2026年5月1日金曜日

エロの道、性友

 

エロを大っぴらに語れることは幸せである。いきなりだが昨今の物騒な世界情勢を見るにつれそんなことを感じる。ちょっと大げさか。

 

いや、大げさではない。やはり楽しくワイ談に励める状況って平和の象徴だと思う。戦争や災害など哀しい出来事に世の中が覆われている時にはエロやワイ談の出る幕はない。

 

先日、銀座で飲んでいる時にその場に言わせた全員でマヌケなエロ話に没頭したのだが、笑い過ぎてバテちゃうほどだった。そんな時間を過ごせることは間違いなく幸せだと痛感した。

 

昭和を代表する作詞家のなかにし礼さんが生前に語っていた印象的な話もそういう趣旨だった。いわく「エロスや不道徳は平和や自由の象徴。エロスや笑いを失った社会に平和などない」。まったくその通りだと思う。

 

「フシダラな話イコール嫌悪感」みたいな人って案外多い。もちろんTPOは大事だが、杓子定規にエロに対して壁を作ってしまう人はある意味不幸だと思う。

 

道徳は大事だが人間なんて脱線するから面白いわけで教科書みたいに生きていくのはむしろ非人間的じゃないかとさえ思う。まさに「人間だもの」である。誰からも尊敬されるようなご立派さを維持するのはそう簡単ではない。

 

良し悪しはさておき、私は年頃の自分の娘にも平気でワイ談をかます。ドギツイ路線の話こそしないがそこにヘタに壁を作ってしまうことは本音で付き合えていないように感じる。

 

多少呆れられようが聖人君子ぶるのはイヤだし、いまさらカタブツぶっても意味がない。一応は下品にならない程度にはあっけらかんとアレコレ話している。

 

まあ、下品かどうかは相手が決めることだから適切かどうかはまったく自信はない。

 

ちなみにダウン症の息子とワイ談を語り明かせないのは実に残念だ。普通に仲良しだしコミュニケーションも問題ないのだが、さすがにエロ系の話で盛り上がれるほど彼の知能は高くない。

 

息子は19歳である。もし健常児だったとしたら「オヤジ、頭おかしんじゃないか?」と言われるぐらい諸々の変態的失態や武勇伝?を語っていたはずだ。男同士だから娘とは違う角度からソッチ系の話をコッソリ語り合えたら面白かったのだが、その点だけはちょっと惜しかった。

 

さて、この歳になってもエロの道から引退できない往生際の悪い私だが、さすがに最近は疲れも感じる。「いい歳して何やってんだろう」的なタメ息が出ることも増えた。

 



歳をとったらショボくれていくことを強制するような「いい歳して…」という表現や世間の風潮に反発して生きてきた。今もその思いは変わらない。


とはいえ、やはり寄る年波の現実はなかなか厳しい。若い頃の活発さ、マメさは当然無くなったし、何事においても億劫度合いが強まっている。

 

そうなっていくのがむしろ普通だろう。このまま枯れていこうと思う反面、まだまだ抵抗してやろうという邪念もある。そのせめぎ合いを自分で俯瞰して観察するような日々だ。

 

今のところまだギリギリで邪念が上回っている感じだ。ワイ談合戦の場においてもまだまだ若い連中には負けないぞというハッスルぶりを披露してしまう。

 

おまけに仲の良い若い黒服さんに実践的な指導をしたり、ここでは書けない怪しい企画に巻き込んだりしているせいで「エロ師匠」などとおだてられて喜んじゃったりする。


我ながら実に能天気だと思う。でもそれって平和で幸せの証だから今更キャラ変など考えずに黙々とこの道?を邁進しようと思う。

 

ウジウジとこんな話を書き始めたのは「どぶろっく」が原因かもしれない。最近、寝る前に彼らの名曲!に聴き入ることが増えた。以前から好きだったのだが、同じ曲でも何年も聞いているうちに自分なりの解釈が変わってきたりして飽きない。

 

彼らのエロ歌の完成度はもっと評価されて然るべきだと思う。あれこそ純粋に「芸」だと思う。さすがに紅白に出場するのは厳しいだろうが、その道ではもはや巨匠と称されていい存在だ。

 

先日、とある飲み屋さんで意気投合した同年代のオジサマが若い交際相手を「性友」と表現していたので、その言い回しに感心したついでに「どぶろっく」の名曲を教えてあげた。曲名は“Dear My Friendだ。

 https://www.youtube.com/watch?v=sWz2lGJvNBw

 

そのオジサマは腹を抱えて笑ってくれて、彼の専売特許みたいだった「性友」という洒落た表現の使用権?を私に許可してくれた。

 

実に良い夜だった。

 

 

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