2021年7月16日金曜日

猛暑の散歩とピカピカの靴


夏の散歩が好きだ。汗だくになりながら歩き回って、帰宅後すぐに用意しておいた水風呂に飛び込むのが物凄く気持ちいい。一種の変態である。

 



 

夏は曇っていても暑い。それなら燦々と降り注ぐ日差しの中で歩くほうが気分があがる。函館・ラッキーピエロで買ったキャップを被り、Tシャツに短パンで首にタオルを巻いて歩く。

 

止まると一気に汗が噴き出るから何かに取り憑かれたように歩き続ける。好きな音楽を聴きながら無我の境地だ。イヤホンが汗でデロっとするのは困りものだ。

 

途中、目に付いた花にスマホを向ける。花の名前を教えてくれるアプリを起動してフムフムと感心する。なんとなく文化的?な時間を過ごしているように思えて悪くない。

 



 

ムラサキシンクランという花だそうだ。散歩に出てスマホを活用しなければ死ぬまで知ることのない名前だ。そんなどうでもいいことをしながら歩くのは楽しい。

 

散歩の際はもちろんスニーカーだ。自慢の革靴の出番はない。とはいえ、履き慣れた革靴はヘタなスニーカーより歩きやすいこともある。

 

過ごしやすい気温の日は職場の行き帰りは歩くようにしている。馴染んだ革靴の良さを実感できてそれはそれで楽しい。

 

靴好きは靴磨きも好きなものだが、靴磨きは本気でやると結構キツい。夏場はちょっと面倒くさい。そういう時は人任せにしてしまう。

 



 

靴磨き専門のお店に持ち込んで大枚はたいてピカピカに仕上げてもらう。自らやるべき作業をサボる背徳感もピッカピカの鏡面仕上げを見れば消え去る。

 

上の画像は手前左がガジアーノ&ガーリング、右がJMウエストン、後ろの左がエドワードグリーン、右がタニノクリチーだ。JMウエストンとタニノクリスチーは10年前に買った靴だがバリバリ現役だ。

 



 

つま先の鏡面仕上げはやはりプロに頼むのが確実だ。自分ではなかなかこうはいかない。眺めているだけで嬉しくなる。

 

下の画像はやはり10年ほど前に買った雨の日用のヨレた靴。これも業者さんに頼んで生き返らせてもらった。ソフトな履き心地で人気のスペイン・マグナーニの靴だ。

 



 

自分の中で靴には格付けをしている。一軍、二軍、三軍に分類しているが、このマグナーニは三軍の代表選手である。

 

綺麗にする前の画像を撮っておけば変化が一目瞭然だったのだが、かなりヨレヨレだったものが一気に息を吹き返した。

 

雨の日用だったのに雨の日にはもったいなくて履けなくなってしまった。新たな雨用三軍靴をどれにするか考え中だ。

 



 

こちらは一軍の主要選手達だ。手前右がジョンロブ、左がエドワードグリーン、後ろの右もエドワードグリーン、左がJMウエストンだ。新しいのはウェストンぐらいで、他は5年ぐらい履いている。

 

今回、業者さんに出さなかった靴もこれ以上にあるので、どの靴もしょっちゅう出番があるわけではない。おかげで何年経ってもヘタらずに活躍してくれる。

 

やはりこれらの靴を長持ちさせるためにもっともっと新しい靴を買わないといけない。大物ルーキーが加わってくれればくれるほど既存の靴達は長く現役でいられる。

 

そういう屁理屈みたいな考え方だから金欠という悪習慣が改善されない。困ったものだ。

 

 

 

 

2021年7月14日水曜日

ホテルメシの魔力

ホテルでご飯。何となく贅沢な響きだ。実際に街場のレストランより高い。高いのに行きたくなるのはやはり雰囲気に浸りたいからだろう。

 

味覚なんてものは気分で変わる。ウマい食事も汚い店で食べれば喜びは半減する。普通の味でも優雅な雰囲気を調味料にすれば印象はアップする。そんなもんだろう。

 

先日、3542円のラーメンを食べた。永田町のほうに用事があったので、ついでに寄ったキャピトルホテルでのことだ。

 



 

その昔、ビートルズも泊まったホテルである。マイケルジャクソンが猿と一緒に泊まったのも確かここだった。

 

ここのラウンジレストランの名物の一つがパーコーメンだ。極めてオーソドックスなラーメンに揚げた豚が乗っかっている。薬味は別皿で用意される。シンプルそのものの一品だ。

 

野菜が大嫌いなくせに、ここ数年の間に薬味だけは大好きになったヘンテコな私だ。大昔は薬味が別皿というこのスタイルが嬉しかったが、今では全部ドッサリ投入してしまう。

 



 

一口食べてビックリするようなウマさとは違う。ジンワリと美味しさがが染み渡る感じだ。豚肉好きな私だからパーコーもムシャムシャ食べる。普通に美味しい。

 

1000円も出せばドッサリとチャーシューが載った醤油ラーメンが食べられるのに、その3倍以上のコストを払う意味は何なのだろう。

 

伝統の味を食べている感慨か、ゆったりした空間が魅力的なのか、はたまた無料でクルマを駐められるからなのか。いずれも正しい理由だが、やはり凜とした雰囲気に身を置く心地よさが一番だろう。

 

別な日、池袋のホテルメトロポリタンで中華料理を食べた。こちらはホテルメシがどうこう言う前に、池袋で大人がゆったりウマいものを食べられる店が無いせいで消去法的に選んだ感じだ。

 

とはいえ、ホテルメシはホテルメシである。ホテル自体に高級感は乏しいが、中華の「桂林」については、店の造り、接客、雰囲気ともに極めて真っ当だ。以前から味の良さでも定評がある。

 





 

名物の焼き物前菜、一本から頼める北京ダック、海老料理である。職場が池袋にあった頃に時々足を運んだ店だが、昔から安定的な美味しさを維持しているのは立派だと思う。

 

特筆すべきはチャーハンだ。パラッパラの正しいチャーハンの見本のような完璧さ。油の加減も味付けも強すぎず弱すぎず絶妙で、いくらでも食べられそうな感じだった。

 




こんなことを書くと他の店に叱られそうだが、池袋の良心とでも呼びたくなるレベルだった。

 

ホテルメシの良さは、席に辿り着くまでのアプローチにもある。商業施設やデパートのレストラン街に上質な店があったとしても、そこに着くまでに乱雑な場所や人混みをかき分けていく必要がある。

 

そんなことまで気にするようでは単なる偏屈ではあるが、ホテルの場合は、レストランに辿り着くまでの動線も何となく心地よい。

 



 

キャピトルホテルのロビー周りの風情だ。こんな空間を通過しながら、うやうやしく席に案内されるわけだから悪い気はしない。

 

慇懃な対応、空間の優雅さ、席周りやカトラリーの綺麗さ、天井の高さ、丁寧な調理、ホテルの歴史がもたらす重厚な雰囲気、おまけに駐車場がタダ(笑)。

 

こういう高得点な部分をひとつずつ金銭換算していくと、結局、ラーメンだって3542円という値段になってしまうのだろう。

 

 

 

 

 

2021年7月12日月曜日

嬉し涙の味がした

 20年前、娘が生まれた時に記念の品をアレコレと調達したのだが、一番思い入れがあったのが泡盛の甕だ。

 

成人したら一緒に飲もうと考え、熟成に良さそうな容器に入っている泡盛を探した。器好きの私としてはガラス瓶のまま保管するのは面白くない。

 

忠孝酒造というメーカーが焼き締めの甕を独自に作っていると知り、娘の名前を彫り込んだ一升甕を二つ発注した。

 







 

せっかちな性分だから一つは10年で開封したが、もう一つはしっかり20年間寝かせた。釉薬を使わない焼き締めの器は熟成を手助けする効能がある。

 

発注した段階で5年モノの古酒を入れてあるので、都合25年モノの泡盛である。10年前に先に開けたほうも充分にまろやかで美味しかったが、はたして25年モノはどんな味がするのかずっと楽しみにしていた。

 

先日、娘が二十歳の誕生日を迎えた。泡盛開封の日だ。何とも感慨深い。前日の夜に仕舞い込んであった納戸から引っ張り出した際に不覚にも涙がこぼれた。親バカである。

 

そして開栓の時、20年の出来事がいくつも頭をよぎった。過ぎてしまえばアッと言う間だが、そりゃあいろいろな出来事があった。その全ての時間をこの甕は静かに待っていたわけだ。

 

発注した甕が届いた20年前のあの日、さまざまなことを考えた。20年後に果たしてオレは元気でいるのだろうか、成人した娘はどんな顔をしているのだろうか、20年後に親娘はどんな関係性を築いているのだろうか等々。

 

嫌われちゃって一緒に杯を交わすことが出来なかったらどうしよう、20年経つ前に地震で割れちゃったらどうしようなどと、ついネガティブなことも頭をよぎった。

 

そして20年が経った。私自身しっかり元気で過ごしている。娘との関係は良好だ。顔だって私にソックリに育ってくれた。

 



 

何とも幸せな話である。ハタからみれば別に珍しくもないことだろうが、私にとっては普通のことだと片付けることは出来ない。

 

親になり、子が育って一緒に酒を飲み交わす。人生におけるめでたいことのトップレベルの出来事だと感じる。

 

やたらと感激した。元嫁や息子も一緒にワイワイガヤガヤと祝った席だから涙こそ流さなかったが、心の中では嬉し泣きの大雨がふっていた。

 

泡盛の味はもちろんウマかった。いや、もし腐っていたって美味しく感じたはずだ。もちろん腐ってはおらず、超絶に熟成は進み、泡盛らしいクセを感じないほどまろやかに変化していた。

 

10年前に開けたほうと比べてまったく違う味だった。43度の強さなのに水割りにすると頼りない感じで、ロックで味わうのが最適な仕上がりだった。

 





 

この日、甕とは別に後生大事にしているぐい吞みも使ってみた。これも娘が生まれた時に記念に購入した。我がぐい飲み収集歴の中でも圧倒的に高価な一品だ。

 

鉄絵の技法で人間国宝になった今は亡き清水卯一さんの器だ。蓬莱釉という独特の柔らかい雰囲気の釉薬を用いた優しい風情の作品である。

 

わが家のぐい飲み陳列棚にこの盃は置いていない。箱にしまって大切にしている。前回使ったのはたぶん娘の10才の誕生日だったと思う。

 

人に物語があるように器にも物語がある。これまでゆうに100個以上はぐい飲みを手にしてきた私だが、この盃だけは特別強い思い入れがある。

 



 

喜びに浸りながら20年間の時の流れを思う。私にとっては30代半ばから50代半ばという人生にとって中心的な時間である。

 

嬉しいこと、哀しいこと、楽しいこと、辛かったこと、すべてが今の自分を形作る元になっている。すべての事柄が無駄ではなかったのだろう。この日、それこそ“言葉にならない”という感覚で過ごした。

 

育ってくれた娘に感謝である。親にさせてもらったことが何より有難い。開封した泡盛は今後は娘の誕生日のたびにチビチビ味わおうと思う。

 

 

 

 

 

2021年7月9日金曜日

本気で頭は大丈夫かと思う


このところポカが多い。結構ヒドいレベルだ。物忘れなのか単なるバカなのか、はたまた認知症の兆しなのか、自分ではかなり真剣に悩み始めている。

 



 先日、またまたコインパーキングに車を入れたことを忘れてしまった。なんと5日間である。それも人に言われて気付くという失態だ。

 

その金額たるやここで書くのも恥ずかしいぐらいの高額だった。ぶっ飛んだ。昨年にも同じく数日間忘れていたせいで4万円以上取られたが、今回はそんなものではなかった。2倍以上・・・。

 

前回はしばらく自己嫌悪するぐらいで済んだが、今回はまるまる2日間ぐらい意気消沈した。もちろん金額も痛いが、それ以前に自分のアホぶりに対するショックが大きい。

 

単なる物忘れと認知症の違いは、忘れたことの範囲が「一部」なのか「全体」なのかだとか。

 

クルマを駐めたことは覚えているが、どのあたりに駐めたのか分からなくなるのは物忘れ、クルマを駐めたこと自体を忘れるのは認知症の恐れがあるという意味だ。

 

私の場合、いわばクルマを駐めたことを完全に忘れちゃっていたわけだから後者に近い。ヤバい状態かもしれない。困った困った。

 

別な日、寝る時に装着するマウスピースがどうしても見つからない。歯ぎしり対策の必需品である。毎朝洗ってから決まった場所に置くのだが、ナゼかどこにもない。家中探し回っても出てこない。

 

ひょっとしたらとゴミと一緒に捨てたかもと思い、マンションのゴミ置き場に向かう。運良くその日の午前中に出したゴミがまだあったので回収して捜索。

 

結果、タバコの吸い殻や冷やし中華の食べ残しの中から大事なマウスピースが出てきた。やれやれである。

 

たまたまボケっとしていたと言い訳をするのは簡単だが、マウスピースを間違えてゴミと一緒に捨てちゃったのは、実は今年2度目だ。

 

今更ながら自分の脳ミソが心配になる。

 

暑苦しいし、ちょくちょくタバコも吸うからマスクをアゴの所に下げて過ごす場面は多い。いざマスクをつけようとして、マスクを探して右往左往したり、別なマスクを装着してダブルになってしまうこともある。

 

これについてはタダのバカなんだと思う。いや、こういうのも油断してはいけないのかもしれない。

 

傘の柄の丸い部分を腕に引っかけながら持っていたくせに、急な雨に慌ててコンビニに飛び込んで新たに傘を買ったこともある。

 

他にも最近よくやってしまうのが青汁をぶちまけてしまう失敗だ。ちょっと別なことを考えていると必ずと言っていいほどやらかす。

 



 

粉末の青汁をシェイカー34袋投入して水と混ぜるわけだが、青汁の袋を開封して、シェイカーに入れるつもりが、ナゼか空き袋を捨てるためのゴミ箱に粉末青汁をぶちまける。ヘタすると一袋では気付かず二袋ぶちまけて気付くこともある。

 

これまた自己嫌悪の嵐という事態になってしまう。

 

やはり一連の失態はあくまで日常における緊張感の欠如が最大の理由だと思う。認知症の兆しなどと認めるのは恐い。

 

きっとヌルい暮らしが続いているせいで脳ミソまでズボラになっているのだろう。平和ボケの極みである。

 

まあ、緊張感が欠如するほどノンベンダラリと暮らせているのならそれはそれで幸せだと前向きに捉えることにしよう。

 

 

 

 

 

2021年7月7日水曜日

たいめいけんの2階にて

なんだかんだ言っても一番好きな食べ物は「ニッポンの洋食」だと思う昨今、頻繁に洋食屋さんに出かけている。

 

最近の私の行動範囲は中央区界隈に限られてきたが、銀座には煉瓦亭、グリルスイス、みかわや、資生堂パーラー、南蛮銀圓亭など洋食の有名店がいくつもある。

 

それぞれに個性があって気分に応じて使い分けられるのが良い。たかがチキンライス、たかがクリームコロッケを、されど、という打ち消し言葉で言い直したくなるお店ばかりだ。


中央区界隈で洋食といえば日本橋の「たいめいけん」も忘れてはならない存在。テレビに良く出てくる黒いシェフの店だ。残念ながらお店の建て替えでしばらくは味わえないと思っていたのだが、最近になって仮店舗を出したという情報を聞きつけ早速出かけてきた。

 

仮店舗なのに一から建てちゃったらしい。凄い話である。建て替え店舗が完成した際には、こちらの物件はどうなるのだろう。

 

さて、たいめいけんと言えば、1階席と2階席で路線を変えていることが特徴だ。2階席はゆったり高級路線で同じメニューでも値付けが違う。富豪向け?である。

 

ハレの気分で洋食を味わうには2階席のユッタリ感は有難い。この棲み分けについては8年ほど前にも書いたことがある。

 

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2013/07/2.html

 

仮店舗だから、1階2階の区分があるのか分からなかったのだが、しっかりそのスタイルは継続されていた。2階席だと予約も出来るのが魅力だ。これは大きい。

 

値段は高くなるが、たまの洋食である。いや、しょっちゅう洋食を食べているから単なる贅沢ともいえるが、今の時代、賑わっている場所より静かな場所にいたほうが良い。

 





エスカルゴにメンチカツ、タンシチューである。全部美味しい。メンチカツは上質なハンバーグを揚げたような迫力の一品。

 

デミソースより中濃ソースかウスターソースで食べたいところだったが、これはこれでアリ。肉汁ジュワジュワで悶絶した。

 



 

こちらはコキールだ。分かりやすく言うならグラタンやドリアの上だけである。カツ丼のご飯抜きであるカツ煮みたいなものだ。

 

ベシャメルソースの海で泳ぎたいほどのベシャメラーである私にとってコキールは洋食気分を満喫できる最高の一品だ。

 

たいめいけんのエビコキールはエビの他には何も感じないほどのベシャメル三昧の官能的な一品だった。

 

個人的には銀座・煉瓦亭のざく切りタマネギがてんこ盛りのコキールが大好物なのだが、こちらのベシャメル一辺倒のコキールも捨てがたい。

 

シュークリームの皮を捨てて中のカスタードだけを味わうような嬉しい背徳感がある。ちょっと変態的思考かも知れない。

 





 こちらは名物・たんぽぽオムライスである。かっさばく前と後の画像だ。洋食界のスーパースターである。無条件にウマい。ただただウットリしてただただうなずきながら味わう。

 

タマゴをいったい何個使っているのだろう。知りたいような知りたくないような抜群の美味しさである。バターもたっぷりなんだろう。そのあたりのことは考えないほうが身体に良さそうだ。

 

それにしても、建て替えで長期間味わえないと思っていたたいめいけんの味が日本橋の地で普通に楽しめるのは嬉しかった。

 

仮店舗とはいえ、2階席は適度な高級感があって居心地も良い。細かい値段を気にせず本気の洋食を本気で堪能したい気分ならオススメです。

 

 

 

 

2021年7月5日月曜日

甘味と幸せ

 

昔からスリムとは程遠い体型を維持している。シュッとした体型でいることは大学生の頃までで終わりにした。大の男ならばやはり恰幅の良さは大事である。

 

言い訳はさておき、デブ系の人間にとって糖尿は厄介な相手だ。コロナ禍でますます糖尿の怖さが際立ってきた。

 

私は運良く血糖値はずっと正常だ。たぶんに遺伝的な要素もあるらしいので、こればかりは親に感謝だ。

 

一時期、ボーカリストという立場を自覚してマヌカハニーを毎日摂取したのだが、その時だけ血糖値が基準値を超えた。仕方なくやめたらすぐに数値は戻ったのでマヌカハニーの糖分は結構凄いみたいだ。

 

さて、前置きは終わり。甘いモノの話である。酒飲みは甘いモノを食べないなどという定説は今や昔、世の中、結構スイーツ好きなオッサンが増えているそうだ。

 

私もそうである。わが家の冷蔵庫には常にいくつかのコンビニスイーツがあるし、ハーゲンダッツやゴディバのアイスクリームも10個ぐらいは常備している。

 


 

ほぼ毎日タバコ休憩のために出かける職場近くのプロントでは、スイカジュースをグビグビ飲んでいる、夏場の楽しみだ。

 

市販のスイカジュースはナゼかウマいものが皆無なので、プロントのスイカジュースをぜひパック入りで市販して欲しい。きっとバカ売れすると思う。

 

先日、かき氷にぶったまげる機会があった。上野広小路のパルコに入っている「廚 otona くろぎ 」という店。

 

日本料理の人気店が出した甘味専門店だ。この時期はかき氷専門みたいで、半世紀以上生きてきた私が驚くような斬新なかき氷を食べさせる。

 





 値段は妙に高い。牛丼を45人にご馳走できそうなレベルだ。こだれだけ払えばさぞや凄いかき氷なんだろうと思っていたが、確かに凄いかき氷だった。

 

かき氷の概念が変わるような感じだ。「氷和菓子」という新たなジャンルに区分けされるべき出来映えだった。

 

昔ながらのざっくりした氷に毒々しい色のシロップをかけた古典的かき氷の大ファンだったら逆にこの店のかき氷はピンとこないかもしれない。

 

とくに白っぽいほうの「みたらしミルク」は口に入れた瞬間に衝撃を受けるほどのパンチがある。やたらとウマいのだが、チーズクリームがコッテリなので途中でキツくなる。

 

若い人なら最後までウマいウマいと叫びながら完食できるのだろうが、我が身の現実としてはさすがにクドい。

 

もう何年も前からかき氷の世界は昔とは違う方向に進化しているようだが、この店で食べてみて時代の変わり様を実感した気分になった。

 

私のような年齢でこういうイマドキスイーツを楽しめるのは大学生の娘のおかげだ。さすがに一人でスイーツ探検は出来ない。これが息子でもダメだろうから娘を持った父親の特権みたいなものだ。

 

先日もエシレバターと砂糖だけの妙にウマいクレープを食べることが出来たし、少し前には妙にシャレオツなパフェも食べた。

 


 

目白の駅前ビルに入っているデリーモというスイーツ屋だ。チョコレートが人気の店だとか。ピスタチオ好きの私はピスタチオクリームを使ったパフェを堪能した。

 

その昔、甘いモノが食べたくなると、そこらへんで売っているごく普通のチョコレートをかじったり、近所の冴えない和菓子屋で固くなりかけている大福を買って満足していた。究極のシンプルである「すあま」も好きだった。

 

時が経ち、飽食の時代も頂点に達したかのような今、妙に贅沢で妙に美味しいスイーツが世の中に溢れている。愛する娘とそんなものを呑気に食べて四の五の語っていられるわけだから幸せなことである。




 

 

 

 

  

2021年7月2日金曜日

全裸監督シーズン2




 

6月末から配信が始まった「全裸監督シーズン2」。先週某日、待ちに待っていた私はさっそく1日で全話観てしまった。ただただ面白かった。

 

シーズン1の衝撃もそのまま、よりスケールアップした感じで楽しめた。一言で表現するなら「プロ集団の本気」に尽きる。名優達の熱演が印象的だった。

 

かの村西監督に憑依した山田孝之はもちろん、豪華キャストが重要な役どころを抑えており見応え抜群だった。

 



 

國村隼演じるヤクザの親分はやたらと恐いし、リリーフランキー、ピエール瀧は相変わらず不良刑事と怪しげなビデオ屋のオヤジを熱演している。

 

前作から引き続き出演している満島真之介や玉山鉄二も最高だ。玉山鉄二は朝ドラ主演俳優という看板を脱ぎ捨て、今回も激しく自慰行為にふけるだけでなく緊縛宙吊りプレイまで披露している。

 

どの出演者の皆さんも、まさにあっぱれのプロ根性である。

 



 

アノ時代をリアルタイムで覚えている世代にとっては単純明快に面白い。一種の郷愁にも浸れる。

 

新宿や渋谷の風景もCGで忠実に再現され、服装や携帯電話、クルマに至るまで当時の空気感をしっかり漂わせているのが素晴らしい。

 

まだまだアナログだったものの、その分、無邪気で明るいエネルギーに溢れた時代だったことを痛感した。

 

作中にも出てくるのだが、ちょうどヘア解禁の頃である。エロの捉え方がそれ以前の時代とは大きく変化する過渡期だった時代の設定だ。

 

ワキ毛の女王・黒木香が一世を風靡した頃、私は大学生だった。家庭用ビデオデッキが一家に一台から徐々に一人一台ぐらいにまで普及していた記憶がある。

 

若者はレンタルビデオ屋に足繁く通い、普通の映画と一緒にこっそりエロビデオを借りるのが一般的な生活パターンになっていた。

 

レンタルビデオ業界はもちろん、ビデオデッキメーカーだって、好業績を支えていたのは紛れもなくエロビデオだった。

 

スケベなエネルギーが世の中を進化させる典型的な例が当時のビデオをめぐる世相だった。

 

プロ集団の話に戻る。バブルの頃の怪しげな銀行員を演じた吉田栄作も良かったし、村西監督をイビるバブル紳士役の伊原剛志のウザい感じも時代感を表していた。

 

他にも石橋蓮司、室井滋、宮沢りえも良い味を出していたし、ちょこっとした役で永瀬正敏や小雪なんかも出てくるから飽きない。

 

言い古されたことだが、コンプラだの自主規制だとかで自由な表現が出来なくなっているテレビでは絶対に作れない作品だ。

 

裏を返せば、こういうネット配信専用番組がどんどん一般化すれば、テレビドラマのいわゆるオワコン化は想像以上に早く進むかもしれない。

 

思えば、今の自分が思うエロの在り方は「村西監督」が大活躍していたあの頃を境に変わったような気がする。同世代の男性は無意識ながらも村西監督の影響を受けているはずだ。

 

秘め事みたいな感覚が明るく開放的に変わった。世の中全体にそういう変革をもたらしたのは事実だろう。振り返ってみれば「エロのプロ集団」が歴史を作っていたわけだ。

 

セックスのことを「エッチする」と表現するようになったのは1980年代だ。エロビデオが一気に普及して若者男子の必需品となった頃と重なる。そういう時代の空気感の象徴が村西軍団だったのだろう。

 

無邪気だった時代を思い返しながらこの作品を楽しむのもオススメだ。大袈裟に言えば自分の人生の一時期を振り返っているようにさえ思える。

 

 ついでだから予告編動画を貼り付けておきます。


https://www.youtube.com/watch?v=tNTyzHdTvCA