2022年8月1日月曜日

月を思う


東京は空が狭い。都心に暮らしていると実感する。便利さの一方で自然界に背を向けたような気持ちにもなる。

 

なんとなく気取った書き方になってしまうが、私は月を見るのが結構好きだ。でもビルばかりの都会に暮らしていると意識して探さないと月は見つからない。

 



ヘタすると1ヶ月以上も月の姿を拝んでいないこともある。これって考えてみればとても淋しいことだ。

 

月の灯りには気持ちを鎮める効果がある。ぼんやり眺めているだけで何となくゆったりした気分になる。かのクレオパトラも月光浴が大好きだったそうだ。私もクレオパトラ並みである。意味不明でスイマセン。

 

世界中で昔から月は神秘の対象だった。月を神聖視するのは人間の本能みたいなものかもしれない。


日本では明治時代になる前までは月の動きをベースにした暦が使われていた。日本各地で風習やしきたりなどが旧暦を基準にしているようにアジアや中東あたりでも宗教的な行事などは月の満ち欠けを元にした旧暦で行われているそうだ。

 

いわば、文明の発達とともに自然の営みの原点である月の動きと人間の暮らしが疎遠になっているわけだ。実際に東京で暮らしていると月の存在自体を忘れる。

 

大昔の人にとって月の存在感は想像以上に大きかったはずだ。ビルも無い電気も無い時代、夜といえば月が支配するだけだ。高い建物がないからイヤでも目に入っただろうし、月の満ち欠けに対する神秘性は畏怖そのものだったことは間違いない。

 

人間の身体は大半が水分だから月の引力に影響を受けることはよく知られている。実際に出産件数や凶悪犯罪の発生件数などが満月の頃に増えるという話もある。

 

狼男伝説も満月の日に急にヒゲが伸びた男の話がルーツだという話を聞いたこともある。一連のヒトへの影響に関する科学的な根拠は分からないが、サンゴや海亀も産卵も満月の頃だし、人間だって影響を受けないはずはないのだろう。

 

最初に書いたように今の私の住まいは当然ながら空が狭い。ベランダから月を見ようとしても簡単にはいかない。わざわざ空が広い場所に見に行かないと無理である。

 

近所の隅田川沿いの遊歩道まで行けば少しは空が広がる。立ち並ぶタワマンのおかげで夜景は綺麗なのだが、月を見るためにはさすがに照明が騒々しい。都会の空で月光浴を望むのは無理がある。

 

思えばこれまで月をノンビリ眺めたのは旅先が多かった。東京みたいにビルがないうえに夜まで出歩くことが多いから必然的に月が目に飛び込んでくる。

 


 

この画像は随分前に函館で撮ったひとコマ。イカ釣り漁船の漁り火と月の灯りだ。幻想的な光景にしばし見とれた。最近は以前ほどイカが獲れなくなったようで漁り火がまばらになってしまったらしい。

 

ここに限らず海辺は月を拝むにはもってこいだろう。地上側は漆黒の海だから月の灯りが一層美しく見える。水面で揺れる月の灯りも幻想的だ。波の音をBGMに月光浴に浸れる。

 

山側や高原でも月の美しさは際立つ。月光のせいでうっすらと浮き上がる稜線や生い茂る木々のシルエットがどこか幽玄な雅趣につながる。

 

無信心な私は祈る気分にこそならないが、月をゆったりと眺めていると、子供の頃や若い頃の思い出に浸ったり、先に逝ってしまった人のことを思い出したり、どことなくセンチな気分になる。

 

センチな気分といっても、あくまで郷愁をそそるだけで哀しい気分にはならないのが月の灯りの不思議なところだ。ベタに表現すれば癒やしの灯りとでも言おうか。

 

電気照明の渦の中で生きているのが現代人の日常だ。やたらと暑い今の季節は室内にこもってカーテンで太陽光を遮断して照明を頼りに暮らしている。いわば人工的な灯りだけで暮らしている。

 

月の神秘性は占いのベースにもなるように誰もが何となくは理解している。そんな希有な存在の月だが、日常の暮らしでその存在や動きを意識しているかといえばノーだ。よく分からないがたぶんもったいないことだと感じる。

 

新月や満月など月の動きを意識したうえで気持ちの置き方や行動のヒントにしてみたら案外面白いと思う。


何かを始める時や大事な決断をくだす時、はたまた女性をクドくタイミングも新月や満月を意識してみたら案外バッチリだったりして。






 

 

 

 

 

2022年7月29日金曜日

「いい歳して」VS「煩悩バンザイ」


「年相応に」。何気なく使っている言葉だが、考えてみればこれって一種の圧力みたいなものだろう。中高年やお年寄りから活力を奪いかねない怪しい言葉?かもしれない。

 

「いい歳してそんなことして・・・」等々、私自身も普通に使っている。自分の行動を反省する際にも自虐的に使ってしまう。

 

「いい歳」って一体いくつのことなんだろう。「もう中学生になったのだから・・・」「高校生にもなってそんなことを・・・」など“いい歳攻撃”は既に子供の頃から機能している。

 

中年にもなればどんな場面で何をしようとも「いい歳」という魔法の言葉で行動が邪魔される。「いい歳してそんなことも知らないのか」「いい歳してそんなに食べやがって」「いい歳してエロ動画を見てるのか」など例を挙げればキリがない。

 

わきまえや分別は確かに大事だ。でもそれを拡大解釈することで誰もが平均的かつ平凡に目立ったことをしないよう抑えつけるために「いい歳して」が使われる。

 

よく考えればバカみたいな慣習?だと思う。時にはもったいない事態を招く。せっかく“据え膳”にありつけるのに遠慮したり、大はしゃぎできる場面で渋い顔を作ってみたり・・・。ついでに言えば、綺麗な脚の大人の女性がミニスカートを履かないことや、たかだか30歳ぐらいでビキニの水着を選ばないことだって女性社会における“いい歳攻撃”の弊害だろう。

 

例えがヘンテコになってしまった。

 

もちろん、最低限の常識やわきまえのない人間に対しては抽象的な圧力で頭を抑えつける必要もある。放っておくと暴走するバカ(私もそれか)は多いから社会秩序を守る意味では一種の必要悪みたいなものだろう。

 

とはいえ、世の中の変化はめまぐるしいから昭和の感性で「いい歳」を捉えるとズレも生じる。たとえば72歳の男がキザったらしく若い女性を口説くことを想定してみる。サザエさんパパ・磯野波平だって50代半ばの設定だ。72歳といえば立派なジイサマ?である。

 

当然、いい歳して何をしてるんだ!と世間様は言いたくなる。でも「72歳の男」の部分を「館ひろし」に読み変えたらどうだろう。なんとなく納得してしまう。いや、許せてしまう。言うまでもなく館ひろしは72歳である。

 




他にもある。「70歳にもなって現場で犯人と格闘している」。そう聞くと凄いブラック職場みたいだ。これもどう考えたって「いい歳」の極みみたいな話である。ちなみに水谷豊は70歳だ。

 

なんだか話が迷走してきた。

 

先日このブログで50歳をゆうに超えてからドラムを始めた友人の話を書いた。50を過ぎてから趣味を持つのは良いことだなどと分別くさく書いてしまったのだが、そう考えるといくつになっても新しいことに挑んだり、若い頃と変わらない感覚でアレコレ奮闘することはちっとも特殊ではない。

 

四十の手習いなどという言葉がある。あれだって今や死語に近い意味合いだろう。あの伊能忠敬センセイだって江戸時代に50歳を超えてから日本地図を完成させるために行動を始めた。


寿命が激的に延びた現代では四十の手習いという言葉があること自体が中年の行動を無駄に制限する風潮につながっているように思う。

 

まったく話は違うが、かつてのキリスト教社会では同性愛が発覚すると死刑になることもあった。いまやアメリカのすべての州で同性婚は合法とされている。社会の常識や感覚ってそれほど大きく変化するわけだ。

 

我々が漠然と思っている常識やしきたりはしょせん根拠の曖昧なものが多い。極論すれば世界の常識になっている一夫一婦制だって、モテ男に対する非モテ男の単なる嫉妬が生んだ宗教的戒律を隠れ蓑に編み出された制度である。

 

よく考えれば、たかだか20代の若さで死ぬまで他の人に心変わりしませんと神様に誓わされるわけだから無理な話である。神様に誓ったのに離婚しちゃう人は地獄に落ちるのだろうか。だとしたら地獄は大混雑である。

 

そこまで書くといろんな人に叱られそうだから適当にしておく。

 

というわけで、私みたいな「いい歳」したオジサマがまだまだ色恋に励むのはちっとも特殊なことではない。若い女の子の尻を追いかけることだって何も悪いことではない。

 

壮大な自己弁護になってしまった。

 

最近の週刊誌を読んでいると中高年向きの死に支度の話ばかりが特集されている。一時期みたいに「死ぬまでセックス」みたいな下ネタ特集が減っていることがちょっと気になる。

 



そりゃあ今まで生きてきた年月より死ぬまでの年月のほうが遙かに短いわけだからセックスどころではないと編集者が思い直すのも無理はない。

 

でも、だからこそ楽しいネタをもっと前面に押し出してほしい。死んだ後のことまで必死に考えたところでその時は既に死んでいる。

 

刹那的と言われようとも元気でいる間は「煩悩バンザイ精神」で過ごしていたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月27日水曜日

「くろぎ」「ピスタチオ」

 

暑いのにセミの鳴き声を聞かないと夏本番という気分にならない。昔よりセミが鳴き始めるのが遅くなっているような気がするがどうなんだろう。

 

先日、文京区某所でセミの初鳴きを耳にして気分が上がった。ミンミンゼミである。あの響きは夏そのものだ。まだ私が住むエリアでは聞こえないのだがさっさと合唱を始めて欲しい。

 

セミの次はかき氷である。私の中でセミとかき氷は一心同体である。意味不明で申し訳ないが夏と言えば「セミとかき氷とスイカと風鈴」である。郷愁の音と味だ。

 

私が子供の頃はまだまだ発展途上国だったから今みたいなモダンなかき氷は存在しなかった。毒々しい赤や青のシロップこそがかき氷だった。ベロが変色するのが決まりだった。

 

時は流れかき氷も随分と洗練されてきた。今ではあちらこちらで画期的なかき氷が登場している。行列するような店も珍しくない。

 

昭和人?にとっては「かき氷を食べるために並ぶ」という行為が意味不明だが、そんなことを言っているようでは既に化石状態なんだろう。

 


 

こちらは東京駅にある虎屋直営のカフェで出てきた宇治金時だ。まさに王道みたいな感じ。変に時代におもねっていない凜とした感じが潔い。あんこが非常にウマい店だけにこの季節限定のかき氷を楽しむには穴場だと思う。

 

と、さも古典的なかき氷こそ素晴らしいみたいな書きぶりだが、別な日に1年ぶりに食べに行った“イマドキ系モダンかき氷”に悶絶した話が今日のメインである。

 

娘に連れられて上野広小路のパルコの中にある「廚 otona くろぎ」に出かけた。昨年のこの時期に初めて訪れて衝撃を受けた店だ。

 

今の季節は「枝豆クリーム」なる一品がイチ押しらしい。それと「みたらしクリーム」も注文する。もはやかき氷というジャンルを超絶した「氷スイーツ」という位置付けだと思う。

 



 

私のボキャブラリーでは味を上手に表現できないが、一言で表すなら「イヤになっちゃう美味しさ」だ。ネガティブな表現ではない。最初の一口でノックアウトされる。官能的、いや、エロい味わいである。一口食べただけで自分がフニャフニャになっちゃう感じだ。

 

ここまで来ると古典、モダンなどとジャンルを考えること自体が無意味だ。回し者みたいにベタ褒めしちゃうが、かき氷好きなら絶対に食べたほうがいいと思う。

 

値段がバカみたいに高すぎるのは問題だが、1年に一度ぐらいならこういう贅沢も楽しいと割り切るのもアリだ。まあ、それにしても高い。若い人が食べるには勇気がいるはずだ。メニューが極端に少ないから儲かるんだろうなあなどと余計なことも考えたくなる。

 

私は酒も好きだが甘いモノもかなり好きである。スイーツ男子と称されても不思議ではない程度に頻繁に甘いモノを食べている。

 


 

最近ハマっているのがセブンイレブンのピスタチオチョコレートバーである。始めて食べたときは美味しくて感涙にむせんだ。絶品だと思う。

 

コーティングされたピスタチオチョコレートの味わいが豊かで大粒のピスタチオクランチがホンモノ感を高めてくれて素晴らしい。250円ぐらいのやや高めの値付けだがどうでもいいハーゲンダッツを食べるより遙かに満足感がある。

 

ウマいピスタチオアイスを求めてネット検索にもずいぶん励んできたが、ネット検索だとナゼか私の煩悩を刺激するような「ピスタチオアイス」が出てきて思考停止に陥る。

 




 これはこれですこぶる美味だとは思うが、ただ舐めたり嗅いだり?するだけでなく、ちゃんと飲み込めるヤツをいろいろ探したうえでセブンのアイスバーは非常に高レベルだと確信する。

 

そういえば上で紹介した「くろぎ」のかき氷は季節ごとにいろんなバージョンが取っ替え引っ替え登場するのだが、ピスタチオクリームがラインナップされたことはあるのだろうか。

 

もし今後ピスタチオクリーム系のメニューが出てきたら1年に一度どころか週に一度は通ってしまうと思う。想像するだけでヨダレが出てくる。

 


 

いずれにせよ今はセブンのアイスバーに熱中するようにしよう。ちょっと溶けかかったぐらいの感じが実にウマい。

 

セブンの商品はすぐに入れ替わってしまうのでこれだけは定番化して常備して欲しいと切に願っている。

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月25日月曜日

バンド活動の奥深さ

 

またまたコロナが広がっている。面倒な事だ。今年80歳になるバイデンさんも99歳の宮様も報道では重症ではないようなのでウイルスが弱毒化しているのは確かだろう。

 

感染爆発で世の中が止まってしまうことはすべての分野に悪影響を与えるのでこれからは上手に付き合っていくしかない。

 

3年ぶりにライブを予定している私のバンド活動だが、感染爆発の状況次第では今年も中止せざるを得ない。こればかりは秋頃の様子を見ないと判断が付かないのが困りものだ。とりあえず11月末の本番に向けて真面目に練習を続けている。

 

万一、今年も出来なかったとしてもこの何ヶ月間の練習は無駄ではない。昨年、一昨年とまったく練習する機会が無かったから、リハビリみたいな練習は今後のために大いに意味がある。

 

「還暦まで続けよう」というのが目標だ。それを維持するためにも集まってガチャガチャ練習することは大事だ。


ヘタレボーカリストである私だって今年の初め頃に比べればだいぶ声が出るようになってきた。ライブの有無に関係なく活動する時間を持てることは悪くない。

 



その昔、草野球に精を出したことがあったのだが、野球そのものの楽しさに負けず劣らず、その後の飲み会がとても楽しかった。運動の後にカツ煮を大量に注文して生ビールをグビグビする時間のために野球に取り組んでいたような気もする。

 

バンド練習にもそんな要素がある。練習後にバカ話をしながら飲むのは貴重な時間だ。いい歳したオジサマが仕事などまるで関係なく邪念抜きでワイワイ飲める機会はなかなか得がたい。

 

極端な話、さほど遠くない未来にヒマな年金生活を送る際の良い準備だとも言える。会社という居場所を失った途端に人生をもてあましてしまう男性は多い。実に淋しい事態だ。

 

そんな悲劇を避けるためにも趣味の時間を長く楽しめるようにしたい。還暦どころか古稀まで活動を続けることを密かに目標にしようと思う。

 

先日のバンド練習には新人ドラマーが参加した。彼も小学校からの同級生だ。先月の飲み会で彼がドラムを叩けるという話を聞いて急遽“入団テスト”を実施することになった。

 

ドラムなどには縁のなさそうな男なのだが、聞くところによるとコロナのせいで行動制限が厳しくなり、職場のお達しで趣味のゴルフも禁止されやることが無いからドラムスクールに通い始めたという。

 

というわけでキャリア2年ちょっとの腕前である。まだまだヘロヘロな感じも予想していたが、思った以上にしっかりパワフルなドラマーぶりを見せてくれた。

 

学校では私と同じく勉強には背を向けた一派に属していた男なのだが、ドラム用の譜面もきっちり読めることに驚いた。私などはギター教室に通っても譜面関係の話は全部パスした不届き者だ。彼の熱心さに感心した。

 



やはり人生50年を過ぎてから趣味を持つことは素敵だ。それこそQOL向上に役立つ。私もちゃんとギター練習に取り組まねばと大いに反省した。

 

ちなみにドラマーの彼とはたかだか15、16歳の頃、放課後に立ち寄った喫茶店で不良ぶって一緒にタバコを吸っていた間柄である。この歳になって真面目に演奏について語ったりするとは思いもしなかった。

 

ひょんなことで始め、何となく続けていたバンド活動である。時に面倒くさくなったりモチベーションが無くなったりしたこともあったが、40代の頃より50代の今のほうが愛着が湧いてきた。

 

それが積み重ねの大事さだと思う。もし、今の段階で一から始めようと思ったら腰は重いはずだ。歳のせいもあるがきっと一歩目を踏み出せないままだと思う。

 

そういう意味でもせっかく続いている以上、まだまだ続けていきたい。今年のライブの演目も9割方固まった。以前はメンバーそれぞれが勝手気ままに自分のやりたい曲を選ぶだけだったのだが、すっかりベテラン?バンドになったから今年はあくまでお客様目線での選曲を心がけた。

 

これから演奏順と合間のMCについても考えなきゃならない。例年私のしゃべりすぎが糾弾されるのも我がバンドの特徴である。今年も批難ゴーゴーになるように頑張らないといけない。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年7月22日金曜日

茶色の誘惑 「あげづき」など


若い頃のように傍若無人に食べるのは厳しくなったが、今も私は揚げ物が大好きだ。例外なく茶色いのが嬉しい。世の中のウマいものは茶色であることが前提である。揚げ物は茶色代表だ。

 

一時期、トンカツにハマってあちこちの人気店にわざわざ出かけた。さすがにどこも美味しかったが、高田馬場にあった「成蔵」と神楽坂の「あげづき」はとくに印象に残っている。

 

それぞれのお店の評判を聞きつけて通い始めた頃は普通に気軽に入れたのだが、その後いつのまにか大行列店になって足が遠のいてしまった。並ぶのが大の苦手だから仕方がない。

 

先日、日本橋界隈をブラブラしていたらコレド室町テラスという新しいビルに「あげづき」の支店を発見した。有難いことに空いている。迷わず入ってみた。

 


 

ガラガラの空間ならノンビリ楽しまないといけない。まずはビールだ。前菜3点盛りとオニオンスライスで久しぶりのウマいトンカツを待つ。ヨダレでろでろ状態である。

 



 

あれこれウンチクも書いてある。こういう言い訳、いや、注釈があると待つ時間も楽しい。ちなみに久しぶりの訪問だったから一番高いヒレカツを頼んだ。富豪みたいである。

 

こちらのトンカツは揚げかたの関係で色が淡いのが特徴だ。とはいえ茶色だからウマいのは当然だ。トンカツの他にメンチカツも1個だけ注文する。

 


 

メンチが先に来て欲しかったがヒレカツと一緒に登場。このメンチがなかなか良かった。まさにビールのためにあるような一品である。優しい味わいの極上ハンバーグのような塊が揚げられている。周りに誰もいないからウッシシとつぶやく。

 

肝心のヒレカツはさすがに素晴らしい肉質だった。上等な店で高い値段を取るヒレカツはハズれることはない。どうでもい店で食べるとパサパサの残念無念な仕上がりになるが、定評のある店ならヒレこそ注文すべきだろう。

 



本店に比べるとやや衣が邪魔な印象があったが、とにかく肉の揚げ加減が絶妙だったから文句を言うのは申し訳ない。肉の味の濃さ、柔らかさともに高いだけのことはある。

 

上等なトンカツがビールに合うのはもちろんだが、豚肉の力強さは芋焼酎と合わせるのもアリだ。ソースをまとったヒレカツに齧り付いて口中にアノ味わいが広がった直後にロックの芋焼酎をグビッと流し込む。泣きたくなるほどの充実感である。

 

安さを追い求めるのも大事だが、日々生きるための食事とは違い、楽しむための食事の場面では奮発して上等なものをあえて注文する方がQOLの点で正しい。そのぶん心が幸せを実感する。

 


 

こちらは別の日に食べた上等なヒレカツ。自宅近くの「甲州天山」という店の特上だ。確かこれも3千円オーバーだったが、こういう値付けの場合にはロースよりヒレのほうが感動は大きい。

 

衣がちょっと残念だったから行儀悪く衣を剥がしながら食べた。良い肉をしっかり味わうためにはそんなマナー違反も仕方がない。ビックマックの上と下のパンを捨てながら食べるよりは健全だと思う。

 

トンカツをめぐってはヒレ派とロース派が長年にわたって熱い議論を戦わせているが、個人的には「安い店ならロース、高い店ならヒレ」を一つの基準にしている。

 

高い店の高い値付けのロースはヘタすると脂が多すぎてちょっとキツいケースが多い。中年になれば奮発して上等なヒレカツを選ぶのが間違いないと思う。

 

などとトンカツのことばかり書いてしまったが、世の中にはウマい揚げ物がゴロゴロしている。コロッケしかりエビフライしかり、マックの芋だって揚げたては妙にウマい。

 

カキフライにしても揚げないで食べる牡蠣とはまるで違った美味しさがあるし、大衆串カツ屋で出てくるチーズ串をソースにベトベトつけて食べるのだって悶絶するほどウマい。

 

若い頃の暴飲暴食がたたって逆流性食道炎という持病と付き合っているのだが、それが無ければもっともっと揚げ物三昧の日常を過ごしたはずだ。つくづく若き日のアホな食べっぷりを後悔する。

 

そうは言いながら考えてみればわりと頻繁に揚げ物を食べている。単純に薬のおかげである。3割負担だから国に7割も出してもらって揚げ物を楽しんでいるわけだ。

 

ウマいトンカツを食べ続けるために愛国者でいようと決意した。

 何じゃそりゃ・・・。






2022年7月20日水曜日

♪わたし待~つわ


 

ウナガーだ、ウナギニストだなどと自称するほど私はウナギが大好きだ。年柄年中ウナギを食べたくなる。疲れている時は尚更だ。

 

もうすぐ土用の丑の日である。鰻屋さんがどこも鬼混みになるからその前後はさすがに避ける。職人さんの仕事が雑になりかねない大混雑する日にわざわざ食べようとは思わない。

 

そもそもウナギの旬は冬だ。夏場はウナギが売れなかったから江戸時代のスーパークリエイター・平賀源内が無理やり編み出したのが土用の丑の日にウナギを食べる習わしである。

 

江戸時代はおそらくウナギは天然モノばかりだろうから夏場は痩せたウナギしかなかったはずだ。エアコンも無いしきっと鰻屋さんは閑古鳥状態だったのだろう。特別なキャンペーンが必要だったわけだ。


有難いことに今は養殖技術の発達で一年中脂ののったウナギが楽しめる。中途半端な天然モノより真っ当な養殖ウナギのほうが美味しいのは間違いない。平賀源内さんがこじつけた「夏こそウナギ」というキャンペーンはむしろ現代社会にハマっていると思う。

 

バテやすい夏にはウナギで精をつけたくなる。疲労回復に効き目のあるビタミン類を豊富に含む滋養強壮食品だから、私が何とか日々元気に過ごしているのもひょっとしたらウナギのおかげかもしれない。

 

最近も1週間に3度もウナギを食べた。それぞれの店で白焼きも鰻重も堪能したから、少なくとも1週間で6尾以上のウナギを食べた計算になる。ウナギ供養のためにも疲れたなどと口にしてはいけない気がする。

 

以前より食が細くなったことがウナギ攻めに関しては良い効果を生んでいる。というのも以前の私なら「鰻重はご飯が見えてはいけない」というバカげたこだわりがあってテンコ盛り鰻重がある店ばかり通いがちだった。

 

冒頭の画像みたいな鰻重こそ正義だと信じていたわけだ。そんなフードファイト状態が当たり前になっていたせいで、最上ランクでも「ご飯が見える鰻重」を出す店にはついつい足を運ばなくなってしまっていた。

 

最近は白焼きや他のツマミも食べた後にテンコ盛り鰻重を食べるのがさすがにキツくなってきた。というわけで、ようやく私も「シメの鰻重はご飯の見える普通サイズ」で注文するようになってきた。

 

おかげで今まで足が遠のいていたお店にも行けるようになった。食後の苦しさも以前より遙かに軽減された。とても良い循環である。だから週に3度もウナギを堪能できるわけだ。

 




 

上から小伝馬町の高嶋家、人形町の喜代川、築地近くの竹葉亭本店の鰻重(鰻丼)である。どの店も共通しているのは店構えが「古くて渋い」ことである。私にとってこの要素は大事だ。

 

近代的なショッピングビルにも美味しい鰻屋さんはいくらでもあるが、ナゼか私は古めかしい建物を構える鰻屋さんに惹かれる。モダンな店、ジャズが流れる店みたいな雰囲気でウナギを味わいたくないという変なこだわりがある。

 

渋い風情の店をふらっと一人で訪ねてボケーっとウナギを待つ時間が好きなのかも知れない。待たされることが大嫌いなのに鰻屋さんだと不思議と待つことに喜びを感じたりする。Mである。

 




 

枝豆をつまみにビールで喉を潤し、肝焼きや白焼きが出てくるタイミングで冷酒に切り替え、緩やかに少しずつホロ酔いになっていく課程が楽しい。

 

牛丼屋みたいに秒速で鰻重が出てきたら興醒めだ。待つことも含めてウナギの味だと思う。まあ、そうは言ってもウマい鰻重が吉野家の牛丼みたいに秒速で出てきたらそれはそれで嬉しいかも知れない・・・。

 

いや、それはやはり反則だ。鰻重は待ち時間も味のうちだと一応断言しておく。

 

今日紹介した3軒とも渋さはバッチリだ。待つための空間はこうであって欲しい。一人ふらっと訪ねる場合は開店直後など空いている時間を狙うのが一種のマナーだ。

 

そんな空間でウナギ好きなら知る人ぞ知る冊子「うなぎ百撰」でもパラパラめくりながら過ごす時間は格別だ。うなぎ百撰の画像の下はそれぞれ高嶋家、喜代川の店内。「鰻屋さんっぽい感じ」はやはり大事だと思う。

 





以前、いまは無き寝台特急北斗星で北海道まで十数時間を一人のんびり過ごしたことがある。長い時間そこに居続けなければならないと不思議に気持ちが落ち着いた。ジタバタしたってしょうがないみたいな達観が心の沈静化につながったようだ。

 

鰻重を待つ時間はあの時の気持ちにちょっと似ている。ジタバタせずに待つしかない。そう割り切ってしまえば自然と心がほぐれてくる。そして鰻重が登場して蓋を開けたときの感激で一気に覚醒する。

 

味だけでなくそんな心の動きを楽しめるのもウナギの効能かも知れない。

 





 

 

 

2022年7月15日金曜日

デンデン虫 帝国ホテル


私にとってフランス料理といえばエスカルゴのイメージが強い。あまりフランス料理は好きではないが、エスカルゴはついつい食べたくなる。

 

もう50年近く前のことだが、欧州旅行に行った祖父が乾物状態のエスカルゴをお土産に持ってきたのが私とエスカルゴとの出会いだ。正直、気持ち悪いの一言だった。

 

デンデン虫の殻が大量にパッケージされていたわけだからブキミ以外の何物でもなかった。ヨーロッパ人なら食用という意識が優先するのだろうが、半世紀近く前の日本人の少年から見れば単なるデンデン虫だ。もっと言えば殻付きのナメクジである。

 

ナメクジに塩をふったら縮むぞ、みたいなイタズラをしていた身としてはエスカルゴも調理したら溶けて消えちゃうんじゃないかと思ったほどである。

 

でもバターとガーリック中心に味付けされたヤツは案外ウマかったので知らず知らずに好物になっていった。子供の頃の純粋さを失っていくことに比例してエスカルゴを美味しく感じ始めていったわけだ。

 

一説によるとエスカルゴは人類が最初に食べたものの一つにあげられるらしい。古代ローマ時代には既に養殖が始まっていたそうだ。なんとも歴史のロマンを感じる一品だ。

 


 

本場・フランスでも食べたが、スペインでも上の画像のようにドッサリ煮込んだエスカルゴが郷土料理屋などで出てくる。ワインのつまみには最適だ。ナメクジのイメージは酔っ払ってしまえば忘れる。

 

先日、10年ぶりぐらいに帝国ホテルの「ラ・ブラスリー」に出かけた。この店のウリになっている名物料理が並んだコース料理とは別に当然のようにエスカルゴも注文した。

 

普段あまりワインは飲まないのだが、エスカルゴと白ワインの組み合わせは最強だ。まあガーリックとバターの風味がワインにバッチリなわけで、デンデン虫そのものの味は正直よく分かっていない。

 



 スペインではトマトベースの煮込み味だったから、思えばエスカルゴそのものの味を私は知らない。エラそうに語っている割にはヘナチョコである。とはいえ、あれを塩コショウだけで食べたいとも思わないし、ましてや刺身は勘弁願いたい。

 

知りたいような知らずにいた方が良いようなそんな物体がエスカルゴである。やはりガーリックとバターの味をムホムホ喜んでいれば幸せだ。その証拠にデンデン虫の代わりにツブ貝などを使ったエスカルゴ風というメニューもあちこちで食べたが、正直そんなに大きな違いは感じなかった。

 

なんだか誉めているのかクサしているのか分からない話になってしまった。

 

さてさて、久しぶりに訪れた「ラ・ブラスリー」である。たまたまだったのかも知れないが、お客さんの数がまばらで以前感じたような活気が無くて少し残念だった。

 

それより何より私が楽しみにしていた「ピラフ」がメニューから消えていたのがショックだった。昔はこの店に来ればどんなに満腹になろうともピラフを注文した。フレンチである以上、ピラフ自体が邪道な存在とみなされたのだろうか。残念無念だった。

 




 

この店の名物であるシャリアピンステーキと海老と舌平目のグラタンエリザベス風とローストビーフである。フレンチが苦手な私でもこれらの王道メニューを味わっていれば幸せな気分になる。

 

歯が痛かったシャリアピンさんに出した柔らかステーキであり、エリザベス女王来日時に提供されたグラタンである。そんな物語性も古くからあるお店の面白さだろう。

 

帝国ホテルといえば、日本の西洋料理の曙みたいな存在だ。この店の料理もどことなく日本人に馴染みやすい味わいである。私のような年代の人間にとっては昭和の頃に覚えた西洋料理の味だ。

 

加齢と共に生活全般において保守的な傾向が強まっているのだが、こういう「昔ながら」が一番落ち着くししっくり来るようになった。洋モノが食べたい気分になったらまた来ようと思った。




ちなみにこれが10年以上前に食べたこの店のシーフードピラフ。これに特製ソースをかけながら味わうのが最高だった。強く強く復活を願う。