チャンジャや韓国海苔をツマミに焼酎を飲むばかりである。
いつも翌日は体重が減っている。私にとってはダイエットに最適である。昔はカルビばかり5人前でも食べられたのに変われば変わるものだ。
この画像は神楽坂の翔山亭。みんな白っぽい。体重調整中だったこともあり、すべてを同行者に委ねて私はナムルをツマミに飲んだ。
私がまだ下心を隠しているオネエサンが相手だと、つい「何が食べたい?」と聞いてしまう。これがダメである。満面の笑みで「焼肉!」という返事が返ってくる。
下心が完了?済みの場合、「寿司食いに行くぞ」「焼鳥にしたから」などと私の好みを押しつける。いわば、下心のせいで自分は食べもしない焼肉屋で散財しているわけだ。
数十年前は「焼肉屋にいるカップルはデキている」という下世話な通説があった。当時は今みたいにオシャレな焼肉屋さんが珍しく、煙モーモーの小汚い店が大半だったせいだ。
いまや、焼肉屋さんのイメージはグングン進化して、接待などでも普通に使われるようになった。当然、まだデキていない男女も焼肉デートに励む。
私自身、焼肉屋には、まだデキていない人と一緒に行く機会がほとんどだ。まさに隔世の感である。
さてさて、そんな焼肉苦行の日々のなか、ひょんなことから「鉄板焼き」というジャンルが私に一筋の光りをもたらしてくれることに気づいた。
鉄板焼きの店なら焼肉屋ほど肉だらけではない。高級路線のコースしかないような店は別だが、少しカジュアル路線の店ならサイドメニューが豊富である。
相手はどうせウマい肉が食べられればいいわけだから、そっちには上等なステーキをあてがい、こっちは単品注文で酒のツマミみたいな一品料理を味わえばいいわけだ。
魔都・池袋にある「じゃけん」という店に行ってみた。このステーキは3500円ぐらいの値付けだ。池袋にしては大富豪級である。私は一切れも口にしなかったのだが、非常に美味しかったようだ。
この日、いくつかのツマミの他、鉄板メニューからは「カキ」と「とん平焼き」を頼んだ。焼肉屋ではこうはいかない。嬉しい。
焼肉屋だと味が一本調子になりがちだが、こちらは、とん平焼きのようなソースぶりぶりも混ざってくれるから飽きないで楽しめた。
焼肉がそろそろキツく思えるようになった世のオジサマ族にとって、鉄板焼きは希望の星かもしれない。
シメのガーリックフライドライスもとても美味しかった。ベタベタした感じはなく、味も濃すぎず実に上手に仕上がっていた。
池袋には珍しくまた来たいと思える店だった。
2018年11月28日水曜日
おしんでえずく
今日はゲロの話を書く。食事中の人はパスしましょう。
今月の初め頃だったか、何年かぶりにゲロを吐いた。50代になってから初ゲロである。ある意味、ワクワクした。
「オレだってまだゲロ吐くほど飲んじゃうんだぜ、フォーエバーヤング!!」。そんな感覚である。
その日はいろいろとせわしなく、2時間ぐらいの間に、生ビール2杯、紹興酒2合、ウイスキーの水割り5~6杯を飲んだ。いつもよりペースが早過ぎた。その時点で結構酔っ払っていた。
もともと昼飯は食べないのだが、体重調整中だったから夜もちょこっとツマミを口にしたぐらいで空腹だったのもいけない。
そこでやめれば良かったのに、もう一軒バーに行き、ウィスキーをロックで飲み直し。
チビチビ舐めて帰れば良かったのに、マスターと無駄話ついでにアレコレとシングルモルトのオススメを調子に乗って飲む。
こちらはロックグラスに1~2㎝ぐらいの量で構わないのに、マスターがいちいち5~6㎝ほど注ぐ。それを4種類ほど飲んでしまい酩酊。
帰宅して一度は寝たのだが、さほど時間が経たないうちに無性に気持ちが悪いことに気づく。
しばし悩む。
「オレはゲロ吐くような歳じゃない」。
そんな固定観念がムダな我慢につながりムダに粘る。結局、ムダな抵抗だと悟り、トイレに行ってゲ~~である。
それでスッキリと眠れたから良しである。昔は一度ゲロが始まると朝まで何度も何度もトイレに駆け込んでいた。
黄色い胃液を何度も見るまで終了しなかったから毎度毎度ヘトヘトだった。若かったから耐えられたんだろう。
今回みたいな“一発終了”というパターンは珍しい。記憶にないぐらいだ。これも加齢のせいなのだろうか。鈍感力のなせるワザだとしたら加齢バンザイである。
ところで、ゲロという名称は実にマトを得ている言葉だ。語源を調べてみたら、酒を飲めない「下戸(ゲコ)」由来説もあるが、結局は、ゲーゲーしちゃうあの姿、いや、あの音の響きがルーツみたいだ。
「ゲエ」「ゲボ」と呼ぶ地域もあるようだが、どう頑張っても美しい印象の言葉にならないところがゲロの凄いところだ。
頭に「お」をつけて「おゲロ」と表現してもダメだ。親しみを込めて「ゲロちゃん」とか「ゲロ様」と呼んでみても親しみは湧かない。
「ゲロ」はもはや完全無欠な言葉だと思う。ゲロ、恐るべし。
でも、「ゲボ」とか言われると「ゲロ」のほうが上品に聞こえるから不思議である。ゲボ、これまた恐るべし。
難解に表現すれば「吐瀉物」である。これだって見るからにオゾましい字である。
さて、ゲロそのものではないが、その行為?については「もどす」「あげる」「えずく」など、ややマトモな用語が使える。
「えずく」なんてどことなく文化的な響きがしなくもない。今後は積極的に使おうかと思う。でお、漢字にすると「嘔吐く」と書くらしい。ちょっと恐い。
吐き気については古くから「悪心」(おしん)という由緒正しい?日本語がある。ツラいのを我慢するところがドラマの「おしん」を連想させる。悪くない。
「ムカムカして吐いちゃったよ」などと言わずに「おしんでえずいてしまった」と言ったほうがサムライみたいでカッコ良いと思う。
バカみたいな話を延々と書いてしまった。お詫び?にゲロにまつわる名曲を紹介したい。
なぎら健壱師匠の「教訓Ⅱ」である。ゲロ業界における名曲、神曲だと思う。
https://www.youtube.com/watch?v=jiZgQeyurm4&t=46s
2018年11月26日月曜日
減らした体重の行方
何となく節制して2か月で6キロほど減量した。6キロといえば大変そうだが、元がデブデブ大王だったから、目に見えて体型が激変したわけではない。
でもいろいろとラクになった。歩くにしても階段を上るにしろ、2か月前は6キロの重りを持っていたのと同じだから割と軽快になった気がする。
運動したり、激しい絶食をしたわけではない。夜の席での食べ物摂取量を半分以下にして、深夜に何も食べず、日中にもお菓子を食べないという当たり前の地味な日々を過ごしただけである。
それでも、昔だったら食べなかった冷やしトマトや梅キュウをわざわざ頼んだりした。宗教上の理由で野菜を食べないことにしている私にとっては、これはこれで“努力”である。
ついでにいえば、トマトやキュウリを美味しいと感じた自分の劣化に驚いている。私にとっては事件である。
その昔、小学校の頃。合宿で夕飯のトマトを食べきらないと部屋に帰れないという苦行みたいなことがあった。
野菜嫌いの子ども達が泣きながら頑張っているのを横目に、教師の目を盗んでポケットにトマトを突っ込んで逃げ切った私である。
今では冷やしトマトをしっかり味わっている。歳をとるってそういうことかもしれない。
お寿司屋さんに行っても握りはほとんど食べずに、ちょろちょろしたツマミで焼酎ばかり飲んだ。日本酒も我慢した2か月だった。
画像はイクラ、鯨ベーコン、イバラガニの内子である。こういうものを並べて焼酎をロックで飲んでいればハッピーである。体重調整という苦労などまったく感じないで済む。
カニには昔から助けてもらっている。体重を落としたくなったらカニである。あいつはほぼ水分みたいなモノだから、昔から体重問題の解決に手を貸してもらう。
カニは一応高級品だし、それ以前にウマい。だからダイエットフードのようなシャバダバな気分にならずに済む。
毛ガニの上質な味噌と身をあえながら味わい、とっとと酔っぱらえばそのまま他のものを食べずに幸せな気分で眠れる。
この時期は上海ガニも出てくる。内子や外子をチビチビ味わうものだから、大口開けて頬張ってついつい食べ過ぎるなんてこともない。安全である。
こちらはズワイのメスである。セイコガニとか香箱ガニと呼ばれて珍重がられているが、その昔は地元の子ども達のおやつだったとか。
これも内子や外子をチマチマ食べるわけだから、カロリー的には優等生である。旬な気分も味わえて、おまけに太らずに済むなら毎日だって食べたいぐらいだ。
5キロの壁を越え、6キロ減という域に到達すると割とスムーズに7キロ、8キロ減も可能だ。
これは個人的な経験則だが、5キロ減あたりで一度、身体が抵抗して体重減少を食い止めようとする。そこで停滞するわけだが、その防衛戦を突破すると、また2,3キロは落ちやすくなる。
というわけで、このまま継続すればモデル並みにスリムになっちゃうはずだが、目標が6キロだったので、ここで終了である。
もったいないような気もするが、あと、2,3キロ落とすと、スーツがみんな身体に合わなくなる。それはそれで不格好である。全部仕立て直すのもゴメンだ。
というわけで、ここ2か月ほど禁じていた「夜の炭水化物」も再開することになりそうだ。
「夜の炭水化物」。なんて悪魔的で魅惑的な響きなんだろう。まずは鰻重あたりから攻めてみたい。
2018年11月21日水曜日
ライブで感じたこと
この前の日曜日、私がボーカルを務めるバンドライブが無事終了した。来てくださった皆様、ありがとうございました。
前のバンドは解散して新バンドとして初のライブだ。新たな気持ちで当日を迎えた。
とはいえ、7年連続で人様の前で歌うわけだからもう少し慣れっこになっても良さそうなものだが、相変わらずド緊張の時間だった。
お客様側からみたらそんな様子には見えなかったはずだが、それは年の功の成せるワザである。
オープニングなんて頭の中が白くなりかけて微妙に指が震えたから、ギターは適度に空振りして、まるでエアギターのように乗り切った。
本番一週間前から湿度70%設定にした寝室で眠り、人様の前で裸になることも避け、体調管理に神経を使って過ごした。
おかげでノドの調子は良く、MCも予定通りこなせた。MC用の台本は総製作時間4時間である。演目の他にウケ狙いの小ネタも盛り込んだ力作だった。
今回の結論を一言でいうなら「消耗」だ。同じようなことを毎年続けてきたから、疲労度が年々重くなっていることを痛感する。はたして加齢が原因か、はたまた、より上を目指していくプレッシャーのせいだろうか。
途中休憩を挟んでトータル2時間半近くのステージになった。130名近く集まっていただいたお客様の多くが以前やっていたバンドのライブにも来てくれたお馴染みさんだ。おかげさまでホッコリした雰囲気で、オープニングから演者と客席側との一体感が作れたような気がする。
7年連続で歌ってきた中で過去最大のトチりをやってしまったのだが、それもご愛敬である。温かい声援のおかげで楽しい時間になった。
この日はリハーサルの段階から気合いが入りすぎた。2時間ぐらいかけてほぼ全曲を本気で練習したので、その時点でかなりバテた。
楽屋で本番を待つ間、まむしドリンク、ユンケル、太田胃散、ウイスキーを交互に飲んで過ごす。でも、そんなアセアセ、ドキドキする機会など日常の中ではなかなか味わえないから、それ自体を楽しんだ。
本番前の楽屋での気分は独特だ。緊張と高揚感は当然だが、寂しさをとても強く感じる。1年近く遊びを兼ねてアーだコーだと練習してきた日々が終わることが寂しい。
今回のライブでは我が姪っ子の働きが大きかった。MVPかもしれない。キーボードとバイオリンの掛け持ちで各演目を絶妙に彩った。
2曲披露したオリジナル曲にも艶やかさが加わった。ほかの演目でも、たとえば松山千春の「恋」では実にしっとりとした効果があったし、沢田研二の「勝手にしやがれ」は間奏部分を迫力あるバイオリンソロで決めてくれたので、華やかな雰囲気になった。
名曲「見上げてごらん夜の星を」の「ゆず」のカバーバージョンはバイオリンが前面に出る曲なのだが、これも実に見事にこなしてくれた。
終演後、来場してくれた皆様からもバイオリンを絶賛する声が多かったので、他のメンバーがちょっとだけションボリしたほどである。
残念だったのは新しく作ったオリジナル曲だ。娘を思う父親の心情を私が作詞して、メンバーが作曲してくれた新曲である。
歌うキーをどのあたりに設定するかギリギリまで決まらず、結局、高いほうのキーで勝負?したのだが、大事な裏声の箇所だけでなく、全般的に不安定になってしまった。
気負いすぎである。会場に来ていた娘を意識し過ぎたかもしれない。ほかの十数曲に比べると断然劣っていた。日頃「歌は情念」とかホザいているのだが、情念も空回りするとメタメタになる。反省だ。
まあ、反省がないと成長につながらないから前向きに捉えようと思う。
新しく加わったエレキ男さんもフルートを担当した笛男さんも楽しんでくれた。姪っ子ともども今後も続けてくれるようだし、来年以降も「前年より上」を目指して奮戦したい。
前のバンドは解散して新バンドとして初のライブだ。新たな気持ちで当日を迎えた。
とはいえ、7年連続で人様の前で歌うわけだからもう少し慣れっこになっても良さそうなものだが、相変わらずド緊張の時間だった。
お客様側からみたらそんな様子には見えなかったはずだが、それは年の功の成せるワザである。
オープニングなんて頭の中が白くなりかけて微妙に指が震えたから、ギターは適度に空振りして、まるでエアギターのように乗り切った。
本番一週間前から湿度70%設定にした寝室で眠り、人様の前で裸になることも避け、体調管理に神経を使って過ごした。
おかげでノドの調子は良く、MCも予定通りこなせた。MC用の台本は総製作時間4時間である。演目の他にウケ狙いの小ネタも盛り込んだ力作だった。
今回の結論を一言でいうなら「消耗」だ。同じようなことを毎年続けてきたから、疲労度が年々重くなっていることを痛感する。はたして加齢が原因か、はたまた、より上を目指していくプレッシャーのせいだろうか。
途中休憩を挟んでトータル2時間半近くのステージになった。130名近く集まっていただいたお客様の多くが以前やっていたバンドのライブにも来てくれたお馴染みさんだ。おかげさまでホッコリした雰囲気で、オープニングから演者と客席側との一体感が作れたような気がする。
7年連続で歌ってきた中で過去最大のトチりをやってしまったのだが、それもご愛敬である。温かい声援のおかげで楽しい時間になった。
この日はリハーサルの段階から気合いが入りすぎた。2時間ぐらいかけてほぼ全曲を本気で練習したので、その時点でかなりバテた。
楽屋で本番を待つ間、まむしドリンク、ユンケル、太田胃散、ウイスキーを交互に飲んで過ごす。でも、そんなアセアセ、ドキドキする機会など日常の中ではなかなか味わえないから、それ自体を楽しんだ。
本番前の楽屋での気分は独特だ。緊張と高揚感は当然だが、寂しさをとても強く感じる。1年近く遊びを兼ねてアーだコーだと練習してきた日々が終わることが寂しい。
今回のライブでは我が姪っ子の働きが大きかった。MVPかもしれない。キーボードとバイオリンの掛け持ちで各演目を絶妙に彩った。
2曲披露したオリジナル曲にも艶やかさが加わった。ほかの演目でも、たとえば松山千春の「恋」では実にしっとりとした効果があったし、沢田研二の「勝手にしやがれ」は間奏部分を迫力あるバイオリンソロで決めてくれたので、華やかな雰囲気になった。
名曲「見上げてごらん夜の星を」の「ゆず」のカバーバージョンはバイオリンが前面に出る曲なのだが、これも実に見事にこなしてくれた。
終演後、来場してくれた皆様からもバイオリンを絶賛する声が多かったので、他のメンバーがちょっとだけションボリしたほどである。
残念だったのは新しく作ったオリジナル曲だ。娘を思う父親の心情を私が作詞して、メンバーが作曲してくれた新曲である。
歌うキーをどのあたりに設定するかギリギリまで決まらず、結局、高いほうのキーで勝負?したのだが、大事な裏声の箇所だけでなく、全般的に不安定になってしまった。
気負いすぎである。会場に来ていた娘を意識し過ぎたかもしれない。ほかの十数曲に比べると断然劣っていた。日頃「歌は情念」とかホザいているのだが、情念も空回りするとメタメタになる。反省だ。
まあ、反省がないと成長につながらないから前向きに捉えようと思う。
新しく加わったエレキ男さんもフルートを担当した笛男さんも楽しんでくれた。姪っ子ともども今後も続けてくれるようだし、来年以降も「前年より上」を目指して奮戦したい。
2018年11月19日月曜日
「今日から俺は」、「江戸前の旬」
家庭人だった頃よりテレビを観るようになった。“一人暮らしあるある”だと思う。
集中して観たいし、CMで途切れるのもイヤだから、ほぼすべて録画だ。夜中や休日にじっくり楽しむ。
大河ドラマ「西郷どん」は欠かさず観ている。そろそろクライマックスだから何かと大変だ。春夏あたりにはホノボノしていた雰囲気も今では緊迫感の連続だ。
西郷さん役の鈴木亮平はとても良い。細くなったり太ったりと大変そうだが、脇役の誰に食われることなく徹頭徹尾、完璧に主役を張っている。
幕末の激動期ネタだから内容的にもハマる。鶴瓶演じる岩倉具視も怪人ぶりが良い。玉山鉄二演じる木戸孝允がカッコ良すぎるはちょっと気になる。
これから西郷さんは帰郷して、その後は西南戦争で非業の死を遂げる。そんな誰もが知っている世界がどのように描かれるのか、残りの放送は4回だ。終わっちゃうのが寂しい。
「西郷どん」は「せごどん」と読ませる。私もまだまだ現役として「せごどん」ならぬ「性豪どん」として奮戦しようと思う。
話がそれた。
秋の連ドラで抜群に面白いのが「今日から俺は」だと思う。80年代を舞台にしたツッパリ高校生を描いたコメディだ。
なんとなく見始めたのだが、やたらと面白い。50をすぎたオトナが観る番組なのかビミョーだが、徹底したバカっぽさに完全にハマった。観ていない人にネット配信で第一話から見直すことを勧めたいほどである。
主演の賀来賢人という俳優は喜劇役者に舵を切ったら卓越した存在になるのではなかろうか。
前クールの朝ドラ「半分青い」で主人公の親友役だった清野菜名ちゃんも妙に可愛い。「半分青い」では死んじゃったから、元気な高校生として蘇ったことが嬉しい。
もともと、この秋スタートのドラマは「下町ロケット」しか興味がなかったのだが、今や「今日から俺は」のほうを1万倍ぐらい楽しみにしている。
佐々木蔵之介、黒木瞳、中山美穂が出演している「黄昏流星群」も自動録画しているのだが、いまいちハマらず、録画した数回分がいまだに観ないままである。
弘兼憲史原作の原作コミックが大好きで、コンビニで売られている総集編みたいなものはついつい買ってしまうほどだ。
だから期待して見始めたのだが、個人的には、黒木瞳と中山美穂がちょっとピンと来ない。好きな人には申し訳ないが、食傷気味というか、“いまさら感”が強い。
こちらはBSテレ東の深夜ドラマ「江戸前の旬」である。おそらく誰も観ていないと思うが、これまた単純明快に面白くてハマった。
原作は何十年も続いているコミックなんだとか。原作に出てくる主人公や親方の雰囲気とドラマのそれとは全然違うらしい。それでも、原作を知らなかった私は素直に楽しんでいる。
親方役の渡辺裕之が良い。懐かしい顔だ。その昔の『ファイト一発』の人である。それ以外には知っている俳優さんが出ていないところが深夜ドラマっぽくて素敵だ。
アマノジャクだからちょっとチープな香りがする深夜ドラマに惹かれる。でも、飲みの席などで当たり障りないテレビの話をする際に誰からも共感されないのが困ったものである。
2018年11月16日金曜日
日米野球とハマショー
野球少年だった子どもの頃、「大リーグ」といえばとてつもなく強い印象があった。まだメジャーリーグという呼び名が定着していない昔の頃だ。
今では日本人選手の体格も進化して昔ほど格差は無くなったが、昭和の人間である私にとって「大リーグ」は特別だ。畏敬の念は消えない。
数年に一度の日米野球の際はちゃんとチケットを買って球場に足を運ぶ。普段のプロ野球の試合と違って、メジャー側の攻撃の際は鳴り物ガンガンのやかましい応援がない。これが嬉しい。
打球音、剛速球を受けるミットの音など球場の音が生で聞こえてくる。テレビとは違う臨場感が味わえる。
レベルがどうだとか、スーパースターが来ていないとか、今回のメジャー軍団はあまり評価されていない。でも、しょせん「日本に来てもらっている」のが現実である。
お願いする側とお願いされる側である。全然違う。日本の選抜チームがアメリカに招待されることはない。もし呼ばれたとしても毎試合、球場を満員にするほど観客を集められるかも怪しい。
そう考えると「大リーグ」の威光は別格だ。今回もワクワクしながら観戦していたが、前半、中盤とモッサリした試合展開だったので、途中で帰ってしまい、その日のハイライトシーンは全然見られなかった。
短気は損気である。
もう一つ、昔から追いかけているものの話を書く。ハマショー先生である。中学生の頃から聴き始め、今も私の中では心の師匠である。
先日、ファンクラブ会員限定ライブに行ってきた。ちゃんとウルウルしてきた。
わがオジサマバンドはあさっての日曜日に年に1度のライブをやるのだが、その直前の最終練習の日にハマショーライブが重なってしまった。
バンド練習を頑張ってこなし、本番に向けた決起飲み会を泣く泣くあきらめ、東京国際フォーラムへ。
今回のハマショー師匠のステージは、70年代に発売したアルバムの楽曲だけを披露するコンセプトだ。
私が聴き始めて熱中したのがまさに70年代である。中学から高校に上がるぐらいの多感の頃だった。
何が嬉しかったかといえば、二部構成の一部のほうはハマショー師匠がアコースティックギターで弾き語りに専念したことである。
「あの頃の僕」「君に会うまでは」「路地裏の少年」「19のままさ」「君の微笑」などなど。知らない人にはまったく分からない話でスイマセン。
知っている人にとっては涙チョチョ切れである。おまけに師匠のライブにしては珍しく最初から座ったままだから、客も座ったままでじっくり聴き込めた。
この歳になると、立ったまま「ウォ~ウォ~」と叫び続けるライブは疲れちゃうから大助かりだった。
普段のライブならオープニングからドッカンドッカンなのだが、今回はコンセプトのせいで中高年にはラクチンなスタイルだった。
近頃の師匠のライブは入場時に座席が指定される仕組み。座席の良し悪しは運まかせである。
その昔、私のようなフラチな客がネットオークションでチケットを高値で買ったりしたせいで厳しくなってしまった。私のせいである。
昔の悪行のバチがあたったのか、今回は2階席のほぼ最後列。最悪の場所をあてがわれてしまった。
まあ、それでも師匠の弾き語りは非常に素晴らしく、音響も良かったので、ずっと座れていたことと合わせれば満足する時間だった。
で、第2部のバンド編成でのドッカンドッカンをあの席で立ち上がって堪能するのは厳しいと思い、途中休憩の段階で帰ってしまった。実に外道であり、だらしない話である。
チケットの抽選に外れた人も大勢いるわけだから最後まで聴くのがファンとしての仁義であり礼儀である。ファンの人、ゴメンなさい。
一応、疲れていたのも理由だ。ハマショー師匠を参拝しに行く前に、私自身のバンド練習が4時間ぶっ続けだったから、耳もノドもバテバテだった。
オジサマだから無理は禁物である。
その分、あさっての自分のライブでは弾けようと思う。
なんだか、ハマショー師匠の話題に絡めて、自分のライブがどうしたこうしたとか書いちゃっている自分がミュージシャンみたいで滑稽である。
2018年11月14日水曜日
同窓のよしみ
わが母校は千代田区にある暁星学園。フランス人が設立したカトリック系の男子校だ。私は幼稚園から高校までずっと通った。
なのにフランス語は話せないし、キリスト教にもまるで縁がない。クリスマスとか嫌いだし。。。
あまり規模の大きくない学校だから同窓生に出会うと独特な親近感を覚えるのが卒業生に共通する感覚だ。
実際に、在学中に関わりが無かったような年齢の離れた同窓生と、大人になってから付き合いが始まるパターンも珍しくない。
今月下旬にも後輩が経営する某老舗料理店に10コ下ぐらいの後輩から我々の代ぐらいまで数十名規模で集まって宴会がある。よく分からないのだが私も参加するつもりだ。
先日、わが母校の中高年同窓生の星?である俳優の香川照之を囲む会合に顔を出した。歌舞伎関連の応援組織の集まりだ。
もともと発起人的に動いたのが、私の同級生連中だったのだが、ひょんなことから私も少し絡むことがあったので、この日は参加させてもらった。
市川中車を名乗って歌舞伎に進出してから6年。息子の市川團子もすっかり大きくなって有望株として期待されている。
息子に身長を抜かれたことを嬉しそうに語るカマキリ先生だが、久しぶりに見た顔にはやはり疲労の色が濃い。
中高年が頑張れば若い人よりは疲れる。当たり前だが、彼はその見本である。
我々凡人は疲れるまで奮戦しないオッサン的ゴマカシ術ばかりが上手くなるが、彼の場合は何事も一生懸命だ。そりゃあ疲れるはずだ。
おまけにサービス精神の塊みたいなところがあるから、その日の会合でも歌舞伎ファンの皆さんに熱心かつ至極丁寧に接していた。あの謙虚な姿勢にはいつも感心させられる。
さて、今日は彼の話ではなく、その会合で感じた「同窓のよしみ」の有り難さである。
この日は食事会みたいな感じで、分かりやすくいえば、結婚披露宴で丸テーブルに案内されるようなスタイル。
我々同級生の面々は、母校の先輩後輩とともに陣取った。先輩も後輩も旧知の人々だったので、アッという間に歌舞伎とは無縁の話ばかりで盛り上がった。
同窓の空気の中に入るとどうしてもその当時の感覚というか”キャラ”が頭をもたげてしまって、ムダ口を叩いてしまうのが私の悪いクセだ。
有名老舗和菓子店を営む先輩相手にはヤンチャな後輩キャラになって、その先輩のウザかった点を強調する。大手出版社社長を務める後輩には、ワイ談爆弾を投下するだけでなく、飛行機の中でどうやってニコチンを吸収するかを先輩ヅラで指導。
教育関連会社の社長を務める同級生には、ヤツの昔のエロ武勇伝を周りの人々に吹聴する。やはり同級生のスーパードクターには、中高年不倫の危なさを知ったような顔をして切々と説く。
やはり同級生である某文京区長は夫婦で参加していたのだが、ヤツの昔からの策士ぶりを奥さん相手に大げさに語る。
控えめに書いたが、酒も入っていたし顔なじみが多かったからついつい過剰にムダ口を叩いてしまった。
「思い起こせば恥ずかしきことの数々」。寅さんの口癖だが、まさにそんな感じである。同窓という空気の中に入ると、一瞬にして気持ちがゆるんでしまう。
おそらく甘えに似た感覚なんだと思う。幼い頃から多感な頃まで、鳥カゴみたいな狭い世界で保護されて生きてきたから、その郷愁につられて無垢な頃の気分が甦ってしまう。
いっぱしの中高年になって無邪気な少年みたいなことを言うのも情けないが、私にとって同窓の空気はそういう有難さがある。
実家に対する安心感みたいなものだろう。一貫校という、いわば揉まれない環境ゆえのヌルさでもあるが、人生も後半戦に入った今ぐらいの歳になると、そんな安心感があることは有難い。
ちなみに、わが母校は設立の経緯のせいで、小学校の頃から行事の際にはフランス国歌を歌わされる謎の伝統がある。
勇ましい革命の歌なのだが、意味も知らずに叩き込まれて、しょっちゅう歌わされた。卒業後も同窓生が大勢集まるとフランス国歌を歌い出すイヤミったらしい?習慣がある。
私はどちらかといえば、右寄りだしフランスにちっとも愛着心はない。それでもそんな場面になるとガンガン歌ってしまう。いつも違和感を覚えながらもしっかり歌う。ヘンテコである。
同窓生にとっては、校歌とは違う一種の応援歌とか寮歌みたいな位置付けに近いのだが、ヨソの国の国歌である。よく考えればやっぱりヘンテコだ。
もう数十年にわたってそう思っているのだが、結局、合唱が始まると得意になって歌ってしまう。
きっと死ぬまで変わらない習慣なんだろう。
2018年11月12日月曜日
イクラの国に生まれて
何はさておきイクラである。イクラを美味しく食べる国に生まれ育ったことは物凄い幸せである。
イクラの語源はロシア語だ。あちらでは魚卵はすべてイクラと呼ぶそうで、キャビアのことは黒いイクラ、我らのイクラのことは赤いイクラと呼ぶそうだ。
そんなロシアでもイクラはあまり食べないそうで、主に日本に売りつけるんだとか。どんどん売ってくれって感じだ。
何もムダにしないイヌイットもナゼかイクラは食べずに捨ててしまうらしい。捨てずに日本に送って欲しいものだ。
ちなみにアメリカやカナダでもイクラが食べられることは少ないようで、釣り用のエサに加工されちゃうんだとか。実にもったいない。
これらの話はネットからのパクリである。すいません。
醬油漬けと生の食べ比べ画像である。生イクラは夏の終わりから今ぐらいまで限定の貴重な逸品である。この季節以外は、どんな名店だろうとイクラは冷凍モノである。もちろん、冷凍だって美味しい。
生卵の味そのものみたいな生イクラだけが季節限定である。コレはコレで独特のウマさがある。まさに鮭サマサマである。
産卵のために命がけで川を遡上して涙ぐましい努力に明け暮れる鮭。そんなヤツらを思うと精一杯イクラを頬張らないといけないと思う。
ついでにいえば、そんな鮭を情け容赦なく捕まえて生のまま齧り付いちゃうクマには、醬油を使ったほうがイクラが遙かに美味しくなることを教えてあげたい。
話がそれた。
イクラに合う酒は断然日本酒だろう。とくに塩イクラだったら、他にツマミが要らないほど抜群の相性だ。
醬油漬けもしかり。合わせるのは焼酎のロックも悪くない。やはり”和酒”こそ鮭のために献杯するには最適だ。
いまどきのお寿司屋さんでは得意になってワインを飲んでいる人が多いが、イクラが出てきたらどうするのだろう。あれほど相性の悪いものはない。
イクラとワイン。考えただけでも気持ち悪い。お好きな人には申し訳ないが、あれだけは避けるべきだろう。
子どもの頃、お寿司といえばイクラだった。出前の一人前の中にポツンと一貫だけ輝いていた。最初に食べるか最後まで残しておくかいつも悩んだ。
今では好きなだけオトナ食いしちゃうので、当時のあの恋い焦がれるような気持ちは薄れてしまった。それはそれで寂しいことだ。
とはいうものの、人様の家で出前のお寿司をご馳走になる時は、1個しかないイクラをどのタイミングで食べようかこっそり悩んだりする。
ついでにいえば、お通夜に出かけて悲嘆に暮れた顔をしながら、精進落としの席ではイクラのことばかり考える。
大きな桶にいっぱい並んでいる寿司の中にイクラが何個残っているかチェックして、人の目を盗んで2つ以上食べようと企む。
うまくコトが運ぶと何かに勝った気がする。実に不謹慎だが、”ホトケほっとけ”の精神も時には大事だと自分に言い訳している。
なんだかオチのない話になってしまった。
今夜もイクラを肴に酒をかっ食らおうと思う。
イクラの語源はロシア語だ。あちらでは魚卵はすべてイクラと呼ぶそうで、キャビアのことは黒いイクラ、我らのイクラのことは赤いイクラと呼ぶそうだ。
そんなロシアでもイクラはあまり食べないそうで、主に日本に売りつけるんだとか。どんどん売ってくれって感じだ。
何もムダにしないイヌイットもナゼかイクラは食べずに捨ててしまうらしい。捨てずに日本に送って欲しいものだ。
ちなみにアメリカやカナダでもイクラが食べられることは少ないようで、釣り用のエサに加工されちゃうんだとか。実にもったいない。
これらの話はネットからのパクリである。すいません。
醬油漬けと生の食べ比べ画像である。生イクラは夏の終わりから今ぐらいまで限定の貴重な逸品である。この季節以外は、どんな名店だろうとイクラは冷凍モノである。もちろん、冷凍だって美味しい。
生卵の味そのものみたいな生イクラだけが季節限定である。コレはコレで独特のウマさがある。まさに鮭サマサマである。
産卵のために命がけで川を遡上して涙ぐましい努力に明け暮れる鮭。そんなヤツらを思うと精一杯イクラを頬張らないといけないと思う。
ついでにいえば、そんな鮭を情け容赦なく捕まえて生のまま齧り付いちゃうクマには、醬油を使ったほうがイクラが遙かに美味しくなることを教えてあげたい。
話がそれた。
イクラに合う酒は断然日本酒だろう。とくに塩イクラだったら、他にツマミが要らないほど抜群の相性だ。
醬油漬けもしかり。合わせるのは焼酎のロックも悪くない。やはり”和酒”こそ鮭のために献杯するには最適だ。
いまどきのお寿司屋さんでは得意になってワインを飲んでいる人が多いが、イクラが出てきたらどうするのだろう。あれほど相性の悪いものはない。
イクラとワイン。考えただけでも気持ち悪い。お好きな人には申し訳ないが、あれだけは避けるべきだろう。
子どもの頃、お寿司といえばイクラだった。出前の一人前の中にポツンと一貫だけ輝いていた。最初に食べるか最後まで残しておくかいつも悩んだ。
今では好きなだけオトナ食いしちゃうので、当時のあの恋い焦がれるような気持ちは薄れてしまった。それはそれで寂しいことだ。
とはいうものの、人様の家で出前のお寿司をご馳走になる時は、1個しかないイクラをどのタイミングで食べようかこっそり悩んだりする。
ついでにいえば、お通夜に出かけて悲嘆に暮れた顔をしながら、精進落としの席ではイクラのことばかり考える。
大きな桶にいっぱい並んでいる寿司の中にイクラが何個残っているかチェックして、人の目を盗んで2つ以上食べようと企む。
うまくコトが運ぶと何かに勝った気がする。実に不謹慎だが、”ホトケほっとけ”の精神も時には大事だと自分に言い訳している。
なんだかオチのない話になってしまった。
今夜もイクラを肴に酒をかっ食らおうと思う。
2018年11月9日金曜日
揚げ物 天使か悪魔か
体重調整中である。ダイエットと呼ぶほど頑張っていないのだが、6キロほど落とそうと企んでいる。
9月の終わりぐらいからちょっとずつ食べる量を減らし、つい先日、気づけば5キロ減になっていた。でも油断したらすぐに1キロ戻っていた。
毎年、この時期に体重を少し落とす。年に1度のオジサマバンドライブに向けた調整がその理由だ。分母が分母だから5キロぐらい落としたところで人に気付かれることもない。
でも、5キロ落とすとさすがに体調に影響する。階段の上り降りや長い時間歩くと違いを実感する。間違いなく健康に良い。
1年に1度ぐらい体重調整する習慣をつけるのは悪くない。中高年になると代謝が悪くなるから放っておいても太る。
私も呼吸しているだけで太るような気がする。大アクビしようものなら2キロは増える。タバコの煙を吸っても太る。
昔は体重を落とすのも簡単だったが、同じやり方では落ちなくなった。やはり動いていないことが理由だろう。
それでも2か月弱で4,5キロ落ちたわけだから我ながら上出来である。節制したつもりはない。飲みの席で極端に食べ物を減らしたことと、深夜に何も食べなかったことの2種類だけだ。それ以外はいつも通りである。
まあ、その程度だから5キロの壁をまだ越えないのだろう。ここから2キロほど落とすには、朝飯のドカ食いを減らして、ハードな散歩なんかも取り入れないとダメそうだ。
それだけではない。アイツを我慢する必要がある。アイツ、すなわち「揚げ物」である。憎いけど恋しいアイツである。
正しいカキフライの食べ方画像である。タルタルソースをしっかり、ソースもちょこっと混ぜてがっつく。こういうものばかり食べていたら体重は減らない。
揚げ物ってなんであんなにウマいのだろう。罪なヤツである。タルタルソースもそうだ。いつだって浴びるほど食べたい。
ちょこちょこ出かける目白の「鮨おざき」で作ってもらったエビフライである。タルタルソースもいっぱいである。お寿司屋さんで注文するには邪道極まりないが、空いている日だったから許してもらう。
タルタルの量が海老に比べて多すぎるが、海老を食べた後もタルタルソースだけをつまみにするから適量である。タルタルソースにレモンを合わせてもよいし、ちょろっとソースをまぶすのも良い。
こちらは銀座の小料理屋「おかやす」での一コマ。カキフライにハムカツである。タルタルもたっぷりで嬉しい。銀座でハムカツにありつけるのも貴重だ。
この茶色い眺めを目にするだけで心が穏やかになる。離婚寸前にこれを見せられたら復縁しちゃうぐらいユル~い気分になる。そのぐらい平和でハッピーな景色だ。
平和でハッピーな気持ちにしてくれる一方で、体には無駄なカロリーとして蓄積していく。まさに「憎みきれないろくでなし」そのものである。
この画像は先週のある日、体重が5キロ落ちたことに喜んで飲んだ日のもの。新橋の小料理屋さんでクジラベーコンにカキフライをつまみに焼酎のお湯割りをグビグビ。
ついでに頼んだ肉豆腐が、すき焼き並みのデカい鍋で出てきた。油断してムホムホ食べたら途端に1キロ増である。
揚げ物のせいというより肉豆腐のせいで太ったことにしよう。揚げ物ばかり悪者にしては可哀そうだ。
ライブまであと1週間ちょっとだ。必然的に体重調整も終わる。それまでにあと2キロ頑張れたら、何はともあれトンカツをしこたま食べようと思う。
2018年11月7日水曜日
セクシーは難しい
義理だの付き合いだのと数々の言い訳とともに銀座のクラブ活動を続けている。最初に足を踏み入れてからもう四半世紀になる。物好きといえば物好きである。
昔なじみの女性が立派にママさんになっていれば、誕生祝いなどの節目に呼び出されるとなかなか断りにくい。いそいそ出かける。
お布施みたいなものだ。効果があるかどうかは謎である。国連加盟料みたいなものかもしれない。それを負担したからといって何を得られるかは分からないが一応払っている。
10年以上続けているこのブログでも銀座ネタの閲覧数は多い。そっち方面の話を書く際には、イメージ写真も盛り込みたい。見栄えの良い衣装の女性がいると、ついついエロカメラマンになってしまう。
顔は撮らないという私流の撮影パターンが知られてくると、積極的にモデル役を務めてくれる女性も増える。有難いことだ。
結果、コレクション?は着々と増えてしまった。あと10年も続けていれば結構面白い写真集的なモノが出来るかもしれない。
店で撮るだけでなく、ウナギを食べに行けば「うなじとウナギ」をつい画像に収めたくなる。それを撮ってどうする?と自分でつぶやいちゃうような画像もある。
夜のクラブ活動ネタをアレコレ書いても、画像なしで活字だけだと、なんとなく内容が伝わらない。新聞や雑誌だって同じだ。ちょっとした画像が一枚あるだけで、目を引く効果はある。
わが社の編集会議でカット写真の大事さをエラそうに語っている私としては、スキあらば麗しい画像を撮らないと気が済まない。
で、過去の画像フォルダをオネエサマがたに見せながら、ほんの少し角度が変われば写り方がまったく異なることや、被写体への距離が少し変わるだけで臨場感に違いが出ることなどを大真面目に語る。
時には水中写真の撮影テクニックの話なんかも盛り込みながら、エロとは無縁な顔で撮影術を高尚に語る。相手の警戒心を解くことが狙いだ。こすっからい作戦である。
でも、女性陣もそれっぽい衣装での自らのセクシー画像を目にする機会はないから、案外ノリノリになることも多い。いい感じに撮れた画像を欲しがる人も多い。
そういう画像を営業メールに添付して馴染み客に送ったりするのだろうか。送られてきたほうも悪い気はしないだろう。
そうやって、なんだかんだと自分のエロ行動を正当化するのが私の得意ワザである。
私はもともとオッパイ星人ではない。お尻フェチだから本当は胸画像より尻画像のほうが嬉しいのだが、夜の衣装はどうしても胸元強調系が中心だ。
お尻をこっちに向けてもらって撮影することなど出来ないので、胸元以外だと太ももがターゲットである。
胸元より足のラインのほうが撮影は難しい。それこそちょっとした角度の違いで迫力?に違いが出る。会心の一枚はなかなか撮れない。
とある日、脚線美バリバリの女性を相手に熱心に太ももの美しさを語り、どの角度が綺麗に映るかを身振り手振りを交えて楽しく研究していた時のこと。
着物姿のせいで“ふともも談義”に交われない女性がシビレを切らしたのか、はたまた負けじ魂に火がついたのか、裾をめくりだした。サービスショットのチャンスである。
やたらと協力的だったので、ドシドシ撮らせてもらったのだが、思ったよりもセクシーな感じにならない。やはり脚を見せる前提の衣装じゃないと無理がある。
さんざん撮っておきながら「なんかビミョーに違うんだよな~」などと巨匠風にダメ出しをする。
内心ドキドキしたくせに、そんなところでカッコつけようとするのが男の悲しいサガである。
セクシーは難しい。つくづくそう思う。
以上、エロカメラマンの言い訳でした。
2018年11月5日月曜日
小さな喜び 小さな恥
何か楽しいことないかな~。口癖のようにつぶやいている。とくに悪いこともなく健康に暮らしているわけだから、そう思うだけでワガママである。
どんよりした気分でもないし、頭の中が霧に包まれているような感覚もない。これって幸せなことだろう。
よく考えれば、「小さな喜び」をいかに積み上げられるかが、大過なく暮らしていくうえでのカギだと思う。
先日、週末の昼間のこと。ダラダラ過ごしていたら、高校生の娘から「ヒマだったら学園祭に来い」との司令を受け、夕方の予定までのわずかな時間をぬって行ってきた。
高速をぶっ飛ばして学校に着き、30分程度の滞在時間だったが、娘がキチンと青春を謳歌している姿を垣間見ることができた。
これって「小さな喜び」だろう。急な誘いだったから一瞬ウゲっと思ったのだが、そんな機会ももう残りわずかだ。帰る道すがら、一人じわじわと喜びを感じた。
他人様から見ればどうでもいいことだが、じわじわ喜べることがあるのは幸せだ。布団カバーを取り替えた日の眠りみたいな「小さな喜び」をひとつひとつ大げさに実感することで心は平穏になる。
某日、とあるホテルのバーでとても美味しい「フローズンストロベリーマルガリータ」を飲んだ。これまたどうでもいいことだが、私にとってマトモなバーで甘い酒をグビグビ飲むことは喜びである。
バーに行くと、たいていは「マッカランをロックで」とか言って氷をカラカラ鳴らしながら気取っている。ホントは女子が飲むような赤や緑や青の甘い酒を飲みたいこともある。
この日はカウンター席ではなかったし、バーテンさんからの死角の席だったこともあって、周りの目を気にせずグビグビ飲んだ。
もちろん、連れの女性が飲みたがっているフリをして注文するわけだ。意味のない自意識過剰ぶりである。それがオジサマとしてのこだわりだから仕方がない。
そんな自意識から脱皮して派手な色のフルーツカクテルを堂々と注文できるようになりたいが、やはりヘンテコな姿だ。こっそり楽しむことも「小さな喜び」だ。
別な日、銀座のとあるバーで一息ついていた時の画像だ。グラスワインではない。ラムネだ。「バーでラムネ」。これはハッピーである。小さな喜びの最たるものかもしれない。
酒の美味しさも充分知っているつもりだが、ひとしきり飲んで疲れた夜に飲むラムネのウマさは格別だった。
ついでにちょこっとシュールな話をひとつ。
Googleのストリートビューの画像である。わが社の社屋の裏通りなのだが、画像を少し上に上げて拡大すると非常階段で黄昏れている男が映っている。
私である。なんてこった。世界に向けて私がサボっている姿が映し出されていた。「小さな恥ずかしさ」である。
小っ恥ずかしいったらありゃしない。
2018年11月2日金曜日
そばめし トニーローマ
ケッタイな食べ物は数々あるが、良くも悪くも私が衝撃を受けたのが「そばめし」である。家でコッソリ食べるなら分かるが、商品として世の中に出てきたことが凄い。
「焼きそばゴハン」である。見るからにヘンテコだ。そうは言っても「焼きそばパン」という日本独自の食べ物が一定の地位を築いていることを考えればアリなのだろう。
実はとっても美味しいし・・・。
噂には聞いていたそばめしを実際に食べたのは、7,8年ほど前のこと。大阪に行った際に鉄板焼き屋で食べた。妙に感動した。
昭和の頃の駄菓子文化に馴染んだ男子なら全員がウマいと言うはずの味である。もっと普及しても良さそうなものだが、さすがにそうはならない。
見た目からしてヤバいヤツって感じである。組み合わせの乱暴さもあって、「私の好物はそばめしです」と堂々と言えない雰囲気が漂っている。
大げさに言えば、禁止薬物、違法ドラッグみたいな気配がある。だから私も自宅で一人コッソリと冷凍食品をチンして食べる。
まさに背徳感である。一人暮らしなのにキョロキョロと周囲の目を気にしながらバレないようにコソッと食べる。そんな食べものである。
スプーンに一口目をよそう。まじまじと見つめてしまう。こんなモン食っちゃってもいいのかと、もう一人の自分がささやく。
鼻をくすぐるソースの香りに自制心は消え去る。「炭水化物on炭水化物」という魔性の魅力にクラクラする。そして得もいわれぬ味わいと食感に悶絶する。
ちなみに、袋には「神戸名物」と大々的に謳われている。ハイソな神戸のマダムはきっとそんなこと認めないんだろうなあと余計な心配をしてしまう。
さて、冷凍食品ついでにもう一品紹介する。
この10月から販売開始されたのが「トニーローマ」のバーベキューリブだ。例のアレである。西友とトニーローマがタッグを組んで開発されたらしい。
冷凍食品の進化に驚くばかりである。あのトニーローマの骨付きバーベキューポークが湯煎かチンで自宅で味わえるようになったわけだ。
西友系のネットスーパーなら宅配も可能だ。時代は変わったものである。
で、さっそく食べてみた。湯煎の場合、結構な時間がかかるのだが、何となくレンジでチンより美味しそうな気がして十数分待ってみた。
ただ待つだけで完成。この手軽さは嬉しい。ちょっと興奮する。肝心の味はさすがに店で食べるのとは違うが、これはこれで充分楽しめる。
肉質も問題なし。別売りのバーベキューソースを使えば、より店の味に近づくのかもしれない。
バーベキューリブをかじりながら酒を飲み、録画した「月曜から夜ふかし」を見て笑い転げる。
秋の夜長はそんな感じだ。実にのどかなシングルライフである。平和だ。