ラベル 陶芸 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 陶芸 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2026年2月2日月曜日

モノグサオヤジのお茶

 

横着こそ快感とばかりに面倒なことを避け続けている。十数年前に何度目かの独身生活に戻ってからそんな傾向に拍車がかかっている。

 

衣食住の衣食の部分は今やネットばかりで済ませている。アマゾンやネットスーパーの利用頻度はもはや日課みたいになってきた。

 

最近、手を出したのがお茶の世界である。気軽に飲む煎茶までお手軽で横着極まりない商品にハマり始めている。

 

家庭人の頃は日本中の窯場めぐりに励んでいたので急須一つとっても常滑焼はもちろん、備前焼や唐津焼の作家モノを集めて、湯飲みにしても同様の贅沢品?を喜んで使っていた。

 

一人暮らしに戻ってからもしばらくはその路線を続けていたが、なにぶん茶葉の出がらしの処分が面倒になってきて“風流”の世界とオサラバすることになった。

 

で、ティーバックの煎茶に目を向けたのだが、なかなか満足する味に出会わず結構な手間と時間をかけてアチコチから煎茶ティーバックを取り寄せて研究した。

 

お気に入りになったのが伊豆を産地とする「ぐり茶」。杉山というメーカーのティーバックが私好みの味だったのでここ10年以上それだけを愛飲している。

 



もともとぐり茶は苦みが少ないことがウリである。ティーバックで濃い目に抽出しても変な苦みが出ない点が素晴らしい。それ以後は浮気もせずに取り寄せ続けている。海外旅行に行く際にも必ず持参するほど愛着がある。

 

今後も基本的にはこれを飲み続けようと思っているのだが、自宅ではともかく職場では事情が異なる。使い終わったティーバックの処理がちょっとだけ面倒なのが以前から引っ掛かっていた。

 

自分のデスク横のごみ箱にビチャッと濡れたティーバックを捨てたくないので別の場所に捨てに行くのが少しストレスになっていた。そのせいで職場では粉末状のスティックコーヒーばかり飲んでいるのだが、やはり煎茶が飲みたいこともある。

 

で、アマゾンで粉末のスティック状のお茶を探してみた。お寿司屋さんで出てくるような粉茶が美味しいわけだからスティックの粉末茶だってウマいものはあるはずである。

 


まずは「辻利」が出しているスティック煎茶を試してみた。悪くないけどちょっと薄い。よく読んだら1スティックに対してお湯は100ccだとか。私のマグカップの適量だと2袋でちょうど良い感じになった。

 

スッキリ軽やかな風味だ。良くも悪くもクセがない。強いて言えばパンチに欠けるからお茶単独で飲む時に向いている。かたわらにお菓子でも用意するとやや味が弱いかもしれない。

 

で、お次にAGFが出している「特上煎茶」なるスティック茶を試してみた。こちらは1スティックに対してお湯は140ccだ。その点では使い勝手が良い。おまけに妙に濃い感じがするから少しぐらいお湯の量が多くてもカバーしてくれる。

 

「辻利」に比べるとパンチがある。悪く言えば苦みが強い。でもそこが魅力にも感じる。それっぽい湯飲みに入れて客人に出してもスティック茶だとは絶対にバレない本格的な味がする。

 

個人的にはこっちのほうが気に入った。和菓子と一緒にゆったり味わいたい雰囲気である。スティック煎茶なんてウマくないだろうなと想像していた私の感覚はもはや古臭い思い込みなんだろう。

 

それにしても急須が面倒になったことに続いてティーバックまで面倒になってスティック状のお茶を飲み始めたわけだから横着の極みみたいな話である。

 

以前ここで書いたスティックコーヒーの話もそうだが、思い込みを脱して固定観念抜きでトライしてみると案外ウマいものが見つかるのが今の時代だろう。つくづく便利になったことを痛感する。今後は国内海外問わず旅行に行く際にはスティック煎茶も持参しようと思う。

 

お茶にこだわりがある人にはぶっ飛ばされそうな話かもしれないが、好みに合うスティック茶を見つけられたらモノグサオヤジにとっては大いなる幸せである。






 

 

 

2025年9月22日月曜日

飯茶碗のこだわり

 

誰もが日頃の暮らしの中で「こだわりグッズ」を使っている。私も凝り性だから生活のいろんな場面でどうでもいいこだわりに縛られている。

 

縛られていると書いたが、自分ではこだわっていることに快感を感じている。トイレットぺーパーはドコソコ製のナンチャラじゃなきゃイヤという感覚だってこだわりだ。それを徹底することは一種の快感になる。

 

私の愛用品といえば器関係が多い。30代のころに窯場巡りにハマって日本中の焼き物を見て歩いた。見るだけではなく随分買った。立派なベンツ1台ぐらい買えるほど器にお金をかけた。

 

現代陶芸作家モノが中心で骨董品にはほぼ手を出さなかったので破産しないで済んだ。いまは当時ほどの情熱はないが、それでも飯茶碗、湯飲み、ぐい飲み、豆皿あたりにはこだわりがある。

 

もっとも、家庭人を卒業してからはレンジでチンできる安っぽい皿を使う頻度が激増した。家庭人時代はすべての器が日本中の窯場で仕入れてきた一点モノだったわけだから随分と豊かだった。何だか懐かしい。一時期でもそんな文化的?な暮らしをしていたわけだから私もなかなかの粋人だったわけだ。

 

日常遣いの器の基本が飯茶碗である。個人的にはお気に入りを見つけるのに最も苦労するシロモノだ。世の中に出回っている飯茶碗って小さすぎると思う。私に言わせればたいていが女性向け、子供向けにしか見えない。

 

コメを茶碗によそう際に料亭みたいに上品にしたいのなら小ぶりの茶碗でもいいだろうが、私としてはウマいコメを炊いたらしっかり盛りたい。それには相応のサイズの茶碗が必要だ。

 

長年愛用しているのが唐津の作家モノだ。飯茶碗ではなく小ぶりの抹茶椀である。抹茶椀は焼き物の世界ではドッヒャー!と値段が高くなるので気軽に使えないのが普通だ。

 



 その点、我が愛玩品はお抹茶の練習用として造られたらしく抹茶椀としては格安だったのでガンガン使っている。絵唐津という様式に分類されるのだが、色柄よりもサイズ感に惹かれて長年使い続けている。

 

とはいえ、最近ちょっと浮気をしてしまった。半年ほど前からの節制生活のせいで自宅でコメを食べる機会が減った。食べるにしても小盛り程度にしている。そうなると愛しの絵唐津の飯茶碗が甚だしくオーバーサイズなのが気になっていた。

 

料理を盛る器には「余白の美」が必要だが、飯茶碗だとそんな風流な気分にはならない、大きめの茶碗にちょこんと白米がある風情はちょっと寂しい。これっぽっちしか食えないのかという飢餓感さえ覚える。

 

というわけで、小ぶりの飯茶碗の意義を改めて痛感している。ウチにはなかなか素敵な美濃焼の飯茶碗があるのだが、同居する娘に使わせているから今さら奪い取るわけにもいかない。

 



美濃焼探訪のために岐阜の多治見に行った際に購入した茶碗だ。織部様式の中でも全体が緑色の総織部である。織部の緑は発色がすべてだ。安っぽい観光土産みたいなシロモノと真っ当に作られた本気モノとでは色の深み、渋みがまるで違う。

 

白米が映えるのもこういう茶碗の良さだろう。画像だと分かりにくいが先の絵唐津椀に比べれば随分と小さい。今の私はこっちを使いたい。

 

で、先日の沖縄旅行の際に新しい飯茶碗を買ってきた。私にしては小ぶり、一般的にはまあまあしっかりしたサイズだ。見込み、すなわち覗き込む内側は無地のキレイな乳白色だ。外側の絵柄は沖縄・壺屋焼ならではの風情だが、いわゆる民芸路線のスタイルとして益子焼などにも似た雰囲気だ。

 



単なる白ではなく実に雰囲気のある乳白色だった点が気に入った。作家モノとはいえ、大御所でもない限り数千円で買える。こういうものは出会いである。さっそく自宅でこの器でタマゴかけご飯を食べた。なかなか良い。

 

窯場めぐりではなくとも旅先で出会った器を使い込むのは楽しい。いちいちその器を買った時の旅を思い出す。大げさに言えばそんな器たちには何かしらの物語があるわけだ。使うたびにそこに思いを馳せるのもオツだ。

 



こちらは大きめの茶碗だ。正当な抹茶椀だが、私にとってはお茶漬け専用飯碗である。唐津焼の中の斑唐津というジャンルの器だ。有名人気作家の一品だが、窯場めぐりをマメにしていた頃に親交を深めたおかげで格安で譲ってもらった。

 

抹茶椀といえば陶芸家がとくに気合を入れて造るものだ。ましてや唐津の茶碗は茶人の世界でも人気が高い。そんな作品をお茶漬け専用にしているのは贅沢だが、それもまた楽しみである。


単純な私はお茶漬けを食べるたびにこの器のおかげでとても豊かな気分に浸れる。たかがお茶漬け、されどお茶漬けである。15年以上使っているが傷も欠けも無い。愛着があれば長持ちするものである。


日常使いの器の話をもっと書こうと思っていたのだが、長くなったので今日はこの辺でおしまいにします。

 

 

 

 

 

 

 

2023年2月8日水曜日

酒器の眠り

 

根っからの凝り性だからこれまでいろんなものにハマってきた。中でも酒器収集には気が狂ったように熱中した時期があった。30歳を過ぎた頃から興味が強まり、その後10数年は「徳利、ぐい飲み」のことばかり考えていた気がする。

 

今も好きだが、当時の熱はさすがに冷めた。100個以上あったコレクションも売ったり人にあげたりして今は徳利が20本程度、ぐい飲みが30個ほど手元にあるだけだ。

 



家で飲む機会はあまり無いのでまさに宝の持ち腐れである。時折お気に入りを手にとって掌でもてあそぶことはあるがほぼ使っていない。

 

高価なものだろうと使ってこそナンボなのが器である。そろそろ考えなきゃならない断捨離の際に一連の酒器をどうするかで苦悩しそうだ。

 

以前はビジネスバックには常にぐい飲みを入れていた。巾着袋に入れた状態で唐津か備前の逸品を持ち歩いていた。最近はバック自体を持たないことが増えたから気の利いた店のカウンターで愛器を取り出して使う場面もなくなった。


ちなみに10年以上前にはこのブログでも酒器を熱く語っていた。


 http://fugoh-kisya.blogspot.com/2007/10/blog-post_30.html

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/03/blog-post.html

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2008/01/blog-post_10.html


なんだか劣化である。どんなジャンルであろうとこだわりを持つことは大事だ。歳とともにそれがどんどん無くなっていく感覚がある。ちょっと残念。

 

とはいえ、肩の力が抜けたというか、呪縛のようなものから解放された感覚もある。これも一種の年の功だろうか。そう考えるほうが建設的である。

 



これは3年ほど前に娘の大学入学記念という大義名分で購入した唐津のぐい飲みだ。名匠・田中佐次郎さんの出来の良い斑唐津である。


俗に「備前の徳利、唐津のぐい飲み」と言われるように酒器愛好家にとっては垂涎の作品。お金を出して手に入れた酒器は今のところこれが最後である。

 

記念で買ったのに購入直後に自宅で一人しっぽり使っただけである。実にもったいない。でも最近は家で日本酒を飲む機会が無いから仕方ない。

 

酒なんて気分で味が左右されるものだ。お気に入りの器も重要な役割を果たす。何かの記念で入手したのもしかり旅先で手に入れたものしかり。旅の思い出も飲んでいる際の気分をアゲる要素になる。

 

思えば唐津や備前の窯場には何度も足を運び、他にも信楽、美濃、常滑、有田、越前、丹波、砥部、益子、壺屋など日本中で窯場巡りをした。どこでものどかな日本の原風景みたいな光景の中を散策した。

 

作家さんの陶房を訪ねたり土地土地のウマいものを味わったり旅の記憶がそこで入手した酒器の使い心地を一層良くしてくれるのが楽しくて一種の中毒のように器のことばかり考えていた。

 

ベンツのSクラスぐらい余裕で変えるぐらい散財したと思う。もっとだろうか。でも自分にとって無駄な出費ではなかった。その分いろんな知識が身に付いた。

 

いい歳になってみると器の知識は雑学の中でも結構活躍?してくれる。料理屋さんでそのあたりの話題に専門用語も交えて語っちゃったりするといっぱしの教養人だと錯覚してもらえる。

 



 こちらは独特の柔らかい雰囲気の釉薬が魅力的な逸品。人間国宝だった故・清水卯一さんの作品だ。娘が生まれた記念にウン十万円で購入。

 

口当たりも柔らかで注いだ酒も綺麗に映える実に素晴らしい盃なのだが、これも仕舞い込んだままだ。まめに使ったほうが器も喜ぶはずだから気分の良い日にはもったいぶらずに使おうと思う。

 

今の私はどう逆立ちしたって人生の後半戦にいる。いつまでも何も考えずにグビグビ飲める日が続くわけではない。昔はそんなこと考えもしなかったが、そろそろ人生終盤戦という現実の中での行動を意識しないといけない。

 

眠らせたままの酒器たちに活躍の場を与えることはそれだけ自分の身辺に活気がある証拠にもなりそうだ。肝臓と相談しながら適度に愛器たちを眠りから覚ましてやろうと思う。

 

 

 

 

 

 

 

2021年7月19日月曜日

赤坂辻留の牡丹鱧


裏を返さぬは江戸っ子の恥。その昔の遊びの世界ではそんな言葉が飛び交ったそうだ。元々は吉原あたりの遊女との遊び方を指す。

 

すなわち、初めて情を交わした遊女に再び会いに行くことを意味する。なんともまあ店側に都合の良い話だが、擬似的夫婦ごっことして一種の不文律だったらしい。

 

私自身、ワンナイトとかヤリ逃げ?みたいな1回こっきりは好きではない。だから昔からこの言葉が好きだ。

 

情を交わすという行為は、一種の探り合いである。3回目ぐらいにようやく本領発揮!と相成るのが普通だろう。4回目、5回目あたりの私は天下無双状態(笑)である。

 

すいません。話がそれた。

 

銀座のクラブの担当ホステスさんが永久指名制になっているのも江戸期の遊郭文化の流れだ。客にとって良いのか悪いのかちょっと分からない話ではある。

 

さてさて、裏を返すという言葉を通ぶって遊郭以外にも使うとしたら、初めて出かけた飲食店を気にいって間を置かずに再訪する時だろう。

 

小体な料理屋さんやお寿司屋さんのノレンをくぐりながら「裏を返しに来ましたぜ」などと言ってみる。自分がイキな遊び人になったかのような気分になる。

 

一見さんではなくなったことで居心地も良くなり楽しみは広がる。数ヶ月も経ってしまうと意味がない。短い間に2回目の訪問をすることが大事だろう。

 

先日、懐石料理の名店である赤坂「辻留」に出かけた。堂々と酒を飲みたかったから緊急事態宣言が出る前に駆け込みで裏を返しに行った。

一ヶ月半ほど前に訪ねた時の話はこちら。

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2021/05/blog-post_31.html

 

前回訪ねた際にもうすぐ名物の「牡丹鱧」の季節だと聞いたので、それを目当てに再訪となった。メンバーは旧友3人である。

 

いい歳した大人だから時には文化的に過ごすことも大事だ。普段はモツ焼屋で音楽談義かワイ談ばかりしているから、ちゃんとした場所でちゃんとした会話をすることも新鮮だった。

 



 

牡丹鱧である。骨切りしたハモに葛をまぶしてある。お椀の中で花が咲いたかのような風情を見て、かの谷崎潤一郎が命名したそうだ。

 

ふわっとした食感が印象的だった。懐石料理の花形であるお吸い物の得も言われぬ優しい味がハモの風味と溶け合う。滋味に富むとしか表現できない完成度だった。

 





 

日本料理の正しい見本のような逸品達をしみじみ味わう。器がまた趣がある。普通に魯山人作の皿で供されるのが器好きには嬉しい。

 

酒器は高麗・李朝系の陶器を再興したことで知られる巨匠・小林東五さんの作品。適度な重厚感に加えて柔らかさも感じる徳利や盃はずっと掌で遊んでいたくなる感じだ。

 



 

この日のシメがまた良かった。前回の汁掛け深川飯にも感動したが、今回もただただ唸らせられた。鱧皮ご飯である。

 

ハモの皮をあえて焦がし気味にしてごはんと混ぜ合わせてある、ハモの風味に加えて皮を焦がすことで生まれた香ばしさがアクセントになって、これぞ至高のニッポンのメシと言いたくなる味わいだった。

 



 

このご飯茶碗も魯山人の作だ。なんとも贅沢な気分で楽しめた。器も相まって自分史上最高レベルの「シメのご飯」と言いいたくなる。

 




 

牛丼やマックも大好きで、コンビニメシをしょちゅう食べ、ウーバーイーツで怪しげなジャンクフードばかり注文し、自炊するにしても具の無い冷やし中華ばかり食べている私である。

 

時には真っ当な「日本の心」みたいな上質なものを口にすることはとっても大事だと改めて痛感した。

 

「食」という文字は「人」を「良」くすると書く。そんなウンチクを思い出すひとときだった。

 

 

 

 

 

 

2021年7月12日月曜日

嬉し涙の味がした

 20年前、娘が生まれた時に記念の品をアレコレと調達したのだが、一番思い入れがあったのが泡盛の甕だ。

 

成人したら一緒に飲もうと考え、熟成に良さそうな容器に入っている泡盛を探した。器好きの私としてはガラス瓶のまま保管するのは面白くない。

 

忠孝酒造というメーカーが焼き締めの甕を独自に作っていると知り、娘の名前を彫り込んだ一升甕を二つ発注した。

 







 

せっかちな性分だから一つは10年で開封したが、もう一つはしっかり20年間寝かせた。釉薬を使わない焼き締めの器は熟成を手助けする効能がある。

 

発注した段階で5年モノの古酒を入れてあるので、都合25年モノの泡盛である。10年前に先に開けたほうも充分にまろやかで美味しかったが、はたして25年モノはどんな味がするのかずっと楽しみにしていた。

 

先日、娘が二十歳の誕生日を迎えた。泡盛開封の日だ。何とも感慨深い。前日の夜に仕舞い込んであった納戸から引っ張り出した際に不覚にも涙がこぼれた。親バカである。

 

そして開栓の時、20年の出来事がいくつも頭をよぎった。過ぎてしまえばアッと言う間だが、そりゃあいろいろな出来事があった。その全ての時間をこの甕は静かに待っていたわけだ。

 

発注した甕が届いた20年前のあの日、さまざまなことを考えた。20年後に果たしてオレは元気でいるのだろうか、成人した娘はどんな顔をしているのだろうか、20年後に親娘はどんな関係性を築いているのだろうか等々。

 

嫌われちゃって一緒に杯を交わすことが出来なかったらどうしよう、20年経つ前に地震で割れちゃったらどうしようなどと、ついネガティブなことも頭をよぎった。

 

そして20年が経った。私自身しっかり元気で過ごしている。娘との関係は良好だ。顔だって私にソックリに育ってくれた。

 



 

何とも幸せな話である。ハタからみれば別に珍しくもないことだろうが、私にとっては普通のことだと片付けることは出来ない。

 

親になり、子が育って一緒に酒を飲み交わす。人生におけるめでたいことのトップレベルの出来事だと感じる。

 

やたらと感激した。元嫁や息子も一緒にワイワイガヤガヤと祝った席だから涙こそ流さなかったが、心の中では嬉し泣きの大雨がふっていた。

 

泡盛の味はもちろんウマかった。いや、もし腐っていたって美味しく感じたはずだ。もちろん腐ってはおらず、超絶に熟成は進み、泡盛らしいクセを感じないほどまろやかに変化していた。

 

10年前に開けたほうと比べてまったく違う味だった。43度の強さなのに水割りにすると頼りない感じで、ロックで味わうのが最適な仕上がりだった。

 





 

この日、甕とは別に後生大事にしているぐい吞みも使ってみた。これも娘が生まれた時に記念に購入した。我がぐい飲み収集歴の中でも圧倒的に高価な一品だ。

 

鉄絵の技法で人間国宝になった今は亡き清水卯一さんの器だ。蓬莱釉という独特の柔らかい雰囲気の釉薬を用いた優しい風情の作品である。

 

わが家のぐい飲み陳列棚にこの盃は置いていない。箱にしまって大切にしている。前回使ったのはたぶん娘の10才の誕生日だったと思う。

 

人に物語があるように器にも物語がある。これまでゆうに100個以上はぐい飲みを手にしてきた私だが、この盃だけは特別強い思い入れがある。

 



 

喜びに浸りながら20年間の時の流れを思う。私にとっては30代半ばから50代半ばという人生にとって中心的な時間である。

 

嬉しいこと、哀しいこと、楽しいこと、辛かったこと、すべてが今の自分を形作る元になっている。すべての事柄が無駄ではなかったのだろう。この日、それこそ“言葉にならない”という感覚で過ごした。

 

育ってくれた娘に感謝である。親にさせてもらったことが何より有難い。開封した泡盛は今後は娘の誕生日のたびにチビチビ味わおうと思う。

 

 

 

 

 

2021年2月26日金曜日

豊かな暮らし?

家にいる時間を少しでも快適にしたいからチマチマと工夫を凝らして楽しんでいる。

 

家の醍醐味といえば風呂である。ゆったり風呂に浸かりながら俗っぽい週刊誌を読むのが昔から好きだ。

 

最近は、目もお疲れ気味だから、何も読まずに音楽を流してホゲホゲすることも増えた。

 

風呂の照明ってたいてい色気もヘッタクリもない明るさだ。前に住んでいた家は注文住宅だったから風呂の照明にも調節機能を付けていたが、今のマンションでは無機質の妙に明るいライトがあるだけだ。

 



 

で、Amazonでアレコレ探していたら気になる照明を発見。防水で風呂の中に入れても大丈夫で様々な色に切り替えられる。

 

さっそく4個セットを購入。背面に磁石が付いていたから浴室の壁にセットしてみた。

 

ゆっくりと色が順々に変わっていくモードにしながら、エンヤみたいなヒーリング系の音楽をかければ楽園状態のできあがりだ。

 





 

ラブホテルみたいだ、などと思ってはいけない。そんな残念なことは言わないでもらいたい。そういう下品な発想は私には無縁である。あくまでリラックス照明である。結構気にいったので寝る前のひとときに愛用している。

 

風呂といえばバスタオルの選び方も大事だ。暮らしを豊かに感じるためにはバスタオルはあまり安物を使ってはいけないと思う。

 

この数年、随分とバスタオルを取っ替え引っ替えしてきたが、やはり値段の差は大きい。バスタオルなんてお買い得商品を適当に選べばいいと思うのは間違いである。

 

毎日使うものである。私は朝も夜も風呂に入ることが基本だからバスタオルの感触やサイズ、機能性は結構気になる。長さ140センチ以上が最低条件だ。

 



 

サイズが小さいのはイライラするし、吸水性が劣るのも不快だ。いまだにどういう基準で選べば良いか分からないのだが、結局は値段に比例する。

 

45千円クラスなら間違いない。いま我が家にあるのは結局そのあたりの価格帯の今治タオルばかりになった。高いといっても居酒屋で一回しっかり飲むぐらいの値段である。

 

風呂上がりのスッポンポンの身体をフォローしてくれる大事な相棒だ。そのぐらいの値段をケチってはいけない気がする。

 

ついでに言えばトイレットペーパーも値段は重要なポイントだ。高いヤツは間違いなく良い。こればかりは、高けりゃいいってもんじゃないなどと強がることは出来ない。

 

こういう部分を倹約するのは大事だろうが、私のモットーは「暮らしを豊かにするなら高いトイレットペーパー」である。

 

高い安いといっても大きな差ではない。毎日毎日それも大事な大事なところを綺麗に仕上げる!わけだからキチンとした商品を選びたい。

 

毎日身体に触れるものをちょっと良くするだけで意外に気分はアガるものだ。コーヒーを飲むカップ、お茶を飲む湯飲みだって然り。いい歳したオトナが100円ショップの器ばかりでは寂しい。

 



 

最近は、家飲みをすることも増えてきたが、缶チューハイ、缶ビールもお気に入りのグラスを使うだけで気分が豊かになったように思える。

 

私の酒器コレクションは日本酒を前提にした徳利や盃ばかりなのだが、家飲みではあまり日本酒を飲まないのでなかなか出番がない。

 

仕方なく焼酎を飲む時にわざわざ大ぶりのぐい飲みに氷を一つ落としてロックで楽しむこともある。お気に入りのぐい飲みを手に持つだけで味わいが確実に変わる。

 

缶チューハイをぐい飲みに注いで飲んだこともあるが、あれは失敗だった。ガーっと勢いで飲む酒に盃は不要だ・・・。

 

さてさて、どうでもいいことを書き殴ってしまったが、こんな世相だからこそ、どうでもいいことにちょっとしたこだわりを持って暮らすことは大事だと思う。





先日も寝室で使っている加湿器に水溶性のアロマオイルを入れてみた。一気にふんわりとした香りに包まれて眠りの質が上がった。。  ような気がする。


思い込みは大事だ。




2019年7月10日水曜日

壺とパンチラ


自慢の徳利やぐい飲みを使いたくてわざわざ家で飲むことがある。たいして量は飲めないのにお気に入りの器を撫で回しながら過ごす時間が好きだ。



かなり処分して今は厳選した酒器だけが残っている。徳利は今も20本以上はあるのだが、すべて私の掌との相性が良いヤツばかりだ。

徳利の面白さは掌で包み込んだり撫で回すだけではない。見えない中の世界を想像するのも楽しい。

きっとカビだらけだ、などと夢のないことを言ってはいけない。中国には「壺中有天」ということわざもある。大ざっぱに言えば壺の中に酒池肉林の世界があるといった意味合いだ。

見えないと分かっているのに中を覗き込みたくなる。徳利の小さめの口からは闇しか見えない。いろいろ考えて哲学的な気分になったりする


こちらは先月の引越し後、置き場所がなくて困っている大きめの壺だ。白っぽいのは備前の土に志野の釉薬を流し掛けした現代有名作家の作品、もうひとつは越前の骨董だ。その昔、ウン十万円も出して買ったお気に入りである。

徳利のお化けみたいなものが壺だから、私はどちらも大好きだ。トランプさんみたいな豪邸に住んだら家中が壺だらけになると思う。

壺も徳利も表面からは中が見えないフォルムが良い。皿のように裏表がすべて見えるわけではない。その神秘性が魅力だ。

腹の内を見せないとか、あえて見なくていいものもあるといった、一種オトナの世界に通じる佇まいを感じる。

隠れているものを覗きたくなるのは人の習性だろう。たいしたことはないと分かっているのに週刊誌の袋とじグラビアを丁寧に開けちゃうのもそんな心理のせいだ。

ヨーロッパでは(日本でも)古来、女性の脚は徹底して隠すものと認識されていた。胸元がドッカーんと空いたドレスだろうとスカートは総じて超ロングだった。

あの裾の広がった超ロングスカートは、トイレ未発達の頃にところ構わずしゃがみ込んで用を足すために編み出された形だという説もある。

話がそれた。

とにかく人前で脚が見えちゃうのは大失態であり、事件みたいなものだったらしい。当時の男達が実に気の毒だ。


女性の脚線美は、ある意味ヌード姿そのものより男性を喜ばせる芸術品だと思う。いまやどこでもミニスカやショーパンを見かける時代だから、タイムマシンで中世ヨーロッパ人を現代に連れてきたら、鼻血ドバドバ大会になってしまうはずだ。

考えてみれば、男がパンチラに興奮するのも単純に隠されているものが見えたという一点だけが理由だ。女性の脚は今や普通に出す時代だから、男達がそれを見てもパンチラほどの衝撃はない。

超ミニの女性の姿にはドキっとするが、あれだって脚にドキっとしているわけではない。パンチラ寸前という状況にドギマギするわけだ。

何だかんだ言って、あくまで「普通は見えない」という前提条件があるかどうかがカギを握っている。

その昔、ランジェリーパブなる奇天烈な店がハヤリ始めた頃、会社の人間と大勢で押しかけたことがある。

感激したのは最初の2,3分だった。隠すものではなく見せるものという位置付けのせいで下着丸出し女子が何人歩いていようが、すぐに飽きてしまった。



見えないもの、見られたくないもの、見てはいけないもの。そういう要素がなくてはちっとも面白くない。

なんだか徳利と壺の話が異様に脱線してしまった。

というわけで、私は中が見えてしまうガラスの徳利が好きではない。

よくわからん話になってしまった。

2014年4月18日金曜日

瀬戸内海の春 生シャコ


春である。春は瀬戸内海で魚を食べたくなる。よく分からない理屈だが、ちょこっと岡山に行ってきた。


瀬戸大橋である。相変わらず雄大な姿に圧倒される。日本人はとてつもなく凄いモノを作ったものである。

完成時の日本中の熱狂ぶりも凄かった。20年ぐらい前の話かと思っていたが、記念碑を見てビックリ、もう32年も経っていた。

どうも最近、時間の経過に関する自分の感覚がヘナチョコである。

「最近」という言葉の意味、時間の幅がどんどん拡がっている。冗談ではなく、「平成」はすべて「最近」という感覚である。

この春、わが社に平成4年生まれの若者が入社した。卒倒しそうになった。私に言わせれば、つい最近生まれた人である。

その前にも若い女子とシコタマ騒いでアレコレしていたのだが、あとあと平成生まれだと聞いて複雑な気分になった。

肛門いやがられ、いや、光陰矢の如しである。

話がそれた。旅の話だった。


十数年ぶりに倉敷を散策した。岡山といえば、兵庫寄りの備前焼の里である伊部周辺に出かけることが多かった私だが、今回はそっち方面はパスした。

行けば行ったで、わんさか焼き物を買ってしまうので、万年金欠太郎としては、テキトーな散策で時間をつぶすことにした。

そうはいっても、倉敷にも備前焼の販売店がゴロゴロあったので、ついつい覗いてしまった。でも運良く、観光土産チックな商品が中心だったので冷やかすだけで済ます。


とかいいながら、渋い品揃えの店を見つけて珍しい発色の徳利を衝動買いしてしまった。黒備前の手法で注目されている40代の作家の作品。

個人的にオーソドックスな備前焼以外には興味が湧かないのだが、この徳利には一目惚れしてしまった。

備前の土に黒く発色しやすい別な土を塗って焼成しているのだろうか。景色が素晴らしい。口元の青い発色がなかなか出せないらしい。

掌で転がしながら眺め続けたい一本である。この画像を眺めているだけで、酒を飲みたくなる。まいったまいった。

さてさて、岡山で楽しみにしていたのが、生のシャコである。東京で生シャコを出す店など聞いたことがないが、瀬戸内海エリアでは割とポピュラーだ。

その昔、備前焼の里・伊部の寿司屋で初めて口にして以来、機会があれば食べたくなる珍味である。


想像以上に甘味が強い。エビカニ方面数々あれど、生で食べる時の身の甘さはシャコがトップレベルではないだろうか。

肝臓疾患がある人が食べると、ヘタをすると死んじゃうと聞いたこともある。今のところそこそこ元気な肝臓を持つ私としては積極的に食べておかないとなるまい。


握りで食べる前には、刺身でワンサカ食べた。冷酒と合わせて幸福の絶頂を味わう。画像は食べ散らかした後の頭の部分です・・・。

この店、下調べして訪ねた評判の良い寿司屋。生シャコ以外に、サワラや穴子など瀬戸内海の魚をいっぱい食べた。正直言ってオススメできるほどの店ではなかったので店名は伏せる。


生シャコ以外で印象的だったのは、名産品の黄ニラの握りぐらいだった。まあ、楽しくグビグビ飲んで酔っ払ったから満足する。

やはり、日本中からウマいものを集めている東京の寿司屋で好き勝手に食べていると、味覚が図々しく?なってくるのだろう。

地方に行っても余程珍しいものに遭遇しないと感激できない。若い頃は、地方の安酒場で出される魚にいちいち喜べた。あんな純真さはすっかり消えてしまった。

加齢のせいだけではない、流通事情の劇的な進化が「地方ならではの珍しいもの」をいつの間にか普及品にしてしまった面もあるのだろう。

帰りは高松空港から飛行機に乗る予定だったので、瀬戸大橋を渡って香川県に入る。

橋1本で結ばれているほど近距離だが、瀬戸大橋が出来て、たかだか32年で岡山と香川が融合するはずもなく、四国に入った途端、景色?が変わる。すなわち、岡山では見かけなかった「うどん」の看板ばかり目に入る。

高松は30年近く前に初めてふらっと旅した。当時、東京ではまず見かけなかった本物の讃岐うどんに驚愕した思い出がある。

あの頃、東京でうどんと言えば、「真っ黒つゆにフニャフニャの麺」が一般的で、讃岐うどんのシコシコ感は希少価値だった。

それにしても「うどん県」と名乗り始めた香川県の決断は凄いと思う。恥ずかしげもなくスッポンポンになって歌い出すような潔さである。

うどん関係者以外の県民にとってはオヨヨなネーミングだろう。でも分かりやすくて良い。投げやりというか、開き直りにも思えるが、とにかく英断だ。

確かにいろいろ考えても他の呼び名は無い・・・。


この写真は高松空港で見たオッソロシイ装置である。県内の名産品が陳列されているコーナーの一画に設置されていた。

冗談だと思って半信半疑で蛇口をひねったら、冷たいうどんダシが出てきた。実にビミョーである。美味しいとかマズいとかそういう問題ではない。単なる悪趣味だろう。

変なまとめになってしまった。

2013年7月29日月曜日


馬と聞くと何を想像するだろう。草原を疾走する美しい姿か、それとも競馬場のサラブレッドか、はたまた馬刺しかサクラ鍋か。
どれも魅力的だ。

もともと馬は神様の乗り物として尊ばれていたし、絵馬だの左馬といった縁起物系に登場することも多い。

実際にその姿を近くで見ると実に美しい。犬やネコや熊や鹿や牛や豚と比べても断然美しい。なんとなく別次元の生き物に見える。

そんな馬に敬意を表すため、先日行った函館でも競馬場に足を運んでみた。ギャンブルのためではない。馬を見るためだ。

そう書くとチョットかっこいい。


競走馬の美しさは別格だ。パドックでボケッと眺めているだけで、筋肉美や毛並みの美しさに見とれてしまう。

ランウェイを歩くかのような十数頭をじっくり見ていると、ついつい馬券も買ってしまう。私の場合、目が合った(ような気がする)馬をついつい買ってしまう。

で、散財する。

だいたい、競馬場のカネのかかった施設を見れば、儲かるのは胴元だけだとアホでも分かるのに何故か馬券を買ってしまう。

競馬新聞を読むわけでもなく、自分の誕生日だとか、好きな数字とか、そんな基準で単勝とか枠連を買うだけの私に幸運が舞い込むはずはない。

縁起物の左馬のいわれはいくつかあるが、「うま」を逆さにすると「まう」になるからという説もある。

私の馬券はいつも紙切れになって空を「舞う」。そんなもんだ。

食べてもウマいのが馬である。江戸時代、吉原につづく大門の門前にはサクラ鍋屋が何件も並んでいたそうだ。

馬肉は別名「蹴飛ばし」ともいわれる。そのぐらいパワーがつくという意味だ。遊郭で朝までズコンズコンとハッスルするための栄養源だったわけだ。

都内の老舗といえば深川の「みの家」とか、三ノ輪の近くの「中江」が有名だ。職場や家から近ければ頻繁に通いたいところだが、なかなか行く機会がない。

銀座の「こじま屋」も悪くなかった。レバ刺しなんかも食べられるし、上等な部位をアレコレ焼いて楽しめる店だ。


先日、千代田区某所にある某店を訪ねた。馬以外にもアレコレ楽しげなメニューが揃っていてワイワイ飲むには良さそうな店だった。

馬刺しも新鮮で臭みもなく、焼酎のアテにばっちり。その他、馬肉のタルタルステーキとか部位ごとのグリルとか、それなりに楽しめた。

シメに頼んだ馬肉のパエリアがオヨヨって感じだった。油が悪かったのか、何が原因か分からないが、気持ち悪さが翌日まで残ってしまった。

たとえ遠くても定評のある老舗に行った方が間違いないのは分かっているのだが、ついつい開拓精神が頭をもたげて失敗する。

先日も文京区内の某うなぎ店で、ありえないほどマズい白焼きとマズいお重に遭遇して倒れそうになった。長く生きてるクセにどうしてアホな失敗をしてしまうのだろう。

きっと、馬や鰻に対する日頃の信仰が足りないかもしれない。反省。

競馬に話を戻す。

元々ギャンブルをやらない私が初めて競馬場に足を踏み入れたのが函館だ。

寿司屋でさんざん昼酒を楽しみ、酔いざましに散歩していた時にフラフラ入ったのが初体験。

その後、函館競馬場は全面改修で休業していたが、今回久しぶりに新装なった綺麗な競馬場をうろうろすることが出来た。

旅先で競馬場にいると、なぜだか気分が高揚する。旅という異次元感覚とギャンブルという夢追い体験が融合するわけだから妙に楽しい。

わざわざ遠方までギャンブルに出かけることを「旅打ち」というそうだ。なんとなくロマンを感じる言葉だと思う。

日本全国「旅打ち」に出かけるような、そんなヤサグレた感じにチョット憧れたりする。

男はいくつになっても不良を気取りたい生き物なんだろう。

2013年1月9日水曜日

ドツボにはまる


壺を眺めてウットリする時間が増えた。一時期、やたらめったら壺の収集に精を出したが、人にあげちゃったり捨てちゃったりで、今では気に入った数点だけが手元にある。

もともと徳利の収集に凝り出したのが壺に興味を持つきっかけだった。丸味を帯びた徳利が好きで掌で転がしているだけで気持ちが落ち着く。

そもそも酒を入れる器だから、酩酊という異次元に連れて行ってくれる装置でもある。当然、愛しい存在だ。小さめの注ぎ口から中は見えない。覗いても闇だ。そこがまたいい。

中国の故事に「壺中の天」がある。壺の中に別天地があるというロマンチックな言い伝えだ。まさしく徳利の中には俗世間とは別の素晴らしい世界が隠れているのだろう。

というわけで、徳利を大きくしたようなフォルムの壺が好きになっていった。大きくなれば壺中の別天地も広いはずだという思い込みが壺にハマったきっかけだ。

冒頭の画像は、越前の古壺だ。一応、数百年前のものという触れ込みで大枚はたいて手に入れた。肩から胴にかけてのぽってりとした形が大らかで好きだ。抱きつきたくなる。たまにコッソリ抱きついたりしている。

形状からして大昔の種壺だろう。口の広い大壺の中にも好みのフォルムのものがあるのだが、あの形は骨壺だった可能性もあるため、恐ろしくて手が出ない。種壺系の形であれば、変な怨念も無いだろうから身近において楽しめる。


年の暮れにとある美術館で壺を中心とした展示会を見る機会があった。日本の古い窯場6カ所の総称である「六古窯」のものばかり集めた展示だった。わが家で偉そうに鎮座している古越前の壺が中々大したものだと確認できて嬉しかった。

骨董の壺の場合、当然、作家と呼ばれる陶芸家が作品として作り上げたわけではない。誰かに鑑賞させるという目的がないため、実に素朴で大らかに出来上がっている。この点が一番の魅力だ。名もない陶工が生活のために黙々とロクロを挽いた感じが単純明快に潔い。

実用雑器としての美。大正から昭和にかけて提唱された民芸運動の精神そのものだと思う。まさしく「用の美」だ。

現代陶芸家の壺も何度か購入して手元に置いてみたのだが、なんとなく面白味が無い。キッチリした壺は存在そのものがカタブツ女みたいで鬱陶しい。カタブツ女の関係者の方、スイマセン。。。古壺を真似た一見大らかな現代壺も長く眺めていると、その大らかさが作為的に見えてくる。どこかわざとらしく感じてしまう。

どんな美女でも「私って綺麗でしょう?どうよ、まいった?」って言われたら蹴飛ばしたくなる。さりげなくないものには醜悪なものが多い。それと同じだと思う。

もちろん、圧倒的に美しい美術工芸品はそれはそれで素晴らしい。とはいえ、アマノジャッキーが私の使命?でもある。こと壺に関しては「作家サマの作品」より「実用品」に魅力を感じる。

まあ、好みや相性で大きく変わるから私程度の鑑識眼などアテにはならないが。


この画像は、現代作家モノの大壺だが、ウマが合うというか、なんとなくシックリくるので大事にしている。備前焼の土に美濃焼の代表的な釉薬である志野釉をかけて焼いてある。その名も「備前志野」だとか。

焼物ファンであれば、その邪道ぶりに首をひねりたくなる組み合わせだろう。正直、土と釉薬がマッチしているとは思えない。両方の良さを殺し合っているようにも思える。

でも、なんとなく好きだ。強引にアレンジしちゃった「無理な感じ」が妙にケナゲというか哀れというか、いじらしい感じがして気に入っている。

褒めてるのかケナしてるのか微妙だが、アマノジャッキーである私にとっては、なんとなく手放せない壺だ。


傘立てに使われている壺は、常滑の古い壺だ。ウソかホントかこれも数百年前のものという触れ込みで買った。でも何となく怪しい感じがして、気に入らないまま傘立てに身を落としてもらった。

玄関先だし、不注意でぶつかったり、転がしてしまうのだが、不思議と割れたり欠けたりしない。妙に頑丈だ。きっと壺自身が私に対して「オレはニセモノじゃない!」と意地を見せているのだろう。そのうち、装飾用に昇格させてやろうと思っている。

壺のことばかりアーダコーダと書いてみたが、結局のところ、人生、「ドツボ」にはまらずスイスイとうまく泳いでいきたいと思う今日この頃だ。

2012年6月13日水曜日

徳利

アマノジャクな性格もあって、こんな季節でもアチチとか言いながら熱燗を喜んで飲んでいることが間々ある。

薄着のせいで中途半端に涼しかったり、クーラーで冷えたりした時は、夏場でも熱燗がウマい。


昼飯を抜いた夜、空腹の時にクッとひっかける燗酒が最高だ。「五臓六腑に染み渡る」という表現を編み出した人を尊敬したくなる。

舌先から喉、そして食道から胃袋に至るまでジンワリと熱さが通過していく。シミる~!って感じだ。

画像は、よく持ち歩いている備前のぐい呑み(金重晃介作)にお燗酒を注いで、ゆらめきに酔いながら上物のウニをつまんでいた時のもの。

最近、ぐい呑みや徳利をコレクションするエネルギーが湧かない。個展に行ったり窯場の旅もしたいのだが、そっちに目が向くと散財しちゃうからジッと我慢だ。

わが家には随分徳利や盃が置いてあるのだが、このところ家呑みをほとんどしないので出番がない。せめてぐい呑みはアレコレ持ち歩いて楽しまないともったいない。

そう考えると徳利はさすがに持ち歩けない。面白くない。どちらかといえば盃より徳利のほうが好きだから、もっと使い倒したいのだがなかなか機会がない。


信楽の小ぶりな徳利は澤清嗣さんの作品。石がはぜたような荒々しい器肌だが、フォルムが実に愛らしい。撫で回したくなる。時々、酒を飲むわけでもないのに、ただ掌でもてあそんでしまう。

1・5合ぐらいしか入らないから、ちょびっと飲む時に使う感じだ。ひしゃげた口からぐい呑みに注ぐ時、ちろりと一滴の酒が漏れたりすると堪らない風情だ。喜々として徳利の肌に酒の雫をすりつけてウッシシな気分になる。


こちらは備前の作家・野村一郎さんの作品。使うというより眺めているとその存在感が楽しめる感じだ。何かの雑誌でやきもの特集が組まれた際の表紙画像を飾った作品で、その雑誌を持っていたこともあり、ついつい購入した。

さきほどの信楽もこの備前も携帯で撮影しているから、器が持つ独特の色気が全然表現できていない。ちゃんとしたカメラとレンズを駆使して撮影すれば、もっと立派な作品に見えると思う。


こちらは唐津の陶芸家・川上清美さんの作品。一見焼き締めに見えて、実際は釉薬を上手にまとわせている。口造りの巧みさに惹かれて購入した。ドッシリとした風格が秋の枯野を思わせる。凛とした佇まいが画像で表現できていなくてスイマセン。

30歳ぐらいの頃だったか、日本のやきものに俄然興味が湧いた。作ることに関心はないのだが、自分の琴線に触れる作品を求めて全国いくつもの有名窯場を旅したりした。

初めて身銭をきって買い求めたのが徳利だった。美濃焼の産地である岐阜県多治見をブラブラしていた時に一目惚れした。

いま見ると実にどうでもいい作品なのだが、釉薬の垂れ具合、自分の掌にしっくり合うサイズ感、少しだけいびつなフォルムなど、現在の私の好みの原点になっているから不思議だ。

無名作家の作品で気取った箱も付いてなかった。値段は5千円。その後、10倍も20倍もするような徳利をいくつもホイホイ買うようになったことを思えば安価だった。でも、あの時は「5千円の徳利」を買うのも勇気が必要だった。

5千円が無かったというわけではなく、ロクに使いもしない器を衝動買いする経験がなかったから、躊躇した記憶がある。

いまも自宅の陳列棚の奥の方にしまってある。使うこともなく手に取ることもなくなったが、5倍、10倍の値段の徳利よりも大事な存在だ。たまにふと視界に入ったりすると、あの頃の純粋な気分を思い出す。

酔っぱらって帰宅した深夜。廊下の壁にはめ込まれた陳列棚に飾ってある徳利を引っ張り出したくなることがある。両手で包み込んだり、掌で転がしたり、はたまた頬ずりまでする。

注ぎ口に目を近づけ闇の向こうに何かがあるんじゃないかと必死に覗いていることもある。誰かに見られたら異常な姿だが、好きで集めたものを手にとって夢想・妄想する瞬間ほど楽しい時間はない。

あれも一種の癒しだ。

やっぱりまた窯場への旅がしたくなった。唐津に行きたいなあ。