先日、70歳の知人と飲んだ。仕事上の付き合い酒は楽しくないのが普通だが、その日は相手の「武勇伝」をいろいろ聞かされて大いに刺激を受けた。
70歳といえども現役バリバリである。もちろん、アッチ方面の話である。素直に尊敬する。
若い頃、いや40歳ぐらいまでは、中高年、とくに還暦も過ぎたオッサンが女性を追っかけて交尾活動を目指す姿を軽蔑していた。
「いい歳してアホか」「みっともない」等々、一般的な否定論者のような言葉を発していた。でも、自分が年を重ねるごとに「頑張ってるヤンチャなおっさん」を支持したくなってきた。
少年時代には50歳、60歳にもなったら、すっかり弱っちゃって花鳥風月を愛でることぐらいが楽しみになるのだと思っていた。
もっと言えば、たかだか40歳ぐらいの人を「引退した人」というイメージで見ていた。子どもの頃、長島が38歳、王が40歳で現役を引退したせいで、勝手に40歳あたりを節目だと思っていたようだ。
バカみたいだ。
自分が40歳になった時、30歳の頃と大して変わっていない自分に慌てた。ちっとも進歩していないのは恥ずかしい。でも、頭の中で考えていることは18歳ぐらいの頃からほとんど変わらない。こんなことじゃマズいと感じた。
でも、人間の本質なんてものは30歳も40歳も大差が無いのだろう。思春期が終わった頃に形成された人間性はおそらく死ぬまで似たようなものだ。
もちろん、30歳の頃より、40歳になった頃の方があらゆる物事への視野が広がっていた。それなりに年相応の変化は経験していたのだろう。
そして40歳から50歳へと時間は進んだ。相変わらず頭の中で考えていることは若い頃と似たようなものだ。でも、やっぱり物事への視野は40歳の頃とは変わった。
本質は変わらないものの、視野や目線といった見え方や咀嚼の仕方は年齢とともに随分変わる。歳をとるとはそういうことである。
だから70歳のオッサンが女性を追っかけるのは、ある意味当然であり、男として正しい行動だと思う。
50歳ごときの私の頭の中からエロ煩悩が無くならないのも当然である。無くなるどころかそっち方面の煩悩は複雑化・高度化していく一方である。若い頃のほうがよっぽど爽やかだった。
「女性は人生をあきらめると下ネタを連発し、男は人生をあきらめると下ネタを言わなくなる」。
ネットか何かで見た格言?である。実に深い言葉だと思う。下ネタの数は元気さに比例するのかもしれない。
冒頭で書いた70歳の知人は、やたらと下ネタだらけの猥談に励んでいた。良し悪しは別としてエネルギッシュな証拠である。まさしく人生をあきらめていない。それどころか人生を謳歌している。
50歳程度の自分たちの世代でも「オトコ、終了」みたいな人は多い。確かにそういう面々は下ネタも話さないし、エロ系なこととは一切関係ないような顔をしている。
社会はそれを分別や常識と称して正当化する。でも、それって間違いだ。秩序は大切だが、人間の業に無理して逆らっても仕方がない。
日本の個人金融資産は1700兆円という途方もない金額だが、その6割以上を60歳以上の高齢者が持っている。
国の政策が語られる際には、必ずこの「高齢者のカネ」をどうやって流動化させるかが議論される。
手っ取り早い経済対策は、高齢者に楽しくお金を使ってもらうことである。子や孫への贈与に非課税枠を広げるのも結構だが、そんなくだらないことで高齢者がイキイキとお金を使うはずはない。
ズバリ、高齢者にどんどん色気づいてもらうほうが、よっぽど経済は活性化する。
冒頭で書いた70歳の知人がさんざん話していたのが「女性に対する浪費」である。
老後の経済的不安を口にする割には気前良く女性のためにお金を使う。
「クルマを買わされた」だの「ヨーロッパに連れて行った」だの、豪勢な話がポンポン出てくる。
アッパレである。
男の行動なんて大半が女性の歓心をかうのが目的だ。若造時代にカッコいい服が着たいとか、カッコいい髪型にしたいなどと思いはじめたら、そのコストは既に「女のため」である。
若い世代に元気が無い今、60歳以上の人がバリバリに色恋に励むことはニッポン経済にとって大いに意味のあることだ。
ずぶずぶの不倫までいくと殺傷沙汰に注意が必要だが、必ずしも肉体関係にこだわることもあるまい。
単純に「異性とドキドキする」ことが大事だ。それだけだってオシャレしたり、プレゼント買ったり、旅行の計画を立てる。
内需拡大である。
銀座あたりで活躍する金満ヒヒ親父の皆様にも「金満ヒヒジジイ」として末永く女性にお金を使ってもらいたい。
景気刺激策などと言葉にすると難解だが、個人消費なんてそんなものだと思う。「異性にモテたい」。古今東西、このエネルギーが経済活動の基本的な根っこである。
「老いらくの恋」「色ボケ」など、高齢者の色恋ネタは古くから否定されてばかりだったが、高齢化社会まっただ中の今、社会全体で意識を変えたほうが早道だと思う。
ということで、まだまだ私は若造です。
2015年12月4日金曜日
時代は色ボケ!
2015年12月2日水曜日
ライブ報告
会場は六本木のライブハウス。今年も100名近くのお客様にお越しいただき大盛況だった。図々しく今後も続けていこうと強く決意した次第。
当日、お越しいただいた皆様、まことにありがとうございました!
今年でライブは4年連続になる。1年目は他のバンドがいくつか出演する中の一つとして参加した。友人達からのお世辞を真に受けてその後も続けることになり、2年目からは我々のバンド単独で奮闘している。
子ども時代からの同級生3名によるアコースティックバンドだが、昨年からはベースとドラムのサポートメンバーが加わって後半の数曲は重厚感仕様?にアレンジしている。
5人合わせて250歳である。だからどうしたって話だが、結構なオトナである。いや、オトナ以上かもしれない。その証拠にライブ翌日の疲労感が過去にないほど重かった。3日経ってもまだ腰が痛い。深刻である。
日頃の不摂生のツケである。たかだか50歳ぐらいでヘトヘトになっているようではダメだ。60歳を超えても永ちゃんとかハマショー師匠はあんなに元気である。
日頃、もっとスクワットしたり、散歩したり、女性のお尻を追っかけたりするべきだろう。大事な場面でもアクロバティックに組んずほぐれつしないと体力がどんどん落ちてしまう。
真剣に頑張ろうと思う。
さて、ライブ自体は例年来て下さっている方々から好意的な感想を随分いただいたので全体には良い感じにまとまったと自負している。
声も調子よく出た。今年は練習の際に例年以上に他のメンバーから歌い方や声の出し方にダメ出しをくらった。いつも泣きながらイジけていたのだが、今更ながらの歌唱指導のおかげで少しは進歩したのかもしれない。
他のメンバーも少しはトチったものの、逆にそれが会場の皆様に和んでもらう効果をもたらし、総合的には良い出来だったと思う。本番の緊張と興奮で狂いがちになるテンポも安定していたし、すべての面で毎年続けている成果が着実に出ていたと思う。
まあ、自画自賛ばかりでは進歩がないから、近いうちに反省会を開いて厳しい意見を言い合わないとなるまい。
今回、私にとって最大の難関がギターデビューだった。以前、このブログで、他のメンバーのソロ歌唱の際にバッキングでちょろっと演奏するだけだと書いたのだが、ホントはちょっと違った。
実際にはバッキングの他にサプライズ?的に私の弾き語りコーナーも用意してあった。
自分の知り合いには事前に言いまくっていたのでちっともサプライズ的な空気にはならなかったが、そのほうが結果的に気が楽だった。
「人様の前でギターを弾きながら歌う」
私にとっては歴史的大事件である。人生の一大事といっても大げさではない。
どれほどビビって、どれほど心細くて、どれほど逃げ出したくなったか。そんな繊細な私の心の動きを他のメンバーはおそらく知らない。
他のメンバーは思春期の頃からギターをいじっている。人前で演奏した経験だってある。私は「50の手習い」である。心臓ドッカンドッカンである。身体中のいろんな「部位」が縮こまるほどだった。
でも、自分のキャラ的にあまりビビりまくるわけにもいかない。必死に強がって過ごしていた。
だいたい、自分の弾き語りの曲以外に通常通りにボーカルに専念する歌がいっぱいある。そっちが私の大事な役割である。
開場・開演前のリハーサルでも、本心では「オレの弾き語りデビュー曲だけを100回やらせろ」と言いたかったのだが、そんなことはオクビにも出さずに全体のリハーサルに励んだ。
で、開演である。
前座と称して他のメンバーはステージに出て行ってしまった。楽屋には私ひとりである。
落ち着かないから芋焼酎・黒霧島をカッカっと飲む。ユンケルも飲む。喉スプレーもシュバシュバする、胃薬も飲む。怪しい薬物に手を出すミュージシャンの気分が少し理解できた。
本番が始まりステージに行く。1曲目、2曲目、なんとか順調に歌えた。それぞれの曲で歌詞を間違えたのだが、誰にも気付かれないようにサラっと流すことが出来た。このあたりが年の功である。オジサマでよかったと思う。
3曲、4曲と順調に進む。例年通り3曲目あたりから開き直りモードに入る。緊張感は消えないのだが、徐々に楽しくなってくる。
そしていよいよ私の弾き語りである。船越に似ていると言われるので船越コラージュにしてみた。
結論を言うとトチらなかった。それが事実である。人生初なのに一応スムーズに出来た。およそ200個の目玉に見つめられていたのに何とかなった。出来映えは別としてトチらなかったのは奇跡である。
とても喜ばしいことだが、そんな簡単に満足してはいけない。高い目標を持って精進しようと思う。
それにしても、中年になってから足を踏み入れたオヤジバンドの世界が確実に自分の人生に彩りを与えてくれていることが感慨深い。
「断らなさそうだ」という理由だけでボーカルに誘われ、いつの間にか深みのある趣味に発展して、おまけにギターまで始めてジャカジャカやるようになった。
自分の中では革命みたいな変化だと思う。そんな場を作ってくれたバンドメンバーには心から感謝である。
私が「弾き語りデビュー」した曲の歌詞を紹介したい。敬愛する浜田省吾師匠の「Walking in the rain」という曲だ。
I'm just walkin' in the rain
口笛吹きながら 襟を立て ずぶ濡れで
I'm just walkin' in the rain
I'm just walkin' in the rain
立ち止まり 何故かと尋ねても分らない
I'm just walkin' in the rain
どこか陽の当たる場所を
探したけれど 今も見つからない
So I'm walkin' in the rain
I'm just walkin' in the rain
何もかも 遠ざかる
I'm just walkin' in the rain
時々 誰かの温もり 慰められて泣きたくなるけれど
But I'm walkin' in the rain
I'm just walkin' in the rain
ひとりきりさ いつだって
I'm just walkin' in the rain
ひとりきりさ いつだって
I'm just walkin' in the rain
なかなか切ない歌詞である。シングル生活をしている私にはグッとくる内容だ。
やたらと「ひとりきり」を強調している歌詞だが、今回のステージでは真ん中にいる私を左右からサポートするバンドメンバーが卓越したギター演奏で要所要所をサポートしてくれた。
ちっとも「ひとりきり」ではなかった。有難かった。
「ひとりきり」などと気取っている暇はない。来年の春頃にバンド練習を再開したら、今年以上に歌もギターもスパルタ特訓が待っているはずだ。
ちょっとビビっている。
2015年11月30日月曜日
ぐい呑み
心が熱くなる。実に良い言葉だ。ボンヤリと暮らす日常の中で、心が熱くなる場面など滅多にない。
色恋沙汰なら最高だが、あればかりは相手のある話なので思ったようにはいかない。
熱くなり過ぎないようにブレーキをかけるのもまた楽しい。イジイジする気分は案外と気持ちがいいものだ。
前振りが長くなったが、最近、自分自身でブレーキをかけているのが「葉巻」と「ぐい呑み」である。
タバコを「休憩」してはや5か月。なんとか続いている理由はおそらく葉巻だ。頻繁にプカプカしている葉巻はニコチンの塊である。
吸い込まない、ふかすだけと言っても、粘膜からニコチンを吸収しまくっている。おかげでタバコの禁断症状も気にならないのだろう。
今日は葉巻の話ではなく「ぐい呑み」の話。ここ数年、治まっていたぐい呑み収集癖が復活しそうなので、必死にブレーキをかけている。
10年以上前だが、病的にぐい呑み収集に励んだ時期がある。病的と書くと大袈裟だが、実際にトチ狂ったように連日、高いものから安いものまで買い続けていた。
ある時期は、外食も控え、潜水旅行も控え、使える小遣いはぐい呑みや徳利収集だけに投入していた。
いま思えばアホらしいが、その時はそれが何より楽しかった。探している時の楽しさ、気に入ったものを見つけた時の喜び、気に入らないものを買っちゃった時の後悔まで面白がっていた。
都内の陶器専門ギャラリーに出かけるのはもちろん、全国の窯場めぐりに精を出し、各地の骨董市も覗いた。
備前や唐津には何度も行ったし、東海地方、関西、山陰、九州あたりに焼物だけを見に行った。
ネットオークションのチェックも日課になっていた。現代の人気陶芸家の作品だと骨董とは異なりニセモノを掴んじゃうことは希だ。
オークションサイトでお気に入りの作家の名前を登録して、新規出品があったら自動的に通知されるように設定していた。
コレクションが増え過ぎちゃったので、酔っ払うと気前よく人にあげちゃうことも多かった。後になって青くなったこともある。
幸か不幸か、熱はある時を境に治まるもので、ここ5~6年は収集癖もすっかり無くなり、自宅での晩酌の際にお気に入りのぐい呑みを楽しむ程度で済んでいた。
ところが、この秋ぐらいから「マイ・ぐい呑み」を持ち歩くことが増えた。いくつか持っているビジネスバッグには昔から常にぐい呑みを入れてあるのだが、プライベートで飲む際には手ぶらで行く機会が多く、なかなかマイ・ぐい呑みを使う場面がない。
ところが、最近は手ぶらだったとしてもスーツの胸ポケットに無理やりぐい呑みを格納して持ち歩くこともある。これからコートの出番となればポケットのサイスモ大きくなるからマイ・ぐい呑みの出番はもっと増えそうである。
なるべく新しいものは買わないようにしているのだが、ここ1,2か月、夕暮れの街をさまよっていると、ついつい器を売る店を覗いてしまう。
覗いてしまうと、欲しくなる。悪循環である。我慢しようと自分に言い聞かせる一方で、一期一会だ、出会いだ等々、屁理屈が頭に浮かぶ。
結局、コレクションがいくつか増えてしまった。ヤバい傾向である。危ない危ない。
マイ・ぐい呑みを持参してウマいものを食べに行くのがまた楽しい。ひとり酒だったら尚更である。ぐい呑みは酒を満たすと表情が変わる。そんな変化を眺めながら過していると気分もゆったりする。
初めて訪ねた料理屋さんなどで、ぐい呑み一つで会話が弾むこともある。カウンターを挟んで初対面の店主と客が小さな土の塊をきっかけに打ち解けるのも「いとおかし」だと思う。
ひとり酒やひとり旅の話ばかりだと、友達もいない偏屈人間だと思われそうだが、温泉旅館にひとりで出かける時の相棒にもぐい呑みはもってこいである。
小さいから邪魔にならないし、小さいからこそ可愛く愛おしい。風情の異なるぐい呑みを3つほど選んで温泉旅館に持参すると夕飯の時間が無性に楽しくなる。
気分は三蔵法師である。3つのぐい呑みはそれぞれ孫悟空、猪八戒、沙悟浄だ。とっかえひっかえ酒を注ぎ、料理ごとに使い分けて楽しむ。
特別な準備はいらない。ただぐい呑みを並べて酒を注いで調子よく酔っ払うだけである。実に簡単だが、その割に風流な気分にもなれて大人の遊び方としては悪くない。
そんなことを書いているだけで、温泉旅館に籠もりたくなってきた。温泉に浸かるというより、温泉旅館の上等な夕食をマイ・ぐい呑みとともに楽しみたい気分だ。
日頃はぐい呑みをポケットに一つだけ忍ばせているから、もっぱらひとり酒専門だ。ひとり酒も悪くないが、時には人恋しい時もある。
お気に入りのぐい呑みを二つ持参して、差しつ差されつの時間を過ごすのも悪くない。そんな艶っぽい時間を過ごすためにはひとり旅ばかりではダメである。
頑張ろうっと。
2015年11月27日金曜日
銀座 鮨わたなべ
飲食店の新規開拓はどことなく旅に似ている。なんとなく興味を持って、勝手に想像して、実際に行ってみて、楽しかったり、失敗だったり・・・。二度と行きたくない店もあれば、何度も行きたくなる店もある。
今日は、最近初めて入ってみたお寿司屋さんの話。短期間に何度もリピートしたから私にとっては良い“旅先”だったのだろう。
銀座5丁目、並木通りと中央通りの間にあるビルの3階に構える「鮨わたなべ」。入口までのアプローチがウマいものへの期待を膨らませてくれる。
店内はモダン過ぎたり、無機質過ぎることもなく、適度なドッシリ感があって大人がくつろげる雰囲気だ。カウンターの奥行き、椅子の間隔ともに余裕があって心地良い。
店主が若造ではない点がとくに良い。なんか変な言い方だ・・・。でも飲食店の場合、「こだわりがありそうなオッサン」がカウンターの向こう側でデンと構えていてくれると妙な安心感がある。
この店の大将は、キッチリした寿司職人の雰囲気がプンプン漂っている。いい感じに年を重ねた風貌で、弟子の立場だったらきっと恐そうである。そういう感じが良い。
かといって無愛想というわけではなく、しっかりそれぞれの客に目を配り、余裕のある応対をしている。
若い店主の店で時々感じる気負った感じ、力んじゃった感じはない。だから居心地が良いのだと思う。
肝心の食べ物は極めて正統派だ。ツマミにしても握りにしても、奇をてらったものではなく、オーソドックスなものが中心。ただ、それぞれの産地や質に相当なこだわりがあるようだ。
カツオ、アジ、タコ。こう書くとごく普通のラインナップだが、目ん玉丸くして驚いたり、変なうなり声を出すぐらい美味しかった。凄いことだと思う。
ツマミも酒盗や塩辛、筋子、なめろうなど酒飲みが素直に喜ぶものをサラっと出してくれる。他にも香箱ガニは湯葉と和えて出したり、一夜干しの焼き物も出てきたり、短期間に続けて行ったのだが飽きちゃうことはなかった。
真っ当なお寿司屋さん。単純な言い方だがそれが一番的確かもしれない。ポツポツと無駄話を交わしていると大将のこだわりが随所に垣間見えて楽しい。
なんでもかんでも塩で食べさせようというヘンテコな風潮にブツクサ言う私にも激しく同意してくれた。でも、調子に乗った私がユズやダイダイ系も寿司屋には不要だと熱弁をふるったのに、大将は九州の出身で子供の頃からのユズ・ラバーだった。ちょっとシュンとする。
ネットの口コミによると、こちらの大将は江戸前仕事をウリにする名店の出身だそうで、実際に“仕事系”のネタがとても美味しい。
とくに印象的なのがアナゴや煮ハマグリなどに塗るツメだ。この店のツメはネタそのものと付かず離れずの絶妙な味わい。ツメ自体が突出するような感じがなかった。
コハダはもちろん、白身魚の昆布締めやヅケマグロの味の加減も強すぎず弱すぎず、いいあんばいだ。全体にもっと強い味を予想していたが、良い意味でさりげない風味だと感じた。バランスが良いのだろう。
イマドキのお寿司屋さんの中には、修行僧みたいな大将の気むずかしい空気がウリ?だったり、変にモダンで無理やりワインと寿司を組み合わせようとしたり、先日、このブログでも書いたような「おまかせ絶対主義」だったりと、「何だかなあ~」と言いたくなる店も少なくない。
それにくらべて、こちらの店は「ごく真っ当なお寿司屋さん」だと思う。「上質な普通」と言いたくなる。普通を上質に昇華させることは並大抵の技量では無理だと思う。
オシャレとかスノビッシュとか、本来はお寿司屋さんの世界に不必要な要素をしっかり排除している感じもかえってカッコイイ。
値段についても場所を考えれば真っ当だろう。平気で勘違いしたような値付けをする店が多いあの街では良心的なほうかもしれない。
アレコレと書いていたらまた行きたくなってしまった。
2015年11月25日水曜日
新橋がある幸せ まこちゃん
私の職場は池袋である。「富豪」という言葉にふさわしくないディープな街だ。池袋という魔界で働いているから「富豪」などという言葉を使いたくなってしまうのかもしれない。
松濤や一番町あたりだったら「松濤で働く“福”社長日記」とか「一番町ジャーナル」といった気取ったネーミングになったかもしれない。
大都会東京でも街ごとのカラーは厳然と存在する。新宿、池袋、渋谷。麻布、六本木、銀座。はたまた下北沢、中野、吉祥寺。ほかにも亀戸、錦糸町などなど。場所の名前を聞いただけでそれぞれの人が「特定のイメージ」を脳裏に描く。
マイケル富岡が歩いていそうな街、叶姉妹が歩いていそうな街、吉田類が歩いていそうな街、なぎら健壱が歩いていそうな街。なんとなくではあるが、その「なんとなく」こそが実際に東京を多種多様に彩っている。
で、本題。
今日は新橋について書く。「新橋がある幸せ」である。夜の新橋をほっつき歩いていると、いつも私の頭の中にはその言葉が浮かぶ。
「暖炉がある幸せ」とか「イングリッシュガーデンがある幸せ」みたいなそんな意味合いである。
東京にとって、いや、東京人にとって、いや、厳密にいえば東京のオジサンにとって新橋は聖地である。「新橋がある幸せ」である。
東京のカオスを象徴する新橋は、歴史のある料亭から違法風俗店まで何でもござれだ。大衆路線か高級路線かといった線引きが出来ない奥深さがある。
あの街のシンボルでもある「ニュー新橋ビル」を例に取っても、グルメな人々に高い評価を得ている江戸前寿司の名店と怪しげな呼び込みをするマッサージ屋が仲良く混在している。その近くにはエロ玩具を普通に売っている店もある。
カオスな新橋のエラい点として「怖くない」ことも見逃せない。実際には甘くない部分もあるだろうが、新宿的な怖さ、六本木的な怪しさは無い。オシャレな感じや高級な雰囲気をウリにしていない繁華街としては特筆すべき点だと思う。
そこまでベタ誉めするなら、日々、新橋をさまよえば良さそうなものだが、アマノジャクな私は新橋にはたまにしか行かない。
お隣の銀座にはちょくちょく出没するのに、新橋には逆に思い入れがあるのだろうか。ひょっとしたら「ふるさとは遠きにありて思ふもの」(by 室生犀星)みたいな感覚かもしれない。
新橋イコール大衆酒場である。大衆酒場イコールホッピーである。ホッピーイコールもつ焼きである。もつ焼きイコール「まこちゃん」である。いまや新橋に5店舗ぐらいあるみたいだ。
「まこちゃん」を知ったのは、吉田類の酒場放浪記である。BS―TBSはあの番組のおかげで何とかもっているという話を聞いたことがある。
もつ焼きは安定的にウマい。冒頭の煮込みの画像もまこちゃんである。レバフライやハムカツなどの大衆酒場の王道メニューが揃っていてオジサマ達を幸せにしてくれる。
ブリオーニやトムフォードのスーツを着た人が絶対にいないであろう新橋の大衆酒場は東京の「素」を感じる場所である。
カッコつけずに気取ることなくゲップしたりアクビしたり、爪楊枝でシーハーしながらお手軽に酔っ払える。磯野波平さんやマスオさん、アナゴさんだって新橋で飲んでいるような気がする。
オマケに「新橋で酔ったぜ」という有難い気分になる。こればかりは思い込みの強すぎる私だけの感覚だろうか。多分そうだ。
浅草の大衆酒場のように江戸情緒の残り香が少し漂うような雰囲気とは微妙に違うのが新橋の特徴だろう。
生粋の下町東京人だけが集まって醸し出す空気感ではなく、日本中から集まった人々によって作られたリアル東京が発するオーラみたいなものを感じる。「濃すぎない東京っぽさ」とでも言おうか。
私の場合、新橋をさまようと、ついつい煮込みとモツ焼きばかりだ。美味しそうな焼鳥屋も寿司屋も小料理屋もゴマンとあるのにちっとも開拓できない。
おまけに臓物ばかりじゃ豚に申し訳ないような気分になって、身の肉も食べようと豚丼専門店に突撃することもある。酔っ払い特有の考え方である。
ニュー新橋ビルに入っている「豚大学」の豚丼である。50歳を超えたような客は少数派みたいだ。そんなことは気にしない。温玉をぐちょぐちょにして豚丼にドッヒャーとかけて食べるのもタマランチンである。
某日、煮込みにホッピーでホロ酔いになってから豚丼ガッツリという流れになった。その後、無性に葉巻が恋しくなってテクテクと銀座8丁目のシガーバーに向かった。
ほんの5分も歩けば、一気に街の気配が変わる。夜の銀座の空気に包まれる。この急激な変わりようもまた面白い。池袋や新宿だったら、どこまで歩いたって池袋や新宿のままである。
でも、「新橋モード」にどっぷり浸ってから銀座のシガーバーに行くと、なんとなく落ち着かない。「なにを気取ってやがる!バカ!」と自分を叱りたくなる。
やはり、新橋に出向いた夜は新橋で完結させるのが正しいのかもしれない。
2015年11月20日金曜日
つぶやくのは難しい
文章は短ければ短いほどエラい。乱暴な言い方だが、文章の世界における真理?である。短い文章の中に言いたいことの要点を上手に盛り込むことは難しい。
短文の名手。つくづく憧れる。昭和の文豪と呼ばれるような人達は誰もが短文の名手だろう。長年書き綴った個人的な日記が後々、文学的に高い評価を得ていることがその証だ。
以前、永井荷風と谷崎潤一郎が終戦前夜に疎開先の岡山ですき焼きを食べた逸話をテレビのドキュメンタリー番組で観た。
二人の文豪が残した日記からそれぞれの思いを紹介していたが、さらっと書かれたような短い日記の中に当人のさまざまな想いが想像できて興味深かった。
ということで、日頃、冗長になりがちな当ブログの反省?を込めて、今日はここ最近の身辺雑記を短文にまとめてみた。
★その1
医者の問診の際、常用薬を聞かれて「太田胃散」と答えたら軽くスルーされた。愛する太田胃散に対してリスペクトが足りない医者に腹が立つ。
でも、ハゲ予防薬を毎日飲んでいることを恥ずかしくて言いそびれた私もダメである。ハゲ予防薬に対して失礼なことをしてしまったと反省。
★その2
飲みすぎて気持ち悪くなってタクシーに乗りたくない時がある。そんな時にピッカピカのレクサスのタクシーにあたった時の喜びは、セクシーな女子とムフフになった時の喜びより大きい。いや、やっぱりセクシー女子のほうが嬉しい・・・。
でも「オンボロタクシーと同じ料金じゃ不公平だなあ」とか言ってチップを多めに置いていく自分のお調子者ぶりを後悔する。ついでに、そんなことを後悔する自分のセコさも後悔する。
★その3
スマホでメールを打つ際に老眼・近眼に加えて指がデカいから予測変換の候補一覧の違うところを押してしまう。「想像するだけで興奮する」と打ったつもりが、「相続するだけで興奮する」になっていた。自分が凄く不謹慎な人間に思えた。
ちなみに以前、元妻とのメールのやり取りの際に「扶養親族」を「不要親族」と間違えたことがある。「不要」になったのは誰なのか?オレか。。。
★その4
若い頃はカタカナが苦手な年寄りを小馬鹿にしていたが、どうも最近は自分もそっちの仲間入りである。「スワロフスキー」が思い出せずに「アダムスキー」と言ってしまった。それはUFOの種類である。
「あれあれ、なんだっけ、そうだ、ブレジネフ」と言ったこともある。昔のソ連の偉い人の名前だ。 「フ」しか一致してない・・・。
いろいろ書いてみたが、すべて実話である。アホみたいな日常が垣間見える。それにしても、やはり短文を作成するのは難しい。
ツイッターは140文字という制限があるらしいが、ここに書いた話はすべて字数制限をオーバーしている。
ツイッターを始める予定は無いが、あれを活用していれば短文能力を向上させる効果があるのかもしれない。
なんだかんだ言って、私は余計なことを書きすぎる傾向にある。上に列挙した出来事もオチをつけたがるからダラダラしてしまう。
★その5
10月にスペイン「トレド」を旅してきた私の話を料理屋の板前さんがフランスの「ルルド」と勘違いしているのに最後まで訂正できずに話を合わせた自分は優しい人間だ。
★その6
何となく恥ずかしくて使いにくい「オナニー」という言葉は、聖書に出てくる「オナン」という人の名前が語源だと知って驚く。世界中にいるだろう「オナン」という人の肩身の狭さに同情する。
この2つのように簡潔明瞭にして余計なところに話を飛ばさないようにすれば正しい?短文になるのかもしれない。
ツイッターはやっていないのだが、Facebookにはマヌケな話をポツポツと投稿している。必然的に短文になるように意識しているので、あの感覚をもっと普段の文章にも活用すべきなんだろう。
ちなみにFacebook上で、最近わりとウケた投稿を引用してみる。
廊下ですれ違ったマンションの住人に挨拶して無視されたので「なんとか言えよ」と小声で毒づいたつもりが「どうもすいません」と切り返されてたじろぐ。
恥ずかしい話だが、実話である。年齢とともに感度が低くなったのか、心の中でつぶやいたつもりが普通の音量で口に出してしまったようだ。
それよりも、この投稿は短文の中に中年男が抱える世間への不満と様々な人生への葛藤や戸惑いが浮き彫りになっていて読む人の心を揺さぶる文章だと思う。
大ウソです。すいません。
でも、読み返してみると、短い言葉の中にスムーズに状況を描写できたような気がして我ながら悪くないと思った。
なんだか今日は身辺雑記が書きたかったのか、短文講座?だったのかよく分からない内容になってしまった。
2015年11月18日水曜日
銀座 鳥繁本店
肉の中でも鶏肉が一番好きなのに最近はなぜか焼鳥屋に行っていない。寿司、ウナギ以外には「モツ焼にホッピー」が定番?になっちゃったせいだろうか。
で、今まで10年以上、横を通り過ぎるだけで入ったことのなかった焼鳥屋に行ってみた。
銀座にある鳥繁本店。なぜかドライカレーが有名な老舗焼鳥屋だ。モダンにカッチョよく焼鳥を食べさせるイマドキの高級焼鳥屋とは一線を画したオジサマ達にとって居心地の良い店だ。
大衆的な価格の店ではない。でも、レトロっぽいというか、下町の雰囲気もあるような大人の男にとってシックリくる店だと思う。
ソムリエまで出てきちゃうようなオシャレすぎる焼鳥屋は落ち着かない、かといって煙モーモーでぎゅうぎゅう詰めの焼鳥屋もイヤだという場合、鳥繁はもってこいだろう。
接客も丁寧だし、喧騒も適度で肝心の焼鳥も普通に美味しい。値段には疑問を感じる人も多いだろうが、こればっかりは、いわば「銀座流」である。
おでんだって客単価1万円ぐらい取る店が珍しくない夜の銀座では、赤ちょうちん的な路線とは異なる焼鳥屋がゴロゴロしている。鳥繁はそうした系統の元祖みたいなものだろうか。
1本あたり500円ぐらいする。もっと高値の串もある。そうはいっても、1本あたりがかなり大きいので、小食の人なら5本ぐらいで充分、そうでなくても7~8本も食べれば満腹になる。
幸か不幸か、焼鳥以外のツマミがさほど用意されていないので、必然的に焼鳥を食べて、名物のドライカレ-で締めるパターンが基本である。
お酒もしっかり飲めば一人あたり7千円程度にはなる。値段だけみれば、晩酌ついでに焼鳥7~8本を楽しむコストとしては高い。
そうはいっても、食べ応えのある鶏肉で満腹になり、名物の銀のヤカンから職人芸のように注がれる燗酒で酔っ払うと、独特の満足感を味わえる。
銀座のお燗酒といえば、こだわりのヤカンでまろやかな味わいを演出する「やす幸」、「おぐ羅」あたりのおでん屋さんが有名だが、この店は「ヤカン+空中から注ぐ」パフォーマンスで酔客を楽しませてくれる。
鴨の串にこだわりがあるようで、鴨ロース焼きは肉厚で食感も良くジューシーで味わい深い一品。でも1本1400円もする。この日は初訪問だったし、このブログのネタ探しという側面がなかったら注文しなかったと思う。
こちらは鶉(ウズラ)。これまた店の自慢の一品らしい。通常の鶏とは違う食感で味もとても濃厚だった。でも、これも1串1500円である。
「富豪」と称するブログを書いている以上、注文しないわけにはいかない。そんな意味不明?な使命感がなかったら注文しなかったと思う。
そのほか、つくねやねぎ間、せせりなど一般的な焼鳥は普通に美味しく、真っ当で真面目な仕事ぶりを感じさせる。
デートに使うようなオシャレな感じはない、難しい相手を接待するような気張った感じもない、かといって、一人でどんよりタメ息つきながら演歌を聴いてイジケる感じもない。
うまく言えないのだが「ちょうど良い感じの店」だと思う。気心の知れた男の友人と差し向かいで飲むのも良い、3~4人で卓を囲んでも良い。キャピキャピしていない女性を連れてカウンターでしっぽりもアリだ。
ちなみに冒頭に画像を載せた名物のドライカレーは好みが分かれそうな一品だった。
あまり具が入っておらず、ご飯は硬めである。私にとっては最高である。グリーンピースなどロクデナシみたいな野菜が得意気に入っていたら興醒めだが、そういうふしだらな連中は見当たらない。
それより何よりベチャっとしていないことが素晴らしい。ボソボソ、ボリボリ、ポソポソ・・・。なんだかそんな書き方をするとマズそうだが、私にとってはそんな食感こそラブリー?である。
味付けも少し薄いぐらいで、それまで美味しく食べていた焼鳥の余韻をブチ壊すようなこともない。
大袈裟かもしれないが、正しい大人のためのジャンクフードである。軽い感じのせいで、飲んだ後にガッツリ食いをしてしまう罪悪感に襲われることもない。
酔っ払って食べるチャーシュー味噌ラーメンや牛丼特盛りはファンタスティックな味がするが、翌日の夕方ぐらいまで調子が悪くなる。その点、鳥繁のドライカレーなら安心だ。
「持ち帰り用・3人前」という禁断?のメニューがあることも知ってしまった。
そう遠くないうちにテイクアウトしたドライカレーをバーかクラブに持ち込んで葉巻をくゆらせながら、デザート?としてウホウホ食べている自分の姿が脳裏に浮かんでいる。






