還暦を迎えて半年以上が経つ。節目だからといって何かが変わるわけではないが、面白いもので還暦を迎えたあたりから体調の変化は顕著になってきた気がする。
まず第一に疲れが取れにくい。前からそういう傾向はあったが拍車がかかった感じだ。すなわち体力がガクンと落ちてきた感じがする。昨年アレコレ努力して退治した倦怠感とはまた違った「バテ」みたいな感覚だ。
5年前、10年前と比べて体力が落ちてくるのは当然だが下降カーブが急になってきた印象がある。キックボクシングジムにも何とか通っているのが救いだが、それが無かったらと思うとゾっとする。
こればかりは抗えない自然界の掟だから仕方ない。こうやって老人への準備が整っていくのだろう。まだコケたり階段でつまずいたりしていないからせいぜい足腰への負荷は適度に意識して過ごそうと思う。
それよりも心情的にイヤなのが「眉毛の白髪化」である。バテバテの現実は背筋を伸ばして見栄をはればごまかせるが、白い眉毛はストレートに老化を実感するから困りものだ。
考えてみれば10年以上前からヒゲの白髪化はグングン進み、鼻毛なんて半分ぐらいが白い。ようやく白髪軍団が我が眉毛の存在に気付いて狙いを定めてしまったようだ。
ちょこちょこ抜いてはいるが、そのうち追っつかなくなるのは間違いない。自分が村山元首相みたいな風貌に近づいていることが衝撃である。眉毛が白くなるなんてほんの5年ぐらい前までは考えたこともなければ心配したこともなかった。例外は無いはずなのに自分の身に起きることを想像していなかったわけだからそれ自体が若さだったのだろう。ちょっと切ない。
そういえば“下の毛”もかなりの白髪化が進んでいる。思い立った時にあられもない格好でまとめて抜く作業に励んでいるのだが、あの姿は我が人生の中でもトップレベルで恥ずかしい格好だ。
この歳になればもう放置しても良さそうなものだが、一応、まだ現役なので目立つ白いヤツは撤去したい気持ちもある。以前、オジサマ好きの若い女子に下の毛が白くなっていく寂寥感を嘆いてみせたのだが、帰ってきた答えは「枯れた感じで萌えるから抜くな」だった。
真に受けたいところだが、世の中、そんな変態指向の女性ばかりではないはずだ。いまだに何が正解か分からずヒマな夜中に涙目になりながら引っこ抜いている。諸行無常とはまさに毛の色だと感じる今日この頃である。
睡眠の質が変化してきたのも最近の特徴だ。寝入りは悪いのだが、いったん寝てしまえばかなりドップリと寝るようになった。2年ぐらい前までは深夜に一度はトイレに起きるのが標準だったのが最近はノンストップである。水分摂取量は変わっていないのに不思議だ。
でも寝るのにも体力がいるからノンストップで8時間ほど寝られちゃうのは体力が上がってきているのだろうか。体力が落ちたと書いたばかりなのに矛盾している。睡眠体力はまた違う種類のエネルギーなのだろうか。謎だ。
それにしても“もうすぐ老人”という現状でもハゲなかったことは我が人生における“僥倖”の最たることかもしれない。中学高校時代から髪が薄いのなんのと人様からイジられることがあったが、今も年齢相応?に毛髪は頑張ってくれている。
今も鮮明に覚えているのだが、20年近く前に娘の幼稚園で撮られた親子画像に唖然とした。誰だこのハゲ親父は?と思った人物が私だった。面白いもので毎日自分の顔を鏡で見ていてもハゲの自覚が無い状態だと、無意識にハゲてなかった頃の自分の顔を投影してしまい“滅びゆく大草原”には気づきにくいらしい。
環境破壊や自然破壊も手遅れになってから気付くのと同じようなものだろう。現実をきわめて客観的に映し出す写真を見ることでようやくハゲ散らかし始めていた我が頭髪問題に向き合うようになったわけだ。
有難いことにAGA治療、すなわちハゲ治療が世界的に進化してきたタイミングだったのは幸いだった。有効性が実証されている飲み薬、塗り薬をキチンと毎日続けたことで気づけばしっかり毛髪は再生してくれた。毛根がギリギリで残っていたのだろう。
他にも毛髪の健康状態に良いといわれるサプリも飲み続け、シャンプーもそれっぽいヤツをあれこれと選んできた。食生活まで変えるほどの根性はなかったが、なんだかんだ言って60歳にしてはまあまあ妥当な毛量を維持しているように思う。
やはり20年近く前、ハゲを自覚し始めた時に某かつら業者を訪ねて手付金まで払ったのだが、思い直してキャンセルしたのも正解だった。残存毛髪に縛りつける方式のかつらだったのだが、ヅラを被ってしまったら塗り薬は使えないし頭皮環境も悪化するから急きょキャンセルした。
30万円の手付金はムダになったが、その後は涙ぐましい努力のおかげで何とかなったので“縛られる人生”とは無縁でいられた。思えばハゲ対策に本気になった大きなきっかけは、私の亡きあと娘の記憶に残る私の姿がハゲ親父だったらイヤだという一心だった。
ちゃんと家庭をもって娘を授かったからそんなふうに思えたわけで、その一点だけで私の結婚経験はムダではなかったと思える。
歳をとると何でもかんでもこうやって自己正当化をはかるようになる。ヘンテコな結論になってしまった。





