今回面白がって使ったのが「虫の目レンズ」である。水中撮影機材メーカー・INONが発売している「マイクロ魚眼レンズ」が正式名称である。
2015年5月13日水曜日
プエルトガレラの妖しい魅力
今回面白がって使ったのが「虫の目レンズ」である。水中撮影機材メーカー・INONが発売している「マイクロ魚眼レンズ」が正式名称である。
2015年5月11日月曜日
リベンジ潜水の旅
GWはフィリピンのプエルトガレラに行ってきた。3月に行った際に扁桃腺炎で寝込んでしまい一度も海に出られなかったのでリベンジである。
気ままな一人旅である。毎日かなり真剣に潜ってみた。ブルーリボンという名のダイビングショップ兼コテージをベースにした。
わがままダイバーとして、ここ10年以上、チャーターベースでのダイビングばかりしている。今回もダイビングガイドとボートを私専用にチャーターして好き勝手に潜らせてもらえるショップを見つけた。
チャーターというと何やら大げさだが、英語なんて犬の遠吠えぐらいにしか出来ない私でも、イマドキのネット上の無料翻訳サイトを駆使して英文を作り、現地のダイビングショップとメールでやり取りすれば簡単に手配可能だ。
値段だって大したことはない。フィリピンである。沖縄で目的やレベルの異なるお客さん同士で乗合いダイビングをさせられる値段とさほど違いはない。じっくり水中写真を撮影したい人には強力にオススメする潜り方である。
チャーターで潜るもう一つの理由が安全性である。流れが強いポイントや深場にも行かない。若い頃は水深40メートルあたりまで珍しい被写体を求めて下りていったが、最近はすっかりヘタレである。
今回も20メートル程度を自分の最大水深と決めてホゲホゲ遊んでいた。誰に気兼ねすることなく、ノンビリまったり遊ぶのが潜水事故を起こさない基本だと思う。
宿は安宿なので論評ナシ。すっかり贅沢オジサマになってしまった私だが、昔からこの手のダイバー用ロッジには慣れている。今回はセクシービキニのハニーを連れて行ったわけではないので問題なし。
前回、ほぼ1週間も寝込んでいたせいで宿のスタッフ全員に気の毒で怪しげな日本人として覚えてもらっていた。おかげで何をするにも快適だった。
タオルを多めにもらったり、食事もメニューにないものをアレンジしたり結構わがままを聞いてもらえた。
下働きのスタッフまでみんなが顔見知りだと夜の行動も必然的に「品行方正」である。
徒歩5分の距離に繁華街があり、夜な夜な怪しげなバーに出没してTバック女性のポールダンスを眺めてニヤけていたのだが、現地の商慣習?である「社長サン、お持ち帰りしてくれ~」攻撃にも心を動かされずに済んだ。
小さな宿である。みんな顔見知りである。おまけに私は小心者である。その筋の女性と連れ立って帰ってきたら、私が築いてきた「まるでサムライのようなダンディーな日本男児」というイメージは崩壊してしまう。
映画「プリティウーマン」のリチャード・ギアとジュリア・ロバーツのような世界はあくまで絵空事である。
ということで実に健康的な日々を過ごした。
本当です。まあ、久々の潜水三昧で毎日バテバテでそれどころじゃなかったのも事実である。
それにしても30年もの間、同じ趣味を続けていると自分の肉体的な劣化を痛感する。思ったように身体が動かない。視力も低下したから昔より魚を見つけ出す能力も退化した。何より小一時間ほど潜っていると冷えちゃって仕方がない。
陸に上がって休憩する際には直射日光の下でボーッと身体を温める。クソ暑いはずなのにランチに温かいスープを頼んだりした。
ということで、同じように冷えた身体を温めていたヨソの国の人々を軽くパパラッチしてみた。こういう画像を撮影するのは魚を撮るよりも楽しい。バカである。
さてさて、今回の水中散策旅行のトピックスはすべての写真を「コンデジ」で撮影したことだ。一眼カメラを旅行先に持って行かなかったのはウン十年ぶりである。
カメラはオリンパスのTG-1とTG-3。それぞれを防水ケースに格納して外付けの水中ストロボを利用。TG-1には水中着脱可能なフィッシュアイコンバージョンレンズを付けてワイド撮影専用に、TG-3はマクロ専用機として使い分けた。
コンデジの進化にはビックリである。遊びでそれなりの写真を撮るのなら充分だと思う。
20年ぐらい前は重たい一眼レフを重たい防水ケースに入れて、重たい水中ストロボをつないで、配線など今よりはるかに水没リスクに神経をとがらせて潜っていた。おまけに36枚しか撮れないフィルムの時代である。
いまや無制限でシャッターは切れるし、撮影結果はその場で確認できるし、なんだか拍子抜けしちゃうぐらい手軽になった。
おまけにオリンパスのTGシリーズはコンパクトカメラ本体が水深15メートル程度までの防水仕様である。
実は今回、横着なセッティングのせいで、一度だけ完全水没をやらかしてしまった。水中でふと見たら防水ケースの中で水がチャポチャポ状態。
「やっちまったぜ」と慌てたのだが、カメラ本体の防水機能に期待して陸に戻ったあとに恐る恐る点検してみた。
そのときは水深18メートルほどまで潜っていた。カタログ上の防水機能は12~15メートル程度である。ヤバいかなと思ったが結果はセーフ。カメラも撮影データも何も問題なし。なんとも凄い時代になったものである。
長くなってしまったので今回撮影したウミウシのあれこれを載っけて続きは次回に書きます。
2015年5月8日金曜日
気取らないメシ
高血圧の薬の副作用で食欲が抑制されていたのだが、そんな夢のような効果が薄らいできた。
最近はガッツリ食べてしまう。危険である。オジサマの特徴は代謝が無いことである。呼吸しただけで太るのが中高年である。
珍味を舐め舐め酒をかっ食らって寝ちゃえばいいのに、酒の後に平気で牛丼やラーメンを食べちゃうんだからアホである。
食欲が抑えられていたから、たまの深夜メシぐらい問題なしと思って暮らしていたが、気付けば頻繁にそんなことをしている。
先日も酔った勢いで、かの有名な「池袋・大勝軒」に行ってしまった。つけ麺で有名な店だが、個人的にあのつけ麺は好きではない。ちっともウマいと思わない。
個人的な感想です。スイマセン。
で、普通のチャーシュー麺を注文。つけ麺よりよっぽど美味しい。チャーシューもグジャグジャしておらず、噛み応えがしっかりある。
スープも脂ギトギトじゃないし、極めて真っ当だ。独特の太麺もつけ麺だと“うどんモドキ”に感じるが、ラーメンだとしっくりくる。
「大勝軒」では大半の人がつけ麺を食べているが、チャーシュー麺のほうが店の人気にふさわしいと思えてしまう。
さて本題。
ジャンクフードとまでは言えないものの、最近は「気取らないメシ」をガーっと食べてフムフム喜んでいる。
「気取ったメシ」の定義がよく分からないが「気取らないメシ」は何となくイメージしやすい。
たとえば、イマドキの居酒屋で出てくる「チキン南蛮」である。要はタルタルソースをベチャベチャつけて食べる一品だ。
別注でタルタルを追加したり、こっそり皿を舐め回したりしたいが、何とか踏みとどまる。魔の味である。
ソーセージのチーズ煮込みである。こういうものは若者が食べるのが社会常識だ。でも黒ホッピーをグビグビ飲んでいると無性に食べたくなる。痩せてる人はこういうものを注文しない。
話は変わる。先日、赤坂をふらついていた時にガッツリ系の食事がしたくなり、牛タン専門の「利久」という店に入ってみた。
気取らない雰囲気の店で、牛タン以外にもツマミメニューが豊富。鯨刺しなんかもある。使い勝手が良さそうだ。
牛タンの網焼きもウマいが、ガッツリ系ではない。ガッツリ気分の私の狙いは「タンシチュー」である。
こういう店でシチューに照準を合わせてしまうところが私の胃腸が慢性疲労に陥る原因かもしれない。デブの宿命である。
もちろん、シチューだけをおとなしく食べて帰ればいいのに分厚い牛タンも注文する。お決まりの麦飯も、結局とろろをぶりぶりトッピングして完食してしまう。
「牛タンにはとろろ飯」というよく分からない思い込みのせいで、空腹状態がすっかり治まっているのにガバガバ食べてしまった。
別な日、六本木の老舗中華料理屋「香妃園」に出かけた。六本木の深夜族が愛する「気取らない中華」である。
六本木でクラブ活動に励むオジサマ達の定番がこの店の「鶏ソバ」である。土鍋で出てくる鶏ベースのラーメンなのだが、ややコッテリ系でラーメンスープというより水炊きのスープみたいな優しい味わいだ。
六本木でクラブ活動はしないし、アフターでオネエサンとガッツリ系の食事をすることもない私である。この日はワケあって夕方の中途半端な時間に訪問。
滋味を感じるスープに癒やされた。まったくやる気が感じられないほど麺が柔らかい。でも、このフニャフニャ麺こそが名物・鶏ソバの真骨頂のようだ。
給食に出てきたソフト麺を思わせる「気取らない感じ」。これはこれで悪くない。ファンが多いのもうなずける。
給食といえば、この店のカレーライスも捨てがたい。昭和の食堂の味。給食の味である。これは一応ホメ言葉である。グルメ気取りで気合いを入れて食べにいったらズッコけるかもしれない。
ホッコリする味だ。街の中華食堂で出てくる素っ気ないカレーそのものである。昭和人にとっては郷愁そのもの。
「なんでもない感じ」って意外に魅力的である。
20年ぐらい前までは夜な夜な六本木に出没していたが、最近はすっかり縁遠くなってしまった。あの街で夜更かししたらこの店の鶏ソバとカレーばかり食べそうな気がした。
なんだか食べることばかり考えている・・・。
2015年5月1日金曜日
いづもや がまの穂焼き
エンゲル係数が暴騰中である。夕食は大半が外食だし、食べたいモノしか食べない悪いクセがあるし、最近は「ゆで太郎」にも飽きてしまった。大変である。
愛しのウナギも昔より高くなってしまった。でも食べる。しょっちゅう食べたくなる。ヤバいクスリだったら数グラムでウン万円するらしいから、それに比べればウナギはお手頃である。
そんなバカげた自己弁護を繰り返し、しょっちゅうウナギをドカ食いしている。
今日は「がまの穂焼き」という珍しいウナギ料理に感激した話だ。
場所は日本橋の新常盤橋近くにある「いづもや」。三越前駅から少し歩いたオフィスビル街の中に本館と別館を構えている。
まずはウナギで作った魚醤を塗って焼き上げる「いづも焼き」である。冷酒に合わせると最高だ。白焼きに負けるとも劣らない極上の一品だと思う。
先日出かけた際は、有難いことに手の込んだツマミをサービスしてもらった。ホタルイカの刺身を肝醤油で味わう一皿。酒が進んじゃって大変だった。
実は3月初めにこのブログで紹介したのをお店の人が読んでくれたそうで、そのおかげで裏メニューにありついてしまったわけである。
このブログは一応匿名で書いているが、初めて行った際に若いご主人と名刺交換していたので、私が書いていることがバレバレだったみたいだ。結果オーライである。
さてさて「がまの穂焼き」である。蒲の穂といえば、水草にソーセージのような形状でくっついている綿毛状の部分だ。「かまぼこ」の語源だという説もあるらしい。
「いづもや」の「がまの穂焼き」は、その形状から名付けられたもの。前日までの予約が必要なので、フラっと訪ねても食べられないところがニクい。
ウナギ好きを広言しまくっている以上、未体験のままではダメである。そんな思いで、とある日、事前に予約をして「がまの穂焼き」を堪能してみた。
以前、店のご主人から「ウナギが魚であることをしみじみ感じられます」と特徴を説明されたのだが、ちっとも想像できなかった。
で、初体験の日、がまの穂のような異色のウナギが大ぶりな串に刺さって登場した。
ジロジロ眺めてみる。まだ味の想像がつかない。カブリついてみた。確かに「魚」である。脂の乗りきった白身魚の雰囲気を漂わせているのだが、味わえば紛れもなくウナギである。
食べ方のせいもあって、いろりで焼いた鮎やイワナの塩焼きみたいな食感にも思える瞬間がある。でも風味は純然たるウナギだ。
鮎やイワナ同様、中心部分には骨がある。骨の周りの身を吸い付くように食べるのも楽しい。基本的には塩焼きだから白焼きに似ているのだが、白焼きより数段、脂の乗りを強く感じる。
見た目はサッパリとした魚の串焼きに見えて、食べてみるとジューシーでボリューミー?な不思議な一品だ。
お店の人いわく、蒲焼きが発明される前の大昔の食べ方だとか。本来は非常にシンプルな食べ方らしいが、こちらの店では、旨味を引き出すために行程に工夫しているらしい。確かに単純に丸のまま塩焼きにしても、あの食感や風味は出ないと思う。
年配の人には脂の乗りが強すぎるかもしれないが、その分、味わいは官能的だ。どことなく大昔のロマンを感じるし、なかなか経験できないからウナギ好きの私としては大満足だった。
ウナギ以外にツマミを置いていないぶっきらぼうな鰻屋が苦手な私にとって「いづもや」の路線は実に有難い。
冷酒の品揃えも豊富だし、一合で頼んでも片口になみなみ投入されてやってくる。一合と言っても飲食店の場合は「インチキ一合」が普通だから、この店の気っぷの良さは有難い。
日本橋のウナギ屋さんといえば、ツマミも豊富でバカでかいウナギを堪能できる老舗「大江戸」も魅力的だ。あの店の「鰻重極上」も捨てがたいが、最近は「いづもや」の路線にハマってしまった。
サービス品を提供してもらったからオベンチャラを書いているわけではない。「冷酒とウナギ」という組み合わせをこよなく愛する私にとっては聖地みたいなものである。




















