食べることへの貪欲さを象徴しているのが「躍り食い」だろう。なんとも凄い発想である。
「ワカメ酒」と並んで人間のあくなき欲求追及の究極の形だ。
生きたままのモノを食すことを禁じている宗教もあるそうだし、国だか都市によっては躍り食いそのものを残酷だとして禁止しているところもあるらしい。
まあ、そんなことを言っても、生牡蠣に代表されるようにナマの貝類なんかは世界中で好まれているのだから、あまりストイックになっても仕方がない。
ということで、「いさざ」の躍り食いを体験してみた。いさざとはシロウオの別称だそうだ。春告魚とも呼ばれるらしい。地域によっては躍り食いが名物になっているとか。
いつも出かける高田馬場の鮨源で、「今日は何か変わったものはあるかのう」と尋ねる私。職人さん達の目がキラッと光る。
で、登場したのが可哀想な可憐な小魚である。
躍り食い自体が、味わいというより、喉ごしだけを楽しむものだ。いや、その行為自体を喜ぶものだろう。だからウマかったのマズかったの、そういう次元ではない。
口の中でプルっと動いたりするのを感じながらゴクリと飲み込んでみる。う~ん不思議な感覚である。
食道から胃に落ちていくシロウオ君。きっと胃酸を浴びて悶え苦しみながら死んでいくのかと余計な想像が頭をよぎる。
ならば口の中で成仏させてやろうと、ムシャムシャ噛んでみた。わりと弾力があって食感としては悪くない。ポン酢と合わせればウマいと表現しても良い。どんどん調子にのって、噛んだり飲んだりする。
小鉢の中で泳ぎ回っているシロウオを箸で追い回しても、1匹ずつしか確保できない。そんな金魚すくいみたいな時間も楽しいが、食べるなら5,6匹まとめて口に放り込みたくなる。
お猪口を借りて、まとめて入ってもらった。そこにポン酢を垂らして一気に吸い込むようにズズズと口に入れる。
なんか口がムズムズする。でも悪くない。まとめて成仏してもらう。なんかクセになりそうな感覚だ。
調子に乗って、ロックで飲んでいた芋焼酎の中で泳いでもらうことにする。人間、一線を越えると残酷になるものだ。
氷の冷たさのせいか、元気だったシロウオ君は仮死状態に陥る。焼酎と共に味わう。酒に漬け込んだ魚のようで珍味の完成だ。
その後、底に沈んだ一匹を忘れてしばし放置していたのだが、発見してそれだけ取り出して味わってみた。焼酎の味が染み渡っていた。気の毒だが焼酎で調理された独特の味がした。
ここまで書いてみると、随分と自分が残酷な生き物になった感じがする。こと細かく描写するからいけないのだろう。
サラッと、「シロウオの躍り食いを楽しんだ」とだけ書いておけば食通っぽい感じなのに、あれこれ書けば書くほど話が残酷になっていく。
ワカメ酒を体験しても、アレコレ細かく描写してはいけないと心に刻むことにする。
さてさて、心が繊細な私だ。躍り食いの後は、なんとなく罪悪感に襲われる。貝類とか動いているイカの足だったら生きたまま食べてもちっとも気にならないのに、シロウオ君には目も口もあったから、どうも気になる。
死んだ後、エンマ様の前でスクリーンに映し出される私の生前の行動。そのなかに喜々としながら躍り食いをしている自分の姿が映し出される。エンマ様が下す処罰は、私自身が魔物達に生きたまま囓られるパターンだろう。
酔ったまま、そんな妄想に襲われる。なんて小心者なんだろう。だったら食わなきゃいいのにと思うが、既にまた味わいと思い始めているのだからタチが悪い。
そういえば、子どもの頃に何度も見た悪夢がある。自宅の庭で殺しちゃった小さな虫に復讐される夢だ。
「ツマグロオオヨコバイ」という虫だ。バナナ虫とか呼ばれるそこらへんで葉っぱに乗っかっている虫だ。春になるとアチコチで見かける。
私はコイツが大の苦手だ。悪夢に出てきた主役はコイツである。
奈良の大仏ぐらいのバカでかいサイズになったバナナ虫が私を睨んでいる。身動きも出来ずにワナワナ震える子どもの私。
5回ぐらいそんな恐ろしい夢を見た。「プリンセスプリンセス」のベーシストとして武道館のステージで演奏する夢ですら3回ぐらいしか見ていないのに、巨大バナナ虫に襲われる夢はもっと見ているわけだ。
ということで、シロウオが巨大化して私に復讐する夢を見るような気がしてならない。きっと焼酎の海の中を泳がされた私が、ヘロヘロになったところでガシガシ食われてしまうのだろう。
困った問題だ。
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