2008年4月30日水曜日

いまこそ「おでん」

暖かくなってきた。冷やし中華のノボリを立て始めた店もある。これからの季節、まっさきに日陰の存在になるのが「鍋」だろう。熱燗に鍋という組み合わせは、なんだかんだ言っても寒い季節の定番だ。

毎年、この季節になると、アマノジャクの私ががぜん、気になるのが「おでん」だ。おでんも冬の定番だが、冷たい生ビールとおでんの組み合わせも捨てがたい。

というより、冬場は混んでいてなかなか入れないおでん屋さんに比較的入りやすくなることが私にとって大きなポイント。

突然、ふらっとその日の気分で店を選びたい性分なので、いつも飛び込みで店を覗く。
真冬のおでん屋さんは、このスタイルだと途端に敷居が高い。入れない。すごすごあきらめるか、変な時間帯にしか行けない。

だいたい、おでん屋さんに行くのに事前に予約するという行為が苦手だ。こんな性格だから、ハヤリの店には行けない。

前振りが長くなった。銀座の美味しいおでん屋さんに2日続けていった。最初は「おぐ羅」、次の日は「力」。

おぐ羅を訪ねたのは6時半頃。ふらっと覗いたらなんとか入れそう。私が席にありつけた直後に結局、満席になったが、飛び込みで入れたのだから季節の変化に感謝だ。

かつおの美味しい時期だけに迷わずに定番のタタキを頼む。ポン酢と薬味たっぷりのこの店のたたきは、カツオを食べ終わった後におでん鍋からアツアツの豆腐を入れてもらうことが真の目的。豆腐投入を見越して薬味を残し気味にしておくことがコツだ。

おぐ羅の特徴は、「おでん屋なのに高い」ということ。知らないと戸惑うかも知れないが、知っていれば驚かない。値の張る一品料理をカウンター越しに勧められるが、断るのもヤボとばかりに調子に乗っていると高く付く。でも納得の味が多いから私的には大好き。

この日、タケノコの煮物、カニミソのカニ身あえ、それ以外にも旬の酒肴を頼んだ。みんな美味しい。そして何より、この店は燗酒が絶品。白鹿だか白鷹だったかいつも忘れてしまうが、その1種類のみ。ただ、錫だかのやかんで都度都度お燗をつけるこの味が最高で必ず飲みすぎる。

おでんはアジを使ったつみれや、ゴボウのくせにやたらと柔らかく、中に鴨肉が詰めてあるおでんがトクにおすすめ。まあなんでもうまい。

翌日の「力」。こちらも冬場は風情のあるカウンター席はとっとと埋まってしまう。この店、とってつけたような今風の装飾で無理矢理日本情緒っぽさを演出している店とは一線を画し、造作も本格的、正しい日本料理屋風のしつらえ。いい感じで鄙びていて情緒タップリ。

肝心の味の方は、こちらもさすがに銀座のおでん屋。まっとうな一品料理が数多く揃う。特製のアジのタタキは、酢じめしたうえで軽く炙られたアジをおろしポン酢タップリで味わう。毎度頼んでしまうほどクセになる味だ。

おでんは、まさに上質なお吸い物系の優しい味。関東おでんが好きな人には物足りないだろうが、いくらでも食べられそうな味わい。ここには、古典的なおでんだねのほか、トマトなんかもあって楽しい。

一本から頼める牛すじの土手煮なんかをつまみに焼酎をグビ呑みして、締めに優しい味わいのおでん。実に穏やかな時間が過ぎていく。

さて、この2店。両者とも最後のお楽しみにとして「汁かけご飯」がある。双方ともおでん鍋の絶品スープが主役になるわけだが、これに関しては「おぐ羅」に軍配が上がる。

おぐ羅のそれは、茶めしに刻みネギを載せておでん汁をかける。力は、白ご飯におでん汁だが、風味づけの刻み海苔が多くて、スープの味わいを弱めてしまう。

おぐ羅の汁茶めし、どんな上等な食べ物にも勝る旨さだ。最高のB級グルメ、いやA級だろう。

2008年4月28日月曜日

浦島太郎の気分

今年は、久しく没頭していなかった水中写真撮影に真面目に取り組もうと、最近の撮影機材動向を調べはじめてみた。もう10年ほど前に揃えたいまの水中撮影機材が完璧だと思っていたため、最近の事情にうとくなっていた。

調べてみて唖然。大げさではなく革命がおきていた。デジカメの進化が水中撮影にも大きな変化をもたらしている。ヤバイ!まったく浦島太郎状態になってしまった。

いずれ一眼レフのデジカメが手頃になったら機材を一新しようと思ってはいたが、意表を突かれたのは「コンパクトデジカメ」、いわゆるコンデジの台頭だ。

フィルムカメラしか水中に持ち込まれていなかった10年ほど前、シャープでビビッドな作品をものにするには、一眼レフ以外はあり得なかった。コンパクトカメラを使う発想はカメラ派ダイバーにとって考えられなかったのが実情だ。

ところが、最近のコンパクトカメラは、デジタル化という魔法によって、一昔の一眼レフを凌駕しそうな機能を持っている。

当然、小型で軽量、水中にもっていくための防水ケース(ハウジング)もコンパクトで、肝心の専用水中ストロボもコンパクトなものがいくつも登場している。

驚いたのは、5年ぶりぐらいに買ってみた水中写真の専門雑誌に出ていたデータだ。

アマチュアの水中フォトコンテストで使われた撮影機材の変遷が、自分の浦島太郎化を更に実感させた。

佳作を含む優秀作品のうち、実に65%がコンパクトデジカメによるものだという。残りの3割強は、デジタル一眼とフィルム一眼が半々程度だという。10年前、いや5~6年前でも優秀作品については、銀塩一眼レフ利用が7割ほどを占めていたはず。私の撮影機材セットが過去の遺物になりつつある。ショック!

おまけに雑誌に掲載されていたそれらの優秀作品を見ると、コンパクトカメラで撮影されたとは思えない作品ばかり。私がその昔、大げさではなく、死ぬ思いで接近撮影したような被写体もいとも簡単に撮影されている。撮影データを見るとコンパクトカメラ専用ハウジングに水中用のクローズアップレンズを装着してあるとのこと。最新の光学式ズームにクローズアップグッズを付ければ、被写体までの距離は相当稼げる。参った!

ほんの数年で浦島太郎になってしまったわけだが、これも、われわれが苦労に苦労を重ねてやたら面倒な段取りを踏んで水中撮影に取り組んできた歩みがあってこその進化だと思うことにした。

10年以上前のわれわれ物好きダイバーの撮影姿は、きっと間もなく前時代的なものになるのだと思う。でも、その姿を見て、あんな用意をしなきゃ撮影できないのならナントカしなきゃと思った各種メーカーが、現在のお手軽水中写真環境を整えているのだと思うことにする。

さてさて、愚痴を書いてもきりがない。富豪記者を名乗る以上、とっととイマドキのコンデジ水中セットを購入することにしよう。その使い勝手、仕上がりを見た上で、さっさと全機材をデジカメ対応に買い換えることにしよう。
頭痛がするほど出費がかさみそうだ・・・。

写真は順番にカリブ海・ボネール、マレーシア・シパダン島、メキシコ・コスメル島、沖縄・本島読谷沖で撮影したもの。



2008年4月25日金曜日

長生き税

長寿医療制度の問題が騒々しい。そもそも後期高齢者医療制度という名称があんまりとのことで、急きょ名称変更に至ったわけだが、名前を変えたところで中身は一緒。ぐちゃぐちゃ状態の年金制度の整理・立て直しも済まないうちに、高齢者の年金から新たな負担を差し引くというもの。

高齢者の感覚では、「長生きするのは罪」と言われているようなもの。いわば「長生き税」だろう。首相自身が説明不足だったと釈明するほど、制度の周知がなされていなかったわけだが、この手の国民に追加負担を求める制度って、なんとなく、こそっと導入されるような傾向がある。

法律は建前上、立法機関である国会によって誕生する。とはいえ、実際の作業は官庁が請け負う。知恵者揃いの官僚は、当然、省利省益を考えてあれこれ自分達が運営しやすいようにメリットを盛り込む。

以前、税制上のビミョーな新制度が突然登場した経緯についてある国会議員に取材したことがある。彼の口から出たのは、「法案の中にこそっと役人が盛り込んでたんだよ」。国会議員としてちょっと情けない話。「政」と「官」の関係を見直さない限り、“官僚制社会主義国家”といわれる現状は打開できないだろう。

今回の「長生き税」もそうだが、国民負担を新たに求める制度は、官僚サイドから見れば「とりあえず導入ありき」であって、導入前に話題になったりするのを避けようとする傾向がある。導入時はこそっと、そして“小さい”制度としてスタートさせ、その後大きく育てればいいという感覚だ。

消費税の時もそう。世界中で最も低い水準の税率で導入し、おまけに滅茶苦茶な免税・非課税制度を設けたことで国民のアレルギーを抑えようとした。あれについては、政治レベルでの妥協が大きかったが、根底にあるのは、「小さく産んで大きく育てる」発想だ。

税制のなかには役割を終えたものも多いが、なぜか廃止・撤廃されずに存続しているものも珍しくない。たとえば地価税。地価暴騰抑制のため導入された制度だが、土地の値段が暴落しはじめた頃に廃止されるのかと思いきや「当分の間、課税を停止する」という改正が行われ、現在も立派に制度としては一応存続している。またいつでもスタートできるわけだ。

社会保険や税金の各種制度は、いったん導入されれば、その後は導入時ほどの議論はないまま負担増が決まりやすい。

今回の長寿医療制度も、いまになってさかんに野党陣営が糾弾しているが、導入後に騒いでもちょっと迫力が感じられない。テレビでよく見る鬼の首でも取ったような顔で与党を攻めるセンセイ達の表情は、「なんだかなー」って感じだ。

2008年4月24日木曜日

オーバカナル 銀座

東京に飲食店はまさに星の数ほどある。特徴があるわけでもないが、何気なく魅力的な店も結構多い。かしこまらず、かといってがさつすぎずに快適に過ごせるような店は貴重だ。

女性をともなっている場合、この手の店は、やはり和食系だと単なる居酒屋になってしまいがちなので、西洋料理系が多い。若かりし頃よく使ったこの手の店と言えば「ラ・ボエム」を思い出す。

そこそこ美味しいものが食べられて、お酒もきちんと揃っているのだから、使い勝手はよいが、その特徴のなさゆえ、つい素通りしてしまう。

こんなことを思ったのは、銀座のオーバカナル(AUX BACCHANALES)にボーっと座っていたとき。カフェとビストロの中間的位置付けのこの店、都内にいくつもある。

紀尾井町のニューオータニの麓にある店と、銀座店しか行ったことはないが、思えば、このお店、使い勝手がいい。

さて、銀座店での話。天気の良かった某日夕方、冬には閉められていた道路沿いの窓サッシは全開で、オープンカフェ状態。店内中央に陣取りながら、ボーッと外を眺めていたら、正面に位置する泰明小学校の校舎にからまるツタの緑がいい感じ。適度な借景になって「銀座の春」を感じるシチュエーション。

店の前を行き交う人々は仕事終わりでホットした表情のサラリーマン、出勤準備で険しげな顔で美容院へ急ぐオネエサン方など多種多様。

夕方5時過ぎから7時くらいは、銀座の「せわしい感じ」を実感できる時間帯だ。新橋寄りの銀座エリアでは、戦闘前の独特な気配が漂う。こういう雰囲気をビールやらシャンパン片手に俯瞰できるのもこの店のオツなところだ。

銀座店に限らずどこのオーバカナルも食事もしっかり摂れる。メニューリストにあまり面倒なものはなく、分かりやすくて真っ当な食べ物にありつける。

ワイン方面に合いそうなものが多いが、個人的には、紀尾井町より銀座店の方が味がマイルドな気がする。

鴨や羊、豚、魚介類など。頼みたいものが無くて困っちゃうという事態にはならない。全体的に量も多いのが良心的。

フレンチ系の食事は基本的に苦手な私だが、狭くて窮屈なビストロや閉鎖的なグランメゾンで肩が凝る思いをするのだったら、この手の店の方が居心地はいい。飲み屋気分でマッタリできる。


こぼれ話1。この日、2件目に立ち寄った酒場で、作家の伊集院静さんと遭遇。狭い通路で向き合ってしまった。すれ違いざま、低い声で「失礼」と去っていった姿がやたらと格好良くてちょっとシビれた。最近、彼の作品を読んだばかりで、その登場人物が格好良かったせいもあって妙に印象的だった。モテる人特有のオーラに敬服。


こぼれ話2。この日、3件目。久々に立ち寄った某クラブ。酔い覚ましのつもりでゼロカロリーコーラを注文。結局コーラのみで退散。しかし、お勘定は普段と一緒。せつない。

2008年4月23日水曜日

野村證券 インサイダー M&A


株なんてものは、何かしらのインサイダー情報を持っている人間しか儲からないのが大人の常識だ。もちろん、1日中パソコンとにらめっこして、一定の法則に基づいてデイトレードしていれば、それなりに儲けは出るのだろうが、一般的には多少なりとも有利な情報を握った人だけが潤う。

インサイダーだらけとは分かっていても、野村證券社員による今回の事件には呆れる。あんなベタなことがまかり通るなら、誰だって子どもを証券会社に就職させたくなる。

逮捕された野村證券の中国人社員は入社直後からインサイダー取引に手を染めていたそうだから、事件そのものが氷山の一角と考えられる。

今回の事件で、とんだトバッチリといえるのがM&Aという商行為だろう。大企業のM&Aの中枢で起きていた事件だけに、M&Aそのものへのネガティブイメージが懸念される。

上場会社がM&Aによって業務基盤を強化したり、M&Aされることで成長発展が望めることになれば、当然株価にはね返る。M&Aは市場へのインパクトも大きい。この中枢情報が第三者の私腹を肥やすことに悪用されたら、この商行為自体が怪しげに思われてしまいかねない。

わが社では、60年に渡って中小企業経営者や会計事務所業界に対して専門新聞を発行してきた。この関係で、中小企業や会計事務所の事業承継がスムースに運んでいない実態に身近に接し、そのサポート依頼も年々増加しているため、主に中小事業者のM&A支援を積極的に行っている。

後継者のいない経営者の苦悩は、当事者にとって非常に深刻。これまでは、中小企業であれば廃業という選択肢が一般的だったが、これが厄介。すべてを処分するために逆に大借金を抱えて引退後を過ごす悲惨な事例も珍しくない。

M&Aがスムーズに運べば、従業員や事業用資産も引き継がれるし、オーナー経営者は、憂いなくまとまったリタイア資金を得られる。

今回の野村證券のインサイダー事件は、こうした観点からも罪が深い。M&A周辺事情にビジネスライクなマネーゲームといった誤った印象を与えてしまいかねない。

M&Aには「事業承継難民」とさえ呼ばれる中小企業経営者の苦悩を解決する手段としての社会的使命があり、むしろこういう側面こそ強調される特徴だと思う。

乗っ取りだのホリエモンだの、何かとネガティブイメージがつきまとうM&Aだが、中小企業レベルでは、実に有意義な経営選択手法として機能していることを声を大にしていいたい。

ちなみに、わが社が関わるM&A関連情報も当然ながら非常に厳格な情報管理が徹底されている。当たり前なのだろうが、副社長である私にも情報は開示してもらえない。

以前、某会計事務所のM&A完結後、当事者の一方が私の知人だったことが後になってから分かった。わが社が支援していた案件だったことを当事者から聞かされたわけだが、秘密保持が何より大切な問題だけに、バツは悪かったものの、わが社の“品質”を体感できたのでいい経験だった。

2008年4月22日火曜日

お笑い「躍進中国」

北京オリンピックに向けて何かと騒々しい。聖火リレー問題しかり、現地の公害問題しかり、食の問題だってくすぶっている。

何かにつけて、急成長する中国を持ち上げたがる知識人は多い。私の周りでも、政治家や経済人の多くが、やたらと中国ヨイショ組。オリンピックも勇んで見にいく予定の人も多い。

中国の躍進って、そもそも日本の資金援助(ODA)が無ければ成り立たなかったのだから、その部分を棚に上げ、やたらと持ち上げる風潮には正直違和感を覚える。もっと乱暴にいえば「あほらし」。

ODAには無償資金供与だけでなく、いわゆる貸付け部分も多い。以前、某中国通の有力代議士に言われたことがある。

「おたくらマスコミは、中国へのODAを何かと批判したいようだが、貸してるだけで返してもらう分もあるのだから勘違いしては困る」。返してもらうのだからいいじゃないか的発想って結構エグイ。これまた「あほらし」。

巨額な資金を貸すという事実自体が、すこぶるメリットの大きな援助だという感覚が欠落している。

資金を借りたくたって簡単に借りられない中小企業の心理からすれば、無利子だの低利だとかでジャンジャンお金を貸してくれる相手は神様のようなものだ。
一般人の健全な感覚だと、躍進中国に対して「スポンサーはこっちだ」と言いたくなる。

チャイナスクールと称される外務省の中国シンパ組は、長い年月をかけて、狡猾にシンパとしての道を極める。シンパ、言い換えれば手下ともいえる感覚が醸成され、結果、中国へのODAがドシドシ決定される。

おまけに中国各地で湯水のように使われるODA予算の多くが、日本からの資金援助で行われていることが現地の人々に周知されていない。これまた「あほらし」。

こうしたアホ話は、昨今のODA批判の流れでようやく問題視されるようになった。とはいえ、日本の資金で作った施設にその事実の表示を積極的に要求しはじめたのは最近になってから。日本の対中外交のズサンさを示すものといえよう。

最近では、こうした広報要請の動きが「感謝の押しつけ」として逆に中国からお叱りを受けているらしい。わけの分からない話だ。

ところで、財務省が先日、国の財政状況が「夕張以下の水準」と言い出した。まったく笑ってしまう。事実上の破産状態なのに世界有数の援助大国であることには変わらない。夕張以下が本当なら、オリンピックを開けるぐらいリッチな国から援助してもらいたいものだ。

以前、ODA問題をビートたけしさんが著書で指摘していたことを思い出す。

「会社はつぶれかけてるのに、調子に乗ってリンカーンを買った土建屋と同じ。自転車に乗らなきゃいけないのに、見栄張って銀座に行ってツケで飲んでるようなもの」。
まさにそんな感じ。

「税金の使い道」。古くて新しいテーマだ。一連のムダ遣い糾弾ネタはマスコミが思い出したように書き立てるといったイメージしか持っていない人が多いが、そろそろ国民それぞれが真剣に考えないと結局痛い目に遭うのは国民自身ということになってしまう。

2008年4月21日月曜日

絵に描いたようなダメな店

適当に入った鮨屋で貴重な体験をした。ダメな店の典型をまじまじと見ることが出来た。

入りたかった店に2件ふられて飛び込みで入った池袋の鮨屋。怪しげな繁華街のビル1階、しっかりした店構え。外からチラッと見えた店内の様子もいたって普通に見えた。

入ってみると、板前さんに元気がない。開店前なのかと思ったほど。「元気がまるでない鮨屋」。これだけで大ハズレ。この時点で、出てきてしまえば良かった。反省。

そしてカウンターの端に腰をおろす。なんか臭う。地方都市で何十年も改装をせずに細々と続いている場末のスナックの臭いだ。

後ろを振り返ると水槽があった。なかにはアジやカワハギが泳いでいる。ネタの鮮度を強調したいのだろうが、水槽の水がやたらと汚い。間違いなく逆効果だ。

ホワイトボードにお勧めが書いてあった。結構、通好みの品揃え。のれそれや殻付きウニ、活のボタン海老やツブ貝。

元気のない板前さんにアレコレ尋ねる気にもならず、書かれているラインナップからいくつか注文する。まずくはない。生臭くもない。でも元気がない板前さんに出してもらうと食べる方も元気がなくなる。

しばらくすると外出していたらしき親方然としたおじさんが戻ってきた。当然、客への挨拶や愛想はない。元気はありそうだが、活気はない。

この親方、つけ場に立って、なにやら仕込みをはじめた。私が座っている場所の前あたりが定位置らしく、さっきの元気のない板前さんよりはましだろうと期待する。

すると大きな音量で着メロがなった。親方の携帯だ。当然のように電話に出て、フツーに会話をはじめた。こりゃダメだ。

同席者の手前、いまさら退店するのも微妙な感じで、この日はこの店と心中することにする。

バイトらしき若者が出勤してきた。ボーっと店に入ってきた若者に対し、親方が客がいるにも構わず「あいさつしろ」と叱っている。
もう少しで「お前こそ」と言いそうになる。

続いて親方は、ぴちぴちと活きのいいボタン海老を仕入れてきた入れ物からネタケースに移しはじめる。でも、それが乱暴。ネタケースの中で、跳ねまわり、しめ鯖やイカなどのネタが置かれているエリアにまで侵入。でも散乱したまま放っておかれていた。乱雑。

握りも少し食べた。まずくはないが、うまくもない。味覚と気分は密接に関係する。私の場合、この店では、どんなものもうまくは感じないだろう。

お値段は想像の通り。立地、値段、ネタを考えると、ここで書き連ねた部分がすべて修正されたら、間違いなく人気店になるだろう。

絵に描いたようなダメな店を興味深く観察できたので、それなりに意味のある時間だった。ダメな店って客の目線から言えば、結構単純なことの積み重ねで、ダメになっているのだと思う。でも、その単純なことが当事者には直せなかったり、気付かない。

と、偉そうに書いてはみたが、そう考えると自分の日頃の態度、生活習慣などが、他人からはダメ認定されているのかもと気になりはじめた。気をつけよう。