格調高く良識ある?ブログを書く身としては、ネタの選別には少し気を遣う。間違いなく腹を抱えて笑ってもらえそうな話でも、下ネタが過ぎれば封印する。
12月にライブを控える我がオヤジバンドでも「つボイノリオ」の名曲「金太の大冒険」、「お万の方」、「吉田松陰物語」などは封印している。
バンマスがやたらと演奏したがるのだが、良識派のリーダーが認めない。私もリーダーの意見に賛成である。
「つボイノリオ」を知らない人はYouTubeで検索することをオススメする。
下ネタとともに、世の雑文?の世界であまり陽の目を見ないネタが頭髪問題である。いわゆるハゲ関係についてだ。
今日はそんな話を勇気を出して書こうと思う。
ブログを書く作業はクリエイティブな作業である。クリエイター?としては、やはり自らの身を削って執筆にハゲまないといけない。
無頼派作家のように自分自身の恥部までさらけ出してモノを書いてこそホンモノである。だからキッチリ毛髪問題と向き合わないといけない。
私も正しい中高年として頭髪問題に苦慮している。苦慮というと大げさだが、何とかハゲ散らかさないように努力を重ねている。
もともと、髪の毛が細く、子供の頃から薄毛だのハゲだのバカだの死んじまえなどと言われてきた。生まれ変わったら髪の毛問題など一切心配しないボーボーな男になりたいと切に願う。
7~8年前、自分が写っている一枚の写真を見てハゲしく動揺した。照明のせいだ、角度のせいだなどという弁解がまるで通用しない「ヤバい頭をした俺」がそこにいた。
年々、頭頂部が淋しくなっていたのは自覚していたが、あまりにハゲしい画像だった。めまいがした。死ぬかと思った。
その後、意を決してヅラ屋さんに出かけた。最後まで自毛が残る耳の上側から後頭部の下側の毛髪にヅラを結びつける方式の業者さんだった。
つけたままダイビングも出来る、サウナも行ける、手入れは月に一度だけ専用サロンに行くだけ。結んだモノをほどいて、自毛を散髪して再度結び直すというシロモノだった。
頭の型を取って発注するところまで話が進んだのだが、思うところあって急きょキャンセルした。支払ったウン十万円は帰ってこなかった。
頭をかきむしって泣いた。
そこからの「闘い」は薬物である。飲み薬と塗り薬である。
その昔は、インチキ発毛剤が天下を取っていたが、近年は医学的に発毛効果が確認された薬物が普及している。
それ以外にもシャンプーやサプリなんかも気をつけるようになって、幸いなことに一時期の最悪期は脱出したと思う。
どれが効いているのかは正直分からない。複合効果だと信じるしかない。
もともと、「滅びゆく大草原」を自然に任せず再生させようとしたきっかけは娘の存在だ。
7~8年前の娘はまだまだ幼く、このまま毛髪衰退現象に歯止めをかけなければ、娘が大きくなった時に認識する父親像は「ツルツル父ちゃん」である。
そして、いつか私が死んだあと、大人になっている娘が「優しかったお父様」をふと思い出す時、その姿は「ツルツル父ちゃん」である。
千の風に乗っていても、なびくモノがまったく無いのは淋しい。寒そうだ。
そりゃあ、女性の前でまだまだカッコつけたいとか、そういうフラチな意識もある。でも、そんな些末なことではなく、「ツルツル父ちゃん」として娘の記憶に残ることが耐えられなかったからサボらずクスリを使い続けたわけだ。
これが現在の頭頂部である。こんな画像を撮影している姿はかなりマヌケである。これも「ブロガー魂」として御容赦願いたい。
もう中高年なんだから常識の範囲?だと思う。自分としては問題なしだ。ただし、正直に言うとドライヤーとヘアスプレーで盛っている部分もあるため、油断するともっと淋しげな感じだ。
でも、その程度の「盛り」でこのぐらいを維持できるならクスリの威力もバカにしたものではない。
先日、某テレビ番組に母校の同級生が出ていたのだが、頭頂部が結構キビシイ様子が全国に放映されていた。そもそも40代も後半になれば薄毛も自然なお年頃である。
ということで、ここ数年、数ヶ月に一度は思い出したかのように娘に尋ねてみる。
「オレはハゲか?」。
娘はキッパリと否定してくれている。いちいち抱きしめたくなる。子供は正直だから一安心である。
でも、最近はヤツも随分オトナっぽくなってきたからお世辞かもしれない。いや、お世辞以前に、メンドーだからそう答えて話を終わらせているだけかもしれない。
いやいや、クヨクヨしてはいけない。ストレスも毛髪を弱らせる。楽観的に受け取ることにしよう。
きっかけとなったアノ一枚の写真に比べれば上等である。これでもそれなりに改善されたみたいだ。
ここから先は、いつどんなタイミングでこの終わりなき闘いに終止符がうたれるかが問題である。
大病とかしちゃったら、きっといま使っているクスリは禁止されるだろうし、そもそも現状が無理に頼りない毛を保っている状態だから、いつ効き目が終了するかも分からない。
まあ、それはそれだ。将来の娘の記憶の中で、ある程度は「普通っぽい父ちゃん」の姿は確立されたと思う。
なんだかんだ言って娘のおかげである。アイツに感謝しないとなるまい。今度会ったらオデコでも舐めてやろう。
これが娘ではなく、息子だったら私の発奮材料にはならなかったように思う。同性より異性の子どもに対してのほうがどこかカッコつけたい心理が働いているように思う。
薄毛が心配な若者達には、つくづく女の子の親になることをオススメする。
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