2019年7月5日金曜日

そんなもんだろうなあ

「お前が打たなきゃ誰が打つ」という野球の応援歌が自粛されたらしい。「お前」という言葉が教育上よろしくないからだとか。

実に気持ち悪い。窮屈な世の中を象徴するつまらない話だ。いつの頃からか、世間から大らかさがどんどん失われている。

SNSなどが普及したことで監視社会、告げ口社会という言葉も聞かれるようになったが、旧人類の私からすれば息苦しいったらありゃしない。

こんな傾向が続くなら20年、30年後の世の中の雰囲気は想像以上にドンヨリするのではなかろうか。

有名人の不倫タタキしかり、あんなものはモテないヤツがひがんで糾弾しているだけ。放っておけばいい。

教育者や政治家ならいざしらず、世の中すべてに例外なく教科書的な品行方正だけを求める風潮は気味が悪い。

鬱屈した人が多い証拠だろう。楽しくない、充実していないから、楽しそうな人、充実している人にイラつく。

考えてみれば、世の中の秩序やモラルと呼ばれるものは、総じてヒガミ根性が出発点なのかもしれない。

宗教の戒律だって、世の中の風紀の乱れに応じて生まれたわけだが、変な言い方をすれば、楽しく乱れている側が作り出したわけではない。そっち側に入れなかった面々が編み出した対抗策だったはずだ。

かつて石田純一が「不倫は文化だ」と語ったとして大バッシングを浴びたが、あれだってモテモテ男に対するヒガミ精神が爆発したようなものだった。

“不倫から文化が生まれた例はいくつもある”といった趣旨の話が省略されて騒動になったわけだが、ほんの100年ぐらい前の世の中は実際にそうだったわけだ。

明治大正の財界人などは、派手に芸者遊びをして、お妾さんを複数囲って、豪邸や庭を造って、骨董や美術品を集めるのが、純然たるステータスだった。

そこから文化が生まれたことは確かで、日本中にある個人姓を冠した美術館も彼らのステータス競争の成果で生まれたと言っても大げさではない。

肖像画がお札に刷られる偉人だって女性関係が複雑だった人はいっぱいいるし、お妾さんの地位も今とは比較できないものだったらしい。


乱暴に言ってしまえば、エロがステータスの証となり、エロが文化に貢献したわけだ。エロエネルギー恐るべし!って感じだ。

当時は当時でゴシップ雑誌もあったようだが、おおむね世の中の反応としては「そんなもんだろうなあ」といった感じだったらしい。

「そんなもんだろうなあ」。そんな感想で充分だと思う。関係者じゃなければショックを受けたり怒ったりする話ではない。

原田龍二だって袴田吉彦だって渡辺謙だって川谷絵音だって、あなたの職場の上司や近所のオジサン、はたまた、あなたのダンナや嫁さんだとしても「そんなもんだろうなあ」でやり過ごせばいい。

2019年7月3日水曜日

リセット


今年も半分が終わってしまった。ビックリだ。時が経つのがやたらと早い気がする。

今年上半期は自分にとって大きな転換期だった。4月に職場が移転して、6月には自宅も引っ越した。バタバタだったが、ワクワク感のおかげで楽しい日々になっている。


健康状態も良い。好き勝手に暮らしている割には血管年齢も問題なかった。なかなか誇らしい?ことだ。青汁や各種サプリのおかげだろう。

一応、コレステロール値が高めなので、そろそろ薬を飲み始めようと思う。薬でコントロールできるなら、変に節制に努めるよりラクチンだ。

数年前から血圧の薬を飲んでいるが、朝1錠飲むだけで数値は安定している。おかげで塩辛いモノも気にせず食べられる。食生活に神経質にならずに済むなら薬も歓迎だ。

さて、新居に移って10日ほど過ぎた。ようやく落ち着いた。職場までは歩いても行けるがタクシーに乗ったら5分ぐらいの距離だ。モノグサ太郎としてはハッピーである。

今度の住まいは5階だ。エレベーター待ちという新たな“課題”に直面している。以前は2階だったから階段で済んだ。エレベーターホールが妙に蒸し暑いので、タイミングをずらすとイラつく。

まあ、そんなことぐらいしか問題点がないわけだから裏返せば快適な場所に引っ越せたわけで、文句を言ったらバチが当たる。

以前のマンションと違ってコンシェルジュサービスはない。いままではクリーニングの受け渡し、引き取りが頼めたので、その点は少し不便になった。

一応、今度のマンションは、宅配ボックスを利用して無人でクリーニングのやり取りができる仕組みが用意されていた。

ただ、登録がメンドーだったので近くのクリーニング屋さんを使うことにした。その距離わずか徒歩20歩である。さすがにメンドーだとは言えない距離だ。問題なし。


マンション玄関向かいにはセブンイレブンがある。徒歩10歩である。既にわが家のストックルーム?と化している。

先日は、徒歩50歩ほどの美容院に髪を切りに行ってみた。目白に25年ぐらい通っていた美容院があるのだが、髪を切るために首都高に乗ってクルマで出かけるのもヘンテコだから今後はそこでいい。

別な日は新居から徒歩1分の距離にあるお寿司屋さんに行ってみた。赤酢のシャリを使う本格派で煮蛤などの江戸前路線もある。一品料理も充実した穴場みたいな店だった。

深夜12時までやっているし、値段も銀座に比べれば半値から3分2だ。いつ行っても満席みたいな大繁盛店だったら困るが、そうじゃないなら使い勝手は良さそうだ。

なんだか狭い世界ですべてが完結しそうになっている。次の目標は近所のサウナ付きスーパー銭湯である。ホームページで見る限り綺麗で快適そうだ。徒歩5分ぐらいの距離にある。


クリーニング屋、コンビニ、寿司屋に比べるとちょっと遠い。まあ、そんな距離を遠いと思うようでは人として失格だろう。

どうでもいい話をダラダラ書いてしまったが、環境の変化に身を置くことは毎日が刺激的で悪くない。

中高年になると、日常において変化に直面する機会が減る。それはそれで安定という点で大事だが、日々の暮らしに適度な刺激は必要だ。

4月の職場移転をきっかけに、ドンヨリした気分になることが無くなった。日々なんとなく充実している。変化することはあながち悪いことではない。

なんだか安定できない根無し草のような男の言い訳のようだが、いろいろリセットされたみたいで新鮮な気分だ。

2019年7月1日月曜日

保守的か革新的か


自分のことは割と保守的な人間だと思っている、それが良いか悪いかは何とも言えない。

前例や常識にとらわれずに突っ走る勢いみたいな姿勢に欠けているという解釈も成り立つ。

ということで、邪道な食べ物にトライしてちょっと後悔した話を書く。


ウナギの串焼きにハニーブルーチーズがトッピングされている一品だ。保守的な人間なら間違いなく注文しない。

八丁堀にある「う福」という店で食べた。お店の名誉のために補足すると、こういう邪道系メニューはあくまで一部で、なかなかバラエティー豊かにウナギを楽しめる良い店だと思う。

鰻串が中心の店である。普通のタレ焼き、白焼きもキチンと美味しい。変化球メニューにはあまり興味は持たない私だが、あまりに突飛な一部のチャレンジングメニューを見ていたら、ついつい頼みたくなった。


こちらは鰻串にチーズをふりかけたように見えるが、実はチーズではない。なんとバターである。

さきほどのハニーブルーチーズとともに酔いがまわってきたタイミングでオーダーしてしまった。

味のほうは何ともビミョー。ウナギの味わいがどこかに行っちゃった感じ。

ウナギをありとあらゆる食べさせ方で提供しようという心意気はたいしたものだが、行き過ぎちゃうと「迷走」という次元になりかねない。


こちらの真ん中の梅トッピング串は美味しかった。そのほか山椒の身と一緒に焼き上げた串もウマかった。

うざくも普通に美味しかったし、まだまだ様々なメニューがあるから、近いうちにまた食べに行く予定だ。

新居から徒歩圏だし、ウナギストである私としては、これだけ風変わりなメニューのラインナップを見たら、ブツブツ言いながらもトライしてみたい。


伝統食であるウナギは長年かけて今の食べ方に落ち着いた。白焼きに蒲焼き、うざくにう巻あたりが結局のところ選抜されて生き残ってきた。

そのあたりに絞り込まれたのは単純にそうやって食べるのが間違いなくウマいからである。邪道系がなかなか入り込めないのには理由があるわけだ。


こちらは久しぶりに出かけた日本橋本町の老舗「大江戸」が誇る鰻重の「極上」である。数年前に比べてやたらと高価になってしまったから、気軽に食べられないし、若者には手が届かない一品と言える。

そういう意味では、すっかり高嶺の花になったウナギを安い値段で遊び心も加えて提供するさきほどの店の存在意義は大いにアリなのかもしれない。

でも、邪道は程度問題だと思う。行き過ぎると肝心の食材の特長が消えてしまう。その加減はなかなか難しいのだろう。

まあ、こういう話を結局どっちつかずの立ち位置で書く私はやはり保守的だと再認識した次第である。

2019年6月28日金曜日

優雅なスイーツ


酒も飲むクセに甘いモノも好きだ。そんな雑食な私にとって最愛の娘と甘いモノを食べる時間は幸せだ。

娘が小遣いで食べられるような手軽なスイーツではなく、ちょっと高い路線を食べさせてあげたくなってしまう。甘甘オヤジである。


ファミレスとはいえ、ロイヤルホストなどは高級志向にシフトし始めているからパフェが1000円ぐらいする。サラリーマンのランチ2回分である。

でも、そんなパフェを気前よく食べさせる。実に甘い。パフェ自体も甘い。くだらないダジャレを書いてしまったが、来年には大学生になる娘が父親に甘えてくる時間は残り少ないだろうから、教育上良いとか悪いとかは気にしないことにしている。

先日、学校が午前中で終わった娘がわざわざ京橋まで来たので、贅沢スイーツの極みのような店に行ってみた。

京橋駅直結のこの街のランドマーク的なエドグランにデカい店を構える「トシ・ヨロイヅカ東京」のサロンコーナーである。


1階にはケーキをなど販売するコーナーとカフェがあるのだが、サロンは2階に優雅な雰囲気で用意されている。

ウリはパティシエが目の前で仕上げるコース仕立てのライブデザートである。1階で売られているスイーツとは別に、ちょっと豪勢なラインナップを選べる仕組みだ。


コースは2千円と3千円の2本立て。今回は前菜とメインがやってくる2千円の方を選ぶ。

シャンパンなどもメニューにあったが、昼だし、子連れだから紅茶にする。紅茶もいくつかのフレーバーから選べて、どれも香りが良いからホッコリする。




まずは前菜。オジサマ的にはよくわからない名前だったからうまく説明できないが、細かくカットされたフルーツに様々な甘いソースが組み合わされていた。

確かにシャンパンが欲しくなる感じだった。こういう場所で甘いモノを食べまくってシャンパンをガブ飲みするのも面白いと思う。いつかチャレンジしてみたい。

娘が選んだメインは卵のスフレ。もう一つは名前は忘れたがシャンパンフレーバーの何かとこれまたリキュール風味が印象的なチョコレート系アイスクリームの盛り合わせだ。

結論としては全部美味しかった。手抜きなし。添えられているちょっとしたソースやシロップも風味豊かで良い感じだった。


卵のスフレは甘い味わいの半熟気味の卵黄が顔を出したりして、その濃厚さはなかなか迫力があった。

スイーツに2千円と聞くとビミョーに感じるが、落ち着いた雰囲気の空間でこのレベルのものをゆったり味わえるなら悪くない。

甘くてウマいものは自然と人を笑顔にする。

平日だから空いていたのだが、40代ぐらいの紳士が一人でふらっと食べに来ていた。悪くないセンスだと思う。

2019年6月26日水曜日

銀座徒歩圏に暮らす

まる4年暮らしたマンションを引っ越した。今度の住まいは新富町である。先週末に引越しを終えたが、とにかくバテた。

体力の無さを痛感する作業だった。引越し前日にオバサマ3人部隊が荷造りに来て、引越し翌日には荷ほどきサービスに来るというフルパックを使ったのにバテバテ。

移った先のマンションは以前のものよりわずかに2坪弱ほど面積が少ない。さほど気にしていなかったが、このわずかな差が私を悩ませた。

分かりやすくいえば、部屋や納戸、その他のスペースがそれぞれ1畳分づつ狭くなった感じ。思った以上にこの差は大きい。

ベッドの足元に置いていたスツール、足腰を鍛える健康器具、テレビ前の小さいテーブルなど、ちょっとしたモノが微妙に邪魔で、整理整頓に難儀した。

テレビを見るためのソファも新居ではオーバーサイズだから、結局、新調するハメになった。配送待ちだが、それが届けば一段落である。



ベランダも充分広いのだが、エアコン室外機の位置の関係で前から使っていた置き型ハンモックが設置できない。

まあ、文句を言っても始まらない。一人暮らしには充分過ぎるスペースだし、今後も余計なモノを処分する習慣がつきそうだから逆に良かったと思う。

幹線道路沿いのマンションだが、防音性に問題はなく実に快適。なんてたって向かいの建物の1階がセブンイレブンである。おまけに徒歩1分のスーパーもそれなりの品揃えだ。

転居を機にやたらといろんなものをストックする悪いクセともオサラバである。面倒なことが歳とともに苦手になってきたから便利な立地というだけで大満足だ。

タクシーは目の前をバンバン走っている。今までは閑静な住宅街だったからスマホのアプリで呼び出しても結構待たされた。そんなイライラともオサラバできるのが嬉しい。


今までは朝のベランダでの一服は目の前の緑を眺め鳥のさえずりを聴きながらだった。引越しを機にベランダの向かいはオフィスビルになり、聞こえるのも道路を走るバスや車の音に変わった。

これを味気ないと感じるのは平凡である。銀座が徒歩圏というやたら便利な場所に移ってきた“喜びの騒音”と捉えるようにしている。

4月末に職場が移転し、いよいよ住まいも落ち着いた。職住接近の完成である。転出届も前の区役所に郵送したし、まもなく中央区民になる。

前のマンションの退去立ち会い確認も終わった。「セカンドハウスとして使っていたんですか?」と言われたほど綺麗な状態で引き払えたので、何だか誇らしい!?気分になった。

杉並区で生まれ千代田区の学校に通い、大人になってからは新宿区、豊島区、文京区の中で何度か転居してきた私にとっては、今更ながら妙に新鮮な気分を味わっている。

このところ、五感を始め、いろいろな感度やアンテナがユル~くなっていたのだが、職場と住まいが一気に移ったことはかなりの刺激だ。感性を再浮上させるきっかけにしたいものである。

気分爽快、気力も充実、といいながら疲労困ぱい。それが実際のところだ。1泊でもいいから温泉でホゲホゲしたいところだが、なかなかタイミングが合わない。

でもバタバタしているのが妙に楽しい。

2019年6月24日月曜日

サボりです


引っ越しでバタバタで今日は更新をサボります。

10年以上前に腰痛で悩んでいた時の過去記事を載せます。

今はまるで腰痛とは無縁だ。不思議だ。

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2008/04/blog-post_16.html




2019年6月21日金曜日

ショーファードリブン


クルマの運転が少しずつ億劫になってきた。おそらく視力が弱くなってきたことがきっかけだろう。

高齢者の交通事故が相次いでいるが、ニュースを見るたびに、自分だっていつ加害者になってしまうか分からないと神妙な気持ちになる。

私の母親が運転をやめて2年ぐらいになる。運転歴は60年ほど。当初、クルマ無しの生活は相当キツかったようだが、悲惨な事故の加害者になる可能性はなくなったわけだ。

運転をやめるきっかけは、わが社の関係者が起こした事故だった。2人乗り自転車の親子が飛び出してきた接触事故だった。

こちらが普通に注意していても事故は起きる。高齢になっていた母親もその恐さを実感して英断を下したわけだ。

こんな私も、時々は運転手さんにまかせて後部座席に座る。変な言い方だが、自分自身が事故を起こす可能性がないわけだから気は楽だ。

タクシーに乗るときも同じだ。ヨレヨレのお爺ちゃんドライバーにあたると別な意味で恐怖心バリバリだが、あくまで運転していないという点は一緒だ。


先日、レクサスLS500のタクシーに乗り合わせた。いまや日本が世界に誇るサルーンである。あれをタクシーにしちゃうのも酔狂だが、やはり乗り心地はかなり良かった。

デザインもカッチョ良い。初期レクサスのドンくさい印象は無い。当時はクラウン、セルシオの延長といったイメージしかなかったが、最新型の突き抜けた感じは実に素敵だ。

私の運転歴は35年、ぺらぺらだった日本車がここまで進化したのかと思うと実に感慨深い。

ベンツのSクラスなんかは後部座席専門みたいな印象だが、LS500の場合、ショーファーカーとして後ろにドテっと座るも良し、自らハンドルを握ってもサマになる。そこが大きなポイントだろう。

後部座席に乗るクルマとして筆頭格といえばマイバッハだ。何度か乗る機会があったが、さすがにクルマ自体が持っている雰囲気が別格だ。細かい造りが実に丁寧だからそう思えるのだろう。


パっと見はちょっと大きめのベンツにしか見えないところが良い。これ見よがしな外観だとイヤミったらしいが、その部分が地味なのがオシャレだ。

新しくなったセンチュリーもおそらく素晴らしいのだろうが、あれはさすがにカタブツイメージが強すぎる。「FUN」という要素とは無縁な位置付けだ。

天変地異が起きて私が凄くエラい人に変身したとしてもセンチュリーは避けたい。まあ、そんなのに乗るようなエラい人になる可能性はないが、70歳も過ぎたらあのオーラに惹かれるのだろうか。

いま私が乗っているのは、ショーファーカーほどの長さはない。自分で運転するのが楽しいイタ車である。

一応4ドアだが、ややスポーティーな路線なので、時々運転手さんをお願いする時は、たいして快適ではない後部座席でチンマリしている。

一人者だし、ホントは2ドアクーペに乗りたいのだが、加齢のせい?で後ろに乗りたい時が増えてきたから、今後乗り換えるにしても中途半端な4ドアに落ち着きそうだ。