2007年12月28日金曜日

ALWAYS 続・三丁目の夕日

昭和30年代の日本人の姿を描いた大ヒット映画「三丁目の夕日」。続編を見た。吉岡秀隆演じる売れない小説家・茶川が、ひょんなことから一緒に暮らし始めた淳之介と親子以上の絆で結ばれている部分が物語の中心。

これから見る予定の人は、ここから先は読まない方がいいです。

淳之介の実の父親は、成功を収めた企業経営者。自分の跡取りにするため淳之介を連れ戻しにくる悪役として前作に引き続き重要な位置付け。

茶川はオンボロの駄菓子屋を営み、その向かいには堤真一・薬師丸ひろ子演じる自動車整備工夫婦が住んでいる。この三丁目近辺は、まだ道路の舗装も終わっていない豊かとはいえない世界。そこに運転手付きの車で乗り付ける淳之介の父親は、どうしたって悪者イメージ。

茶川との暮らしを選ぶ淳之介。父親は茶川に忠告する。「この子に人並みの生活をさせられないようなら次こそは連れて帰る」。

茶川は必死に小説に打ち込み、文学賞の受賞目前まで行くが結局落選。父親はまた淳之介を連れ戻しに三丁目にやってくるが…。

まあこういう展開に小雪扮する訳ありの美女も絡んで、面白おかしくストーリーが展開される。

今回、淳之介の父親に妙にシンパシーを覚えた。上昇志向の無さをなじり、高いレベルでの教育を説き、時代の趨勢を読んでいる役まわりの彼の発言は、三丁目の住人に対してひとつひとつが嫌みであり憎まれ口でしかない。

住人達からは帰れコールを合唱されるし、立ち去ったあとは「塩をまけ」と言われる存在。でもいちいち彼の発言は正論であり、人情話ばかりで世間の荒波を渡っていけないことを体現している存在でもある。

文学賞を受賞するための工作を持ちかけた男が詐欺師だったことが発覚した際、なけなしの金をくすねられて唖然とする大勢の住人達を前に彼はピシャリと言う。「低級な人間だからそんな低級な詐欺に遭うんだ」。まさに正論だ。向上心を持って強い自負心を持っていなければ言えないセリフだろう。

「金より大切なもの」云々にこだわる三丁目の住人達。そのくせ詐欺師がでっち上げた文学賞の受賞工作に金を注ぎ込む幼稚さは、彼の思考では、理解できるはずはない。

実の息子を連れ帰りたいという願いは息子を救いたいという使命でもあるわけだ。かといって、徹底的に「低級な人間達」を嫌悪しきれていない人間性がチラッと覗くところがいい。

クライマックスで、訳あり女が突然、茶川と淳之介の前に戻ってきて感動の再会となると、父親は、子どもの引き渡しに合意した茶川に背を向け、まさに空気を読んで黙って運転手を促して立ち去る。単にドライすぎる男として描かれていない点が、それこそこの映画の主題である「昭和の日本人像」とリンクして象徴的なシーンになっている。

出たとこ勝負のように暮らす三丁目の住人より、私はその後の父親の人生が見てみたい。

大ヒット映画「踊る大捜査線」が、登場人物ごとにスポットを当て直す、いわゆるスピンオフの関連作品を次々に出しているが、
三丁目の夕日もシリーズ化して、ぜひアノ父親を主役にしたスピンオフ作品を作ってもらいたいものだ。

2007年12月27日木曜日

熱海大観荘


また行ってきました。大観荘。今年5回目。いまどきのモダン和風とは異なる落ち着いた感じに癒される。

とりたてて豪華でもなく、きらびやかでもないが、随所に「安定感」が漂う。本館と別館をつなぐ渡り廊下の風情が良い。そこから見える庭園は、ちょっとやそっとの時間では成し得ない風流な景観。松の木の佇まい、静謐な池、その向こうに広がる海の眺めが非日常感を演出してくれる。

料理も奇をてらったところが一切なく、正統派の逸品が揃う。まさに安心と安定。朝食がまた絶品。自家製の干物はいつ行っても満足できる水準。定番の茶碗蒸しは拍手したくなる味。味噌汁も無言になってしまうほど抜群。生たらこ、佃煮、漬け物、小鍋仕立ての湯豆腐など書き連ねるとわかるが、意表を突いたものは何もないが、それら定番ばかり揃えた上で客を唸らせるのだから率直にその誠実な仕事ぶりを賞賛したい。

シティホテル戦争の一方で、日本旅館が見直されている。超高級路線の宿がアチコチで高い評判を呼んでいる。もちろん、一泊6万も7万も出せば欠点など無くて当然。良くて当たり前の世界だ。逆にそうしたクラスの宿だと、宿を評価したくても自ずと減点法になってしまうのが人間のサガだ。普通なら許せる点、気にならない点までもがイライラの対象になる。

それとは別に、一泊5万円以上の宿ともなると、どうも気安さが希薄になり、お客はもちろん、受け入れ側にも妙な窮屈感があったりする。ノンビリ癒しを求めて投宿したのに居住まいを正して肩が凝ってしまうようでは意味がない。その点、大観荘は、妙な安心感があって実にくつろげる。極端に高級路線ではなく、かといって大衆路線では決してなく、まさに「いい加減」だ(あくまで個人的な趣味だが・・・)。

欠点も書いておかないと宿の回し者みたいだから、とりあえず書く。増築を重ねてきたがゆえの問題がひとつ。動線がかなり悪い。バリアフリーには完全に逆行している。多分、始めていった人は部屋によっては、大浴場との行き来などで迷子になるはず。

飲食店の感想と同様、旅館の感想など個人的な嗜好で決まる。ライフスタイル、日頃の行動、食べているもの、その時の精神状態などなど。このブログの右側にプロフィール欄があるが、それに共感できる人はきっと気に入る宿だと思います。

2007年12月26日水曜日

バリ島のホテルその2

「ミンピリゾート・ムンジャンガン」。
バリ島の北西にある国立公園エリアにムンジャンガン島というダイビングの有名スポットがある。その対岸に作られたリゾートがここ。バリ東部の有名ダイビングスポットそばに小洒落たリゾートを成功させたミンピリゾートが展開しているため、ダイバー向けの設備はもちろん上等。ただダイビング目的でなくても充分に快適な時間が過ごせる穴場リゾートだ。

なんといっても天然温泉が湧いている点が特徴。コテージによっては、プライベートプールに加えて、硫黄の臭いたっぷりの天然温泉露天風呂が設置されている。風呂の横にはバレブンゴンというバリ独特の東屋も用意され、海で遊んで冷えた身体を温泉で温めてから、東屋にごろんと転がってビールをグビグビすることが出来る。寝室自体は大きくないが、自分専用のプール、露天風呂、東屋を占有できる快適さは居心地抜群。空港から車で4時間近くかかることが難点だが、長期滞在可能なら何日間かはこんな場所に陣取るのもオススメだ。

「アリラ・マンギス」。
以前は「セライ」として知られていたバリ東部のチャンディダサ地区にある快適なリゾート。空港からの距離は約1時間半。周囲に雑踏はなく、ホテル内に閉じこもって過ごすことになりがちだが、レストランのレベルが高く、充電を目的にするような旅行には最適。通常の部屋は恐ろしく狭く、スイートを選ばなければ快適さは期待できないが、スイートといっても、日本のちょっとしたシティホテルのせせこましい部屋程度の価格なので、行かれるのなら絶対スイートを確保することが肝心。

敷地内のデザインも洗練されており、プール周辺には目に鮮やかな芝生が敷き詰められ、流れる時間もどことなく緩やか。トゥガナン村という原住民集落が車で10分程度の距離にあるのも魅力。この村がバリ雑貨の代表であるアタの産地。水草の蔓で編み込んだバッグやかご類のことだが、主要観光地の土産物屋ではめったに置かれていない大型サイズの製品が豊富。私はここで自宅のインテリア用に巨大商品をいくつも買い込んで船便で送った。


「ザ・レギャン」。
バリの人気エリア・南部リゾート地区の中でも洗練度の高いスミニャック地区にある大人気リゾート。70室程度の客室数の割には大型規模である理由は、全室スイート仕様であるため。90年代半ばに登場したこのホテルが、その後のアジアンリゾートの躍進に大きく影響した。

バリの伝統的な意匠をモダンにアレンジしたインテリアや調度品はどれも格好良く、天井や床のデザインひとつとっても単なる高級感だけではないセンスが感じられる。スタッフも優秀で、このホテルで働いていること自体が業界人にとっての優越感になっているようだ。

「昔からのバリっぽさ」はないが、「モダンになって世界的リゾートになったバリっぽさ」を象徴している。伝統芸能のガムランの旋律よりジャズが似合うような雰囲気なので、客層もおのずと他のリゾートとは異なる。ヨーロッパの同性愛者が多いという噂もよく聞くが、裏返せば、やたらとお洒落な連中に好まれているハイセンスなホテルという見方も出来る。

海外旅行慣れ、というかリゾート慣れした人には居心地の良いホテルだろう。Tシャツ、短パン、ビーサンの3点セットしか持参しないような人や、ゴルフウェアオヤジとかは行かない方が無難。

「イバ」
ライステラスで有名な高原エリア・ウブドにあるお洒落なブティックリゾート。部屋の作りはさまざまだが、田園風景を眺めることができれば、のどかな夕暮れ時などは実に癒される。全体にこざっぱりした印象のホテルで、カジュアルすぎず、かといって凛とし過ぎるほどでもなく、ポワンとした時間が過ごせる。

海水を満たしたプールの造りもありきたりなデザインではなく、プール脇には壁をくりぬいたような穴蔵風休憩スペースなんかもあり、女性受けは最高だろう。ウブドの繁華街まで歩ける程度の距離にあることも好材料。ホテル周辺をあてもなく散策すれば、田園地帯ののどかな農作業風景なども簡単に見られるし、どこかホッとする。

きりがないので以下はひと言コメントにしたい。

「ピタマハ」・・・ウブドエリアの隠れ家系リゾート。渓谷の斜面を上手に利用した作りだが、その分、歩きにくく、移動のたびに疲れた印象がある。レストランの雰囲気はかなり上質。

「ザ・ラグーナ」・・・シャラトンラグーナから改称。敷地内は水の宮殿のようにプールだらけで家族向けには間違いのないホテル。

「エメラルドトランベン」・・・おそらくダイバー以外は行かないトランベンという東部エリアにある隠れ家。日本人経営で開業。日本式の露天風呂が結構快適。朝食は部屋のべランダにおにぎりと味噌汁を持ってきてもらうことが出来た(現在は不明)。

「インドラウディヤナ」・・・東部アメッド地区の中規模リゾート。部屋は暗く、虫も多く、エリア内では高級だが、客層はヒッピー風の欧米人が多かった。

「ザ・ヴィラス」・・・スミニャック地区の別荘系ヴィラ。私が親兄弟家族を引き連れて渡バリした際に選んだヴィラ。独立した寝室が3カ所に巨大なオープンエアのリビングスペース、しっかり泳げる規模のプライベートプールが用意されたまさに別荘。レストランがなかったこと(近隣にはいくつもお店がある)と至れり尽くせりのホテルサービスがない点が少し不便だが、隠れ家感は抜群。

「ソフィテル・スミニャック」・・・ロイヤルスミニャックと称している頃に滞在。元々は日本の帝国ホテルがインペリアルバリとして開業した高級リゾート。何より立地がいい。全体に作りは重厚感があってやや暗い雰囲気だったが、庭園の感じやプール周りの様子は落着きがあって快適だった。フランス系のリゾートになって明るいトーンになったらしい。だとしたら、オンザビーチの立地、繁華街への距離、空港との距離などを総合的に考えると穴場といえる。

これ以外にも変なホテルにも泊まったが、あまり人様の参考にならないようなところは割愛した。

老若男女、ファミリー旅行、新婚旅行、不倫旅行、ひとり旅・・・、どんな状況でも楽しめるバリの魅力をもっと大勢の人に知ってもらいたい。

2007年12月25日火曜日

バリ島のホテルその1

学生時代から始めたダイビングのおかげで。世界中の海を覗いてきた。いま思えばエジプトやカリブ・中米方面などにも行ったのに、大半の時間を水中探索に費やしていたことが悔やまれる。陸上の記憶が少ないのが残念。

10年以上前、世界の航空会社が次々に全面禁煙にしていくなかで、最後まで喫煙OKだったのが、アジア路線。そのせいで、東南アジア方面に出かけることが多くなり、なかでもバリ島には、妙に惹かれて、数え切れないくらい出かけた。

「アジアンリゾート」という表現がすっかり定着したように、バリでもリゾートの快適指数は高い。以前、このブログでもアマンダリとアマンキラのことを書いたが、それ以外のリゾートホテルをいくつか紹介したい。

「トゥグ・バリ」。ここはバリ島の西側、夕日で有名なタナロット寺院に近いチャングービーチというエリア。インドネシアのアンティーク好きな富豪が作ったブティックホテル。アチコチにインドネシア周辺の骨董品が並べられ、ガイドブックでは、美術館などという形容詞が使われているが、実際に泊まってみると、おばけ屋敷チックな印象が強い。ホテル内に決まったレストランは無い代わりに、ホテル中のどこにいても本格的な食事を提供してくれる。客室以外のスペースがどこも絵になる作りなので、こうした試みは面白い。アフタヌーンティーのサービスも、豊富な種類の紅茶が用意され、お菓子も毎日さまざまなものがバイキング形式で並び、結構優雅な気分になる。でも霊感が強い人ならきっと敬遠しそうなホテルだ。

「SACRED MOUNTAIN SANCTUARY RESORT」。ここは異色。島の中央部山岳地帯にある不気味なリゾート。プライベートプール付きの2階建て一戸建てコテージが1泊150ドルぐらいだったので、ダイビングの移動の際に試しに泊まった。

コテージは高床式住居風、屋根と壁の間は構造上すき間が空いており、竹で組まれた床も、ところどころ地面が覗いている。エアコンは無い。夜はやることがないので天蓋付きのベッドの蚊帳の中で、本を読んで過ごした。気付いたら蚊帳の外側は読書灯を目指してきた虫で一面おおわれている。蛾やカナブン、カミキリ系の見知った顔ぶれ以外に、日本の図鑑には載ってなさそうな得体の知れない虫が変な羽音を立てながら「蚊帳の中に入れろ」とばかりにうごめいている。一晩中、ベッドから出られなかったことは言うまでもない。

明け方、寒くて目が覚めた。虫はだいぶ減っていたが、枕やベッドがぐっしょり濡れている。原因は朝露。川のそばの森にほとんど野ざらしでいるわけだから、朝露攻撃も半端ではない。二度寝は出来ずに薄ぼんやりとした明け方の森を眺めていたら、神秘的な光景に出会った。一本の大木から真っ白な鷺のような鳥が次々と飛び立っていく。活動開始の時間なのだろうが、一斉に飛び立つのではなく、一羽ずつ規則正しく同じ方向に飛んでいく。3~4分ぐらい続いただろうか、すべてが飛び立った後は、すっかり朝日が昇っていた。

大きめで快適なメインプールにも人はいないので昼間の時間帯は、虫や朝露のことも忘れてくつろげる。ただ。想像以上に標高が高く、物凄く早く日焼けしてしまって困った記憶がある。

チェックアウトの際、ホテルのマネージャーに客層を尋ねてみた。ヨーロッパからのヨガ愛好家が中心だという。それもいわゆるスピリチュアル系らしい。話の種としては画期的なホテルだった。

お次は「バリハイアット」。国策としてリゾートエリア開発が行われたヌサドゥア地区にグランドハイアットが存在する関係で、サヌール地区にある老舗「バリハイアット」は、日本人観光客に見逃されている。

バリの大型リゾートは施設内の樹木や花の彩りが素晴らしいが、バリハイアットのそれは、長い年月がもたらした熟成という点で、他のリゾートよりも格段に勝っている。

旅行ガイドなどは、新規オープンのリゾートこそ最高といったノリで取り上げるが、熟成こそがホテルの質を決めると思っている私にとって、「古くても随時リノベートされている老舗」は非常に魅力的。バリハイアットはまさしくそんな感じ。ホテルスタッフもベテランのオジサンが多く、イケメンビーチボーイ風のウェイターとかは皆無。私にとってここは「バリの中の熱海・大観荘」である。

通常の客室は、古いだけに専有面積が狭い。スイートを選べば最先端リゾートのそれより遙かに安いので、バリのリピーターにはとくにオススメ。

そして、「リッツカールトン・バリ」。南部エリアを代表する大型高級リゾート。日本人が大好きなホテルであり、間違いのない快適さ。リゾート内のどこにいても高級感があって絵になる。ホテル内物価は高いが飲食店のレベルは高い。総合力ではトップクラスだろう。今回つけた写真はリッツカールトンバリのメインプール。

長くなったので次回に続編を書くことにする。

2007年12月21日金曜日

壺中の天

陶器が好きな人にとって特別な言葉が「壺中有天」。壺中の天ともいわれるが、要は「壺の中は別世界」という話。徳利もそうだが、壺の口部分が小さいと中がのぞけない。だからこそ、そこにある別世界に行ってみたい感覚にとらわれる。

壺中の天の話は中国の故事からきている。露天商の老人が店じまいを終えると、するりと店先にあった壺の中に消えた。それを見ていた役人が翌日、老人に頼み込む。自分も連れて行ってくれと。一緒に壺の中に出かけてみると、そこには素晴らしい宮殿があり、老人から例えようのない歓待を受けたという話。

どんな境遇にあっても、他人には分からないその人だけの別世界を持っているとか、誰もが見かけからは分からない境地に達しているとか、解釈はさまざま。

私としては、自分だけの内緒の世界を持っていれば、どんな状況にあっても世俗のしがらみから解放されるという意味合いで捉えている。実に気持ちのいい言葉だ。

さて壺の話。徳利を集めていて、そのフォルムに魅せられていると、酒を注がない時でも掌でもてあそぶようになる。酒なしでも愛玩対象になってくるわけだが、そうするとデカい逸品にも目が行く。そこで壺の登場だ。酒器を集める際は、骨董より現代作家の作品が好きな私だが、壺となるとなかなか現代作家の作品に好みのものが見つからない。

高さ40~50センチほどのサイズの壺は確かに今の生活スタイルでは実用性に乏しい。陶芸家もあまり作らない種類で、仮に作っても、ちょっと作為が強くなる作品が多い気がする。「どうだ!」みたいな力強さを感じるが、どうにも、さりげなさが足りないものが多い。

その点、骨董品のなかには手ごろな価格で実に清々しい壺に出会うことが多い。もともと種などの保存目的に実用一本で作られてきた経緯があるため、たたずまいが実にさりげない。作った側もその壺が鑑賞されるとは思っていないわけで、必然的に質実剛健的力強さも備わっている。

器肌の豪快な変化が特徴の信楽の名品ともなれば、ウン百万円という金額を出さねば買えないが、その他の古窯であれば、グッと安く入手可能だ。

自宅の酒呑み専用部屋に鎮座している私のお気に入りは越前焼の古壺。一発でフォルムが気に入って手に入れた。器肌の変化は大したことないが、全体の丸味が妙に優しげで見ていて飽きない。業者は室町頃の古越前と断言していたが、購入金額から考えるとちょっと眉ツバものだろう。でも江戸中期ぐらいの逸品ではないかと勝手に決めつけて悦に入っている。

古い壺は、備前、信楽、丹波、常滑あたりを産地として大量に流通している。ただ、サイズと口部分の形状によっては、骨壺に使われていた可能性も高いため、なかなか厄介。さすがにどなたかの骨壺を肴に酒を飲むのは勘弁だ。本当はそんな心配をしないためにも現代作家の大壺を入手したいが、いまのところ自慢の古越前を凌ぐ作品に出会っていない。

小型、中型、大型といろんな壺を手に入れたが、眺めていて飽きないものはごくわずか。結構な数を人にあげてしまった。

江戸中期のものとの触れ込みで手に入れた古丹波の壺も、しっくりこなくて玄関先に放置している。今では傘立てに格下げしてしまった。結構富豪みたいな使い方かも知れない。

2007年12月20日木曜日

タコ社長が怒る税制

昨日、役員給与に関する変な税金の話を書いた。今日も続きを書きたい。

役員に支給する給与は損金にできないというおかしな原則をクリアする方法のひとつが「定期同額給与」。これは1か月以下の一定期間ごとの支給で、その都度支給額が同額であれば、その役員給与は損金にできますよという制度。

大半の企業は、この規定によって役員給与を当然のように損金にできる。月給100万で年間1200万といった綺麗に収まるケースであれば、経費性に問題ない。一見、なんてことなさそうな決まりだが、実際の中小企業経営においてコトはそう簡単に運ばない。

寅さんに出てくるタコ社長を考えればよく分かる。いつも資金繰りでピーピーの朝日印刷のタコ社長。安定した資金繰りとはほど遠い状況だ。タコ社長も経営者のはしくれ、さくらの旦那・博さんをはじめとする従業員の生活維持に腐心する。映画でそんなシーンはなかったが、博さん達の給料を遅配したりカットすることになれば、当然、それより先に社長である自分の給料をなんとかするだろう。遅配や減額。中小企業のオーナー社長にとって身近な話だ。

タコ社長が、ある時期、自分の給与を2割でも3割でもカットしたり、ある1か月分だけ返上したとする。この場合、税務上は「定期同額給与」に該当しなくなり、その他の月の分も含めた1年間の社長給与が朝日印刷にとって損金にならないという仕組み。これって変じゃない?

実際の世界では、減額分や遅配分を経理上「未払金」で処理し、事業年度内で辻褄を合わせようという動きが盛んらしい。そうでもしないとレッキとした役員給与という純粋な費用が税務上の経費にならないという状況は不自然極まりない。歪んだ制度といえる。

一応、例外規定もあり「経営の状況が著しく悪化」すれば、減額改定しても役員給与を損金にして良いとされている。ただ、「著しい悪化」という定義が不明であり、タコ社長の場合を考えても分かるが、慢性的に資金繰りに躍起になっている会社にとっては救済策にはならない。

この定期同額給与という規定、そもそも昨日のブログで書いた事前確定届出給与とセットで登場した。昨日も書いたが、事前確定届出給与は、「役員賞与も損金にできますよ」という鳴り物入りで導入された制度。
この2つの制度の関連をうがった見方で解説すれば次のようになる。

「役員賞与を損金にできるようにしてあげたのだから、月々の給与に関する取扱いは、これまでよりカチっと整備しますよ」といったところか。アメとムチのような論法だが、フタをあけたら、役員賞与を損金にすることなど普通の中小企業には至難のワザ。結局はムチとムチの構図が完成したという薄ら寒い話。

「一度決めた給料は変わらないのが普通」。役人の発想として本当にそう信じているのなら結構驚く。

2007年12月19日水曜日

変な税制 役員給与

中小企業にとって変な税制は数あれど「役員給与の損金不算入」制度は、民間の実態をまるで分かっていない人間が作ったと断言できるものだ。

税制上は、役員報酬は損金にでき、役員賞与は損金にできないというのが以前の大原則だった。平成18年の税制改正でこれが大きく転換、報酬も賞与も「役員給与」として一本化され、あくまで原則は損金不算入の支出という位置付けにされた。

役員給与は原則として損金にできないという発想自体が物凄いが、まあそこは大原則。問題は、限定的に損金にできることが認められた条件の中味だ。

平成18年改正の目玉だったのが、「役員賞与も損金にできるようになりました」というもの。これは「事前確定届出給与」という内容で、読んで字のごとく、基本的に事業年度開始から3か月程度の間に所轄税務署に対して支給額や支給時期を届出ておけば、従来は損金にできなかった役員賞与も損金にできますよという規定だ。

「役員賞与も損金にできる」という字ヅラだけ見れば画期的だが、事業年度当初までに「事前」に「支給額や支給時期」までも税務署に「届出」しないとダメという構図である。

一般的な役員賞与とは、業績の結果に応じて支給が決まるものであり、事業年度初めに決められる性質のものではない。つまり、「役員賞与が損金にできる」という表現は、厳密に言えば正しくない。役員賞与をどのぐらい出せるかを期首から分かっている会社など考えにくい。

強いていえば、これまで月間給与の14か月分の年俸制で、月間給与とは別に夏と冬に1か月分づつ支給するような形態をとっているケースに使える制度という話だ。

税務専門紙を発行している立場で、いまさらこんな見解を書くことは正直心苦しい。ウチの紙面にも「役員賞与も損金に!」といった短絡的な記事が載っていた。細かな規定が整備されていくうちに「アレレ」は強くなっていった。

でも改めて思う。上記の制度が誕生した際、財務省も国税庁も「役員賞与だって損金にできるようになったのだから画期的なこと」という趣旨の自画自賛を繰り広げていた。あの主張は、いわゆる“おためごかし”的な方便だったのか、それとも本当にそう思っていたのだろうか。

仮に「役員賞与を損金にできるようにした」と本気で思っていたとしたら、民間の実情をあまりに知らない。役員賞与は、日々変動する業績の積み重ねで生まれる性質のもので、事前に決められるほど安定している会社など中小企業の世界には珍しい存在だろう。

ちなみに「事前確定届出給与」を適用した会社が、業績低迷で、決めていた支給額をほんのちょっとでも減額したら、そのすべてが損金にならないのだから、救いようがない。

「どんなことがあっても、何が起きようとも確定している支給額」なんて給与の世界にあり得るのだろうか?。思わず考え込んでしまう…。おっ、あったあった!公務員の給与だ。人事院勧告をもとに細かい額までびしっと決められているお役人の給料は確かキッチリ確定したまま変動しなかったのでは無かろうか。

役人の発想でしか出てこなかった制度が「事前確定届出給与」という存在だ。