2026年3月30日月曜日

台所の時間

 

「いつも台所にいるわね」。同居する娘にそう言われた。確かに自宅にいる際は台所付近にいる時間が長い。一番の理由は換気扇の下でタバコを吸うからだ。台所の端に置いてある小さい椅子が私の基本ポジションである。

 

タバコ以外にも休みの日は料理の真似事をすることが多い。娘から見れば私が家にいる時はいつも台所に陣取っている印象が強いのだろう。

 

家庭生活からFA宣言して15年ぐらい経つ。さすがに家事全般をそこそこにこなせる。面倒なことは毎週来てくれる家政婦さん任せだが、細かいことはちゃんと自分で解決している。

 

料理の真似事と書いたのには理由がある。男子厨房に入らずなどと気取ったことを言う気はさらさらないが、本格的に料理に励むことにナゼか抵抗があるせいで、あくまで安直な作業にとどめている。

 

まな板と包丁を使わない。これが私のポリシーである。切る必要があるものはすべてハサミで処理する。実際にそれで困ったことは一度もない。

 

素材もすべて安直なものに頼る。何かと必要なタマネギにしてもスライス、みじん切りともに冷凍食材を常備している。肉を炒める時などタマネギを頻繁に使うのだが、丸いタマネギを一からカットしたことは皆無だ。泣くのもイヤだし。

 

味付けも多くが出来合いの食材を使う。炊き込みご飯やドライカレー、パスタソースなどそれぞれの「素」みたいな市販品を使ってあとから好みの調味料を加えて面白がっている。

 

たとえばミートソースの場合、市販のパスタソースに大量の挽肉を追加投入してそこにウスターソースやらケチャップやら冷凍みじん切りタマネギを加えて独自の仕上がりを目指す。

 

最近、我ながら上手く出来たのがリゾット風の一品だ。「チキンフリカッセ用ソース」という「メゾンソワレ」というブランドのレトルトがベースだ。クリームシチューみたいなヤツである。

 



チキンをハサミで適当なサイズにカットして、エリンギ、ぶなしめじも加えてフライパンで加熱するだけだ。味見をしたらちょっと濃い感じだったので冷蔵庫にあった牛乳を適当に加えてみた。

 

ところが牛乳が多かったせいか何となくシャバシャバになってしまったので路線を変更してみた。ご飯をぶち込んで溶けるチーズやらワインを追加投入して混ぜ合わせてみた。

 

これが大当たり。チキンとキノコのチーズリゾットとしては他人様からお金を取れるぐらいウマい一品になった。目分量で適当に仕上げたから再現できそうにないのが残念である。

 

チキンライスもよく作るメニューだ。こちらはご飯と鶏肉、冷凍みじん切りタマネギ、塩コショウ、ケチャップやソース、粉末コンソメ、バターがあれば一から簡単に作れる。とはいえ、世の中にいくつも出回っている混ぜるだけのチキンライスの「素」を使ったほうが味が締まる。今までもいろんな市販品を試してきた。

 



先日、職場にほど近い明治屋スーパー本店を散策していたら見かけたことのないチキンライスの素を見かけた。並んでいるその他の商品とは異なりわざわざその商品が置かれた棚には手書きの説明カードが貼ってあり“感激の味”だとPRされていた。


京都にあるパパヤソースという会社の人気商品らしい。他にもナポリタンソースやカルボナーラソースなどあれこれ販売している会社みたいだ。「懐かしい喫茶店の味」をウリにしているみたいで私としては買わずにはいられない。

 

さっそく購入して鶏肉や生マッシュルームなど必要な食材を用意して作ってみた。何だか妙に美味しい。旨味、甘み、コクなどのバランスが実に良い感じだ。昔ながらの王道チキンライスの味になった。クセになりそうだ。

 



これをベースにソーセージやその他の具材を入れてナポリタンみたいなソースに仕上げてパスタ麺に絡めるのもアリかもしれない。

 

エンゲル係数みたいな概念が欠落している独身オヤジだからこういった「素」みたいなものをコストを考えずに買っている。主婦だったら手を出さないようなものも平気で買ってしまう。

 

手間と労力をお金に換算すれば結構な金額になるはずだ。そこを省略する分、それなりにコストはかかるのは仕方ない。でもそれで好みの味に出会えれば安いものだと思う。

 

世の中にはまだまだ未知の「素」がたくさんある。もはや料理の真似事が趣味になってきた私としては今後出会うであろう逸品探しが結構楽しい。

 

 

 

 

 

 

2026年3月27日金曜日

プチ高揚感

 

春は何となく気分がアガる。暖冬とはいえ冬の寒さで凝り固まった身体がほぐれていくような気がする。我が老後趣味候補筆頭の大学野球観戦に通う日も近い。桜も咲いているし意味もなく気分が前向きになる。

 

最近は体重測定をサボっているので昨年ガッツリ落とした体重がどれほどリバウンドしたのかが気になる。キックボクシングジムに通う頻度もちょっと減っている。酒を飲む機会ばかり増えてしまった。

 

とくに持病も無く好きなものを食べてアルコールも制約なしに飲む日々である。これって有難いことだと思う。以前はそんなことを感じることはなかった。やはり還暦という節目を過ぎたからシミジミそう思えるのだろう。

 

「この先10年」という周期で物事を想像するとちょっと怖い。30歳の時、40歳の時、50歳の時にそれぞれその先10年を考えたとしても「ハゲちゃうのかなあ」とか「下半身がいうことを聞かくなるんだろうなあ」とか平和?な心配が頭に浮かぶ程度だった。

 

60歳からの10年となるとどことなく深刻な感じがする。大病の一つもしそうだ、ヘタしたら死んじゃってるかもといった以前とは異質の心配が脳裏をよぎる。

 

もちろん、永ちゃんや舘ひろしみたいに70代半ばでもバリバリ元気な人は多い。考えすぎてもキリはない。でも永ちゃんやひろしは私のような野放図な暮らしはしていないはずだ。ストイックに自己管理をした成果が今の姿だろう。そう思うとやはり心配になる。

 

だったら真面目に健康管理に励めばいいのにそれが出来ないのが私が凡人である最大の理由だ。まあ仕方がない。

 

話を変える。ここ数か月、以前よりアルコール摂取量が増えている。その理由は単純。妙に美味しく感じているからだ。ヘンテコな言い方だがウマいから飲み過ぎてしまう。ヤケ酒みたいなノリだとたいした量は飲めないが、ウマい!と感じちゃうとグビグビ飲み続けてしまう。

 

心配事やストレスも人並みに溜め込んでいるのだが、それを忘れるために飲むというより単純にウマいから飲んでしまう。お寿司屋さんに行けば日本酒をグビグビ、モツ焼き屋に行けばホッピーをグビグビ、焼肉屋に行ってもサワー類をグビグビしている。

 

食事のついでに飲むというより、酒のついでに食べるという不健康なパターンが増えてきた。逆にいえば体調が良いのだろう。それならハッピーである。目指すは10年後の現状維持である。

 

一人晩酌でよく行くお寿司屋さんでは相変わらずウニ巻きの世話になっている。刺身や気の利いたツマミで熱燗やら冷酒を飲む時間が大好きなのだが、それだけだと何かが違う気がする。

 



寿司といえば酢飯だ。刺身やツマミをあれこれ頼みたがるのが私の常だが、根っからのコメ好きとしては周りのお客さんが握りを食べていると欲求不満が募り始める。

 

とはいえ、「握りは後半で」という変な思い込みが強いので酒中心の前半戦はコメとは無縁になりがちだ。別に最初から握りをいくつか食べてからツマミに移行して、その後にまた握りを食べたっておかしくないのにナゼかそれが出来ない。

 

この問題を解決してくれるのが巻きモノだ。これまた私の単なる思い込みかもしれないが、細巻きは酒の肴としての意味合いもある。

 

普通の握り寿司はつけ台に置かれたら速攻で食べないとカッチョ悪い。初歩的なマナーだ。それに対して細巻きならしばらく置いたままでも無粋にはならない。ここがポイントだ。

 

ウニだけをツマミとして注文することも多いのだが、ウニ巻きだとコメに対する欲求不満も解決してくれる。ついでにいえば普通のウニの握りは一口でなくなってしまうが、ウニ巻きなら6回ももぐもぐ可能である。これは大きい。

 



せっかくのウニが一口で無くなっちゃうと寂しさが募るだけだ。なんなら悔しい気持ちにもなる。後ろ髪を引かれる思いだ。大げさか…。それに比べて細巻きなら6口も楽しめる。6個目を口にするまで長い時間にわたってウニの輝き?を眺めていられるのも嬉しい。

 

もちろん、ネギトロ巻きだろうが、かっぱ巻きだろうが、細巻きであれば同様の効果を発揮する。でも、でもである。ウニはお寿司屋さんでエース級の存在だ。あくまでエースを選択して酒飲み心を満たせる点でプチ高揚感につながる。

 

お寿司屋さんの大将に聞いたらその店でウニ巻きを注文するのは私ぐらいだという。ちょっと不思議だ。いつもの私のお勘定よりはるかに高いコースメニューを頼む人からも注文されることはないらしい。一種の盲点になっているのだろう。


どなた様もぜひウニ巻きを並べて日本酒をグビグビする時間を味わってほしい。幸せな気分になります。

 

 

 

 

 

 

2026年3月25日水曜日

ヤメ時、ペヤング

 

20年近く書いてきたこのブログだが、ヤメ時をどうしようかと考えている。すっかり私自身の平凡な身辺雑記になってしまったから日記のようにふとした時に見返して役に立つことはある。とはいえ、そのために更新を気にするのはややストレスになってきた。

 

ただ、モノを書く作業ってやめてしまうとどんどん書く力が失わていく。そこが悩ましい。ウダウダ言いながらまだしばらくは続けようと思うが、いつ息切れするのか我ながら興味シンシン?な状態だ。

 

ここでは「富豪になりたい」と昔から書き続けているが、そんな気配はまるでない。バレンタインジャンボも3千円しか当たらなかった。だいたい富豪なら宝くじなど買わない。

 

そうは言ってもまあまあ優雅に好き勝手に暮らせているわけだから文句は言えない。外食に行っても値段を気にせず大量に注文するぐらいのゆとりはある。

 

ゆとりというより無駄遣いが得意ワザなのかもしれない。贅沢と呼べるほどの次元とも違う。単なる無駄遣いである。ウーバーですぐにスイーツを取り寄せちゃうあたりは単なるムダだ。

 



先日も夜の遅い時間に映画を見ながらのんびりしつつノンカフェインコーヒーに合わせる甘味が欲しくなった。スマホを手に妙にデカいパフェを注文した。フラチな一時的な欲求だ。本当に必要か?と自問自答したらきっと不要だという答えになるはずなのに、気づけば2500円ぐらいするパフェが届いていた。

 

ウーバーもそうだが、スマホでチャッチャと買い物できちゃう便利さが私の無駄遣いを増長させる。無駄遣いというよりももはや自堕落と表現したほうがいいかもしれない。

 

昨年秋にかのペヤングがヘンテコなシリーズをバンバン世に送り出していることを知り夢中になって取り寄せた。ペヤングのファン歴半世紀の矜持によって随分とムダに買いまくった。

 

松茸ペヤングなど一通りヘンテコ系を試してみた結果、ノーマルのペヤングに勝るものはないという単純な結論にたどり着いたのに、またまた見知らぬヘンテコ系の存在に気付いちゃったのでアレコレと取り寄せてしまった。

 




 

そこらへんのスーパーに置いていないせいでモノによってはプレミア価格になっていることも多い。そういう商品でも悩まず買っちゃうあたりが私の弱点である。こういうモノは1個から買うのが難しい。4個ぐらいの詰め合わせになるから我が家のストックがあっと言う間にペヤングに占有される。

 

でも、いろいろと探してポチポチ買ってしまう時の快感は一種の中毒みたいなものだ。「キムチチャーシューマヨ味」のペヤングが感激するほどウマいはずはないと分かっていても一口二口は味見しないと気が済まない。

 

実際に食べても完食する気にはならなかった。そりゃそうだ。私が完食できるほどならレギュラー商品になっているはずだ。ヘンテコ系ペヤングの大半はそういうことだろう。

 




昨年の松茸ペヤングを思い起こさせる「高級ヘンテコ系」なのが「トリュフ味のペヤング」である。定価も他のものよりかなり高いらしい。これだって冷静に想像すれば感激するほどウマいはずがない。ペヤングはあの独特のソース味がすべてだからヘンテコ系はあくまでシャレである。

 

トリュフペヤングは「ふーん、なるほど」という感想だ。「ゲッ、何じゃコレ?」ではなかったからまだ良かった。とはいえ、付属のソースは半分程度にしておかないと味が濃すぎて私には無理だった。少な目にソースをまぶすことでトリュフバター麺のような雰囲気になった。好きな人もいるかもしれない。

 

ナポリタン風味のペヤングはある意味で「普通」だった。個人的には好きだ。普通とは安心を意味する。奇天烈な感じはしなかった。ナポリタンといういわば国民食がもたらす安心感が慣れ親しんだペヤングの麺とマッチしていた気がする。

 

こちらは付属のソースを少なめにしたら味が弱かったから追加で加え直したらバランスが良くなった。一度食べれば満足しちゃうのがヘンテコ系ペヤングの特徴だが、ジャンク魂の塊である私としては、ナポリタン味はリピートするかもしれない。

 

はたしてこんなペヤング論評が誰かの役に立つことはあるのだろうか。まあいいか。

 

 

 

 

 

 

2026年3月23日月曜日

オーベルジーヌのカレー

 

最近のお気に入りが「オーベルジーヌ」のカレーだ。ウーバーイーツのデリバリーで食べたのが最初だったのだが、完全に私好みの「甘いカレー」だった。

 

テレビや映画のロケ弁としても有名らしい。食べやすいカレーだから幅広い人気を集めるのも納得だ。スパイスがガンガン効いたカレーよりおっとりした?欧風カレーが好きな人なら気に入ると思う。

 

私のカレー史は当然ながら実家の母親お手製のニッポンの家庭カレーに始まる。ニンジンや芋のせいで好物ではなかった。時々食べたボンカレーも野菜が邪魔だった。

 

高校生の頃、インドカレーの老舗「アジャンタ」を知って衝撃を受けた。やたらと辛くてヒーヒー言って食べたのだが、チキンカレーにはチキンしか具が見当たらなかったことに喜びを感じた。

 

それからは都内各地のインド料理屋を随分とめぐった。野菜が無いというだけでソッチ系のカレーの虜になったわけだ。

 

気付いたらレトルトの世界もカレーマルシェの登場によってニンジンや芋とは無縁のカレーが存在感を発揮し始めていた。ニッポンの家庭カレーとはますます縁遠くなっていった。

 

そのうち辛い食べ物がちょっと苦手になってきてインド料理屋さん通いも少なくなった。必然的に欧風カレーばかりに目が向くようになった。辛さよりも旨味、いや、甘味を求める傾向が強まっていった。

 

わが家に常備しているレトルトも「ガヴィアル」に代表される甘さを感じるものばかりである。いつの間にか「甘いカレー」を専門に食べるようんあった。


タマネギの甘さが感じられれば良いのだが、何なら「砂糖」の甘さも捨てがたい。レトルトをチェックする場合も原材料一覧に砂糖という表示があれば安心して買うぐらいである。

 


話を戻す。オーベルジーヌのカレーはちゃんと甘い。しっかりカレーの味は感じるのに甘味のインパクトが強めなので何となく優しい味わいに感じる。

 

ウーバーで取り寄せるのも良いのだが、カレーにしては値段が高めだ。富豪を目指す身分とはいえ、私にとっては「軽食」であるカレーが高価なのはイヤだ。

 

で、レトルト化されているか調べてみたら簡単に見つかった。これなら今まで以上に気軽に食べられるからまとめて買ってみた。レトルトにしては高い商品だが手軽さは魅力だ。

 


 

これまで2千円オーバーのレトルトカレーもいくつも試した。中には首をひねりたくなる味の商品もあったから自分好みの味の商品なら多少高くても悩まず買ってしまう。

 

で、さっそく食べてみた。フムフム、ウーバーでデリバリーされるものとたいして変わらない味だ。ちゃんと甘めで優しい味わいだった。妙にカレールーの量も多いし肉もゴロゴロ入っていた。レトルトカレーとしてはかなり誠実に作られている感じだ。

 



日本人好みの欧風カレーだから当然ご飯にも合う。福神漬けやラッキョウも合う。ボリュームの点でもかなりの満足感だ。軽食というよりディナー用としても成立する感じだ。

 

ネットで見つけたわけだが、ネット上には似たようなパッケージで「オーベルジーヌの甘口」も売っていた。私が食べたやつもちゃんと甘めだったのに別途「甘口」を強調しているのはどんな味がするのだろうとこちらも取り寄せてみた。

 



さっそく実食したのだが、ナゼかパッケージの形状やカレー自体の量も最初に食べたものとは違う。肉も少なめ、カレールーの量もやや少な目だった。甘味は前に食べた商品とさほど変わらなかったが全体にコクやスパイス的刺激が薄め。

 

よくよくパッケージを見たら最初に買った商品と作っているメーカーが違う。ちょっと不思議だ。パっと見のパッケージデザインは似ているし、パッケージ上部の色が違うだけに見えたから同じメーカーが味を変えて売っているものだと思っていた。

 



「オーベルジーヌ」という名のもとで別な業者がそれぞれレトルトを作っているとはビックリである。最初に食べたほうの黒っぽいパッケージがかなり満足度が高かったので、後で食べたほうの赤いパッケージにはちょっと残念な印象を持った。

 

個人的には黒っぽいパッケージの商品一択だと思う。運の悪いことに赤いほうのパッケージばかり我が家にストックされてしまった。ガンガン食べ続けることにしよう。




 

 

 

 

 

 

2026年3月18日水曜日

牛すじやら真澄やら

 

自宅で酒を飲む機会が増えた。以前は不思議と家ではアルコール欲求が湧いてこなかったのだが、最近は様子が変わってきた。風呂上がりのビールとかではなく、しっかり腰を据えて飲みたくなる。

 

ウーバーのおかげで何でもすぐに持ってきてくれることも大きい。馬刺しをツマミに焼酎が飲みたいと思っても今の時代なら簡単だ。馬刺し専門店からもデリバリーできる。実に便利になったと思う。

 


 

とある日、夜の11時過ぎに無性にタラコをツマミに冷酒が飲みたくなった。冷酒はともかくタラコを冷蔵庫に常備しているわけもなくウーバーで探す。30分もしないうちに深夜まで営業しているスーパーからタラコが到着。無事に欲求は満たされた。

 

横着極まりない暮らしである。いわばワガママ放題だから我ながら老後が心配になる。とはいえ、そういうサービスが身近に普及している以上、活用しないのは逆に損だと言える。使えるうちに使い倒そうと思う。

 

家呑みのツマミをいちいちその場でデリバリーしているのもヘンテコなので、あれこれ常備しておける食材を調べてみた。レトルト系は私の得意分野?だが、常備しているのはシチューやカレー、ハヤシといった「ご飯の友」ばかりだ。

 

で、気の利いたツマミという観点でレトルトを調べたら「牛すじ系」がいろんなメーカーから販売されていた。どて煮、ぼっかけなどの名称でいろんな商品が存在する。カレーやシチューより間違いなく酒の友になるからアレコレ取り寄せてみた。 








味噌ベースだと土手煮、醤油ベースだとぼっかけになるようだ。このあたりは東京人としてはよく分からない。牛すじ煮という意味では仲間みたいなものだから便宜上すべて土手煮で統一する。東京人にはあまり馴染みがないが関西ではド定番だ。

 

大阪方面に行った際に立ち寄る串揚げ屋では土手煮を注文するのが私の秘かな楽しみだ。ナゼだか東京の串揚げ屋や居酒屋では土手煮が用意されていることは稀だ。

 

一番上の「おかわり惣菜」というブランドの土手煮が私のお気に入りである。保存料、着色料不使用という点も何となく嬉しい。思った以上に肉もしっかりしている。

 

無印良品の商品はやたらと辛味が強くて好みが分かれそうだ。ユニークなイラストが描かれているMCCの商品は甘めの味噌味が私好みだが、こんにゃくが主役みたいな印象。ダイエット狙いなら案外有効かもしれない。

 


 

この画像は「おかわり惣菜」の土手煮をご飯にかけてネギを加えたもの。手軽に牛すじ丼が出来上がる。酒のアテとして七味をぶりぶり振りかけて楽しむのもアリだが、即席ドンブリにもなるから便利だ。

 

カレーやシチュー、ビーフストロガノフやボルシチまでやたらとレトルト食品が保存されている我が家のストック庫に土手煮が追加されてしまい大混雑状態である。

 

家呑みの話だった。

 

最近のお気に入りが成城石井限定という触れ込みの冷酒「真澄」だ。「野可勢」という呼称の純米吟醸なのだがクセがなくてスイスイ飲めちゃう。

 



根っからの日本酒好きには逆に物足りない味わいかもしれないが、個人的には大いに気に入っている。雑味が無くて軽快な飲み口だからどんなツマミにも合う。

 

冷酒は「開けたて飲み切り」が間違いないから300ml瓶で売られているのも良い。4合瓶を一人で開けるのはちょっと躊躇しちゃうがこのサイズなら手軽に開けたくなる。

 

それにしても最近はつくづく健康の有難さを感じる。甘いモノは際限なく食べて、酒も好き勝手に飲み、肉や魚も揚げ物もがんがん食べて過ごしていることは還暦過ぎの男として喜ばしい。

 

タチの悪い持病とかいろんな数値とかのせいで何かと制限がついて回る年齢だから今の状態はラッキーだろう。はたしていつまでラッキーな状態は続くのだろうか?

 

バレンタインジャンボの3億円が当たらなかったからきっとまだ大丈夫だろう。




 

 

 

 

 

 

 





2026年3月16日月曜日

ワガママな夜

 

ウーバー頼みの生活のせいで外食に関してはなかなか新規開拓が出来ていない。せいぜい近所に出来た「鮨とおでん」という店を覗いたぐらいだ。

 



いつのまにか都内のアチコチで見かけるようになった「鮨とおでん」だが、オッサンばかりになった世相をうまく掴んで店舗数が拡大しているようだ。実際に行ってみた感想は「こりゃあ個人経営の店は勝てないな」である。

 

刺身もまとも、握り寿司もキチンとしていて、おでんもちゃんと美味しい。BS放送の各種の呑兵衛番組?に出てくる店のような渋さや情緒はないが、正攻法でオッサンの満足感を充たしてくれる。

 



ツマミにもなる巻き寿司やおでん、焼鳥も並べて一献できるわけだから文句の言いようがない。この日はカキのおでんも頼んだが、これがニクい美味しさで出汁スープも美味しくてホゲホゲできた。オジサマ数人で気兼ねのない飲み会をするならこういう店で完結できそうだ。

 

地方の商店街が軒並みシャッター通りになってしまい大型ショッピングモールがその街の姿を変えたように、飲食の世界も確実に個人経営の店が厳しくなっている。こういう気の利いたチェーン店が増えればそんな傾向はますます強まるわけだ。

 

さて、新規開拓ではないが、2月に初訪問して「桃源郷のようだ」と表現した銀座のバーにその後もちょくちょく足を運んでいる。店選びに悩んだらここでいいという感覚になりつつある。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2026/02/blog-post_27.html

 

8丁目の雑居ビルにある「Bar U」である。隠れ家的な立地だけでなく食べ物メニューの豊富さがバーとしては異色レベル。実に使い勝手が良い。

 

一人でフラっと行くも良し。オネエサンと連れ立って行くも良し、野郎同士だって不自然ではない。

 




ソーセージ好きの私にとって嬉しいのが食べ応えのある鉄板ソーセージというメニューの他に赤ウインナーが用意されている点だ。鉄板ソーセージはマスタードを添えて肉料理っぽい雰囲気を漂わせている。これはこれでビールにもウイスキーにも合うから無難な選択だ。

 

一方の赤ウインナーは既にそれがメニューにあるだけでその場の話題の中心になるほど一種独特な存在感がある。昭和人の憩いの一品だ。こちらはマスタードなどという小洒落た添え物は不要だ。断固としてケチャップが相棒である。

 

ニクいことにタコさんカットで出てくる。昭和人の郷愁を誘う。眺めているだけで幸せな気分になる。ただ鑑賞しているだけでハッピーになれる存在は大谷翔平と今田美桜ちゃんとタコさんウィンナーぐらいではなかろうか。

 



この日は白身魚のポワレみたいなちゃんとした料理も食べた。肉や魚などもジャンルを問わずメニューがあるからバーに行ったつもりがファミレスで脈略なく食べまくるような楽しみ方も可能だ。

 

料理担当のスタッフさんはイタリアで修業経験もある若者。料理をすることがかなり好きな様子だ。食べ物の話を振ると会話が尽きない。この日はスイーツも作ったそうなのでもちろん食べてみることにした。

 

パフェのような見た目だが、実態はショートケーキだ。上手にチーズを使っているようでコクが深く甘さも絶妙だった。タコさんウィンナーを肴にハイボールをグビグビしながら、ついでにショートケーキも食べちゃうわけだからやはり私にとっては桃源郷みたいな場所である。

 



考えてみれば夜の銀座は一概にジャンル分け出来ないこういうお店が多いことも特徴の一つだろう。客層がワガママなオッサンばかりなので、渋い小料理屋とかオーセンティックバーとかの見た目の店でも真っ当な餃子が出てきたり、妙にウマいチキンライスが出てきたりする。

 

新規開拓をサボってばかりだが、昔を思い出してそういう奇天烈さが有難いお店をこれからも探索しようと思う。





 

 

 

 

 

 

 

2026年3月13日金曜日

謎のビーフン

 

ウチで自炊っぽいことをする時はたいてい豚肉をあれこれ味付けして焼くぐらいだ。生姜焼き、みそ焼き、プルコギ味、豚丼のタレ味等々、気分に合わせてちゃっちゃっと作る。

 

フライパンで焼くという作業がほんの少し厄介なので、それより手を抜くときは安直な炊き込みご飯を作る。炊飯器のスイッチを押すだけだからラクチンだ。

 

市販の炊き込みご飯の素はどれもパッとしないから具材を追加投入する話は以前にも書いた。タケノコ土佐煮あたりをハサミで細かくカットして追加するのが定番だが、最近新たに加えることが増えたのがシイタケである。

 


各地で人気のさまざまな釜飯にしても甘い味付けのシイタケが重要なアクセントになっていることが多い。とはいえ、一からシイタケを調理するのはゴメンだから市販のシイタケ旨煮などを活用する。

 

これがウマい。そもそも炊き込みご飯は味付けを甘めにしたいのが私のこだわりだ。いつもパルスイートを大さじ一杯ぐらいは平気で投入する。それをしなくても甘めの味付けのシイタケをどっさり追加投入すると自然とバランスの良い甘味に仕上がる。おススメです。

 



さて、ここから本題。本題というほどの話ではないが、ウチメシをめぐる最近の感動は亡き祖母の手抜き料理を再現できたことだ。料理と呼ぶのもためらわれるぐらい安易な食べ物である。

 

「ビーフン炒めソース味」である。文字にすると何てことはないがこれが奥が深い。今まで再現に挑んだがなかなか当時の味にならなかった。

 

問題は私がこの料理の前提をソーメンだと勘違いしていたからである。ある種のモノグサ?だった我が祖母は起きている時間の9割は煙草をスパスパしているような人で、食事もテキトーに済ませることが多かった。

 

ソーメンをただ炒めてソースを回し掛けして食べているような無頼派!だった。実際にソーメン炒めも作っていたが、私が時々横から貰ってウマいウマいと食べていたのは実はビーフン炒めだったことをふと思い出した。

 

大事なポイントは「ちゃんとしていないビーフン」を使うことだ。すなわち乾燥状態のビーフンの束をお湯で戻す際にちゃんと戻し切れていない状態のものを使うのがコツ。きっと祖母のことだからしっかり戻している時間がじれったかったのだろう。

 



戻し切れていないどころか通常の半分程度の戻し方が適切。すなわちボリボリ気味である。なんならペヤングのお湯を3分待たずにわずか45秒ぐらいで捨てちゃった時のようなボリっとした感じだ。不思議なもので普通に戻したビーフンを使ってもちっともウマくない。

 

その状態でしっかり水を切って油を引いたフライパンで炒める。味付けは塩コショウだ。コショウを多めに投入するのがポイント。最後にウスターソースをかけて混ぜ合わせて完成する。皿に盛った後に食べながら追いソースするのもアリだ。

 

実にふしだら?な料理である。やる気も情熱も愛情もまるで無い。でもこれが子供の頃の私を興奮させる一品だった。そもそも醤油よりソースが好きだったし、野菜嫌いだったし、固い麺が好きだった。だから素っ気ないこの一品が神々しく見えた。

 

母親だったらこんなものを育ち盛りの息子に食べさせないだろう。でもそこは無頼派の祖母である。小腹が空いた時にチャッチャカ作っていた。私が19歳になる頃に祖母は亡くなったのだが、「安直ビーフン炒め」は私にとって祖母の思い出そのものである。

 

秘伝!?のあの味をちょくちょく食べさせてもらっていた当時、思えば祖母の年齢は私の今と同じぐらいだった。還暦を迎える程度に人生経験を積んだらやっとたどり着く奥深い料理がこれなのかもしれない。そう考えると感慨深い。

 



で、人生経験を積んでたどり着いた私はアマゾンで大量に乾燥ビーフンを取り寄せ、今後は頻繁にこの秘伝の味を楽しもうと思っている。


アレンジ版にトライするために粉末の焼きそばソースを取り寄せたし、肉をトッピングしたらどうなるだろうとか、マヨネーズを加えたらどうだろうとか、ナポリタン味にしたらウマいだろうかとか、日夜、進化系を作ることを構想している。

 

でも単純明快に塩コショウとソースで炒める「婆ちゃんバージョン」には勝てないだろうと思っていつも同じ味に仕上げてしまう。

 

ソウルフードってそういうものである。慣れ親しんだ味、最初に感動した味にはどのようなアレンジを加えてもかなわないことは私の経験上ある意味不変の真理である。思い出補正まで加わって私にとってはすでに今年一番ウマいものになっている。


ちなみにこれを読んで試しに作ってしまう方もいるかと思うが、美味しくないと思ってもそれを私には言わないでください!