2024年7月31日水曜日

寝不足、暑さ対策

  

この春に大学野球を生で観戦することにハマって以来、私の中でスポーツ観戦熱が高まっている。そこにオリンピックである。連日寝不足だ。

 

サッカー女子の奇跡的な逆転劇、体操男子のこれまた奇跡の逆転金メダル、スケボー男子のまたまた奇跡的な逆転金メダルもすべてリアルタイムで見てしまった。

 

なんだか若い頃よりも熱く視線を向けてしまう。これも加齢だろうか。若者が必至に頑張る姿が妙に清々しく見えてついつい熱中してしまう。

 

野球少年だったからスポーツの中でもとくに野球を見るのが好きだが、今年はついに甲子園まで行って夏の高校野球を生観戦することにした。人生初の甲子園体験だ。

 

球場併設の歴史館も行きたいし、かち割り氷とやらも興味がある。私自身の熱中症が心配だから押さえた席は屋根があるスペースである。たぶん。

 



で、先日、甲子園の予行演習?として神宮に東京予選の決勝を観に行ってみた。いやはや暑い暑い。さすがに限界を感じて5回終了時に断念、とっとと帰宅してテレビ観戦した。甲子園では球場そばに宿を手配したから同じような状況にならないか今から心配している。

 

さて、話は変わる。ウナギしか食べていないようなヘンテコな食生活を反省して、中華と洋食を食べに行った話だ。

 

中央区界隈には上質な洋食屋さんが数多く存在するが、穴場の一つが「新川 津々井」だ。津つ井といえば赤坂に有名店があるが、あちらとルーツを同じくする元祖みたいなお店らしい。

 

以前、新川に住んでいたので何度か訪ねたが、利便性が良いとは言えない立地のせいで夜は激混み状態をあまり見たことがなく気軽に行けるのが有難い。

 





 

濃厚なコキールにうっとりして、芳醇な味わいのタンシチューに悶絶する。この店独特の箸では切れないガッチリしたハンバーグも肉肉しい感じが独特で美味しい。シメには2色ソースで味わう卵で包んでいないトロトロオムライスだ。幸せな時間だった。

 

どう考えても私はウナギよりもこうした洋食のほうが大好きなのにナゼいつも鰻屋さんにばかり吸い込まれるのだろう。謎だ。「ウナギは精がつく」というイメージのせいでバテバテの身体に栄養補給したくなっているのだろう。

 

別な日、久しぶりに銀座の維新號へ。無性にピータンが食べたい気分だったのだが、お店の人が気を利かせて前菜を取り分けて持ってきてくれたせいで、こっそり全部食べてやろうと企んでいたモクロミが失敗に終わる。

 


 

画像を取り忘れたが、ここでは当然のように名物のフカヒレの姿煮を注文する。この店のせいで他の店ではフカヒレの姿煮を注文しなくなってしまった。ある意味で不幸のフカヒレである。

 

他にもウマい一品料理はいろいろあるのだが、私の定番は肉焼売である。肉まんの超人気店だけにその流れをくむ?肉焼売がウマいのは当然だろう。

 


 

ご飯や麺類といったシメものをしっかり食べたいタンスイカブラーである私にとってこの店の川海苔とエビのチャーハンも捨てがたい一品だ。いつも他のチャーハンにチャレンジしたいのだが、ついこれを頼んでしまう。

 

上で紹介したオムライスもそうだが、やはりその店にしか置いていないような逸品はどうしてもガッツリ食べたくなる。正直に言うとここのチャーハンは作り手によって仕上がりに差を感じることもあるのだが、この日は大当たりだった。

 

紹興酒もしっかり飲んでウマい料理をバクバク食べて何だかエネルギーがみなぎってくるように感じた。


夏バテ対策、スタミナ対策は無理やりウナギに頼る必要はなく、“口福”を心から感じるウマいものをガッツリ食べれば済むのだと今更ながら痛感するひとときだった。



 



 

 

 

 

 

 

2024年7月29日月曜日

安い店、高い店


夏バテ防止のためにしっかり食べるせいで毎年この時期は太ってしまう。夏に痩せちゃう人の話を聞くとちょっとうらやましい。水分を多めにとるから水太りの可能性もある。

 

すし通を気取って生きてきたせいで回転寿司をナナメから論評しがちな私だが、進化した回転寿司の形態は今では日本の食文化を語るうえで欠かせないぐらいになった。国民食と言えるのかも知れない。

 

そうは言っても子連れで行ったり、飲んだ後のついでに立ち寄ったりいちいち言い訳みたいな状況を作りながら店に足を運ぶのが私のダメなところだ。

 

先日、酒は飲みたくないもののジャンクな寿司を腹いっぱい食べたい気分になって夕飯の時間に一人堂々と?回転寿司のノレンをくぐった。京樽が経営する回転寿司チェーン「みさき」の人形町店である。

 

自宅から徒歩圏というのが有難い。こちらは赤シャリを使っていることが自慢みたいだ。回転寿司で一番ダメな部分がシャリだからこの部分がマトモなことは素晴らしい。回らない寿司屋でも大衆店のシャリはヘロヘロなことが多いが、こちらはその点で安心できる。

 

お茶の粉を湯呑みに入れてカウンターにある蛇口からお湯をいれる。ビールすら飲まずに黙々と寿司を食べるのは学生時代を思い出して気合が入る。

 

アレコレとメニューは揃っているが、やはりこういう店では邪道系こそ魅力だ。コーンマヨ、ツナ軍艦、エンガワを名乗る謎の深海魚など普通のお寿司屋さんでは注文できない品々がちょっと幼稚なオジサマの心を幸せにしてくれる。

 

トロタクならぬツナタクという巻きモノも美味しかった。ツナとたくあんである。ツナ缶とたくあんを用意すれば自宅でも簡単に再現できそうな点も良い。

 

合間にはちゃんと本マグロも何度か注文する。オニオンスライスとマヨが乗ったサーモンなんかも食べてみた。普段はお寿司屋さんで必ず頼む青魚や貝類は何となく怖いから回転寿司ではパスする。マグロとジャンク系で充分楽しい。

 


 14皿で終了である。昔は20皿ぐらい余裕だったがシャバダバになったものである。ただ、3巻盛りや巻物系もいくつも頼んだから単純に28貫ではない。普通の握りに換算したら33貫ぐらいだろうか。

 

出前の1人前が10貫程度だからそう考えると歳の割には健闘したほうかもしれない。それでもたかだか14皿だと何かに負けたような残念な気持ちになった。

 

これだけ食べても5千円弱だった。回転寿司の一人利用としては豪勢なのだろうが、とりあえず寿司をとことん食べてこの値段はやはり安い。ロスのドジャースタジアムだったらデカいホットドックとコーラだけでそのぐらいは必要らしい。

 

さて、安い店は有難いが、高くても上質な満足感を味わうことも大人の暮らしには必要だろう。これはこれで心を豊かにしてくれる。ちょっと強がった言い方だ。ホントは財布がちょっとツラい…。

 

久しぶりに銀座の「まかない・きいち」を訪ねた。大ざっぱに言えば高級居酒屋というジャンルになるのだろうか。何を頼んでも素材が上質で味にも間違いがない。メニューにはいっさい値段表示がないあたりが銀座ならではである。

 





マグロの赤身やヒラメ、シマアジのごま醤油和えにイクラの醤油漬け、馬のレバ刺しあたりを肴に山崎ハイボールをグビグビ飲む。どれもハズレ無しで美味しい。

 

テーブル席だとタバコもOKなのが今どきにしては有難い。銀座8丁目ならではの大人向きの店はこうであって欲しい。

 

肉焼売もアサリの酒蒸しも抜群だった。アサリも滅多に見ないような大振りなものを使っていた。のどぐろもホンモノだった。ムツ系のそれっぽいシャバダバな魚をのどぐろと称して売る店もあるが、この日の立派な一品は身肉もたっぷりで大満足。

  

この店は元々千葉で人気のラーメン屋さんのオーナーが開いたとのことでシメのラーメンも何種類か用意されている。それもハーフサイズや41サイズも選べるのが有難い。私のおすすめは鯛ラーメンだ。飲んだ後のシメにこれほどバッチリなラーメンはそうそう無い。

 



ついでに鯛スープかけご飯も注文。生姜風味が聞いた鯛ダシの優しく滋味あふれるスープが身体をリセットしてくれるような感じがする。安い店ではないのにいつも混んでいるのも納得だ。

 

で、お勘定してビックリ。さすがに高い。覚悟していた値段の3割増しだった。冒頭で書いた回転寿司での食べ方を10回繰り返しても全然足りない。あの回転寿司で300貫以上食べてもこちらより安く済む計算だ。

 

さすがの私も少したじろいだが、そこは富豪記者を名乗るナイスミドルである。にこやかに平然と「美味しかった。また来ますね」などとアイドルのような顔をして店を後にした。

 

男たるもの痩せ我慢を楽しむぐらいでいたいものである。ちょっとツラい…。




 

 

 

 

 

2024年7月26日金曜日

よもやまごと

 

最近の暮らしの中で発見したことは「睡眠と耳栓」の関係である。


いま住んでいるマンションの隣ではだいぶ前からビルの解体、新築に向けた工事が行われている。私の寝室は建物の端っこに位置しているので1メートル先が工事現場だ。朝の早い時間からガンガンうるさくて日々拷問みたいに感じていたのだが、耳栓をするようになって一気に改善した。

 

はじめは飛行機の中で使うようなチャチな耳栓を使っていたのだがAmazonでいくつも立派な?耳栓を購入したことで静寂の中で眠れるようになった。

 



 

騒音対策が目的だったのだが、騒音がない時でもガッチリ遮音状態でいると眠りの深さがそれまでより格段に向上していることに気づいた。嬉しいオマケみたいなものだ。「耳栓をして眠る」。かなりオススメです。

 

猛暑が続く日々だから睡眠の質は重要だ。今はエアコンを285度の弱設定にしたまま部屋の隅に置いたサーキュレーターを回した状態で寝ている。ついでに最近実行し始めたのが「長袖長ズボン」で寝ることである。

 

テレビの情報番組で知ったのだが、半袖半パンで寝るよりも睡眠の質が確実に上がるらしい。かれこれ四十数年に渡って夏場はTシャツ短パンで寝ていた私にとっては革命的な変化である。

 

こうして耳栓とセットで寝る態勢を変化させたことで気のせいか朝の寝覚めが以前よりスッキリしているような感覚がある。気のせいだとしてもこれって大事なことである。長年の習慣に囚われ過ぎるのはダメだと感じる。

 



気のせいついでに言うと最近新たに飲み始めたクエン酸もスッキリ感に影響があるのかもしれない。噂によるととにかくクエン酸を摂取していれば無敵だと聞いたので何がどこにどう効くのかまるで知らないまま日々せっせと数十粒を飲んでいる。

 

サプリ頼みの暮らしだから毎日アレコレ飲むのが面倒なのだが、何となくそれぞれを時間を空けて飲んだほうが良いと思いこんでいるせいで結果的に水を飲む量もトータルで増えている。


人間やはり大事なのは水分と睡眠だ。無理に長生きしたいとは思わないが、生きている間はスッキリしていたい。良さそうなものはいろいろ試し続けようと思う。

 



野菜の王様とも呼ばれるモロヘイヤのサプリも新たに飲み始めた。結構高い商品みたいだが、ふるさと納税で取り寄せているので実質負担はない。肉やコメを返礼品でもらうのも良いが、お高いサプリも返礼品で手に入れるにはアリだと感じる。

 

健康オタクになるつもりはないし、ジャンクフードもヤメるつもりもさらさらないのだが、食品添加物の怖さを解説した本をナナメ読みしちゃったせいでこのところコンビニ飯と菓子パンを食べていない。

 

ヘルシー路線にことさら意識を向けるようなタイプの人を小馬鹿にしながら生きてきた私だ。いまさら「そっちの人」みたいに思われるのはシャクだが、やはり賞味期限がやたらと長い菓子パンなんかは気にしたほうがいいと思う。

 



近頃はマイクロプラスチック問題で人体にも影響が出始めているとか、日本中で売られている天然水の多くにも有害物質が混ざり始めているとか、右を向いても左を向いても「有害問題」の話が多い。

 

正直、還暦近くになっていまさら気をつけても仕方ないと思うのだが、娘と同居している以上そうもいかない。私が菓子パンばかり買うとつられて娘まで食べちゃう。今までみたいな頻度だとさすがにマズいと感じているわけだ。

 

ソーセージだとかハムだとかレトルトハンバーグみたいな好物を敬遠するのは裏切り行為?みたいでイヤなのだが、今までさんざん食べてきたからしばし小休止してもいいだろう。

 

というわけで、睡眠の質を上げて上質なウナギや上質なトンカツや上質なオムライスなどをどしどし食べて生きていこうと思う。






2024年7月24日水曜日

アーカイブ

 今日は更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ載せます。6年前に書いた話ですが今も同じように感じています。


若気の至り精神

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2018/08/blog-post_17.html




 





2024年7月22日月曜日

イヤだイヤだ

 

世の中がやたらと窮屈になってしまった象徴的な話がオリンピック女子体操エースの飲酒喫煙問題だろう。19歳の大学生がタバコと酒を理由に代表離脱となりとっとと日本に帰国させられたそうだ。

 

ルールはルールだ。守らないといけないのは当然だ。とはいえ人間だからルールを逸脱することもある。問題はその後だ。マリファナを吸っていたとかならともかくタバコを吸ったぐらいでオリンピック代表の座を引きずり下ろす判断は大人として適切だろうか。

 

厳しく注意するとか、一定期間の外出禁止とか、罰を与える方法はいくらでもある。一般には想像できないぐらい厳しい鍛錬を経て五輪で活躍するチャンスを得た人である。代表に選ばれるために積み重ねた努力をいとも簡単に剥奪するのはさすがに気の毒だ。


自己責任だ、自業自得だ、無責任だといった声も多い。お咎めナシとはいかないのは理解できる。批判されて当然だが、罰の重さとしてはたして適当な判断なのかは疑問だ。

 

19歳の飲酒や喫煙に世間が目くじら立てて騒ぎ立てるようになったのはいつ頃からだろう。写真週刊誌が未成年を伴って飲酒したアイドルなんかを糾弾するようになってからだと思う。ここ15年、20年ぐらい前からだろうか。

 

私が若造だった頃、すなわち昭和の終わりごろは「高校卒業」が一つの分かれ道だった。高校さえ卒業していれば学校の先生だろうと警察官だろうと飲酒喫煙の現場を見ても問題視しなかった。

 

高校の卒業式のあとの飲み会に先生たちが参加してくれるのも普通のことだったし、歌舞伎町で酔ってフラついていても警察官から「大学生か。気をつけて帰れ」と言われるだけだった。

 

近年、成人年齢が何だかよくわからない理屈で18歳になった。でも酒やタバコは20歳からというヘンテコな境界線はまるっきり意味不明だと思う。

 

18歳なら選挙に行ける。パチンコというギャンブルも出来る。結婚だって勝手に出来る。なんてったって成人である。もっと言えば風俗店に入れるし、風俗店で働くことも許される。いわばハードな風俗店で驚天動地な変態プレーを楽しんだり、それで稼いだりすることも可能な年齢だ。

 

そう考えると19歳のタバコや酒をめぐる大人たちの対応はもう少しおおらかであって然るべきだと思う。鬼の首でも取ったかのように血祭りにあげるような話ではない。キチンと注意するだけでいいと思う。

 

完全無欠、品行方正、聖人君子じゃなきゃいちいち叩かれる窮屈な風潮はネット社会の副産物だと思う。ネットの世界だけでオタクが騒いでいるだけならともかく、今回の事件のように実際の社会の現場でもそんな傾向が強まっているとしたらヘンテコな話だ。

 

都知事選で一躍時の人になった石丸さんだって既にアンチによる揚げ足取り的アラ探しが騒々しくなっている。幼稚というか、何だかチマチマした世の中になったことを痛感する。

 

些末な言動一つをあげつらって身勝手に自分なりの正義を一方的に振りかざしながら目立った人を圧殺しようとする。実にチンチクリンな精神性だ。有名人の不倫タタキにしてもモテる人への嫉妬にしか思えない。あんなもの単なる家庭内のトラブルでしかない。

 



それこそ昭和のモテ男「火野正平」なんて当時は国民総出で普通に面白がっていただけで教科書的正義を振りかざして非難する人は少数派だった。


今でこそゆったりと自転車を漕いでいる火野さんだが、数十年前はそれはそれはお盛んだったようで、追っかけるレポーターも追っかけられる火野さんもそれ自体をショー化していた印象さえあった。

 

「時代が変わった」「もうそんな時代ではない」。バカの一つ覚えみたいに何でもかんでもそんな言葉で片付けようとするのも凄くイヤだ。


時代という言葉を都合よく使って、あたかも今がすべて正しいと錯覚させたがる風潮が薄気味悪い。いつの時代にも必要なはずのおおらかさなど全てが断罪されてしまう。

 

例の石丸さんの発言のキリトリで「女、子ども」という部分が随分とバッシングを浴びたようだ。前後の話の流れによっては普通に使う日本語の常套句である。

 

「女、子どもには難しくて理解できないよな」といった使い方だと差別的意味合いになるが、「こんな重いモノは女、子どもには持たせられない」といった使い方は逆に親切心に溢れた言葉にもなる。

 

短絡的で偏狭な攻撃心だけで悦にいっている正義中毒みたいな現象は一種の現代病だ。この病気がもたらすのは「言葉狩り社会」である。これってかなり怖い。歪んだ全体主義にも繋がりかねず、かつての言論統制と同様の危険性すら感じる。

 

ちょっと話がそれてしまった。

 

まあ、私ごときがここで何を書こうが世間の空気を変えることなど不可能だ。そんなことは分かっているが、今はまだ自由な言論が許されているわけだから一人でも多くの人が怪しげな世間の風潮に「?」を言い続けることは無意味だとは思わない。


なんだか力んだ書き方になってしまった。


それにしてもつくづく思うのは自分がもう人生後半戦の年齢に達していて良かったという点だ。

 

こんな窮屈な時代に若者だったら大変だ。愛のある毒舌ひとつ口にすることが出来ない。ちょっと脱線するだけで死刑判決に相当する罪を犯したかのように糾弾される。これから現役世代の中心になっていく若者にはご苦労さまという言葉しか出てこない。

 

全国的に今年も猛暑がやってきた。日本中が暑さでイライラする。そんなイライラに連動するかのように身勝手で自己満足的なくだらない正義感モドキで他人を攻撃する人が増えちゃうのが心配だ。

 

 

 

 

2024年7月19日金曜日

もっともっと


「もっともっと」というパターンに陥るのが好奇心や欲求である。人間の業みたいなもので楽しい経験をすればより楽しいことを求め、ウマいものを知ればよりウマいものが食べたくなる。

 

半世紀以上生きてくると「もっともっと」をアップデートさせてきたわけで充分にいろんな体験を積み重ねきた。そろそろ打ち止めにしても良さそうなものだが、まだまだ煩悩の火は消える気配がない。

 

そんな欲求をワガママなことだと思う一方でそれこそが生きるエネルギー源だと感じる。欲求が無くなったらと想像するとそれはそれで怖い。一気にすべてがしぼんでしまいそうだ。年をとったらとったなりの欲求を見つけて楽しまないとダメだと感じる。

 

潜水して写真を撮影する趣味に没頭していた頃は、どんなに素晴らしい水中景観を見ても「もっと綺麗な場所があるはずだ」と次々に計画を立てた。趣味に限らず通常の旅行にしても最高に楽しい経験をすればそこに何度も行けばいいのに、“もっと上の最高”があるような気がしてアチコチに出かけたくなった。

 

もっと変な例を出せば「エロの道」だって然りである。ウブな若造の頃は女性と密着するだけで鼻血ブーになるぐらいだったのに、気づけば「もっともっと」の連続で中年になる頃にはすっかり変態オヤジが完成した。

 

まさに「知ってしまった哀しみ」だろう。つくづくエロ本を眺めるだけで充分に興奮できた頃が懐かしい。あの頃の自分が今の自分を見たら首を吊りそうな気がする。

 

話を戻す。

 

若者の頃に戻りたいとは思わないが、若者をうらやましく感じるのはこれから数え切れないほどの「初めての感動」が待っていることである。ウマいものに出会うにしても1回目と2回目以降の感動はまったく異なる。「お初」の喜びに勝るものはない。

 



お寿司屋さんでウニをツマミに酒を飲みながらふと若い頃のウニとの付き合い方を思い出した。上等なウニなど知らず変に茶色っぽい臭みもあるような安物でも喜んで食べていた頃は、ウニをテンコ盛りにして酒の肴にする発想すらなかった。

 

今ではウマいウニに感動するでもなく当たり前のように食べている。「もっともっと」をウン十年繰り返してきた結果である。これって不幸なことかもしれない。

 

舌が肥えたと言えば聞こえはいいが、一種の感性の劣化である。一般に高級品に分類される食べ物に関しては年齢とともに口にする機会は増える。たとえば北京ダックなんて昭和の頃には1枚食べただけで贅沢感に浸れたのに大人になってからは大量に注文して残してしまったこともある。学生時代なら吐いてでも全部食べ尽くしたはずだ。

 

ステーキしかり。若い頃は最上のご馳走だったのに今では二口、三口も食べればゲンナリしちゃう。中途半端に上物も食べてきたせいで廉価版だと見下したような反応までしてしまう。

 

ウナギにしても子供の頃はスーパーで売っている冷蔵パックの安い切れ端みたいなヤツだって万歳三唱するぐらいの喜びを感じながら大事に大事に食べていた。

 

ウニにしてもウナギにしても歳を重ねるうちにだんだん上物にめぐり逢い、最上級のモノにたどり着いた時には目ん玉が飛び出るぐらいの顔で「何じゃあコレは~‼️」と感動した。

 

あの感動は二度目以降はなくなってしまう。二度三度と食べるうちにただうなずくだけになる。そのうち些細なことでケチまでつけ始める。諸行無常である。

 

大半の若者は極上のウニやウナギにこれから遭遇するわけだから“目ん玉飛び出るモード”をまだまだ何度も体験できることになる。これは素直にうらやましい。食のウンチクを語り始める歳になるとああいう感動を味わえなくなる。

 

などともっともらしいことを書いてきたが、先日ふと食べてしまったヘンテコなラーメンのせいで若者たちの味覚が少し心配になったのも事実だ。

 



その名も「油脂麺」である。ジャンルでいえば油そばになるのだが、名前からして「油」プラス「脂」である。別な店で軽く飲んだ流れでラーメン好きな友人と食べに行った。

 

油そば自体は何度か食べているが、ここまでハード?な一品は未体験である。すなわち「お初」だ。さすがに目ん玉飛び出るほどウマいだろうという期待はしていなかったが、ホロ酔いだったからワクワク気分でチャレンジしてみた。

 

結果は惨敗だった。半分ぐらい残してしまった。お店の名誉のためにいえば若い頃なら余裕で完食したはずだ。今の私には無謀なチャレンジだった。あくまで若者向けに作られた食べ物である。私が良し悪しを語ったところで意味はない。

 

でも私が若者時代にこういう食べ物は存在していなかったと思う。もちろんクドい系のラーメンはあったが、油そばというジャンルが確立されていなかったし、当然ここまで攻撃的?な麺料理は記憶にない。

 

今の時代ならではの一品だとしたら私の若い頃とは若者の味覚自体が変わってきているのだろう。だとしたら今の若者は、私の世代がたどってきた「お初の感動」を我々と同じ感覚では受け止めない可能性がある。

 

ちなみに鰻重に卵黄を落とす食べ方が一部で人気になっているらしい。それも若者世代の味覚変化の影響なのだろうか。なんだか自分が物凄く歳をとってしまったような気がする。

 

 

 

 

 

 

2024年7月17日水曜日

酒の相手


酒との付き合いは中学生の頃からだ。祖父のイタズラでコーラにウイスキーを入れられて酩酊したのが14歳ぐらいだったか。それから40ウン年が過ぎた。酒にまつわる思い出は数え切れないほどある。

 

「酒を飲めない人は人生を半分ぐらい損している」みたいな話を聞くことがある。半分はともかく、あながち大げさではないかも知れない。そのぐらい酒の存在は日常に彩りを加えてくれる。

 

とか言いながら私の場合、若い頃はゲロゲロゲーばかりだった。吐くために飲んでいるのかと思えるほどだった。ある意味エネルギッシュだった時代だ。

 

年齢を重ねるうちにゲロッピーな日々も終わりを告げた。無茶な飲み方とも無縁になり普通になった。当然ながら何年も前から吐かなくなったがそれはそれでチョッピリ淋しい気もする。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/11/blog-post_04.html

 

コロナ禍をきっかけに酒量はだいぶ減った。付き合い酒が激減した影響だ。なんなら「たしなむ」程度になった。酔うのは好きだが、酔った後の疲労感が昔より格段に重い。それを思うと少量で切り上げる。先日も鰻屋さんで冷酒を2合飲んだだけで帰宅後に身体が重くてうたたねから復活できない有り様だった。

 

先日、久しぶりに銀座で飲んだ。馴染みのオネエサンに強制連行されて和食屋さんであれこれ食べながらゆるりと過ごす。

 



ウナギも好きだが、うなじも好きな私としては浴衣姿の綺麗どころと飲む酒はなかなかである。どうでもいい話で盛り上がりながらビールにハイボール、焼酎などをダラダラと味わった。

 




男同士の酒も楽しいが、“withおんな酒”はまた別の良さがある。いくつになってもその点は現役である。一応、相手は饗応を専門職として生きている女性だからこちらが不快になるような会話は無い。ここが肝心である。だから平和な時間だった。

 

最近は「饗応オネエサン」の新規開拓もすっかりサボり気味だ。これもまた加齢の典型的症状かもしれない。なじみのオネエサンと昔話をしているほうが新顔さんの意味不明な話を聞かされるよりラクチンである。

 



ラクチンなほうを選んでしまうのはどんな分野においても進化を妨げる。その意味ではもっと開拓精神も必要だが、最近は夜になると眠さが勝ってしまい面倒なことはつい避けてしまう。アフターまで付き合ってワイワイ騒いでいた頃とは別人になってしまった。ちょっと反省。

 

話は変わる。

 

同居を始めて2年になる娘と飲む時間も私にとって大事な時間だ。子供が生まれると「将来は一緒に酒を飲んだりするのかなあ」などと親なら誰もが想像する。でもその時点では片手で持てるぐらいの小さい存在だから現実感はまるでない。

 

過ぎてしまえば20年はアッという間で、気づけばごくごく普通に一緒に酒を飲むようになっている。我が家の場合、娘が一人で寝酒を楽しんでいるのに私はお茶を片手にくるみゆべしを食べているような逆転現象も頻発している。

 

しょっちゅう二人で外食するのでその際は何となく晩酌タイムを共にしていることになる。これって冷静に考えたら幸せな時間だろう。嫁に行ってしまえばそんな場面はなくなるわけで、何気なく過ごしている当たり前の時間が実はものすごく尊い時間なんだろう。

 


先日も近所にふらっと出かけて新規開店した蕎麦屋に父娘で入ってみた。蕎麦の前に刺し身や鹿のステーキ、蕎麦豆腐、親子煮などをツマミに軽く飲んだ。会話の内容はどうってことのないものばかりだが、差し向かいでダラダラ話すことが単純に有意義な時間だと思う。

 

娘は家でもやたらとアーダコーダと喋っている。とにかく私は聞き役だ。その日の出来事や世相、芸能ネタ、色恋ネタ、はたまた法律問題などノンジャンル無制限のオシャベリ大会である。

 

蕎麦屋にいる時も娘が機関銃のように喋りまくっていたから、夏バテ気味の私は「もっと無駄話を聞いてくれる友達を増やしたらどうだ?」と言ってみたほどだ。でもそれは間違いだろう。よく考えたら大人になった娘が何でもかんでもギャンギャン話してくることは父親として喜ばしいことである。

 

父親を毛嫌いして会話もしない、洗濯物も一緒に洗わせない、部屋にも入れないといったトンチンカンな若い女子はこの世にゴマンといる。そんな悲惨な環境に暮らす人に比べたら私などは幸せ者だと思わないといけないのだろう。

 

全地球上には80億人ぐらいの人間がいるらしい。そんな中で一緒に酒が飲めて本音で語り合える相手がいることは決して当たり前のことではない。というわけで、娘のどうでもいい話をこれからもどしどし聞いてみることにしょう。

 

 

 

 

 

 

 

2024年7月12日金曜日

相変わらずのウナギ


コンビニ飯や菓子パンを食べなくなって2週間がたった。別に健康になった自覚はない。そんなにすぐに影響が出るはずもないが気持ちは別だ。「きっと身体が喜んでいる」と思い込んでご機嫌である。

 

そのせいか、ウナギを食べる機会が今まで以上に増えている。大谷翔平の月間ホームラン数を基準に毎月ウナギを食べる回数をカウントし始めている。6月は夕飯に10回もウナギを食べたのに翔平さんは12本もホームランを打ったから完敗である。

 

さて、先月だったか、関西風の蒸さないいわゆる直焼きの鰻重の人気店に出かけた話を書いた。結局私は関東風しか認めない偏狭な人間であることを痛感したが、自宅近くにやたらと評判の良い鰻屋さんがあることを知り、これまた関西風の直焼きウナギ専門店なのに懲りずに出かけてみた。

 

小伝馬町近くにある「躻」と書いて「うつけ」と読ませるカフェみたいな店だ。風情や渋さはまるで無い。この時点で古典的人間である私の気持ちは沈む。そしてオーダーはQRコードを読み取ってやれとの話を聞いて一層沈む。

 




まずはうざくや肝焼きで一献やりながらひと息。初めて行った鰻屋さんでは最上の鰻重を頼んでみるのが私の中のオキテだが、こちらの最上位はその名も「マウンテン」なる怪しげなネーミングの一品。出てきてビックリ、なかなかコメまでたどり着けないほどウナギが山盛りだった。

 

テンコ盛りにウナギが乗っかっていると不思議なもので有難みを感じない。実に贅沢な話である。せっせと上の方に乗ったウナギを大口あけて食べ進める。はやくコメにたどり着きたい一心で味わっているヒマもないほどがっつく。


 



で、ちょっと落ち着いて肝心の鰻重の味を私なりに吟味したのだが、かなり美味しい。カフェっぽい内装、QRコードでの注文と続いてイライラしていたのに美味しく感じたわけだからかなりのものだろう。

 

先月食べた関西風直焼きウナギは日比谷の「うな富士」という大人気店のものだったが、個人的にはこちらの店のほうが断然しっくりきた。「うな富士」で気になった“焦げ感”が気にならずウナギそのものの旨さが伝わってくる。

 

もちろん、蒸す行程をいれた関東風の方が好きなのは変わらないが、直焼きでもこの店の鰻重なら素直に喜んで食べたくなるレベルだった。QRコード方式じゃなかったら再訪すると思う。

 

別な日、市ヶ谷の愛人宅を訪ねた後に寄ってみたのが「阿づ満や」。愛人宅に足を運ぶたびに気になっていた店だが、この日が初訪問だ。

 

ちなみに「愛人宅」というくだりは単なる私の見栄だ。そんな書き方をしてみたくなっただけです。ごめんなさい。

 

さてこちらのお店は創業から200年以上の歴史を持つ老舗だそうだ。変に敷居が高い感じではなく初訪問でも居心地の良い空間だった。高齢の元気なお女将さんがチャキチャキ取り仕切っていて常連のオジイサンがいい感じに酔っていた。

 




こういう雰囲気の店は素直に好きだ。妙に落ち着く。ビールから冷酒に移行して相変わらずうざくや肝の煮たやつを肴にこっちもホロ酔いモード。

 

気づけばお女将さんと常連のオジイサンとのやり取りに割って入ってしばし歓談。オジイサンからはナゼだか「智恵子抄」の完全版だという箱入りの本をもらうし、お女将さんからは小粋なポストカードをもらう。何だか妙に楽しい時間だった。

 



肝心の鰻重もさすが東京の老舗である。ふんわりととろけそうな仕上がりで文句なし。近所にあったら頻繁に通いたくると思う。ウナギ以外のツマミ類もそこそこあったし、本格鰻重をシメに出来る小料理屋さん的に使わせてもらうのもアリだと感じた。

 

話は変わる。

 

少し前に牛丼の吉野家の鰻重が数年前の悪印象を覆す味に進化していたことを書いた。たまたまだったのかと思ってその後も何度か食べたがやはりそれなりに美味しい。

 

というわけで吉野家のライバルである「すき家」「松屋」もきっと昔よりはマトモな鰻重を提供しているのだろうと実際に食べてみた。

 

すき家は酔ったついでに店舗に入って食べた。タレが甘すぎた印象はあったがウナギ自体はやはり数年前の「牛丼系ウナギ」より数段マトモになっていた。

 



 松屋もしかり。ウーバーで頼んだのだが、ちゃんと美味しい。どこも高値傾向が当たり前になった鰻専門店もヘタな仕事をしていたら牛丼チェーンに客を取られるのは間違いないと思う。

 

ウナギ2枚載せにしたところで2千円台だ。牛丼に比べれば富豪価格だが、中途半端な鰻専門店で高い値段を取られるならこちらで充分かもしれない。

 

何年か前に牛丼屋の鰻丼のマズさを実感した際に、子どもたちがみんなウナギ嫌いになってしまう危険を感じた。そうなったら将来的に鰻文化が廃れてしまう。真面目にそんな心配をしたのだが「牛丼系ウナギ」が奮闘してくれれば結果的に鰻文化の未来も明るいはずだ。

 

なんだか上から目線みたいな書きぶりになってしまった。世界遺産である日本料理の中でも特筆すべき存在が鰻重だと思っている私としては、専門店のウナギだけではなく、すべての鰻食の水準を高く維持して欲しいと切に願っている。

 

 

 

 

 

2024年7月10日水曜日

膵臓問題とケチャップ

 

今年も半分が終わった。びっくりだ。私個人の上半期は膝の負傷、長引いた結膜炎、通算3度目のコロナ感染と体調面にいろいろ問題があった。下半期は何もない事を祈っているのだが、7月に入って早々にまたもや気になることが起きた。

 

半年ぶりに膵臓を超音波内視鏡でチェックしてもらったのだが、懸案のデキモノがちょっと成長してしまったようで要注意状態になってしまった。

 

一昨年から監視しているデキモノだが、昨年は大きさに変化がなく生検でも悪性ではなかったので様子見をしていた。ところが今回調べたら1,5倍になっていたとか。サイズ的には3ミリだったものが4,5ミリだからたいしたことはなさそうだが、ドクターによると67ミリになったら「ちょっとヤバい」とのこと。

 

そのぐらいのサイズになったら開腹手術をしたほうがいいと言われてさすがの私も少しビビり気味である。腹腔鏡とやらでチャチャっとやって欲しいと言ってみたのだが、膵頭部にあるデキモノだと場所の関係上、開腹手術になるらしい。そうなったら2週間は入院だとか。オイオイ!って感じである。

 

この日は内視鏡検査のために朝から何も食べずに過ごしていた。検査は14時半からだったので空腹バリバリだった。検査後のドカ食いのことしか考えていなかったのに怖い話を聞かされたせいで食欲が一気に無くなった。

 

検査は日本橋高島屋に近いクリニックだったので、検査後は高島屋の中の資生堂パーラーでオムライスとグラタンをガッツリ食べる予定にしていた。ところがションボリモードになった私はクリニックを出た後、どこをどう歩いたのかも覚えていないほど呆然としていた。

 

というのはウソです。検査でちょっとバテたのでまずはゆっくりタバコを吸おうと高島屋の近くにある喫茶店に向かう。時々タバコ休憩に利用している老舗の喫茶店「げるぼあ」だ。

 

実はこの店、“喫茶店オムライス業界”では名の知れた人気店である。私はタバコ休憩でしか使ったことがないので食べたことはないが、ランチ時はかなり賑わうらしい。

 

中途半端な午後の時間だ。お客さんもまばら。一服してたらアッという間に空腹の絶頂にいることを思い出した。ついでにこの店のオムライスが人気だということも思い出した。俄然食べる気満々モードに突入した。

 

注文したのは当然のごとくオムライスだ。ついでにナポリタンも頼んでしまった。いまさっきまでウツウツしていた還暦間近のオジサンにしてはヤンチャな行動だと思う。

 



昔ながらの正統派オムライスがやってきた。いまどきのふわとろオムライスも捨てがたいが「喫茶メシ」だからこんな感じの仕上がりが何だか嬉しい。素直にウマい。奇をてらわない普通な感じが妙に落ち着く。チキンライスの味もしっかりめでバランスが良かった。

 

開腹手術ってこんな感じで腹をかっさばかれてケチャップみたいに血がドバドバ出るのかなあ、などと我が身に置き換えてイヤな想像も頭をよぎる。でも空腹が勝ってそんな恐怖はすぐに引っ込んでガツガツと食べ進んだ。

 



昔ながらのオムライスにホッコリするとともに「つけ合わせスパゲッティ」に久しぶりに出会ってムホムホした気分になった。実は私はこれが大好物である。たいていは味がない。具もない。味気ない。そして冷たい。でも何だか私の心を捉えて離さない。

 



きっと単品でこれだけが出てきたらちっとも嬉しくないのだろうが、洋食メニューの横にチョコンと鎮座していると途端に愛おしくなる。箸休め的に少しずつ食べる。

 

味がないから漬物みたいに主張してくるわけでもなく、メインの食べものに戻った際にまた味覚を甦らせて主役を引き立ててくれる名脇役だと思う。脇役というよりエキストラ程度の立ち位置かもしれない。

 

続いてナポリタンが鉄板の上でジュージューいいながら登場。これまた昔ながらの王道の風格が漂っている。日本人が生んだ奇跡の一品と表現しても大げさではない。いつかイタリア・ナポリに専門店を作ってみたいものだ。

 



 モチっとした麺に酸味の効いたアノ味が口の中に広がる。「これだよこれ」と一人つぶやく。最近、自宅で何度もナポリタンを自作したのだが、アルデンテ気味に仕上げてしまいどうもシックリこなかった。やはりナポリタンはパスタ料理とは一線を画した日本料理である。

 

朝から何も食べていない午後3時半過ぎの食事である。2品しっかり食べてちょうどよいぐらいだった。実に幸福な気分になって膵臓問題をしばし忘れた。「食」という文字は「人」を「良」くするで構成されている意味を痛感した。

 

さてさて、膵臓問題は年末に改めて超音波内視鏡でデキモノのサイズを測って成長度合いによって検討することになった。どのみちいつかは大きくなっちゃうのだろう。いわばしばらくは執行猶予状態である。

 

考えようによっては早い段階から敵を見つけてしっかり監視できているわけだから運が良いとも言える。物事は前向きに解釈しないとしょうがないからそう思い込むことにした。

 

 

 

 

 

2024年7月8日月曜日

フェチの時代

 

10年以上前にフェチ論を真面目に考察した話を書いた。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2013/06/blog-post_28.html

 

世の中、いろんな「フェチ」で賑わっているが、フェチとは本来「性的対象の歪曲」のことを意味する。すなわちオッパイフェチなどは正しくない。もともとが性的対象だからそれはフェチではない。ただのスケベだ。

 

靴やストッキングみたいな元々「性的」ではないものに偏執的に固執するのが正しいフェチである。だから身体の部位でもおそらく耳や鼻の穴、まゆげ、膝や肘、鎖骨あたりならフェチは成立するのだろう。

 

私のように尻や太ももに妙に魅せられてしまうのは厳密に言えばフェチではない。でも尻はともかく太ももは元々が性的対象なのだろうか?

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2019/02/blog-post_13.html

 

 


 太ももは大雑把に言えば単なる脚の一部だ。胸や局部!にまったく視線を向けず太ももだけにこだわるレベルになれば一種のフェチかもしれない。

 

女性の足の指に萌えると熱弁を振るっていた知人がいたが、そこまでいくと立派なフェチだ。女性陣がサンダル履きになる夏場になるとウキウキするそうだ。私からすれば意味不明である。でも「意味不明」というキーワードが正しいフェチのカギかもしれない。

 


 

だいぶ前の話になるが、SNS界隈で「暇な女子大生」という名の実在の女子の投稿が話題を集めた。この女子大生、とにかく相手の男の学歴だけに萌える性癖だ。顔や態度や行為のウマいヘタも関係なく“高偏差値”という背景に性的興奮を覚えるのが特徴。

 

本人の就職を機にアカウントは無くなってしまったが、私もマメに覗いていた。フェチの奥深さ、複雑さ、面白さを思い知らされた。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2017/05/blog-post_17.html

 

考えてみれば、相手の背景と性的倒錯の関係は古今東西切っても切れない関係にある。「息子の嫁」「義母」「上司の嫁」みたいな関係性はもちろん、「先生と生徒」「社長と秘書」、はたまた「万引き女子を見つけた店長」などなど例を上げればきりがない

 

禁断の関係という背景だけでなく、相手の職業的な要素もフェチに繋がりがちなポイントだ。以前、知り合いの女性が警察官と付き合いがあったそうで制服プレーに萌えまくったそうだ。それも立派なコスプレだろう。

 

白衣の天使に代表される「制服モノ」は昭和の男の子たちが必死に眺めたエロ本の定番だった。制服や職業という背景も本来は当然に性的対象ではないわけだからそのあたりに興奮するのは正統派フェチといえよう。

 

性的興奮をもたらす要素は視界から入る刺激が大きいのだろうが、それ以外に見落とせないのが「頭の中で描くフシダラな状況」である。いわば「脳内エロシンキング」である。この部分は人それぞれ違う。多くの人が他人には言えないような、それこそ墓場にまで持っていくほどエゲツナイ妄想を繰り広げている。

 

「思想信条の自由」は憲法でも保証されているから、私ももちろん様々なスペクタルな妄想に励んでいる。一部を除き脳内限定である。ヘタに実践すると犯罪者になってしまうから気をつけないといけない。

 

妄想の話に加えて個人的に得意?なのが「過去の話」に萌えることである。昔のブログでも書いたが、私はこれを「過去フェチ」と名付けている。目の前にいる女性が過去に体験したセクシーな行為や遭遇してしまったスケベな事件を聞くと俄然ムホムホしてしまう。

 

このヘンテコな性癖のせいで、私は女性から過去の体験談を聞き出す独自のノウハウ?まで身につけてしまった。まさに“好きこそものの上手なれ”を体現している。

 

「脳内エロシンキング」の他にも聴覚が萌え萌えの起爆剤になることにも触れないわけにはいかない。このブログで過去に何度か考察した「ベッド敬語」や「ベッド方言」の世界である。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2014/05/blog-post_30.html

 

これも男の不思議な生態を象徴するような話だと思う。というか東京出身の中高年に限定した特殊フェチの世界かもしれない。

 

はたして今日は何が書きたかったのか分からなくなってきた。

 

というわけで結論。太ももをあらわにした服装で敬語と方言を乱発しながら過去の秘密体験を語ってくれる美しくセクシーな女性がいたら私はそれだけで恋に落ちると思う。

 

相変わらずバカですいません…。

 

 

 

 

 

 

 

2024年7月5日金曜日

歯と膝


アンチエイジングは嫌いだなどとスカしたことを言い続けてきたが、いろいろとガタがきているのでそれなりに管理することは大事だと感じ始めている。

 

コンビニ飯やら菓子パンを平気で連日食べ続けていたが、さすがに本能的にブレーキをかけたくなってきた。いまさら感もあるが、一応心を入れかえてコンビニではタバコしか買わないように決意して続行している。まだ一週間だが…。

 

そう考え始めると単純な私は新たにグルテンフリーの麺をネットで大量に注文したり、クエン酸を飲み始めたり、にわか健康オタクみたいな状態になっている。いつまで続くか怪しい。

 

ところで健康面で大事なのが「歯」だ。先日、毎月の定期チェックに行った際に私の歯と歯茎の状態はとりあえず合格点だと言われた。年齢的に見て上等だとも言われた。やはり毎月キチンと点検と清掃を続けた成果である。

 


 

昔はもっと歯並びは良かった。やはり歯茎の劣化や過去に何度も虫歯などをずさんに放置した影響もあって少しづつ崩れてきた。いまさら矯正してもしょうがないので普通に管理だけはしておこうと思う。

 

実は5年前に職場が移転してから3年ぐらいは「歯医者難民」になっていた。それまで10年ほどお世話になった歯医者さんが遠くなったので、職場の近くで新たに探したのだが合わないところばかりで、結構な期間、定期検診もサボる事態になっていた。

 

ある歯医者さんは行くたびに衛生士さんどころか歯科医まで担当が変わる。これって定期的に通う気が起きない。論外だからヤメた。次に行ったところは超アナログな歯科医院で今にも倒れそうなオジイチャン先生が一人で頑張っていた。さすがに不安になってヤメた。

 

その後に何度か通ったところは昭和風のコワモテ系?で「ちょっと我慢して!」を連発する。何をされるのもいちいち痛い。いまどきそんなに我慢させる歯医者さんは珍しい。すぐに見切った。

 

次に通い始めたところは全体に親切丁寧で悪くなかったのでちょこちょこ通っていたのだが、とにかく営業攻勢が凄くて難儀した。オーナー歯科医だけでなく衛生士さんにもその姿勢が徹底していた。


掃除に行くたび昔に治療済みの歯まで全く問題ないのにやり直したがる。明朗に料金を説明してくるのだが、逆にいつでもカネの話ばかりしてくる感じ。ここもキリの良いところでヤメた。

 

いま通い続けている歯医者さんは昨年初めに行き始めた。昔の被せ物が外れたことをきっかけに恐る恐る訪ねたのだが、親切丁寧で営業攻勢もしてこない実に平和な歯医者さんだ。

 

毎月掃除してくれる衛生士さんもずっと同じ人。オーナーが別にいるらしく院長さんも皆さん全員が雇われの立場だとか。そのあたりが営業攻勢が激しくない理由なんだろう。毎回帰り際に試供品のシュミテクトをくれるのも嬉しい。知覚過敏に確実に効果があるシュミテクトは昔から私の必需品だ。この1年半自腹で買わずに済んでいるのは有難い。




昨年始めぐらいまでは、わりと歯茎がハレやすかったのだが、その原因を高血圧の薬かもしれないと指摘してくれたのもこの歯医者さんだ。半信半疑で血圧の薬の種類を変えたらそれ以来ハレなくなった。

 

働いているのが全員女性というのも私にはちょうど良い。歯医者さんでは必要以上にビビっているブリっ子を演じて必死に優しくしてもらおうとするのが私の習性だ。コワモテオヤジ先生が相手だとさすがにやりにくい。

 

歯が落ち着いている一方、今の私の悩みは膝裏の痛みだ。今年の初めに自転車で大転倒した際におかしくなった。直ぐに病院に行って調べたが骨には異常なしで靭帯を痛めたのだろうとの診断だった。普通に歩くぶんには問題はないのだが、しゃがんだり正座をするような足を内側に折り曲げる形になると途端に膝裏が痛む。

 

転んだ直後に行った整形外科医とちょっと険悪になったからそれ以来医者には行かず湿布に頼っていた。ちっとも良くならずネットであれこれ調べていたのだが、出てくるのは「注射一発で痛みが消えます」みたいな怪しげな広告ばかり。

 

その注射が3千円ぐらいなら騙されても構わないが、多くが1020万という世界である。なんだかバカバカしい。整体方面も悪くなさそうだからいくつか調べたのだが決めきれずにウニュウニュ言いながら暮らしていた。

 

そんな時、膝裏の痛みに効くストレッチをネットで見かけた。世の中には結構いろんな種類のストレッチが紹介されているものだと感心した。

 

効き目があれば儲けものとばかりにいくつかの簡単なストレッチを実践してみた。とくに難しいポーズでもなくテレビを見ながらでも気軽にできるレベルだ。それを3日ばかり続けたら不思議なことに痛みがちょっと改善した。


キツネにつままれた感じとはこのことである。気のせいかと思っていろいろ動いてみたがやはり改善している。ストレッチを始める前は歩くには問題なくても早足や小走りになると痛みを感じていた。

 

小走りが出来ないと歩行者信号を横断するのも困るから真剣に困っていたのだが、ストレッチを始めて以来、数カ月ぶりに小走りも可能になった。これは大きい。このペースで完全に治ってくれることを夢見ているのだが、そんなに単純な話なのだろうか。

 

小走りもまだフルパワーではない。軽めの小走りが出来るようになっただけだ。へべれけに酔っ払ったオヤジに追いかけられても逃げられるかどうかビミョーな程度の速度だ。

 

私を恨んでいる女性がいつどこで刃物を持って追いかけてくるか分からないから早くちゃんと回復させないと危ない。頑張ろうと思う。





 

 


2024年7月3日水曜日

見栄心 ビビリ心

現役独身男!である私だから時には妙齢の女性を連れ立って食事に行く。オジサマだし下心も一応あるから吉野家とかサイゼリアには行けない。ロイホぐらいで満足して欲しいのだが、私の見栄もあってそこそこ値の張る渋い系の店に行くことが多い。

 

見栄心ってこういう時に厄介である。鰻を食いたいなどと要求されても今どきのカジュアルな安い店に行けばいいのにわざわざ老舗の高級店に行ってしまう。私自身も食べるならウマいほうがいいから仕方がない。

 




思えば鰻屋さんにはずいぶんと女性連れで出かけてきた。情緒のある渋い鰻屋さんにふらっと立ち寄って一人で晩酌したほうが精神衛生上は良いのだが、私の中の現役魂?のせいでついついデート気分で行ってしまう。

 

考えてみれば若い人からすれば鰻のタレも焼鳥のタレも同じようなものだ。値の張る鰻より焼鳥を選べばコスパは格段に良くなるのに残念なことである。

 

鰻の他には寿司屋か蕎麦屋も多い。おやじメシ?ばかりである。この理由もビミョーに見栄心が影響している。

 



鰻や寿司、蕎麦といえば江戸っ子の人気メニューである。「西のほうの食べ物はさ~」などとイチャモンついでにウンチクを語りながら江戸の食の変遷などを得意になって語るためにそうした店を選んでしまうのかもしれない。

 

お寿司屋さんの場合は必然的にカウンターに横並びで座る。とかく女子にはミニスカートで来てもらいがち?な私としては横目でチラチラ脚線美を眺めることも楽しみの一つである。

 

「ナマのトリ貝は今しか出会えない貴重なネタなんだよ。ナマだよナマ」とか語りながら目線は隣のナマの脚、頭の中では別のナマを妄想している。バカそのものである。

 



向かい合わせのテーブル席ではせっかくの脚を拝めない。そんな不純な動機で選ばれるお寿司屋さんも気の毒である。でも男の行動原理なんて案外そんな些細な理由で変わってくるものだ。

 

フレンチやイタリアンにはほぼ行かない。高級店の値段設定にビビっているのか、へたな野菜料理が出てくることにビビっているのか、そんなビミョーな心理が影響している。情けない話だ。

 

考えてみればフランスやイタリアには何度も足を運んで現地であれこれ食べてきている。そのあたりのウンチクでも披露してスマしていればいいのにナゼか選ばない。きっと高級西洋料理屋さんの高尚ぶった雰囲気自体が苦手なのだろう。

 

だいたい私は人前では太っ腹な態度をしがちだ。だからそんな様子を察知したソムリエに高価なワインを勧められたり、奇天烈な料理名の内容を女子から尋ねられても答えられないことにビビっているのが実際のところだと思う。

 

見栄心とビビリ心。私の場合、女性を前にすると必ずこの2つがごちゃごちゃになる。あれこれと雑学的ウンチクを披露して感心させたいという見栄と、逆に不得意なことや姿を見られたくないというビビった気持ちだ。

 

男子なら誰もが共感する話だと思う。男ってやっぱりバカだから得意なことでマウントをとりたい心理はいくつになっても消えないのだろう。一方で恥をかくことだけは何があっても避けたいという小心者の部分も隠せない。実に野暮なことである。

 

いま思えば若かりし頃は年上の女性と付き合うことが嫌いではなかった。自分の若さを武器にして、あえて知っていることでも知らない顔をして相手の話に感心して褒めまくったりした。面倒な時はたいていそうしていた。単なるぶりっ子である。

 

今の私は中途半端に「教えたがり」「語りたがり」になってしまい、昔とは逆にメンドーな話ばかりする野暮な男になってしまった。女性陣も昔の私と同じでメンドーだからぶりっ子反応をしているだけかもしれない。

 

まあいいか。私自身が楽しければそれで良しとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024年7月1日月曜日

父親という存在


ひょんなことから娘との同居を始めて2年が過ぎた。それまで10年ぐらい一人で気ままに暮らしていた私としては慣れるのに結構時間がかかった。今では何とか自然体で過ごしているが、娘のほうはいい気なもので始めから実にお気楽に過ごしている。

 

やはり男より女のほうが図々しいのだろうか。娘はこの春大学を卒業したのだが、大学院に進んだせいでいまだに学生である。学生イコール子供だ。まだまだ私の父親としてのモロモロは終わる気配がない。

 

子供はいつまでも親の前では子供だ。同居していると必然的に依存されまくる。家政婦さんが毎週来てくれるせいで家事はほぼやらない。最低限必要なものは父親がマメにネットスーパーで買う。娘からすれば極楽だろう。

 

大学に入って一人暮らしをしていた時は何かと家事にも励んだらしいが、今ではそんな能力も退化したようだ。私としては同居することが逆に娘をスポイルする結果になっていることが心配だ。

 

離婚して十数年が経つ。家庭は離脱したが父親という立場については我ながら結構頑張ってきたと思う。さすがに60歳近くになってきたからそろそろ終わらせて欲しいのだが、きっと死ぬまでこのポジションは変わらないのだろう。

 

いい父親だったかと問われれば答えは「ノー」である。離婚を選んだ時点でそんな評価の対象外になったのは間違いない。それでも「離婚したけど」という条件付きであれば私は結構いい父親をやってきたと思う。

 

世の中には離婚したあとに子供と接点がなくなってしまう父親は多い。離婚とはあくまで夫と妻が切れることである。子供との関係を断つ意味ではない。私自身、離婚した当時は娘に必死に親子は親子だといい続けてマメに一緒に過ごした。

 

それでも幼かった娘からすれば「自分を置いて出ていった人」という印象は避けられなかったようだ。最近になって娘から聞かされたのだが、離婚後しばらく経ってからは「親戚のおじさんみたいな感覚」で私を認識していたそうだ。それが現実なんだろう。

 

まだ小さかった娘を毎朝バス停まで送っていった話をこのブログで書いたことがある。もう15年も前に書いた話だ。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2009/02/blog-post_17.html

 

毎朝7時にほんの10分の散歩である。でも今の私にやれと言われてもおそらく無理だろう。読み返してみて自分がビギナーパパとして奮闘していた当時を懐かしく思い出す。

 

そんな距離感で毎日を過ごしていたわけだから、その後、家を出ていってしまったことは娘にとって大事件だったはずだ。親戚のおじさん“に格下げされても仕方ない。

 

とはいえ、一緒に住み続けていても娘の成長とともにきっと距離感は変わったはずだ。おそらく会話も減っていっただろう。それでも娘が幼い時代に徹底して全神経を娘に向けて過ごした事実は厳然たる事実である。自分なりに「父親を頑張った」感は一応はある。私の人生における大きなトピックである。

 

娘がいっぱしの歳になった今もとりあえず父親として依存されている現実を考えたら、満点ではなくても合格点をもらえる程度には父親を頑張ってきたと思いたいところだ。

 

これも15年以上前に書いたものだが、一応は自分らしい父親像も持っていたつもりだ。向田邦子の名作「父の詫び状」に出てくるような父親像とは程遠かったものの私なりに一生懸命向き合っていた。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2008/12/blog-post_16.html

 

娘と6歳違いのダウン症の長男は母親と同居していることもあって私とは娘ほど濃い時間を過ごしていない。ちょっと気の毒だが、幸か不幸かヤツは知能的にまだ小学生ぐらいのレベルだから高校3年になった今も会うたびに幼な子のように私を慕ってくれる。

 

ピトっと私にくっついて満足そうにしている姿は子どもたちが3歳や5歳ぐらいだった昔を思い起こさせてくれる。さすがに今は自分で何でもできるのだが、私と一緒に風呂に入った後は小さい子供のように私に身体を拭かせるしドライヤーも私にやらせる。

 

「自分でやれボケ」とか言いながら、甘えてくる息子が可愛いからついつい幼稚園児を相手にするかのように親バカ丸出しで何でも手伝ってしまう。でも無垢そのものの息子の笑顔を見るとそんな瞬間も案外悪くないと思う。

 

幼い子供という生き物は、思惑も駆け引きもあざとさのカケラもなく100%の信頼と依存心で親に向き合ってくる。生まれてから5年ぐらいはそんな感じだろう。過ぎてしまえばそんなふうに接してくれた時間は一瞬だったと痛感する。いわば親冥利?に尽きる時間なんてほんのわずかだということ。

 

そう考えると時々ウチに遊びに来てとことん私に甘える息子の姿は、一瞬で終わってしまった幼な子の親だったという貴重な時間を甦らせてくれる。自分の人生において他の何事にも変えられない貴重な時間を忘れないでいられる効果がある。実に意義深い時間だと感じる。

 

子育て前半のバタバタ、てんやわんやの数年は単純に大変だ。でも過ぎてしまえば一瞬だ。おまけにそんな数年が後になってみれば実に愛おしい時間だったと感じるはずだ。

 

いま子育て真っ最中の人やこれから子供を授かる人には理解しにくい話かもしれないが、世の中のオッサンオバハンたちの多くがきっとこの話にはうなずくと思う。