幼稚園から高校まで通った学校は飯田橋にある。荻窪から通っていたから地下鉄を利用するときは九段下駅を使った。飯田橋のすぐ隣の神楽坂と共にこの3か所は私にとって郷愁の街である。
飯田橋駅直結のラムラという商業ビルも私が中学生の頃に意気揚々と?建設していた。今ではすっかり古めかしくなって斜陽ビルみたいな感じだ。時の流れの速さを痛感する。
最近、立て続けにこの界隈に出かけることがあった。まずは旧友との飲み会で母校の後輩が経営する神楽坂の老舗中華である龍交亭を訪ねた。
飲み会で使いがちな中華居酒屋だと正直ちっとも美味しくない雑な料理が出てくるのが相場だが、こちらはちゃんとしたお店だから何を頼んでもウマかった。飲み会使い?にはもったいない感じ。
お次も中華料理だが、こちらは飯田橋から九段下側に少し移動したホテルメトロポリタンの中にある「南国酒家」。こちらの老舗人気店である。
とはいえ、同行者がいればそうもいかず、この日は北京ダックやふかひれスープ、エビチリなどアレコレと注文。本来は好きではない紹興酒がグイグイ進んじゃうお店は料理がウマい店だという真理に今更ながら気づいた。
それにしてもこの界隈に来るたびにホテルグランドパレスが無くなってしまったことが悲しくなる。私のソウルフードであるシャトーソースをビチャビチャかけて食べるピラフの思い出が胸を締め付ける。大げさか。
さて、お次は飯田橋駅に近い神楽坂下にあるウナギの老舗「志満金」だ。神楽坂周辺のウマい店開拓を10年以上サボり続けていたから今や私が知っている間違いのない店はここぐらいしか思い浮かばない。
都内にウマい鰻屋さんは無数にあるが、ウナギ以外にまったく一品料理を出さないことが美徳みたいな様子の名店も多い。それはそれで正しいこだわりなのかもしれないが、やはり気の利いたツマミの3つ4つも用意しているような店のほうが個人的には好きだ。
修行僧のような雰囲気でただ黙って鰻が焼かれるのを延々待たされる店の鰻の味が100点だったとする。気の利いたツマミが揃っている店の鰻の味が80点だったとしても私は後者の店を選ぶ。
正直いってどんな料理だろうと80点を超えれば一緒である。暴論かもしれないが私には80点と100点の差は取るに足らないレベル。だったら窮屈な思いをする100点の店に行くより酒の肴や居心地に満足できる80点の店を迷わず選ぶ。
この店もニクい肴がいくつもある。うざく、肝煮といった定番だけでなくカラスミを始め、鯛の塩辛のとろろ和え、へしこや鴨塩焼きなどのほか、同行の女子ウケには最適?なアロエの刺身みたいな変わったものもある。
この日もそうしたツマミを突きながら白焼きから鰻重という王道的な流れにしたのだが、最近は私の満腹中枢がだらしなくなってきたのが残念無念である。必然的にショボショボサイズの鰻重を選ぶようになった。
ほんの5年ぐらい前まではどんな状況でもその店で一番デカい鰻重を頼むことにこだわっていた。それが鰻ラバーを自認する以上は最低限のマナーだと思い込んでいたほどだ。
時の流れは残酷である。同行者が食べる鰻重と比べると実にショボい。ショボショボしたサイズの食べ物で満足しているようではヨボヨボな姿になるのも近いようで大いに問題だと思う。
神楽坂下の周辺といえば、高校時代、放課後に立ち寄ったデカい餃子の店や離れでコッソリ悪さをさせてくれた甘味処などがあった。40年以上前の話である。当時、底なし沼のような胃袋を持つ大食い少年だった私も時の流れには抗えない。郷愁の街でそんな現実を痛感させられた。