気持ちに身体が付いていかないという現実を初体験したのは25歳ごろの頃だ。中学、高校の一時期、学校とは別のテニススクールに通ってスカしていた。元野球少年だったからテニスもそれなりにサマになっていた(はずだ)。カッコばかり気にしてスクールに通ってくる女子にモテたくてスカしていた。
で、スカした目的だったからスクールを卒業しちゃったらテニスとも縁遠くなった。その後、25歳ぐらいになった頃に某テニスコートで久しぶりにラケットを握る機会があった。この時が衝撃的だった。
気持ちと頭では飛んできた球を余裕で打ち返せるつもりで反応しているのに、あと、2歩3歩が届かない。2歩3歩の距離だと惜しいと言えるレベルではない。まるっきり歯が立たない感じだった。
たかだか25歳ぐらいで運動能力が一気に劣化していることを実感してかなりビビった。思えば、あの日を境に今に至るまで30有余年に渡って緩やかに体力低下の坂を下り続けているのだろう。
脳の記憶って切ないもので実際の身体機能と昔の身体機能の切り替えが苦手だ。バッティングセンターに行っても120キロぐらいのストレートが妙に速く感じる。しばらくして目が慣れるとしっかり球の軌道は見えるのに振ったバットが当たらない。昔の感覚で頭の中はイメージしているのに肝心の身体の機能から必要な俊敏さが失われているわけだ。
昨年、自転車で大転倒して10か月ぐらい膝の不調に悩んだのも若い頃の「チャリ脳」がそのまま甦ってしまったからだろう。肝心の腕や足の瞬発力が追いつかないことに気付かなかったのが原因だ。
うだうだ書いてしまったが、今日の本題は前フリとは全く関係ない「満腹になっちゃう早さ」である。一応、これも気持ちに身体が付いていかないという切ないテーマである。
ガンガン食うぞ!と張り切っていたのに意外にしょぼくれた量で終わった時には切実に哀しい。
先日、神保町近くの如水会館でやっていたサマービュッフェに意気揚々と乗り込んだ。運営はニッポンの洋食の本家みたいな東京會舘である。
ゴールデンウィーク頃に初体験した時にシャトーソース付きのピラフやらローストビーフ、舌平目のボンファムっぽいメニューなどが食べ放題だったことで興奮した。スイーツ界の重要文化財とも言えるマロンシャンテリーのミニサイスまで食べ放題である。
今回は残念ながらシャトーソース付きピラフなど私を狂わせる逸品たちは無かったのだが、それでも揚げたて天ぷらはぶりぶり食べられるし、タルタルソース付け放題?のエビフライもあったし、魚料理やアイスバインなんかも用意されていた。
いわゆるホテルカレーっぽい欧風カレーが常に潤沢にあるのも嬉しい。この日はやたらと具材がゴロゴロ入ったチキンカレーだった。実に幸せな味だった。
一応、画像で見るとそこそこ食べたように見えるが、前半に食べたローストビーフのせいで空腹がわりと早く収まってしまい、焼売だのエビフライをツマミに白ワインを調子に乗ってグビグビしていたらモノの30分もしないうちに満足感が押し寄せてきてしまった。
ビュフェに向き合う男子としては実にだらしないことだ。なんとかローストビーフをお代わりしてチキンだらけのカレーもガツガツ食べたのだが、デザートはちょっとしか食べられなかった。寿司にも蕎麦にもミニ鰻丼にも手が出ず。負けである。
前回ウマかった焼き立てのパンケーキにアイスクリームをのっけてシロップをぶりぶりかけるヤツも楽しみにしていたのに、まったくもってたどり着けなかった。
もちろん歳を考えれば普通の量なのだろうが、今までドカ食いをさんざん自慢しながら生きてきた立場上、しみったれた現状がもどかしい。
牛丼も特盛りではなく頭の大盛りで済ませることが増えた。定食っぽいものを食べる際に「ご飯大盛り」と言わなくなった。デリバリーでマクドナルドを食べる際、パンの大半を捨てるという暴挙に出るのだが、以前なら5個ぐらい注文していたバーガー類も今では3つ程度で収まっている。
ケンタッキーフライドチキンを食べる際には、鶏の皮だけでなく衣もすべて剝ぎ取って食べるというフトドキぶりを発揮するのだが、以前ならフライドチキンを単品で8個か9個取り寄せていたのが今では6個程度だ。
ここ1,2年で確実に人並みに成り下がってしまった。健康のためには良いのだろうが、半世紀近くにわたって大食漢という位置にどっかり居座っていたことを思うと、その座を去らねばならない現実が妙に切ない。
引退するアスリートの気持ちがつくづく理解できるようになってきた。全然違うか…。





