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2026年8月28日金曜日

頭の問題


先日、脳神経内科に行った。娘に引っ張られて半ば無理やり連れて行かれた。最近、やたらと物忘れが多いから放置したらいかんというのが娘の言い分である。

 

自分ではさすがに若年性痴呆というレベルではないと思っているが、娘に言わせると普通じゃないらしい。言われてみれば今年に入ってからもATMでお金をおろした際に出てきたお金を取らずに去ってしまったことが2回ある。

 

以前にも経験しているのだが、誰かに盗られたらオシマイだが、取り忘れたお金は案外早めに機械に戻るようなので実害はなかった。だから油断しているのだろう。

 

キャッシュカードを財布に戻すことに神経質になりがちなせいで肝心のお金を取り忘れるのが私の悪いクセである。まあ、これって物忘れとは次元が違う。単なるアホである。

 

そんなことより記憶のほうが問題みたいだ。娘に言わせればわりと最近交わした会話内容を私が覚えていないことが頻繁にあるらしい。病院に無理やり引っ張っていくぐらいだから真剣に心配しているようだ。

 

確かに多少は自覚がある。私なりに言い訳はあるのだが、間違いなく以前より忘れっぽくなっている。まあ、60歳も過ぎた今の状態が昔と同じはずはない。常識の範囲ではないかと思っているがどうなんだろう。

 

先日も某知人と食事をしたのだが、そのお店に連れていくのは2度目だと思っていたのにここ2年ぐらいの間に3度も連れてきていたそうだ。まるで覚えていなかった。

 

ちょっとヤバいかもしれないが今のところ仕事上の大ポカもしていないし、生活に支障が出るほどの物忘れはないので自分としてはあまり気にしていない。

 

とはいえ、考えてみれば結構マヌケな物忘れは多い。ほんの一か月前に隣に座って談笑しながら食事をした人の顔を忘れちゃって「すいません、どなたでしたっけ?」と尋ねたこともある。さすがに失礼な話だ。

 

物忘れと言われれば物忘れなのだろうが、じつのところ大半は注意力と興味の問題だと自己分析している。もともと興味のないことにはとことん興味がないB型の典型的な性質がある私だ。忘れちゃったというよりハナからキチンと認識していないという側面もあるはずだ。

 

さほど興味がない会話をする時って誰だって真面目に聞いていない。テキトーに聞き流したりそれっぽく相づちはうったりしても内容はちっとも頭に入っていない。後からそれを突っ込まれても忘れたのではなく最初から脳に刻まれていないだけというケースは珍しくないと思う。

 

人の顔を忘れちゃうのも似たようなものだろう。興味や関心がない人の印象ってまるで頭に残らない。皆さんは違うのだろうか。私が極端なのだろうか。

 

それ以外にも脳の防衛本能として「イヤな記憶」は消去しちゃうという現実もある。私の場合、かなり若い頃からそんな傾向が強かった。思い出したくない恥ずかしいことやマヌケな失敗みたいな行為や言動を記憶から消し去る能力?がマメに機能してきた。

 

だから数十年ぶりにあった旧友とかに昔の私のヘンテコな言動を指摘されて突然それを思い出すようなシーンが何度もある。都合の悪いことは記憶から消しちゃうという“お調子モノ機能”が一種の得意ワザになっているわけだ。

 

で、脳神経内科のお医者さんにいろいろ聞かれたのだが「ビミョーなレベル」ということでMRI検査を来週受けるハメになった。これって私には一大事である。以前に脳ドックを受けた際に閉所恐怖症気味の私はパニックになってしまった経験がある。その時の話がコレ。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/10/blog-post_11.html

 

 一応、そのことも伝えて多少なりとも解放感のある機械で検査してくれるよう手配してもらったのだが真剣に逃げ出したいぐらいビビっている。死ぬほど憂鬱だ。

 

そんな過去の敬意をお医者さんに説明する際にも私の物忘れはかなりのものだった。脳ドックを受けたのは「56年前」だと説明したのだが、その時の顛末を書いたこのブログの日付を見てビックリである。なんと16年も前のことだった。私の認識と10年もズレていた。

 

さすがにヤバいのかもしれない。困った困った。

 

 

 

 

 

2026年8月24日月曜日

壺とパンチラ

 パンチラと壺中有天という故事の関係を高尚に考察した話です


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2019/07/blog-post_10.html



2026年7月22日水曜日

16年前

 扁桃炎になってしまい更新できなかったので過去ネタを一つ。16年前、まだ良き家庭人を演じていた頃に書いた話だ。


元嫁にあげてしまった家の靴専用小部屋ややたら広く作った玄関の画像が妙に懐かしい。


ちなみに最後に載せている2点の靴の画像だが、16年後の今も現役で活躍してくれている。時間経過の概念が狂ってきたのか、物持ちの良い粋人なのか、自分でもよく分からない。


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/12/blog-post.html





2026年6月24日水曜日

15年経ったけど…

 更新を怠ってしまったので過去ネタを一つ。15年前、自分が老け込んでいかないために必死になって書き殴っていた感じが懐かしく感じる。これを書いた時から15年、はたして今の自分はどれぐらい幼稚なのだろう?


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/09/blog-post_14.html





2026年6月5日金曜日

15年履いた靴 ジョンロブとか

 

人様の足元にちょくちょく目がいってしまう。世の男性陣がどんな靴を履いているのか、靴好き男としては時に気になる。基本はビジネスマンの足元だ。

 

イマドキは黒っぽい革靴風のスニーカーみたいな靴を履いている人が多い。ラクそうである。結構シャレたデザインもあるようだ。正直に言えば私もそんな靴を履きたい。

 

スケッチャーズのスリップオンスニーカーのような靴ベラ要らずの革靴の広告もリール動画に流れてきた。ラクそうだ。スルっと履けちゃうビジネス用の革靴は魅力的である。正直に言えば欲しい。

 

しかし、しかしである。老境に近づいた今、どんな分野においてもユルい方向に進めばその傾向は一気に強まってしまう。美学というには大げさだが、職場に行く時の身だしなみは私に残された唯一の「ヨソイキ気分」を維持する大事なテーマだ。

 

昭和の頃、ヨソイキという言葉が普通に使われていた。近所に買い物に行くにも部屋着から着替えるような身だしなみ文化が存在した。今ではヨソイキという言葉自体が死語だろう。

 

背広にネクタイ、革靴。ビジネスマンの基本だったが、近年ではカジュアル化が急速に進んだ。銀座のクラブでお客さんの格好を見れば時代の変化は一目瞭然だ。ジャケパン、ノーネクタイが普通だ。

 

30年前は高価そうだけど趣味の悪い色のスーツをまとってヘビだかワニだかのごつごつした革の怪しい靴を履いた謎の老人ばかりだった。今ではアノ濃厚さ、重厚な感じは絶滅危惧種みたいな感じだ。

 

時代に抗いたいのか、単に趣味が悪いからなのかはさておき私自身は職場には必ずスーツに革靴で出かける。夏場以外はネクタイも必須だ。ナゼかそうしないと家との切り替えが出来ない。一種のスイッチのようなものだ。

 



私の職場は服装にうるさくはないので、今の時期はポロシャツ、チノパン程度の装いで出社する社員も普通にいる。それを横目に夏以外は三つ揃いの背広にネクタイを締めているわけだから物好きなのかもしれない。

 

革靴に関してもそういう観点でどうしてもラクチンなイマドキの靴に変えられない。一種の意固地なんだろう。夏場は革靴だとどうしたって暑い。蒸れる。匂いも気になるが、その点は運よく加齢臭の逆だ。中年以降は代謝が落ちたせいか若い頃みたいに足から匂いが無くなってくるからさほど気にしなくて済む。

 

いま履いている革靴の多くが“10年選手”だ。以前、病的?に買い求めていた靴たちがいまも現役で私を支えてくれている。結構な量の靴を買ったのでローテーション効果もあってどれも思ったほどヘタっていない。

 



この画像のボルドー系の色の靴は15年も前に買ったものだ。当時の旅行記にいろいろ載せた画像のうち最後から2番目に単体で写っているのがコレだ。フランスの「JM weston」である。

 ✦靴バカ一代 パリ編

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/07/blog-post_22.html

 

15年も経ってもバリバリに現役で履けるわけだからコスパだのタイパだのからすれば充分に合格である。むしろ安い買い物だったといえる。

 

靴マニアの世界で有名な格言がある。「安い靴を買うほど裕福ではない。流行りの靴を買うほど浪費家ではない」というのがそれだ。まさに言い得て妙だ。安モノや流行りモノはしょっちゅう買い替えるから結果的に浪費でしかない。


私の靴コレクションの多くが日本円が強かった頃に海外で安く買ったものだ。安かったとはいえ10万円オーバーの靴はさすがに大事にする。結果、長く愛用することになる。

 



こちらの靴はちょうど10年前にロンドンで購入した「ジョンロブ」である。日本の当時の定価が26万円ぐらいだったのだが、7割引きぐらいの仰天価格で入手した。イギリスのEU離脱騒動でポンドが暴落した時期のおまけにセールの頃だったおかげだ。そんな懐かしく興奮した思い出も靴自体への思い入れになる。

 

当時の旅行記の一番最後に載せた画像の左端に写っているのがこの靴だ。上の画像の通り今も当然のように現役で私にとってちょっとした“勝負靴”であり続けている。

 ✦靴バカ一代 ロンドン編

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/07/blog-post_11.html

 

そんな感じで「10年選手」がたくさんあるので最近はさすがに新しい靴を買っていない。買わなくなったというか、買う意欲が無くなってきたとも言える。「現役男」であり続けたいと願っている身としてはちょっと問題である。

 

適度な物欲は向上心とも関係する。「足るを知る」精神も大事だが、その一方で欲求が人間の活力源になるのも事実である。

 

まずは冒頭で書いたようなスリップオンでスルっと履ける安直な革靴モドキ?を買ってしまいそうな自分にブレーキをかけようと思う。

 

 

 

 

 

 

2026年6月3日水曜日

不倫

 更新しそびれてしまったので過去ネタを一つ。不倫はやっぱり文化なのかもしれないという話です。


富豪記者ブログ: 不倫は文化かな










2026年5月27日水曜日

エッチな画像とか

 

富豪とは名ばかりでちょっとした無駄遣い程度の話ばかり書いているこのブログだが、当然ながら内容によって閲覧数が変化する。端的にいえば有名人や有名なお店など固有名詞を連発した記載内容だと閲覧数がグっと増える。

 

何らかの収入を期待しているわけではないので閲覧数が伸びたところで私には影響はない。かといって我ながら面白い内容が書けたと思っても読んでくれる人が少ないとチョッピリ淋しい。

 

そうはいっても身辺雑記に終始しているから特に閲覧数増加に向けた努力をするわけでもなく相変わらず脈略のない話を書き続けている。

 

閲覧数が伸びるのは上記の固有名詞多発だけでない。「セクシー画像」を載せた時も同じだ。読んでくれる人の数がグンと増加する。やはりエロは偉大である。

 

世の中、秩序という名のもとに誰もがエロエロ志向を隠しながら生きているから、ちょっとしたエロ、清涼剤?のようなエロにはついつい目が向くのだろう。

 

このブログでの具体例をいくつか出してみる。まあ、どれもエグいほどのエロさではない。「ちょっとエッチだねえ」ぐらいの話ばかりである。グロいエロを語れといわれれば私だってトコトンそんな話を書けるが、そこまでいくと一種のヤボだからあくまで「爽やかエロ」に留めたい。

 爽やかの定義が実にビミョーだが一応そういうことにしておく。

 

パンチラ 銀座のクラブ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2015/12/blog-post_7.html

 

秘すれば花

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2021/06/blog-post.html

 

オスの矜持

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2024/10/blog-post_30.html

 

脚線美の不思議

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2024/02/blog-post_28.html

 

 これらの記載内容に合わせた画像は私自身が恥を忍んで撮らせてもらった。きっと鼻の下を伸ばし切った顔で撮影したのだろう。それもまた老化予防に必要な私の健康法かもしれない。

 

「爽やか画像」のポイントは当然ながら顔が写っていない点だ。そりゃあそうだ。ネットに顔面をさらす一般の人はそうそういない。顔がないから見る人の想像は無限大である。

 

松坂慶子や大原麗子そっくりの顔を思い浮かべるも良し(さすがに古いか)、はたまた柴田理恵、ゆりあんレトリバーを思い浮かべるも良し、見る人それぞれの自由である。

 




以前は今よりもマメだったから夜の銀座でオネエサマがたに協力してもらうことが多かった。あくまでこのブログ用のカット画像としての素材集めである。私の密やかなコレクションではない。

 

私自身、本来は胸よりも太ももやお尻に執着するタイプである。とはいえ、夜のオネエサマがたの衣装はあくまで胸フェチを喜ばせる仕様だからどうしても上のような画像ばかりになるわけだ。

 

その分、別な撮影チャンスが訪れるとせっせと背面からの絵面にこだわりたくなる。その昔、マレーシアのとある孤島に滞在していた時の出来事などは私をかなりハッピーな気分にさせた。

 

その島に一人旅で来ていた謎の日本人女性と知り合い、お互いの退屈しのぎに撮影大会に至った。有難いことにその女性は常にTバックビキニで島を闊歩していたのでモデル役に最適だった。我が自慢の水中撮影機材の機能をフルに活用して頑張って撮影した。

 

とはいえ、若かった私としては今のような図々しさのカケラもなかったので遠慮もあって被写体との距離がちょっと中途半端だった。これも一種の若気の至りといえよう。

 

その時の画像はこちらの後半にいくつか載せているので興味のあるかたは覗いてみて欲しい。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2013/05/blog-post_20.html

 

 その後、順調に私のオジサン化は進み、スケベさと図々しさは加速度的に跳ね上がっていった。若かった頃の遠慮や照れに復讐するかのように様々な画像を撮影した。協力してくれた方々のおかげである。

 

数々の秘蔵コレクションがきっと私の老後の淋しさを慰めてくれることだと思う。

 



ちなみにこの画像をお尻だと思った人は相当にスケベである。これは折り曲げたヒジのアップである。もしもドキっとした人がいたならごめんなさい。私のヒジだ。

 

冗談はさておき、せっかくだからセクシー画像を少し載せておこうと思う。遠慮せずに被写体に接近できるようになったオジサン化が進んだ時代に撮らせてもらったものだ。

 




上の画像はちょっとドギツイ感じにも見えたので白黒に変えてみた。カラーのほうは一眼レフにフィッシュアイレンズを装着して水中撮影用ケースにドーム状のポートをつけて撮影。この組み合わせじゃないと水上と水中で画像に屈曲が生じてしまうのでプロ並みというか、ハイアマチュアならではの作品である。

 

文字通り「自画自賛」である。

 

 

 

 

 

2026年5月13日水曜日

靴の裏

 更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ載せます。


男の靴の裏側

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/01/blog-post_25.html




2026年4月17日金曜日

かまって欲しい人々

 いろいろ雑事に追われてまた更新が出来なかったので過去ネタを一つ。5年前に書いた話だが、今も世間は「かまってちゃん」だらけだ。ビミョーである


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2021/09/blog-post_22.html




2026年4月15日水曜日

緊縛とろろ

 

更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ載せます。


富豪記者ブログ: トロロ緊縛プレイ





2026年4月10日金曜日

チンポコビールなど

 

桜は終わってしまったが春は何となく浮かれた気分になる。四季のある国に生まれたからこそ感じられる喜びだ。

 



時々出かける築地の蕎麦処「さらしなの里」で食べたさくら蕎麦だ。桜の葉が練りこまれているようでほんのりと春の香りが漂っていた。普通の蕎麦と食べ比べながら蕎麦焼酎の蕎麦湯割りをグビグビしてウットリした。

 



何かと思うところがあって陰気な気分になりがちな日々だが陽気のせいで何とか保てている。どんな時でも気持ちの切り替えは大事だ。

 

先日は、夜の銀座をパトロールしながらとあるバーで実に洒落たグラスでビールが出てきた。愉快だった。バカみたいな時間の大事さを痛感した。私が飲んでも絵にならないので連れの女性に飲ませた。なかなか素敵な光景だった。

 



さてさて、春の陽気のせいかネットでヘンテコなものも買ってしまいがちだ。先日は怪しげなサウナベルトを買った。キックボクシングジムで使ってみたくてAmazonで探してみた。腹回りが汗だくになるらしい。普段ジムでは半袖Tシャツ状のサウナスーツを着ているのだが発汗効果はかなりのものだ。

 

ただ、いつも胸や肩を中心に密着度の高い上のほうばかり汗をかいている感じだ。圧縮したいのは腹回りなので腹専用のベルトは魅力的だ。はたして効果はあるのだろうか。

 



家メシ用に怪しげなレトルト総菜なども買ってしまうのだが、最近手に入れたのが「紅生姜タルタルソース」である。10年以上前にこのブログでタルタルソースへの愛を切々と語ったこともある私にとっては買わずにはいられない一品だ。https://fugoh-kisya.blogspot.com/2014/03/blog-post_7.html

 

若い頃は紅生姜が苦手だったが、歳をとってから好きになった。牛丼にもブリブリ入れたくなるし、串揚げの店でも紅生姜フライは必ず注文する。

 



で、実食してみた。フムフムという表現が的確だろう。ウマいとうなるほどではないがソース焼きそばや冷やし中華に合わせたら悪くなさそうだ。まだトライしていないのだが、そろそろ冷やし中華の季節だ。これからの季節、ガンガン愛用しそうな気がする。

 

腹回りをサウナベルトで絞れたとしてもタルタルパワーでぶくぶく太ってしまっては台無しだ。気をつけないといけない。

 



こちらは怪しげな缶詰である。その名も「ツナマヨ」だ。これまたこんな商品を見つけちゃったら悩まず買ってしまう。「マヨったらコレ」というキャッチフレーズもニクい。送料まで払って購入した。

 

実際に食べてみたところ、こちらもフムフムという感想だった。マズくはない。どちらかといえばウマい。ただ、食べながらすぐに気づいた衝撃の事実のせいで大喜びできない自分がいた。

 

衝撃の事実などと書くと大げさだが、要は自分で簡単に作れるということ。ツナ缶を開けてマヨネーズをビュービュー投入して混ぜれば済む話である。実食するまでどうしてそんな当たり前のことに気付かなかったのかと頭を抱えたくなった。

 

一応、この缶詰独自の味付けもされているのだが、基本は「ツナ+マヨ」でしかない。わざわざ送料まで払って心待ちにしていた自分の愚かさに切なくなった。

 

きっと春の陽気のせいだろう。

 

 

 

 

 

 

 

2026年4月8日水曜日

真っ当な寿司

 

BSテレ東で放送されていた「今宵、町寿司で 市川右團次と小粋な一献」という番組が終わってしまった。大ファンだったのに残念である。今年の初めにスタートしたのに1クールで終了しちゃうとは思わなかった。(追記…再放送はやっているみたいです)

 



BSにありがちな息の長い「呑兵衛系番組」として長寿シリーズになることを願っていたのにまったくもって惜しい。

 

「おまかせ一辺倒のバカ高い寿司店」があちこちで幅を利かすようになった現在の寿司バブル状態に一石を投じる意義深い番組だった。バブル寿司と回転寿司しか知らない人々に視聴して欲しい番組だった。

 

地域密着型の昔ながらの寿司店を町寿司と定義して、毎回それぞれのお店で常連さんも登場、お店のおススメや右團次さんが好きなものを食べてそこそこ酒も飲んで過ごすだけの番組だ。

 

何が良かったかといえば各回とも最後に食べて飲んだものが一覧表示されたうえでお会計の金額がしっかり表示される点だ。どの店も手の込んだ個性的な品々を出してくれるのだが、毎回8千円前後の支払いだった。極めて真っ当なお寿司屋さんの実態に毎回うならされた。

 

いつの頃からかコース専門というか「おまかせ一辺倒」のお寿司屋さんが激増した。いまや繁華街ではそれなりの構えの新規オープンの店の大半がそんな路線だ。若い頃から“客としての寿司修行”に励んだ私からするとそういう路線の店にはまるで興味が湧かない。

 

もちろん、そういうお仕着せのほうがラクで快適という人が多いのも分かる。だとしてもナゼそういう店に限ってアホみたいな値段を取るのかが不思議で仕方がない。仕入れロスの点でも普通の店より有利なはずだ。

 

カウンターを挟んで職人さんと客が対峙するのがお寿司屋さんの基本形だ。もともと屋台の食べ物だったからでもある。好きなものを好きな順番で好きなだけ食べられるあの世界は世界中の外食ジャンルの中でも稀有なスタイルだ。

 

そんな自由さが寿司を楽しむ大原則だと信じている私としてはお店の都合をただ一方的に出してくるだけのお店には否定的だ。実際にふらっと入った店がソッチ系だったからすぐに退散したことも何度かある。

 

冒頭で紹介したテレビ番組はイマドキのそんな風潮へのアンチテーゼみたいな役割もあった。あくまでごく真っ当な普通のお寿司屋さんが主役。実際、それぞれのお店がそれぞれの流儀でニクい仕事を見せてくれた。見逃し視聴も可能なようなので興味がある人はゼヒ見てもらい。

 

おまかせ一辺倒の寿司店に否定的な話を最初にこのブログで書いたのは18年も前のことだ。https://fugoh-kisya.blogspot.com/2007/11/blog-post_26.html

その頃からソッチ系が増え続けているわけだから、いまやどっちが普通か分からないぐらいだ。実際に声高に寿司好きを自認するいっぱしの大人からコース以外で寿司を食べたことがないと言われて驚いたこともある。

 

わりと最近もそんな話を書いたのだが、今の時代、ソッチ系のお店は昔から日本人が馴染んできた「寿司屋」というイメージとは異質な別ジャンルの外食カテゴリーに派生していったのかもしれない。https://fugoh-kisya.blogspot.com/2024/01/blog-post_26.html

 

8千円前後で充分に寿司好きをうならせる町寿司と平気で5万円とか言っちゃうバブル寿司の店を同じ土俵で比較すること自体に無理がある。もはや別ジャンルだと解釈しないと理解不能の世界だ。

 

軌道修正。

 

お寿司屋さんの魅力は季節を味わえる点にもある。今の時期は鯛の刺身もウマいし白魚やホタルイカを肴に一杯楽しむのは至福の時間だ。

 




個人的に白魚はさほど好きではなかったのだが、先日食べたのは酢の物仕立てだった。三杯酢との相性が実に抜群で一気にファンになってしまった。醤油か塩か、はたまた酢か、これだけの違いでネタの味の印象は大きく変わる。そんなことを知るのも寿司飲みの楽しさだ。

 




こちらは子イカの煮物と煮ハマグリ。これも春の一品だ。こういう昔ながらの“仕事系”の一品が出てくると、やはり古くからの寿司文化は大事に継承されてほしいと痛感する。

 

マヨコーン軍艦もツナサラダ巻きも大好きな私だが、煮ハマグリや煮穴子、ヅケマグロや小肌といった江戸前本流の仕事系のネタの美味しさは別格だ。そういう“古株”たちが頑張ってくれているからこそコーンマヨも名脇役になれるのだと思う。

 

何を言っているのかよく分からなくなってきた…。

 

 

 

2026年3月9日月曜日

寝付き問題


寝付けない問題は私の暮らしの中で厄介なテーマである。寝入ってしまえば問題はない。最近は有難いことに深夜にトイレに起きる頻度も減った。睡眠の質自体はさほど気にしていないのだが、何といっても眠りに落ちるまでが一苦労だ。

 

以前にも寝付きを改善するためにアレコレ奮戦している話を書いた。安らげる自然の音を流したり竹炭を用意したり無駄な抵抗?を続けてきた。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2024/06/blog-post_19.html

 

今も枕をとっかえひっかえしたり、怪しげな間接照明を調節したりといろいろトライしているが結局は睡眠導入剤の力を借りてしまう。

 

デエビゴなど最近人気の睡眠薬も試したが、薬との相性は人それぞれだ。いくつかの薬を試したのだが、多くの薬が私にとっては悪い夢を誘発する作用があってそれはそれで面倒だ。寝入りが良くても頻繁に悪夢と付き合わされては堪ったものではない。

 

睡眠導入剤として定番のレンドルミンの後発品である「プロチゾラムOD錠」だけは悪夢を見ずに済む。朝起きた時に薬が残っている感覚も無いので個人的には相性が良い。飲み過ぎたら効き目や依存問題につながるのでなるべく控えたいのだが、なかなかそうもいかない。

 

日々、何とか薬ナシで寝付けないかと工夫しているうちにひょんなことから寝落ちしやすい「道具」を発見した。ストレッチローラーである。文字通り全身のいろんな部位に当ててグリっと伸ばしたりする道具だ。

 




本来の使い方はそれぞれの部位に体重をかけてグイグイするみたいだが、私の睡眠対策としての使い方はちょっと違う。大雑把に言うと単に首と尻の下に置くだけ。

 

一応少しは動く。肩に近い首の部分にローラーを置き、ゆったり左右に頭を振るだけである。凝ってないようでいて夜になると首肩はそれなりに張っているからこの動きだけで結構リラックスできる。

 

寝室には長さの違う2つのストレッチローラーを用意しているのだが、短いほうを首の下に置き、長いほうはお尻と太ももの付け根あたりに置く。尻下のほうは動かず乗っかるだけだ。それでも腰が伸びる感じがあって妙に心地良い。

 




首の下に置いたローラーを意識してほぐれるように頭を左右にゆったり動かしていると、意識がそっちに向いてくれるおかげで余計な雑事を考えなくなる。

 

「次は左側、もうちょっとしたら右側」とローラーと首の接触のことだけが頭の中を支配してくれるから不安や心配事などの寝付きを妨害する事柄が頭をよぎることが無くなる。

 

首周りをほぐすリラックス効果に加えて、いわば頭の中が空っぽになるダブルの作用で気づけば寝落ちしそうな状態になる。そこまでくればローラーをベッドの下に落として眠るだけだ。

 

もう一つ、最近ちょっと効果を感じるのが「香り」だ。バニラの香りのディフューザーを寝室に置いてから何となく寝付く前の気分がホゲホゲしやすくなった。

 



最初は香りがキツくて意識がそっちに向いてしまったが、数日もすると甘ったるいバニラの香りが心地良くなってきた。香りひとつで何となくアセアセしていた気持ちがグっと落ち着くような効果を感じる。

 

ストレッチローラーにせよ、バニラの香りにせよ、あくまで「効いてるぞ」と思い込み始めた部分が大きいのかもしれない。信じる者は救われる!精神である。こうみえて私は繊細?だ。たとえ気のせいだろうとそこにすがることに意味がある。

 

もうすぐ抽選が行われるバレンタインジャンボも3億円が当たると信じて買ってしまった。3億円の使い道を真剣に考えている自分がちょっと残念である。

 




 

 

 

 

 

 

2026年3月6日金曜日

アーカイブ

 更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ。日本酒との向き合い方を書いた話だが、12年前と今も同じような感覚だ。


成長していないというより40代も後半になると様々なこだわりや習性が固まってくる証なんだろう。


やはり流行りの冷酒をいろいろ試すより、熱燗を黙って飲むほうがモノグサ太郎、アマノジャッキーである私には向いているようだ。


日本酒の道







2026年2月9日月曜日

負けず嫌い?

 自分が負けず嫌いだとは思わないのだが、いつも何かと戦っているのは確かだ。今日は更新が追いつかなかったので、勝ち負けにこだわりたがる私のヘンテコな性分を書いた過去ネタを載せます。


負けた気がする

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2019/08/blog-post_7.html









2026年1月28日水曜日

サイズの話

 更新が間に合わなかったので過去ネタの中からタメになる話?を一つ載せます。


ゴリラよりも

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2018/08/blog-post_22.html





2026年1月5日月曜日

閲覧数トップ10

 

新年一発目の更新は今年も前年の閲覧数ベスト10。雑多なテーマで書き殴っているから意外な話が上位にランクインすることも多い。昨年一番読まれたのもナゼか15年前に書いた話だ。単なる中性的な旧友の話だが、秋頃からやたらと閲覧数が上昇して年間1位になった。謎だ。

 

★“彼”の話

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/04/blog-post.html

 

 続いては中井クン問題でスッタモンダしていた頃の話。守秘義務だの示談だので一件落着になると思ったら大間違いだという話。

 

★新しい復讐のカタチ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/01/blog-post_27.html

 

 お次は私も親らしいことに励むことがあるという話。

 

★三人旅、心模様

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/09/blog-post_05.html

 

 次はこのブログの歴史について。書き始めたのは18年も前のことだ。自省録的な身辺雑記を黙々と書いていたらアッという間にそんな月日が流れた

 

★18年の日々

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/10/18.html

 

 続いては男にとって生きる証?でもあるテストステロンについて語った話

 

★睡眠とキンタマ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/01/blog-post_10.html

 

 今年も豚肉ばかり食べていた。年末年始も豚肉ばかり食べていた気がする。

 

★豚になっちゃう

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/08/blog-post_20.html

 

 その昔、野球界のレジェンド・ノムさんこと野村克也がいつまでも引退せずに「生涯一捕手」をスローガンに掲げていたことに敬意を表してエロの道を歩み続けようと決意した話。

 

★生涯一エロオヤジ

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/08/blog-post_04.html

 

 お次は北海道まで日米大学野球を観戦しに行った際に泊まったホテルについて。いま思い出してもかなり興奮する異色の宿だった。

 

★エスコンで感動

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/07/blog-post_14.html

 

 続いては節制に努めたせいで体調がよくなってきたついでに男性機能の維持を頑張ろうと決意した話。

 

★男と女

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/05/blog-post_30.html

 

 最後は愛用している長くて重いコートについてあれこれ語ってみた話。

 

★カシミアトレンチ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/02/blog-post_10.html

 

 

相変わらず脈略も統一感もない自省録みたいな話ばかりだが、まだしばらくはチマチマと書き続けていこうと思う。

 

今年もよろしくお願いします!

 

 

 

 

 

 

2025年12月15日月曜日

クリスマスの意味

 

クリスマスシーズンである。自分の加齢を妙に実感する時期でもある。若い頃はせっせと浮かれた雰囲気に乗って奮戦して、家庭人になった頃はキチンと子供のためにそれっぽいこともした。離婚してしばらくはこの季節に置いてけぼりをくらったようなアワアワ感があった。

 

中年前期の私にとってクリスマスはうとましいだけだった。浮き立つ街が何となく腹立たしいというか騒々しく感じて不快だった。意識し過ぎだったのだろう。


中年後期の今になると本当にどうでもよくなってきた。ニギニギしくハッスルしている人々に素直にエールを送りたいほど無関係な気持ちになってきた。


何だかやっと別天地にたどり着いた感覚がある。クリスマスというアザとさの塊のようなイベントに自分が影響されなくなったことに安堵している。

 

と同時に、いよいよ自分が社会の中心より隅っこのほうに居場所を移したような一抹の寂しさも感じる。


はしゃいだり、うとましく感じたりしたのは、言ってみればクリスマスという渦の中にちゃんと巻き込まれていたからである。「無関係ゾーン」にたどり着いたことは結構なことだが、あまりに距離を置いちゃうと偏屈な世捨て人みたいだ。難しいところである。

 



東京駅前のキッテという商業ビル内のツリーだ。ちゃんとスマホを向けて撮影してみた。危うく素通りしそうだったが、上に書いたような偏屈な世捨て人にならないために一応パシャパシャ撮ってみた。賑わう人々のそういう空気の中の一部になれたみたいでちょっとホッとした。

 

なんだかバカみたいである。

 

キリスト教系の学校に幼稚園から高校まで通った。小学生時代は聖歌隊に所属していたわけだからキリスト様やらクリスマスやらには造詣が深い?はずだ。いや、たいした知識はないが、クリスマスっぽいものに身近に接してから半世紀以上のベテランなのは事実だ。ポっと出のクリスマスマニア?とはキャリアが違う。

 

子どもの頃、実家の庭に植わっていた本物のモミの木がこの季節になると植木屋さん数人の手によって我が家の吹き抜けの大広間に移された。高さ3メートルはあった。そこに飾り付けをして家族や親せきも集まってワイのワイのと楽しく過ごした。

 

いま思えば凄い話だ。都内でそんなツリーが毎年毎年、家の中に用意されていたのだから富豪みたいである。そう考えると自分の娘や息子にはたいしたことをしてあげなかったことがちょっと残念だ。昔の大人たちは今の時代より節目節目のイベントに驚異的に真剣に向き合っていたのかもしれない。

 

いまの社会のあらゆる分野に漂うヌルさは、我々の世代が社会に出る頃から徐々に世間を覆うようになっていった気がする。そう考えるとヌルい世の中を作っちゃったのは我々の世代にも責任があるのだろう。ちょっと複雑だ。

 

8年前にクリスマスの思い出をアレコレ書いた話を載せる。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2017/12/blog-post_18.html

 

そこでも書いていたが、思い返せば私のファーストキスは当時の彼女からのクリスマスプレゼントだった。なんだか胸キュンである。あまり覚えていないのだが、なかなかこっちから行動に移せず寒い中、公園のベンチで長々と座っていた記憶だけはある。

 

実に可愛い思い出だ。キュンキュンしちゃう。でも、あんなに純情だった私はいったいどこに行ってしまったのだろう。いまやカゲも形も鼻毛のカケラすら無い。

 

つい先日もここでは書けない変態大会を開催してへとへとになった。我ながら還暦を迎えたくせに何を血迷っているのかと頭を抱えたくなった。

 

わずか0.5秒の唇の触れ合いに世の中の時間がすべて止まったかのように感じた少年。それが私だった。あれから45年。少年の伸びしろって想像以上に凄いものだと痛感する。

 

その伸びしろを野球に向けていたら野茂投手より先にメジャーで活躍したかもしれないし、勉学に向けたらノーベル賞候補になれたかもしれない。さすがにそれはないか…。


いずれにせよ、あの頃、進む道、選べる道は数限りなくあったはずなのに私の選んだ道は何とも独特な場所に私を導いた。

 

後悔しているかと問われたら答えはノーである。いや、臨終の床でどう感じるかはまだ分からないが、少なくとも現段階ではちっとも後悔はない。トータルで楽しいことのほうが多かったのは確かだし文句を言ったらバチがあたると思う。

 

なんだかよく分からない自省録になってしまった。クリスマスというイベントはそんな振り返りをしてみるには良い機会なのかもしれない。

 

 

 

2025年12月3日水曜日

過去ネタ

 更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ載せます。ストレスは万病の元だから関わる人にはつくづく気をつけたいと思う。


愉快な人








2025年11月17日月曜日

コスプレで痴呆対策

 またまた更新できなかったので過去ネタを載せます。コスプレに関する話。これを書いた頃は何だか奥歯にものが挟まったよう書きぶりだが、今となってはソチラ方面にもちょっと詳しくなりつつある。


松下幸之助さんの「やってみなはれ精神」みたいなもので誰もが興味があれば隠さず楽しめばいいと思う。


誤解されそうだが、私がコスプレをするわけではない。フレンド達に無理やりヘンテコ衣装を渡して変身してもらうのが基本だ。


非日常的な時間の大事さは言うまでもない。そういう時に脳はやたらと動く。痴呆対策に有効だろう。どんなジャンルからのアプローチだろうと感性を刺激することは中高年にとって最優先事項だ。


と、自分のスットコドッコイな行いを正当化することばかり上手くなってきた今日この頃である。



コスプレの奥深さ