2026年9月9日水曜日

MRIとの闘い

 

物忘れがヒドくなってきたことで脳神経内科に行き、脳のMRI検査を受けるハメになったことを8月終わりにこのブログで書いた。閉所恐怖症気味だからイヤでイヤで憂鬱で憂鬱で仕方なかったのだが勇気をふり絞ってちゃんとやってきた。

 

脳神経内科でMRIを手配してもらう際に閉所が苦手だという話をしっかりアピールしまくったせいでオープン型のマシンがあるクリニックを紹介された。

 

受付の際に鎮静剤をもらうつもりだったのだが、私の勘違いもあって話がスムーズに進まずちょっと難儀した。鎮静剤を使う場合は予約時間より1時間早く到着して服用後クスリが効いてくるのを待ってから検査をする段取りだとか。


私の検査予約時間は10分後だ。これ幸いとばかりに「では無理なので帰ります」と言ってみたのだが、親切なクリニックの人々が予定時間をずらしてくれることになった。嬉しいような悲しいような気分とはこういうケースを指すのだろう。

 

鎮静剤を2錠もらい一時間後に戻ってきてくれればいいとのことだったので近くのカフェの喫煙ルームにこもってガバガバとタバコを吸う。オープン型のMRIとはいえどうせパニック寸戦になるぐらい恐怖感と闘わねばならない。束の間の自由時間は煙を吐き出すぐらいしか出来なかった。

 

十数年まえに脳のMRIを受けた際は首から上をすっぽりと機械に覆われその閉塞感に悶絶した。気が狂うんじゃないかと心の底からビビりまくった。

 

その後、トンネル状の機械に全身が包まれる一般的な腹部MRIも何度かこなしてきたが、頭すっぽりバージョンほどではないものの毎度メロメロにバテまくっている。閉じ込められるのがとにかくイヤだ。

 

久しぶりに頭部MRIである。オープン型の機械がどんな形状なのか不安で不安で仕方なかったのだが、鎮静剤が効いてきた頃にご対面した機械をみてちょっと驚く。良い意味で驚いた。

 

座った状態で首から上をすっぽり覆う機械ではなく、通常のMRIのように横になって検査を受けるスタイル。おまけに全身を包み込むような形状ではなく、左右は開放された状態で検査部位にカメラが覆いかぶさる感じの仕組みだった。身体がベルトで固定されることもない。

 



 この画像はネットで借りてきた見知らぬ医療機関のものだが、大雑把にいえばこんな感じで“包み込まれない”スタイルである。これはかなり気が楽だ。

 

鎮静剤のおかげでボーっとしてきたし、担当医がやたらと丁寧に気を配ってくれたのでどんどんやる気?が出てきた。聞けばこのクリニックは閉所恐怖症気味の人が各地からこぞってやってくる“駆け込み寺”みたいな場所らしい。

 

私などはしょせん「閉所が苦手」レベルだが、電車やクルマにすら乗れない重度の閉所恐怖症の人も利用しているとか。そういう人は徒歩34時間かけて検査に来るという話を聞いて、がぜん勇気が湧いてきた。

 

で、検査が始まった。腹部の検査だと「息を吸って、吐いて」みたいな作業を結構マメにやらされて放心状態になれないのだが、頭部の検査はそういう作業が無いのがラクだ。エロい妄想に励んでいるだけでいい。

 

通常は20分で終わるのだが、痴呆傾向を調べるには追加で10分必要らしい。検査を始める前は20分でいったん解放してもらって一息ついてから追加の10分をやり直すようにワガママ要求を受け入れてもらったのだが、結局、追加の10分もそのまま連続でこなせた。

 

無事に終わったことで達成感、満足感はかなりのものである。おかげで検査結果を聞きに行く診療予約をしていない。忘れたままである。変な話、結果を聞きにいかなければ「異常なし」だ。そうはいかないか…。

 

ちなみに明日、すい臓方面をチェックする別のMRI検査の予定が入っている。こちらは以前に手配済みなので一般的な閉じ込められる機械の検査だ。いまさら検査するクリニックを変えられない。もう少し時間に余裕があればオープン型の優しいMRIを手配し直したのに何とも切ない。

 

前回の検査では機械に入れられる前から終了するまで一瞬たりとも目を開けずに閉じたままでいるといいという技師さんのアドバイスのおかげで何とか耐えられた。今回もその作戦を徹底しようと思う。

 

それにしても長生きしたい願望はまったく無いのにナゼ私は何度も何度もこんな検査をビビりながら受け続けているのだろう。医療費でパンク寸前の国家財政の観点からも問題である。

 

そろそろ検査だ何だと余計な健康対策にソッポを向いてサプリや常用薬もスパっとやめて自然のままに任せてみようかと本気で考えている。

 

 

 

 

 

 

 

2026年9月4日金曜日

肉食、草食

 

肉食動物は草食動物を丸ごと食べているから野菜不足の心配はない。この理論が好きだ。日頃、私がガツガツ食べている牛や豚や鳥も馬も生前は野菜的なものを食べて育ったはずだ。だから大丈夫である。

 

野菜が嫌いだなどと声を大にして60歳のオヤジが叫ぶのはカッチョ悪いが嫌いなんだから仕方ない。先日、旧友たちとの飲み会で空心菜の炒めを注文した友や麻婆ナスを注文した友に罵詈雑言を浴びせたのは私だ。

 

でも、麻婆ナスを取り分ける際に私の皿だけナスを除外してくれた友には宝くじが5億円当たったら3万円ぐらいは謝礼を渡そうと思う。

 

話が変わる。焼肉屋さんに行く機会が増えた。もう10年ぐらい前から正直焼肉は苦手な食べ物に近い存在になっていたのだが、ここ1年ぐらい頻繁に行くようになった。渋々ではなく自ら積極的に行くようになったから変われば変わるものだ。

 

その理由が野菜である。論理破たんも甚だしいのだが、野菜のおかげで焼肉好き男に復帰した感じである。

 

そもそも数年前から薬味野菜は好きになった。相変わらず主役みたいに出てくる野菜には殺意を覚えるのだが、麺つゆに入れるネギ、冷ややっこのミョウガ、カツ丼に混ざっているタマネギなどはむしろファンである。

 

強壮効果を狙って頑張って居酒屋でオニオンスライスをモリモリ食べ続けたことで昔ほど野菜に対する怨念が強くなくなってきたのだろう。あくまで脇役の野菜なら大歓迎だ。

 

かといってハンバーグに添えられるニンジンみたいな準主役級はやはりダメだ。やはりせいぜい葉っぱや刻んだネギ類あたりが私が仲間と認める野菜である。

 



画像の手前はナムルに白髪ねぎまでふりかけた状態だ。サンチュに肉を置きそこにナムルを加えてくるんで食べるようになった。数年前までの私を知る人から見れば異様な光景かもしれない。

 

サンチュで焼肉をくるんで食べる人のことを人生で何十回、何百回ディスってきただろう。今になって反省する。ごめんなさい。あの食べ方だとサッパリしてカルビだっていけちゃう。

 

サンチュにくるんだ肉を5回食べたら、肉だけを1回たべるようなパターンが今の標準だ。これだと苦手になっていたはずの牛肉が結構ドカドカ食べられる。ついでにキムチも食べちゃうわけだから野菜まみれの時間である。

 



店によっては刻んだネギだけを出してくれるところもある。これがまた良い。焼いた肉にドッサリ載せてこれまたキムチやナムルもまぶして頬張ると妙にウマい。

 

いまや私にとって焼肉屋さんは野菜を食らう場所になりつつある。私の野菜嫌いを心配していた今は亡き母親が見たら涙を流して喜んでくれるだろう。いかんいかん、まだ生きている。今度その姿を見せてやろうと思う。

 




 

話が変わる。先日、自宅からほど近い人形町の外れにあるお蕎麦屋さんで楽しく飲んだ。いわゆる街の普通のお蕎麦屋さんである。夜は気の利いたツマミを揃えているから近隣サラリーマンのオアシスみたいだ。ヅケまぐろ、ハタハタ、鴨などをツマミに蕎麦焼酎の蕎麦湯割りをグビグビ。

 

で、シメの蕎麦に山菜そばを注文してしまった。爺さん婆さんしか食べないものだと思い込んでいた山菜そばを自ら食べたくなり、ウマウマいと食べたわけだからいよいよ私も爺さんデビューの入口に辿り着いてしまったようだ。

 



とかいいながら別な日は気になっていたジャンクフードをムホムホ言いながら完食した。すき家が出しているポークロックカレーである。キャッチフレーズは「そびえる肉に食らいつけ」である。

 



豚肉のデカい塊がトッピングされたカレーライスである。豚の肉塊は1個から3個まで選べる。当然私は3個入りを選ぶ。それどころか別注できるポークロックを追加でもう一つ頼んだ。

 

店で食べるのはちょっと恥ずかしいからデリバリーを利用した。デカい肉が角煮のような脂部分の多いシロモノだったらイヤだと心配していたのだが、脂身はさほど感じない文字通り肉塊だった。

 



 

カレーライスのライスの上にこれを4つ投入するとコメは見えなくなる。パっと見すると謎の茶色い食べ物である。でもそれが良い。茶色こそジャンク界隈のチームカラーである。

 

ムシャムシャ食べた。余裕で食べた。しょせんカレーライスが並サイズだったから気づけば皿はカラッポになっていた。カレーと混ぜちゃうから肉の味はよく分からなかったが、豚の肉塊自体にもしっかり味はついていた。ガーリックを感じるバーベキューソース味だった。

 

単品で取り寄せて肉を細かくほぐして炒めメシの具材にするのもアリだと感じた。

 

というわけで、山菜そばで爺さん界隈の入口までたどり着いたが、すき家のジャンクメニューのせいで相変わらず年齢不相応な食生活を楽しんでいる。めでたしめでたし。




 

 

 

 

 

 

 

2026年9月2日水曜日

若々しい味覚

 

いつの頃からか我が家の冷蔵後にはオロナミンCが常備されるようになった。小さいサイズのコーラもファンタもあるのだが、オロCに手が伸びる頻度が一番多い。

 

たいていは酔って帰ってきた日の夜遅くの時間だ。ゲップが目的である。飲み終えた後の中途半端の不快感はゲップを盛大にすることでかなり解決する。盛大なゲップにはコーラが一番なのだが、オロCがいつも私を呼ぶので一番の相棒だ。

 


 

ゲップが目的とはいえ、やはり好みの飲み物を優先したい。ファンタやジンジャエールでもなく炭酸飲料といえば私にとってはオロCがエースだ。

 

子どもの頃、ナゼだか親にせがんでも滅多に買ってもらえなかった。強壮剤みたいなものかと勘違いされていたのだろう。だから友達の家に遊び行った際には友達のお母さんにオロCをねだったりしていた。

 

ドデカミンなんちゃらとか似たような商品があっても私はオロC一択だ。あのナゾの小さいサイズが妙に魅力的だ。かといって一気に2本飲んでも不思議と感激しない。オロCはあのさりげない分量が美味しさの秘訣なんだと思う。

 

ありとあらゆる清涼飲料や炭酸飲料には各種のサイズが用意されているのにオロCはあのサイズが不変だ。ビッグもミニもない。ヘパリーゼみたいなドリンク剤だって大きさが何種類もあるのにオロCのあの達観ぶりは尊敬に値する。ブレない強さ、不動心みたいなオーラすら感じる。

 

子どもの頃からのオロCファンではあるが、週に何本もマメに飲むようになったのはここ10年ぐらいだろうか。加齢のせいか、はたまた赤ちゃん返りへの準備なのか我ながら不思議だ。

 

オロCに限らず、食べ物の中にも若い頃に好きだったものを今になって改めて頻繁に食べるケースが増えてきたように思う。チキンライスしかり、マックしかり、焼肉屋のカルビしかり、数えだしたらキリがないぐらいだ。

 

赤ちゃん返りへの準備というと大げさだが、この歳になると味覚が原点回帰する傾向ってあるのかもしれない。小難しい料理をウンチクいいながら食べるよりオムライスやナポリタンや赤いきつねを食べているほうがどこかホっとした気持ちになる。

 

通学前の忙しい時間帯に母親がやっつけ仕事で作ってくれたようなテキトーな料理が妙に恋しく感じる。作るのに5分、食べるのに3分ぐらいで済ませたような日もあったが、そんな時の味覚に戻りたがっているのだろうか。

 

と、おセンチなことを書いてみたが、単純に私の酒量が減ってきて、その分、甘いモノを口にしたい欲求が強まってきている可能性が高い。

 



先日の週末もクリスピークリームドーナツのミニサイズ盛り合わせをデリバリーで注文して一気に半分以上ムシャムシャ食べてしまった。甘いモノだけだとちょっとビミョーなので近所の総菜屋で買ったタマゴサンドに“追いマヨネーズ”を加えてシメにした。味覚が破たんしている…。




そういえば最近のマイブームがセブンイレブンのピスタチオアイスバーである。すこぶるウマい。まとめ買いしたせいで冷凍庫が窮屈になってしまった。

 

実はこの商品が登場する前までは「カリッとアーモンド」と称するホワイトチョコがコーティングされたアイスバーに夢中だった。絶品だった。ハーゲンダッツより軽めで、かといってコクもあって名作だったと言える。

 


 

ところが我が家の近所の店舗では見かけなくなってしまった。セブンの凄さでありダメなところは商品の入れ替わりが激しい点である。とくにスイーツ系は、かつてのバニラテリーヌのようにどんなに名作でも一定の周期で廃版になってしまう。

 

ローソンのスイーツは「どらもっち」など人気商品は定番として残り続けているから、セブンのスイーツにももう少し辛抱強さを求めたいところだ。

 

で、お気に入りの「カリッとアーモンド」が無くなっちゃって絶望の淵にいた私だったのだが、まるで後継商品みたいにピスタチオ版が出てくれたのは有難い。味の点ではピスタチオ感がさほど強くないのだが、チョココーティングをケチっていない感じが前作同様で嬉しい。おススメです。

 



オチも何も無いまま終わるのがシャクだからついでにもう一つ。最近食べた妙にウマかった一品を紹介する。友人たちとの飲み会で出かけた神楽坂「龍公亭」のとうもろこしチャーハンである。

 

いやはや実にそのまんまの一品だった。余計な野菜など入っておらず微妙にバター風味も効いており個人的には抜群に美味しかった。友人たちと取り分けたことが残念で仕方ないほど心が掴まれた。




やはり、根本的な味覚が赤ちゃん返りに向かって突進しているのかもしれない。

 

 

 

 

2026年8月31日月曜日

ショート動画中毒


 本が読めない、ドラマが観られない。そんな若者が増えているそうだ。長い文章や長時間何かを視聴することが苦手になっている人が多いということ。原因はネット上に溢れるリール動画というシロモノだとか。せいぜい数十秒程度の短い動画のことだ。

 

私もご多分に漏れず寝る前によくリール動画を脈略もなく眺めている。ハッキリ言って楽しい。思った以上の面白くてついつい夜更かしをしちゃうこともある。

 



確かにひとつが数十秒だから飽きないし、AI様のおかげか一度でもジックリ見た内容に似た動画がランダムに表示されるし、かと思ったら別なテーマの妙に面白い動画が出てくるので気づけば1時間ぐらいアッという間に経ってしまう。

 

昔の野球の名場面、いにしえの「夜のヒットスタジオ」の名物だった冒頭の歌手紹介コーナー、昭和の懐かしいCМ、かつてのメジャーリーグのスーパープレー、はたまた京都橘高校の華麗なマーチングバンドの動き、道端や電車内での酔っ払いの殴り合いなど特に意味はないけどナゼか見入ってしまうようなショート動画がエンドレスで出てくる。

 

私が簡単調理に励むようになったのもリール動画でソッチ系ばかり面白がってみていたせいである。ほんの20秒ぐらいでレシピや作り方のコツを教えてもらえる。意外に実用性もあるわけだ。

 

簡略化、省力化ばかり進んだ今の時代ならではだが、確かにこんなものばかり見ていたら映画や小説などとしっかり向き合う時間が馬鹿らしく思える若者が増えちゃうのだろう。

 

文化の危機だ!などとエラそうなことを言いたくなるが、これもまた時代の特徴である以上、旧世代がブツクサ言ったところで仕方ない。映画や連続ドラマ、小説などの面白さや奥深さを昔から知っている人間ならいまさらショート動画に全面的に趣旨替えすることはない。

 

でも、物心ついた時からショート動画ばかりで情報を得ている若者にとっては2時間を超える映画、数か月先まで見続けなきゃいけない連ドラ、読み終えるのに何日もかかる小説はじれったいの極みだろう。旧世代から言わせればお気の毒としか思えない。

 

まあ、そんな愚痴みたいな話を書いてもキリがない。今日はショート動画の中で面白かったいくつかを紹介しよう。このブログに静止画で載せられるのは、動画といっても箇条書きの図表のようなものを表示しているものぐらいだからそんな系統のものをいくつか載せる。

 




いわゆるフェッチの分析と血液型のありがちな解説だ。画像に載っているフェチは限定的だから私の重度のフェチが分析されていないのが残念だ。でも強いてこの中に絞れば、私は「執念深い忍耐男」になるらしい。いいかげんである。

 

血液型は、まあこんなものだろう。だいたいB型というだけで昔から変人っぽく断定されがちだ。人間様をたかだか4種類の血液型で類型化すること自体バカげているが、B型が変人なのは確かだからこればかりは仕方ない。

 



親子の時間を切ない感じで表したこれは私にはちっとも刺さらなかった。実際のショート動画では物凄くせつないBGMととも表示されるのだが、同居する25歳の娘にいまだに完全依存されている私にとっては当てはまらない。それはそれで逆説的に見れば幸せなことなんだろう

 


 

お次はソープ遊びと結婚を比較した“やるせない”図表だ。笑わせてくれる。なかなか面白い。私の場合、ソープには行かないが一応独身だからいろエロな女性の友人はいる。当てはめてみればこの図表と似たようなものだ。

 

でも、この図表でいうところの「しがらみ」って考えようによっては案外大事なものかもしれない。人間は一人きりでは生きられない部分はあるから適度な「しがらみ」は高齢化とともに必要性が増す気がする。他にも「同志的連帯感」とか「ともに歩んだ歴史」みたいな人生の深みみたいなものはちゃんと家庭人を継続できた人へのご褒美かもしれない。ちょっと悔しい!?

 



つづいてはノーテンキなネタだ。「眠れる森の美女」「可愛い子には旅を」の対義語が最高だ。近年、コンプラコンプラとやかましいからこういう痛快系?は何だか嬉しくなる。

 

やはりリール動画で大昔の「ツービート」の漫才映像が出てきたことがあったが、時代の変化をあれほど感じたものはなかった。たけしの毒舌は今では犯罪者扱いされそうなレベル。あの大らかだった時代に若者だったことが今更ながらラッキーだったと痛感した。

 

キリがないからこのあたりで今日はオシマイです。

 

 

 

 

 

 





2026年8月28日金曜日

頭の問題


先日、脳神経内科に行った。娘に引っ張られて半ば無理やり連れて行かれた。最近、やたらと物忘れが多いから放置したらいかんというのが娘の言い分である。

 

自分ではさすがに若年性痴呆というレベルではないと思っているが、娘に言わせると普通じゃないらしい。言われてみれば今年に入ってからもATMでお金をおろした際に出てきたお金を取らずに去ってしまったことが2回ある。

 

以前にも経験しているのだが、誰かに盗られたらオシマイだが、取り忘れたお金は案外早めに機械に戻るようなので実害はなかった。だから油断しているのだろう。

 

キャッシュカードを財布に戻すことに神経質になりがちなせいで肝心のお金を取り忘れるのが私の悪いクセである。まあ、これって物忘れとは次元が違う。単なるアホである。

 

そんなことより記憶のほうが問題みたいだ。娘に言わせればわりと最近交わした会話内容を私が覚えていないことが頻繁にあるらしい。病院に無理やり引っ張っていくぐらいだから真剣に心配しているようだ。

 

確かに多少は自覚がある。私なりに言い訳はあるのだが、間違いなく以前より忘れっぽくなっている。まあ、60歳も過ぎた今の状態が昔と同じはずはない。常識の範囲ではないかと思っているがどうなんだろう。

 

先日も某知人と食事をしたのだが、そのお店に連れていくのは2度目だと思っていたのにここ2年ぐらいの間に3度も連れてきていたそうだ。まるで覚えていなかった。

 

ちょっとヤバいかもしれないが今のところ仕事上の大ポカもしていないし、生活に支障が出るほどの物忘れはないので自分としてはあまり気にしていない。

 

とはいえ、考えてみれば結構マヌケな物忘れは多い。ほんの一か月前に隣に座って談笑しながら食事をした人の顔を忘れちゃって「すいません、どなたでしたっけ?」と尋ねたこともある。さすがに失礼な話だ。

 

物忘れと言われれば物忘れなのだろうが、じつのところ大半は注意力と興味の問題だと自己分析している。もともと興味のないことにはとことん興味がないB型の典型的な性質がある私だ。忘れちゃったというよりハナからキチンと認識していないという側面もあるはずだ。

 

さほど興味がない会話をする時って誰だって真面目に聞いていない。テキトーに聞き流したりそれっぽく相づちはうったりしても内容はちっとも頭に入っていない。後からそれを突っ込まれても忘れたのではなく最初から脳に刻まれていないだけというケースは珍しくないと思う。

 

人の顔を忘れちゃうのも似たようなものだろう。興味や関心がない人の印象ってまるで頭に残らない。皆さんは違うのだろうか。私が極端なのだろうか。

 

それ以外にも脳の防衛本能として「イヤな記憶」は消去しちゃうという現実もある。私の場合、かなり若い頃からそんな傾向が強かった。思い出したくない恥ずかしいことやマヌケな失敗みたいな行為や言動を記憶から消し去る能力?がマメに機能してきた。

 

だから数十年ぶりにあった旧友とかに昔の私のヘンテコな言動を指摘されて突然それを思い出すようなシーンが何度もある。都合の悪いことは記憶から消しちゃうという“お調子モノ機能”が一種の得意ワザになっているわけだ。

 

で、脳神経内科のお医者さんにいろいろ聞かれたのだが「ビミョーなレベル」ということでMRI検査を来週受けるハメになった。これって私には一大事である。以前に脳ドックを受けた際に閉所恐怖症気味の私はパニックになってしまった経験がある。その時の話がコレ。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/10/blog-post_11.html

 

 一応、そのことも伝えて多少なりとも解放感のある機械で検査してくれるよう手配してもらったのだが真剣に逃げ出したいぐらいビビっている。死ぬほど憂鬱だ。

 

そんな過去の敬意をお医者さんに説明する際にも私の物忘れはかなりのものだった。脳ドックを受けたのは「56年前」だと説明したのだが、その時の顛末を書いたこのブログの日付を見てビックリである。なんと16年も前のことだった。私の認識と10年もズレていた。

 

さすがにヤバいのかもしれない。困った困った。

 

 

 

 

 

2026年8月26日水曜日

通販好きオヤジ


ネットサーフィンといえば聞こえがいいが、私の場合、よく考えると単なる通販好きオヤジみたいである。アマゾンを筆頭に連日ヤマトや佐川が何かを持ってくる。毎日毎日段ボールを捨てている感じだ。

 

ネット通販の中でも怪しげ?なイメージがあるのがTEMUだ。中国系のECサイトだが、危険だの詐欺まがいだのと良くない評判を耳にする。

 

そうはいってもサイトを覗くとなかなか魅力的である。私もしっかり会員登録済みだ。クレジットカード登録は何となく避けているがそのほかの支払い方法で何度も買い物をしている。

 

ベルトやら部屋着やら安いものしか買わない。安さがウリだから失敗もあったがマトモなものもいくつもゲットした。時々使うとちょっと楽しい。

 

先日、久しぶりにサイトを覗いたら食料品にも進出していて驚いた。それも松屋や吉野家といった日本ブランドの冷凍品を激安で扱っている。ふむふむこれは牛丼好きな私にとっては見逃せない。早速注文してみた。

 




牛丼の具の冷凍モノは以前にも何度か入手して食べているが、お店で食べるのと大差ない味わいだ。案外高いのでふるさと納税の返礼品で取り寄せるぐらいで定価で買ったことはない。

 

今回のTEMUの通販ではまとめ買いする分量にもよるが定価の半額ぐらいで買えた。ワッショイ!である。同じく松屋の冷凍ウナギもついでに買った。

 

牛丼の具20食にうなぎを15食ほどまとめて買って1万円程度で済んだ。賞味期限が短いのが激安の理由かと心配していたのだが実際に届いた商品をチェックしたところ全く問題なし。味もいつもの松屋のまんまだった。当然か。結果、なんだか嬉しい気分になった。




「嬉しい気分になる」。これが買い物の楽しみである。まるで女性が洋服を買ってウキウキするような感覚だが、私の「通販オヤジ暮らし」もそれを求めているのだろう。

 

Amazonの最近の注文履歴を見てみたが、脈略もなくいろんなものを買っていた。頭皮マッサージブラシ、エルメスの香水、都市対抗野球のガイドブック、ノンオイルそうめんなどなど。コーヒーに使うクリープのスティック状100本セットなども買っていた。

 


 富豪を名乗っているとはいえ、高いものをほとんど買っていないあたりが私の小者ぶりを象徴している。まさに安物買いのナントカだ。クリープ100本入りも千円ちょっとだったし、便利に使っている乾燥ネギもそんなもんだ。

 

そういえば最近は地震ばかりで不安だから10万円近くするポータブル電源も買った。私にしてはこれは富豪級の買い物だ。こればかりは「嬉しい気分」というより安心感を買ったようなものだ。

 



 やはり食べもの系、それもジャンク系を買うとワクワクする。そういう買い物が一番好きなんだと思う。15年ほど前にシングル生活に戻ってから数えきれないほどのレトルト食品を取り寄せ、時に感激し時にゲンナリしながら暮らしてきた。

 

レトルト食品の進化は昭和人からすると驚きだ。基本的にはゲンナリするダメダメ商品のほうが多いが、マメに探していると唸りたくなるほどウマい逸品にも出会える。

 

一応いまではカレーもハヤシもシチューも自分好みのレトルトをいくつか見つけて常備しているが、時には新しい商品も試したくなる。最近買ったのが「蜂蜜カレー」である。

 

カレーは朝に食べることが大半なので私の場合は辛い商品はNGだ。必然的に欧風か和風の商品に絞られる。もともと甘めの味付けが好きだから原材料表示に「砂糖」と表示されている商品を選びたくなる。

 



今回買ってみたのは「山田養蜂場」のはちみつチキンカレー。レトルトカレーの中では高めの値段設定だが、甘めのカレーが好きな私にとってはスティック状のハチミツが味変のためにセットになっている商品だと聞けば買わないわけにはいかない。

 

で、食べてみた。カレー自体はニッポンの家庭のカレーという感じで無難な味付け。細切れのニンジンや芋がブツとして認識できる感じで入っているのが野菜嫌いの私には気に入らないが、よく煮込まれているせいでゴリゴリ食感はなくスムーズに食べ進められた。丁寧に作られた誠実なカレーって感じで好印象だ。

 

そして肝心の別添ハチミツを追加してみた。スティック状の容器からカレーにテロテロと投入。適度に混ぜて頬張る。うん、ウマい。大いにアリである。カレーとハチミツの相性はバッチリだった。

 

とはいえ、気づいてしまったのが適当なレトルトカレーに普通にウチにあるハチミツを追加投入すれば済むのではないかという真理である。それに気付いちゃうとちょっと高いこのレトルトカレーがビミョーに思えてくる。

 

なんとも締まらない話になってしまった。でも基本的にはなかなか良い商品でした。







2026年8月24日月曜日

壺とパンチラ

 パンチラと壺中有天という故事の関係を高尚に考察した話です


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2019/07/blog-post_10.html