2007年11月9日金曜日

腰が痛い

ここ数日、腰痛でダメ。去年まで腰が痛くなったことがなかったのに、今年に入って3度目のひどい常態。座っていられない、靴下がはけない、歯磨きも厄介、寝返りがうてない、トイレが難儀、アレコレ悲惨な状況になると、介護の必要なお年寄りなどの気持ちが1000分の1ぐらい分かる気がする。

楽しくない。この一言。酒は飲めても、酒場に行けない。まいった。さっきは、横断歩道をトロトロ渡っていたら、信号が変わって、ドライバーに睨まれた。

世の中、健康体、健常な人を前提に出来ていることを今更ながら実感。クルマに乗っていても、路面がでこぼこだと、通過するだけで腰に響く。いつも掘り返して迷惑千万だと思っていた道路工事も、税金のムダ遣いという観点は別にして、その意味が少し分かった。

我が家は割と最近の作りなので、浴室、トイレ、階段などやたらと手すりが付いている。でも、そんなものが付いていることを腰痛になってはじめて知ったような気がする。

コルセットを装着すると、ズボンがゆるゆるで、ブートキャンプに成功したかのような気分になったことだけがプラスポイント。

でも腰痛が治まったら、きっと上に書いたような殊勝な気持ちもどこかにいっちゃうのかもしれないので、定期的に身体に不具合が起きることは、きっと意味があるのだろう。

2007年11月8日木曜日

クルマの話

クルマの話を書いてみる。エンスーでもなんでも私としては、詳しいことは書けないが、クルマには、自分の“アマノジャッキー”を表現してきた歴史があるので、その点を中心に書いてみたい。

昭和も終わりに近づいていた頃、鮮烈なデビューを飾ったトヨタ・ソアラ。友人のソアラを借りてみたが、確かに上等、格好も良い。でも私が選んだのはニッサン・レパード。ソアラの陰で売れなかった素敵なクーペだ。初期の「危ない刑事」で柴田恭兵が乱暴に運転していたことだけが知られているクルマだ。

その前は、若者の間で、繰り広げられる不毛なクルマ自慢が鼻につき、どうせならと思って、当時は誰も見向きもしなかった四輪駆動車の世界に足を突っ込んだ。その世界では、すでに三菱パジェロが覇権を握っていたので、私が選んだのは、ニッサン・サファリ。本当に街で見かけなかった。その点だけがお気に入りだった。その後、四輪駆動車が大流行し、「街乗り4駆」なる言葉まで聞かれるようになった時には、あえて幌付きのラングラージープにも乗った

富豪っぽいクルマとしては、思い出深かったのがBMW850。メルセデスのSLばかりがもてはやされていた気がして、迷わず選んだ。「ソアラの向こうをはって乗ったレパード」みたいな感じですごく好きだった。

その後も、絶対数の少なかったジャガーXK8に長く乗った。最近は、とにかくアルコール優先の生活になったので、クルマへのこだわりが以前より薄れてしまい、某アメ車が車庫に眠っている。

国内旅行先でレンタカーを借りることも多いが、最近の国産1500㏄クラスはかなりカッチリ出来ていて実に快適。正直、都会生活には、それらがベストマッチと思っている。とはいえ、道路上で繰り広げられている厳然としたクルマヒエラルキーの現実を思うと、いわゆる高級車然とした顔の大切さも痛感する。

会社にある雑用専門の旧型マーチを運転していると、いろんなクルマにぶっ飛ばされそうな目に遭う。運転が下手なのではない。やはり見た目は大切だ。

おまけにひとつエピソード。その昔、渋滞中に前を走っていたサニーだったか、なんか可愛げなクルマにチョコッとぶつけてしまった。傷もつかない程度の接触だったが、そのクルマから大仏のような髪型の大男が2人降りてきた。

こちらはビビリまくったが、そのオジサンの第一声が「普段は、こんなガキの使いみたいなクルマに乗ってるわけじゃねえんだ!」。

私も、そのオジサンが下さったハンカチみたいに大きな名刺(大日本なんとかカンタラとか言う文字が毛書体で書いてあるやつ)を見ながら、「それらしいクルマに乗っとけよ」と大きな声で叫んだ(もちろん心の中で)。

幸い大仏ヘアーのオジサンはいい人で、小言を頂戴しただけで済ませてもらった。でも今でも思う。やはりアレは反則だろう。あの方々には、それらしきおクルマに乗っていてもらわないといけない。ちゃんとお約束通りのクルマだったら、後続車の私もきっと必要充分の車間距離を取っていたはずだ。

この教訓から得たものは、しみったれたクルマだと、周りが気にも留めてくれずに、かえって危ないということ。技術革新でさまざまな安全装置が開発されているが、クルマ自体の姿や形、ツラ構えが安全対策上もっとも大事な部分だと思う。

2007年11月7日水曜日

アマン


昨日少し触れたアマンリゾートについて書いてみたい。アジアを中心にリゾート展開するアマングループは、それまでにない徹底したハイエンドターゲット戦略で確固たる地位を築いた。

タイ・プーケット島のアマンプリ、インドネシア・バリ島のアマンダリなどの登場は、ホテルフリークをびっくりさせる出来事だった。

極端に宿にこだわりのない私としては、そうした動きを横目で見ていたが、大の南国好き、とくにバリ島への偏愛を自負する身としては、アマンの何たるかを覗いてみたいと思って、数年前にアマンダリを訪ねた。

バリのビーチエリアではない、高原エリア(ライステラスなどに囲まれている山側)にたたずむアマンダリは、拍子抜けするほど、これみよがしの装飾などはなく、エントランス付近も実に素っ気ない。予備知識がなければ、なんとも味気ない印象だろう。

リゾートに付きものの高揚感とかワクワク感とは一線を画し、シンプルな静寂が漂う。ベーシックな部屋の室料だけで、1泊7~8万円も取られる秘密はどこにあるのかとチョッピリ不安になる。

案内された部屋も特別な仕様があるわけではない。空間の広さ、天井の高さは充分だが、それだけで満足するわけにもいかない。

滞在中、アマンの人気の理由をなるべく探ろうと心掛けて過ごしたが、その結果は納得することばかり。味気なく感じていた部屋も、ベッドの質、枕の質、置かれている籐製ソファの座り心地など上質な素材に満ちていた。したがって眠りも深く、目覚めの心地良さは旅先であることを忘れるほど。

サービスの特徴のひとつが、滞在している客の名前をスタッフが頭に入れていること。部屋係だけでなく、プールスタッフ、レストランスタッフからも、名前で呼ばれたのには感心。でも、どうやって、私が何号室の誰だかを把握しているのか、ちょっと監視されているみたいな緊張感も覚えた。

細かなハード、ソフトの説明はガイドブック類にまかせるとして、エピソードをひとつ紹介したい。

滞在中、日本への帰国便の日程変更をフロントスタッフに頼んでおいた。あいにく希望便に空席が出ずに、チェックアウトの際に、当のスタッフから「力になれずにスイマセン」みたいなことを言われた。その話はそれで終わり、つかの間の世間話を続けた。チェックアウト後にバリ島の別エリアに移動することを話すと、親切にそちら方面のオススメ情報を教えてくれ、型通りの挨拶をしてホテルを後にした。

次に向かったホテルはビーチエリアの老舗リゾート。アマングループとは関係のないホテルだ。のんびり過ごしていたある日、部屋の電話が鳴った。かけてきた相手は、アマンダリのフロントスタッフ。私のチェックアウト後も、帰国便変更の件で2日間ほど航空会社に確認を続けていたそうだ。これにはびっくり。チェックアウトの際、次に泊まるホテルをきちんと伝えておいた記憶もなかっただけに、気配りの凄さに心底驚き、「アマンの魔力」が垣間見えた。

今回の写真は、アマンダリではなく、バリ島東海岸にあるアマンキラのプール。水平線に飛び込むようなデザインは、その後のリゾートプールに多大な影響を与えた。

アマンキラは、海辺の絶景を上手に取り込む設計上、階段がやたらと多く、この点は正直減点要因。アマンダリとアマンキラしか知らない私がアマングループの何たるかを語るのは、ちょっとおこがましいが、もっと富豪になって、世界のアマンを渡り歩きたいものだ。

2007年11月6日火曜日

東南アジアの力

20年以上前から趣味で水中写真を撮っている。ダイビングをするには、やはり南国の暖かい海が最適。若い頃は冬の伊豆でも平気で潜ったが、最近は沖縄あたりでも真夏以外は寒くてイヤだ。

必然的に選ぶ旅先は南国になる。ハワイもよく行ったが、レストランで一応メニューの値段を気にするぐらいに物価が高いので、ついつい東南アジアに目が向く。

アマンリゾートをはじめとする高級路線が増えてきたとはいえ、まだまだ一流ホテルのスイートが日本円で3万円ぐらいで泊まれるし、飲食代においては、メニューの値段を気にしないレベルの店が圧倒的だ。

ダイビングの費用もプライベートチャーターをすれば、その安さが実感できる。沖縄あたりなら、ちょっとしたクルーザーに、他のダイビング客と混載され、水中でも現地ガイドの引率で、他のダイバーと一緒に潜らされ、1日2回潜って、2万円近くとられることも珍しくない。フィリピンあたりなら、場所によっては、同程度の料金で、小型の舟と船頭さんと水中ガイドをまるごとチャーターして1日中好きなだけ、自分のぺースで遊んでいられる。


このブログ、タイトルの割に、富豪っぽくない内容ばかりという批判を受けたが、今回もセコセコとお金の話を書いてしまった。

もちろん、コスト面の安さは大事だが、遊びという場面で、いかに富豪的見地に立てるかは大事だ。

さっきのダイビングの話だと、一般的な乗り合い型ダイビングは、団体観光バスツアーみたいな位置付けであり、チャーターベースは、文字通り、わがままオリジナルツアーということになる。

先進国の弊害のひとつが、レジャー産業の人間がサービス精神に乏しいことがあげられる。ダイビングの世界しかり、カリスマガイドとかなんとかいって自分の価値観を押しつけようとする勘違いちゃんが多い。そうではなくても、すごくビジネスライクな傾向が強く、東南アジアの人々から受ける奉仕の方が心地よい。チップが目的であっても、客を殿様気分にさせてくれる姿勢に感心する。

上手に彼らのホスピタリティを享受して過ごせば、アジアの旅はかなり快適。くだらないことばかり書いてある旅行ガイドブックだと、「空港で荷物を持ってくれるポーターはチップをしつこく要求するので要注意」みたいなことが書いてある。

バリ島あたりの空港では、長いフライトに疲れた到着したての日本人観光客が、汗だくになってスーツケースを運んでいる光景が普通だ。なかには、ポーターを物盗りを蹴散らすかのように追い払っている人もいる。

ターンテーブルから荷物を下ろすことに始まり、空港の外で迎えの車のトランクに積んでもらうことまでやってくれて、せいぜい数百円のチップだ。なかには、もっと寄こせと言ってくるものもいるが、放っておいて問題ない。

ポーターを使うことすら遠慮していたら、滞在中の行動も推して知るべしだろう。

「言ったもん勝ち」。リゾート、とくにアジアでは、これが極意だ。チップはつきものだが、それで快適さを買うと思えば安いもの。

タイ・バンコクから日本に帰国する際、深夜で疲れていたこともあり、空港まで手配したドライバーに、搭乗手続き、荷物検査、はたまた出国検査まで代わりにやってもらったことがある。日本円で1000円もしない金額のチップに心から感謝してくれて、こちらも気持ちよく帰国の途に就いた。こんな経験、アジアなら普通かも。

2007年11月5日月曜日

温泉旅館

先週末、仙台の秋保温泉に行ってきた。ところどころ紅葉も楽しめたし、お決まりの松島観光も好天に恵まれ、つかのまの命の洗濯になった(最近は、しょっちゅう命の洗濯をしている気がする)。

評判の高い「佐勘」という宿に連泊したため、好きなものを食べ歩けたのは、2回の昼飯のみ。2回とも寿司にしてみた。ランチのお決まりだけだと味気ないし、お決まりプラス好きなものをいくつか頼んでみた。

最初に行ったのは、仙台のお隣・塩竃の有名店「すし哲」の仙台支店。駅に隣接する複合ビル内の支店ということで、さほど期待しないでいたが、お決まりのレベルはさすが高水準。ところが、お好みで頼んだ「ぶどうえび」にびっくり。お会計のときに知った「一貫2千円」という強気のプライス。10貫ほど盛り込まれているお決まりの中で一番高いものが3800円だったから、ぶどうえびの別注(2貫分)だけでそれ以上。富豪でもちょっと驚いた!?。

次の日に行った塩竃市内の「丸長寿司」で頼んだぶどうえびの方が大ぶりで味も濃厚だったが、そちらは一貫800円。せいぜいそんなもんでしょう。今更ながら有名大型店の必然というか、有名大型店に成り上がっていく必然を学んだ気がする。

ところで両方のお店で共通していたのがマグロの美味しさ。塩竃は生マグロの水揚げが日本一だそうで、まっとうな店のマグロは、赤身はもちろん、トロが素晴らしかった。

個人的な好みで恐縮だが、あまりトロは好きではない。年齢とともに、しつこさが口に残る気がして、とくに大衆路線の店では敬遠している。

今回食べたトロは後味がスッキリしており、脂の旨みに加えて、マグロ特有の鉄分の味わいも感じられる逸品。いくつでも食べられそうなほど。旬を迎えつつある松島産生ガキの握りとともに印象的だった。

さて肝心のお宿「佐勘」。大箱旅館のわりに細かい点まで気が配られていて気持ちいいお宿という印象。風呂がいくつか点在して、湯めぐり気分を味わえるが、強いて言えばサウナがある場所が限定されており、そこだけがサウニストの私にとって不満。まあ不満がそんな程度だから、全体に高得点。

夕方、ロビーに数十人の中国人の団体が来ていたので、ぎょっとしたが、なぜだか大浴場では遭遇しなかったことが幸い?だった。それにしても、最近は大型旅館だとアジアからの団体を見ることが多くなった。まれにロシアから一団も見かける。

一時期、隠れ家系の小さな温泉宿ばかり行っていたので、気付かなかっただけかも知れないが、最近は大型旅館に目を向けることが多くなったため、随分と気になるようになった。

宿側も入浴マナーを教えるなどの努力をしているようだが、彼らの根本的な知識の乏しさは、日本人に不快に映ることは多く、いい評判は聞かない。まあ温泉というか温泉旅館という形式自体が日本の文化のようなものだから仕方ないか。どうしても抵抗感があるなら、個人客相手の小型旅館に行けばいいわけだし、これも時代の流れだろう。

「佐勘」に話を戻そう。一番感心したのがチェックアウトの時間。お昼の12時までOKなのはあまり例がない気がする。高級旅館なら11時アウトも珍しくないが、お昼までとなると、素直に宿の経営姿勢を賞賛したくなる。

10時チェックアウト、大浴場の利用は9時までなんていう宿は、サービス業精神のかけらも感じられない。評価の高い宿は総じて、チェックアウトの時間に余裕があることと、大浴場にタオルがふんだんに置いてあること。この2点が共通している。要は客をせかせかさせない、みみっちい思いをさせない。この2点が徹底されていれば、ほぼ間違いなく快適な時間が過ごせる。

2007年11月2日金曜日

NOVAの社長室

語学学校NOVAの創業者である猿橋前社長が使っていた豪華社長室が何かとマスコミを騒がせている。高級酒を揃えたバーカウンター、ベッドルームやサウナもあり、豪華ホテルのスイートのような作りだ。

さて、この社長室を「けしからん」と見るか、「オッ、羨ましいね」と見るか、ここがオーナー経営者と従業員とのモノの見方の根本的な違いだ。

テレビや雑誌は、あくまで大衆の味方であり、お金持ちや成功者を「妬む視線」で取り上げる宿命にある。

マスコミが垂れ流す“情報”(あて報道とは言いたくない)を鵜呑みにする人々にとっては、アノ社長室は「悪」となる。

もちろん、あの会社が引き起こした授業料返還問題や労働問題自体は「悪」だが、成功した社長が豪華社長室を作ることは、決して悪ではない。

社長室の賃料が高額だったとか、豪華だったというステレオタイプの批判は、破綻した会社だから叩かれるのであって、業績好調の会社の社長室なら、どんどん豪華にすればいいと思う。

しっかり会議スペースを使い、豪華応接セットも実際に商談に使い、得意先や社内の慰労のためにバーコーナーを使い、頻繁に深夜まで業務をするのなら、風呂やベットがあったって問題ない。

上記のような実態があれば、税務署だって、その社長室の存在を問題視しきれないはずだ。

会社の規模や、売上げ、経常利益、納税実績等々から考えて、社用としての機能を立証できるなら、大衆的視線で豪華・高額に見える家賃だって、税務上、会社の損金(必要経費)になるのは当然だろう。

経営者の公私混同批判も相変わらず減らないが、非上場会社の場合なら、ある意味当然の思考であり、その部分こそが、中小同族会社のパワーでもある。

「会社は誰のもの?」。この命題に対するストレートな答えは「株主のもの」である。上場会社の場合と違い、非上場会社であれば、経営者イコール株主というスタイルが一般的であり、こうなれば「会社は俺のもの」という考えは当たり前の正論となる。


だいたい法律自体が中小同族会社を、通常の会社と区別している。税務上の各種差別的制度がその象徴。留保金金課税しかり、役員報酬の一部損金算入制限などいろいろある。

中小同族のオーナー企業は、公私混同が行われることを前提に、こうした制限なり規制を受けているわけだ。裏返せば、これらの洗礼を受けたうえでの行為は、やましいことではないという理屈も成り立つ。

サラリーマン向けではなく、経営者向けのメディアが常に頭を痛める問題がある。それは製作している人間自身が経営者ではないということ。致命的な欠陥だろう。

オーナー経営者の視線とそうでない人の視線の違いは、巷にあふれる巨大メディアの情報からは決して浮かび上がってこない

会社経営に携わる人間は、アノ社長室ぐらい立派な居場所を作りたいと誰もが考えている。ケシカラン的思考はそこにはない。

ちなみに朝のワイドショーでNOVAの社長室問題を取り上げていた「みのもんた」の表情がおかしかった。彼自身、親が興した水道メーター会社の現役社長であることは有名な話。

年金問題では怒りまくっていた彼の顔は、例の社長室問題では、ニヤニヤしていた時間が長い。「何してたんでしょうねー」とつぶやく表情は、どことなく、オーナー経営者の顔。私には彼の表情が「結構いい部屋作ってたんだねー、なかなか面白そうじゃない」と感心していたように見えてしかたなかった。

2007年11月1日木曜日

神楽坂の鮨とおばけ

東京で風情のある街といえば神楽坂。JR飯田橋駅から地下鉄神楽坂駅に向かう通りの左右に趣のある路地がいくつもあり、しっぽり系の店が並ぶ。

夜の路地はどこなく妖艶な感じが漂う。歴史のある街特有の気に満ちている。京都の祇園あたりもそうだが、花街としての歴史がある界隈は、どこか淋しげな気配がつきもの。

人通りがそこそこあっても、活気とはちょっと違う。妖気といったら大げさかも知れないがそんな感じ。逆にそうした「気」が、そぞろ歩きに非日常感をもたらす。

しょせん、私の神楽坂行きはアルコール摂取が最大の目的である。考えてみれば、酩酊、すなわち酔っぱらうこと自体が魔界をさまようようなもの。妖気に浸りながら魔界をさまようのもオツなものだ。

寿司屋を中心に和食系の店をアレコレ覗いてきたなかで、印象深かったのが、とある路地を入っていった雑居ビル2階にある寿司屋でのこと。店構えと控えめな看板に惹かれて、常連で混雑しそうな時間を避けようと早い時間を狙って、のれんをくぐってみた。店内の感じもイメージ通り。一歩踏みいると人あたりの良さそうな大将と顔があった。ところが意外な展開。

「ウチはどなたかのご紹介でないと・・・」。
いわゆる“一見さんお断り”だという。ただ、その物言いが、実に丁寧で感じよく、私も妙に納得してしまった。丁寧といっても、慇懃無礼な感じだったら、気まずさついでに腹を立てたかも知れないが、なぜかその時は不快な感じがしなかった。

誤解のないように言えば、その日の私は、身なりが悪かったわけでなく、もちろん、間違えて高級店に迷い込んでしまった若者という年齢でもない。あえて言えば、“しっかり高いお勘定を請求しても良さそうな気配の客”だったはず。そんなことお構いなしに仲間に入れてもらえなかった私の感想は「神楽坂おそるべし!」。

もちろん、これは特異なケースだ。普通は、パっと見、敷居が高そうな店でも、居心地のいい店が多い。名店と呼べるレベルにある「よね山」という寿司屋もそのひとつ。

ビルの奥まった場所に入口があり、店の様子が外から見えない。それだけで構えてしまうが、入ってしまえば、ごく普通の空間。私が何度か行った時は、少し乱雑気味に感じたぐらいで、妙に凛とし過ぎていない分、居心地は悪くない。

基本的に食べ物はおまかせ。本来、おまかせというスタイルが嫌いな私だが、「肴中心で」もしくは「握り中心で」程度のリクエストをしておけば、こちらの様子に合わせて満足させてくれる。

お勘定は銀座並み。それに見合った内容なので問題なし。

ある料理屋さんで教わった不思議なクラブの話を書いておく。銀座じゃあるまいし、若者相手の大衆キャバクラかと心配して行ってみたクラブだ。

路地の外れ、ほとんど住宅街にあったその店は、古い町家風の一軒家にあった。

外構えとうって変わって、店内は妙に重厚なヨーロッパ風の造作。店内の照明は極限まで絞られ、派手さの代わりに重さばかり感じる。結構お金もかかっていそうな感じで、40歳程度のママさんと若い女性が5名ほど働いていた。

神楽坂の路地と同じ特有の空気感が店にも漂う。妖艶より妖気という表現がまさに当てはまる。

雰囲気に呑まれたのか、女性陣と怪談話をしていたときの事。「あの辺に何か感じる」とママさんが一角を指さす。みんなで目を向けた瞬間、その周辺の照明が3つほど、一斉にバチッという音ともに切れた。

それからあの店には行かなくなった。もう数年前のこと。あまり賑わっていたのを見たことがなかったから、いまだに営業しているかは不明だ。

今になって思うと、訪ねるときはいつも酩酊気味だった。ひょっとすると、あのお店自体が魔界の幻だったのかもしれない。