2018年3月30日金曜日

ローマ パスタざんまい


娘との旅行、第二の目的地はローマ。パリほどの寒さではなかったものの、ローマも冷え冷えとしていた。コロッセオも雨模様で街の散策も傘が欠かせなかった。



列に並ぶことが何よりも苦手な私なので、コロッセオやバチカン美術館のチケットは日本を出発する前にネットで確保した。これからローマに行く予定がある人には強くオススメする。


雨で寒いなか、この作戦は正解だった。いずれも大行列を横目にスイスイ入れて、無駄な待ち時間を過ごさずに済んだ。

泊まったのはバチカンにほど近いエリアにある「NH Collection Roma Giustiniano」。イタリアっぽさ、ヨーロッパさとは無縁な近代的なホテルだが機能的で快適だった。親子旅ならこういう路線のホテルが何かと無難だ。



ヨーロッパのホテルは全室禁煙が普通だ。私にとっては、いかに隠れてタバコを吸うかが課題なのだが、今回の部屋には広いテラスがあったので、室内の椅子を持ってきて快適にスパスパできた。

バチカンの大聖堂にかかる虹を眺めながら優雅にタバコが吸えたから、それだけで大満足。


珍しく晴れた日は、いそいそと旧市街を散策。「ローマの休日」で有名なスペイン階段に行ったり、トレビの泉で娘にコインを投げさせたり、正しいオノボリさんとして過ごす。あの映画はオードリーヘップバーンの可憐さよりグレゴリーペッグの渋さがポイントだと娘に力説する。


私にとってローマは大学生の時以来だ。運悪く扁桃腺が爆発してホテルで寝込んでいたので、すべての名所が初訪問である。

これまでイタリアのアチコチに出かけて、いっぱしの顔をしているクセに、ローマを知らないのは問題である。

というわけで、観光だけでなくせっせと名物パスタを食べまくってきた。


ローマ名物といわれるのがカルボナーラだ。画像のようなリガトーニというショートパスタで出てくることが多かった。これは「Fortunato al Pantheon」というちょっと高級路線の店で食べた一品。アルデンテを通り越したパスタの固さが気に入った。まさにカッチカチ。私好みだった。

日本式とは異なり、生クリームは使わず、卵とチーズと黒コショウで味付け。具材もベーコンではなく、豚ホホ肉の塩漬けが定番。この塩辛さが味の決め手みたいだ。

もう一つの名物パスタ「アマトリチャーナ」も塩漬けの豚ホホ肉が使われている。トマトの酸味としょっぱい肉のバランスが絶妙で何回でも食べたくなる味だった。


これは別の店でカルボナーラとアマトリチャーナを相盛りにしてもらった時の画像。見ているだけでヨダレがこぼれそうになる。

イタリアの面白さは地域ごとに定番料理がアレコレ揃っている点だ。パスタにしても地域色が強い。

チーズもローマのほうはパルミジャーノではなく、ペコリーノロマーノという羊の乳が素材のものが主流だ。カルボナーラもそっちのチーズじゃないと本物ではないんだとか。

まあ、ウンチクを書き始めても仕方がない。

要するに今回もムキになってパスタを食べてきた。カルボナーラ、アマトリチャーナの2大巨頭以外にもアレコレ味わってきた。

印象的だったのが「カチョ・エ・ペペ」。塩とコショウという名前のパスタだ。ローマの貧困地区が発祥らしい。文字通り具は無い。チーズとコショウだけで味付けしてある。


冷やし中華も具ナシで食べるのが一番好きな私である。具ナシのパスタと聞いたら食べないわけにはいかない。

ホテルのスタッフにオススメレストランを聞いて繰り出した「3Quarti」という店で食べた一品は最高だった。コショウを数種類使って味に複雑さを出しているようで、濃厚なチーズの風味も絶妙でムホムホいいながら頬張った。



この店では他にもポルチーニの幅広麺バージョンと、スズキとピスタチオのパスタも食べた。幸せMAXである。


朝はホテルでシャンパンブレックファーストと洒落込み、昼と夜はパスタばかり食べていた。朝も画像で分かる通り、「どん兵衛」をメインにするヘンテコメニューだったから、ローマでの3日間は私の身体は麺類に占拠されていた。




娘の手前、パスタしか食べないのはヘンテコだからトリッパやリゾット、肉料理も注文するのだが、私の関心はあくまでパスタである。

娘は娘でジェラート屋めぐりにハッスルしていたから、必然的にパスタの摂取量は私に集中する。デブまっしぐらだ。


パリではマカロンやエクレアを頬張り、ローマではジェラートをペロペロする。これって女子高生にとっては天国だろう。きっと娘の旅の印象はスイーツだらけだと思う。

あと数年もしたらブランド品がどうちゃらこうちゃらと言い出すはずだ。スイーツに夢中になっている今の年頃なら私の財布も慌てないで済む。そんな考えでジェラートは常にダブルで食べさせた。

娘もデブまっしぐらだった。

さてさて、話がまとまらなくなってきた。最後に載せる画像もパスタだ。バチカン近くを散策していたときに通りすがりで入った店で食べたトリュフのパスタである。


これまたチーズベースのソースとトリュフの相性が抜群で麺の固さもバッチリで叫びたくなるような味だった。

やはり私にとってはフランスよりイタリアのほうが食事の点で満足度が高い。”タンスイカブラー”にとってパスタの国は夢の国である。

そんなことより、旅行が終わってから娘のインスタグラムに綴られていた父親への感謝の言葉を見つけて、ホロホロと泣きそうになった。ワガママで面倒くさい娘にずっと付き合ってくれてありがとう。これからも良いパパでいてくれといった趣旨だった。

そのぐらいのことで感激するのが父親の弱点でもある。そんなもんだ。

まあ、その一点だけでも旅の意義はあったと思う。バッチグーである。

2018年3月28日水曜日

パリ エクレア トリュフ


パリとローマに行ってきた。新婚旅行である。

ウソです。娘との二人旅である。

高校生の娘にヨーロッパの空気感を体感させようと計画したわけだ。というのは言い訳みたいなもので私自身が行きたかったのが本音だ。


オペラ座で華麗に舞う私だ。浮かれている。一人旅ではこんな画像は撮れないから行った甲斐があった。

寒波が到来していた影響で、春の気配はまったく無く、冬枯れの雰囲気が漂っていた。季節外れの雪にもふられた。束の間の旅行者にとっては、そんな風情もまた味わいがある。



ヨーロッパ初訪問の娘と一緒なので王道の観光に精を出した。パリではエッフェル塔や凱旋門を間近で眺め、ノートルダム大聖堂などを拝観して、セーヌ川沿いを散策するコースである。

リピーターである親として、分かったような顔をしてテキトー極まりない解説をして過ごした。


イッチョマエにモネの睡蓮が見たいという娘の要望に応えてオランジェリー美術館にも出かけた。

7年ほど前、この絵の舞台となった通称「モネの庭」を訪ねたことがある。パリから特急電車で1時間ほど移動して、なぜかそこからレンタルのママチャリをこいでゼーゼー言いながらたどり着いた。

モネの庭は日本庭園が参考になっているとか、作風は浮世絵を意識していたといった文化的な解説よりも、父親のママチャリ武勇伝のほうが娘としては興味深かったようだ。


滞在したホテルはサンジェルマンデプレに程近い「K+K Hotel Cayré」。モダンで機能的なホテルだった。

これまでこっち側のエリアばかりに泊まっているので今回もエリアで選んだ。目の前に地下鉄の駅、すぐ隣にスーパーマーケットもあって何かと便利だった。

ヨーロッパのホテルはビックリするほど狭い部屋が主流だが、ここは結構広めの部屋が比較的手軽な値段で予約できたのでオススメ。

ローマに移動したあと、帰国前日にパリに戻った時は、コンコルド広場近くの「Hotel Mayfair」に泊まった。某ブラックカードの特典でアーリーチェックインも出来たし、朝食もタダだったので満足。



こちらはヨーロッパ調の雰囲気に満ちたお洒落なホテルだった。2つのホテルともローシーズンならではの価格だったので助かった。

旅の醍醐味といえば食事だが、パンがあまり好きではない私としてはフランスでの食事はあまり嬉しくない。今回もカップ麺を持参したほどである。




一応、でんでん虫やオニオングラタンスープ、舌平目のムニエルなんかも教科書通りに食べてはみたが、私としてはシャンパンか白ワインを飲んでばかりだった。この画像はモンパルナスの「ラ・ロトンド」(La Rotonde)での食事。


現役JKである娘としては食事よりもスイーツに目を輝かせていた。ピエールエルメ、ラデュレ、メゾンドショコラといった日本でもお馴染みの店を見つけては、いちいち食べる。無名でもウマそうな店を見つければいちいち食べていた。



ついでに私もいちいち食べまくった。エクレアはどこで食べても絶品だった。娘と一緒だったおかげで、すっかり甘党オジサマの出来上がりである。

印象的だったのはトリュフ専門のレストラン「メゾンドトリュフ」(MAISON DE LA TRUFFE)。


実はこの店、パリ行きの飛行機の中で知った。機内番組でやっていた「モヤモヤさまぁ〜ず パリ編」で“みむちゃん、たけちゃん”が嬉しそうに食べていたのを観て、無性に行ってみたくなったわけだ。


そんなミーハー根性が幸いして、何とも優雅で満足できる食事にありつけた。ちょっと高かったけど、旅先では財布のヒモが緩むから仕方がない。




順番にスクランブルエッグ、パスタ、リゾットである。もちろんすべてに黒トリュフがブリブリふりかけてある。

物凄い濃厚な香りに満ちあふれて、舌よりも鼻から先に幸せになる感じ。中でもトリュフの醍醐味を一番感じたのがスクランブルエッグだ。

“みむちゃん、たけちゃん”が番組でふざけながら紹介していなければ、わざわざ豊富なメニューからスクランブルエッグなど注文しなかっただろう。「さまーず」サマサマである。

付け合わせのパンですら、トリュフ入りのオリーブオイルにヒタヒタして食べると妙に美味しく変身する。ここでもシャンパンをグビグビしながらハッピーな時間を過ごした。

その後、しばらくはゲップまでトリュフの香りだった。

ちなみにフランスやイタリアの飲酒年齢が16歳からだと聞いて、娘にもちょろちょろ酒を飲ませたのは母親には内緒である。


長くなったので、続きは次回ローマ編で。

2018年3月26日月曜日

今日も過去ネタです


あさって水曜から通常の更新に戻ります。




★ラブラブ活動と景気

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2011/10/blog-post_17.html



★ラヴレター

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2011/10/blog-post_19.html


2018年3月23日金曜日

2018年3月19日月曜日

小休止です


今週は都合により更新をお休みします。過去掲載分をアップしますので、よかったら覗いてください。


★ローマの休日

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2011/06/blog-post_29.html



★血液型はB型です

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2013/10/blog-post_30.html


2018年3月16日金曜日

野球少年だった頃


3月も後半になれば球春到来である。今年の注目はやはり「大谷翔平」だ。二刀流というマンガチックな活躍を本場アメリカで見せて欲しい。

その他に注目しているのは「松坂大輔」だ。甲子園時代から見てきた希代のピッチャーの最終章に興味がある。

野球を好きになったのは40年以上前の小学生の頃だ。ちょうど長島さんが引退した昭和40年代の終わりだ。

あの頃のスター選手としてまっ先に名前が浮かぶ王貞治、野村克也、張本勲、等々、みなさんオジイチャンにになってしまった。アッという間だ。

今ではプロ野球の監督12名のうち半分ぐらいが私より年下だ。なんだか複雑である。巨人の高橋監督なんか10歳も下だからビックリだ。

NHKのBSで「球辞苑」という番組がある。オフシーズンに放送される番組で今期は明日土曜が最終回。

毎回毎回、野球におけるややマニアックなテーマを一つだけ取り上げる番組だ。お笑い的構成の中にも実に深い技術的な分析が繰り広げられていて貴重な番組だと思う。

「内野安打」「初球」「けん制」「ゲッツー」「引っ張り」「カーブ」「グリップ」。これまで放送されたテーマだ。それぞれの話だけを1時間近くに渡って掘り下げるのだからヘンタイ的な面白さだ。

かつての名選手や現役選手への取材によって、エピソードや意図、対応策やコツ、技術的なこだわりがテンコ盛りに紹介される。

つくづく今の野球少年がうらやましい。こういう番組で得る情報は技術向上に物凄く役立つはずだ。

私が野球少年だった頃は、こんなマニアックな映像番組はなかったし、学ぶのは本がメインだった。

コーチや先輩の指導もテキトーだった。闇雲に走ったり投げさせるだけで、技術的な細かい指導を受ける機会は滅多になかった。

一度だけ元プロ選手に指導してもらった時に、投げるときの足の踏み出し方、足の指の向きなどを丁寧に教わって、その的確さと緻密さに驚いたことがあった。

まあ、私の場合は甲子園を目指すような高いレベルでやっていたわけではない。高度な指導を受けてもそれをモノにできたかは微妙である。

ヘタれた軟式野球部だったし、お山の大将みたいな態度のピッチャーだったから、サボることばかり考えていた。それでももっと速い球を投げたかったし、変化球やコントロールなど克服したいことは山ほどあった。

今のようにアチコチから動画や映像で具体的な情報を入手できる環境がうらやましい。タイムマシンに乗ってあの時代に行き、録画した番組を野球少年だった私に見せてやりたいと思う。

野球の話ついでに、このブログで「キャッチボール」について書いた話を改めて載せてみる。

http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2010/07/blog-post_30.html

キャッチボールをしなくなって何年が経つだろう。なんとか機会を見つけたい。

私にとっての「今やりたいこと」の一つがキャッチボールである。

2018年3月14日水曜日

安倍さんと麻生さん パート2


先週、このブログで安倍首相と麻生財務相の話を書いたが、財務省の公文書改ざんが明らかになったことで、彼らにとっての逆風は一気に強まっている。

「我ら富士山、他は並びの山」。一昔前までは財務官僚の自負を表す表現としてよく耳にしたフレーズだ。

最強官庁とも言われる財務省の犯した前代未聞の公文書改ざん。役所の解体論まで出てくるほどの失態だ。

会計検査院に対しても改ざん文書を提出していたわけだから全納税者への背信行為である。ある意味、会計検査院までナメてかかっていたわけだから、さすが?最強官庁である。

会計検査院は、憲法上、国会や内閣から独立した機関となっているが、肝心の予算は財務省が査定しているのが実情。そう考えると財務省の“上から目線”も当然のことだろう。

それにしても「辞任はしない」と繰り返す麻生さんの居直った感じはどうなんだろう。先週金曜の国税庁長官の辞任騒動後も、1時間に及ぶ記者会見の間、一貫して「オイラにや関係ねえ」みたいな様子にしか見えなかった。

私はあえて言えば自民党支持だ。共産主義はもちろん、社会主義的な政策を受け入れちゃったら“富豪”を目指せないから、必然的にそうなる。

それでも昨今の不祥事への政権の対応を見ていると、安倍政権の「終わりの始まり」を感じるし、そうである方がマトモだと思える。

コロコロと首相が替わるようなのも困りものだが、今のような一強支配は必ず腐敗する。森友問題はその証だと感じる。

森友学園に対する国有地の格安払い下げが問題になってから1年あまり。これまで様々なトピックスがあったが、キモの部分は安倍首相の昨年2月の発言だ

「私や妻が関係していたら総理大臣も国会議員も辞める」。語気を強めて語ったのは周知の事実。財務省が公文書を改ざんせざるをえなかった背景とも言われている発言だ

財務省の元々の決裁文書からは、首相夫人に関する記述が削除されていた。内容は学園側との関係性に関するもの。

要するに「首相夫人が後押ししている学園だから可能な限り要望に応えることになった」という“特例扱い”に至った言い訳みたいな記録だ。

夫人と学園がズブズブの関係だったかどうかは分からない。例えそれが学園側の作り話だったとしても、窓口になった近畿財務局は間違いなく「首相夫人との密接な関係」を認識していたことになる証拠だ。

「私や妻が関係していたら総理も議員も辞める」という首相の発言からすれば、これって間違いなくアウトだ。そう解釈するのが普通だろう。

おそらく、首相サイドとしては、夫人が土地取引に直接関与していたわけではない、取引に関わる意図はなかった等々の強弁で首相夫人と学園側との関係を否定するだろう。

「“関係”とは言ったが、“関与”とは言っていない」。そんな屁理屈みたいな反論を知恵者達が集まって検討しているはずだ。

総理大臣の国会での発言が御都合主義的な詭弁でごまかされていいはずがない。そんなことが罷り通ったら、言葉の重みという概念自体が消滅してしまう。

ちなみに、財務省が公文書から削除した内容の中には「日本会議」に関する記述もあった。安倍さんや麻生さんを支持し、また関連議連では二人とも特別顧問になっている保守団体だ。

森友学園の籠池さんが日本会議大阪代表という肩書きを使用していたことに関して、近畿財務局側が背景説明の趣旨で文書に記載していたわけだ。

日本会議の綱領には「我々は、悠久の歴史に育まれた伝統と文化を継承し、健全なる国民精神の興隆を期す」と謳われている。

日本の伝統的な精神って、「恥の文化」という言葉に代表される精神性ではなかろうか。

恥ずべき行為に対して居直ったり、ごまかすことは、伝統的な精神性とは真逆なことだろう。

トップとしての責任をとらずに自分勝手な言い訳に終始する。ただただ見苦しいと思う。

何だかエラそうな書きぶりになってしまった。私自身、もちろん立派なゴタクを並べられるような人間ではないが、さすがに国の2トップの不始末に腹が立って書き殴ってしまった。