2026年7月17日金曜日

白い毛の問題

 

還暦を迎えて半年以上が経つ。節目だからといって何かが変わるわけではないが、面白いもので還暦を迎えたあたりから体調の変化は顕著になってきた気がする。

 

まず第一に疲れが取れにくい。前からそういう傾向はあったが拍車がかかった感じだ。すなわち体力がガクンと落ちてきた感じがする。昨年アレコレ努力して退治した倦怠感とはまた違った「バテ」みたいな感覚だ。

 

5年前、10年前と比べて体力が落ちてくるのは当然だが下降カーブが急になってきた印象がある。キックボクシングジムにも何とか通っているのが救いだが、それが無かったらと思うとゾっとする。

 

こればかりは抗えない自然界の掟だから仕方ない。こうやって老人への準備が整っていくのだろう。まだコケたり階段でつまずいたりしていないからせいぜい足腰への負荷は適度に意識して過ごそうと思う。

 

それよりも心情的にイヤなのが「眉毛の白髪化」である。バテバテの現実は背筋を伸ばして見栄をはればごまかせるが、白い眉毛はストレートに老化を実感するから困りものだ。

 

考えてみれば10年以上前からヒゲの白髪化はグングン進み、鼻毛なんて半分ぐらいが白い。ようやく白髪軍団が我が眉毛の存在に気付いて狙いを定めてしまったようだ。

 

ちょこちょこ抜いてはいるが、そのうち追っつかなくなるのは間違いない。自分が村山元首相みたいな風貌に近づいていることが衝撃である。眉毛が白くなるなんてほんの5年ぐらい前までは考えたこともなければ心配したこともなかった。例外は無いはずなのに自分の身に起きることを想像していなかったわけだからそれ自体が若さだったのだろう。ちょっと切ない。

 

そういえば“下の毛”もかなりの白髪化が進んでいる。思い立った時にあられもない格好でまとめて抜く作業に励んでいるのだが、あの姿は我が人生の中でもトップレベルで恥ずかしい格好だ。

 

この歳になればもう放置しても良さそうなものだが、一応、まだ現役なので目立つ白いヤツは撤去したい気持ちもある。以前、オジサマ好きの若い女子に下の毛が白くなっていく寂寥感を嘆いてみせたのだが、帰ってきた答えは「枯れた感じで萌えるから抜くな」だった。

 

真に受けたいところだが、世の中、そんな変態指向の女性ばかりではないはずだ。いまだに何が正解か分からずヒマな夜中に涙目になりながら引っこ抜いている。諸行無常とはまさに毛の色だと感じる今日この頃である。

 

睡眠の質が変化してきたのも最近の特徴だ。寝入りは悪いのだが、いったん寝てしまえばかなりドップリと寝るようになった。2年ぐらい前までは深夜に一度はトイレに起きるのが標準だったのが最近はノンストップである。水分摂取量は変わっていないのに不思議だ。

 

でも寝るのにも体力がいるからノンストップで8時間ほど寝られちゃうのは体力が上がってきているのだろうか。体力が落ちたと書いたばかりなのに矛盾している。睡眠体力はまた違う種類のエネルギーなのだろうか。謎だ。

 

それにしても“もうすぐ老人”という現状でもハゲなかったことは我が人生における“僥倖”の最たることかもしれない。中学高校時代から髪が薄いのなんのと人様からイジられることがあったが、今も年齢相応?に毛髪は頑張ってくれている。

 



 これについては私自身の努力の賜物である。20年近く前から有効といわれる対策をサボらず励行してきた成果だ。飽きやすく気まぐれな私にしてはよく頑張ったと自分を褒めてやりたい。

 

今も鮮明に覚えているのだが、20年近く前に娘の幼稚園で撮られた親子画像に唖然とした。誰だこのハゲ親父は?と思った人物が私だった。面白いもので毎日自分の顔を鏡で見ていてもハゲの自覚が無い状態だと、無意識にハゲてなかった頃の自分の顔を投影してしまい“滅びゆく大草原”には気づきにくいらしい。

 

環境破壊や自然破壊も手遅れになってから気付くのと同じようなものだろう。現実をきわめて客観的に映し出す写真を見ることでようやくハゲ散らかし始めていた我が頭髪問題に向き合うようになったわけだ。

 

有難いことにAGA治療、すなわちハゲ治療が世界的に進化してきたタイミングだったのは幸いだった。有効性が実証されている飲み薬、塗り薬をキチンと毎日続けたことで気づけばしっかり毛髪は再生してくれた。毛根がギリギリで残っていたのだろう。

 

他にも毛髪の健康状態に良いといわれるサプリも飲み続け、シャンプーもそれっぽいヤツをあれこれと選んできた。食生活まで変えるほどの根性はなかったが、なんだかんだ言って60歳にしてはまあまあ妥当な毛量を維持しているように思う。

 

やはり20年近く前、ハゲを自覚し始めた時に某かつら業者を訪ねて手付金まで払ったのだが、思い直してキャンセルしたのも正解だった。残存毛髪に縛りつける方式のかつらだったのだが、ヅラを被ってしまったら塗り薬は使えないし頭皮環境も悪化するから急きょキャンセルした。

 

30万円の手付金はムダになったが、その後は涙ぐましい努力のおかげで何とかなったので“縛られる人生”とは無縁でいられた。思えばハゲ対策に本気になった大きなきっかけは、私の亡きあと娘の記憶に残る私の姿がハゲ親父だったらイヤだという一心だった。

 

ちゃんと家庭をもって娘を授かったからそんなふうに思えたわけで、その一点だけで私の結婚経験はムダではなかったと思える。

 

歳をとると何でもかんでもこうやって自己正当化をはかるようになる。ヘンテコな結論になってしまった。

 

 

 

 

2026年7月15日水曜日

言い換え

 ジェンダー、ジェンダーと世の中が神経質になる感じは強まるばかりだ。最近は女優という言葉さえ俳優に言い換えられるほど。女優という固有名詞が持つニュアンスまで否定されるのは何だかビミョーだ。


今日は更新が間に合わなかったから6年前にブツクサ書いた「言い換え」の話を再掲したい。今よりはまだユルかった頃だ。この先どこまで迷走?しちゃうのか興味深い。


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2018/02/blog-post_5.html





2026年7月13日月曜日

コースと偏屈


本屋さんに立ち寄った際にグルメ情報誌の焼鳥特集を眺めていたのだが、ちょっと驚いたのが近年登場したオシャレ系焼鳥屋さんの多くがコースだけで勝負していることだ。

 

ここ10年、いや20年ぐらいだろうかコースだけをウリにする飲食店が増えた。焼鳥までそんな風潮に呑まれ始めているわけだ。私がブツクサ言ったところで仕方ないが、これもまた世の中のマイルド化の象徴みたいな話かもしれない。

 

好き嫌いが多い私だからコース料理は昔から苦手だ。この話は最近も書いた気がする。そりゃあ格式高い西洋料理屋だったら計算され尽くしたコース料理を黙って食べる。「そういうもの」という理解が追いつく。

 

さて焼鳥だ。私はネギ間が好きじゃないし、ボン尻も皮も苦手だ。塩味で出されるレバーも嬉しくない。細かいことを言えばキリがない。コースだとこれらに遭遇してもおかしくない。

 

食べられないわけではない。逆にそこが問題だ。食べられないものならハナから同行者にあげたり素直に残せる。中途半端に食べられる以上は渋々食べる。外食先で渋々食べるという行為はストレスだ。

 

好きなものを食べに行きたいから外食に行く。なのになぜ食べたくもないもので腹を満たす必要があるのか。単に私がワガママなだけだが、カジュアルな食べ物に関してはコースはやめてもらいたいと切に願う。

 

最近、気鋭の鰻屋が私の行動範囲に鳴り物入りでオープンしたと聞いてワクワクしていたのだが、そこもコース一辺倒だったからパス。珍しい鰻の刺身も出すらしいが、私はそこに興味はない。鰻の刺身はビックリするほどウマいものでもない。

 

他にもコースだと揚げものやら箸休めだとかおそらく“鰻気分”とは無関係なものも出てくるはずだ。もはや大食漢ではない私にとっては一部の料理が苦行になってしまう。

 

お寿司さんに関しても「コースのみ」という不思議な形態は今や都市部の小洒落た外観の店ならごく普通の様式になった。時代とともに進化するのはどの世界でも常だが、寿司の世界における「コースのみ」というパターンは進化ではなく劣化だと思う。

 

これもまた私が好き嫌い大王だからとくにそう思うのかもしれない。イカ、赤貝あたりはナゼか食べないし、たいていの店でメインイベントみたいに出されるトロも苦手だ。そうなると私には実に居心地が悪い。

 

こちらとしてはシメはワサビの効いたかんぴょう巻きかたまごの握りと決めている。たまごだってナゼか今はシャリつきで出さない店ばかりだ。握りで食べてこそシメの一品にバッチリだと思うのだが時代遅れなのだろうか。かんぴょう然りである。トロたくあたりに押されてさほど人気が無い。もったいないと思う。

 



 そもそもカウンターを挟んで料理人と客が対峙するお寿司屋さんという舞台は、いわゆる「お好み」で注文すればこそ本領を発揮するしつらえである。

 

好きなペースで好きなものを好きな量。ここが大原則であり、世界にも稀なこういう客優先のシステムが確立されている。それなのに画一的なコースで済まされてしまったら意味がない。

 

たいていのイマドキのそういう店は不思議と客単価が3万だ5万だと摩訶不思議な値付けだ。だったら全席個室にして一皿一皿うやうやしく運ぶようなスタイルにしても採算が合うんじゃないかとさえ思う。

 

書き連ねると私の偏屈ぶりに拍車がかかっちゃうからテキトーにしないといけない。

 

まあ、今のようなコースのみで勝負する店が増えたことは超高齢化による働き手の不足や、“いわずもがな”の常識や気配りが世間から失われつつあることも影響している。

 

たくさんのメニューを臨機応変に提供するにはそれなりに人手が必要だ。人材不足なら店側は決まったものを順番通りに出すという流れ作業に落ち着く。


“いわずもがな”のほうは、たとえばシンコの握りだけ10貫くれとか、かっぱ巻きと酒だけで何時間も居座るとか、最低限の常識が分からないマヌケな客が増えたことを意味する。

 

店の規模によって仕入れの量や塩梅は決まっている。想定客単価も店ごとに決まっているわけだから、あまりにもシャバダバな客が増えれば商売として厳しい。だからコースのみというスタイルを防衛策にしている面もあるわけだ。したがって私ごときが批判がましく言ったところで意味はない。

 

ただ、昭和の人間に言わせれば、今のスタイルが標準になれば客と寿司職人の丁々発止も無くなり、文化としての寿司の在り方も変わっていくと思う。残念だが客も店も育たないという淋しい状況になっていくと思う。

 

私自身、30歳ぐらいから日本中のお寿司屋さんで“客としての修行”に励みさまざまなことを学んだ。その経験は財産だ。私に限らず回転寿司のなかった昔は日本中どこでも街場のお寿司屋さんでみんなが学んだ。大人はもちろん、子供たちが寿司という世界のイロハのイを自然と身につけていった。

 

全国各地のそんな小さなやり取りの集合体みたいな空気が「カウンターで寿司を食う」という一種独特な日本の食文化を作ってきたわけだ。

 

その後、回転寿司の普及が世界を大きく変えた。マナーも常識も気にしなくてよくなったから寿司の世界は大転換期を迎えた。いわば対人コミュニケーションが不要になったわけだ。そしてそこからたどり着いた先が「コースのみ」の高級寿司なのかもしれない。これは私の仮説だが、丁々発止のやり取りが不必要とされている点が回転寿司と共通している。

 

でもそれが時代の必然なら私がアーダコーダ言ったところで意味がない。なんだか“置いてけぼり”にされているようでちょっと切ない。

 

好き嫌いがまったく無いならそんなイマドキ寿司業界の軍門に下ったほうがラクチンかもしれないが、やっぱり食いたくないもので腹を満たすのはストレスだ。今後も偏屈でいようと思う。






2026年7月10日金曜日

愛しのマロリー

 

若い頃は牛肉ばかり食べていたが最近はすっかり豚派になった。ラーメン類を食べる時もチャーシューが第一目的だし、モツ焼き屋にもわりと頻繁に出かける。高級中華に行っても前菜に甘めの味付けのチャーシューがあればそればかり食べる。

 

自宅でも生姜焼きやら豚しゃぶやら味噌ダレで焼いたりと豚中心の簡単調理に励んでいる。ふるさと納税の返礼品も高級豚肉を好んで取り寄せている。

 

豚好きにとって聖なる一品と呼びたくなるのがトンカツだが、時には衣の存在が気になる。すぐ太るし血圧やコレステロールを一応は気にする私にとって衣の存在はまさに「愛憎愛半ば」みたいなものである。

 

そんな私にとって願ったり叶ったりの一品がポークステーキである。最近、店舗が増えつつある「マロリーポークステーク」に出会ったことは近年の大きなトピックスといえる。

 

世に豚料理は数々あれど素直にポークステーキを標榜する商品は少ない。これって不思議なことだ。豚派の人々にとっては間違いなく喜ばしいメニューなのに惜しいことだと思う。

 

豚肉特有のパサつきや脂部分の処理が難しいのだろうか。理由は分からないが豚肉一本勝負のステーキはもっと普及して欲しいと切に願う。

 



マロリーポークステーキに関しては独自の調理法があるらしくしっかりと肉の“シットリ感”が活かされているのが嬉しい。おまけにアホみたいに高いイキった牛肉ステーキ専門店とは違って価格も手頃だ。

 



骨こそ付いていないがいにしえのアニメ「はじめ人間ギャートルズ」に出てきたウマそうなドデカい肉塊みたいなサイズも注文できるのが有難い。お上品にチンマリ提供される高級牛肉店の肉にはガッカリするが、ここではゲンナリするほどデカい肉に出会える。

 

ソースというかタレがまた独特の味わいで感心する。焼肉のタレとも違う焼鳥のタレとも違うここの肉に妙に合う他には無い味である。ビシャビシャつけてもウマいし、チョこっとつけてもウマい。

 



日本橋にある店舗でも食べることがあるがウーバーイーツでも頼めるので面倒な時はデリバリーで楽しむ。デリバリーだとお店だったら恥ずかしいぐらいの量を注文して何度かに分けて食べるほどお気に入りだ。


さすがに余っちゃうこともあるので、そういう時のお楽しみが“マロリーチャーハン”である。自称「炒めメシの達人」である私だ。付属のソースを活用して細切れにしたポークステーキにみじん切りタマネギを加えて炒めメシを作る。

 

ソースのせいで失敗のしようがない。追加する調味料はコショウぐらいで充分かもしれない。肉をせっせとハサミで適当なサイズにカットする作業が面倒だが、それさえこなせば至高の豚肉炒めメシがアッという間に完成する。

 


 

みじん切りタマネギは既成の冷凍品が常備されているのでそれを使えば簡単。みじん切りだから解凍作業は不要。フライパンで炒めていればすぐに食べごろになる。

 

もっとも、タマネギ無しでも肉とソースの味が完ぺきなのでコメさえあれば充分に豚派が泣いて喜ぶウマい炒めメシを作ることが出来る。

 

最近はウーバーでマロリーポークステーキを頼む際には、翌日に作ることになるこの特製炒めメシこそがメインの目的になっている気がする。

 

先日、同年代のメンバー4人での飲み会でウーバーの話になったのだが、驚くべきことに私以外にはウーバーをまったく使っていなかった。ネットスーパーも使わないらしい。

 

私の横着ぶりが際立ってしまったみたいだが、私に言わせればこうした横着も一種の老後対策である。老人になった際にネット系の便利なサービスを使いこなせないと自分自身がツラいと思う。

 

ネットのサービスは日々進歩しているからちょくちょく覗いて活用していないと付いていけない日が来ちゃうかもしれない。とくにネットスーパーなんかは商品の探し方やどんなものまで頼めるかなど日頃から使いこなしていないと案外わかりにくいものだと思う。

 

膝が痛い、腰がダメだとか言い出した時にいきなりネット系のサービスを使い始めようとしてもズンズン進化している仕組みがなかなか理解できない可能性もある。そうなったら一大事である。

 

という「言い訳」を声高に主張しながら今後も無駄遣いに精を出そうと思う。

 

 

 

 

 

 

2026年7月6日月曜日

記憶力と砂糖の話

 

気づけば今年も半分が終わった。何だかビックリである。時間の流れがやたらと早く感じるのも加齢のせいらしい。こんな感じでボンヤリしているうちに寿命が尽きるのかと思うと意味もなく焦ってしまう。

 

年の瀬になるとその1年を振り返りたくなるが、記憶力が怪しくなっているから半年単位ぐらいじゃないといろんなことを忘れてしまう。

 

というわけで年末みたいな気分でこの半年をいろいろ思い返してみた。真っ先に頭に浮かんだのが「旅行に行かなかったなあ」ということ。しかし、よく考えたら2月に沖縄、3月に大阪に行っていた。

 

いよいよ私のボケっぷりも本格的になってきたようだ。このところ物忘れがかなりヒドい。記憶力が落ちているのは確かだが、それ以前に注意力そのものが劣化している気がする。

 

何ごとにおいても関心や興味、はたまた心の機微みたいなものが鈍っている。だからちょっとしたことを忘れる。忘れるというより最初から覚えていないという感覚かもしれない。惰性で生きている証拠だ。反省したほうが良さそうだ。

 

それ以外にも都合が悪いことは記憶から消し去る能力?がパワーアップしている気がする。そもそも人間は本能的にイヤな出来事や恥ずかしい失敗を記憶から消そうとするらしい。一種の防衛本能である。

 

私自身、数えきれないぐらいの恥や失敗が記憶から消えている。旧友と話している時に昔のヤバめの出来事を突然思い出すことが頻繁にあるから、きっとまだまだ膨大な数の消した記憶が脳内に潜んでいるのだろう。

 



 ヘンテコなカフェオレの画像もどこで撮ったか完全に忘れている。撮影データを見たら5月末だったから1ヵ月程度しか経っていない。一人で入ったカフェで出てきたカフェオレだったことは覚えている。

 

オッサンの一人客相手である。ラテアートを見せたいならせいぜい葉っぱの柄にして欲しいと痛切に思ったことは覚えている。ハートマークですら小っ恥ずかしいのにアンパンマンである。妙な気分になったことはしっかり覚えているのにどこの店だったかまるで思い出せない。

 

そんな程度だから旅行に出かけた記憶も無くなっちゃうのだろう。怖い怖い。

 

それはさておき、この半年を振り返ると今まで以上に自炊モドキに精を出した気がする。ウーバーイーツへの出費が毎月10万円単位にのぼるシャバダバな暮らしなのだが、簡単調理に励む頻度は増えた。

 


 

とろたま挽肉もすっかり得意になった。挽肉を炒めて味付けをした後に卵を流し込むだけなのだが、卵への火の入れかたをミスしなくなった。炒り卵のようにもう少し火入れを強めたり、逆にもっと半熟に仕上げることも自在になった。自画自賛である。

 



こちらは豚丼の具材を作った時のものだ。あまり美味しそうに撮れていないが実際には吉野家もビックリのウマさである。冷凍のカットタマネギを使うから包丁もまな板も使わず実に簡単に出来上がる。

 

卵も豚肉もそれなりに高級なものを使う。ウチメシならではの贅沢だが、やはり素材の違いはストレートに味に反映されるのは確かだ。主婦と違って私にはエンゲル係数的感覚がゼロだからこそ成立する味だ。

 

他にも決め手はある。砂糖である。どちらも参考にしたレシピよりも砂糖はかなり多め。上質なブラウンシュガーなら安い白砂糖より身体に良いらしいのでバンバン入れちゃう。その結果がはっきりと味わいに繋がっている気がする。

 

遺伝的に血糖値が高くなりにくいことをご先祖様に感謝する日々だ。

 

この半年を振り返るつもりが単なる簡単調理自慢になってしまった。スイマセン。

 

 

 

 

2026年7月3日金曜日

性欲の謎


人間の性欲ってつくづく不思議だと思う。男性の性欲の源であるテストステロンは20代の頃にもっとも血中濃度が高く、40代を過ぎると崖から落ちるがごとく減少していくらしい。

 

40代で激減するのに世の中には50代、60代、はたまた70代でもスケベ大王は大勢いる。理屈に合わない話である。

 

20代の頃と今と比べて性欲がどう変化したかを私も冷静に考えてみた。さすがに20代の頃のほうが意欲満々だったが、さりとて当時を100とする場合、今現在が5060だとは思わない。若い頃とさほど変わらないような気もする。

 



これってひょっとすると異常なのだろうか。だとしたら恐い。診療内科で治療してもらうレベルなのだろうか。いやいや、同年代の友人の中にもお盛んなヤツはゴロゴロいる。決して多数派じゃないだろうが珍しいほどではないのだろう。

 

そう考えるとテストステロンの影響力はどの程度なのか疑問だ。個人的な推理ではそんな物質の分泌量より脳の中のさまざまな記憶や妄想が性欲を支配する最大の原因じゃないかと思う。

 

大脳の発達によって人間は性行為を単なる生殖活動だけでなく娯楽的要素も加えて楽しむようになった。これって地球上の生命体では人間だけに許された“特権”だと聞いたことがある。

 

確かに50代、60代のオヤジは生殖適齢期からウン十年も過ぎているのに懲りずに性欲を発散しようと涙ぐましい努力を重ねている。私もそうだ。人間の神秘でもあり、エロ界隈?における大いなる謎である。

 

先日、ナゼか実話ナックルズという高尚な雑誌を買ってしまったのだが、中高年向きのエロ啓発記事で溢れていた。やはりテストステロンとやらが激減しても中高年のスケベ欲求は不変のようだ。

 




かつての有力政治家・山拓さんの武勇伝?を引用したエロ記事など確実に読者対象を結構な年寄りに絞っている。中高年オヤジ、いや、高齢者への叱咤激励に満ちた良い記事だった。

 

広告然りである。アッチ系の増大効果をうたうありがちな広告も訴求ターゲットはオッサンたちである。体験談を語るサクラらしき人々は皆さんかなりのご高齢だ。いかに世の中の中高年がエロ追求に躍起になっているかが分かる。

 

まあ、超高齢社会ともなればソッチ方面の現役引退年齢も当然に上昇してくる。昭和30年代頃を背景に54歳設定だったサザエさんパパ・磯野波平さんにはエロをまったく感じないが、76歳になった後期高齢者・舘ひろしには今もちゃんとエロが漂っている。

 

世の中すべての分野で「時代のせい」がキーワードだ。何らかの言い訳や何かの規制理由などすべて「時代のせい」の一言で片づけられている。ということは結構な歳になってもエロ追求に励むことも「時代のせい」である。すなわち私のエロエロ活動も誰に恥じることなく大手を振って続ければいいということだ。

 

物凄い身勝手な論理である…。

 



あれこれ力説してしまった一方で、雑誌の中高年向けエロ記事やエロ広告が目に入っても特段なにも感じなかった自分の感度の低さがちょっと気になる。真面目に熟読する意欲が無くなってきているのはマズい事態である。

 

考えてみればもうずいぶん前から週刊誌のエッチなグラビアを見てもムホムホした気持ちにならなくなった。ブサイクなオネエサンの地味な水着姿を見ただけで性欲モリモリだった昔に比べるとまるで違う人間になったのかと思うぐらいだ。スケベを自認しているのにこんなことでは問題である。

 

スケベですかと聞かれればハイと答え、女好きですかと聞かれてもハイと即答する私だが、エロエロ言っているわりに性欲はもうすっかり減退している可能性も否定できない。

 

もちろん、いまだに据え膳はすべて食べるし、ことあるごとに狩猟本能を発揮しているのだが、はたしてそれが性欲によるものなのか怪しくなってきている。少なくとも若い頃のように本能のまま頑張っている感じはない。


さんざん性欲に関して書き連ねてきたのにちゃぶ台返しみたいだが、ひょっとすると中高年は本来の性欲など既に消滅しているのではないか。あるのは「エセ性欲」に過ぎないような気がしてきた。その証拠に50や60にもなると「もうソッチは引退」とばかりにまるでエロ方面に関心を持たなくなる男性は多い。というか全体の半分以上はそっち派だ。むしろそっちが正常な高齢男子の姿なのかもしれない。


運悪くそっち派に属すことが出来なかった私としてはエロ街道の終点を目指して終わりなき旅を続けているようなものだ。なんだかこの表現、カッチョイイかもしれない…。バカですいません。

 



さて、中高年のエセ性欲、すなわち性欲がニセモノだったならいったい何が原動力なのか。おそらく「歪んだ承認欲求」だと思う。言い換えれば「現役感の確認」である。エロ展開の際に自分がちゃんと機能するのか、相手を楽しませることが出来るのか、それを無事に突破できた時の喜びのために飽きもせずに奮戦している気がする。

 

「よし、オレもまだ通用してるぜ!」「オレもまだまだ現役じゃないか!」等々、そうした確認ができると自己承認欲求が満たされるというわけだ。むしろその感覚を味わいためだけに無理をしている部分もある。つくづくご苦労なことだと思う。


その証拠に中高年にもなるとエロ展開の際に若者時代のような独善的なプレイをする人は激減するようだ。逆にいえば中高年なのに身勝手プレイに励める人はテストステロンがちゃんと残っている正常な性欲を持つ稀有な人ともいえる。

 

さてさて、物理的にテストステロンが無くなっちゃったのに性欲バリバリみたいな中高年が多いのが不思議だったのだが、きっと性欲ではなくそうした「自己肯定感の追求」が大きく影響している可能性は高い。「オジサマ、凄かったです。若いコと全然違いました…」。お世辞だろうとお構いなしにそんなセリフを女子に言わせることで満足感に浸る。純粋な性欲とはまた別の次元の欲求だ。

 

本来なら無くなっちゃった性欲をまだまだタップリ持っていると思い込み、自己肯定感をひたすら求めて腹上死の危険も顧みず奮戦するのが「高齢者エロ道」の現実だろしたら何とも切ない話である。悲しきオスのサガである。





 

 

 

 

 

 

2026年7月1日水曜日

飯田橋、九段下、神楽坂


幼稚園から高校まで通った学校は飯田橋にある。荻窪から通っていたから地下鉄を利用するときは九段下駅を使った。飯田橋のすぐ隣の神楽坂と共にこの3か所は私にとって郷愁の街である。

 

飯田橋駅直結のラムラという商業ビルも私が中学生の頃に意気揚々と?建設していた。今ではすっかり古めかしくなって斜陽ビルみたいな感じだ。時の流れの速さを痛感する。

 

最近、立て続けにこの界隈に出かけることがあった。まずは旧友との飲み会で母校の後輩が経営する神楽坂の老舗中華である龍交亭を訪ねた。

 

飲み会で使いがちな中華居酒屋だと正直ちっとも美味しくない雑な料理が出てくるのが相場だが、こちらはちゃんとしたお店だから何を頼んでもウマかった。飲み会使い?にはもったいない感じ。




 ピータンもチャーシューもまるっきり私好みだったし、妙にデカい焼き餃子の味の濃厚さにもムホムホできた。わりと大き目なお店だがかなり混雑していたからこの界隈での人気店なんだろう。次回の悪友会?もこの店に集結することに決定。

 

お次も中華料理だが、こちらは飯田橋から九段下側に少し移動したホテルメトロポリタンの中にある「南国酒家」。こちらの老舗人気店である。

 




 ここでもピータンとチャーシューにニンマリした。最近は同じようなものばかり食べがちだ。広東系中華で出てくる甘めの味付けのチャーシューが大好きだからそれっぽいチャーシューがあれば正直それとピータンだけをツマミに熱燗にした紹興酒を飲んでいれば幸せである。

 




とはいえ、同行者がいればそうもいかず、この日は北京ダックやふかひれスープ、エビチリなどアレコレと注文。本来は好きではない紹興酒がグイグイ進んじゃうお店は料理がウマい店だという真理に今更ながら気づいた。

 

それにしてもこの界隈に来るたびにホテルグランドパレスが無くなってしまったことが悲しくなる。私のソウルフードであるシャトーソースをビチャビチャかけて食べるピラフの思い出が胸を締め付ける。大げさか。

 

さて、お次は飯田橋駅に近い神楽坂下にあるウナギの老舗「志満金」だ。神楽坂周辺のウマい店開拓を10年以上サボり続けていたから今や私が知っている間違いのない店はここぐらいしか思い浮かばない。

 



都内にウマい鰻屋さんは無数にあるが、ウナギ以外にまったく一品料理を出さないことが美徳みたいな様子の名店も多い。それはそれで正しいこだわりなのかもしれないが、やはり気の利いたツマミの34つも用意しているような店のほうが個人的には好きだ。

 

修行僧のような雰囲気でただ黙って鰻が焼かれるのを延々待たされる店の鰻の味が100点だったとする。気の利いたツマミが揃っている店の鰻の味が80点だったとしても私は後者の店を選ぶ。

 

正直いってどんな料理だろうと80点を超えれば一緒である。暴論かもしれないが私には80点と100点の差は取るに足らないレベル。だったら窮屈な思いをする100点の店に行くより酒の肴や居心地に満足できる80点の店を迷わず選ぶ。

 

この店もニクい肴がいくつもある。うざく、肝煮といった定番だけでなくカラスミを始め、鯛の塩辛のとろろ和え、へしこや鴨塩焼きなどのほか、同行の女子ウケには最適?なアロエの刺身みたいな変わったものもある。

 



この日もそうしたツマミを突きながら白焼きから鰻重という王道的な流れにしたのだが、最近は私の満腹中枢がだらしなくなってきたのが残念無念である。必然的にショボショボサイズの鰻重を選ぶようになった。

 

ほんの5年ぐらい前まではどんな状況でもその店で一番デカい鰻重を頼むことにこだわっていた。それが鰻ラバーを自認する以上は最低限のマナーだと思い込んでいたほどだ。

 



時の流れは残酷である。同行者が食べる鰻重と比べると実にショボい。ショボショボしたサイズの食べ物で満足しているようではヨボヨボな姿になるのも近いようで大いに問題だと思う。

 

神楽坂下の周辺といえば、高校時代、放課後に立ち寄ったデカい餃子の店や離れでコッソリ悪さをさせてくれた甘味処などがあった。40年以上前の話である。当時、底なし沼のような胃袋を持つ大食い少年だった私も時の流れには抗えない。郷愁の街でそんな現実を痛感させられた。