2018年5月9日水曜日
フィリピン・ボホールの旅
セブ島から高速フェリーで2時間の距離にあるボホール島。まもなく新しい国際空港も出来るそうで、いまフィリピン政府がグイグイ推しているリゾート地である。
17年ぶりに行ってみた。さすがに随分変わっていた。思った以上に観光客で溢れていた。4月に入ってから手配したのだが、人気ホテルはすべて満室で、かろうじてダイビングに便利な手軽なホテルが確保できた。
フィリピンの人気リゾート・ボラカイ島が衛生問題の改善を理由に4月から半年間閉鎖された影響もあるようだ。その分、観光客がボホールにも流れてきたみたいだ。
なにかと強権を発揮するドゥテルテ大統領の豪腕ぶりに私も影響を受けるハメになるとは思わなかった。
泊まったのは「ロストホライズンビーチリソート」。私専用のワガママチャーターダイビングのアレンジを受けてくれたダイブショップに隣接していたから非常に便利だった。
ベーシックな部屋で1泊7千円ぐらい。古めかしいエアコンの効き目がイマイチだった他は問題なく、寝るだけなら充分快適だった。
部屋から30歩でダイビングショップ。そこから20歩でボートに乗り込み潜りに出かけた。一応ちっぽけなプールもあったから、潜水後はチャポンと塩抜きして、30歩で部屋に戻れた。
チャーターしたボートもかなり余裕があり、ゆったりノンビリできた。ハイシーズンのこの時期は、ダイバー客がかなり多かったからチャーター作戦は正解だった。
通常のダイビング代に加えて、1日あたり1万円弱でボートも水中ガイドもすべて占有できるのだから物価の安さに感謝である。体力の落ちたオジサマにとっては安全対策の上でも有効なやり方だと思う。
滞在したアロナビーチエリアは昔からヨーロッパ方面からのリゾート客で人気があったのだが、今は中国人が一大勢力になっていた。
ビーチにぎっしりと並ぶホテルやレストランも中国系が増殖していた。17年という歳月はこのエリアの様子を一変させていた。
発展した分、食べる店もよりどりみどり。ダイバー客しか見かけなかった昔とは大違いで、ダンキンドーナッツまで進出していた。前の晩に買い置きして、小さなバルコニーで朝食と洒落込んだりした。
潜ったのは4日間。天気も良く、海もベタなぎでマイペースでホゲホゲと水中撮影に励んだ。昔のように特定の被写体を探して一生懸命になることもなく、ただ漠然と綺麗な景色をカメラに収めようというノリである。ちっとも疲れなかった。でも、運動量もちっとも稼げなかった。
昨年、30年来の趣味であるダイビングを引退しようと考えていたのだが、やはり身体が元気に動くうちはわざわざ辞めちゃうのはもったいない。無理のない範囲で死なない程度に楽しもうと改めて感じた。
潜水日程を終えた後は、セブに戻る。昔は日程のすべてをダイビングに充てていたが、最近はすっかりヘタれ気味だから、セブシティの快適なホテルを確保して2日間あてもなくブラブラしてきた。
泊まったのはラディソン。過去にも何度か泊まったが、セブシティでは一番だろう。全体に綺麗だし、サービスもキビキビしている。街中のホテルにしてはプールも立派だ。
この時期、セブのリゾートが密集するマクタンエリアのリゾートホテルは、ボロっちいところでも1泊3万円ぐらい平気で取るのだが、こちらのホテルは1泊1万円ぐらいで泊まれる。
今回泊まったかなり広めのデラックスルームでも1万5千円程度である。マクタンエリアのどうでもいいリゾートに泊まるならこっちのほうが断然オススメだ。
夜遊びにも便利な立地である。タクシーで10分やそこらで街中の怪しげゾーンにもたどり着く。おかげで2晩とも夜な夜な遊び呆けてしまった。
怪しげなゴーゴーバーみたいな店でボラれそうになったり、1時間あたり2千円もするナイトクラブの個室に陣取ってハメをはずしたり、まさに昭和のニッポンのヒヒオヤジ丸出しのノリで過ごした。
命の洗濯が出来た。
ちなみに朝はマンゴーシュース、昼はマンゴーシェイク、夜はマンゴーダイキリと日々、マンゴー三昧だったせいで帰国したら体重が増えていた。
困ったもんだ。最後にあちらで食べたものをいくつか載せておきます。
豚の丸焼きや焦げ焦げバーベキュー、ウベアイスクリーム、チキン丸揚げ料理、中華料理屋で出てきたやたら辛いエビ、豚の顔の皿が可愛かったけど臭くて残した豚料理、冷えたココナッツジュース、ニンジンしか入っていないインチキ海鮮焼そば、シュリンプカクテルの謎のマンゴー添え。
2018年5月7日月曜日
ミュージシャンっぽい時間
暖かくなるにつれ音楽活動に力を入れ始めた。
と書くと、何やらミュージシャンみたいでカッチョいい。。。
でも本当である。私がボーカルを務めるオヤジバンド、いや素敵なオジサマバンドの今年のライブは11月に予定している。そろそろ真面目に練習しないといけない。
既に何度か会合を重ね、演目も8割ぐらいは固まってきた。オープニングもお客様のハートを掴むニクい?構成にすることが決まった。
年に1度のライブも今年で7度目になる。結構なキャリアだ。一応、当日の様子や会場のノリ、どういう段取りで進行すべきかといった全体構成のイメージが湧くようになってきた。
始めた頃は、やってみたい曲を何となく決めて、ただひたすらその練習に励んでいたが、今ではそれなりに客席との一体感につながるような工夫に頭を使うようになってきた。
一応、自分がやりたい曲が中心とはいえ、来てくれる皆様が楽しめる曲かどうかが選曲する上でのポイントである。だから今年も私がハマショーを歌うことはない。無念である。
今年の演目は知名度の高い曲が全体の8割ぐらいを占める予定。中年世代の人には存分に楽しんでもらえるはずだ。
そもそも、素人バンドのライブはどうしたって自己満足の世界である。それなのにお客さんからお金をもらうわけだから、せめて和気あいあいとした“宴”にしないと申し訳ない。
そんなポリシーで練習に励まないといけない。以前よりもコーラスやハーモニーなど細かいアレンジにも気を配るようになった。ボーカルエフェクターのような怪しい秘密兵器も研究中だ。
まあ、そんなゴタクを並べている段階が一番楽しい。本番が近づくにつれ、いろいろと失敗を避けるための安全策に逃げ始める。今ぐらいの段階はお気楽である。
メンバーと集うのはカラオケボックスである。カラオケはまったく歌わずにギターを持ち込んでアレコレと試行錯誤している。
問題は、飲み食いに気を取られて酔っ払っい結局は単なる飲み会になってしまう点だ。
カラオケボックス「パセラ」を主な練習場所にしている。ちょっと高級路線を目指しているようで食べ物が結構マトモだ。ハイボールや何とかサワーを片手についついガツガツする。
気付けば酔っ払い完成である。練習よりもアホバカ話が多くなり、せっかくのギターもエロい替え歌を奏でたりして遊んでしまう。
以前は、池袋にあるわが社のビルで週末の昼間に練習に励んだ。誰もいないビルだからツマミも酒も出てこない。当然、練習もはかどった。
先日の練習では、演目はさておき練習場所として“池袋スタジオ”も活用すべきという話も出た。そろそろちゃんと練習しないとマズいという意識の表れかもしれない。
さて、今年のライブでは自己満足の極致であるオリジナル曲も2曲だけ盛り込む予定だ。1曲は新曲である。子どもを想う親心を切々と綴った私の詩に友人が素敵な曲を付けてくれた。
その友人の作曲に対する研究熱心さには頭が下がる。今回の新曲は今まで以上にメロディーラインが心地良い。
ハマショーみたいに♪ウォ~ウォ~♪と歌う箇所もある。これから詩を微調整して夏の終わりぐらいにはカッチョ良く仕上がるはずだ。
演目は最終確定しているわけではないが、斉藤和義、ゆず、アリスや明菜ちゃん、森高なんかの曲も演奏する予定。
フロントマンとしてMCを仕切る私としては、練習の際にメンバーが語るヨモヤマ話をひっそりと記録し始めないといけない。
尾ヒレをつけて笑い話に仕立てて、当日のオカズにするつもりだ。
こんな事を書いてしまうと、次回の練習からみんなが無口になってしまうかもしれない。
無言でバンド練習。それはそれで困る。
2018年5月2日水曜日
連休だから
今日は更新をサボってしまいました。過去モノを二つ載せますので、よかったら覗いてください。
フェティシズム
http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2013/06/blog-post_28.html
器と物語
http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2011/08/blog-post_03.html
2018年4月27日金曜日
居酒屋ぼったくり 記憶と味
変なタイトルだが、今日はそんな話。BS12で土曜の夜に放送されているドラマ「居酒屋ぼったくり」が最近のお気に入りだ。
姉妹が営む居酒屋が舞台の人情ドラマだ。どこでも食べられるようなモノを提供してお金をもらうから「ぼったくり」という店名なんだとか。
脇役のイッセー尾形ぐらいしか知らない。見たことのない俳優ばかりだから逆に新鮮だ。そんな地味な感じが良い。
出てくる食べ物も地味、ストーリーも地味。でもジンワリする。私はこういう番組が好きみたいだ。
昨年は大森南朋がいい味出していたドラマ「居酒屋ふじ」を欠かさず観た。どうってことのない食べ物が妙にウマそうで、ホッコリと酒を飲みながら見入った。
映画化もされた隠れたヒットドラマ「深夜食堂」も好きだった。小林薫が演じる店のマスターが渋くて、常連のヤクザ役を演じる松重豊も負けずに渋かった。
何の変哲も無い料理が人情話を彩っている。チマタのグルメっぽい風潮へのアンチテーゼのような潔さが観ていて心地良い。
ひょっとすると、こういう路線のドラマが着実に増えてきたのは「吉田類」の影響かもしれない。ちょっと突飛な解釈だが、ひょっとしたら当たっているかも。
http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2014/01/blog-post_24.html
話を戻す。先週放送された「居酒屋ぼったくり」では、印象深いセリフがあった。
「食べ物って何かしら思い出のタグがついてる」。
「みんなそれぞれ思い出の味のタグがあるんだろうなあ」。
確かにカレーライスを例にとっても、誰もが子ども時代の家庭のカレーに郷愁を感じる。
他にも、初めて食べて感激したもの、好きだった人と仲良く分け合って食べたもの、死んだオジイチャンが好きだったもの等々、何かしらの“タグ”が人それぞれにあるはずだ。
高校生の頃、バタバタと慌ただしい朝に母親が即興で作ってくれた「挽き肉炒めメシ」のことは今も思い出す。
今になって自分で作ることがあるのだが、超簡単なレシピを聞いても再現できない。似た味にはなるが、記憶の中のウマさにたどり着かない。
昔好きだった人がやたらと魅力的に思えるのと似たようなもので、味にも「思い出補正」がかかるのだろう。
他にもある。今はすっかり見かけなくなった「すあま」も私には思い出というタグが付いている。
高校生の頃、学校から駅までの帰り道にあった小さな和菓子屋で買って、悪友達とバカ騒ぎしながら食べた味が原点だ。
大福やまんじゅうより安かったから買っていたのだが、今となっては青春の味だ。記憶の中の味は実際の30倍ぐらい美化されている。
中年になってからも、時々、すあまを見つけると衝動買いをする。ウマくもなんともない。この先たとえスペシャル極上すあまに出会っても、思い出の中の味には勝てないのだろう。
私の場合、思い出の味の多くが、やたらと簡素なものだ。卵かけご飯しかり、夏の暑い頃にほかほかメシになめ茸をドッサリ乗せて麦茶を投入した冷し茶漬けも大好物だった。
漬かり過ぎて茶色くなったキャベツのぬか漬けを細切れにして、醬油まで垂らした上でお茶漬けにして食べた至高の一品や、湯で戻したビーフンを具材ナシでソースでカリッと炒めた一品など、“料理”とは呼べないようなものばかり思い出す。
わが実家の名誉のために弁解するが、一応、幼い頃からあれこれとちゃんとした食べ物、エラそうな?食べ物もしっかり食べて育ってきた。
でも、思い出すのは、やっつけで口にしたような粗食系だ。おそらく、それらを食べた時のいろいろな思い出が混ざり合って、記憶の中の味を作り上げているのだろう。
ちなみに、ブログのタイトルの呪縛によって、ご立派な食べ物ネタをしょっちゅう書いているが、大衆酒場でホッピー片手にマカロニサラダやメンチカツを頬張っている時間も至福の時でもある。
「地味で美味しそうな番組」を見ていると、ドラマに出てくるような居心地の良い料理屋を開拓したくなる。
気取らぬ料理を前にユルユルと肩肘張らずにホロ酔いになることは、人生が平和で安定していることの証ともいえる。
ちょっと大げさか。でもスタれた暮らしの中からはそんな気分は生まれない。
最近はすっかり私も草食化?が進み、飲み屋さんに行った際に、親の仇のように嫌いなはずの野菜まで食べる。ようやく真っ当なオトナになったのだとしたら遅すぎる気もする。
冷やしトマトにカネを払うという発想は、ほんの数年前までの私には無かった。今ではムシャムシャ食べている。
まだ私にも伸びしろがあるということか。
正直に言うと、マヨネーズに吸い付きたい一心で食べている。
2018年4月25日水曜日
銀座 同伴 オレの谷間
夜の街での「同伴」について書く。同伴出勤である。いうまでもなくホステスさんが客を連れて店に入ることだ。
早い時間帯に集客をはかりたい店側の戦略であり、ホステスさんにしっかり営業してもらう効果も狙った制度だ。
ホステスさんにはそれぞれ同伴回数のノルマがある。1ヶ月に2回とか4回とか、8回というノルマのホステスさんもいる。
ノルマ無しと言われて入店した新人さんも3ヶ月もすれば同伴ノルマを課されて奮闘し始める。
そのうち、同伴予定が無いなら来なくていいと、いわゆる出勤調整の憂き目にあう女性も少なくない。
銀座の夜6時頃は同伴の待ち合わせで街が賑わい始める。どこかで食事をして8時半にはご出勤というパターンだ。
7丁目、8丁目界隈のそれっぽい?飲食店は同伴客で賑わう。同伴客だけで埋まっているお寿司屋さんも存在する。そんな店に入ると、ある意味圧巻である。
いくつになっても男は単純だから、同伴にウキウキワクワクするお客さんは多い。その時間だけはお気に入りの女性を独り占めしているという一種のエクスクルーシブ感!?に浸っているわけだ。
不肖、私も同伴は何度もしてきた。20年ぐらい前のことを思い返してみると、確かに妙なワクワク感を味わった。
ホステスさんにとっては純粋に仕事だし、ノルマをこなすのに必死だ。こっちはこっちで店では出来ないようなクドキ話をどうやって繰り出そうか考えたりした。
あの頃は間違いなく今よりも純な気持ちがあった。そんな気持ちはいったいどこに行ったのだろう。。。
いまも時々、同伴に付き合う。もちろん、退屈で憂鬱だったらやらないわけだから楽しんでいるのは事実だ。でも、昔感じたワクワク感とは異質な気分で過ごしている。
いろいろな?義理みたいな同伴が多くなった。それ以外にも馴染みのオネエサンに延々と愚痴を聞いてもらったり、一人では入りにくい店に行きたいだけで強引に付き合わせたり、いわば“色っぽい気持ち”が鈍化している。
男たるもの、下心ブリブリで同伴するという魔界を漂ったほうが健康的である。もっとワクワクしないといけない。やはり初心にかえることは大事だ。
今よりもマメに銀座で飲んでいた頃は、ちょくちょく店前同伴もこなした。読んで字の如く、8時半ちょい前に店の前で落ち合って一緒に店に入るわけだ。
これでもホステスさんの同伴回数は1回にカウントされる。そのオネエサンがその日、他の客と実際に同伴出勤していた場合、店前同伴の客と合わせて1日で2回の同伴回数になるわけだ。ダブルである。
ホステスさんにとって店前同伴は一番嬉しい気遣いだろう。食べたくもない食事のために早めに支度する必要はないし、店に入る前にしこたま飲まされる心配もない。
モテたかったら店前同伴。
オジサン達にとって、これは一種の真理かもしれない。まあ客側にしても義理立てしたいホステスさんに協力したいけど、気を使ってメシを食うのはゴメンだという時だってあるだろう。
メンドくさがりの人や、ウザッたく思われたくない人、はたまたイキなふりをしたい人なら、店前同伴はアリだと思う。
今日の画像は同伴メシの際に撮った画像だ。胸元ガッツリシリーズである。私にとっては嬉し恥ずかしシリーズともいう。
クラブの店内なら気にならない谷間攻撃も食事の店ではナゼか気になる。生々しいというか、一種独特のリアリティーで私の視線に迫ってくる。
これもまたエクスクルーシブ感である。この瞬間は私だけに谷間がサラされているというリアルな感じにたじろぐ。「俺のフレンチ」ならぬ「俺の谷間」だ。
でも私は紳士だから、財務省の事務次官みたいにヤボなことは言わない。心に秘める。
お店に入れば平気でガン見するのに、食事の席では純情な私は目が泳ぐ。財務省の事務次官よりよっぽど素敵な私である。
嬉しいけど目のやり場に困る。これだけ長く生きてきても、なんとなく挙動不審になってアワアワする。
ちょっとウソです。でも少しドギマギする。
じゃあ隠して欲しいのかと言われれば、そうとも言えない。男の哀しいサガである。
和服姿は別として、ホステスさんの多くが同伴メシの際の衣装を店に出勤した段階で着替える。すなわち、同伴メシの谷間ドッカン攻撃は、私だけがターゲットである。その事実に萌え萌えである。
谷間ドッカン攻撃に鼻の下を伸ばしながら食事を終え、お店に着いた後、そのオネエサンが胸元の開いていないドレスに着替えて席に着くことがある。
ちょっぴりガッカリしながら「あの谷間は、やっぱりオレだけの谷間だったんだ」と一人うなずく。
バカである。凄くバカだ。
それが男というものだろう。
2018年4月23日月曜日
オトナ食いは復讐か
疲労回復、滋養強壮、免疫力アップ、美肌効果、冷え性予防、目の疲労対策、血液さらさら効果、、、。こんな素晴らしい効能を持つ食べ物がある。
ウニである。ウニ、恐るべしである。
子どもの頃はウニをそんなに美味しいとは思わなかった。近所の安いお寿司屋さんからの出前ぐらいしか経験がなかったから品質はイマイチだったのだろう。
なんとなく生臭いような苦いような印象だった。ウニが苦手という人がいるが、多くが子どもの頃に食べたイマイチシリーズのせいだと思う。
大人になるにつれ、食べられるウニがランクアップして、気付けば大好物になった。時には“オトナ買い”ならぬ“オトナ食い”に励む。
先日もお寿司屋さんでウニが4種類あったから、ムホムホした顔で食べ比べした。エゾバフン、キタムラサキの2種類がムホムホ気分になれるウニだが、生モノだから食べるたびに風味が異なるのも魅力だ。
塩で食べたら大したことなかったのに醬油で味わったら抜群というパターンもある。
握りで食べる際も、海苔ナシか海苔アリかで大きく味の印象が変わる。
掴み所がない感じが“魔性の女”みたいで堪らない。つい追いかけたくなる。
寿司飯にウニを混ぜ混ぜして焼きおにぎりを作ってもらうこともある。表面は少しカリっと香ばしく、ほぐした中味はウニ特有のネットリ感が残って、これまた魔性の味がする。
冒頭でウニの効能を紹介したが、一般的には「不健康なもの」とイメージされることが多い。尿酸値が上がっちゃう性質が原因だ。
まあ、そんなことに神経質になっても、毎日毎日大量にウニを頬張る人なんかいないから、良い部分を意識した方が建設的だ。
抗酸化作用がある、免疫力を高めるなどと聞けば、罪悪感なしに楽しめる。ちなみにプリン体はイクラの10倍らしい。そういうことは聞き流せばよい。
先日書いたウナギの話もそうだが、どうも私が得意になって“オトナ食い”するものは、若い時代への復讐みたいな感覚が影響しているのかもしれない。
お坊ちゃん育ちだから、有難いことに食べ物に困ったことはなかったが、ウナギやウニを口にする機会はあまり無かった。
やたらと肉食好きな家庭だったから、すき焼き、しゃぶしゃぶ、ステーキなどには恵まれたが、魚っぽいものが主役を張ることはなかった。
お寿司屋さんやウナギ屋さんに連れていってもらった記憶もあまりない。出前の安物ウニしかしらなかったのも当然だ。
大学生の頃、北海道を旅して回ったときにバカみたいにウマいウニに遭遇した。まさに「知ってしまった哀しみ」である。一気にウニの大ファンになった。
とはいえ、上モノのウニは高い。学生の身分ではムホムホ食べられなかった。その後、安い居酒屋なんかで板のままドカンとウニを出してくれるような店にも行った。
ドッサリとウニが目の前に出てくるとニッコニコになるのだが、北の大地で口にした上モノとはやはり違う。憧れは募り続けた。
社会人になっても、若い頃はお寿司屋さんのカウンターは緊張の場所だ。値段が恐怖だったし、ウニよりイカだった。
連れていった女子が平然と「ウニください」などとのたまったら殺意を覚えていた。そんなものである。
それから10年、20年が過ぎ、いつのまにかお寿司屋さんで緊張感も無くホゲホゲする中年になった。同時にウニウニモードが爆発するようになったわけだ。
イタイケな若者だった私が憧れたウマいウニである。ドッサリ食べたかったウニである。もっと感激して正座でもしながら味わうべきなのに、塩が合うだの醬油じゃなきゃダメなのウザいことを言うようになってしまった。
初心に返らないといけない。昔を思い出してもっとウヤウヤしく味わうように心がけよう。
2018年4月20日金曜日
カジュアル靴の話
年齢とともに物欲はかなり収まったが、靴だけはいつでも欲しくなる。一種の病気だろう。
10年ぐらい前まで、ぐい呑み収集に躍起になったのだが、あれも確実に病的だった。多いときは50個ぐらい集まった。自分の口が50個あれば使いこなせたのだが、そんなはずもない。
ずいぶん処分して今では15点ぐらいしか残っていない。自宅でゆるゆると使っているが、新たに欲しがらなくなってから使用頻度自体が減った。
靴の場合、毎日必ず履くから、常に意識がそこに向かう。意識が向けば物欲が湧いてしまう。
先月、パリとローマに出かけた際、普段用のカジュアル靴をいくつか買った。娘との二人旅を楽しむために「靴なんか買わないぞ」と自分に言い聞かせていたが、ブレーキがかかったのはスーツ用の高級靴だけだった。
普段用のカジュアル靴は私の意識の中で別なモノみたいだ。靴は靴なのにカジュアル靴を「運動靴」と呼んでしまうせいで、ついつい余計なものまで買ってしまう。
フランスのメーカー「パラブーツ」のスニーカーなどを買った。いわゆる高級本格靴よりは安いが、いくつも買っちゃうと、総額ではエドワードグリーンだって買えるぐらいの散財になってしまう。
こういうのを無駄遣いと呼ぶ。だいたい、月曜から金曜まではスーツを着て、土日は家でホゲホゲしていることが多いから、カジュアル靴の出番は極端に少ない。
健康のために散歩に出るときはスポーツ用品店で買った運動靴だし、子ども達と会う時も洒落た靴など履かず、定番のクラークスのスリッポンである。
なのにカジュアル用の靴が増えていく。休みの日にはもっとアクティブに行動して、デートの予定でも作らないと小洒落た靴達の出番はない。
靴に対する物欲が異常に強まったのはここ10年ぐらいだが、思い起こせば青春時代にも靴に意識が向いたことがあった。
憧れたのはトニーラマのウェスタンブーツである。ジーンズにあわせて尖ったブーツを履くことにこだわった時期があった。
歩きにくかったし、時につま先が痛くなった。おまけに蒸れて不快なのに気にせず愛用した。ご苦労さまだった。カッコつけたい年頃には履いてみたくなるイケイケな靴だった。
今もショートブーツはいくつも持っている。
http://fugoh-kisya.blogspot.jp/2017/01/blog-post_25.html
寒い時期にスーツにも合わせやすいものが多いが、普段用にもいくつがお気に入りがある。
左がスペインのカルミナ、右がイタリアのタニノクリスチーである。ウェスタンブーツが好きだった若い頃の名残りで、ついついブーツも欲しくなってしまう。
滅多に履かないから靴にとっては気の毒だ。わがオヤジバンドのライブの際に履いたぐらいで、靴箱ではなく納戸に仕舞い込んでいる。
高校の終わり頃からは、流行を気にしてワラビーもしょっちゅう履いた。80年代前半の懐かしい思い出だ。コインローファーかワラビーが色気づいた男子の定番だった。
裾がフレア気味のファーラーのスラックスにワラビーという組み合わせである。渋谷あたりの男子はみんな似たような格好だった。
ネットで調べてみたら、今もファーラーのスラックスが売られていてチョット感動した。
なんだか話がとっ散らかってしまった。
カジュアル靴が増えていく話だった。そうした靴をもっと履き倒すには、週末にアクティブに行動するだけでなく、職場にも時々カジュアルな服装で行くしかない。
スーツじゃなきゃいけない決まりもないし、実際にラフな服装で出勤している社員もいる。私の場合、服選びがメンドーだから毎日毎日スーツを着ているようなものである。
靴のためにイメチェンでもしてみようか。いや、それだと今度はスーツ以外の服装にお金がかかりそうだから悩ましい。
サマージャンボまで待ってみようと思う。
















































