2020年8月3日月曜日

保守的な酢豚、ウマいチャーハン


少し前にウマいチャーハンを探し求めてさまよっている話を書いた。その後も“中華飲み”の際にはシメにチャーハンを食べようと考えているのだが、なかなかたどり着けない。



冷菜の蒸し鶏をパクつき、餃子でビールをグビグビ楽しみ、卵料理などを味わえば満腹になってしまう。さっさとチャーハンを注文すればいいのに、ダラダラと酒が飲みたい時はそうもいかない。

それにしてもウマい中華料理屋の卵料理にはムホムホさせられる。高級中華ではなく、いわゆる町中華のウマい店の卵料理にとくに惹かれる。



火を入れすぎない卵の悩ましげな食感に油っぽさが加わるわけだから官能的な味わいだ。エビと卵の組み合わせが一番好きだ。

トマトと卵の炒めも好きだが、ヘタな店だと水っぽいだけだったり、卵に火が通り過ぎていてマズい。エビたまのほうが無難なことが多い。
  
ここ23年、食べられる量が加速度的に減ってきた。加齢である。なのにデブは維持している。代謝と間食が問題なんだろう。

量とともに加齢を実感するのが「野菜を食べちゃうこと」である。一昔前まではチンジャオロースのピーマンをせっせと除けて単なる「細切り肉とタケノコの炒め」として食べていた。


酢豚だって豚肉以外は残していたから、その残骸はまるで赤ちゃんの食後の皿みたいになっていた。

今は違う。チンジャオロースだって普通に食べるし、酢豚の野菜を割と普通に食べる。ニンジンはイヤだが、タマネギは好んで食べる。



高級中華でよく見かける黒酢の酢豚は、野菜がいっさい入っておらず、豚肉だけを食べるパターンが多い。

10年前には大好物だったが、今ではタマネギが無いことが淋しくて普通の酢豚のほうが好きだ。ヤキがまわったのだろう。

こちらは高級路線の店で食べた一風変わった酢豚だ。トンカツ的な見た目である。揚げ豚に酢豚ソースがかかっている。野菜は付け合わせとして置かれている。



トンカツが大好きな私が狂喜乱舞しそうな仕上がりである。でも頭の中が酢豚モードになっている時は、やはり普通の酢豚のほうが嬉しい。

肉丸出しのこんな一品より野菜が主役みたいに混ざり込んでいる酢豚に軍配を上げちゃうわけだから、まさに加齢である。

さて、本題だったはずのチャーハンに話題を戻す。

先日、ようやく納得の“町中華チャーハン”に出会った。銀座一丁目と宝町の間ぐらいにある「菊凰」という店だ。

小さい店だが、何となくキチンとした感じの店構えで、出てくる料理も全体的にキチンと丁寧な印象だった。



五目チャーハンは1000円である。町中華という範疇では高い部類だろう。でも相場価格(700円~800円ぐらい?)でマズいチャーハンを食べるなら、こっちのほうが遙かに満足できる。

高級中華お得意のパラパラ感とは違うが、ベチョっとしているわけではない。味も強すぎず、具材の旨味が感じられて「ニッポンの正しきチャーハン」という印象だった。

職場からも家からも近いので、チャーハン気分になったらアチコチ冒険しないで、ここでおとなしく食べていれば間違いないのかもしれない。

上に載せた古典的な酢豚の画像もこの店のものだ。席数に限りがあるし、カウンター席も無いから飲むというよりしっかり食べる雰囲気の店だ。

ボリュームもあったし、チャーハン一本勝負で訪ねるのもアリだと思う。酒を抜きたい日にまた行こうと思う。

2020年7月31日金曜日

ギャランドゥ 焼きそばUFO


50代も半ばになると若い人とのジェネレーションギャップは想像以上である。私も感覚的には昔と同じつもりでいたが、若者から見れば異人種レベルの古い人だ。

社会人になった時、まだインターネットは無く、一人一台のパソコンがデスクに置かれていたわけでなく、携帯電話も無かった。

新人とはいえ社会人だから一応は大人である。大人になっていた時点でそんな環境だったわけだから今の若者から見れば原始人みたいだ。

先日、若者との会話の際に「ギャランドゥ問題」が勃発した。我々の世代にとっては単なるヒデキの歌である。わがオジサマバンドの昨年のライブでも昭和メドレーの中にギャランドゥを盛り込んだぐらいポピュラーだ。



もちろん、私だってそれなりに世情に明るいから、ギャランドゥという言葉がヘソから下の毛を表す隠語として使われていることは知っている。

「あの人のギャランドゥは結構凄いな」「毛深いねえ、ギャランドゥだね~」といった使われ方である。そのルーツがヒデキの水着姿に由来することも知っている。芸能人水泳大会のヒデキはワイルドだった。

ちなみに、ネット上で「ギャランドゥ」を検索したら1ページ目の上位に「ギャランドゥの画像(1,140,000件)」というシュールな検索結果が表示された。


もちろん、ヒデキ・バリバリの画像もテンコ盛りだった。ヒロミ・ゴーがまだまだ奮闘しているのにヒデキがこの世にいないことがつくづく残念である。

もっともっと長生きしてもらって、プールサイドで白髪交じりのギャランドゥを披露してもらいたかった。

ちなみに私のギャランドゥも下の方に行けば行くほど白いのが目立つようになってきた。以前は引っこ抜いていたが最近はあきらめ気味である。ワイルドだろう~って言いたいところである。どうでもいいか。。。

ちなみにウィキペディアに載っていたギャランドゥの語源解説が詳しかったので、画像を貼っておきます。



さてさて、若者との会話を「ギャランドゥ問題」とまで表現したのには理由がある。

私が驚いたのは、まず、その若者がヒデキを知らなかったこと。次にギャランドゥが歌であることを知らなかったこと。そして極めつきはギャランドゥを身体の部位を表す正式な用語だと信じていたことである。

つまり、マッスルとかフェイス、ヒップ、スキンといったカタカナ表記の普通名詞だと認識していたわけだ。

ギャランドゥの出世?ぶりにオジサマとして卒倒したくなった。草葉の陰でヒデキはどう思っているのだろう。

まったく話は変わる。

カップ焼きそばUFOとピンクレディーの関係を知らない人が多いことにも驚いた。我々の世代にとってUFOはピンクレディーの大ヒット曲とタイアップして一気に普及した記憶がある。


ウィキペディアで調べてみたら焼そばUFOが発売された翌年あたりにピンクレディーとコラボしたそうだ。

私は勝手に歌とカップ焼きそばがメディアミックスのような形で同時に誕生したのかと思っていたが、実際はたまたまだったらしい。

とはいえ、後発商品だった焼そばUFOが爆発的に普及したのはピンクレディーの影響だったことは間違いない。



UFOはペヤングと並んで今の日本中どこのコンビニやスーパーにも置かれている定番商品だ。揺るぎない地位を占めている。

ピンクレディーとの関係性を若者が知らないのも当然だが、勃興期を知るオジサマとしては歴史の風化がちょっと淋しい。

願わくば、とっくに還暦を過ぎたミーちゃん、ケイちゃんのお二人には生涯に渡って焼そばUFOが贈呈され続けて欲しい。

2020年7月29日水曜日

函館 ウニ イカ イクラ

連休は函館でぶらぶらしてきた。前の週の段階でマイルを使った無料航空券が予約できるところを探して都合の良い便が取れたのが函館だった。


久しぶりの遠距離旅である。函館は過去に10回以上、いや20回ぐらいは訪ねた場所だから、旅の醍醐味である「知らない街を歩く」という点では楽しみに欠ける。

でも、勝手知ったる場所だから効率よく過ごせる利点もある。とくに目的も無く、ふらふら散歩したり、レンタカーであてもなくドライブしたり、ウマいものを食べまくって過ごした。




泊まったのはセンチュリーマリーナ函館。昨年出来たばかりの温泉付きの宿。鉄分バリバリの茶色い温泉としょっぱい温泉の2種類を備えていてアッパレだ。

とくに目的が無い旅とはいえ、この時期はウニが美味しい季節だから、ウニざんまいは外せない。

最初の晩にさっそく「うにむらかみ」に向かう。朝市エリア内の本店の他に駅のそばに新たな支店が出来ていたのでそちらに向かう。

函館界隈では高い部類の店だが、その分、極めて真っ当な無添加ウニを揃える専門店である。昔から何度も通っているが、支店が出るまでになるのも当然だと思う。






お店の名物であるウニの佃煮とウニの味噌和え、ウニ刺し、塩水ウニ、焼ウニだ。こんなものを並べて冷酒をカピカピ飲んでいると、つくづく日本人に生まれて良かったと痛感する。

箸休め用に注文したイカ刺しもしっかりハラワタ付きである。ゴロとも呼ばれるハラワタを生のままで食べさせてくれるのがイカの街・函館の特徴だ。



生のままで食べるイカワタはクリーミーで酒肴としてはMVP級の一品だ。珍味業界の大谷翔平と呼べるぐらい得がたい存在。

このブログでも随分昔からベタ褒めしている。


以前だったら、しっかり飲んだあとのシメは迷うことなくウニ丼を選んだが、寄る年波のせいか、今回は石焼きウニ飯という変わったメニューに挑んでみた。



石焼きビビンバ的な食べ方だ。これがウマかった。しっかり無添加ウニが盛られたご飯をアチアチの石焼き器の中で混ぜ合わせる。マズいはずがない。優しい味わいにホッコリした。

次の日は天気にも恵まれレンタカーでふらふらと人のいないエリアを目指してドライブ。対岸の青森・大間と並ぶマグロの本場・戸井のほうまで走る。

夏の陽を受けて光る海を眺めながら、のどかな海岸線を走る。心が洗われる。コロナの不安をひととき忘れられるノンビリした光景の中に身を置くことは精神衛生上とても良いことだと痛感。



その後は立待岬や周辺エリアを人の少ない時間を狙ってウロウロする。コロナ以前の大らかに過ごしていた感覚を思い出したような良い時間だった。

ウニざんまいの食事の他にもアレコレと食べまくった。二日目の朝は朝市の中の適当な店に入ってイクラ丼ならぬイクラ重にムホムホした。



店の名前は忘れてしまったが、1500円以上のメニューを注文すると茹で毛ガニサービスというフレコミに惹かれて入店。

運良く、茹でたて間もないミソもキチンと黄色い状態の小ぶりの毛ガニが無料で食べられたからバンザイである。



ついでにホッキも頼む。ちっとも“ついで”では無い存在感に興奮した。

ウニとイクラ。オジサマ族にとっては不健康シリーズである。痛風を招くプリン体が多いのはウニだ。イクラはさほど問題ない。とはいえ、イクラは高コレステロールの代表格である。

要するに悪い要素はそれぞれ違うということ。私の健康法?はウニをしこたま食べたら翌日はイクラをがっつり食べる、その翌日はまたウニをどしどし食べるというメリハリに気をつけることだ。

これならウニとイクラのドカ食いをセットで続けるよりも日によって片方づつしか食べないから安全!?である。



というわけで、3日目の朝はまた朝市エリアに行って、前の日はいっさい口にしなかったウニを頬張ってきた。

無添加ウニを使ったウニ丼をウニ2倍盛りで頼める「あけぼの食堂」を選んだ。この日は夏期限定のエゾバフンウニも追加料金で選べるということで、そちらを選ぶ。

こういう頼み方をすると都内中心部の高級ウナギ屋の上等な鰻重よりもヘタすると高い値段になってしまうのだが、富豪を目指す私としてはここでケチってはいけない。



ニシンの焼き物とイカソーメンも注文して朝っぱらから豪勢な一食になった。つくづく健康でいることは大事だと思った。

ウマいものを食べ、綺麗な景色を眺め、のんびり温泉につかる。こういう喜びを久しぶりに味わえたことが嬉しかった。

ウイルスを正しく怖がり、正しく注意しながら時々はこんな時間を過ごせるようにしたい。

2020年7月27日月曜日

健脚になりたい 伊能大先生


暑くなると散歩に励みたくなる変な性癖がある。汗をかくせいで「運動したんだぜ」という錯覚を味わえるからだと思う。

先日、30年ぐらい前に住んでいたエリアを散歩してみた。私が24才の頃から3年ほど住んだマンションの中に勝手に入ったりしながら当時を懐かしんだ。

そのマンションの横は公園で、盆踊りの頃には爆音で騒ぎ立てるのが迷惑だった思い出があるのだが、何とその場所に「トキワ荘」が復元されていて驚いた。



マンガの聖地である。昭和の人気漫画家がこぞって暮らしたアパートを復元した観光施設である。町興しにつなげようという取り組みだ。

私が住んでいた頃は、トキワ荘のトの字も聞こえてこなかったが、公園の名前もトキワ荘公園になり、通りの名前もトキワ荘通りに変わっていた。

周辺には昭和レトロを感じさせる雑貨屋やカフェも出来ていて急な変わりようである。あざとい、いや画期的な取り組みだろう。人出も多くなって街に活気が出ればいいことだ。

別な日、杉並区内の実家を訪ねる機会があった。今は幹線道路沿いのちょっと騒々しいマンションに暮らす私としては、実家の庭の緑を見回すと、静かな環境に心が洗われる。



都心のど真ん中に住んで便利さを享受するのも快適だが、本当は緑の多い静かな環境に身を置く方が人間らしい暮らしなのかもしれない。

老後はどんなところで暮らそうかと結構真面目に考えている私にとっては悩ましいテーマである。

実家の周辺を散歩するのも楽しい。なんてったって子供の頃に過ごしたエリアだ。事細かに思い出が甦ってくる。

ヨソ見しながら自転車をこいでいて激突した電信柱、デカい迷い犬に追っかけ回された路地、冬眠中のカエルを見つけて引っ張り出した空地、ロケット花火を打ち込んでみた建設現場の今の姿など、いろんな出来事を思い出しながら歩くのが楽しい。

ここが自分のホームタウンだったのだと痛感する。大人になってからは根無し草みたいな暮らし(大袈裟か・・・)だから、郷愁に浸りながらガラにもなく自分の人生を問い直したくなった。

話は変わる。

そんなセンチな散歩ばかりでは楽しくない。馴染みの無いエリアをキョロキョロしながら歩くのも散歩の醍醐味だ。

先日は、深川界隈を歩き回った。時代小説ばかり読むようになったから、江戸の町人達に思いを馳せながらの楽しい散策だ。




昔から残る仙台堀川沿いを歩いたり、無造作に置かれていた芭蕉像に驚いたり、古いお寺の由緒書きに見入ったりするのが楽しい。

小説の世界に頻繁に登場する深川不動や富岡八幡あたりは、数多くの記念碑や史跡案内板があって飽きない。

かの伊能忠敬大先生が全国測量に出発する前に安全を祈願したという話などを読むにつけ同じ場所に今現在自分が立っていることに感動する。



あの時代に50才から全国行脚したわけだから超人である。事業家として結構なリッチマンだったそうだから、私だったら隠居したら遊んで暮らすはずだ。

ところが伊能大先生は、隠居してから天文学などを学び始め、ひいては17年の歳月をかけて全国を測量しちゃう。まさに傑物。

もちろん。徒歩である。電車もバスも無い時代だ。道だって未舗装でスニーカーのような便利なものも無い。

江戸時代の旅は言うまでもなく徒歩である。「男十里に女九里」と言われたように、普通の男性は1日に40キロは歩いたわけだ。

当然、街灯は無いから日が出ている間にそれだけの距離を毎日毎日歩いた。ちょっと驚異的である。

140キロも歩くのは私には無理だ。もし歩けてもその後数日間は寝込むだろう。いや死んじゃうかも知れない。

それに比べて伊能忠敬大先生の健脚ぶりはスーパーマンとしか思えない。サロンパスも無い、ユンケルも無い、ポカリスエットもウォークマンも無い、休憩所に生ビールも無い。

一例をあげれば、北海道の根室のほうまで半年もかけて歩いて行ったらしい。あの時代だ。ずーっと未開の地を歩いて行ったわけだ。いったい何が彼を突き動かしたのだろう。

ほんの1時間も歩けばヒーヒー言ってしまう私としては、今後の散歩の際には常に伊能大先生を思いながら気合いを入れようと思う。

伊能大先生の話は、20年ぐらい前に映画化されたことがあったらしいが、もっと脚光を浴びなきゃいけないだろう。大河ドラマの主人公にすべき一人だと思う。






2020年7月22日水曜日

映画の話


いっぱしのオジサマのくせして映画「今日から俺は!!」が観たくてしょうがない。コロナにビビッって映画館はつい敬遠したくなるが、ガラガラの日を狙ってみようと思う。



昨年、テレビの連ドラで人気になったシリーズだ。私も幸か不幸かたまたま1話目を観たらハマってしまった。毎週毎週楽しみにしていたから映画版を楽しみにしていた。

さてさて、最近は映画館に足を運ぶ機会は激減した。Amazonプライムなどのネット配信のおかげで、家にいながら手軽に映画が観られるようになったのも理由だ。

このブログでも書いたが昨年ぐらいから突発的に時代小説にハマってしまったせいで、自宅で観る映画も歴史モノばかりになってしまった。

この1ヶ月ぐらいの間にも週末を中心にアレコレ楽しんだ。岡田准一が石田三成に扮した「関ヶ原」や堤真一が大石内蔵助をコミカルに演じた「決算!忠臣蔵」、市川海老蔵が熱演した「一命」、阿部寛が主演の「のみとり侍」、ほかにも玉木宏・石原さとみの「幕末高校生」というシュール?な作品も観た。



海老蔵の「一命」がとくに印象的だった。もう10年ぐらい前に公開されたそうだが、切腹をめぐる実に重たい話で見応えがあった。瑛太、満島ひかり、役所広司もさすがの演技である。

「関ヶ原」は正直さほど面白くなかったが、家康役の役所広司が印象的だった。もはや日本映画は「役所広司が出ていれば安心!」と断言しちゃっていいかもしれない。

意表を突かれたのが「のみとり侍」だ。何の予備知識も無く、あらすじも知らずに適当に選んで観てみたのだが、まさに“お口あんぐり状態”で見入ってしまった。



阿部寛やトヨエツがいにしえの日活ロマンポルノもびっくりのエロシーンを連発する映画だった。

セックスシーンはコミカルに描かれているので「爽やかエロ」ではあるが、かなり激しい描写もある。中途半端ではない潔さ?に感心してしまった。

最後は松重豊演じる殿様が迫力ある演技でどんでん返しに持って行く痛快なストーリーである。

なんとも妙な感じの作品だったが、逆にそれが他の映画とは比べられない独特さに繋がっていた。素直に面白かった。

Amazonプライムで観られなくなっていた「柘榴坂の仇討」はレンタル落ちのDVD700円ぐらいで見つけたので、わざわざ買って観た。



元は短編小説だから、映画ではちょっとストーリーを膨らませすぎた感じもしたが、情緒的なトーンが貫かれていて良かった。

率直に言って小説のほうが胸にグッと来た。単純に長いか短いかという部分が影響していると思う。

映画も闇雲に2時間という枠に囚われず70分とか80分ぐらいで仕上げちゃったほうが名作になる話は多いのかもしれない。

「柘榴坂」では主演の中井貴一が良かった。詐欺師を演じた「嘘八百」、総理大臣を演じた「記憶にございません」といった現代劇も良かったが、時代劇に出ているときの安定感はさすがだ。

20年近く前の「壬生義士伝」でも切なさと凜とした空気を兼ね備えた演技に泣かされた。もはや日本映画は役所広司と中井喜一、あとは佐藤浩市あたりが出ていれば安心である。

なんだかヘンテコなオチになってしまった。

2020年7月20日月曜日

酢の世界


先日、中華料理屋さんで五目焼きそばにビシャビシャと酢をかけて食べていたら同行者に驚かれた。

驚かれたことが私には驚きだ。ソース焼きそばではない。中華料理屋の五目焼きそばである。酢をドバドバ投入するのは標準的な食べ方だろう。



あの味付けはお客さんが酢をぶちまけることで完成するように計算されている。たぶん違うが私はそう信じている。

なるべく麺にはかからないように餡のほうにドバドバかける。猫舌の私は熱い餡を冷ましたい意味もあってビャービャーと酢を入れる。

時々酢を入れすぎてムセる。でも後悔はしない。あれほど酢と相性の良い食べ物はないのではないか。

お酢のことは子供の頃から愛していた。小学校高学年の一時期は、炊きたてご飯に酢をジョバっとかけて食べるのにハマったこともある。すし酢でない。普通の穀物酢をである。



いま思えば酸っぱくて食べられそうにないが、あの頃は美味しく感じた。

今もすし酢を多めに使った濃い味の寿司飯であれば、ネタが無なくてもそれだけでいくらでも食べられる。



お気に入りのすし酢だ。これを基準より多めに使ってやたらと硬めに炊いたご飯と混ぜれば、私にとってはエクスタシーを感じる食べ物になる。

おかず無しでも2合は食べられちゃいそうだ。さすがに物凄く太りそうなので泣く泣く我慢している。

酢の物も好きだ。もずくやメカブ、じゅんさいも好きだが、あれも酢の物だから好きなので、違う味だったら見向きもしないかも知れない。

生のタラコを酢にピトっと浸して食べるのも好きだ。これについては五目焼きそばのように同好の方々が見つからない。人に言うと珍しがられる。



偏食だった私の祖母がやっていたのを子供の頃にマネして好きになったのだろう。
ブキミだと思わずぜひ試していただきたい。

焼きタラコではちょっと違う。生が一番である。少し炙ったタラコはぎりぎりセーフである。酒のツマミにもなるし、ご飯のお供には最高だ。高級な酢や凝った酢ではなく、一番ベーシックな穀物酢を使うのがポイントである。

ラーメンに酢を投入することを知ったのは大学生の頃だった。並んでラーメンを食べていた友人が突然、酢を入れ始めて驚いた覚えがある。

恐る恐るマネしたらウマかったのでちょっと感動した。白米に酢をかけるほどの酢ラバーだったのに知らなかったことを後悔した。

私の場合、酢を入れるのは醤油系のラーメンだけだ。あとはあまりウマいとは思えない。あっさりした喜多方ラーメンみたいなタイプが良い。半分ほど食べて飽きてきたら、酢をドバドバいれて変化をつける感じだ。 

酢を愛する人々の好みはさまざまみたいで、唐揚げやカレー、納豆、チャーハンなどに酢を当然のようにかける人もいるようだ。

試してみたら意外にハマっちゃうような組み合わせは結構あるのだろう。皆様もぜひオススメ情報をお寄せください!

酢には脂肪の蓄積を抑えるダイエット効果や血糖値の上昇を抑えたり疲労回復効果があるそうだ。

おまけに高血圧やがんの抑制効果もあるとか。良いことだらけである。
  
一応、胃を荒らしたり、歯に悪いというデメリットもあるようだが、そんなものは付き合い方次第である。空腹時にいきなり酢を飲まなきゃいいだけだし、歯が溶けちゃうほど口の中を酢だらけに出来るはずもない。

効能だけに注目してこれからもドバドバと付き合っていきたい。

2020年7月17日金曜日

牛肉「コバウ」「ロウリーズ」


長生きしたいか。誰もが一応は長生きしたいと漠然と考える。ただ、今の時代は長生きといえば90才や100才という凄い話になる。

果たしてそこまで生きたいのか。何とも微妙だ。健康で経済的に問題なく何の憂いもないなら100才だって結構だが、現実はそうもいかない。

となると、長生きの定義はつくづく難しい。たとえば、健康に問題なく経済的にもそれなりに困らない状態で70才の時にポックリ死んじゃうケースと、困窮して長い間寝たきりになってしまった90才とではどちらが良いのか。

一概には言えないのかも知れないが、今の私なら前者のほうが幸福だと思う。多くの人がそういう考えだろう。

日本人の平均寿命が50才を超えたのは大正時代からだそうだ。それまでは70才だって充分過ぎるほど長寿だったわけだ。江戸時代なら今の私だって立派なご隠居年齢である。

日本人が長寿になった理由はいくつもあるが、肉を食べるようになったこともその一つだという。動物性タンパク質はいくつになっても大事な要素である。

健康的に長生きした人は晩年も肉をしっかり食べていたというのはもはや常識だ。私の祖父も死ぬまでステーキを食べていた。

もちろん、健康に良い肉は赤身肉である。肉といえどもベーコンやソーセージは塩分や添加物のせいで逆に寿命を縮めるらしい。

私はステーキだったらソーセージのほうが好きだから要注意である。ステーキや焼肉は滅多に食べなくなった。牛肉が重たく感じてついつい敬遠してしまう。




先日も付き合いで仕方なく焼肉屋に出かけたが、霜降りチックな色の肉を見るだけでゲンナリしてしまう。実にだらしないと思う。

銀座にある「コバウ」という店だ。上等な肉を揃える感じの良い店だが、私の中では「上等な肉イコール脂っぽい」という思い込みがあるから、この日もテールの煮込みとかチャンジャをツマミに酒を飲むことに専念してしまった。

別な日、久しぶりに溜池山王にある「ロウリーズ」に出かけた。プライムリブ、すなわちローストビーフが人気の店だ。

詳しくは知らないがローストビーフは、いわゆる蒸し焼きで作られるもので、カロリーの点でステーキよりもヘルシーだという。

確かに赤身肉中心のここのプライムリブなら、私もゲンナリするどころかぺろぺろ食べてしまう。

「牛赤身肉の蒸し焼き」。そう言ってしまうとマズそうだが、この店のプライムリブはサッパリソースと西洋わさびの組み合わせが絶妙で素直に美味しい。



40年前は1キロのステーキを余裕で平らげた私である。今だって脂っぽくなくて好みに合致すればドカドカ食べられるわけだ。

450グラムほどのデカいヤツだって骨と脂の部分を除けたら300グラム弱だろう。食べた部分は赤身だから食後にクドい感じも残らない。

こういう赤身肉を定期的に食べればタンパク質摂取の点では良いのだろう。でも、自ら率先して牛肉を食べに行く気分にはならない。肉は肉でも鶏や豚のほうに目がいってしまう。

そんなことでは長生きは無理だと思うが、さっき書いたようなヤバい長生きならゴメンだから、それはそれで問題ないような気がしてきた。

とはいえ、今の私の行動範囲である中央区界隈には評判の高いステーキ屋がたくさんあるから、せっかくだから時々は赤身肉を食べに行くようにしたい。

最近聞いた話では鉄分が不足すると貧血だけではなく、うつっぽい症状にもつながるらしい。

変な世の中になってしまったせいで、最近は気分があがらないことが多い。鉄分をしっかり摂って気分を晴れやかにしようと思う。