ウチで自炊っぽいことをする時はたいてい豚肉をあれこれ味付けして焼くぐらいだ。生姜焼き、みそ焼き、プルコギ味、豚丼のタレ味等々、気分に合わせてちゃっちゃっと作る。
フライパンで焼くという作業がほんの少し厄介なので、それより手を抜くときは安直な炊き込みご飯を作る。炊飯器のスイッチを押すだけだからラクチンだ。
市販の炊き込みご飯の素はどれもパッとしないから具材を追加投入する話は以前にも書いた。タケノコ土佐煮あたりをハサミで細かくカットして追加するのが定番だが、最近新たに加えることが増えたのがシイタケである。
各地で人気のさまざまな釜飯にしても甘い味付けのシイタケが重要なアクセントになっていることが多い。とはいえ、一からシイタケを調理するのはゴメンだから市販のシイタケ旨煮などを活用する。
これがウマい。そもそも炊き込みご飯は味付けを甘めにしたいのが私のこだわりだ。いつもパルスイートを大さじ一杯ぐらいは平気で投入する。それをしなくても甘めの味付けのシイタケをどっさり追加投入すると自然とバランスの良い甘味に仕上がる。おススメです。
さて、ここから本題。本題というほどの話ではないが、ウチメシをめぐる最近の感動は亡き祖母の手抜き料理を再現できたことだ。料理と呼ぶのもためらわれるぐらい安易な食べ物である。
「ビーフン炒めソース味」である。文字にすると何てことはないがこれが奥が深い。今まで再現に挑んだがなかなか当時の味にならなかった。
問題は私がこの料理の前提をソーメンだと勘違いしていたからである。ある種のモノグサ?だった我が祖母は起きている時間の9割は煙草をスパスパしているような人で、食事もテキトーに済ませることが多かった。
ソーメンをただ炒めてソースを回し掛けして食べているような無頼派!だった。実際にソーメン炒めも作っていたが、私が時々横から貰ってウマいウマいと食べていたのは実はビーフン炒めだったことをふと思い出した。
大事なポイントは「ちゃんとしていないビーフン」を使うことだ。すなわち乾燥状態のビーフンの束をお湯で戻す際にちゃんと戻し切れていない状態のものを使うのがコツ。きっと祖母のことだからしっかり戻している時間がじれったかったのだろう。
戻し切れていないどころか通常の半分程度の戻し方が適切。すなわちボリボリ気味である。なんならペヤングのお湯を3分待たずにわずか45秒ぐらいで捨てちゃった時のようなボリっとした感じだ。不思議なもので普通に戻したビーフンを使ってもちっともウマくない。
その状態でしっかり水を切って油を引いたフライパンで炒める。味付けは塩コショウだ。コショウを多めに投入するのがポイント。最後にウスターソースをかけて混ぜ合わせて完成する。皿に盛った後に食べながら追いソースするのもアリだ。
実にふしだら?な料理である。やる気も情熱も愛情もまるで無い。でもこれが子供の頃の私を興奮させる一品だった。そもそも醤油よりソースが好きだったし、野菜嫌いだったし、固い麺が好きだった。だから素っ気ないこの一品が神々しく見えた。
母親だったらこんなものを育ち盛りの息子に食べさせないだろう。でもそこは無頼派の祖母である。小腹が空いた時にチャッチャカ作っていた。私が19歳になる頃に祖母は亡くなったのだが、「安直ビーフン炒め」は私にとって祖母の思い出そのものである。
秘伝!?のあの味をちょくちょく食べさせてもらっていた当時、思えば祖母の年齢は私の今と同じぐらいだった。還暦を迎える程度に人生経験を積んだらやっとたどり着く奥深い料理がこれなのかもしれない。そう考えると感慨深い。
で、人生経験を積んでたどり着いた私はアマゾンで大量に乾燥ビーフンを取り寄せ、今後は頻繁にこの秘伝の味を楽しもうと思っている。
アレンジ版にトライするために粉末の焼きそばソースを取り寄せたし、肉をトッピングしたらどうなるだろうとか、マヨネーズを加えたらどうだろうとか、ナポリタン味にしたらウマいだろうかとか、日夜、進化系を作ることを構想している。
でも単純明快に塩コショウとソースで炒める「婆ちゃんバージョン」には勝てないだろうと思っていつも同じ味に仕上げてしまう。
ソウルフードってそういうものである。慣れ親しんだ味、最初に感動した味にはどのようなアレンジを加えてもかなわないことは私の経験上ある意味不変の真理である。思い出補正まで加わって私にとってはすでに今年一番ウマいものになっている。
ちなみにこれを読んで試しに作ってしまう方もいるかと思うが、美味しくないと思ってもそれを私には言わないでください!





