2025年8月4日月曜日

生涯一エロおやじ

 

活力って意識しないと湧いて出てこない。放っておいても活力バリバリだった若い頃と違い、この歳になると自分で自分の背中を押さないと腑抜けみたいにボーっとしたまま一日が過ぎる。

 

それはそれで悪いことではない。でも、せっかく持病も無く、たいしたストレスも無く呑気に生きているわけだからなるべく元気丸出しでフガフガすべきだろう。

 

さっさと帰宅して野球中継を見ながらウーバー頼みの夕食を食べるのも楽しいことだ。それはそれで平和の極みだが、やはりそこには「闘っている自分」「気合を入れている自分」はいない。

 

闘うだの気合だのと書いているが、必ずしも敵を作る必要はない。あくまですぐにボケ~っとしちゃう自分との闘いである。

 

先日、久しぶりに銀座のシガーバーに出かけた。葉巻に興味があるという女子に指南役としてついていった格好だ。小娘はハヤりのシーシャで遊んでりゃいいだろ?という偏屈オヤジの本音は隠して一応真面目にいろいろ教えた。

 



葉巻にハマっていたのはもう10年以上前になるだろうか。定期的に海外通販からキューバ産を取り寄せて自宅や職場のヒュミドールに数十本ずつ常時していた。当時は私にとって欠かせないアイテムだった。

 

その後、葉巻仲間が喉のガンで亡くなってしまったり日本人はDNA的に葉巻の害を身体が受けやすいといった説を耳にしたりして少しずつ縁遠くなった。今では気が向いたときにシガーバーで楽しむ程度だ。

 

この10年ぐらいですっかり葉巻事情も変わった。以前ほどキューバ産が入手しにくくなり、価格もぐんぐん上昇してしまった。あの世界はやはりキューバ・ハバナ産の上モノに慣れてしまうとドミニカ産高級シガーだろうと物足りなく感じる。

 

この日はキューバの銘品ファンロペスのセレクションNo.2という私の大好きな葉巻をプカプカしたのだが、かつての2倍近い値段だった。嗜好品だから安さを求め過ぎるのも違うが、1本5千円クラスになっちゃうと何だかビミョーな気がする。

 

この日の私は葉巻をふかしながら女性相手にウンチクを語っていたわけだが、そういう時の自分って間違いなく普段よりもカッコつけている。少なくとも家で水まんじゅうをモゴモゴしている時より「ダンディーなオジサマ」を演じていた。

 

バカみたいな話だが、バカみたいなことが人間の活力にとって案外大事なことだと思う。どことなく背筋も伸びていただろうし、声の張りや目の力、ちょっとした仕草もしかりだ。アホヅラしてスイカジュースを飲んでニマニマしている普段の私とは別の“現役男”に変身?していたはずだ。

 

別な言い方をすれば“オス感”が出ていたと思う。女性とチョメチョメ関係になるならないは別として、いわば「異性VS異性」という場面をしっかり意識した言動に終始していたと思う。

 

男たるもの365日がそんな状況じゃなきゃいかんとも思うが、さすがにそんなに元気じゃない。他にやることもあるし、水まんじゅうやスイカジュースの誘惑のほうが魅惑的な時もある。

 

とはいえ、実際に現役独身男である以上、オス感を捨て去ることは一種の自殺行為だ。時には自分で自分の背中を押して奮戦態勢を整えないといけない。

 

王選手は現役最終年に30本以上のホームランを打ったのに「王貞治としてのバッティングが出来なくなった」とすっぱり引退した。一方でノムさん・野村克也選手は「生涯一捕手」を旨にヨレヨレの中年になっても現役を続けた。

 

私もさすがに男女関係においては「私としての××が出来なくなった」ともいえる。王さんのようにスパっと引退する選択もあるのだろうが、ノムさんのようにヨレヨレになるまで“現役”に固執するほうを選びたい。「生涯一エロおやじ」である。

 



「助手席に乗るならミニスカート以外は禁止だよ」。遊んでくれるオネエサン達には今でも平気でそんなことを言っている。恥ずかしげもなく真顔でそう言う。そういう部分ではまだまだ私の現役感は維持されているはずだ。

 

でも、現役であるか否かをあえて意識しないとならない現状がちょっとだけ歯がゆい。そのこと自体がすでに私が老境寸前である証である。「若く見えますねと言われたら歳をとった証拠だ」という格言もある。


仕方ないからそんな現実を真摯に受け止めてそれでもなお“男道”に邁進していきたい。まだ30本ぐらいはホームランを打てる?から老け込まないように気をつけようと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年8月1日金曜日

夏の風物詩

 

男の子はみんな夏が好き。そう信じて生きてきたが今では事情が違うみたいだ。「命にかかわる暑さ」という言葉が公式にアナウンスされる時代だから、気軽に「夏が好きだぜ、ウェイ!」などとは言えない。

 

私も夏が好きだった。過去形だ。一応、今も夏の風物詩的なものは好きだが、そんなことを楽しんでいたら命にかかわるから困ったものだ。

 


もはや夏を過ごすこと自体が命がけの時代である。昭和の夏のユルい感じを思い起こすとまさに隔世の感がある。学校にはエアコンが無いのが普通で、だからといって倒れるヤツもいなかったし、そもそも熱中症という言葉が無かった。

 

あの程度の暑さなら外に出て「夏っぽいこと」をエンジョイしても死んじゃう危険はないわけだからつくづく良い時代だったと思う。

 

今も私は夏の昼下がりの散歩が嫌いではない。今ではマゾみたいな変態趣味にも思える。汗だらだらになって帰宅したら水風呂に飛び込んで生き返るのが楽しい。

 

サウナみたいなものだが、サウナは狭い部屋でじっと耐え忍ぶあの修行僧みたいな雰囲気がちょっとダルい。散歩だったら好きな音楽を聴きながら時折、街中の雑貨屋や和菓子屋を覗くことも出来る。

 

疲れたら公園のベンチに腰掛けてイヤホンを外せば蝉時雨が全身を包む。一種独特な郷愁に浸れる。なによりギラつく太陽の光の強さに生き物としてパワーをもらえるような気がする。

 

今年の夏はそんな変態的真夏散歩をなかなか実践できていない。ちょっと頑張ってみても熱中症寸前のだるい感じになっちゃうからすぐに帰宅してしまう。実に残念だ。これもまた加齢の影響か。いや、若者だってこんな暑さの中で動き回ったらきっと同じだろう。

 



先日、近所の公園で盆踊りをやっていた。みなさん汗だくで頑張っていた。夜なのに30度もあったら踊りどころではない。お気の毒である。「夕涼み」という日本語もまもなく死語になるのだろう。

 

夏の風物詩といえば蝉時雨だが、暑すぎるせいか都心では昔ほどセミの鳴き声を聞かなくなった気がする。さすがに8月はミンミンジージーツクツクと頑張ってくれるのだろうが、7月はスカスカだった。

 

某休日、蝉時雨だけを目的にわざわざ赤坂の日枝神社まで行った。狙い通り緑の集中した場所ではセミの大合唱が楽しめた。でも今年はまだヒグラシの切ない響きを聴いていない。そろそろ出番だろうから週末の夕方は頑張って散歩しようと思う。




 さて、蝉時雨にもまして夏の風物詩と呼べるのがかき氷だ。暑い中でのあの一口目のウマさは悶絶モノである。安いシロップのシャバダバなかき氷だろうと救世主みたいに有難い。拝みたくなる。

 

近年はモダンなかき氷が若い世代を中心に人気を集めている。私も娘に付き合っていくつかのその種のかき氷を食べてきた。確かにそれぞれウマい。うならされるような一品にも遭遇した。

 

でも、不思議なもので子供のころの原体験に近いかき氷のほうが結局は美味しく感じる。だいたい、イマドキのモダンなかき氷は2千円やら3千円やら呆れるような値付けが珍しくない。

 

そりゃあ高いコストをかけたら大向こうをうならせるかき氷はできるのだろうが、そこまで仰々しい気分で口にするようなものだろうか。「普通に美味しい」という基本こそがかき氷のポイントのような気もする。

 



先日、三越前にある和菓子屋さん「いちや」のイートインコーナーで食べたかき氷が良かった。あんずとイチゴミルクだ。ベーシックだけど丁寧な仕上がりで妙にウマかった。蟹を食べているかのように無言で完食してしまった。確かひとつ600円ぐらいだったと思う。

 

高級路線に向かって迷走するかき氷を追っかけるのも面白いが、無難かつ安定の味が楽しめるベーシック路線を極めるのも大人のたしなみかもしれない。







2025年7月30日水曜日

さらば倦怠感

 

3月からの節制が実ってかなり体重が減った。30年前ぐらいの水準になった。具体的には13、4キロ減ったのだが、とくに目標設定をしたわけではないのでゴールが見えないのが困ったものである。

 

リバウンドは簡単である。変な話、体重を今の水準でキープしたいならリバウンドを考えて少なくともあと3キロぐらいは落とさないとダメな気がする。


先日コロナで寝込んだので減量に拍車がかかることに期待したのだが、ちっとも動かなかったせいか残念ながら体重に変化はなかった。

 

体重を減らしたところで誰かが賞金をくれるわけでもない。急にモテるはずもない。だったら何がしたいのか意味不明だが、実は私には秘かな企みがある。あと3キロぐらい落とした状態、すなわち16、7キロほど体重を減らしたら「夢の爆食いリバウンド月間」を楽しむことである。


毎日毎日カツ丼や鰻重やハンバーガーをガツガツ貪って過ごせたらどんなに幸せだろう。ファンタやスプライトもグビグビ飲もうと思う。それで5キロ以上リバウンドしてもまだ10キロ減は余裕で維持できている。10キロ減でキープできたら御の字だろう。

 

とはいえ、胃が小さくなりつつある今の状態だと思ったほどのバカ食いが出来ないだろうから悩ましいところだ。

 

まあ、こんな戯言を書いていられるのは幸せだ。大病を抱えていたら体重が減る減らないどころの話ではない。こんなことで一喜一憂していられるのは実に平和だ。

 

ここ数か月、ストイックに食事制限をしたわけではない。もちろん、絶対量は減らしたが意外に好きなものを食べ散らかしてきた。せいぜいカツ丼のご飯を半分以上残す程度の努力はしたが、サラダばかり食べるような勇気は私には無い。あくまでユルユルと調整に明け暮れていた感じだ。

 



ちゃんと鰻屋さんで白焼きを肴に一献みたいな時間も過ごしている。でも、シメの鰻重のご飯は「超少な目で!」などとシャバダバなリクエストを徹底している。

 

おかげで鰻重の美味しさはコメにこそあるという真理を痛感している。やはりタレのかかった白米をどっさり頬張ってこそ鰻重だと感じる。ちょぼちょぼ盛られたご飯だとやっぱりどこか寂しい。

 




そもそもコメが大好きだから節制目的でコメを控えめにするのはちょっとツラい。ちなみに小麦抜きにも並行して励んでいる。パンやパスタや麺類をここ数か月ほとんど口にしていないのだが、そっちは思ったほどツラくない。やはりコメである。

 

ウソかホントか時々しっかり食べたほうが中長期的な減量には効果的だと聞く。「時々」というのが実に曖昧だ。すぐに自分を甘やかしてしまう私の性格上、油断したら「時々」が毎日みたいになっちゃいそうで危険だ。

 

先日、100日ぶりぐらいに馴染みのお寿司屋さんを訪ねた。100日ぶりなら「時々」どころではない。多いときは週に一度は通っていた店だからかなりのご無沙汰である。

 




煮タコやら小肌のガリ合えやら煮ハマグリなどをツマミにグビグビと冷酒を身体に染み込ませる。節制暮らしで酒量も激減したから早いペースでホロ酔いになる。

 

やはり漫然と食ったり飲んだりを繰り返す日々よりもたまには自分を飢えた状態にしたほうが味覚がフレッシュになる気がする。自分がいかに飽食暮らしに慣れきっていたかを痛感する。

 



握りも7~8貫は食べた。回転寿司でいえば4皿ぐらいだがダラ飲み効果のおかげで結構満足した。これまでならこの後に牛丼やフィレオフィッシュを食べちゃうのが私の悪いクセなのだが、今の私はそういう悪魔の囁きには負けない。この日も無事に一日が終わった。

 

減量の話ばかりになってしまったが、元々は倦怠感退治が目的だった。キックボクシングジムに通い始め、小麦を摂取しないようにして新たなサプリも飲み始めた。糖質制限はあまり意識していないので、毎日毎日水ようかんやら大福やら水まんじゅうは食べている。

 

ダルくてダルくてデロデロだった状態はいつの間にかなくなり、最近は割とスッキリしている。何が効果があったかはよく分からないのが正直なところである。キックボクシングは続けているが、せいぜい週に2回である。それよりも小麦を意識したことがポイントだったような気がする。

 

もちろん、毎日毎日ラーメンを食べまくっても倦怠感に無縁な人もいるわけだから実際のところは不明だ。ただ、私の場合、コンビニのパスタや菓子パンやクッキー類などかなり過剰に小麦を摂取していたから、そこを改善したことは今の体調と無関係ではないと思う。

 

そのせいで、この夏私は大好きな冷やし中華を口にしていない。冷やし中華は例年、全国からあれこれ取り寄せるほど愛しているので今年は異常事態といえよう。

 

15キロ以上の減量に成功したら大盛りカツ丼をおかずにしながら具の無い冷やし中華2玉を主食としてウットリしながら味わってみたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年7月28日月曜日

味噌汁が足りない

 コロナはだいたい5日間ぐらいの不調で済んだ。今回はやや重かった気がする。発熱、頭痛、全身の痛み等々なかなか厄介だった。季節のせいだろうか。


ヤツのせいで身体内部のポンコツ化、劣化が進むとしたら困ったものだ。過去数回分の感染と合わせて累積したダメージが私の血管などをヘナヘナにしていると考えるとちょっと怖い。大豆とかをいっぱい食べないといけない。


というわけで豆腐が具の代表恪である味噌汁をめぐる過去ネタを一つ載せます。


これを書いてから早10年以上が過ぎた。今でも私の暮らしには味噌汁が足りない。シングルライフになってから不便なこと、困ることはほとんど無いのだが、味噌汁問題だけは解決しないままだ。今後もずっとボヤき続けることになりそうだ。


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2013/10/blog-post.html








2025年7月25日金曜日

またコロナ

 恥ずかしながらまたコロナに感染してしまった。通算で4度目か5度目だ。今回は喉痛と熱がかなりキツい。夏場の発熱は何かとシンドイから皆様もお気をつけください。


というわけで過去ネタをアップします。


恥ずかしいこと

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/08/blog-post_17.html




2025年7月23日水曜日

スイカジュース

 

夏まっ盛りである。暑くてタマランチンなのだが、私が生息する中央区界隈ではまだセミの声が聞こえない。あの騒々しくも風流なセミの鳴き声があっての夏だと思う。

 

私にとっての夏の風物詩として見逃せないのがスイカジュースである。不思議と冬場には飲みたくならないが夏になると我が家の冷蔵庫の結構なスぺースを占有する。

 

スイカジュースへの愛を5年前にこのブログで書いた。当時、会社のそばにあるプロントで飲むスイカジュースにゾッコンだった(https://fugoh-kisya.blogspot.com/2020/06/blog-post_26.html)。

 

その後、座ってタバコが吸えなくなったからプロントとは縁が切れたが、スイカジュースをこよなく愛する私の性癖?は今も変わらない。

 


この画像は5年前にも書いたビミョーな味のスイカジュースだ。あの頃は仕方なくこれを家の冷蔵庫に常備していたが、今はスイカジュース業界も多少は進化したようでネットで探せば以前よりは種類が豊富になった。

 

私の一押しが「モーション」というメーカーのスイカジュースだ。輸入食品屋さん「カルディ」で人気を集めているそうだが、アマゾンで買ってみた。

 


ひとつが330mlという謎の分量なのが問題だが、素直に美味しい。いまのところ他を抑えてぶっちぎりの優勝だと思う。アジアのリゾート地などで気軽に飲めるスイカジュースとほぼ同じ味がする。その後は箱買いして愛飲している。

 



値段はちょっと高めだが、一本を2回に分けて飲めば妥当な金額になる。まあ、そんなしみったれた発想は嗜好品に対して抱いてはいけない。

 

私にとってスイカジュースはあくまでも嗜好品という次元である。オロナミンCみたいなものだ。オロCの容量は120mlなのに小売り価格は120円ぐらいだ。普通サイズのペットボトルに換算したら富豪的な嗜好品である。

 

オロCだけでなく、ドリンク剤やそこらへんの安いカフェのコーヒーの価格を考えてもこのスイカジュースを高いと敬遠するのは間違いだと思う。

 

それ以前に百円単位の高い安いを熱く語るようになったら富豪を目指す私の名折れだ。思えばウーバーでデリバリーを頼む際も250円追加の「優先配達」を悩まず選択するし、タクシー配車の500円の手数料も気にせず呼んじゃうわけだから小さなことをブツクサ書いても始まらない。

 

いかんいかん、話がシャバダバな方向にズレてしまった。今日はスイカジュースの話である。

 


私の友人はスジャータブランドのこのスイカジュースを好んでいるようだ。私もネット注文しちゃったのでウチにずいぶん溜まっている。これも美味しい。冒頭で紹介した「CHABAA」のスイカジュースより10倍美味しい。

 

ただ、スイカジュースそのものという感じではない。リンゴジュース成分も入っているとかで、「モーション」製のスイカジュースに比べると無理してスイカ味に近づけた感がしなくもない。砂糖的甘さがもう少し抑えてあればバッチリだろう。

 

スイカといえば、子供のころは太い三日月型にカットしてもらったものをスイカ用のスプーンを駆使して食べるのが普通だった。あの昭和標準形の食べ方をしなくなって久しい。今ではスーパーで売っているカットスイカばかり食べている。

 

今では定番商品の各種のカットフルーツだが、初めて見かけたときはブキミに感じた。「何かが根本的に間違っている」という印象が強かった。これって昭和人の感覚だろうか。

 

今ではすっかり時代に飼いならされた私である。あらかじめカットされたりんごやパイナップルの手ごろなサイズの商品をしょっちゅうコンビニで買っている。この季節はもちろんカットスイカだ。目に入れば必ず買ってしまう。適度な量に調整されているのがニクいと思う。

 

とはいえ、もしいま私がカブトムシやクワガタを飼っていたら、食べ残した皮付近の切れ端をヤツらの餌にすることはできない。当然ながらカットスイカは皮がない。「スイカ今昔」を語るうえでこの部分は大きなポイントだ。

 

よく分からないまとめになってしまったが、スイカジュースの更なる発展と普及、より良い商品が生まれることを期待している。

 

 

 

 

 

 

2025年7月18日金曜日

愛しのピスタチオ

 

先週の初めに私がハマっているピスタチオアイスについて書いた。毎日でも食べたいぐらいウマいのだが、そもそも私はピスタチオ味のスイーツには目がない。見つければすぐに買ってしまう。

 

三越のデパ地下などに店を構える妙に高いウエハース屋「BABBI」に魅せられたのもピスタチオクリームを使った薄いウエハースに悶絶したことがきっかけだ。

 


いつ頃からピスタチオ大好きオヤジになったのかは不明だが、きっかけはどこかで食べたアイスクリームだった。少なくとも30年ぐらい前は今ほどピスタチオ系スイーツが日本には無かったと思う。アイスクリームも然りである。今は幸せな時代になったと感じる。

 

ナッツ類は一般的に健康に良いといわれる。ピスタチオもビタミンが豊富で抗酸化作用や血流を良くする効能があるらしい。そんなことを聞くとスーパーフードじゃないかと思えてくる。

 

ちなみにスーパーフードという触れ込みで出回っている「チアシード」を毎朝のように1年以上摂取しているがいまだによく分からない。効能を調べても曖昧だし、実際に何がどう効いているのかまったく不明だ。

 

話を戻す。ピスタチオである。

 


スイーツに限らず普通のナッツとしてももちろんウマいと思う。問題は殻をむくのが面倒な点だ。横着な私は殻ナシの商品をネットで購入している。


食べながら誰が殻をむいたのかをいつも想像する。汚いオッサンが洗ってもいない手でせっせと殻剥きに励んでいる図が頭の中によぎるのが問題である。

 

そんなことより殻剥きバージョンは手間がない分、一度に食べ過ぎてしまうから困ってしまう。ピスタチオって実はかなりの高カロリーらしいので、調子に乗っていると平気で蕎麦を食べるぐらいのカロリーになるらしい。

 



先日、北海道に行った際も自分のお土産はロイズのチョコレートのピスタチオバージョンにした。ピスタチオのスイーツはチョコでもクッキーでも見かければついつい買ってしまう。

 

春から始めた節制生活のせいで、このところずっとパンを食べていないのだが、そうなると恋しくなるのがパンに塗りたくるピスタチオクリームだ。


ロールパン、はたまたクロワッサンあたりにクリームをたっぷり塗って味わうのは至福の時間だ。そろそろ再開してせめて月に一度ぐらいは禁断の味を楽しもうかと思っている。

 



職場にもピスタチオスイーツはいくつも常備している。もともと朝夜2食生活で昼飯は食べないから小腹がすく午後のひと時のために茎わかめ、せんべいなどを常備している。最近はそれ以外にピスタチオクッキーも仲間入りしている。

冷房で身体がちょっと冷えた時に紅茶とともにクッキーである。英国貴族みたいである。根っからお上品な私ならではのセンス?である。

 



コーヒーを飲み過ぎている日には紅茶がとても爽やかに感じる。ホッコリする。そこにピスタチオ風味のクッキーが加わるわけだからウットリしてしまう。

 

というわけでピスタチオへの愛を語ったついでに今の私の夢?を紹介したい。

 

先日のAmazonセールの際にあれこれ眺めていたら冒頭で紹介した高級ウエハースの「「BABBI」が出している製菓材料としてのピスタチオペーストを見つけた。1万5千円という驚きの価格だった。

 



分量が1キロもあるのでそのぐらいはするのだろうか。相場がまったく分からないのだが、ピスタチオクリーム愛好派として値段を気にせず買おうかと思った。でも1キロである。お菓子を作る予定もなく、ただただべろべろとクリームを舐めたいだけで買うのはさすがに異常だ。泣く泣く断念。

 

そんな常識に縛られている自分がちょっとイヤだ…。


いつか手に入れて抱えて舐めつくしたい。