2026年9月25日金曜日

野球と人生

 

もともと野球が好きだったのだが、最近になって大学野球マニアみたいになったせいで頻繁に試合観戦をするようになった。

 

東京六大学だけでなく東都大学リーグも時間さえあれば観戦している。秋のリーグ戦前半も何度か見に行った。寒い雨の中で観戦した亜細亜大vs東洋大学の一戦も最終回に波乱の展開になって面白かった。雨合羽に傘までさして過ごしたのは生まれて初めての経験だった。我ながらマメだと思う。

 



人気の東京六大学に対して実力の東都と言われるだけあって東都大学リーグはなかなか奥が深い。東京六大学は何といっても東大という安全パイ?が存在するため実質的に5大学が覇権を争う。東都の場合、1部2部の入れ替えがあるから1試合もムダに出来ない戦国状態だ。実にシビアだ。

 

今年は東都も基本的に神宮球場を使っているので観戦しやすい。とはいえ、東京六大学に優先権があるため東都は平日限定で球場内の売店もほとんど開いていない。その格差は実際に体験すると明白だ。

 



全国の大学リーグの優勝校が激突する初夏の全国選手権や秋の明治神宮大会ではついつい東都の代表校に肩入れしたくなる。実際に観戦していても東都の野球のほうが芸が細かいというか緻密さの点で六大学より上だと感じる場面は多い。

 

話は変わる。先日、あの張本さんが亡くなった。日本プロ野球最多安打数を誇るレジェンドであり、テレビで“喝”を連発していたキャラクターでも知られた傑物だ。

 

張さんの追悼番組もいくつもみた。戦後の壮絶な体験や昭和元禄の頃の華やかな交流、野球界への独自の視点など私の世代の野球ファンにとっては面白すぎる話がたくさん紹介されていた。

 

もう10年ぐらい前だが、銀座のクラブでたまたま張本さんに遭遇したことがあった。その日は珍しくお客さんが少なかったせいもあってママさんが張さんを紹介してくれたので短い間だったが野球の話を聞かせてもらった。

 



別れ際に握手をした際に張さんの凄さを痛感した。張さんは幼い頃に大やけどを負って右手の指が不自由なことで知られていた。そんなハンデを負いながら前人未到の記録を残したことも凄いのだが、私に発した一言がまた凄かった。

 

その時の私とは当然初対面だ。張さんからすれば何の遠慮もいらないただの若造である。そんな私相手に握手すると同時に発した一言が「こんな手で申しわけない」である。それって凄いと思う。それまでの会話もまるで尊大な感じはなくむしろ低姿勢過ぎるぐらいで接してくれた。ただただ敬服したことを強烈に覚えている。

 

張さんが日ハムから巨人にトレードされたのは私が確か小学校高学年ぐらいだった。当時のメディアは巨人一辺倒だったからパリーグの情報は限られていた。日ハムの張本といえばコワモテで暴れん坊のイメージしかなかった。

 

そんな張さんが巨人に来たらどうなるんだろうとビビっていた私だったが、献身的なプレーで長嶋巨人のチーム再生の柱となり王選手のホームラン世界記録の瞬間の後方でのあの“斜めジャンプ”は伝説になった。

 

張さんの立派さは今後も語り継がれるべきだと思う。

 

さて、張さんが巨人に来た当時、私が大ファンだったのが高田繁選手だ。トレードマークの青いグローブが欲しくて親にねだった。とにかくカッチョ良かった。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/05/blog-post.html

 

その高田選手の野球人生をまとめたノンフィクションを読んだ。面白くて夢中になって一晩で読み切ってしまった。

 



かの浪商から明治大学を経て巨人のスター選手になり、引退後はヤクルトの監督や巨人の2軍監督、日ハムのGМ、横浜DeNAベイスターズのGМなどを務めた野球史をまとめた一冊だ。

 

日本野球の70年というサブタイトルにもあるように野球ファンなら贔屓のチームがどこであるかに関わらず面白く読める内容だろう。

 



野球の歴史的な出来事だけでなく、引退後の指導者、フロントでの役割など組織運営の難しさや現実なども細かく描写されていたのが印象的だった。見方を変えれば中高年向きのビジネス書みたいな側面もある。なかなか読み応えのある一冊だった。

 

張さんにしても高田さんにしても現役時代の姿を覚えている人は総じて高齢化している。もはや野球界の歴史だ。あの時代があって今の時代の野球が存在すると思うと妙に感慨深い。

 

まとめられない話になってしまったが、野球が好きじゃなかったら私自身の人生も随分と違ったものだったはずだ。野球を好きになって良かったとつくづく感じる今日この頃である。

 

 

 

 

 

 

2026年9月21日月曜日

物忘れ、スケベな話

 このところ物忘れがヒドくなってきたので脳のMRI検査を受けた話をこのブログでも書いた。無事に検査を終了したおかげで妙な達成感を味わい肝心の検査結果を聞く診察予約はすっかり忘れていた。


これも物忘れの一種だろうか。で、さすがにちゃんと結果は聞いておかねばなるまいとようやく診察予約を入れた。そして当日、「とくに問題ないですよ」という結論を聞きに行くつもりで意気揚々とクリニックに向かった。


ところが受付で言われたのは「アナタの予約は来週ですよ」。ガーン、大失態である。わざわざ運転手さんまで使ってクリニックに行ったのに日程を間違えていたわけだ。やはり物忘れのレベルはかなり深刻なのだろうか…!?


私としては最近のいろいろなポカは単なる注意力、緊張感の欠如だと思っているのだが、やはり脳に問題があるのかもしれない。イヤだイヤだ。


というわけで今日は過去ネタを一つ載せます。物忘れが多いとはいえ、過去に聞いた素敵なスケベ話はすべて覚えているから、やはり私の脳は極めて正常だと信じたいところだ。


ワイ談のわらしべ長者








2026年9月18日金曜日

マズい店、ウマい酒

 

とことんマズい店。そんな店に遭遇することはなかなか無い。味覚なんてしょせん人の好みではあるが、そういう次元を通り越して「断然マズい店」に出会うのはむしろ貴重な体験である。

 

先日、秋のバンドライブのアコースティック歌唱コーナーだけの練習のため、担当メンバーと2人で東京駅近くのカラオケボックスにこもって3時間ひたすら練習した。

 



疲れたから軽く一杯やっていこうとぶらぶら八重洲側の路地を歩く。二人きりとはいえギターケースもあったからスペースに余裕のありそうな店を探す。

 

まだ早い時間だったので「客がいないガラガラの店は怪しい」という飲み屋探しの大原則が通用しないばかりか、私がタバコを吸える店を希望しちゃったので二人の店探しアンテナは機能停止。荷物は重いし天気も悪かったから安直に決めた店に入った。

 



瓶ビールと写っているお通しもシャバダバ、ヘビでも焼いてきたのかと思った串焼きはセセリらしい。ダシ巻き卵に至っては注文から1分ぐらいで熱々が出てきた。すべて美味しくなくてちょっと感動するレベル。他には梅水晶、つくね、クリームコロッケを一人前ずつ頼む。

 

飲んだ酒は瓶ビール一本の他は二人合わせてサワー類を4~5杯だったか。酒もなぜかマズい。緑茶割りの緑茶がダメダメなのか焼酎の質や量の問題なのか不明だが、ぶっちゃけ評価できる点は無し。おまけになぜかお勘定は二人で1万円ほど。完敗である。

 

その後、友人がネットで調べてみたら食べログだかヤフーだかの過去のクチコミ評価が「1.6」の店だったことが判明。「1.6」などという低評価の店があることに驚いたが、いい歳してそんな店に平気で入ったことに猛反省。

 

という失態を踏まえて、どうしてマズい肴を前にすると酒までマズく感じるのだろうかというテーマを考えたくなった。

 

もちろん楽しい気分の酒ならたいていはウマい。ドンヨリした気分で飲む酒は高級酒だろうとウマくない。銀座のクラブで綺麗なオネエサンにお世辞をブリブリ言われながら飲む酒は単純に美味しい。

 

それはさておき、食べ物と酒との相性という問題もある。銀座のクラブで飲む酒だってオールドパーの濃い目の水割りを気の利いたチョコレートと合わせると妙に美味しく感じる。

 

結局、酒のウマいマズいは合わせる食べ物にも結構影響されているのが現実だ。お寿司屋さんでワインを得意になって飲む人は多いが、あれだって選ぶネタを間違えると惨事である。合わないネタはただただ生臭く感じるだけだ。

 

先日、胃と大腸の内視鏡カメラを受ける日の前日にしこたま飲んだ。検査前夜だから夜8時までに飲食を終えねばならず翌朝は朝食抜きである。で、早い時間からしっかり飲み食いしておこうと最近プチ常連になりかけている人形町のお寿司屋さんに出向く。

 



いつもより多めに刺身を食べ、焼き魚も食べ、珍味も食べた。おススメされた冷酒がやたらとウマかったのでかなり飲んでしまった。生のスジコのせいである。

 

納豆が苦手な私には卒倒しそうなラベルの日本酒だった。もちろん、味自体に納豆感?はまったく無い。当たり前か…。納豆の生産業者が手掛ける日本酒だとか。スッキリしながらもしっかりした味わいでスジコと交互に口に含んでいたらエンドレス状態になってしまった。

 



翌朝、大腸内視鏡の検査用に早朝から1時間かけて2リットルのマズい液体を飲む必要があったのだが、起きた途端に二日酔いでムカムカしていたから謎の液体を飲むたびに吐きそうになりかなり疲弊してしまった。

 

話がそれた。食べ物と酒の相性の話だった。

 

先日、久しぶりに銀座の維新號に出かけた。ここでの私のお目当てはフカヒレの姿煮と肉焼売である。その他の料理にはさほど思い入れはない。いや、いろいろウマいものもあります。

 




この店のフカヒレも随分と高値になってしまった。10年前に比べたら2倍近くになっただろうか。物価高を実感する。


高くてもウマいから仕方ない。スープというかタレが独特のウットリする味わいで昔から悶絶する。これを食べる時に必ずセットで注文するのが紹興酒の熱燗だ。

 

私は紹興酒が好きではない。むしろ嫌いだ。自ら注文することはまず無いのだが、このフカヒレだけは例外だ。熱めの紹興酒と合わせると天にも昇るようなウットリ感を味わえる。組み合わせ、マリアージュの極致だと思う。

 

このフカヒレの姿煮を日本酒と合わせてもウマいとは思えないだろうし、生グレープフルーツサワーと合わせても間違いなくトンチンカンだ。私にとっては完全無欠の組み合わせだ。

 

なんだかウダウダ書き殴ってしまったが、酒と肴の相性を語りだしたらキリがないのでこの辺にしておく。

 

 

 

 

 

2026年9月16日水曜日

パスタとスパゲッティー

 

今年は冷やし中華を一度も食べなかった。私にしては大事件である。あんなに好きだったのにゼロとは我ながら不思議だ。何度か買って冷蔵庫に入れておいたが賞味期限切れで処分した。

 

昨年、体調管理を目的に小麦粉の摂取を減らしたことが異変の原因だ。昨年の秋ぐらいまでは結構気を使っていたがその後はさほど気にせず時々はパスタもパンも普通に食べている。

 

なのにナゼ冷やし中華に背を向けてしまったのだろう。一生分食べまくったから飽きちゃったのかもしれない。


もともと外食では冷やし中華は食べない。麺がちょこっとで不要なサラダみたいな具がエバっているのがイヤで、あくまで自宅で硬く茹でた2玉をチャーシューだけ乗っけて食べるのが私の好みだ。

 

おそらくインスタのリール動画で覚えた手抜き簡単調理をあれこれ試したり、ウーバーでのデリバリーを使うことがやたらと増えたから冷やし中華を作る機会が無くなってしまったのかもしれない。

 

そろそろスーパーの売り場から冷やし中華が消えちゃうから賞味期限の長い袋麵シリーズの商品を早めにストックして再び向き合う日を待とうと思う。

 

話は変わる。小麦分野の麺の代表格といえばパスタである。私も元来パスタ好きだ。いまだに酔っぱらってコンビニに入るとナゼか弁当コーナーのパスタを食べもしないのに買ってしまうクセがある。

 

本場イタリアでも各地の名物パスタを食べ歩いたし、家庭人時代には元嫁さんに毎週末2種類以上のパスタを作ってもらったし、独身に戻ってからも少し前までは頻繁に自宅でも作っていた。

 

先日、銀座の小洒落たカジュアルイタリアンバーで久しぶりにペペロンチーノを食べた。パスタの中でも案外自作が難しい一品である。外食でもマズいやつに当たっちゃうことは多いから何となく注文する機会が少ない。

 



 この日は連れのオネエサン主導で珍しくワインをグビグビ。食べ物もそっちに任せて注文してもらったから久々のペペロンチーノとご対面。

 

結果、なかなかウマくてムホムホしながら食べた。どことなく若い頃を思い出すような感覚だった。コリドー街に近いこの店はタバコも吸えたし、一人客も多いと聞いたので隠れ家的に時々使わせてもらおうと思った。

 

それから数日後、またもや銀座で印象的なパスタに遭遇した。パスタではない。スパゲッティーである。某クラブのオネエサンの同伴要請に応じてしまったのがきっかけだ。ひょんなことでアゲアゲ気分になれた。

 

とある小料理屋のカウンターで食事をしていたのだが、なぜかこの日は私に食欲がなく、おまけにその店の日替わりのメニューにそそられる一品が無かったので早々に切り上げた。

 

同伴出勤の入店時間までは随分と時間が余ったのでカフェかどこかで甘いモノでも食べようという話になった。するとオネエサンが「プリンが食べたい」とズンズン目指す店に向かっていく。

 

連行されたのはかの「みやざわ」だった。もう25年ぐらい前から夜の銀座のアチコチで私がサンドイッチの出前を頼んでいる店である。銀座でクラブ活動に励むオジサマ族にとっては有名店である。

 

出前専門ではなく実店舗もあるとは知っていたが、入ったことはなかった。この日一緒だったオネエサンがこの店のプリンのファンとのことで、ひょんなことから店内で過ごすことになった。

 

何とも感慨深かった。なんなら30代の頃から出前ではお世話になっている店である。数々の思い出が甦ってエモい気分になる。肝心の店はといえば単なるカジュアルな喫茶店である。

 

サンドイッチや洋食メニューもあるので“夜の銀座風”のオジサン、オバサン、オネエサンが仕事前の腹ごなしをしている。そんな風景もなんだか「素の銀座」みたいな感じでオツである。

 

私もプリンを食べるつもりがメニューを眺めていたら方針転換を決定。「カルボナーラ」を注文することにした。喫茶店のカルボナーラを食べるのは学生時代以来だろう。妙にワクワクした。

 



で、出てきたのがコレである。パスタなどという表現は絶対に合わない。ニッポンの喫茶店のスパゲッティーである。ウマいかマズいかという論評の外側にある存在だ。コショウを追加でドバドバかけてむさぼった。

 

我が人生においてそこそこの時間と労力を割いた「夜の銀座」という世界における一種のハイライトみたいな瞬間だった。数えきれないほどいろんなお店に通い、いろんな経験をして、いろエロな事件にも遭遇して今や還暦を過ぎた私だ。原点、いや到着点みたいな気分で味わった。

 

ちょっと大げさな書きぶりだが、今風にいえばただただエモかった。

 

 

 

 

2026年9月14日月曜日

検査ばかりの日々

 

とりあえず健康体だ。食欲も性欲も人並み以上?にあるし、筋肉痛になる以外は痛いところもなく、活字を読む時以外は裸眼で暮らしているし、バンド練習の際もまあまあ声も出ている。自分としては還暦を過ぎたにしては健闘しているほうだと思う。

 

にもかかわらず何だか年柄年中アチコチ身体の検査をしている。よく考えたらバカみたいに思えてきた。今週も大腸と胃の内視鏡検査を予定している。1年に一度の恒例行事になっているが始めてから15年以上が経つ。

 

今までポリープこそ何度も取ってもらっているが大きな異常を指摘されたことは無い。毎年のようにやっている肺のCT検査もしかり。毎年毎年聞かされるのは「変化なし」である。

 

3年前からは膵臓ターゲットの超音波内視鏡もレギュラーになった。恒例行事がこんなにある上に、先日はここでも書いた脳のМRIもやった。こうした検査の際には多くの場合、血液検査もついでに頻繁にやっている。基準値を超える数値もよく出るが異常なほどの結果になったことはない。

 

先週も腹部のМRI検査を受けてきた。結果は「変化なし」である。もちろん喜ばしいことであり今後もちゃんとチェックする必要はあるのだろうが、以前より検査の意味に首をひねりたくなることが増えた。

 

やり過ぎでんがな!。ナゼか関西弁でそんな囁きが私の頭の中を駆け巡る。そりゃあ30代、40代で子供が小さい頃なら不慮の病死を避けるためにマメに検査に励む意味もある。今はそんな時期も過ぎて高齢者側の入口に立っているわけだから以前と同じ頻度で検査に明け暮れる意味はあるのだろうか。

 

早く死にたいわけではないが妙な長生きは御免だ。せいぜい75歳あたりでオサラバするのが順当ではないかと思っている。残り15年を切った状態である。

 

今後も今みたいにやたらとマメに検査に励んでいたら、我が意に反してムダに85とか90まで生きてしまうかもしれない。だとすると検査ざんまいの現状は私の人生プランとズレたことをしていることになる。ちょっと考えモノである。

 

とはいえ、仮に来年からすべての検査をやめてみたとする。再来年に手遅れのガンが見つかったら62,63あたりでオオサラバだ。それはそれでちょっと早過ぎる。

 

うーん、実に悩ましい。狙ったタイミングでうまく人生の終幕を迎えるにしても問題は、そこに至るまでの健康状態である。ピンピンコロリが理想だが、そう簡単にはいかない。残り15年と仮定してその期間をそれなりの健康状態でいるためには適度な体への気配りやチェックは必要だ。

 

ちょうどいい加減で暮らしていくにはどの程度の頻度で検査をしていればいいのだろうか。今の私にとって一番悩ましいテーマである。

 

先日の腹部МRI検査もトンネル状の検査機械に入る前からギュっと目を閉じ、約30分の検査中は一瞬たりとも目を開けずに頑張ったら何とかパニック気味にならずにクリアできた。

 

閉所が苦手だからたかだか30分の検査なのに前の晩からストレスはバリバリで、無事終了した後は物凄い疲労感だった。ウチを出る前に安定剤を多めに飲んだせいもあるのだが解放されたあともヘロヘロだった。

 

ヘロヘロついでに朝飯抜きだったことを思い出し、途端に空腹感に襲われた。クリニックからは日本橋高島屋が近いので特別食堂で贅沢メシでも食べようと決意。いそいそ向かう、しかし、満席で30分待ちだという。仕方なく同じ館内の資生堂パーラーに向かう。ここも満席。平日の昼は優雅なオバサマ族の独壇場である。

 

で、近所にある憩いの喫茶店「げるぼあ」に向かう。気の利いた洋食メニューがあってタバコも吸える。私にはオアシスみたいな店だ。早めの午後の時間帯で満席に近かったがとりあえず待たされずに着席。

 

オムライスとキノコパスタを注文。いい歳したオジサマが2品頼むわけだから怪訝な顔をされるのがストレスだがこればかりは仕方ない。「朝飯抜きで物凄く腹が減ってます」と言い訳をかましながら注文。

 



ワンパクメシを表現するために2品並べて画像に収めたかったのだが、そこはさすがの名店「げるぼあ」である。こちらの食べ進み具合を確認しながら同時に2品が出ないように配慮してくれていた。

 

おかげで上のような画像になってしまったが、非常に満足度の高い食事だった。オムライスはオーソドックスそのもの。これだよこれ!って世界観をみせてくれたし、キノコパスタはキノコだけでなく串切りタマネギがたくさん入っていて完璧なるニッポンのスパゲッティーを体現していた。行儀悪さの極みだが、これをタバコ吸いながら楽しめちゃうわけだから天国である。

 

高島屋特別食堂でお高いメニューを2つ3つ頼んじゃうつもりだったからお財布にも優しくて検査で疲れた心身を癒すにはバッチリだった。

 

で、今後もいろんな検査を続けるかどうかの結論は出ないままだ。でもこういう暴食を続けたいなら1年に一度ぐらいは我慢して胃腸を中心にチェックするのが妥当じゃないかと思えてきた。





2026年9月11日金曜日

ご近所に学ぶ

 

近所のキックボクシングジムに通い始めたのは昨年2月のこと。一念発起して身体をイジめたおかげで体調は良くなった。当初は週に2回も通っていたが、さすがに昨年の秋ごろからは週に1回のペースになった。でも行けば行ったでありえないぐらいの発汗時間を過ごしてきた。

 

ところが、いろんな事情で7月中旬からサボりはじめ体重もぶくぶくと増加してきた。2ヶ月サボることはやめちゃうサインだと誰かに言われて、先日久しぶりに足を運んだ。

 

2か月近くサボっていると最初のウォーミングアップが既にキツい。ケガ防止のために家を出る直前にストレッチを30分ほどやってからジムに行くのが私のパターンなのだが、家でのストレッチすら妙にきつかった。


加えてジムでのウォーミングアップである。ほんの5,6分の基礎的な動きをするのだが、これが終わった時点で疲れちゃって帰ろうかと思った。さすがにそれはアホなので久しぶりにサンドバックに向き合う。殴る蹴るの動きを自分なりに負荷をかけて頑張る。ゼエゼエである。

 

この日は途中から一種のランナーズハイ状態になり、今まで以上にサンドバックとミット打ちに時間を費やした。2か月近くサボったのに過去最長の頑張りは身体に良いはずがない。

 

終了後、バテバテになったのでいつもならさっさと更衣室に引っ込んでとっとと着替えて帰るのに、練習場の端の休憩椅子に座ったまましばし放心状態だった。

 

私としてはシンドかったものの心地良い疲れでダラダラしていただけだったのだが、しばらくしたらスタッフが二人で心配そうに声をかけてきた。

 

死んでる?…。おそらくそう思われたのだろう。私が元気に反応したら心底ホッとした表情に戻った。私はジムの会員の中では上から3番目の高齢者らしい。若いスタッフからすれば要注意対象である。何だか哀しい。



でも休憩椅子に座って脱力状態でビクともせずに座っていた私は「あしたのジョー」のラストシーンそのものだったのだろう。こんなにスリムではないが…。

 

さてさて、キックジムもウチから徒歩3分だが、ちょっといい感じのお寿司屋さんを徒歩2分30秒の距離に見つけた。今のマンションに住んで3年以上たつが、至近距離の店を案外見落としているケースは多い。このお寿司屋さんもその一つ。

 

存在は知っていたのだが、ネットのクチコミがコース料理の体験談ばかりだったせいで敬遠していた。自分の好みで食べられないイマドキ系?の店はエセ寿司屋だと思っている私の信条が邪魔して覗いたことがなかった。

 

とある日、やはりわが家からさほど遠くない別なお寿司屋さんを開拓しようと暖簾をくぐったら運悪く満席。仕方なく近くにあるその店に行き意を決して改めて「こちらはコースだけですか?」と尋ねてみた。

 

すると「お好きなものをなんなりとどうぞ」という正しい返答があったので初トライすることに。やはり、ネット情報を鵜呑みにせず自分の耳で聞くべきだと痛感。

 


 

家族経営の居心地の酔いお店だった。いい感じの大将とその弟、そして銀座の名店で修業していたという若い息子さん、おまけに大将のお母さんらしきマダム?もお運びを手伝っている。皆さん人当たりも良い、キチンと手を入れた真っ当なネタが揃っているうえにエラそうな態度はゼロ。おまけに場所柄もあってか、煮ハマグリのような江戸前の仕事ネタもいくつもある。穴子も上等だった。

 




 ちょっと高級な町寿司とでも言おうか。店の作りも風情があって私好みである。もっと早く知っておけばよかったと反省する。

 

思えば界隈に引っ越してきた際に何軒かのお寿司屋さんを開拓してみた。日本橋の三越側のエリアを中心になかなか良いお店がいくつかあった。場所柄、単なる生魚中心ではなく仕事系のネタを出す名店がいくつもあった。

 

スットコドッコイみたいな寿司屋が多い銀座と違って日本橋周辺のお寿司屋さんは極端に表現するなら「真っ当」だった印象が強い。上等なネタ、丁寧な仕事ぶり、店の雰囲気ともに高水準なのに値段については納得できるレベルに収まっているお店が多かった印象がある。

 

銀座の7丁目8丁目ともなると夜の蝶がヒラヒラと舞う特殊な街だ。お寿司屋さんの“ノリ”もやはり他の街とはいろんな意味で異なる。その点、日本橋あたりだと質実剛健というか、道理をわきまえているようなお店が多いのだろう。客層の点にもそうした違いは出るのだと思う。

 

ここ数年、新富町にある某お寿司屋さんがお気に入りになり、他の店を新規開拓する気持ちがまったく無くなっていた。それはそれで悪いことではないが、隠居の身でもあるまいし、時には好奇心を満たすことも必要だ。

 

かつては毎月毎月何軒も道場破りかのようにお寿司屋さんの新規開拓に励んだ私だ。あの頃ほどのエネルギーはないものの、あの頃に身につけた私なりの“新規店でとっとと上客になるマル秘マニュアル”はまだまだ有効だ。時には冒険するのも一興だと感じた。

 

 

 

 

 

 

2026年9月9日水曜日

MRIとの闘い

 

物忘れがヒドくなってきたことで脳神経内科に行き、脳のMRI検査を受けるハメになったことを8月終わりにこのブログで書いた。閉所恐怖症気味だからイヤでイヤで憂鬱で憂鬱で仕方なかったのだが勇気をふり絞ってちゃんとやってきた。

 

脳神経内科でMRIを手配してもらう際に閉所が苦手だという話をしっかりアピールしまくったせいでオープン型のマシンがあるクリニックを紹介された。

 

受付の際に鎮静剤をもらうつもりだったのだが、私の勘違いもあって話がスムーズに進まずちょっと難儀した。鎮静剤を使う場合は予約時間より1時間早く到着して服用後クスリが効いてくるのを待ってから検査をする段取りだとか。


私の検査予約時間は10分後だ。これ幸いとばかりに「では無理なので帰ります」と言ってみたのだが、親切なクリニックの人々が予定時間をずらしてくれることになった。嬉しいような悲しいような気分とはこういうケースを指すのだろう。

 

鎮静剤を2錠もらい一時間後に戻ってきてくれればいいとのことだったので近くのカフェの喫煙ルームにこもってガバガバとタバコを吸う。オープン型のMRIとはいえどうせパニック寸戦になるぐらい恐怖感と闘わねばならない。束の間の自由時間は煙を吐き出すぐらいしか出来なかった。

 

十数年まえに脳のMRIを受けた際は首から上をすっぽりと機械に覆われその閉塞感に悶絶した。気が狂うんじゃないかと心の底からビビりまくった。

 

その後、トンネル状の機械に全身が包まれる一般的な腹部MRIも何度かこなしてきたが、頭すっぽりバージョンほどではないものの毎度メロメロにバテまくっている。閉じ込められるのがとにかくイヤだ。

 

久しぶりに頭部MRIである。オープン型の機械がどんな形状なのか不安で不安で仕方なかったのだが、鎮静剤が効いてきた頃にご対面した機械をみてちょっと驚く。良い意味で驚いた。

 

座った状態で首から上をすっぽり覆う機械ではなく、通常のMRIのように横になって検査を受けるスタイル。おまけに全身を包み込むような形状ではなく、左右は開放された状態で検査部位にカメラが覆いかぶさる感じの仕組みだった。身体がベルトで固定されることもない。

 



 この画像はネットで借りてきた見知らぬ医療機関のものだが、大雑把にいえばこんな感じで“包み込まれない”スタイルである。これはかなり気が楽だ。

 

鎮静剤のおかげでボーっとしてきたし、担当医がやたらと丁寧に気を配ってくれたのでどんどんやる気?が出てきた。聞けばこのクリニックは閉所恐怖症気味の人が各地からこぞってやってくる“駆け込み寺”みたいな場所らしい。

 

私などはしょせん「閉所が苦手」レベルだが、電車やクルマにすら乗れない重度の閉所恐怖症の人も利用しているとか。そういう人は徒歩3,4時間かけて検査に来るという話を聞いて、がぜん勇気が湧いてきた。

 

で、検査が始まった。腹部の検査だと「息を吸って、吐いて」みたいな作業を結構マメにやらされて放心状態になれないのだが、頭部の検査はそういう作業が無いのがラクだ。エロい妄想に励んでいるだけでいい。

 

通常は20分で終わるのだが、痴呆傾向を調べるには追加で10分必要らしい。検査を始める前は20分でいったん解放してもらって一息ついてから追加の10分をやり直すようにワガママ要求を受け入れてもらったのだが、結局、追加の10分もそのまま連続でこなせた。

 

無事に終わったことで達成感、満足感はかなりのものである。おかげで検査結果を聞きに行く診療予約をしていない。忘れたままである。変な話、結果を聞きにいかなければ「異常なし」だ。そうはいかないか…。

 

ちなみに明日、すい臓方面をチェックする別のMRI検査の予定が入っている。こちらは以前に手配済みなので一般的な閉じ込められる機械の検査だ。いまさら検査するクリニックを変えられない。もう少し時間に余裕があればオープン型の優しいMRIを手配し直したのに何とも切ない。

 

前回の検査では機械に入れられる前から終了するまで一瞬たりとも目を開けずに閉じたままでいるといいという技師さんのアドバイスのおかげで何とか耐えられた。今回もその作戦を徹底しようと思う。

 

それにしても長生きしたい願望はまったく無いのにナゼ私は何度も何度もこんな検査をビビりながら受け続けているのだろう。医療費でパンク寸前の国家財政の観点からも問題である。

 

そろそろ検査だ何だと余計な健康対策にソッポを向いてサプリや常用薬もスパっとやめて自然のままに任せてみようかと本気で考えている。