2026年7月1日水曜日

飯田橋、九段下、神楽坂


幼稚園から高校まで通った学校は飯田橋にある。荻窪から通っていたから地下鉄を利用するときは九段下駅を使った。飯田橋のすぐ隣の神楽坂と共にこの3か所は私にとって郷愁の街である。

 

飯田橋駅直結のラムラという商業ビルも私が中学生の頃に意気揚々と?建設していた。今ではすっかり古めかしくなって斜陽ビルみたいな感じだ。時の流れの速さを痛感する。

 

最近、立て続けにこの界隈に出かけることがあった。まずは旧友との飲み会で母校の後輩が経営する神楽坂の老舗中華である龍交亭を訪ねた。

 

飲み会で使いがちな中華居酒屋だと正直ちっとも美味しくない雑な料理が出てくるのが相場だが、こちらはちゃんとしたお店だから何を頼んでもウマかった。飲み会使い?にはもったいない感じ。




 ピータンもチャーシューもまるっきり私好みだったし、妙にデカい焼き餃子の味の濃厚さにもムホムホできた。わりと大き目なお店だがかなり混雑していたからこの界隈での人気店なんだろう。次回の悪友会?もこの店に集結することに決定。

 

お次も中華料理だが、こちらは飯田橋から九段下側に少し移動したホテルメトロポリタンの中にある「南国酒家」。こちらの老舗人気店である。

 




 ここでもピータンとチャーシューにニンマリした。最近は同じようなものばかり食べがちだ。広東系中華で出てくる甘めの味付けのチャーシューが大好きだからそれっぽいチャーシューがあれば正直それとピータンだけをツマミに熱燗にした紹興酒を飲んでいれば幸せである。

 




とはいえ、同行者がいればそうもいかず、この日は北京ダックやふかひれスープ、エビチリなどアレコレと注文。本来は好きではない紹興酒がグイグイ進んじゃうお店は料理がウマい店だという真理に今更ながら気づいた。

 

それにしてもこの界隈に来るたびにホテルグランドパレスが無くなってしまったことが悲しくなる。私のソウルフードであるシャトーソースをビチャビチャかけて食べるピラフの思い出が胸を締め付ける。大げさか。

 

さて、お次は飯田橋駅に近い神楽坂下にあるウナギの老舗「志満金」だ。神楽坂周辺のウマい店開拓を10年以上サボり続けていたから今や私が知っている間違いのない店はここぐらいしか思い浮かばない。

 



都内にウマい鰻屋さんは無数にあるが、ウナギ以外にまったく一品料理を出さないことが美徳みたいな様子の名店も多い。それはそれで正しいこだわりなのかもしれないが、やはり気の利いたツマミの34つも用意しているような店のほうが個人的には好きだ。

 

修行僧のような雰囲気でただ黙って鰻が焼かれるのを延々待たされる店の鰻の味が100点だったとする。気の利いたツマミが揃っている店の鰻の味が80点だったとしても私は後者の店を選ぶ。

 

正直いってどんな料理だろうと80点を超えれば一緒である。暴論かもしれないが私には80点と100点の差は取るに足らないレベル。だったら窮屈な思いをする100点の店に行くより酒の肴や居心地に満足できる80点の店を迷わず選ぶ。

 

この店もニクい肴がいくつもある。うざく、肝煮といった定番だけでなくカラスミを始め、鯛の塩辛のとろろ和え、へしこや鴨塩焼きなどのほか、同行の女子ウケには最適?なアロエの刺身みたいな変わったものもある。

 



この日もそうしたツマミを突きながら白焼きから鰻重という王道的な流れにしたのだが、最近は私の満腹中枢がだらしなくなってきたのが残念無念である。必然的にショボショボサイズの鰻重を選ぶようになった。

 

ほんの5年ぐらい前まではどんな状況でもその店で一番デカい鰻重を頼むことにこだわっていた。それが鰻ラバーを自認する以上は最低限のマナーだと思い込んでいたほどだ。

 



時の流れは残酷である。同行者が食べる鰻重と比べると実にショボい。ショボショボしたサイズの食べ物で満足しているようではヨボヨボな姿になるのも近いようで大いに問題だと思う。

 

神楽坂下の周辺といえば、高校時代、放課後に立ち寄ったデカい餃子の店や離れでコッソリ悪さをさせてくれた甘味処などがあった。40年以上前の話である。当時、底なし沼のような胃袋を持つ大食い少年だった私も時の流れには抗えない。郷愁の街でそんな現実を痛感させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 



2026年6月29日月曜日

コメ、コメ、コメ

 

15年ほど前に独身に戻った際、何はともあれ「ウマいコメ」の追求に励んだ。それまでは小さい子供もいる状況だったからご飯を炊く際もすべて私好みにしてもらえるわけではなかった。

 

専業主婦だった元嫁様に料理を任せている以上、私がアレコレ細かいことを言いにくいのもあった。独身になったら自分でやらなきゃならない代わりに100%自分の好みに出来るようになった。結果、コメ選びから炊き加減までB型気質を発揮して大真面目に向き合ってみた。

 

炊飯器のこともちょこっと勉強した。大雑把にいえば「圧力系」「非圧力系」に分かれるらしいのだが、もっちりした感じより粒立った感じの炊き上がりが好みなら非圧力系が適していると知り、そっち系の商品を探した。

 

とにかくコメを硬めに炊きたい私としてはコメの品種も真剣に調べた。たいていの日本人が好む「もっちり」「粘り」という表現が強調されている米は基本的にパスした。なんなら「サラサラ」「ゴワゴワ」ぐらいに炊き上がって欲しい。

 

で、硬く炊いたほうがウマいと評判の「つや姫」に辿り着き、その後は「つや姫」の派生ブランド米である「雪若丸」に落ち着いて今に至る。

 



そうした涙ぐましい?努力の果てに「非圧力系の炊飯器で雪若丸無洗米を水加減をかなり少な目で早炊きする」という自分流の完全無欠なパターンを確立した。

 

炊き立てを冷凍することもあるのだが、上手に解凍すればウマさは9割がた維持される。そこらへんのコメ自慢の料理屋よりもウマいコメを常に食べている自負はある。あくまで私の感覚だがそう断言できちゃうこと自体が幸せだ。

 

白米ももちろんウマいが、炒めご飯や炊き込みご飯もウマい。普通に白米として食べる時は、2合の場合、水加減を1.7合目あたりに合わせて炊く。炒めご飯用に炊く際は1.6合目ぐらいの水加減でコメの芯が残らないギリギリぐらいの硬さに炊くようにしている。

 


 

チキンライスである。前にも書いたが最近知った「パパヤソース」という京都の会社のチキンライスの素にハマったので近頃はこれ一辺倒である。

 

ちょっと良い鶏肉を多めに入れて、マッシュルームやタマネギみじん切りを加えて炒める。タマネギは安直に冷凍モノで済ませる。鶏肉を塩コショウと白ワインで炒めてから硬く炊いたコメとドッキングさせる。毎日でも食べたいウマさだ。

 



挽肉炒めメシも失敗しない一品だ。塩コショウにコンソメ、ウスターソースをベースにすることが私流の基本だが、上の画像は焼肉のタレをベースに炒めメシに仕上げた。間違いのない味だった。

 

炊き込みご飯もわりとよく作るのだが、炒めメシよりも簡単とはいえ、意外に炊き加減が難しい。具材から出る水分量がよめないことや早炊きモードだと高熱過ぎて具材に火が通り過ぎる問題もあるようだ。なかなか奥が深い。

 





ピラフ好きな私が最近知った商品が焼肉のタレで有名なモランボン製のエビピラフの素である。まさに安直の極みだ。エビを入れて炊飯器で炊くだけ。豪華にしたければ具材を追加すればいろんなパターンを楽しめる。味も極めてオーソドックスなピラフ味だ。

 

パスタソースを応用してピラフを炊くこともある。そこら辺のスーパーで売っている「あさりコンソメ」などのパスタソースをベースにエビやらアサリ缶詰などを追加投入して炊くだけで済む。

 

炊き上がったあとにバターを追加してしばし蒸らしてから混ぜ合わせれば官能的な香りと味わいにムホムホできる。水加減さえ失敗しなければ誰でも本格的なピラフが作れる。

 



こういう簡便調理はインスタのリール動画を見ていると飽きるほど紹介されている。便利な時代になったものだ。15年前の離婚直後の頃が今のようなインスタ最盛期だったらきっと私はズボラ調理に励んで引きこもりのような暮らしをしていたと思う。

 

料理ベタ、料理嫌いの人にとっては、ごくごく短い動画でズボラ調理が学べる今の時代は幸運だと思う。「自炊」と聞くと細々とした下準備やいくつもの面倒な作業を乗り越えなければならないと思い込んでいた昭和人である私にとっても有難い限りだ。

 

ちなみに自分好みのコメざんまいを満喫できるのは非常に幸せなことだが、その一方で外食の際に時々遭遇するマズいコメへの嫌悪感はヒートアップする一方だ。

 

どう考えても水加減を間違えたとしか思えないビチャビチャした食感のコメを出す店やヘンテコな匂いがするようなダメ米を出す店は何とかならないものだろうか。

 

コメは日本の宝である。誠意をもって愛情たっぷりに炊いてほしい。コメづくりに真摯に取り組む農家さんへの敬意と感謝を込める意味でも真面目に炊いてほしいと切に願う。

 

おかしな結論になってしまった…。

 

 

 

 

2026年6月26日金曜日

やけっぱちなカレー

 

自堕落な食生活が続いていると本能的に「ちゃんとしたモノ」を食べなければと悔い改めたくなる。とはいえ「ちゃんとしたモノ」って何なのかさっぱり分かっていないのが困りものだ。

 

家庭料理っぽい芋の煮っころがしやら野菜炒めあたりが該当しそうだが、芋は基本的に嫌いだし、野菜だってちょろっと食べたところで身体に必要な栄養素を補充するのは難しい。

 

もちろんファストフードばかり食べるなら家庭料理っぽいもののほうがマシである。でもその差が健康状態にどのぐらいの影響を及ばすのかを考えるとビミョーだ。サプリや青汁にサポートしてもらえば充分だとも思える。

 

というわけで、とりあえす肉ばかり食べていないで魚をちゃんと食べようと意識するようにしている。焼き魚、煮魚は安直かつ横着な自炊モドキに励む私にはハードルが高い。仕方なく出来合いの簡便食品をふるさと納税の返礼品で取り寄せることが多い。

 




 湯煎するだけで食べられるような焼き魚、煮魚が基本だ。正直にいえば味は“まあまあ”である。マズくはないが感動するほどウマいとは言えない。でも、デリバリーの牛丼を食べる時より「ちゃんとしたモノ」を摂取した気になる。

 

たいていのこういう商品は切り身が小さい。一つだと満足感には程遠いのだが、画像の2種類は一個あたりの分量がそこそこあるので悪くない。

 

世の中で数えきれないほど売られている“出来合いの焼き魚”に関しては切り身一つ当たりの分量を重視して選ぶことが大事だと声を大にして主張したい。

 

しっかりした量の簡便焼き魚を白米と漬物と一緒に食べれば「普通の人の真っ当な食事」みたいな雰囲気になるので精神衛生上もとても良い感じだ。

 

さてさて、魚を意識して食べようなどと思う裏には日頃の肉食中心の生活をちょろっと反省したい気持ちがあるわけだ。肉がダメだと短絡的に決めつける気はないが、年齢不相応?な怪しげなものまで嬉々として食べてしまうのが私の悪いクセである。

 



こういう宣伝を見てしまったらすぐに欲しくなる。わが家にはレトルトカレーのストックがたくさんあるのだが、そんなことはお構いなしである。値段も気にせずソッコーで注文しちゃう。

 

ちなみに11000円以上だった。レトルトカレーとしては破格だが“お客様の夢実現”などといわれちゃうと買わないわけにはいかない。松茸やらトリュフ味やらのペヤング焼きそばの迷走系?商品を迷わず買うのと同じ心理である。

 

きっとアイドルの推し活をしているオタクがさまざまなグッズをバンバン買っちゃうのと同じ感覚だろう。後先考えずに脳が買うべしと命令してくる感じだ。

 




画像だと分かりにくいが実際に食べてみたら確かに肉だらけだった。物事は何ごともバランスが大事だが、その点では邪道そのもの。幸せなアンバランスとでも表現したくなる肉の量だった。

 

大食漢だった男の子の成れの果てである私は素直にハッピーな気持ちになった。レトルトカレーといえば軽食というジャンルだが、肉だらけのおかげで満腹感も満たされた。ウマいコメと福神漬けやラッキョウがあればご馳走状態だ。

 

外食のどうでもいいカレーに1000円も出すのならこっちを食べたほうが嬉しい気持ちになると思う。

 

 

 

 

 

 

 

2026年6月24日水曜日

15年経ったけど…

 更新を怠ってしまったので過去ネタを一つ。15年前、自分が老け込んでいかないために必死になって書き殴っていた感じが懐かしく感じる。これを書いた時から15年、はたして今の自分はどれぐらい幼稚なのだろう?


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/09/blog-post_14.html





2026年6月22日月曜日

おやじがおじや


外食を語る際、なんとなくチェーン店はダメみたいな思い込みがある。居酒屋、ラーメン屋、寿司屋、ステーキ屋、鰻屋等々、ジャンルを問わず世の中にはそんなイメージが少なからずある。

 

どこか安直な選択みたいな気分になってしまうのが原因だろうか。私自身もそんな意識があるのだが、そうは言ってもロイヤルホストは何でもウマいと思うし、大好物の牛丼はチェーン店に頼るしかない。

 

さて、チェーン店をどことなく低く見ている私にとって嬉しい誤算のお店がある。中央区界隈に結構な店舗数を持つ「鮨とおでん&」というお店がそれだ。

 

何年も前だが、八丁堀近辺に住んでいた時に近くにオープンしたので訪ねたことがある。わりと何でも美味しくて、そもそも寿司とおでんの両方が楽しめるわけだから有難い店だった。

 

でも、なんとなく寿司やおでんに対してお店自体の“渋さ”を求めてしまうワガママな嗜好が邪魔をして何度も通うほどではなかった。

 

今年になって今の私の住まいの至近距離に「鮨とおでん」の新店舗が出来た。徒歩2分弱である。わが家から一番近いコンビニが徒歩2分だからそれより近い。行かないのはもったいない。

 



で、何度も訪ねている。渋さはまったく無いのだが以前訪ねた系列店よりも美味しさが進化している感じで毎度うならされる。


渋さだとか店内の騒がしさだとかを抜きにしたらここだけで外食は完結しちゃうと言っても大げさではない。まあ、渋さや雰囲気も店選びには欠かせないのが現実ではあるが。

 




おでんもキチンとウマい。寿司もちゃんとウマい。シャリが実にマトモ。おまけにアテ巻きと称する酒の肴にちょうどいい巻き物も気が利いている。玉ねぎカツオ巻きやら塩辛チーズ巻きやらブリガリ巻きなど注文せずにはいられないメニューが揃う。

 



おでんと寿司の他に焼鳥もちゃんとしている。この〝三大オヤジ好み〟が揃っているわけだから無双状態だろう。酒の種類も豊富だ。いつも繁盛しているのも納得だ。カウンター席が無いので一人でフラっと入れないのが残念な点である。

 



先日、シメの一品として「おじや」を注文してみた。いろんな種類があるなかで選んだのは明太バターおじやである。おでん鍋に残ったダシをベースにするわけだからマズく作りようがない一品だ。お店の人が作ってくれるのもラクチンで有難い。

 

アテ巻きをさんざん食べていたので満腹に近かったのだが、あまりのウマさに卒倒しながら茶碗3杯分ぐらいペロペロ食べてしまった。大げさだが、今年食べた数限りない食べ物の中で一番美味しかったかもしれない。

 



若者言葉の「ヤバい」を還暦オヤジなのに連発しちゃうほどの味と表現すれば分かってもらえるだろうか。分かるはずないか…。

 

ちなみに食べ過ぎが続いた日など体重調整?を意識する時は某チェーン店のモツ焼き屋に行くのが私の習慣だ。そこの一品料理類のダメダメさに半ば呆れながら過ごすのが毎度のことなのだが、それに比べると同じ「チェーン店」でも雲泥の差がある。

 

太りたければ「鮨とおでん」に通えばアッという間に目指す体重に到達するはずだ。いつも節制も頭に入れておでんと焼鳥のささみだけで終わりにしようと決意して出向くのだがナゼか帰宅すると腹パン状態で困ってしまう。

 

昨年、もろもろの節制のおかげで15キロ近く落とした体重が今年に入って3〜4キロはリバウンドしている。原因はいくつかあるが、近所に出来たこの店が少なからず影響しているのは間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

2026年6月19日金曜日

身だしなみ

 

今月初めのこのブログで私の靴への偏愛を書いた。もともとオシャレな人間ではないのだが、革靴だけはかなりのこだわりがある。

 

今では冠婚葬祭以外はナゼか茶系かボルドー系の革靴しか履かない。紐靴の内羽根、外羽根にはさほどこだわりはないが、モンクストラップだったらダブル以外は選ばなくなった。単なる好みである。

 


 

最近はサボり気味だった靴磨きもなるべく自分で頑張るようにしている。以前は専門業者さんにまとめて出してピカピカにしてもらうことも多かった。自分でやると無料なのが素晴らしい。その分の差額は老後のために貯金しよう。

 

さて、革靴だけにはしっかりこだわりがあるものの洋服などは割とテキトーだ。スーツはオーダーで仕立てているとはいえ、いつもまったく同じスタイルである。昔、作った時に収まりがよかった形をただただ踏襲している。

 

ファッションオヤジ?みたいに思われるのはイヤなので細かい注文はつけないようにしている。いまだに無頼派を気取りたい私としては、さも関心がないような顔をして仕立て屋さんに任せっきりにする。それはそれで自意識過剰である。

 

「オシャレには無縁だぜ、ファッションとか興味ないし」とツッパっているつもりでも、身だしなみに気を使わないのも問題である。かくいう私も一応は身だしなみに関しては一定のルールを自分に課している。

 

ラフな格好でも構わないような日でも職場にはスーツで出かける。スーツじゃないと革靴が履けないというヘンテコな理由も影響している。

 

ネクタイをしないで済む季節はそれなりに面倒だ。スリーピースのスーツにネクタイを締めていればどうやってもキチンとした人に見えるからある意味ラクチンだ。夏場はそれができない。

 

ネクタイをしない時期には、首元がシャバダバにならないために襟が高めのシャツを着るようにしている。俗にいうドゥエボットーニだ。私の場合、ボタンダウンで襟高は5センチ。

 

ネクタイが無い分、ボタンとボタンホールに色味をつける。オーダーシャツを作る際、ボタン自体やホール糸を茶系やボルドー系にすることが多い。そこに色味があるので基本は白シャツだ。

 


 

スーツの胸ポケットにはチーフを入れる。面白いものでたとえ数百円で売っているような安物でもポケットチーフを胸に挿しているだけで、人様からは「あの人は身だしなみに気を使っているちゃんとした人」だと錯覚してもらえる。

 

ポケチ効果とコッソリ呼んでいるのだが、今までそんな錯覚をしてくれた人は200人は下らないと思う。ポケットチーフは20枚ぐらい持っているが当然ながら高価なものは一枚もない。

 

さて、身だしなみで意識することは清潔感と統一感だけだ。細かいことに気を遣うよりそれだけ守っていれば一丁上がりだと思う。違ったらごめんなさい。

 

私が意識する統一感は革靴とベルトと腕時計のバンドの色を合わせることだ。小さなこだわりだがこれだけは常に意識している。

 

冒頭で書いたように革靴は茶系が中心でボルドー系がいくつかある感じだ。必然的に腰に巻くベルトも腕に巻く時計のベルトもそっち系の色に合わせる。

 



 

とりあえずそれぞれの様子を自撮りしてみた。茶系の時はごく普通だが、ボルドー系の時は色を揃えていることを人様に気付かれることも多い。「オシャレですね」とか言われて素直に喜べばいいのに「靴とベルトは同じ色じゃないとルール違反だしね」などと謎に気取った発言をしてしまう。

 

「小っ恥ずかしいからオシャレなことを頑張りたくない、でもファッションセンスがゼロだと思われるのも悲しい」。そういう感覚って中高年以降になると顕著になってくるような気がする。私もそうだ。とはいえ、どう凌いでいけば分からないので一応の清潔感と自分なりのスタイルみたいなものを貫くしかないと思う。

 

とりあえずポケチ効果と革モノの色統一だけでやり過ごしている日々だ。

 

 

 

 

 

2026年6月17日水曜日

焦げと甘味


家庭生活からFA宣言して15年近くが経つ。独り身になった当初は外食と出前とレトルトのみで生きていたが、その後、料理とは呼べない程度の簡単調理に手を出して今に至る。

 

本格化するとB型気質を際限なく発揮して凝りまくりそうだからブレーキをかける意味でも「まな板と包丁は使わない」をモットーにあくまで簡便仕様に徹している。

 

とはいえ、せっかく作るからには自分の好みにもこだわりたい。焼きそばだったら適度な焦げが欲しいし、炊き込みご飯なら普通より甘味が欲しい。だから湯煎やチンで食べられるレトルトだってちょこっと味を加えたりする。

 

最近の秘密兵器が“重り蓋である”。正式名称は知らない。通販でフライパンを買った時にオマケでついてきたガラス製の蓋状の重りである。これが思った以上に活躍してくれる。

 

もともと火が通りにくい鶏肉を焼くときに上から乗せることで均一に加熱する目的の道具だったと思う。実際に鶏肉を焼く時に重宝しているのだが別な使い道もある。麺に焦げ目をつけられる点だ。

 



焼きそばの麺は部分的にパリっと焦がしたい。そんな願いをこのグッズが叶えてくれる。画像の通り簡単に焦げ目がつく。それまでは重りになりそうなものをテキトーに使って焦げ目作りに励んでいたのだが、何を使うにしても自分でずっと押さえていないとならないのがストレスだった。

 

この重り蓋は結構な重量があるので載せたまましばし放置するだけだ。焦げ目がついた後に肉や野菜と混ぜて味付けすればなかなか良い感じに仕上がる。この一手間が家メシの幸福度を高めてくれている。

 



3か月ほど前にこのブログで私の変態的ソウルフードの話を書いた。中途半端にお湯で戻してボソボソな感じで味わう「安直ビーフン炒め」である。(https://fugoh-kisya.blogspot.com/2026/03/blog-post_13.html)

 

相変わらず暇さえあれば40年前に亡くなった祖母を思い出しながらぼりぼり食べている。これも焦げ目をつけると味わいが一段上がる。ボリボリ感だけでなくパリパリ感が加わるから最高である。誰もこれをウマそうだと思ってはくれないだろうが私には至高の一品だ。

 



焦げ目の話に続いては甘味である。数十種類試した上でわずか数種類に絞られた私の好みのレトルトカレーにはすべて原材料に砂糖が表示されている。大げさに言えばたいていの食べ物は砂糖を入れれば美味しくなる。

 

砂糖に限らない。パルスイートでも良し、水あめでも良し、ハチミツも使い方によっては大いにアリだと感じる。先日作ってみたチキンのマヨマスタードソース味も決め手はハチミツだった。

 

唐揚げチェーンの「から好し」の人気メニュー「ハニーマスタード味」のパクリである。ネット上で簡単なレシピを見つけたので挑戦してみた。

 



ハチミツ、粒マスタード、マヨネーズ、酢などを混ぜ合わせた特製の怪しげなソースというかタレを作る。画像手前の黄色い液体である。これを火が通ったチキンに加えるだけで出来上がりである。

 

多めのオリーブオイルで素揚げするかのようにしっかりと鶏肉に火を通す。ここでも例の“重り蓋”を活用して鶏肉の表面がやや焦げるぐらいまで焼く。火が通ったらオリーブオイルは捨てて上記の怪しげなタレを絡める。

 



タレの味がかなり強めだったのでネットのレシピの2倍近い量の鶏肉を投入してみた。結果は正解。頃合いの味付けに収まった。ハチミツ感のせいでご飯のおかずにはなりにくそうだが、酒のアテなら充分アリだと感じた。

 

何はともあれ焦げ目と甘味である。そんなこんなで私の自炊モドキは少しづつ進化しているようだ。茶色いモノばかりだが…。