2012年10月10日水曜日

愛という名のもとに

秋の夜長だ。いろいろ厄介事に頭を悩ませているから、ボーッとしないでなるべく本を読んだり、映画を見たりして異次元に飛ぶようにしている。

昔読んだ筒井康隆の短編だったり、備前焼の人間国宝の伝記だったり、基本的には本棚発掘に励んでいる。買ったはいいが、読まずに放置している本が結構ある。

昨日は浅田次郎の長編「シェエラザード」の前編を読み終えた。面白い。後編に向けてワクワクだ。この本も買ってから10年近くも本棚で放ったらかしになっていた。

活字を追いたくない時は映画だ。こっちはレンタルばかりだ。放浪したいからだろうか、「寅さん」ばかり見返しているのだが、先日、昔のテレビドラマをまとめて借りてみた。画像はよそからパクってきたのでVHSだが、さすがの私もDVDで見ました。


20年前にフジテレビで放送していた「愛という名のもとに」全12話を2日かけて一気に見た。

20年前、毎週欠かさず見たドラマだ。自分と同年代の「大人になって間もない若者像」を描いたドラマだったから、結構感情移入して見ていた。

就職問題、色恋、妊娠、不倫、自殺、親父の逮捕とかゴッタゴタばかりで疫病神に取りつかれたかのような大学同期7人組をめぐるストーリーだ。

当時は、このドラマの5年ぐらい前に公開されたアメリカ青春映画の名作「セント・エルモス・ファイヤー」のパクリだと思って見始めた。まあ、そうなんだろう。そうはいっても、出てくるのは全員日本人だから、いつの間にかディープな物語にはまっていった記憶がある。

当時の最高視聴率は30%を超えていたらしい。主題歌などでタイアップしたハマショーの曲を3千万人以上が聴いたことになる。おそるべし。

♫だれもが~ うぉうおうを~♫ってやつだ。12話まとめてみると、最初と最後に必ずドカンと流れるから24回も聴くはめになった。

あの曲もこのドラマで使われるだいぶ前に発表されていたから、ハマショーファンにとっては、当時の大ヒットが「何を今更、しゃらくせ~」と思った記憶がある。

さて、20年ぶりに見た印象を一言で言うと「自分の老化に気づいた」という情けないものだった。

面白いことは面白いのだが、こちらの感性が劣化してしまったのだろう。リアルタイムで見ていた頃のドキドキ感とかハラハラする感じがちっとも無い。

純粋じゃなくなってしまったのだろうか。大人もバカだが、若者の大バカさに感情移入できなくて、淋しい気持ちがした。若者たちにイライラした。鈴木保奈美は妙な顔だし。。。

唐沢寿明演じる息子に収賄を告発されてしまう大物代議士役の竜雷太(ゴリさん)のほうに目線は行ってしまうし、7人組のアイドル的存在であるモデルと不倫している森本レオの言葉に変に納得したり、どうも勝手が違ってしまった。

7人組の設定は26~27歳ぐらいだ。そう考えれば無理もない。自分のその年齢の頃を思い返せば納得してしまう。

日々ばたばたと暮らしていると20代の頃のまま単に月日が過ぎていっただけのように感じるが、冷静に定点観測みたいに分析すれば、誰もが20年前と今とでは別な人になっているのだろう。

どっちが良いとか、そういう話ではないが、そんなことを痛感した。

それにしても、20代の後半ぐらいの頃って若さゆえの変な大変さがあるのだろう。私自身、確実に今よりも悶々とする時間が多かった気がする。

不器用だし、純粋だし、応用が効かないし、なによりすべてにおいて経験がない。ジタバタもするはずだ。今になってみればそんな若さをちっともうらやましく感じない。気の毒だと思う。同情する。頑張れ若者。

大人にもいろいろあるが、味わい深い大人になるためには、そんな年代の頃にジタバタしまくったほうがいいのだろう。

なんか感想がオジイサンみたいになってしまった。

余談をひとつ。ドラマを見て思ったのだが、20年前の若者のファッションが変チクリンだったのには驚いた。みんな肩パットもりもりでブカブカした服ばかり来ている、ネクタイの結び目は異様に小さい。女子の前髪は必ず上を向いているし、男子はサイドを刈り上げている。

流行は周期的に繰り返すらしいが、そのうち、ああいうのが復活するのだろうか。なんとなく怖い。

なんか、どうでもいい結論になってしまった。 

2012年10月5日金曜日

人は見た目

秋冬物のスーツとワイシャツをいくつか発注してしまった。仕立屋さんの口八丁手八丁に引っかかってしまった。金欠なのに頭が痛い。分割で払おうっと。

ビジネスマンにとってスーツは必要経費だろう。仕方のない出費だ。何だかんだ言って人は見た目である。みすぼらしい恰好では自分が不利になるわけだ。

オシャレなオジサンになろうとは思わないし、人にそれを求めようとも思わない。衣装ばかり意識しているオジサンも何だかなあ~って感じだ。適度にキチッとビシッとしていれば充分だろう。

見た目で人を判断してはいけないが、やはり仕事で接する人達の身なりは自然と観察してしまう。高いかどうかではない。しっかりした人間かどうかを見極めたいだけだ。

ブランドもので全身着飾るような金満オッサンは好きではないが、それでも、みすぼらしい恰好で平気なオッサンよりは立派だ。

虚勢を張っている、見栄を張っているという見方も出来るが、逆に言えば、人様に自分をどう見せたいか、自分なりの命題をしっかり持っている。男であることを終了しちゃったようなオッサンよりエネルギーを感じる。

昔のオッサンは、近所に煙草を買いに行くにも着替えて出かけたという美談を聞いたことがある。

「ヨソイキ」という言葉もすっかり聞かれなくなったが、外と内の明確な違いが身なりの中にもしっかり存在していたのだろう。

私の祖父も晩年になっても「ヨソイキ」の概念をしっかり持っていた。近所に外食に行く時でも着替えていたし、いわゆる部屋着みたいな恰好で外に出ることはなかった。

家にいる時でもキチンとした身なりをしていた。祖父が50代ぐらいの頃は、家でも肌着一枚で過ごしていたこともあったが、60代以降は常にキチッとした恰好で過ごしていた記憶がある。あれはあれで意識と努力あってこそ出来たのだろう。

私などは、トレーナーやTシャツ、スウェットみたいな部屋着で平気で近所をうろつく。正しくないと分っているのだが、そのあたりは自分に甘すぎる。反省だ。

値段に関係なく、新調したものや大事にしているものを身に付けた時の気持ちが大事なんだろう。老若男女問わず身に覚えがあるはずだ。どことなくキリッとした気分になる。

キリッとした気分は、多分に表情とか身のこなしや、はたまた頭の回転にだって好影響を与えるように思う。

逆に言えば、みすぼらしい恰好だと無意識のうちに精彩を欠くことになり、本人の力をダウンさせてしまう。もったいない話だ。

その昔の松任谷由実の名曲「DESTINY」に印象的な歌詞がある。別れた男を見返すために、いつも着飾って頑張ってきた女の歌だ。

ふいに再会した時の心情を切なく歌う。


♪ どうしてなの 今日に限って 安いサンダルはいてた ♪


なんとも厳しい情景が眼に浮かぶ。チェっ、やっちまったぜ・・・という心の声まで聞こえそうだ。

その瞬間、その場面だけを見てしまった男は、「その後、ろくな生き方してないんだな~」と女の暮らしを想像してしまうかもしれない。

まあ、男なんてものは、いちいち女性の細かい身なりまで見ていないことが多いが、それも程度問題ではある。

人の印象なんて、場合によってはその一瞬で決まる。1回会っただけでも、その時の身なりは多分にその人のイメージを左右する。

一歩外に出るのなら誰に会うか分からないし、突然の交通事故なんかに遭ってしまってもステテコ姿だったら死ぬに死ねない。

安心して交通事故に遭えるように、身なりはキチンとしていようと思う。

2012年10月3日水曜日

雑食日記

1日3回食事をするとして、あと20年は元気バリバリだと仮定すると、残りの食事の回数は21900回だ。

生きるための義務的メシを差し引いて、積極的にウマいものをたべようと企めるのはそのうち3分の1ぐらいだろう。

すると残りはあと7000回ちょっとだ。今後の人生では、血圧だの尿酸値だのコレステロールとかのせいで、厄介な制限もあるはずだ。そう考えると、何も気にせずに食べたいものをむさぼれるのは5千回だろうか、3千回だろうか。

それが多いか少ないかは分らない。でも、これまでの人生、一日3食計算で5万回以上食事をしてきたことに比べると、実に寂しい数字ではある。

ということで、頑張ってウマいものをせっせと食べることにする。

最近、ハッピーになった食べ物は「そばめし」だ。こんな大上段に書き始めたのだから、松茸だのフォアグラといった有難い系?を取り上げればいいのに「そばめし」である。


20年ぐらい前には、夜遅くの駅のホームや構内、はたまた繁華街の片隅にこんな「吐瀉物」をよく見かけた。

そんな見た目にたじろぐが、とてもウマかったこの一品は池袋の「喃風」というお好み焼屋で食べた。この店、姫路風「どろ焼き」なる得体の知れないお好み焼で人気らしい。雑居ビルの中で目立たない感じで営業しているが、かなりの繁盛店。

どろ焼きもお好み焼も食べてみた。生粋の東京人である私にとって、粉モンの味にこだわりはない。というか、よく分からない。どちらも空腹だったから美味しかった。

炭水カブラーである私としては、満腹気味になってから出てきた「そばめし」に感激した。「そばめし」なる悪フザケ以外の何ものでもない食物に出会ったのは、もう10年ぐらい前だろうか。

何度か食べてきたが、この店の一品は妙においしく感じた。多分、麺とご飯の分量の成せるワザだろう。黄金比とでも言おうか。大げさでスイマセン。

あくまで米を主役に麺を「具」と位置付けたバランスのせいで、「そばめし」特有のどっちつかずの不気味さが解消されていた。また食べたい。

「そばめし」というアンタッチャブルみたいな食べ物に文字数を費やすのも微妙なので話題を変える。

「富豪」を名乗る以上、もう少し高級路線の店を書こう。といっても池袋村だ。この街でそれなりに美味しくゆったり食事が楽しめる店はほぼ存在しないのだが、ホテルメトロポリタンにある中華料理「桂林」は評判がよい。実際に美味しい店だと思う。


広東料理だけでなく、四川系のメニューも本格的で、特製担々麺などは、ホテルレストランとしてはオキテ破りぐらいのちゃんとした辛さが楽しめる。

画像はピータン豆腐。読んで字の如く、ピータンのブツ切りと豆腐を特製ダレといっしょに味わう。酒飲みにはタマランチンである。

熱くした紹興酒と一緒に味わえば、尖閣問題でも対中融和路線に安易に乗っかりそうな気分になる。

続いては、虎ノ門というか、霞ヶ関の外れにある人気のステーキハウス「ルース・クリス」でのディナーの話。

アメリカ直輸入スタイルのステーキといえば赤坂の「ロウリーズ」が有名だ。ここも似たようなものだろうと出かけたのだが、プライムリブとかではなく、直球勝負のステーキがウリみたいだ。



席が薄暗かったので画像が変だが、上がベーシックなステーキで、下がラムチョップだ。普通に美味しかった。

全体に高級感を出そうと頑張っているのだが、随所にファミレス的雰囲気を感じる。正直言って価格とのアンバランスさが気になった。

違っていたら申し訳ないが、きっと本国では気軽なチェーン店なのだろう。肉以外のメニューの内容や、皿などの調度類を見る限り、もう少しカジュアル路線だと分りやすい。


気軽な肉食といえば、韓国料理だろう。次は新大久保にある「徳水宮」というレストランの話。すっかりコリアンタウンになってしまった異界・新大久保では老舗の部類だろうか。今では日本でもポピュラーになったデジカルビをウリにする店だ。

サンチュとミソをでっぷりつけて食べる豚カルビは牛肉よりも軽くてワッセワッセ食べられる。韓国焼酎をロックで煽りながら、「マシソヨ~」とか叫んでいると、竹島問題でも対韓融和路線に走ってしまいそうでヤバい。

やはり食は和系に限る。食べ終わって数時間後に振り返った時、心からウマかったなあ、明日も食いたいなあと思えるものがホンモノだろう。

私の場合、そう感じるのは和食の時だけだ。カルパッチョだったら、醤油とわさびで刺身にしたほうがウマいと思うし、変なフライだったら、中濃ソースとかトンカツソースが恋しくなるし、魚のムニエルだって、普通に大根おろし付きの塩焼きが勝っていると思う。

つくづくドメスティックな「ドメ男」だと思う。

2012年10月1日月曜日

旅館は文化だ

畳のある暮らしに今更ながら憧れる。いま住んでいる家にも和室を作ろうとしたのだが、和室にすべき部屋を「アジア風」にアレンジしてしまったので畳がない。

畳があるべき床にはチークの無垢材を貼った。掘りごたつにはなっているが、こたつには見えない洋テーブルを設置。床に座って酒を飲むという点では、日本的とも言えるが、やはり和室ではない。畳の匂いが時に恋しくなる。

思えば、昔住んでいた実家では、家族の誰もが寒くなると和室でこたつを囲んでいた。部屋数も多く、かなり広い家だったのだが、広いリビングダイニングではなく、狭い和室に皆が終結していた。あれが日本人の感覚だったんだろう。

温泉宿に行くと畳の部屋にホッコリする。自宅に畳がないくせに実に不思議な感覚だ。まさにDNAだ。普段慣れ親しんでいないのに妙に落ち着くわけだから身体に染みこんでいる日本人的感性の強固さに感心する。


温泉宿という存在は、そう考えると文化遺産みたいなものだ。自分が暮らす場所を選ぶ時は、ついつい洋式のカッチョイイ住まいに惹かれるくせに、いざ温泉に行けば誰もがベタベタの和式に喜ぶ。

温泉宿で洋間に通されたり、西洋料理が出てくると腹が立ったりするのだから勝手なものだ。

普段は着ることのない浴衣をごく自然に着込んで、古式ゆかしい?日本料理を楽しみ、シャンパンだのカクテルなんぞは選ばずに日本酒をクイクイあおる。


電気製品とかハイテクとかアニメなんかが日本的なものとして注目され、海外でも大人気だが、日本旅館の文化的側面についても、もっと外に向かって知らしめるべきだと思う。

最近は、モダン和風というアレンジによって現代人でも過ごしやすい旅館が増えてきた。単に洋間にしちゃうようなセンスの無さには辟易とするが、布団の代わりにローベッドにしたり、浴衣を作務衣にするなど、和の感覚を残しながらの利便性向上は歓迎だ。

日本旅館の良し悪しを左右するのが朝食の段取りだろう。そこそこの高級旅館なら部屋に朝食を用意してくれるが、旧式旅館だと、寝起きにズカズカと布団上げのオジサンが来たりしてゆったり気分が台無しになることがある。

部屋食だから仕方がないし、それを避けるには大きな二間続きの部屋を抑えるしかない。布団は敷きっぱなしにして次の間に配膳してもらう。このあたりは多少の出費を覚悟して束の間のプチ贅沢を選びたい。

宿泊している部屋とは別の個室の食事処で朝食を摂るという選択肢も悪くないが、寝起きのボケ顔で部屋から移動するのが億劫なこともある。化粧と髪型のおかげで美しく変身している女性にとっても厄介な問題だろう。

以前訪ねた北海道・登別の「滝乃家」は、そうした問題を完全にクリアしていた。これまで数えきれないほどの旅館に泊まってきたが、あの仕組みには脱帽した。


部屋にはローベッドが設置されたスペースとは別にソファが置かれたくつろぎ場があり、それとは別に完全に仕切られた食事用のスペースがあった。

秀逸な点はこの食事場所。厨房のほうからつながっていて、仲居さんは客の居室部分を通らずに出入り可能。すなわち、客がベッドでゴロゴロしていても、客とは顔を合わさずに自室の食事場所でキッチリ準備が整う仕組みだ。

お客様本意というか、客の目線で考え抜いた設計だろう。もちろん、それなりに値もはる宿だったが、関東の有名温泉場の小生意気な旅館に泊まる程度の出費を覚悟すれば、心地よい贅沢が味わえる。

さてさて、いよいよ秋がやってきた。温泉旅館に行かねばならない季節がやってきた。

今日、こんな話題を書いていたら、いても立ってもいられなくなってきた。温泉旅館が呼んでいる。

どこに行こうか、近場にしようか、函館あたりまで飛んでいこうか、九州のにごり湯も捨てがたい。うーん、もうだめだ。気づけばどこかに行ってしまうのだろう。

誰と行こうか、一人で行こうか、そんなことを考えている時が一番幸せを感じる今日この頃だ。

2012年9月28日金曜日

旅の魅力

旅に出たいな~。そんなことをいつも思っている。とかいいながら、今年も随分とアチコチに出かけてきた。我ながら自分のボヘミアン?ぶりが心配だ。

どうして旅に惹かれるのだろう。家に居場所がないからだろうか。いや、居心地の良い家があっても旅に出たくなる。1~2泊の短い時間でいいから、異空間に身を置きたくなる。

イマドキの若者は旅をしなくなったそうだ。実にもったいない。携帯とかゲームにお金を使ってしまうことだけが理由ではない。内向きでムダを避ける考え方も理由だ。確かに旅する時間は、旅に興味がない人から見れば大いなるムダなのだろう。

でも、大いなるムダのように感じる時間から得る刺激は確実にその人の糧になると思う。

若い時の旅でしか味わえない感覚は確かにある。感受性が柔らかい頃にさまざまな刺激を受けることは大事だ。オッサン、オバサンになってからだって旅に出れば刺激を受けるのだから、若い人には無理してでも旅に出ることを強く勧めたい。

旅の形はさまざまだ。人によって快適さはそれぞれだが、できれば自分の足で目的地までの移動を楽しんだほうがいい。

大型観光バスで至れり尽くせりなんてパターンは足腰が弱ってきてからでも充分だ。

バックパッカーになれという話ではない。レンタカーでもタクシーでも自転車でも徒歩でもいい。公共交通機関をせっせと調べながら移動するのもいい。自分の意思、自分のペース、自分の判断で動くからこそ見えるモノすべてが刺激になる。

そもそも旅の醍醐味は目的地にあるわけではない。目的地に着くまでの間とか、寄り道した時の何気ない出来事とか、「周辺事情」にこそ面白味がある。旅の思い出なんて、実際には目的地そのものではないことのほうが多いだろう。

若い頃、物凄く行ってみたかったアメリカのグランドキャニオン。一般的なツアーではちょろっと眺めるだけだが、とてつもなく憧れていた場所だったから、何もない現地のロッジに泊まって夕焼けと朝焼けを体験することにした。

それはそれは素晴らしい景色を堪能できた。でも私の思い出はそれではない。ロスからだったか、往路のプロペラオンボロ飛行機があり得ないぐらい揺れまくって、瀕死の気持ち悪さを味わったことが一番の思い出だったりする。

はじめてカリブ海に出かけた時は、トランジットでマイアミに降り立ったものの、市街地の治安が悪化中と聞き、空港近くの安ホテルの濁ったプールサイドで森瑤子の短編を何冊も読んでいたことを思い出す。

はじめて行ったヨーロッパでのこと。扁桃腺が腫れまくってホテルでうなっていた。ドイツの田舎町だったのだが、もうろうとしながら眼を開けると、髪も髭も金髪モジャモジャの男が間近から私を見下ろしていた。

真剣にキリストがお迎えに来たのかと思ったのだが、ホテルが呼んでくれた医者だった。本気で慌てたせいですっかり元気になった楽しい思い出がある。

国内旅行にもいくつも思い出はある。大学生の時に一人で出かけた秘湯の温泉。深夜に露天風呂に浸かっていたら、若い女性二人組が入ってきて湯船の出入り口近くに陣取られた。恥ずかしくて出るに出られなくなって、ユデダコ兄さんに変身したこともある。

鄙びたホテルの宴会場でやっていた「世界の歌謡ショー」なる演し物を覗きに行ったら、他にほとんど客がおらずに、オカマちゃんフィリピンシンガーに肩を抱かれながら熱唱を聴かされたこともある。

活字にするとアホみたいな話ばかりだが、そんなテンヤワンヤが楽しい。もっと重い話とかダークな話とか、思い出は無数にあるのだが、アホ系の話だけを簡単に例示してみた。喜怒哀楽全ての要素が予想せずに飛び込んでくるのが旅だ。だから旅に出たくなるのだろう。エピソードを並べ立てていたら、三日三晩思い出を書き続けられるぐらいネタはある。

すべてが糧になって今の自分を形作っているのだと思う。

旅の魅力は、つまるところ、結果より過程なんだと思う。仕事の世界では、どんなに過程が素晴らしくても結果がすべてだ。勝つか負けるか、ふたつにひとつでしかない。

旅の面白さは、勝ち負けでもなければ、結果も関係ない点だ。無事に帰るべき場所に帰り着きさえすれば、あとはすべてが非日常的な刺激に満ちている。いわば「旅舞台」とでもいおうか。

シナリオのない舞台で好き勝手なことを繰り広げる。そんな旅をいつまでもしていきたい。

2012年9月26日水曜日

ハマショーだらけ

ハマショーを好きになって35年近くになる。あれは中学2年の時、ウチにやってきた家庭教師のススメで聴き始めた。家庭教師相手にハマショーを誉めていれば勉強の時間が少なくなるわけだから一生懸命聴いた。

30年以上前、浜田省吾なるミュージシャンの名を知っている人は皆無に等しい状態だった。アマノジャッキーな私としては、「誰も知らない歌手」という点も大いに気に入った。

その1年ぐらい後に、カップヌードルのCMソングのおかげで、ちょっと有名になった。既に知っていた私としては少し鼻が高いような変な気分だった。

いま、ハマショー好きな人々と知り合い、「いつからのファンか」というお決まりの話題になれば、この「カップヌードル以前か否か」がひとつのポイントになる。

「カップヌードル以前派」である私は、こんなくだらないことで今も鼻が高いような変な気分を味わっている。

中学、高校と聞き進むうちに、フォーク、ニューミュージック系だったハマショーの世界は、ロック色、反骨色が強まっていった。

いつの間にか有名になり、時にはお笑い番組でイジられるぐらいの存在になっていった。(この抱腹絶倒の動画は私が一番好きな動画かもしれない)。

http://www.youtube.com/watch?v=SG0QVLCBhzo

こっちはだんだん大人になって、世の中は好景気に沸き始め、反骨よりも繁栄の中にいたかった私としては、バブルの頃あたりには、隠れキリシタンのようにハマショー好きをちょこっと内緒にしていた時もある。

その後、ハマショーもどんどん年寄りになり、反骨的な世界より大人の達観を歌うようになった。私も「隠れキリシタン」を脱皮し、昔のように良く聴くようになった。先日のオヤジバンドライブでも2曲選んだ。

さてさて、今日、こんな話を書き始めたのは、「ハマショー縛りのカラオケ大会」に参加したことを書きたかったからだ。

ハマショー好きが4人集まって、ただただハマショーだけを歌い続ける宴だ。

昔からの友人の他に、初対面の人が2名。普通なら少し構えちゃったりするのだが、なんてったってハマショーだ。すぐ打ち解けた。

場所は渋谷の高級カラオケボックス。8品だか9品だかの料理が勝手に順々に運ばれてくるし、アルコールは飲み放題。歌うことに専念するだけだ。


選曲するリモコンの「履歴」画像だ。当然、ハマショーだらけだ。実に芸術的だ。

我々の情熱と怒りは、このリモコンにも向けられる。「歌手別」で選曲しようと「は行」を選ぶと、候補として真っ先に出てくるのは「浜崎あゆみ」だという世の中の現実に噛みついたりしていた。

ハマショーは「パヒューム」より下の4番目か5番目の表示だ。実に大きな問題である。ということで延々とハマショーばかりの選曲を続ける。

宴の後半では、リモコンも根負けしたようで、いつの間にか「は行」の候補のなかでハマショーは2位に躍進することになった

40代、50代の大人が必死になってそんなことをしていた。

ハマショー縛りカラオケに参加してみた感想は、ただただ疲れたという一点だ。もちろん、物凄く楽しいし、大騒ぎできて最高だった。ただし、息を抜く暇がないのが難点だ。

静かな曲だろうと大昔の歌だろうと知っているわけで、原曲のマネをしてバックコーラスしたり、合いの手入れたり、忙しいこと甚だしい。

曲の合間はもちろん、歌っている最中だろうと、やれこの曲は80年代の終わりだったよね、とか、何枚目のアルバムに入っていた曲だっけ、とか話題は尽きない。

メジャーすぎる曲を選ぶと非難の声が飛んだりする。なんともコアな、なんともオタクな、なんとも奇々怪々な楽しい時間だった。

この壮絶な宴は、今後も定例化する見込みだ。結構大変なことだ。頑張らねばならない。

2012年9月24日月曜日

男と女

今日は思わせぶりなタイトルだが、特別改まった話を書こうというわけではない。女性は強い、男性は弱い。この普遍的な話をなんとなくブツクサと書きたくなった。

昭和の名曲だとか演歌の世界を見渡してみると、忍ぶ女性、イジらしい女性、薄幸な女性、けなげな女性が無尽蔵に登場する。


    ♪あなた死んでもいいですか

     胸がしんしん泣いてます

     窓にうつして寝化粧を

     しても心は晴れません

「北の宿から」 都はるみ




   ♪心が忘れた あのひとも

    膝が重さを覚えてる

    長い月日の膝まくら

    煙草プカリとふかしてた

    にくい 恋しい にくい 恋しい

    めぐりめぐって今は恋しい

「雨の慕情」  八代亜紀



    ♪口を開けば別れると

     刺さったまんまの割れ硝子

     ふたりでいたって寒いけど

     嘘でも抱かれりゃあたたかい

         ~~~

     恨んでも恨んでも からだうらはら

     あなた・・・山が燃える

「天城越え」  石川さゆり



数え上げたらきりがない。こんな感じの歌を聞けば男なら誰もがキュンとする。日本女性の素晴らしさが凝縮されているといっても過言ではない。

そうはいっても、残念ながらこれらは全部男の妄想であり願望だろう。その証拠に、しみじみシッポリ系の演歌の歌詞は、ほぼ例外なく男が作詞している。

男が勝手に描き出す「こうあって欲しい女性」を妄想している歌である。実に悔しい!

実際の女性はもっと現実的だ。叶わぬ恋に身をやつして、京都大原三千院あたりを歩いているヤツは間違いなくいない。

好いた男に会えないならば、割り切ってヨガスクールに通ったり、グランドハイアットでベチャクチャとランチを食っていたりする。

着てはもらえぬセーターを寒さこらえて編むこともない。ザックリした市販品のセーターのラベルをハサミでカットして、「これ、私が編んだんです~」とか平気でウソをついたりする。

バレンタインのチョコだって同じだ。手作りとか言いながら市販品をそれっぽい容器に入れ替える悪魔の所業をこれまで何千例も見てきた。

だいたい、平均寿命が10歳近く男よりも長いし、自分の身体から人間を産み落とすという必殺技を持つ生き物が、しっぽりしっとりと叶わぬ恋などにかまけているはずがない。頭の中は強くたくましく生きていくことで占められている。

あんまり力説していると私の身に何があったのかと勘ぐられそうだが、別に何も起きてはいない。強いていえば、ネット動画でカマキリの交尾シーンを見てしまったから、日頃の憂いが強まっただけだ。

それにしてもナゼだろう。必死に振り向いてもらおうとエンヤコーラと努力を続け、オレが守ってやるぜ~とか言いながら、心の中でアッカンベーをされる。深遠なる男の辛い世界が古今東西繰り返されている。

うーん、こんなことを一生懸命書いて一体何を主張したいのだろうか。自分でも分らなくなってきた。

何だかんだいって、時々こんな風に自分に言い聞かせないと、ニタニタデレデレとだらしなく女性を追いかけるばかりだから、本能的にブレーキをかけているのだろうか。

だいぶ前に読んだ筒井康隆の短編が面白かった。内閣から何からすべてを女性が牛耳る社会を描いた作品だったのだが、嫉妬や妬みばかりで政策や外交が短絡的に決められ、ぐっちゃぐちゃになっちゃうというストーリー。

男は結局、そうやって「女なんかじゃダメだぜ」と言いたい。いわば「男のほうがエラいんだからな」と思い込みたいのだろう。

そのくせ、気に入った女性が現われればせっせと貢いだり、甘い言葉をささやいたりして振り向いてもらおうと躍起になる。

バカ丸出しである。

女性は女性で、男のそういうバカを熟知した上で、自分達の覇権をしっかりと強固にしていく。おそるべしである。

無理して張り合ったりせずに、素直に軍門に下ったほうが賢明なのかもしれない。

男の哀れさ、切なさが身に染みる秋の頃である。鈴虫の音色がなぜか哀しく聞こえる。