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2025年9月5日金曜日

三人旅、心模様


先日、娘と息子を連れて伊香保温泉に行ってきた。夕方以降は思ったより暑くなかったので案外快適な温泉旅になった。4月にも伊香保を訪れたのだが、その時は新型のモダン系の宿だったので、今回はレトロ感たっぷりの老舗宿にしてみた。

 

千明仁泉亭、「ちぎらじんせんてい」と読む。口コミが総じて良かったので選んだ。にごり湯としては都心から最も行きやすい伊香保には昔から何度も来ている。10軒ほどの宿に泊まった経験があるが、今回の宿はなかなか良かった。

 



 

温泉っぽい風情。意外にこの部分は大事だ。風情を味わうにはモダン宿より老舗宿に軍配が上がる。もちろん古めかしいだけで汚らしい宿は論外だ。その点、今回の宿はレトロ感を活かしながら必要なリノベーションはしっかり行われている印象だった。

 

娘と息子との3人旅だから旅情も何もあったものではないが、それでも非日常感の中で過ごすと弛緩できるから嬉しい。ダウン症の息子もいまや18歳の立派な?オトナだ。さほど手がかかることもない。いまや娘の止まらない無駄話に付き合うほうが体力を消耗しているかもしれない。

 

息子は母親と暮らしているから私との旅行は1年ぶりぐらいだ。普段、頻繁に遊んでやれない罪滅ぼしにヤツの楽しそうなことを優先して過ごした。無邪気に何でも喜んでくれるからこっちも嬉しくなる。

 

伊香保名物の石段もぶらぶらした。温泉の正しい過ごし方である射的にもトライした。息子もいっちょ前に景品をゲットしてニンマリである。ナゼか以前から射撃に興味津々の娘は上級者向けの射的にも挑戦し、息子の声援を受けてハッスルしていた。

 



随分と景品を入手したが、うまい棒や2秒で壊れそうなオモチャばかりである。射的屋を随分と儲けさせてしまった。老後は射的屋の主人になりたいと思ったが、温泉街の射的屋なんて利権だろうからそう簡単にその座を手に入れることは難しそうだ。

 

さて、温泉宿である。親子3人旅にとって良かったのは貸切風呂が45か所用意されていた点だ。それも予約不要でカギが開いていればいつでも入れる仕組み。おまけにすべて伊香保のウリである茶色いにごり湯がかけ流しされている。

 



 

部屋付き露天風呂を手配すると妙に宿代が高くなりがちだが、貸切風呂にわりと自由に入れるなら普通の部屋を予約して温泉三昧も悪くない。貸切風呂に行くたびに通る廊下もレトロ感たっぷりだったので温泉情緒に浸るためにもこういうパターンはアリだと感じた。

 





部屋は和洋室。古めかしいわけではなく、かといってモダン過ぎずなかなか快適だった。日常の暮らしで和室で過ごす機会がまったく無くなってしまった今の私にとっては時折出かける温泉宿の空間は畳があるだけでちょっと癒し効果がある。

 

食事は個室で用意された。わが家のダウンちゃんはいちいちそこら辺の人に手を振ったりして愛想を振り舞くので、同行者の立場としては個室のほうが気が休まる。彼自身も気が散らないで食事に専念できるから好都合だ。

 



 

夕飯は温泉旅館ならではの品数豊富なメニューだった。メインはすき焼きだったのだが、肉はすべて息子にあげてしまった。私もいっぱしの「人の親」である。

 

鮎の身も食べやすいところを息子に食べさせた。18歳の食べ盛りの男の子にとって鮎なんてどうでもいい食べ物の筆頭だろう。それでも親としては蓼酢をつけた鮎を味わってもらいたくなる。丁寧に骨を取り除いて食べさせた。親バカに徹した時間だった。

 

ダウン症の息子が生まれたときは混乱もしたし落胆や絶望感も味わった。あれからもうすぐ19年になる。過ぎてしまえばアッという間だった。この春に国立の支援学校の高等部を卒業して今は自宅近くの施設に通所しながら楽しく過ごしている。

 

幼稚園から通った支援学校では友達もできたし、優しい先生に随分と可愛がってもらった。親としても支援学校やその周辺で助けてくれた人たちの優しさや高邁な人間性に触れて随分と勉強になった。教えられることばかりだったと感じる。

 

正直、知能の面ではかなり劣っている息子だが、今の彼を見ていると「人としてのステージ」という点では親よりも兄弟よりも上に位置しているように感じる。

 

駄々をこねることもない、変な執着心や邪心も無い、意地悪な要素や腹黒い要素もまったく無い、争いごとが大嫌いで我を通すこともなく、穏やかな性格は常に安定している。私が咳ひとつするだけで心配してくれるし、幼い子供の無垢な心のままで成長してきた。場面場面で感心させられることばかりだ。

 

娘ともよく話すのだが、最近は彼のことを仏様みたいに感じることがある。大げさではなく時に拝みたくなる。人間が本来持っている「善」の部分ばかりが成長してきたような感じだ。ちょっと褒め過ぎだろうか。

 

何かとダメダメな私を少しでも真っ当な方向に導くためにどこかから派遣されてきたのかと思ってしまう。

 

生まれてすぐにダウン症という宣告を受けた時の気持ちは今でも覚えている。「もうこれからは空が青く見えることはないのか」とさえ感じた。いま、青空はすこぶる青く見える。あの時あんな感情になったことを息子に素直に詫びたい。

 

絶望って案外コロっと逆転するものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

2025年1月8日水曜日

マックだのイクラだの⋯

 

年末年始に1週間休んだからまだ気持ちがホゲホゲしている。若い頃のように正月を迎えることへのワクワク感など無くなったくせに、やはりこの時期はフヌケみたいな気持ちになってしまう。

 

大晦日から3日間、高齢の母親を預かったからその間は自分が80代になった時の予行演習のような時間を過ごした。ほぼ外には出ずダラダラとテレビを観て過ごした。

 



 ふるさと納税で取り寄せたアリバイみたい?なおせちは母親のためである。おせちが苦手な私はまとまった休みにはジャンクフードがやたらと食べたくなる。今回もマックの「罰当たり食い」に励んだりした。

 

ダブルチーズバーガーとフィレオフィッシュを合体させる「フィレオダブチ」はもちろん、他にも合体系を食べて悦に入る。エッグチーズバーガーとフィレオフィッシュを合体させた「フィレオエグチ」などは食べ応え抜群で良かった。

 


 

合体させる際には双方のバーガーのパンの片側を捨てちゃうわけだが、合体系じゃなくても私の悪いクセはバーガーのパンを平気で見捨てる罰当たりな食べ方をするところだ。

 

ビッグマックも上と下のパンを捨てて真ん中に挟まったパンだけを頼りに?頬張ると味がダイレクトに伝わってきて普通より美味しく感じる。もともとはダイエットの際に渋々パンを捨てていたのだが、今では色んな種類を味わいたいせいでパンを残しちゃう。実にヒドい食べ方だ。

 



さすがの私も残したパンを再利用しようと考えるのだが、結局は妙案が浮かばず廃棄してしまう。今年はパンケーキ風にアレンジするぐらいの創意工夫にトライしたい。

 

甘いものといえば、暇だったせいで何と自家製プリン作りにも挑戦してみた。ネットで見つけたレシピが超簡単だったのでその通りにやってみたら想像以上に簡単だった。

 

私はプリンのカラメル部分が嫌いだから“本体”しか作っていない。最近、カラメル部分のない“全プリン”をコンビニなどでも見かける。そっちのほうが断然好きだ。

 



で、上手にできたプリンだったが、レシピの想定がカラメルもセットにするやつだったせいか、本体だけだと何かが足りない。バニラエッセンスを入れるとか別の素材を活用するとか改善の余地はありそうだ。

 

それにしても作ってみて感じたのは、砂糖の莫大な量である。市販品と同レベルの甘さを出すにはビックリするぐらいの砂糖を投入する。コンビニスイーツの甘さを思い返すとアレを2つも3つも同時に食べちゃうことがある自分の身体が真面目に心配になった。

 

息子が遊びに来た時には彼のリクエストに答えてマグロ丼とイクラ丼を山盛りで食べさせた。ダウン症の息子は太りやすい体質もあってか母親と暮らす自宅では「普通の一人前」しか食べさせてもらえない日常を過ごしている。

 



甘甘父ちゃんである私の家に来た時はいつもドカ食いだ。マグロのほうはデリバリーで結構高価な本まぐろ丼を頼んだが、イクラ丼はふるさと納税の返礼品をドッサリ盛ってみた。これ以外に私が食べていた肉も随分と横取りしていたからヤツにとっては幸せな時間だったと思う。

 

前にこのブログでも書いたが「すき家」が期間限定で販売しているイクラ丼が気に入ったから、私自身も年末年始の休み期間は外に出るたびごとに食べていた感じだ。

 



ウーバーイーツだと「すき家のイクラ丼」はデリバリーの対象外である。店舗に行かないと食べられない。逆にそのおかげで「毎日毎日イクラ丼」みたいな生活にならずに済んでいるのかもしれない。

 

イクラ丼はメガ盛りを注文するのが王道だと思う。2千円ぐらいするドンブリ飯は牛丼屋という範疇で考えると妙に高い。でも、てんこ盛りになったイクラ丼という事実を冷静に見極めるとむしろ安いと思う。

 

「松屋」より「すき家」のイクラ丼のほうが断然美味しいので今の私の願いはこれが期間限定ではなく、通年の標準メニューになってほしいことだ。署名運動したいぐらいである。

 

なんだかオチもまとめもない話に終始してしまった。今年もこんな感じで気ままな日常が過ごせたらそれだけでハッピーだ。

 

 

 

 

 

 

 

2024年7月1日月曜日

父親という存在


ひょんなことから娘との同居を始めて2年が過ぎた。それまで10年ぐらい一人で気ままに暮らしていた私としては慣れるのに結構時間がかかった。今では何とか自然体で過ごしているが、娘のほうはいい気なもので始めから実にお気楽に過ごしている。

 

やはり男より女のほうが図々しいのだろうか。娘はこの春大学を卒業したのだが、大学院に進んだせいでいまだに学生である。学生イコール子供だ。まだまだ私の父親としてのモロモロは終わる気配がない。

 

子供はいつまでも親の前では子供だ。同居していると必然的に依存されまくる。家政婦さんが毎週来てくれるせいで家事はほぼやらない。最低限必要なものは父親がマメにネットスーパーで買う。娘からすれば極楽だろう。

 

大学に入って一人暮らしをしていた時は何かと家事にも励んだらしいが、今ではそんな能力も退化したようだ。私としては同居することが逆に娘をスポイルする結果になっていることが心配だ。

 

離婚して十数年が経つ。家庭は離脱したが父親という立場については我ながら結構頑張ってきたと思う。さすがに60歳近くになってきたからそろそろ終わらせて欲しいのだが、きっと死ぬまでこのポジションは変わらないのだろう。

 

いい父親だったかと問われれば答えは「ノー」である。離婚を選んだ時点でそんな評価の対象外になったのは間違いない。それでも「離婚したけど」という条件付きであれば私は結構いい父親をやってきたと思う。

 

世の中には離婚したあとに子供と接点がなくなってしまう父親は多い。離婚とはあくまで夫と妻が切れることである。子供との関係を断つ意味ではない。私自身、離婚した当時は娘に必死に親子は親子だといい続けてマメに一緒に過ごした。

 

それでも幼かった娘からすれば「自分を置いて出ていった人」という印象は避けられなかったようだ。最近になって娘から聞かされたのだが、離婚後しばらく経ってからは「親戚のおじさんみたいな感覚」で私を認識していたそうだ。それが現実なんだろう。

 

まだ小さかった娘を毎朝バス停まで送っていった話をこのブログで書いたことがある。もう15年も前に書いた話だ。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2009/02/blog-post_17.html

 

毎朝7時にほんの10分の散歩である。でも今の私にやれと言われてもおそらく無理だろう。読み返してみて自分がビギナーパパとして奮闘していた当時を懐かしく思い出す。

 

そんな距離感で毎日を過ごしていたわけだから、その後、家を出ていってしまったことは娘にとって大事件だったはずだ。親戚のおじさん“に格下げされても仕方ない。

 

とはいえ、一緒に住み続けていても娘の成長とともにきっと距離感は変わったはずだ。おそらく会話も減っていっただろう。それでも娘が幼い時代に徹底して全神経を娘に向けて過ごした事実は厳然たる事実である。自分なりに「父親を頑張った」感は一応はある。私の人生における大きなトピックである。

 

娘がいっぱしの歳になった今もとりあえず父親として依存されている現実を考えたら、満点ではなくても合格点をもらえる程度には父親を頑張ってきたと思いたいところだ。

 

これも15年以上前に書いたものだが、一応は自分らしい父親像も持っていたつもりだ。向田邦子の名作「父の詫び状」に出てくるような父親像とは程遠かったものの私なりに一生懸命向き合っていた。

 https://fugoh-kisya.blogspot.com/2008/12/blog-post_16.html

 

娘と6歳違いのダウン症の長男は母親と同居していることもあって私とは娘ほど濃い時間を過ごしていない。ちょっと気の毒だが、幸か不幸かヤツは知能的にまだ小学生ぐらいのレベルだから高校3年になった今も会うたびに幼な子のように私を慕ってくれる。

 

ピトっと私にくっついて満足そうにしている姿は子どもたちが3歳や5歳ぐらいだった昔を思い起こさせてくれる。さすがに今は自分で何でもできるのだが、私と一緒に風呂に入った後は小さい子供のように私に身体を拭かせるしドライヤーも私にやらせる。

 

「自分でやれボケ」とか言いながら、甘えてくる息子が可愛いからついつい幼稚園児を相手にするかのように親バカ丸出しで何でも手伝ってしまう。でも無垢そのものの息子の笑顔を見るとそんな瞬間も案外悪くないと思う。

 

幼い子供という生き物は、思惑も駆け引きもあざとさのカケラもなく100%の信頼と依存心で親に向き合ってくる。生まれてから5年ぐらいはそんな感じだろう。過ぎてしまえばそんなふうに接してくれた時間は一瞬だったと痛感する。いわば親冥利?に尽きる時間なんてほんのわずかだということ。

 

そう考えると時々ウチに遊びに来てとことん私に甘える息子の姿は、一瞬で終わってしまった幼な子の親だったという貴重な時間を甦らせてくれる。自分の人生において他の何事にも変えられない貴重な時間を忘れないでいられる効果がある。実に意義深い時間だと感じる。

 

子育て前半のバタバタ、てんやわんやの数年は単純に大変だ。でも過ぎてしまえば一瞬だ。おまけにそんな数年が後になってみれば実に愛おしい時間だったと感じるはずだ。

 

いま子育て真っ最中の人やこれから子供を授かる人には理解しにくい話かもしれないが、世の中のオッサンオバハンたちの多くがきっとこの話にはうなずくと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2023年1月6日金曜日

閲覧数トップ10


ブログの閲覧数を増やすには固有名詞付きの時事ネタを書き続けるのがコツのようだが、このブログはもはや個人の日記に近い内容だ。なかなかそんなセオリーは気にしていられない。

 

だいたい、今はツイッターやインスタが主流で短文が世の中の基本みたいになっている。動画ですら今は短さが勝負みたいだ。何だかせわしない話だと思う。

 

このブログはそうした時代の潮流に逆行している作りだから時代遅れもいいところである。そんな長文に付き合っていただけることは実に嬉しいことだ。

  

というわけで、毎年恒例、前年1年間の当ブログ閲覧数のベスト10を紹介したい。

 

 

1位 香川照之騒動に思う

 昨年のダントツトップは香川輝之ネタだ。いま考えてもちょっと大袈裟な騒ぎだったと思う。徐々に復活してもらうことを願うばかりだ。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/09/blog-post.html

 

 2位 性加害という言葉

 これまた香川君ネタ。時代と共に価値観や言葉の使われ方が変わってきたことを痛感する。なんとなく窮屈な空気が広まっていることがイヤだ。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/08/blog-post_29.html

  

3位 銀座の同伴

 続いては根強い愛読者?がいる銀座ネタ。コロナ禍を乗り切って生き残った店が奮戦しているのは経済や文化面にとっても良いことだと思う。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/06/blog-post_22.html

  

4位 オミクロンだったかな

 こちらは昨年前半にどうやら自身2度目の感染っぽい状態になった話。面倒だから医療機関の検査は省略したものの一種のノウハウを書いたせいで視聴数が伸びたみたいだ。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/01/blog-post_28.html

  

5位 靴と色気

 このブログで根強い人気があるのが靴のネタだ。過去掲載分の中でも視聴数が伸びがちなのが靴に関する話。趣味性が強い話は覗きに来てくれる人が多い。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/04/blog-post_25.html

 

6位 空の青さ

 こちらはダウン症の息子に関する話。このテーマも読んでくれる人が多い。過去掲載分も根強く閲覧されており私のちょっと投げやり?みたいなホンネがどのように受け止められているのかちょっと心配。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/04/blog-post.html

 

 7位 放浪生活、共同生活

 これはナゼ閲覧数が多かったか不明。昨年4月に娘と同居を始めたのだが、ようやく私の変な気負いも無くなってきた今日この頃である。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/03/blog-post_11.html

 

 8位 匂わせ

 インスタの普及も影響しているのかもしれないがセクシー系やヘンテコ系の画像を載せると視聴数が増える傾向にある。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/03/blog-post_25.html

 

 9位 クルマ遍歴

こういう趣味性の強い話はやはり覗いてくれる人が増える。クルマの固有名詞がいっぱい出てくるので上位に入るのも自然な流れなんだと思う。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/08/blog-post_19.html

 

 10位 痩せてしまった

 これまた多くの人に読まれたことが謎だ。とくにトピックはない。この話の後、結局7キロも痩せたのだが、その後は順調にデブ化して今は減量分もほぼ戻ってしまった。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/04/blog-post_15.html

  

というわけで脈略のない話ばかりである。私にとって思い入れの強い我がオジサマバンドの話は上位に来ることがない。他にもハレンチ系のネタのほうが真面目な話よりも閲覧数は多い。そんなものだろう。

 

一つのテーマを掘り下げるブログと違って話題がとっ散らかるのがこのブログの特徴だ。今年はどんなテーマを書き殴っていくことになるのだろうか。年末に結果を見るのが楽しみである。

 

今年もよろしくお願いいたします。





 

 

 

 

 

 

 

2022年11月9日水曜日

障害児の父親

 

このところ息子に癒やされる場面が増えている。ダウン症児として生まれてから早16年近くが経つ。いっぱしの高校生である。肉体的には視力以外にとくに持病は無く元気に育ってくれたが知育面はサッパリだ。読み書きが出来ないから何かと不便である。

 

息子の話は折に触れてこのブログでも書いてきた。いま思うと以前は少し力んだような書きぶりにも見える。

 

わが家のダウン症

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/02/blog-post.html

 

ダウンちゃん、中学生になる

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2019/04/blog-post_12.html

  

時間とともに息子との関わりは“未知との遭遇”から“普通の日常”に変わってきた。障害児を持つ親として、もっと啓蒙みたいな話を展開したほうがいいのかもしれないが、何だかそれも違うような気もする。

 

つくづく時間という「薬」の効能を痛感する。16年前に息子がダウン症だと宣告された時の衝撃の大きさは私の人生の中でもメガトン級だった。その後、いろんな葛藤もあったが今では彼の存在は私の人生に欠かせない。会えば癒やしをもらえる。私にとってはホトケ様みたいなものだ。

 

口の中の構造上の問題で話し方はたどたどしいが、コミュニケーションは普通にとれている。というか、会うたびにこっちの体調を心配してくれるような気配り上手に育ってくれた。父親、母親、姉と比べても心の安定感や穏やかさは一番である。

 

よこしまな気持ち、狡猾さ、あざとさ、計算高さといった要素がまるでない。一緒に時間を過ごすと不思議とホンワカと平穏な気持ちになる。

 

喜怒哀楽の喜と楽が彼の大半。哀と怒はほぼない。あってもすぐに消える。争いごとが嫌いで学校でも揉め事があれば仲裁役になり、収まらない時には教室から出て行ってしまうらしい。

 

競う意識、戦う意識も無いみたいだ。欲も不平不満もすぐに引っ込める。これまでダダをこねられたことが一度も無かったのは今思えば凄いことだと思う。

 

変な執着心がないというか、一種の達観みたいにあるがままを受け入れる。ハンバーグが食べたいという彼の強い希望を無視して回転寿司屋に行っても嬉しそうにその場を楽しむ。例えがヘンテコですいません。

 


 

先日、娘と3人で回転寿司に行った時の画像だ。とにかくよく食べる。高校生男子だから当然といえば当然だ。普段は母親が肥満防止のために食べる量をしっかり管理しているが、私と会っている時は別である。月に3回ぐらいしか会っていないのでここぞとばかりに食べさせる。

 

ここでも、やれトロが食べたいとかイクラをもっとくれみたいなことは言わない。彼にも好みはちゃんとあるのだが、私が勧めるものを楽しそうに文句も言わずバクバク食べる。

 

息子は私と会うと散歩をせがむ。いつも1時間は黙々と歩く。一緒に鼻歌を歌いながらアテもなく歩く。私にとっても気持ちの良い時間だ。


先日は上野動物園にも行ってみた。普通の高校生なら行きそうにないが、そこは我がホトケ様ちゃんである。楽しそうにしていた。大人目線ではデッカい動物を見たくなるが、彼は変な小さな猿やフラミンゴなどをじっと観察していた。感性が私とは違うみたいだ。




最近の散歩ではなぜか新幹線に突然乗るハメになったこともある。八重洲エリアを散歩した際に乗りたいと言い出した。甘甘父ちゃんとしては断るのも可哀想だから、こだまに乗って小田原まで単純往復をしてきた。

 

息子は車窓から外を見てゴキゲンである。娘とは海外旅行に行ったりさんざんウマいものを食べ歩いたりしてきたが、息子とはいつも散歩するぐらいである。不公平だからたまには息子サービスの時間も必要である。


小田原まで40分弱ぐらいだったか。着いたらすぐに戻りの電車のキップを買って20分後には駅弁を買って東京行きのこだまに乗り込む。ヘンテコなプチ旅行だが案外楽しかった。

 




わが家に遊びに来ることも多いが、こちらのエリアで息子が大喜びするのが隅田川のクルーズだ。いつだったか隅田川沿いの遊歩道を二人で散歩していたらたまたま聖路加病院そばの船着き場に定期船が来たので“衝動乗り”して竹芝の方までちょろっと船移動した。

 

つかの間の船の時間と下船後にゆりかもめで戻ってきた“ぶらり途中下車の旅”みたいな時間だった。息子にとっては一大トピックスだったみたいだ。学校でもこの日のことをその後しばらく話し続けていたらしい。

  

その後も船のリクエストに何度か応えた。おかげで私もすっかり隅田川にかかる橋の順番や名前をだいぶ把握することが出来た。

 



こう書いてみるとさんざん息子を相手に良いパパをやっているように読めてしまうが、10年前に離婚して以来、息子と会うのはせいぜい月に3回ぐらいだからエラそうなことは言えない。

 

でも変な話だが“頑張りすぎる父親”の残念な話を何度も聞いてきたからそれはそれで良いと肯定している。障害児を持った家庭にありがちな話なのだが、子供のことで一生懸命になり過ぎて無理がたたって早く亡くなってしまう父親は少なくない。

 

ちょっと分かる気がする。母親より父親のほうが確実に弱い。もともと男の方が寿命が短いのに加えて予想外の「障害児の父親」という役割が肉体的にも精神的にも何かの歯車を狂わせてしまうのだろう。

 

私自身が見聞きしてきたケースでも早逝するのは“頑張りすぎた父親”ばかりだった。母性という強さには太刀打ちできない男のサガみたいなものだと思う。

 

私などは頑張りたいと思ったところで月に何度かしか会わないからたかが知れている。息子の登場で私の人生に大きな狂いがあったわけでもない。こんなヌルい状態ではさっさとヘタバっているわけにはいかない。

 

自分勝手な解釈だが、頑張りすぎて早くいなくなってしまうより、細く長く息子の散歩に付き合ってやるのは大いに意味があると思っている。

 

まあ、あーこーだ書いてみたが、少なくとも今の私は生きボトケ?のような息子の空気感にホッコリさせられる。こっちのほうが功徳を施してもらっているような気がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年8月10日水曜日

ダウン症の息子に学ぶ


毎年恒例の「元家族旅行」で草津に行ってきた。離婚して10年ほどが経つがダウン症の息子が一種の“かすがい”になっているせいで春と夏に4人で旅行をするのが習慣になっている。

 


 

ハタからみれば不思議な形なのだろうが、長く続けてくるとそれはそれで普通の日常だ。高校生になった息子はスネ毛がすっかり濃くなったものの頭の中は小学生レベルだ。相変わらず無邪気で可愛いい。

 

有難いことにパパ大好き状態はますます過熱気味で私の周りに常にまとわりつく。それこそすり寄ってきてニタニタするからボーイズラブ?もびっくりの光景が展開される。

 

私も普段一緒に暮らしていないから甘甘父ちゃんモードが爆発する。結果、息子はまた私にベッタリという循環になってしまう。いつまでも幼稚園児みたいにまとわりついてくるので将来がちょっと心配だ。

 

草津温泉は半世紀近く前からちょくちょく出かけている。実家の持つ別荘マンションがある関係でアウェー感ナシにのんびり過ごせる。いつもマンションの母体であるリゾートホテルの2ベッドルームの部屋を取って過ごす。

 


 

リゾートホテルといっても半世紀前と同じ建物だからわりとオンボロで昭和感ぶりぶりである。まあ、それはそれで元家族旅行という気兼ねのいらない時間にはちょうどいい。

 

別荘マンションは部屋が狭いから温泉大浴場だけ利用するぐらいである。草津の湯は泉質では日本一だと思うし、何より夏の涼しさは特筆ものだ。避暑地として実に快適な場所だ。

 

今回も晴れて暑い時でも25℃、夜は18℃という長袖必須の快適さだった。冷房なしで23日を過ごしただけで身体がリフレッシュした感じだった。

 

温泉地であり旅館が中心のエリアだから食事場所にちょっと困るのが難点である。知る人ぞ知るウマい洋食レストラン「どんぐり」は夜は営業しなくなっただけでなく、今回の滞在中は昼も休業で途方に暮れた。

 

温泉街の中心地である湯畑の近くにある中華料理の「龍燕」もまっとうな食事を食べられる店だが、こちらも大混雑で何とか一泊目の夜に入れた。

 



 

2泊目の夜は夕食難民になるのも覚悟していた。どうでもいい定食屋のソースカツ丼でも食べて過ごそうかと思ったが、蕎麦の人気店「三国屋」が新たに作った和牛ビストロの情報をネットで入手して出かけてみた。

 

草津には似合わないモダンな造りの洒落た店だった。メニューも豊富で酒飲みにも有難い一品が揃っている。肝心の肉料理がかなり美味しかった。アタリである。4人でステーキなどをぶりぶり注文してバクバク食べる。息子は妙に嬉しそうに際限なく肉を頬張っていた。

 


 

今回の旅で改めて感じたのは息子の持つ不思議な力である。そう書くとスピリチュアルみたいな感じだが、そんな大層な話ではない。

 

ダウン症の子供が持つ天性の大らかさというか、温和でユルい感じの空気感が邪念タップリに生きている私にとってはとても神々しく?感じられた。

 

幼い子供が持つ素直で無垢な純粋さ、無邪気さが高校生になっても消えずに逆に本人の個性として強まっている。泰然自若というと少し違うのだが、気持ちの安定感みたいな部分が親兄弟よりもはるかにマトモな感じだ。

 

喜怒哀楽は素直に表現するが柔和な様子は常に一定。駄々をこねることもなく何かに執着もせず、叱られたりイヤなことがあっても切り替えが早く、必要以上に自我を通さず、その場の状況をあらがわずに受け入れる。

 




おまけに周りへの目配りもなかなかのもので、私が雨に少し濡れた時も自分のハンカチを出して拭いてくれる。これみよがしではなくこっちが気付かないぐらいの感じでそれをやるわけだから親バカながら感心してしまった。

 

褒められたいとか良いコぶりっこみたいな邪心があればこっちだって分かるが、そうではなくごく自然に行動している点に驚かされた。

 

ダウン症の子供は時に天使という言葉で表現される。私自身、息子がダウン症だと知らされた直後にずいぶん聞かされたが、正直まったくそうは思えなかった。逆に腹立たしかった記憶がある。

 

絶望的な気分になって途方に暮れていた時だから天使などと聞いてもウザったい奇麗事にしか思えなかった。息子には申しわけないが天使ではなく悪魔の間違いだろうなどとヒドいことを思ったりもした。

 

あれから15年以上が過ぎて成長した息子をみるとヤツが生まれてきた意味みたいなものが少しは分かった気がする。見た目が見た目?だからちっとも天使だとは思わないが、私から見ればアイツはホトケ様みたいな存在である。

 

もちろん、親だから子を可愛く思うのは当然だ。私も人並みに子煩悩だから自分を慕ってくれる我が子はとても可愛く思う。そういう当然の感情とは別のある意味で畏敬の念みたいな不思議な気持ちになる瞬間がダウン症の息子にはある。こればかりは不思議な感覚としか言いようがない。

 



高校生にもなってシャボン玉に喜び、散歩する際は荷物もないのにカートを転がしながら歩き、ナゼかウルトラセブンのテーマ曲ばかり聴きたがり、やっつけ仕事みたいなラーメンだろうとウマいウマいと夢中になって食べる天真爛漫な息子を見ていると、日頃の自分の行動を反省したくなる。

 

人様の目を必要以上に意識して格好や体裁ばかり気にする。素直な気持ちに蓋をして気取った言動に終始する。細かいことに固執し意味もない意地や我を通そうとする。考えてみればすべてが息子とは真逆である。

 

息子に比べれば、読み書きが達者で計算も出来てちょっとは稼ぐことも出来ていろんな知識だって豊富な私だが、人としての根っこの部分ではアイツに負けているような気がする。

 

まだまだ修行が足りない。いろいろ学ぼうと思う。

 

 

 

 

 

2022年4月1日金曜日

空の青さ

 

先週末、箱根の仙石原に行ってきた。毎年恒例行事になっている元家族旅行である。宿はいつも利用している「箱根翡翠」。

 


 

ここは一般でも予約できるが一般予約だと妙に高い。とはいえ、もともと会員制リゾートホテルだから会員の宿泊利用券があれば格安で泊まれる。

 

大浴場にはにごり湯の露天風呂もあるし、部屋にある露天風呂にも温泉が引かれているからノンビリ過ごすには穴場だ。

 

節約のため?に夕飯はいつもホテルでは食べずに近くの餃子屋で済ませる。これが結構楽しい。いろんな種類の餃子を山ほど注文して生ビールと一緒に楽しむ。食べ盛りの子供がいるわけだからこれが正解だろう。

 

ダウン症の息子はこの春中学を卒業した。義務教育終了である。健康体で元気バリバリなのだが、知能的には幼稚園児レベルである。高校に行かせるかどうか悩んだこともあったが、本人が学校が好きだと言うので4月から支援学校の高等部に行くことになった。

 

息子は一年中「箱根に行こう!」とせがむほどこの旅行が大好きで、行きのクルマの中から既にハイテンションである。カーオーディオをコントロールするアレクサに勝手に語りかけて自分が聴きたい音楽を呼び出しちゃうのが迷惑なのだがヤツが主役の旅である。仕方なく我慢する。

 

ダウン症の子の特徴は何といってもおおらかさだろう。息子も元来のひょうきん者で穏やかな性格もあって生まれてからずっと親身になってくれる先生や支援者に恵まれてきた。親バカみたいな書き方になってしまうが、人に好かれる才能は彼の天性のものだと感じる。

 

普段一緒に暮らしていないから旅行中は私にベッタリである。私より濃いスネ毛を持つ息子にベタベタされるのはビミョーだが、無垢な心で絶対的信頼感を持って接してもらえることは幸せなことだ。

 

邪心もアザとさもまったく無い息子からは人間の本質みたいなことを学ばせてもらえる。半世紀以上生きてきてすっかり汚染された私の心は彼と過ごすことで随分と浄化されている。

 

体力的にキツくなってきたが息子と過ごす時間はなるべく彼の好きなようにさせる。大浴場でも人目が無ければ幼稚園児と遊ぶような感じでバチャバチャと騒ぐし、背中に乗せて泳ぐような格好で浴槽内をウロウロする。この時とばかりシャンプーだって丁寧にやってあげる。

 

もう高校生になるからあまり子供扱いするのは教育上良くないのだが、彼にとっての一大イベントであるこの日ばかりは母親に文句言われるぐらい甘やかしてしまう。

 


 

朝食は娘と元嫁がホテルのレストランで洒落たパンケーキを楽しむ一方で我ら男子チームは部屋のテラスでカップ麺やコンビニのおにぎりを頬張って過ごす。こういう時間もなかなか良い。

 

私も息子もパンケーキを食べるより「どん兵衛」をすすっているほうが幸せなタイプだ。息子の食べ過ぎを注意しがちな母親の居ぬ間に私の分までガツガツ食べる息子の嬉しそうな様子に甘甘父ちゃんとして目を細める。

 

ヤツが小太りになってきているのは私のせいかもしれない。それはそれで問題だが、ついつい甘やかしてしまう。つくづく父親としてはダメダメだと思う。必要な場面では厳しく接することこそ教育なのだろうが、私にはその才能が欠落している。

 

天気も良かったので御殿場のアウトレットの広大な敷地を歩き回ったり芦ノ湖にも足を伸ばしたりした。芦ノ湖では遊覧船にも乗った。

 

遊覧船でクルーズといったベタな観光を毛嫌いしがちな私だが、喜ぶ息子と一緒だと結構楽しい。海賊船の船長にでもなったつもりの息子に付き合いながら私もちょっとハシャいでしまった。

 



 ダウン症の子を授かって早15年が過ぎた。過ぎてしまえばアッという間だったが、その事実を知らされた時の衝撃は今も鮮明に覚えている。暗澹たる気持ちになってこの先は空の色が青く見えることはないのだろうと勝手に思い込んだほどだ。

 

でも15年経ったいま、晴れた日の空は普通に青く美しく見える。


それで充分だと思う。





 

 

 

 

2021年8月16日月曜日

親バカの話

 このところ頻繁に子供たちに会っている。これって幸せなことだ。ダウン症の息子はともかく、二十歳になった娘も私に対しては反抗期もなく育ってくれた。


かなりの甘甘父ちゃんとして過ごしてきた成果?なのか、たまたま運が良かったのかはよく分からない。私が憧れた昭和の父親像のような威厳みたいな雰囲気はカケラも作り出すことができなかったが、いまさらそんな路線は似合わないし結果オーライである。


先日、夏恒例の”元家族旅行”に行ってきた。箱根・仙石原にある東急ハーベスト系の「翡翠」に2泊の小旅行だが、ちゃんとした父みたいな顔で過ごしてきた。




ダウン症の息子はもう14歳になるが、まだまだ無垢なままである。私より濃いスネ毛を誇示する癖に幼子のような面があって親をほっこりさせてくれる。いまだにシャボン玉ですら真剣に堪能するあたりが何とも面白い。


私自身、純粋さをいつまでも忘れないようにしたいなどと考えているが、ヤツの純粋さには逆立ちしても敵わない。発達の遅さを嘆くこともあるが、それよりも純粋さに時にハッとさせられることが増えた。しょっちゅう何かを教えられたような気分になる。


箱根も東京と変わらない暑さだろうと思っていたが、仙石原あたりはかなり涼しく、夕暮れに息子とハードな散歩に出かけた際も案外気持ちよく歩き回れた。蝉時雨の中をあてもなく散歩できたからよいリフレッシュになった。




部屋付きの露天風呂をぬるめの温度にして息子と一緒に遊んだ。風呂で遊ぶおもちゃまで買い込んで出かけたのは正解だった。水鉄砲で風車を回したり実にベタな遊びに精を出してみた。意外に楽しかったのでこっそりウチでも一人でやろうかと考えている。


別な日、娘がわが家に遊びに来た際に夕飯を作ってくれた。子供に食事を作ってもらったのは人生初である。ちゃっちゃと作ってくれたのは「そぼろ丼」だ。





大げさに手の込んだ料理をいくつも作ってもらうよりも、一人暮らしを始めた娘がしっかり自立し始めていることを感じられるような日常食だったので、こちらも構えることなく普通のノリで普通の顔をしてウマいウマいと食べた。でも心の中は嬉しさで涙チョチョギレ様態だった。


私の感覚では割と最近?まで私に肩車をされて喜んでいた娘である。手慣れた感じでささっと食事を作ってくれたわけだからそれだけで感激である。親バカ丸出しだが、親バカになれること自体が私には幸せだ。


なんだか単なる親バカ話になってしまった。いろいろと心情を書き連ねたらキリがないほど書いてしまいそうだから適当にしておく。


気が狂いそうに暑い日ばかりで、おまけにコロナは一向に収束する気配がない何ともやりきれない日常が続いている。嘆き節しか出てこないような日々だが、個人的には子供たちのおかげで救われている。




2020年12月23日水曜日

ダウンちゃん ドカ食い

以前は娘と息子とセットで会う機会が多かったが、娘が一人暮らしを始めたことで、息子と二人だけで会うことが増えた。

 

ダウン症の彼はアッという間に大きくなって来年は中学3年生になる。いよいよ義務教育も終盤戦だ。

 

今日は久しぶりにウチのダウンちゃんの話を書こうと思う。

 

息子が小さい頃は、今とは違う葛藤が私の中にもあったのでこのブログでも随分と障害児の話題に触れていた。

 

ただ、何度書いても繰り返しのような話になってしまうので最近はあまり書いてこなかった。

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2018/05/blog-post_16.html

 

ある意味、ネタ切れ?みたいなものだが、10年ぐらい前よりも、ある種の達観が強まったのだろう。

 

息子の話題になると、どうしたって「障害児問題」みたいな方向に話が行きがちだ。別に大袈裟に論陣を張るつもりはないのだが、ついついそんなノリになってしまう。

 

そういう路線の話になってしまうこと自体が息子を特別視しているような感じがして、ことさら彼の話を書くことに居心地の悪さも感じていた。

 

私自身、実際に以前のほうが彼を特別視していたのだろう。今のほうがきっと「普通」である。


普通だ特別だという表現自体が親としてヘンテコだが、さすがに健常児というワクではないからある程度は仕方がない。

 



 

小学校に入ったのがつい最近だった気がするから時の流れは速い。よくしゃべるのだが、残念なことに彼は言葉の発声能力が低いから親の私でも34割ぐらいしか聞き取れない。

 

数の概念や文字の学習能力も全然ダメだ。学校も母親もいろんな角度から相当あれこれとトライしたが、どうしても身につかない。

 

同級生のダウンちゃん達よりも学習能力がまるで足りないから学校生活はなかなか厳しいみたいだ。

 

それでも支援学校の先生達は息子の大らかで穏やかな人間性を評価してくれて、他の生徒とは違うアプローチで彼を指導してくれる。実に有難い話だ。

 

時々ふと思うのだが、離婚という選択をせずに彼のそばで私もサポートをしていたら、彼の学習能力は今よりほんの少しはマシだったのだろうか。。

 

鬱々とそんなことを考えるのだが、それはそれで自意識過剰気味の発想かもしれないし、いまさらムニュムニュと思い悩んでも仕方がない話だ。

 

可愛かったアイツも今では結構巨大になり、私のお下がりの服もモノによってはゆったり着こなしてしまう。

 



上の画像と比べると別人だ。まあとにかくよく食べる。私だって中学生の頃は常に空腹だったから当然といえば当然だ。

 

この画像はウチでスペシャル冷やし中華を食べさせた時のもの。私に似て彼は冬でも冷やし中華を食べたがる。

 

ウチに来るたびいつも食べたいものを何度も尋ねてみるのだが、いつも必ず「冷たいラーメン」と強硬に主張する。

 

画像は、麺を2玉、そこに特盛りの牛皿をトッピングして、サイドにセブンの「金のハンバーグ」である。

 

野菜っぽいものはゼロ。彩りもまるで無し。超絶的な手抜きだが、中学生はこういうものが大好きだ。彼もウキウキしながら瞬時に食べきる。

 

ダウンちゃんは肥満になりやすい傾向もあるので、母親はいつも食べさせる量に気を遣っている。だから彼は自宅でドカ食いをする機会が少ない。

 

甘甘父ちゃんである私は、彼がウチに遊び来るたびにドカ食いを放置してしまう。いや、すすんでドカ食いをさせてしまう。ダメパパである。

 

健康に良くないのは分かるが、彼の境遇を思うと、つい好き勝手に飲み食いぐらいさせてやろうと思ってしまう。

 

自分が中学生の頃を思えば、野球部の練習に励んだり、悪友達と喫茶店をハシゴしたり、時には女の子達とチャラチャラ遊んだり、あれこれと忙しくしていた。

 

もっといえば、エロ本にドキドキしたり、着るものにこだわり始めたり、お気に入りのスニーカーを探し歩いたり、イタズラ心で酒やタバコにも手を出していた。

 

ダウン症の我が息子にはそういう楽しみがない。実に気の毒?である。だからついつい不憫に思って甘やかしてしまう。

 

もっともらしい言い訳だが、こういう考えかた自体が間違いとも言える。不憫に感じるのは、私が自分の中学生時代を基準に彼のことを考えているからだ。比較すること自体がこっち側の価値観に囚われている証だ。

 

この時点で、私にとっての「普通」を押しつけているわけで、彼には彼の「普通」がある。息子なりの楽しみや世界観があるという大前提をないがしろにしている。

 

彼はお気に入りの音楽に合わせて踊ったり歌ったり、DSを器用にイジりながらゲームに没頭したり、子供だまし?みたいなオモチャ照明に長々と見入っていることが純粋に好きだ。

 



 

タバコをくわえてカッコつけたいとか、樽酒を味わってみたいとか、風俗に行ってみたいという感覚は無い。いや、聞いたことがないから分からないが、風俗は行きたいかも知れない…。


いかんいかん、話がそれそうだ。

 

いわば不憫に思っているうちは、まだまだ私が彼に対する理解を深めていないのかも知れない。

 

そんな甘甘でダメな父親だから、彼に会うたび、彼の穏やかで幸せそうな表情からいろんなことを教えてもらう。

 

いつも何かに満たされないような、何かが足りないような感覚で生きている俗物的凡人である私からすれば、息子が持ち合わせている鷹揚な空気感や裏表の無い純粋さ、感情表現の誠実さにハっとさせられることは多い。

 

障害児をめぐっては、存在意義などという実に不快な言葉が使われることがある。それが一般社会の現実であることは確かだ。ハタからみればそういう言葉を使う気持ちも分からなくはない。

 

でも、家族という社会の中の最低単位の中で身近に接してみれば、存在意義などという言葉がいかに陳腐で無意味なものかを痛感する。

 

使命だ、役割だなどと大袈裟に強調するつもりはないが、読み書きもロクに出来ない我が息子だって周りの人にさまざまな影響を与えてくれる希有な存在だ。

 

座敷わらしや福助伝説と同じである。お化けと一緒にしては息子に叱られそうだが、間違いなく彼は彼の“仕事”をこなすために生まれてきたのだと思う。

 



 

少し前、ウチに遊びに来たときに散歩の途中で通りすがった水上バスに乗せる機会があった。

 

心の底から嬉しそうにハシャいだ彼の笑顔を見ているうちに私のほうがやたらと愉快な気持ちになった。

 

彼はその後、会う人会う人すべてに私と船に乗った話を自慢するらしい。父親の面目躍如である。

 

今日は何が書きたいか分からないままダラダラと長くなってしまった。


どうしたって親は先に死んでしまう。ちょっと変わった我が子の行末が心配だが、子どもの将来を不安に思うのは子どもが健常であっても同じだ。


それなりに先の手立てを整えることしか出来ないし、あまり考えたところでキリがない。彼のこれからの成長に応じていろんな可能性を検討することになる。


とりあえず私もまだ元気だから、彼が愉快な表情になれる場面をたくさん作ってやろうと思う。



2020年11月20日金曜日

変なヤツ

 


街がキラキラし始めると今年も後半戦突入を実感する。誰にとっても何だか厄介でヘンテコな1年だったはずだ。

 

ヘンテコといえば、私の日常もヘンテコである。ヘンテコというかポンコツと表現したほうが正しそうだ。

 

先日、またもやコインパーキングに車を駐めていたこと忘れるという失態を犯した。またもやというのは、昨年暮れにも同じミスをしているからだ。

 

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2019/12/4.html

 

1年も経っていないのにヒドい話である。大真面目に脳の検査を受けたほうがいいかもしれない。

 

今回は日曜の夜にコインパーキングに駐めて、気づいたのが火曜の午前中だった。損害は昨年ほどではなかったが、問題なのはクルマを出し忘れている渦中の月曜の行動である。

 

月曜の夕方に会った人といろんなバカ話をしたのだが、中でも熱く語っていたのが、昨年の「クルマ忘れちゃった事件」の話である。

 

得意になって我がバカ話を面白おかしく語っていたまさにその瞬間も私は再度「クルマ忘れちゃった事件」を繰り返していたわけだ。

 



 

火曜に気付いた時の私の超絶的自己嫌悪感は半世紀以上の人生の中でもトップクラスだった。

 

さすがにボケちゃう年齢ではないので、やはり日々の暮らしに緊張感が欠如しているのだろう。1年ぐらい経ったら反省したことも忘れて3度目の失態を繰り返しそうで心配だ。

 

話は変わる。わがヘンテコな日常の中でいま私をもっとも悩ましているのが「柔軟剤問題」である

 

レノアの最高傑作といわれる「オードリュクス・イノセント」を愛用していたのだが、いつの頃からかネットで買う際の値段が高騰していた。

 

バカみたいな値段になってもバカみたいな私は平気で買っていたのだが、さすがにバカである。

 



 

どうやらモデルチェンジ?して後継商品に変わったら香りが変わってしまい、以前のバージョンの在庫品が高値で取引されるようになったらしい。

 

多少の値上がりなら富豪を目指す身としては気にならないが、さすがに通常の5倍、10倍ぐらいの商品を買わされると、さすがに負けた気がする。

 

で、好みの柔軟剤を探してジプシー状態になりつつある。柔軟剤を気にする中年男なんて何となくブキミだが、日々、タオルや肌着からほんのり香るわけだから案外大事である。

 

嫌いな香りだと結構ストレスを感じる。レノアの後継商品を試したのだが、凄く気に入らなかったのですぐに捨てたほどだ。

 



 

というわけで、ネットのクチコミなどを大真面目に調査してバニラ、ココナッツ系の香りがしそうな柔軟剤をいくつか試している。まだお気に入りは見つからない。

 

また話は変わる。

 

最近、息子がわが家に遊びに来ると、色が変わる照明をやたらと面白がって操作している。ダウン症の息子は気に入ったことはやたらと集中して延々と楽しむ傾向がある。

 

寝室を真っ暗にして青、赤、緑などライトの色を切り替えながら楽しそうに歌っている時間が多い。私も付き合って色遊びを楽しむのだが、そのせいか、ヘンテコなオモチャみたいな照明器具をいくつも買ってしまった。

 



 

最初は息子が自分の家の寝室でも楽しめるように子供だましみたいなイルミネーション装置を買ったのがきっかけだ。

 

アレコレといろんな商品を見ていたら、何だか私も欲しくなってしまい、ついつい自分用にも買ってしまった。駐車場代の損害を思えば無駄遣いは禁物なのにバカみたいである。

 




 

風呂に浮かべてイルミネーションの変化を楽しむヤツと、もう一つは海の中にいるような幻想的な光のグラデーションを楽しむヤツである。

 

どちらも使い始めた瞬間はちょっぴり気分がアガったが、慣れてしまうとちっとも面白くない。まもなく物置に仕舞い込んでしまいそうだ。

 

断捨離を進めたいと思っているのに、ヘンテコな物をすぐに買ってしまうから問題である。

 

乗っかるだけで身体をブルブル振るわせる健康器具や、立った状態で足を左右にぱかぱか開いたり閉じたりする健康器具ももう1年近く触っていない。

 



 

だいたい、健康でいようと思っている割には平気で「ハムカツ焼きそばサンド」なる怪しい食べ物を喜色満面で食べてしまうわけだから単なる変なヤツなんだろう。

 

残念である。

 

2020年8月24日月曜日

最先端の暮らし?

家族旅行、正確に言えば元家族旅行で軽井沢に行ってきた。今年はヘンテコな世相になったせいか、なぜか元家族で行動する機会が多い。

 


 

ハタから見たら仲の良い家族にしか見えないはずだ。まあ、そんなカタチもある。中学2年になったダウン症の長男のせいで、やや不思議な関わりが成立している。

 

わが家のダウンちゃんは、このところやたらとパパっ子になってしまい、やたらと私に会いたがる。意味不明な電話もしょっちゅうかかってくる。

 

おそらく小学校低学年に毛が生えた程度の精神年齢なんだろう。今になって“父親ラブ”まっさかりだ。しょうがないから私もせっせと付き合うようにしている。

 

父親っぽい時間を過ごすことで、私自身、なんとなく浄化されているような気分にもなる。一種の自己満足ではあるが、人生後半戦になって、ただ野放図に過ごすのも収まりが悪い。

 

時々、「オレもいっぱしの人の親だなあ」などと感慨にふけることで気持ちのバランスが取れているように思う。

 



 

この上の画像は10年前に軽井沢に行った時の一枚だ。下は今回の画像。まさに10年一昔である。こんな画像を比べると歳月の重みを痛感する。

 

さて、軽井沢である。お盆のピークは過ぎていたが、まだ8月下旬ではない段階なのにかなり空いていた。天下の旧軽銀座もガラガラ。

 

目抜き通りのいくつかの店には閉店の案内が貼り出され、テナント募集している物件も目立った。世の中、一気に風向きが変わってしまった感じだ。

 


 

夏の名物である渋滞にもちっともはまらなかったし、白糸の滝や鬼押し出しといったベタなエリアも空いていた。

 

泊まったのは軽井沢から車で20分ぐらい離れた距離にある「エクシブ軽井沢」。家庭人だった頃にも何度か来ている勝手知ったる宿だ。

 

食事のレベルが高いので、夕飯は館内で済ませた。初日は和食、翌日はイタリアンである。

 





 

イタリアンではシャンパンを持ち込み、パスタやピザばかり注文するという“タンスイカブラーの宴”に徹したので、バンバンドシドシ食べた割にはかなり安くあがった。子連れ旅行の醍醐味である。

 

旅行中もウチのダウンちゃんは私につきまとい、トイレの中にまで乱入する始末だった。ふだん一緒に暮らしていないから、たまの旅行の時ぐらい好きなようにさせた。

 

食事の際は常に隣に陣取り、寝る時も私の横をキープし、タバコを吸いにテラスに行くにも付いてくる。もはや子犬状態と割り切って過ごした。

 

正直、辟易とする瞬間もあるが、少なくとも求められているわけである。幸せだと思わないといけないのだろう。

 

そうはいっても私も結構な歳である。疲れる。旅行を終えて帰宅した晩は10時間も寝ちゃったほどバテバテだった。

 


 

ここ数年、思春期だった娘とはかなり濃い時間を過ごした。とりあえずマトモに育ってくれたので、以前ほどの心配は無くなってきた。その分、これからは息子ともたくさん接してやろうと思っている。

 

離婚したことで子供達に対しては負い目みたいな気持ちがある。そんな感覚が逆に私を発奮させる活力源にもなっているから、それはそれでアリなんだと思う。

 

濃密な時間を過ごした3日間が終わって、息子と元嫁は豊島区、娘は文京区、私は中央区のそれぞれの住まいに戻った。他人様が見たら非効率の極みみたいなものだ。

 

とはいえ、新型コロナは今や家庭内感染が一番多いらしい。バラバラに居場所があることは、ある意味、ニューノーマルとやらを考える上では時代の最先端なのかもしれない。ちょっと屁理屈みたいである。