2026年10月16日金曜日

イクラ、すしのこ

 

デパートでやっている物産展はナゼかワクワクする。全国各地の名産品などが集まるからぶらぶら見ているだけでも楽しい。

 

有楽町の交通会館や銀座一丁目、はたまた日本橋界隈には各道府県のアンテナショップがあるので散歩のついでに頻繁に覗くのだが、デパートの物産展は熱気が違う点が良い。

 

来場者だけでなく、各店舗のオバちゃんのハッスルぶりが催事の空気感を作っている。常設のアンテナショップとはイキイキ感がまったく違うから何となく楽しい。

 



先日は日本橋高島屋でやっていた北海道展に出かけた。三越の北海道展より規模が大きくてちょっとアガった。それにしてもイクラの値上がりぶりはどうにかならないだろうか。富豪の私?でも簡単に買う気にならない。5年前に比べると体感で2~3倍にはなっているようだ。

 

イクラは川に上がってくる前の鮭から取るから鮭の回遊コースに異変でもあったのだろうか。気象条件が変わってきたから海の生き物にも影響はあるのだろう。イクラの大ファンである私には結構ツラい。仕方ないから年末にかけてふるさと納税で大量に注文しようと思う。

 

さてさて、最近はお手軽な幸福感を味わうことを日々のモットーにしている。近所のデパートで催事場を覗いてワクワクするのもお手軽に幸福感を味わえるし、ウチメシひとつとっても手軽な海鮮を買ってきて好みの味に仕上げた酢飯とともに味わえばプチ・ハッピーの極みである。

 



某日、自作の酢飯がウマく仕上がったところにマグロとイクラだけをトッピングしてガツガツ食べた。外食よりは格安だし、外食だと他に余計なものも頼んじゃうからこういう単純メシで済ませるのも悪くない。

 

個人的に海鮮丼を食べる機会は滅多にない。せいぜい函館あたりの旅先でウニ丼、イクラ丼を食べるぐらいだ。都内でもインバウンド向けにたいそうな海鮮丼を出す店が増えているようだが、私の場合、お寿司屋さんでアレコレ食べるほうが好きなので海鮮丼とは縁がない。

 

個人的には海鮮丼は酢飯で食べたい。ホカホカの白飯で食べるのも悪くないが、ウマい酢飯で食べてこそ魚の味も引き立つような気がする。こだわりを言わせてもらうと冷え切った酢飯だとイマイチである。ほんのりあったかい酢飯が最高だ。

 

というわけで、家で自ら炊き立てご飯を使って酢飯を作り、そこに海鮮を載せるのが間違いのないプチ・ハッピーへの道である。

 


 

上の画像のすし酢が私の好みだ。ここ何年もこれしか使っていなかったのだが、最近になって子供の頃に時々味わっていた「すしのこ」に再注目するようになった。

 


 

妙に甘い味付けの人工感!?たっぷりの粉末のアイツである。昭和の子供はみんなお世話になったはずである。

 

上の画像のすし酢を使うと品の良い本格的な味の酢飯が手軽に作れるのだが、「すしのこ」を多めに入れると実にヤンチャな味になる。ジャンク和食の極みみたいな味である。よく分からない表現ですいません。

 



良く言えば昔懐かしい郷愁の味であり、悪く言うならちょっと下品でベタな味である。でもそれがウチメシならではのユルい感じになって悪くない。むしろ嬉しい気持ちになる。

 

さすがにどこのスーパーでも置いてあるロングセラー商品だけのことはある。麻薬成分的なモノでも入っているのか中毒性すら感じてしまう。冷静に味わうと不思議な味だ。正直に言えば鮨飯とは違う種類の味だといえる。でも、その不思議感こそが「すしのこ」の魅力だ。多めに使うとその後は喉が渇いてしょうがないのもご愛敬である。

 

子どもの頃はこれをまぶしたご飯をおかず無しでも際限なく食べられた。なんなら今だってそうやって食べてみたい。具材は無しでチョロっと醤油を垂らすだけで充分にウマいはずだ。きっとコメ2合ぐらいは秒殺、3合だって余裕で食べられそうな気がする。

 

 

 

 

 

 

 

2026年10月14日水曜日

小さなワクワク

 

 


 スマホのおかげでどんな場面も画像に残せるようになった。夜の浅草寺からスカイツリーを望む一枚は浅草をホロ酔いで歩いていた時に撮影した。スマホに支配される日々の暮らしを嘆く私だが、こういう場面を簡単に撮影できるわけだから有難い。

 

さて、浅草にいた日の話だ。すっかり出不精になって職場と家の周りしかウロついていないのもシャクだからちょこっと遠征気分で出かけた。

 

遠征などというには近すぎるのだが、この日、まず出かけたのが両国にある江戸東京博物館である。長いこと休館していたがリニューアルオープンしたので久しぶりに覗きに行った。

 

ここは都内の博物館の中でもかなりユニークな場所だ。スケールも立派だし、東京人ならもちろん、東京出身者じゃなくても興味深い展示内容が多い。プチ歴史好きな私にとっては何度来ても発見がある。

 



広大なスペースだから運動不足解消にも貢献してくれる。常設展示以外の特別展までウロウロすれば結構足が疲れる。中高年向きのレジャー施設としてオススメ。

 

ちなみに以前から気になっていた展示物がリニューアル後の今回もしっかり私のハートを捉えた。といっても良い意味ではない。切ない気分になる内容である。「江戸町人の人生」というシンプルなパネルである。

 



7歳で寺子屋に入り、12歳ごろから奉公や弟子入り、15歳で元服…等々の一般的な歩みが描かれている。24歳で結婚するぐらいまでは問題ないのだが、その後はたいしたライフイベントはないまま、40歳を過ぎたぐらいの頃のイラストはジジイ状態である。

 

で、残念なことに「56歳で死去」である。そりゃあ、昔の人が短命だったことぐらい百も承知だが還暦も迎えられないのが一般的なのかと思うと妙に切ない。この展示パネルをみるたび「世が世ならオレもとっくに死んでるのか…」とビミョーな気分になる。

 

なんとかならないものだろうか。ならないだろう…。

 

江戸時代の展示物を中心に堪能して、明治維新後の東京のコーナーは個人的にそんなに面白くないので早歩きで見学を終了。両国からさほど遠くない浅草まで足を延ばすことにした。

 

不思議なもので秋になると浅草に足が向きがちだ。私の生まれ月が10月だからDNAの仕業なのだろうか。祖父から上のご先祖様は浅草の人だったから時期が来ると呼ばれるのかもしれない。

 

すっかり外国人観光客向けの街に変貌した浅草だが、やはりあの街ならではの空気感は魅力的だ。ナゼだか散歩しているだけで気分がアガる。とりあえず疲れた足を休ませたくて浅草ROXの日帰り入浴施設に向かう。

 



 

さすがに観光客は少ないようでなかなか快適に過ごせた。ジェットバスや打たせ湯ばかり利用するあたりが我ながら加齢を痛感する。サウナも快適だった。時にはこういう過ごし方もアリだ。

 

入浴後、どこで一献傾けようかサウナの中でひたすら考える。浅草といえばすぐにヨシカミなどの洋食屋さんに行きたがる私だが、この日はナゼか頭の中を餃子が支配し続けていた。サウナのせいでただただビールが飲みたかったせいかもしれない。

 

で、風呂上がりにウロウロ歩き回るのも面倒だったので、目の前にあったどうでも良さそうな?店構えの町中華に入ることにした。

 

スマホとにらめっこして必死に餃子のウマい店を探すのは「無頼な街・浅草」での行動パターンとして何だかカッチョ悪い気がした。いや、いま思えばちゃんとスマホを駆使して店選びをすればよかったと思う。

 



餃子、かに玉、あんかけ炒め麺である。味はそれなりとしか言えない感じ。まるで印象に残らなかった。特別マズくはなかったから文句を言ってはバチが当たる。でも星の数ほど飲食店がある中でここを選んだ自分の中途半端さにちょこっとイラついてしまった。まあ、美味しくビールなどをグビグビしたから良しとしよう。

 

というわけで、気張って“お出かけ”などと構えなくても結構いろんな楽しみ方が出来るものだと今更ながら感じた1日だった。

 

いわば“プチ・ワクワク”みたいな行動を積み重ねることが日常生活にちょっとした彩りを加えてくれるーーなどとガラにもなく痛感した時間だった。

 

 

 

 

2026年10月9日金曜日

内向きな自分、エロい自分

 

ワイワイと騒ぐ時間も好きだが、一人しっぽり過ごす時間も好きだ。たいていの人にとって社交的な部分と内向的な部分は共存している。私も同じだ。いろんな自分がいる。人前で陽気に騒ぐ自分もいれば内向きになって何時間も無表情で過ごす自分もいる。

 

真面目な自分もいればフシダラ極まりない自分もいる。それが人間だろう。若者が“自分探し”などと口にするが、「自分」とはそんな簡単なものではない。死ぬまで、いや死んでも分からないままだと思う。

 

そんな面倒な話を書くつもりではなかった。散歩の途中で隅田川を眺めながら一人静かに味わうコーヒーが好きだという話を書こうとして脱線した。一人時間、それも無表情でボケっとする時間の話である。私にとってプチハッピー?な時間だ。

 



門前仲町側の永代橋のたもとに「ガムツリーコーヒー」という専門店がある。そこで買ったコーヒーを隅田川沿いの遊歩道のベンチに座って飲んでいると妙にリラックスできる。涼しくなってきたからこれからの週末はマメに通いそうな気がする。

 

隅田川テラスと呼ばれる川沿いの遊歩道は中央区や台東区など近隣住民にとって憩いの場だ。もちろん遠方から来ても散歩コースとしては秀逸だ。当然ながら信号も車も自転車もいない空間である。行き交う船を眺めながらノンビリするのは最高だ。

 



カフェモカみたいなちょっと甘味のあるコーヒーにエスプレッソショットを追加するのが私の定番だ。職場やウチで飲んでいるスティックコーヒーより100倍ウマい。スティックコーヒーと比べては専門店に失礼か…。

 

昔から感じているのだが、一人の時間の充実度がそれ以外の時間を楽しめるかどうかを左右するのだと思う。誰かといればどうしても気を遣うし、かといって常に一人でいるのも味気ない。人と過ごす時間はフルにエネルギーを発揮して、一人の時にノホホンと充電するー。どうやらそんなことの繰り返しで生きている気がする。

 

先日、某・仲良しオネエサンと銀座の和食屋さんでしっかり飲み食いした後に近くのバーに立ち寄った。バーといってもオーセンティック系ではない。賑やか系だ。昔からの付き合いがある中年ママが切り盛りする店で、ママさんの他に私と同年代のオカマちゃんや若いバーテンくんなど雑多な面々が賑やかに楽しませてくれる。

 

いつもは夜のクラブ活動の合間や飲み直しに一人で顔を出すのだが、この日は珍しく女性を連れていったせいでお店の面々がやけに盛り上げてくる。こっちも調子に乗って絶叫系のカラオケを連発したりして騒ぐ。

 

そのうち、ノリノリになったオカマちゃんがそのオネエサンを襲い始めた。素敵な時間である。画像はとりあえず白黒に加工してみた。私はこういう乱痴気騒ぎが大好物だ、男ならみんな大好物だろう。


 



オネエサンもアニソンを熱唱しながらオカマちゃんと戦闘状態である。この画像以上の展開についてはここには書けないが、寝取られ系フェチ度が強め?の私にとっては至福の時間だった。

 

こういうバカ騒ぎも時には必要だ。とくに中高年になるといろんなブレーキが作用してハジける場面がどんどん減ってくる。それが「分別」というやつなんだろうが、フンベツなんて社会秩序のために誰かが押し付けてきた根拠不明の迷信みたいなものである。


眉をひそめる人もいるだろうが、たまには眉をひそめられる側になってみるのも悪くない。あと何年ぐらい元気でいられるか分からないから機会があればバカ騒ぎの時間を確保したいものである。

 

思えば若い人が喜んで食べるようなファストフードをむさぼり食い、コンビニスイーツに常日頃から世話になり、ハヤリのドラマ「VIVANT」にハマり、関連するネット配信番組「悪役会議室」まで楽しみにしているように私の行動パターンには“還暦オヤジらしさ”がちょっと足りない。

 

若ぶっているつもりはないし、若ぶりたい願望もないのだが、ミーハーというか落ち着きがないというか、どうもドッシリ感が欠如しているようだ。バカ騒ぎを反省するどころか推奨しかねない精神構造はちょっと考えものかもしれない。

 

とはいえ、そんな自分もまた“正規の自分”である。生真面目で小心者な自分も正規の自分であり、倫理に嚙みつきたい自分も正規の自分である。バカ騒ぎしている時に「テキトーにしておけよ!」と脳裏で囁きながら注意してくれる心の声もまた正規の自分の声である。

 

要は「自分A」「自分B」「自分C」みたいにいろんな自分がいて、そのどれもが自分そのものである。当たり前だがそういうもんだろう。だからどっちかの自分が粗相しても、どっちかの自分に免じてご容赦願いたい。

 

 

 

 





2026年10月5日月曜日

結局は出汁と旨味

 

歳に見合わずファストフードもドカドカと食い漁る日々だ。若い頃から進化してないようだが、考えてみると着実に変化はしている。若い頃はエスニック料理屋らインド料理、本格的なイタリアンなどヨソの国の食べ物もガツガツ食べあさっていたが、最近はすっかり和食一辺倒になった。

 

ファストフードといえどもハンバーガーはともかく、牛丼やカツ丼、はたまたナポリタンやらオムライスやらは日本独自の食べ物だから和食である。いまだに時々食べてしまう菓子パンにしても日本的なシロモノという見方もできる。

 



デリバリーを頼む際、ロースカツ丼とヒレカツ丼のどちらにしようか迷うと両方食べちゃう節操のない私だが、そんなドカ食いターゲットも和食ばかりになってきた。原点回帰なのか赤ちゃん返りなのか不明だが、人生、何週も回ってくると結局は和食に行き着くのだろう。

 

先日、某お寿司屋さんに生のタラコがあったのでツマミで出してもらった。明太子となると九州より向こうの半島あたりから渡来した風情があるが、単なる塩タラコは和食の極みみたいな一品だ。

 

タラコといえば私にはヘンテコな食べ方がある。酢にひたしてチビチビ食べるのがそれだ。たいていの人が共感してくれないのだが、ナゼか子供の頃からタラコ酢が大好物である。

 



画像右の透明の液体が酢だ。どこの店でも不思議そうな顔をされるのが面倒だが好きなんだから仕方がない。タラコに限らず誰にだって“変態的食べ方”はあるはずだ。カップヌードルに酢を投入する知り合いがいたが人の好みなんて千差万別である。

 

アジフライに醤油をかけることだってソース派の私から見れば変態的だし、天ぷらを塩で食べることも私に言わせればヘンテコだ。

 

話がそれた。

 

先日、付き合いメシで銀座の小洒落た料理屋さんに出かけた。「御料理銀座蕎麦 まる銀座」がその店。店名通り蕎麦をシメに出す店だが、蕎麦専門店というわけではなく気の利いた和食メニューが豊富に用意されている。

 

外食ジャンルの中でも私にはお寿司屋さんが一番落ち着くのだが、魚以外にもあれこれ食べたい気分の時もある。そういう時に使い勝手がいい。この日も魚以外に馬刺しもモリモリ食べたし、クリームコロッケも食べた。

 



アラカルトで注文する客にも黙って出される前菜盛り合わせだ。季節感あふれる品々が秋を感じさせてくれた。こういう風情を妙に嬉しく感じるのも年の功だろう。おそらく“突き出し”的なものとしては高価だったはずだが、場所柄それも納得してしまう。

 

土瓶蒸しや西京漬けの焼き魚、ウニの入った茶碗蒸しも丁寧な味付けでオジサマ的には嬉しい。結局、こういうものを食べてシミジミするのが人生の秋を迎えた身には最適なんだと思う。

 





 嫌煙家には悪いが、それなりに上質な雰囲気と真っ当な料理を出す店なのにタバコOKなのも個人的には有難い。禁煙の店など存在しなかった時代に大人になった私としては“煙り警察”が正義みたいな顔をしている昨今の世の中は窮屈だ。その点でもこういう店はオアシスである。

 

好きな酒をとっかえひっかえ飲みながら気の利いた一品料理でグダグダ過ごせて時折タバコも吸えちゃうのは癒し以外の何物でもない。安い店ではないが、癒しのショバ代と考えれば仕方ないのだろう。

 

で、お店の看板に合わせて蕎麦で締めくくろうかと考えていたのだが、気になるメニューを見つけたので方針転換。「うにイクラあわび飯」があったのでこの日は蕎麦は無し。

 



野菜かと思った濃い緑色は青海苔だった。これがなかな良いアクセントだった。ウニいくらの塩味に加えてアワビの食感が全体を引き締めている感じ。出汁の効いた炊き込みご飯も美味。若い頃だったらパンチが足りないと思うのだろうが、この歳になると程よい塩梅にシミジミしてしまう。

 

毎日でも食べたくなる味とでも言おうか。結局、和食系のウマいものの魅力はそこに尽きる。エスニックもインド料理もウマいが、毎日食べたいとは思わないのが普通だ。

 

出汁や旨味に注力した和食ならDNAの影響もあってか毎日でも飽きない。胃もたれもしないし食後も快適。こういう路線の食べ物を喜べるようになったという意味では、とっととオジサンになって良かったと思う。生まれ変わってもすぐにオジサンになりたい、なんならオジサンとして生まれてきたいぐらいである。

 

 

 

 

 

2026年10月2日金曜日

幸せの暴飲暴食

 

秋がやってきた。私は10月の生まれだからこの季節はもちろん好きだ。夏が終わった安堵感が良い。今年の夏は東京が思った以上に酷暑にならず助かった。西日本は相変わらず厳しい暑さが続いたそうだから何となくトクしちゃった気分である。

 



サンマに土瓶蒸しに生のイクラを並べて酒を飲めば、桜を愛でている時にも勝るとも劣らない季節感を堪能できる。四季のある国に生まれた幸せを痛感する。

 

とかなんとか風流人みたいな書きぶりだが、食欲の秋のせいか、暴飲暴食を反省することが増えた。最近とくに良くないのが飲んで帰宅した後にガッツリ何かを食べちゃう悪い習慣が復活したことである。

 

私の胃袋はまれにみる快楽志向のようで昔からそういう傾向はあった。若い頃はお寿司屋さんで飲み食いした後に必ずフィレオフィッシュを2つ食べるヘンテコな癖があったし、いまだに酔って帰宅した後にやたらとコメが欲しくなる。

 

飲み終わりにラーメンというパターンは一般的だが、私の場合は酔っているとドンブリ物が無性に食べたくなる。牛丼と牛皿という謎の組み合わせを注文して妙な優越感?に浸ったことも何度もある。

 



酔っていなければわりと普通の食生活なのだが、食欲の秋はやはり普通ではなくなる。とくにヒマな週末が危険である。気持ちも緩んでいるからウーバーをドシドシ頼んでしまう。

 

夕方に頼んだのにほんの2~3時間後に別なものをデリバリーすることもある。「夕飯と晩御飯は別モノ」。そんな屁理屈的な言い訳のせいで結局は太田胃散を何度も飲むハメになる。

 



とある日、還暦オヤジとは思えないドカ食いに励んでしまった。デリバリーでナポリタンとカルボナーラとオムライスを頼み全部食べちゃった挙句、3時間後には唐揚げ弁当を注文してそれもしっかり完食するという思春期の少年にも勝てそうな幸せな時間を過ごした。

 

最初のドカ食いの後、ナイター中継を見ながらうたたねしたのが原因である。いわゆる血糖値スパイクだ。あの眠気ほど抑えきれないものはない。強力鎮静剤を注射された時のようにストンと落ちる。

 

ほんの10分、20分程度のうたたねでも不思議と目が覚めると満腹中枢機能がリセットされてしまうのが私の謎の体質である。せめてザルそばぐらいならあり得そうだが、なぜ揚げ物にいっちゃうのか自分自身でも不思議で仕方がない。前世でよほど飢えたまま息絶えた人だったのだろうか…。

 

この日は同居する娘が旅行で不在だったのも原因の一つだ。誰かがいればブレーキがかかるものである。私にも羞恥心ぐらいはある。一気に3人前をドカ食いする姿を見られるのはちょっとイヤだ。ましてや追加で唐揚げ弁当をむさぼる姿を見られるのは凄くイヤだ。

 

恥ずべき行為だという自覚があるだけ私にも真人間に戻れる可能性はあるわけだが、こんなことを続けていられるのはある意味とても幸せなことだ。深刻な持病があれば暴飲暴食など出来ない。ならば出来る限りはドカ食いを肯定したい気持ちにもなる。

 



こういう商品を見つければ迷わず買ってしまうのも健康だからである。実際に食べたら「やりすぎ」と呼べるほどの肉の量には思えなかったのが残念だが、もしかしたら普通の人は十分満足する量だったのかもしれない。

 

相変わらずハンバーガーの類は一度に最低でも5個は食べてしまう。パンの大半を捨てちゃうという暴挙のせいもあるのだが、コスパとしては最悪だ。これも複数の味を楽しみたいという私の意地汚さが背景にある。




中学生の頃ならパンを捨てなくても5個は余裕だったし、最高記録?はビッグマック2つを含む合計9個のハンバーガーを一度に食べた。もう45年以上前の話だ。チャレンジだとか誰かと競ったとかではない。とことんマックを食べさせてくれと親にねだって実現した。親に感謝してもしきれないほどだ。

 

あの頃の記憶が脳に刻まれているせいか、ハンバーガーを2つ3つ食べただけで終了するという当たり前のことが出来なくなってしまったのだろう。

 

最近のゴージャス系の高級バーガーなら2つぐらいで十分満足できるものも少なくないが、ファストフードのバーガーは総じて小さい。例外はバーガーキングのワッパーぐらいで大半のものはまんじゅうぐらいだ。ついつい5個ぐらい頼みたくなる。

 

ちなみに最近の私のお気に入りがバーガーキングのフィッシュバーガーである。幼少期にタルタルソースという麻薬を教えてくれたマックのフィレオフィッシュが私の中では魚系最高峰、殿堂入りなのだが、バーキンのフィッシュバーガーもかなりウマいと思う。


世間ではワッパーシリーズに意識が向きがちだが“バーキンはフィッシュ”という隠れた?事実を声高に主張したいと思う。

 

 

 

 

 





2026年9月30日水曜日

脳の萎縮?

 

最近は更新を怠りがちだ。怠っているのであって決して忘れているわけではない。そんな書き方をしてみたのは脳の検査結果が出たからである。

 

脳のМRI検査を受けた話を最近書いた(https://fugoh-kisya.blogspot.com/2026/09/mri.html)。娘に無理やり連れて行かれたわけだが、自分としては物忘れではなく単なる注意力の欠如だと信じている。

 

で、先日ようやく検査結果を聞きにいった。血管の詰まりだとか脳梗塞の傾向だとかそっち系のチェックが出来たから行った甲斐があると思っていたのだが、そっち方面はまったく問題なく、肝心の記憶力のほうにちょっとだけ問題があるという面倒くさい結果を伝えられた。

 

お医者さんも商売だから新規顧客を掴みたいのだろうと思ってはいるのだが検査結果を細かく説明されるとさすがにイヤな気分になる。

 



認知症の傾向を探るVSRAD解析とやらをやったのだが、端的にいって検査数値が「0~1」が正常で、それより数値が上だと記憶力方面の脳の萎縮が進んでいるとか。正常値をオーバーしているレベルは「1~2」「2~3」「3~4」「4~5」の4段階。数値が大きければダメダメという話である。

 

私は1点代前半という実にビミョーな結果だった。“基準値オーバー”は血圧や尿酸値やコレステロールなどで慣れっこになっているから最初は気にも留めなかったのだが、医師によると「普通の人はあくまでも1未満だ」とのこと。すなわち私は普通の人ではないという残念な結果だった。

 

脳の萎縮だからコレステロールや血圧と違って運動したり食生活を改善したりしても関係ないみたいなのが厄介である。さすがに70や80になればボケ始めるのは珍しくないが60歳で“スタート”しちゃうのは問題である。

 

医師によるとこの程度の数値だと治療レベルに進むかどうかは微妙なところだという。結局、日常で起きた物忘れを記録しろというよく分からない指示をもらった。それを3か月程度で持ってこいという。内容によっては脳のPET検査をするかどうかを判断するらしい。

 

なんだかビミョーな話である。日頃のちょっとした物忘れを記録するなんて私には無理だ。そんなものはすぐに忘れる。真面目に取り組むべきか、気にせずノホホンと暮らすべきか、どう考えても後者のほうが健康的である。

 

診察の帰り道、こんな程度の話は大げさに捉える必要はないと鼻歌混じりで職場に戻ったのだが、ここで問題発生。職場に戻るとどうも雰囲気がおかしい。私を探していたらしい。聞けば大事な会議をすっぽかして診察に行ってしまったようだ。

 

医師には「プライベートはともかく仕事上で大事なことを忘れたことはない」と豪語してきたばかりである。そんな発言をかましているまさにその瞬間に大事なことを忘れていたという話だ。我ながらちょっとビックリである。喜劇みたいな話だ。

 

一応、私なりに言い訳はちゃんとある。その会議は毎月1回の開催なのだが、なぜか9月分だけをスマホの予定表に記載しそびれていた。先月も先々月も来月も再来月もその先も毎月予定表には会議予定が記載されていたのに、ナゼか9月だけ抜け落ちていた。だから物忘れと断定しちゃうのも違うはずだ。単なるポカである。そう信じたい!


でも、その失態をきっかけにちょっとばかり自信を失っているのも事実だ。これでも私は神経質で小心者なか弱い男なのである…。

 

「医者にかからなきゃ健康だ」。皮肉交じりによく言われる一種の真理である。要は余計な検査をしちゃうとちょっとした数値の多寡によって病名を付けられちゃうという現実を表している。強がるわけではないが、ある程度はそんな感覚でいないとウツウツしてしまうのも確かである。

 

そうは言っても早々にボケちゃうと自分が不便だから、とりあえず出来る範囲で物忘れを記録して半年ぐらいしたら再診に行ってみようかとは思っている。




2026年9月25日金曜日

野球と人生

 

もともと野球が好きだったのだが、最近になって大学野球マニアみたいになったせいで頻繁に試合観戦をするようになった。

 

東京六大学だけでなく東都大学リーグも時間さえあれば観戦している。秋のリーグ戦前半も何度か見に行った。寒い雨の中で観戦した亜細亜大vs東洋大学の一戦も最終回に波乱の展開になって面白かった。雨合羽に傘までさして過ごしたのは生まれて初めての経験だった。我ながらマメだと思う。

 



人気の東京六大学に対して実力の東都と言われるだけあって東都大学リーグはなかなか奥が深い。東京六大学は何といっても東大という安全パイ?が存在するため実質的に5大学が覇権を争う。東都の場合、1部2部の入れ替えがあるから1試合もムダに出来ない戦国状態だ。実にシビアだ。

 

今年は東都も基本的に神宮球場を使っているので観戦しやすい。とはいえ、東京六大学に優先権があるため東都は平日限定で球場内の売店もほとんど開いていない。その格差は実際に体験すると明白だ。

 



全国の大学リーグの優勝校が激突する初夏の全国選手権や秋の明治神宮大会ではついつい東都の代表校に肩入れしたくなる。実際に観戦していても東都の野球のほうが芸が細かいというか緻密さの点で六大学より上だと感じる場面は多い。

 

話は変わる。先日、あの張本さんが亡くなった。日本プロ野球最多安打数を誇るレジェンドであり、テレビで“喝”を連発していたキャラクターでも知られた傑物だ。

 

張さんの追悼番組もいくつもみた。戦後の壮絶な体験や昭和元禄の頃の華やかな交流、野球界への独自の視点など私の世代の野球ファンにとっては面白すぎる話がたくさん紹介されていた。

 

もう10年ぐらい前だが、銀座のクラブでたまたま張本さんに遭遇したことがあった。その日は珍しくお客さんが少なかったせいもあってママさんが張さんを紹介してくれたので短い間だったが野球の話を聞かせてもらった。

 



別れ際に握手をした際に張さんの凄さを痛感した。張さんは幼い頃に大やけどを負って右手の指が不自由なことで知られていた。そんなハンデを負いながら前人未到の記録を残したことも凄いのだが、私に発した一言がまた凄かった。

 

その時の私とは当然初対面だ。張さんからすれば何の遠慮もいらないただの若造である。そんな私相手に握手すると同時に発した一言が「こんな手で申しわけない」である。それって凄いと思う。それまでの会話もまるで尊大な感じはなくむしろ低姿勢過ぎるぐらいで接してくれた。ただただ敬服したことを強烈に覚えている。

 

張さんが日ハムから巨人にトレードされたのは私が確か小学校高学年ぐらいだった。当時のメディアは巨人一辺倒だったからパリーグの情報は限られていた。日ハムの張本といえばコワモテで暴れん坊のイメージしかなかった。

 

そんな張さんが巨人に来たらどうなるんだろうとビビっていた私だったが、献身的なプレーで長嶋巨人のチーム再生の柱となり王選手のホームラン世界記録の瞬間の後方でのあの“斜めジャンプ”は伝説になった。

 

張さんの立派さは今後も語り継がれるべきだと思う。

 

さて、張さんが巨人に来た当時、私が大ファンだったのが高田繁選手だ。トレードマークの青いグローブが欲しくて親にねだった。とにかくカッチョ良かった。

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2025/05/blog-post.html

 

その高田選手の野球人生をまとめたノンフィクションを読んだ。面白くて夢中になって一晩で読み切ってしまった。

 



かの浪商から明治大学を経て巨人のスター選手になり、引退後はヤクルトの監督や巨人の2軍監督、日ハムのGМ、横浜DeNAベイスターズのGМなどを務めた野球史をまとめた一冊だ。

 

日本野球の70年というサブタイトルにもあるように野球ファンなら贔屓のチームがどこであるかに関わらず面白く読める内容だろう。

 



野球の歴史的な出来事だけでなく、引退後の指導者、フロントでの役割など組織運営の難しさや現実なども細かく描写されていたのが印象的だった。見方を変えれば中高年向きのビジネス書みたいな側面もある。なかなか読み応えのある一冊だった。

 

張さんにしても高田さんにしても現役時代の姿を覚えている人は総じて高齢化している。もはや野球界の歴史だ。あの時代があって今の時代の野球が存在すると思うと妙に感慨深い。

 

まとめられない話になってしまったが、野球が好きじゃなかったら私自身の人生も随分と違ったものだったはずだ。野球を好きになって良かったとつくづく感じる今日この頃である。