2026年11月6日金曜日

あさっては本番


 バンド活動を始めたのはもう15年ぐらい前のことだ。まだ40代の半ばだった。アコースティックギター2人とボーカルの私の3人編成で、他に5組ほどいたイベントの中で30分程度の持ち時間を受け持ったのが最初だった。

 

15年って短いようで長いようで短いようで長い。当時はまだ大谷翔平は無名だったし、民主党政権だったし、AKB48はフライングゲットだったし、スマホが普及し始めた頃だったし、芦田愛菜は幼稚園児だった。

 

かくいう私もまだあの頃は家庭人だった。そう考えるとずいぶんと昔のように思える。過ぎてしまえばアッという間の15年だが、この先の15年後を考えるとヘタしたら私はこの世にいないかもしれない。やはり結構な長さの時間だ。

 

年に一回とはいえ、人様の前でライブをやり続けてきたわけだからちょっと感慨深い。2回目のライブからは、いわゆる対バンは無く、ワンマンライブを続けてきた。

 



徐々にサポートメンバーが増え、アコギバンドだったはずが一番多い時では11名編成のフルバンドで演奏するまでになった。今年は7名体制であさって日曜の本番に臨む。先週末に6時間に及ぶ最終練習をしたからあとは全員が元気に本番当日に集合できるかどうかである。

 

素人バンドの多くがマスターベーション的に単に技術の凄さを見せるだけのライブに終始してしまうパターンが少なくない。それに対し我がバンドはウケ狙いの小ネタも真面目に仕上げて客席と一緒にワイワイ楽しむことをモットーにしている。

 

コミックバンド寄りにはならず、きっちり決める部分は決めて、演目もメンバーたちの希望は考慮せず?一般受けするベタな楽曲カバーを優先している。しぶしぶ義理で来てくれた人が楽しかったと言ってくれることが最大の報酬?である。

 



だから今年も私が本番当日に持参するのはギターだけでなく、おもちゃのピストルやトレンチコートや刑事ドラマみたいなサングラスも含まれている。お芝居をやるわけじゃないのに不思議である。

 

15年ぐらい活動してくると、いろんなことを知ることが出来た。スタジオのマイクにはカラオケボックスのマイクみたいにスイッチが付いていないことや、「フィル」だの「エフェクター」だの「シンコペーション」だの「キックが後ろ気味」だのそれっぽい言葉も知った。

 

他にもメンバー間の演奏に対する意識や考え方の違いを知るのも興味深かった。それぞれの口から別な場面でそれぞれの言い分を聞いたりすると、「ふむふむ、ということはAくんとCくんは顔で笑って腹の中では反目し合ってるんだな」みたいな心模様がよく分かって面白かった。

 

まさに“バンドあるある”である。こちらは年に一度、趣味の世界を楽しんでいるだけだが、長年解散もせずに仲良くやっているプロのバンドって本当に凄いと妙な関心をしてしまう。50年以上も仲良く続いているアルフィーは奇跡的な存在だと痛感する。尊敬しちゃう。

 



もちろん、我がバンドが不仲の集まりという話ではない。かなり仲良しである。練習後の飲み会はなんなら音楽の話そっちのけでバカ話を延々語り尽くしたりする。元は中学高校の同級生で始めたバンドだが、今は同級生とそれ以外のメンバーが半々の構成だ。

 

それぞれが本業の傍らで音楽活動をするわけだから練習日程を揃えたりするのも一筋縄ではいかない。でもそれを乗り越えて、当初はへなへなだった演奏が本番直前あたりにはまるで別モノに進化していく過程は単純に楽しい。作り上げていく喜びという点でなかなか得難い経験である。

 

なんとなく始めた15年前に今のこの状態はまったく想像できなかった。そう考えると人生って不思議である。そんなつもりじゃなかったのに還暦を超えた今年も大勢のお客様の前で熱唱!を披露しちゃうわけだから自分が自分ではないみたいだ。

 

そんなつもりじゃなかったと書いたが、結局、人が思っている「つもり」なんてものは実に曖昧で不確かで不安定で根拠のないものだと感じる。

 

そしてもう一つ、「一歩目」の大事さも痛感している。15年前に軽いノリでバンド活動に誘われたときにホイホイ乗っかっちゃったことが今の経験値の元になっている。

 

誘われた当時、正直言えば「そんなの面倒だからイヤだよ」という気持ちが強かったことを覚えている。でも断るという行為がなんとなくダサいことのように感じて「面白そうだからやろう!」と返事をした。

 

あの時の1歩目がなかったらその後の活動は無かったわけで、そう考えると何気ないちょっとした判断ひとつが思わぬ分かれ道になることを思い知った。

 



あれから15年、歌の歌い方にもあれこれ知恵がつき、それまで触ったことのなかったギターだって、Am、G、C、Emあたりならストロークは余裕?である。大げさに言えばバンド活動を通して人生の幅が少し広がったことは確かだろう。

 

あさっての日曜、いよいよライブ本番だ。「VIVANT」の最終回と被ってしまったのが実に残念!?である。青山のライブハウスまでお越しいただける方は番組は録画してもらって、我がバンドの楽しい宴はナマで観覧していただきたい。

 

 

 

 

 

 

 

2026年11月4日水曜日

変態街道

 何かとバタバタで更新が間に合わなかったので変態について一生懸命に考察した過去ネタです。


変態街道





2026年10月28日水曜日

夜の銀座と“男道”

 

銀座の数寄屋通りは私にとって思い入れのある場所だ。数寄屋橋交差点から見て銀座の中心より日比谷側の裏通りみたいなエリアだ。30代の頃、まだまだ背伸びをしながら銀座通いをし始めた頃からこの通り沿いのいろんな店に縁があった。

 

いろんな通りや路地がある中で数寄屋通りにたまたま通う店が多かったのが不思議である。おでんの「おぐ羅」、魚料理の「佃喜知」、クラブ「麻衣子」、料理屋でいえば「むとう」「三亀」「東京やきとり亭」「たんや又兵衛」「おかやす」等々、いろんな店にちょくちょく出かけた。

 

既に閉店したお店もある。名物大将が亡くなってしまったお店もある。かの“失楽園”にも登場した「三亀」も閉めちゃうらしい。20年前から10年前ぐらいの間に頻繁にあの通りをウロウロしていた私にとっては淋しい話である。時の流れはアッという間である。

 

銀座のクラブ活動の道に迷い込んだのは30歳になるかどうかぐらいの頃だ。それまでは夜の六本木で“活動”することが多かったのだが、ひょんなことでクラブ「麻衣子」に行く機会があり、そこで味わった“怪しげな爺さんたちの空気感”に魅了されてその後の銀座通いに繋がる。

 

もう30年以上前かと思うとびっくりだ。当時とても魅力的に思えた銀座に漂うあの怪しげな空気感を今は感じない。単に私が歳をとったのか、客層そのものが様変わりしたのか、たぶん両方だと思う。

 



今の時代、どこのクラブを覗いてもその昔に見かけたような謎めいたスーツやネクタイに身を包んだ老紳士はいない。カジュアル全盛だ。昔はナゼそんな色柄を選んだのか、はたしてどこで買ったのか、何を狙ってそれを仕立てのか、と聞きたくなるぐらい怪しげないで立ちの老紳士を結構見かけた。

 

普通のカッコの若造だった自分がやたらと小者に思えておとなしく隅っこでチンマリ飲んでいるのが妙に楽しかった。М的な喜びというか、背伸びしたって太刀打ちできないアウェーな感じが好きだった。

 

その後、気付けばすっかり私自身が高齢化してアウェー感が薄らいでしまった頃から銀座に通う頻度は減っていった。そしてコロナ禍によってすっかり出不精になって今に至る。

 

一応、今も時々は顔を出す店がいくつかある。もう十数年続けている我がオヤジバンドのライブを賑やかしに来てくれる有難い面々がいるので、そのシガラミ?のせいで、いや、その有難い協力に感謝する意味もあっていくつかの店とは縁が切れていない。

 

バンドライブは毎年11月ごろなので、私が“営業”のために顔を出すのは9月、10月あたりが多くなる。10月は私の誕生月でもあるのでこの時期に行くとケーキやら無料のシャンパンが出てきてワイのワイのと祝ってもらえる。

 

それはそれで有難いのだが、そこでサービスされると人の良い私はお礼参りみたいな感じでついつい、行く必要?がない時にでも顔を出してしまう悪循環に陥る。

 



ちなみに上の画像はアップルパイにローソクを立てられた時のものだ。普通のケーキじゃありきたりだという気づかいでこういう仕立てになったようだ。ちなみに私はアップルパイが苦手である。でもそれを言っちゃうほどヤボではない。頑張って食べた。いくつになっても人生は修行だと痛感した。

 

40代の頃は血気盛んだったから頑張って綺麗どころを口説いたりしたが、最近はお父さんみたいなポジションで相談を持ち掛けられてそれに熱心に応えたりしている。諸行無常である。一応、“現役男”として活躍する一面も無くは無いのだが、そのあたりはここでは内緒だ。

 

ジェンダー、ジェンダーと騒々しい時代だが、夜の銀座にいると男の優位性?のような現実の世情をつくづく感じる。私のような還暦過ぎのオジサマが若いオネエサン相手に鼻の下を伸ばしていても世間では普通のことのように受け止められる。

 

女性だとだいぶ印象が変わる。還暦過ぎのオバサマがホストクラブで若いオニイサン相手にデレデレしていたら何かと好奇の目で見られがちだ。


麻生太郎が銀座のクラブで葉巻をふかしていてもちっともスクープにならないが、高市首相がホストクラブで葉巻をふかしていたら間違いなく“事件”のように扱われるはずだ。そう考えると世のオバサマがたに同情したくなる。

 

ジェンダー論をアーだコーだと語ったり、それの良し悪しを語るつもりはないが、そういう意味では男で良かったと今更ながら思う。もっと言えば、だったらせっかくの“男道”を遠慮なく突き進み続けようとさえ感じる。

 



アンチエイジングという言葉は好きではないが、私のそんな思考回路自体が私にとってはアンチエイジング効果に繋がっているのかと思う。

 

それにしても単なる“オンナ好き”、“スケベ”という現実をもろもろ屁理屈を並べ立ててもっともらしく考察するのは私にとって一種の趣味になっているみたいだ。





2026年10月26日月曜日

カツ丼を思う

 随分と前に私のカツ丼への歪んた愛情を書いたのだが、もう何年も経つのに今もこの感覚は変わっていない。我ながらヘンテコな呪縛から逃れられない自分が残念である。


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2017/05/blog-post_19.html





2026年10月23日金曜日

馬肉、鴨肉よりも…

 

牛肉、豚肉、鶏肉が肉料理の王道だ。大半の人が肉と聞けばそれらを思い浮かべるが、それら以外の肉にも魅力的なものは多い。ワニだのカエルだの珍味系はさておき、羊や馬、鴨やガチョウあたりは時々やたらと食べたくなる。

 

臭みの問題で敬遠されがちだったのも今や昔、鮮度や品質の向上によって専門店で味わえばたいていはウマい。何となく敬遠しちゃうのはもったいないと思う。

 

なかでも馬肉はスタミナ食としても定評がある。私向きである。馬刺しとスライスしたタマネギをニンニク醤油で食べていれば途端に元気になるような気がする。

 

気のせいかもしれないが、気のせいも大事だ。その気になることが肝心である。高タンパク低カロリーという点も放っておけば太っちゃう中高年オヤジ向きである。なにより結構な量を食べても胃もたれしないのが嬉しい。

 



銀座にある「馬菜」という店で食べた馬刺しだ。初めて訪ねた店だがなかなか良い店だった。場所柄、値段は高めだが、しょっちゅう行くわけでもないから仕方ない。その分、対応も丁寧だし居心地も良かった。

 

名前は出せないが、何度も行ったことがある別な銀座の馬肉専門店が以前よりシャバダバになってしまったから今後は銀座だったらこの店に行くことになりそうだ。

 




 ユッケやレバ刺しをぶりぶり食べられるのも嬉しい。一昔前なら焼肉屋はもちろん、居酒屋でもレバ刺しは定番だったが、いつだかの食中毒事件のせいで今やいろんな規制がかかって絶滅危惧種だ。規制の細かな内容は知らないが、どうやら馬肉は別モノ扱いみたいだから有難い。

 



この日は馬肉のすき焼きをメインにしてみた。これが良い意味で軽い。牛霜降り肉のすき焼きだと重たくてシンドくなってきた私には実に好都合だ。しっかり食べたが食後がラクチンだった。食後感って見過ごしがちだが外食ジャンルにおいて大事なポイントだ。

 

話は変わる。続いては鴨肉だ。鶏肉とはまるで異質の美味しさがある。コクと旨味が独特だ。その昔、かつての極道作家・安部譲二さんが任侠道現役時代に鴨南蛮を注文したのに鶏肉が使われていたことに怒って店を破壊したというエピソードを聞いたこともある。

 

鳥といえば鳥だが、食肉として考えた場合、まるで別モノだ。個人的には鴨の脂身のウマさは鶏肉のそれとは比較にならないように感じる。

 


 

東銀座にあるその名も「鴨亭」。久しぶりに訪ねてみたが、かなり辺鄙な立地なのに大賑わいだったから鴨ファンが結構多いことを実感した。

 

上の画像はもも肉の炭火焼だ。この店ではいろんな鴨肉のメニューがあるが、こういうオーソドックスな一品が素直にウマい。焼酎片手に味わえばウットリする。




写真は撮り忘れたが鴨肉の北京ダック風などあれこれを食べながらメインには鴨のすき焼き。やはり牛肉のすき焼きとは違う軽さが嬉しい。軽さを評価しちゃうこと自体が加齢の証である。そう考えると歳をとってきた著名な料理評論家の皆さんはいろいろとキツそうだと要らぬ心配をしてしまう。

 

シメに出てきたのが鴨せいろだ。蕎麦はともかく、つけ汁がとても良かった。つゆ自体も深みのある味だったが、たんまり入っているネギと鴨肉との相性、バランスが実にオッサン泣かせ。まるでカニを食べている時のように無言になってしまったほどだ。

 



やはり私は蕎麦派だと痛感した。「東京人はうどんじゃないぜ」と気取っているわけでなく単純に蕎麦のほうがウマいと思う。

 

話がそれた。牛、豚、鶏ではない肉のウマさについて語るのが今日のテーマだった。

 

グルメぶった人のようにいろいろと書いてきたが、最近とくに美味しく感じたのはやはり赤ウインナーである。前回のブログにも書いたばかりだが、その後も何度か食べている。私の味覚なんてそんなものである。

 


 

肉だか何だか分かりやしない怪しげな原材料で作られているのが赤ウインナーである。何の根拠もないが間違いなく身体に悪い、はずだ。でもケチャップをベチョっとつけて味わうアイツのウマさは格別だ。

 

本格的なソーセージを粒マスタードで食べるのも嫌いではないが、赤ウインナーとの二択だったら私は迷わず赤ウインナーを選んでしまう。

 

それが結論だ。

 

 

 

 

 

 

 

2026年10月19日月曜日

雑食日記


今の時期はやたらとカツオが食べたくなる。春のカツオもウマいが、やはり上質な脂をまとう秋のカツオは独特の美味しさがある。日本中ナントカの一つ覚えみたいにマグロばかりが重用されるが、ウマいカツオはマグロをも超える美味なヤツだと思う。

 



 というわけで、今日は最近の雑食日記を書いてみる。上の画像は新富町のお寿司屋さん「なか山」で食べた。ウットリした。握りでも良いが刺身でベロベロ食べたくなる。私の場合、ポン酢と醤油を混ぜた即席タレを使って食べることが多い。醤油だけ、ポン酢だけよりもミックスすることでカツオと相性が良くなる。おススメです。

 



こちらは人形町のお寿司屋さん「浮舟」で出されたカツオ。これまた脂の乗りも良く大満足。こちらの店にも最近はちょくちょく出かけるのだが、町寿司の名店だと思う。なかなかニクい品揃えで快適に過ごせる。

 

押しつけがましいところはなく好きなモノを好きなように食べることを推奨してくれる。今どきはその姿勢だけで喜ばしい。おまかせ一辺倒の寿司屋ではありえない居心地の良さを味わえる。

 



 

この画像は醤油焼にしてもらった白子。軽くまとった衣が良いアクセントで酒の肴としてバッチリだった。後ろに映っているタコも見た目は普通だが、茹でる際に番茶を使うそうで実に風味豊かだ。

 

さて、独身生活も長くなってくると刺身など生魚はともかく焼き魚、煮魚系と縁遠くなってしまう。時おり無性に火の入った魚も食べたくなる。

 



 

こちらは人形町の外れにある「竹とんぼ」という店で食べたサバの干物と酢だこ。こういう焼き魚は家庭人を卒業しちゃうとなかなか食べられないから無心にむさぼった。赤色の酢だこも最近は年末年始ぐらいしか出会わないから何でもない日に遭遇すると嬉しい。

 

焼き魚といっても妙に高いヤツもある。ノドグロあたりはいつの間にかブランド品みたいな扱いになって敬遠したくなるが、それでも時には食べたくなる。昔はもっと手ごろな値段だったのにこれも時代の流れだろう。

 




こちらは銀座の「蕎麦まる銀座」での秋っぽい突き出しとノドグロの塩焼きだ。もう一回り大きいと嬉しいのだが、物価高のご時勢だから文句は言えない。焼き魚にすると白身の魚は青魚とはまた違った旨味がある。

 

こうした純和風の品々を食べていればヘルシーで結構なんだろうが、そこは道楽者?である私だ。やはり若者のようなドカ食いモードになってしまうことも多い。

 

お次は洋食の人気店・日本橋「たいめいけん」でのムホムホメニューだ。この日は気軽な一階席であれこれ食べたのだが、やはり洋食屋さんではベシャメル系とデミグラス系の両方を味わいたくなる。

 




 

グラタンとオムハヤシ、ハンバーグである。ここも以前より値上がりしているが、2階席に比べれば1階席はまだ手ごろだ。ニッポンの洋食の王道だ。この店が自宅から徒歩圏にあることは幸せだ。でも太っちゃうから頻繁に行かないようにしている。

 

どんなジャンルの店に行くにしても秋はついつい食べ過ぎてしまう。さすがに時には調整のために夕食を軽めに済ませることもある。

 




とある日、久しぶりに銀座の「bar U」で晩酌。炭水化物は抜くと決めていた日なのでメニューにあるオムライスや各種パスタには目もくれず軽い注文で済ます。

 

牛タントマト煮と赤ウインナーである。こういうモノでジントニックやハイボールをグビグビしていれば間違いない。赤ウインナーは昭和人にとっては見ているだけで幸せな気分になる。不思議と家では食べたいとは思わないのに外食の際に見かけると必ず注文しちゃう。

 

なんだかんだ言って、ジャンク系というか、ガッツリ系の品々を食べたくなる機会が多い私だ。きっと胃腸がそれなりに丈夫なのだろう。この秋もいろいろと脈略なく好き勝手な食生活を続けている。幸せなことだ。

 

今日の話はスマホに残っている食べ物画像を整理しながら書いてみたのだが、数々の画像の中で「すぐにでもまた食べたい!」と思ったヤツを最後に紹介する。

 



 

大学野球を観戦しに行った際にほぼ必ず食べている「温玉牛丼」である。この春から私にとっての大定番になった。決して上等な肉ではないのだがミョーにウマい。“屋外メシ”という点も魅力だ。


混雑とは無縁の大学野球をノンビリ眺めながらこれを頬張っていると何だか無性に幸せな気持ちになる。私にとって“休日を象徴する味”である。





 

 

 

 

 

 

2026年10月16日金曜日

イクラ、すしのこ

 

デパートでやっている物産展はナゼかワクワクする。全国各地の名産品などが集まるからぶらぶら見ているだけでも楽しい。

 

有楽町の交通会館や銀座一丁目、はたまた日本橋界隈には各道府県のアンテナショップがあるので散歩のついでに頻繁に覗くのだが、デパートの物産展は熱気が違う点が良い。

 

来場者だけでなく、各店舗のオバちゃんのハッスルぶりが催事の空気感を作っている。常設のアンテナショップとはイキイキ感がまったく違うから何となく楽しい。

 



先日は日本橋高島屋でやっていた北海道展に出かけた。三越の北海道展より規模が大きくてちょっとアガった。それにしてもイクラの値上がりぶりはどうにかならないだろうか。富豪の私?でも簡単に買う気にならない。5年前に比べると体感で2~3倍にはなっているようだ。

 

イクラは川に上がってくる前の鮭から取るから鮭の回遊コースに異変でもあったのだろうか。気象条件が変わってきたから海の生き物にも影響はあるのだろう。イクラの大ファンである私には結構ツラい。仕方ないから年末にかけてふるさと納税で大量に注文しようと思う。

 

さてさて、最近はお手軽な幸福感を味わうことを日々のモットーにしている。近所のデパートで催事場を覗いてワクワクするのもお手軽に幸福感を味わえるし、ウチメシひとつとっても手軽な海鮮を買ってきて好みの味に仕上げた酢飯とともに味わえばプチ・ハッピーの極みである。

 



某日、自作の酢飯がウマく仕上がったところにマグロとイクラだけをトッピングしてガツガツ食べた。外食よりは格安だし、外食だと他に余計なものも頼んじゃうからこういう単純メシで済ませるのも悪くない。

 

個人的に海鮮丼を食べる機会は滅多にない。せいぜい函館あたりの旅先でウニ丼、イクラ丼を食べるぐらいだ。都内でもインバウンド向けにたいそうな海鮮丼を出す店が増えているようだが、私の場合、お寿司屋さんでアレコレ食べるほうが好きなので海鮮丼とは縁がない。

 

個人的には海鮮丼は酢飯で食べたい。ホカホカの白飯で食べるのも悪くないが、ウマい酢飯で食べてこそ魚の味も引き立つような気がする。こだわりを言わせてもらうと冷え切った酢飯だとイマイチである。ほんのりあったかい酢飯が最高だ。

 

というわけで、家で自ら炊き立てご飯を使って酢飯を作り、そこに海鮮を載せるのが間違いのないプチ・ハッピーへの道である。

 


 

上の画像のすし酢が私の好みだ。ここ何年もこれしか使っていなかったのだが、最近になって子供の頃に時々味わっていた「すしのこ」に再注目するようになった。

 


 

妙に甘い味付けの人工感!?たっぷりの粉末のアイツである。昭和の子供はみんなお世話になったはずである。

 

上の画像のすし酢を使うと品の良い本格的な味の酢飯が手軽に作れるのだが、「すしのこ」を多めに入れると実にヤンチャな味になる。ジャンク和食の極みみたいな味である。よく分からない表現ですいません。

 



良く言えば昔懐かしい郷愁の味であり、悪く言うならちょっと下品でベタな味である。でもそれがウチメシならではのユルい感じになって悪くない。むしろ嬉しい気持ちになる。

 

さすがにどこのスーパーでも置いてあるロングセラー商品だけのことはある。麻薬成分的なモノでも入っているのか中毒性すら感じてしまう。冷静に味わうと不思議な味だ。正直に言えば鮨飯とは違う種類の味だといえる。でも、その不思議感こそが「すしのこ」の魅力だ。多めに使うとその後は喉が渇いてしょうがないのもご愛敬である。

 

子どもの頃はこれをまぶしたご飯をおかず無しでも際限なく食べられた。なんなら今だってそうやって食べてみたい。具材は無しでチョロっと醤油を垂らすだけで充分にウマいはずだ。きっとコメ2合ぐらいは秒殺、3合だって余裕で食べられそうな気がする。