「最近の若者は内向きでも草食でもない、所得が低いだけ」。麻生財務相がそんな趣旨の話をしたそうだ。
なるほど、言われてみればそうなんだろう。旅にも出ない、クルマも買わないといった側面だけで若者像を捉えがちだが、そもそも生物的?に若い以上、内面はギラギラしているはずだ。
ギラギラを発揮するよりも、将来への不安の裏返しとして一種の自己防衛として内向きな生き方をしているのが実相なのかもしれない。
思えば、私の若い頃はバブル前後の軽薄な時代だったから、若者は剥き出しのままの若者でいられた。今の若い人達に比べれば脳天気に日々を過ごせた。
ほんの2~30年前後するだけで世相はまったく違うからラッキーだったと思う。2~30年早かったら戦後の大変な時代だし、2~30年遅い今の時代もイヤだ。
政治の世界も小難しいことを議論するより、若い人達がハツラツとバカをやれる世の中にしていくことが一番大事なんだろう。
先輩世代として、いや、将来もらう年金を払ってくれるスポンサーを大事にする意味で若者にどんどん夢と希望を持ってもらいたい。
今週末、いよいよ我がオジサマバンドのライブ本番だ。当日、前座的な位置付けで私がアレコレ歌う際に姪っ子がサポートメンバーで加わる。
就職活動に苦悩している姪っ子とは、ヤツが3000グラムぐらいの頃からの付き合いである。当たり前か。
ライブに向けた練習で何度も顔を合わせているが、今ではいっぱしの大人だ。たかだか22才ぐらいだから幼いことは幼いが、私の22才当時よりしっかりしている。
私がアホバカだっただけかもしれないが、今の若い人は「失われた10年」と呼ばれた日本経済史上最長の不景気の只中に生まれたわけだから、意識構造というか物事の捉え方や考え方が冷静なのかもしれない。
オジサン世代が若者達について、覇気が無いとか冷めていると評するのは簡単だが、その背景には、生まれてからずっと暗い将来展望を聞かされてきたことによる諦観があるのだろう。
来年高校生になる私の娘も私があの年頃だった時よりはるかに冷静沈着な部分がある。
高校生の頃の私は「大人になったらこうしよう、ああしよう」という受け身の発想しかなかったが、イマドキの子は「ああいう大人になるために今はこうしよう、ああしよう」という能動的な発想を持っている印象がある。
頼もしく感じる一方、ちょっとだけ気の毒に思う部分もある。気ままに大げさな夢を語るのが10代の特権だと思うが、これからの時代はそんな呑気なことでは厳しいのだろうか。
まあ、そのせいで週末のライブで歌う英語の発音を娘からビシビシ指導してもらったから良しとしよう。
中高年になると何事においても自分の知識や感覚にあぐらをかいていることが多い。それで済ますのは簡単だが、一方で次の世代から教わったり気付かされることも増えてくる。
「生意気に何を言ってやがる」と突っぱねることもできるが、それだとどんどん偏屈になりそうだから、謙虚に若い世代からの声に耳を傾けるジジイになりたいものである。
2016年11月16日水曜日
頑張れ次世代
2016年11月14日月曜日
上海ガニと毒
「上海ガニにダイオキシン」。ニュースで見た人も多いだろう。中国から香港に輸出された上海ガニに基準値を遙かに超えるダイオキシンが検出されたという話だ。
輸入、販売停止措置が取られたことで、香港では秋冬の風物詩ともいえる上海ガニが見当たらないそうだ。
なんとも残念な話。
一応、日本に入ってきている上海ガニとは別ルートのようで、あくまで現状では“対岸の火事”のような状況である。
でも、そんなニュースを聞くと気分は良くない。日本でも今シーズンは一気に消費量が減ることが予想される。
というわけで、上海ガニを食べに出かけた。相変わらずウマかった。秋が深まると食べたくなる。この日は銀座の維新號新館でムホムホ食べた。
老酒に漬け込んだ酔っ払いガニの他、蒸したカニをホジホジしてきた。独特のコクや旨味は他のカニとは別な種類の美味しさだ。
有害物質を正しく心配することは大事だが、過剰反応してもキリがない。毎日毎日大量に食べるならともかく、たまにちょろっと食べるぐらいで大げさに騒いだって仕方がない。
ちょっと尿酸値が上がったぐらいでビールを飲まなくなる神経質な感じに似ている。
私の場合、気ままな中年独り者である。育ち盛りの子供が食べるわけではない。中年男という生き物は日頃からワケの分からない有害物質を摂取しているから、さまざまな毒性に特殊な抵抗力を持っている(ウソです)。
「食」をめぐる騒動の特徴は過剰反応の一言に尽きるだろう。15年ほど前の狂牛病騒動(BSE騒動)の凄さなどはまさに異常なレベルだった。
一過性だったとはいえ、多くの人が一気に牛肉を食べなくなり、牛丼業界などは経営環境がそれこそ瀕死の状況になった。
痙攣して倒れる牛のニュース映像が繰り返し流され「牛肉イコール危険」という単純なイメージがあっと言う間に世の中に広まった。
結果的にBSE感染患者は国内では一人も出なかったし、今では何事もなかったように輸入牛肉がスーパーに並んでいる。
もちろん、大したことにならなかったのは結果論であり、正しく怖がったから無事だったという解釈も成り立つ。
とはいえ、牛肉を毛嫌いすることが、まるでルービックキューブやインベーダーゲームのように「ブーム」なっていたのも事実だ。大衆心理が引き起こす『熱病』のパワーを象徴する一件だったと思う。
上海ガニの場合、老若男女を問わず頻繁に食べるものではない。牛丼のような国民食だったら隣の国の騒動が一気に飛び火するはずだが、続報が出ない限り、上海ガニ騒動は知らぬ間に沈静化するはずだ。
誰だって有害物質なんて口に入れたくない。でも今の世の中そうもいかない。一般人には良し悪しなど判断できない添加物だらけの食べ物で溢れかえっている。
レトルト食品、カップ麺はもちろん、鮮度が良さそうな手作り感満載の惣菜や弁当だってチンプンカンプンな添加物の名前がキッチリ表示されている。
心配したくても何を心配していいか分からない。一方でこれまで何十年もいろいろ食べてきた上で元気に生きているわけだからヘッチャラだという開き直りもある。
加工食品が怪しいからといって、生鮮食品なら安全かとも言い切れない。放射性物質は原発事故以来、1日も休むことなく海に垂れ流されている。
アンコウのような底生生物には確実に害が及びそうなものだが、冬になればアンキモをウホウホ言いながら食べる。
底生生物のキモ、すなわち肝臓は見方によっては毒の塊みたいなものだが、ウマいからついつい食べる。
アンキモに限らず、シャコや海老あたりの甲殻類も海の中では結構ヤバいもの(人の死体とか)を食べちゃってるし、鮮度が良いからと言って衛生的に問題がないわけではない。
実際にシャコの刺身にあたって死んじゃった人もいる。極論すれば体質や体調次第で毒になってしまうものはいくらでもあるわけだ。
そういえば、私自身、何年か前に上海ガニに当たったことがある。吐きまくったりして結構キツかった。
食べた店は上海ガニファンなら誰も知っている有名店だった。一緒に食べた同行者は何でもなかったから、おそらくモノ自体に問題があったというより単にその日の私の体調が良くなかったのだと思う。
体質的にサバのアレルギーなど無い私だが、疲れているとシメサバでも当たっちゃうことがある。
なんだかよく分からない話になってきたが、クセやアクがあるような“強め”の食べ物は体調と相談しながら食べた方が安心だろう。
そんなことより、上海ガニを熱めにお燗した紹興酒と一緒に味わうとブヒブヒ鼻を鳴らすほどウマい。
あの喜び、あの幸せを堪能するために、ダイオキシン騒動のニュースは今シーズンが終わるまで見ないことにする。
2016年11月11日金曜日
「ぼっち」は淋しい?
十人十色。最近つくづくそう思う。個性というか、性格や趣味嗜好、考え方に至るまで人それぞれで大きく違う。
奇人に変人、怪人、そして凡人など人を評する言葉もいろいろだが、当人にとってはそれぞれがごく普通の状態である。
自分の尺度で人を測るから、異質な部分が気にかかる。人間関係なんてそれの繰り返しだろう。
一人で外食することを「ぼっちメシ」と呼ぶらしい。ひとりぼっちのぼっちである。
「ぼっちメシ」が出来るか出来ないかみたいな線引きを熱く語っている人がいたが、私に言わせれば、出来る出来ないの議論自体が意味不明だ。
誰かと一緒だろうが、一人だろうが、その場に応じて普通に楽しい。どちらかといえば「ぼっちメシ」のほうが好きだ。なんてったって気楽である。
「一人行動」が苦手な人に言わせると、ぼっちメシや一人旅をする人は「淋しそうな人」に見えるらしい。マト外れである。
一人での行動に淋しさを感じる人の尺度で決めつけられても困ってしまう。でも、そういう種族?の人達に反論しても「本当は淋しいのに強がってるんでしょう?」とか言われる。
先日、私の母親がおかしな夢を見たそうだ。その夢の中で私は「淋しい淋しい」とポロポロ泣いていたそうである。母親としていたたまれない気分になったんだとか。
子を思う親の気持ちは有難いが、トンチンカンぶりも甚だしい。ありがた迷惑である。
母親はどちらかといえば「人好き」なタイプで80才近い今でも趣味の会のような世界に新たに加わったりしている。
一人行動を淋しく感じるタイプなんだろう。そういう種類の人から見ると、愛しい息子が50才を超えて一人でプラプラしていることが淋しいことに映るわけだ。
こっちに言わせれば、80才近い年齢になって新たな人脈作りに励む行動のほうが理解不能である。気疲れして死んじゃいそうな話だと思う。
私だって「人嫌い」というほど偏屈ではないが、ムダに気疲れするタイプだから一人での時間がしっかり確保出来ないのは物凄いストレスだ。
正直に言って、いつでもどこでも誰かと一緒に行動したがる人の方が変な人だと思う。一人行動を楽しめる人の方が普通だと思っている。
でも、その考え方自体が私の尺度でしかないから、あちら側の人達に向かって「あなたは変ですね、大丈夫ですか?」とは言わない。
にもかかわらず、あっち側の種族の人々はこちら側の人間に対して「淋しそうですね」「強がってるんでしょ?」とか余計な挑発?をしてくる。メンドーである。
ちなみに今の時代は「内向き」がキーワードである。アメリカのトランプ大統領誕生しかり、イギリスのEU離脱しかり、来春のフランス大統領選でも極右勢力が伸びているらしい。
本音を隠して無理にヨソと連携したり、出来もしない連帯を目指すのではなく、内向きな姿勢で素直に自分の幸福を目指す、いわば「自己満足型エゴイズム」?みたいな傾向が強まっている。
ぼっちメシならぬ「ぼっちの時代」である。そういう意味では、私が嬉々として独り者生活を楽しんでいることは時代の先端なのかもしれない!。
屁理屈を四の五の書いたが、私のような「ぼっち」が気楽だという種族の人々は要するに単なるワガママなんだと思う。
一人だったらすべて好き勝手である。誰かと一緒だったらさすがにそうはいかない。イギリスの判断もトランプさんの暴言も結局は「本音」であり、その背景は「ワガママ」である。
威勢の良いことを書きなぐったが、私も煩悩の塊だから突然、誰かと恋に落ちたりして一人でいることがイヤになることもあるかもしれない。
それはそれで、その時に考えればいい話である。少なくとも気ままな独り者生活について「淋しそう」という色メガネで見られるのは迷惑だ。
まあ、そんなことを主張すると「淋しそうだから慰めてあげるわ、ウッフン!」という錯覚?で近づいてくれる女性を逃しちゃうからテキトーにしておこう。
2016年11月9日水曜日
おごり、おごられ ヤセ我慢
男性から食事に誘われたのにワリカンだった・・・。女性陣からそんな話を聞く機会が多い。いまどきの世相を表しているのだろうか。
ワリカンがダメだとは言わない。状況によっては普通のことだ。でも、いっぱしの年齢の男が女性に好意を持って誘ったにもかかわらず、ワリカンを当然だと思うのはどうなんだろう。
昭和世代の男としては理解不能だ。その昔、好きな女の子にお洒落な店で御馳走して、その後数日はカップ麺をすする若者が珍しくなかった。男が「草食」などと呼ばれなかった時代だ。
持ち合わせがなくて恐縮しながらワリカンを求めるなら仕方がない。それでも次の機会にガッツリお返しをするのが普通だ。あくまでワリカンが当たり前という感性は情けない。
女性に対する男の態度なんてものは「やせ我慢」が基本である!?。
見栄を張る、イキを気取る、格好つける等々、すべて突き詰めれば「やせ我慢」と同義語だ。
クジャクといえば大げさに羽を広げる姿をイメージするが、あれだってオスがメスの気を引くための行為である。極楽鳥などはメスの前でダンスを踊って気を引こうとする。自然界ではオスがメスのために涙ぐましい努力をするのが普通だ。
「正しい男論」を語るほど私に経験があるわけではないが、やはり男たるもの女子の前では踏ん張らないといけない。
男のイジらしい頑張りをバカと呼ぶ人もいる。確かにバカみたいな部分もあるが、好意を持った女性に対してバカになれないようなら相手の気持ちが盛り上がることはない。そんなもんだと思う。
デートに誘ったくせに、もろもろの費用を女性に払わせるオトナの男などヤボの極み。でも、そういう話を結構な頻度で聞くということは、世の女性達は野暮天野郎の誘いに平気で応じるということでもある。
最近、デートっぽいことから縁遠い私にとっては憤懣やるかたない状況だ。金欠の時でもそれを必死に隠す見栄っ張りな私のほうがマシだと思うのだが、何かがおかしい!!
まあ、私がここで頭を抱えたところで何も始まらない。結果はどうあれ?今後もピーピー言いながら「やせ我慢」の日々を過ごすとしよう。
相手が女性ならともかく、男同士の場合には少し事情が違ってくる。男同士だとプライドというか、独特の自負心が絡んでくるので男女間の場合とは微妙に違いがある。
上司と部下、先輩と後輩といった組み合わせなら、程度にもよるが支払いは目上側が持ったり、多めに負担することが一般的だろう。
社長と課長が飲んだ際にワリカンという構図はありえない。同年代の課長と課長補佐ぐらいならワリカンもありだろう。職場を通した人間関係ならさほど難しい話ではない。
仕事に関係のないプライベートな間柄だと、一歩間違えると人間関係にヒビが入ったりすることもある。
私自身、苦い思い出がある。大学生になって間もなく知り合った男がいた。地方から出てきた苦学生でスポーツ推薦枠で入学してきた。
ノホホンと都心の一貫校に通いフニャフニャしていた私とは違って剛気な男だったのだが、妙に気があって仲良くなった。
ある時、講義資料か何かをコピーに行く彼に私の分も頼んだのが、そこで一悶着があった。
私の分のコピー代が確か140円ぐらいだった。200円を渡して「お釣りはいいよ」と言ったら彼が怒り出した。「バカにしてんのか」みたいな趣旨でしつこくブツクサ言われた。
こっちも悪気はなかったし、彼の言い方も気にくわなかったので、結局60円のせいで険悪になりそれ以来疎遠になってしまった。
「おごる、おごられる」ことの難しさを痛感した一件だった。いま思えば、その一件だけでなく、私のそれまでの言動に彼をイラつかせる部分があったのだろう。
「おごる」という言葉は自分のお金で御馳走するという意味で使われるが、大元の日本語の意味は「奢る平家は久しからず」という諺にある通り「思い上がった振る舞い」である。
すなわち「おごられた」ということは見方を変えれば「思い上がった振る舞いをされた」という解釈にもなるわけだ。
金額の高い安いではない。そこが恐い部分でもある。不快に感じる相手にとっては例え数百円、数十円単位だろうと関係ない。
「宵越しの銭は持たねえ」的な江戸っ子気質のせいもあって、本来あまり小さな金額でガミガミやりあうのは苦手な私である。
自分ではカッコよく収めたつもりでも、時と場合によっては、そんな態度こそが傲慢に映ってしまうのかもしれない。
なかなか難しい事である。
アウンの呼吸でスッキリ支払いが済むような感性の相手とだったら余計なストレスは感じないで済む。そんな会合ばかりなら気疲れしないで単純に余韻に浸れるってものだ。
アレコレ書いてきたが、やはり、女性相手にカッコつけながら御馳走して、お世辞を言われて調子に乗っているのが気持ちの上では一番ラクチンだ。
そして財布はどんどん淋しくなっていく・・・。
2016年11月7日月曜日
懐かしい店と懐かしい店
今日はヘンテコなタイトルだが、大昔に胸をときめかせた?二つの店に、最近たまたま立て続けに行く機会があったという話である。
ジャンルのまったく違う店なのだが、いずれも35年ぐらい前に初めて行った。それぞれ印象的な思い出がある。片方は若者向け、もう片方はオジサン向けだ。
「T.G.I. Friday's」というカフェレストランが物凄くオシャレ感を漂わせていたのは1980年代の前半だっただろうか。
いまでは東京のアチコチの繁華街にあるが、昔は六本木だけだった。まだ高校生ぐらいの背伸びしたい年頃だった私にはカッチョいい世界だった。近くには「ヘンリーアフリカ」という似たような店もあった。
その頃以来、それこそ30ン年ぶりに訪ねたのだが、年の流れとともにこっちはすっかり人生後半戦だから、場違いな店に来てしまったという印象である。
今の路線はファミレスを少し高級にしたような感じだろうか。大昔の先端スポット的イメージとは違う雰囲気だ。メニューも何だか賑やかである。ちょっと楽しい。
骨付のいわゆるベイビーバックリブがイチ押しだと聞いたので味の違う2種類を頼む。30年前だったらムホムホいつまでも食べ続けそうな味だが、今の私にはやや厳しい。
こういう時、妙な寂しさを感じる。化学調味料や得体の知れない強い味が苦手になったのは確かだが、「何だかよくわからないけど楽しげにムシャムシャ食う」という青年時代の勢いが無くなっちゃったという意味では、ある種の劣化である。
子供の頃、あんなに好きだった「ケンタッキーフライドチキン」がまったく食べたくなくなったのと同じである。
舌が肥えたなどとエラそうに気取っている場合ではない。裏返せばああいうモノを受け止めるパワーがなくなったということかもしれない。
もう一方のお店は八王子の「うかい亭」である。今でこそ銀座や表参道にゴージャスな店を構え、他にも芝公園の近くで豆腐会席の店や銀座で高級日本料理店なども出す「うかいグループ」だが、総本山というか誕生の地が八王子である。
やはり35年ぐらい前にこの店のファンだった祖父に連れていってもらった。八王子という立地からイメージできない独特なユッタリ感、高級感にちょっと圧倒されたことを覚えている。
まだ10代の少年だった私にとっては雰囲気がどうこうではなく「量」の問題で大いに悶々としたことが強烈な思い出だ。
高級鉄板焼きの店だから目の前で高い帽子をかぶった料理人が手際よく作業を進める。
子供にとっては興味のない前菜や野菜や魚介類がちょろちょろ出された後に、おもむろにこれから焼く肉をうやうやしく見せてくれる。
「ほ~、ウマそうだなあ」という私の頭の中では、見せられた肉がその場に集っていた全員分だとは思いもよらなかった。一人分だろうと勘違いしていた
悲劇である。
鉄板でジュージュー音を立てながらウマそうな香りをふりまいている肉は私だけのものではない。全員分である。
焼き上がった肉はサイコロ状にカットされて皆の前に置かれた皿に取り分けられていく。
ぐふぇ~、マジですか~!
私の心の叫びである。私の皿の上には8切れほどの小さくカットされた肉が上品に盛られている。当時の私には28秒ぐらいで完食する量である。
ウマい。実にウマい。でも少ない。凄く切ない。まるで拷問である。ハダカの峰不二子がベッドで手招きしているのに、金縛りにあって動けないようなモドかしさである。
「うかい亭」といえば、それが私の第一印象である。
あれから35年。今の私は牛肉より焼鳥を好むオジサマである。吹けば飛ぶよな弱々しさ?である。
久々に出かけた「うかい亭」でも前菜をしみじみウマいと感じ、カップサイズのスープの滋味に感動し、野菜類にまで満足して、肉が出てくる頃にはマッタリ気味である。
今回は法事の帰りに立ち寄った。隣に座っているのは大学生の姪っ子である。35年前にはあれほど少なくて苦悶したサイコロ状の肉が食べきれずに姪っ子に3切れもあげた。
これが35年という歳月の現実である。
結局、「T.G.I. Friday's」の肉もちょろっとしか食べず「うかい亭」の肉もちょぼっとしか食べない。70才や80才じゃないのにさすがに情けない。
まずはケンタッキーフライドチキンをドカ食いすることからやり直してみよう。
2016年11月4日金曜日
マウンティング社会
「マウンティング女子」という言葉があるそうだ。なるほど、言い得て妙だ。
マウンティングとは動物の世界で自分の優位性をアピールする行動である。ゴリラや猿、犬などに使う言葉だが、確かに人間世界にもそんな傾向はある。
女子に限らず、SNSの世界などは多くが「プチ・マウンティング」と呼びたくなる“リア充自慢”に溢れている。
早めに書いておきますが、今日のテーマは自分のことをタナに上げて書きます!スイマセン。
SNSに限らずブログだって見栄の張り合いみたいな情報で溢れている。私の場合はちっともリア充ではないが、見る人が見れば自慢話みたいなことを嬉々として書くこともある。
人間誰しも自分のシャバダバな話をあっけらかんと書くよりも誇らしげな話を書きたい。
このブログでは一応、自分なりに自慢タラタラに陥らないように注意しているつもりだが、人間だから業の塊だし、ついつい「オレってこんなことも知ってるんだぜ」的な書きぶりになる。
いかんいかん、私の話は棚上げすることにしたんだ。軌道修正。
SNSに飛び交うマウンティングじみた話にウンザリすることがある。さりげなく楽しげな話ならいいのだが、わざとらしいキラキラ話を見かけると、その必死な感じが痛々しくてツラい気持ち?になる。
ネットの世界は悪く言えば便所の落書きと言われるぐらいだから、いちいち気にすることもない。それよりも実社会に漂うマウンティングの風潮はなかなか厄介みたいだ。
タワーマンションの上層階の住人が低層階の住人を差別する話など単なる都市伝説だと思っていたのだが、あながちウソではないそうだ。「マウンティング主婦」が結構いるらしい。ああ恐ろしい。
仮に私がタワーマンションの高層階の部屋を相続か何かで手に入れたとしたら、速攻で売って低層の違う物件を買う。
低い方が地に足が付いている感じだし、それ以前に地震を考えたら恐くて仕方がない。あくまで個人的な意見です。高いところが好きな人にはゴメンナサイ。
別に高層階に住む人を悪く言うつもりはない。あくまで一部に存在するアホなマウンティング系?の人達が気持ち悪いだけである。
聞くところによると、その手のマウンティング主婦たちは、旦那の仕事内容、年収、学歴、はたまた子どもを通わせている私立のレベルなどあらゆる分野でマウンティング合戦を繰り広げるらしい。
バブルの頃のアホバカ女がやっていた「名刺じゃんけん」という愚行を思い出す。上っツラだけがすべてのスカスカな話である。
端的に言って視野の狭い価値観だ。年収や学歴は軽視できないが、どっちが上でどっちが下だろうとそれが人生のすべてみたいな話ではないだろう。
それぞれの家庭にそれぞれのカラーがある。こと細かい部分でヨソと比べて必死に優劣を競う発想は凄く貧しい。脳ミソがチープだ。結局はヨソの人のアラ探しになってしまう。
もちろん、世の中は綺麗事ばかりではない。年収や学歴がモノを言う部分は小さくない。それはそれで現実だ。誰だって下より上の方に憧れる。
子どもを通わせる学校にしたって、特定の人々にとっては人生の一大事みたいな騒ぎである。それこそ「お受験」の現場にも「勝った負けた」とかヒエラルキーのような感覚は厳然と存在する。
それ自体が社会の仕組みだし、ヨーロッパのような階級社会ほどではないものの、一種の「クラス分け」のような線引きは当然のものとして存在する。
だからといって、そういう断片的なディテールをいちいち前面に押し出してわざわざアピールする行為は愚かだろう。それこそ野暮の極みだ。
よくよく考えれば、女子だけでなく男も子供も爺さんも婆さんも少なからずマウンティングしちゃうことはある。
人間、どうしたって少しでも他より優位に立ちたいのが本音だ。問題はそういう敵愾心みたいな空気をギラギラ出すか出さないかである。スマートな人物かどうか、イキかヤボかの分かれ目がこの部分だ。
男の場合、社会に出る時点で「就職先の会社名」というマウンティングが始まる。若いからそんなことでしか主張することがない。
その後、20年、30年が過ぎ血気盛んだった若者も中年になってくる。かつての一流企業が消滅したり、子会社への出向や転籍、早期退職などで大きく様相が変わり始める。
面白いもので、そのぐらいの年齢になると一種の達観にも似た感情が強くなるから、同窓会的な集まりでも若い頃のようなマウンティングの気配は薄らいでくる。
「所属先」より個々の生き方が話の中心であり関心事になる。中にはいつまでも若い頃のままのマウンティングを引きずる退屈なヤツもいるが、普通の人間は適度に収まってくる。
そういう意味では、いま一生懸命マウンティングに励んでいる20代や30代の人達も歳を重ねればマウンティングのカッチョ悪さに気付くのだろう。
ちなみに、歳を重ねるとマウンティングの気配が薄らぐと書いたが、ある部分ではそうとも言えない。中高年になると「病気自慢」という新しいマウンティング?が始まる。
若い頃は胃カメラを飲んだくらいで優位に立てたが、今となっては肝臓の数値が4ケタだとか心臓手術を受けたとか、ヘビーな経験するヤツがゴロゴロ出てくる。
ああいう自慢話?は人生後半戦ならではのマウンティングに他ならない。私もハードな病気自慢ネタを得意になって語りたいような気もするが、やっぱりそっち方面ではあまり優位に立ちたくない・・・。
2016年11月2日水曜日
音楽の力 ハマショー オジサマバンド
11月である。音楽の季節だ(何のこっちゃ?)。
わがオヤジバンド、いや、素敵なオジサマバンドのライブ本番まであと半月ほどである。練習も佳境だ。
そろそろアセる時期だ。とはいえ、私が苦悶しているのは当日のMC台本の構成だったりする。歌やギターの練習に励まないといけないのに頭の中はそっちのことばかりである。
今年は5周年記念だから武道館あたりで演奏しようかと思ったが、メンバーの強い反対にあって、アットホームなライブハウスでの開催だ。
南青山の割とシャレオツな会場なのだが、既に100名ほどの方から観覧申し込みをいただいている。有難い限りだ。
頑張って楽しいMCを考えないといけない。いや、しっかりボーカルの精度を上げないといけない。
音楽とは文字通り「音を楽しむ」と書く。ゼロから演奏を練り上げボーカルを乗せて仕上げていく作業はなかなか大変だが、それなりにまとまってきた時の充実感は確かに楽しい。
高齢化に伴ってヒマで元気な高齢者が増殖しているが、盆栽や写生教室もいいが、思い切って音楽活動にトライするのも有意義だと思う。
ボケ防止に確実に役立つ。私自身、突然思い立ってギターを始めて2年、コードを適当に弾くぐらいならヨチヨチ程度には出来るようになった。
指を動かす作業は脳の活性化に最適だそうだ。今後もボケ防止のためにギター練習に励まないとならない。
さてさて、ごく最近、音楽の力を思い知らされる機会があった。
我が敬愛する師匠・浜田省吾サマのライブでのことだ。御年63才。途中で少し休憩を挟むものの合計3時間半に及ぶステージだ。昔と変わらずパワフルな姿にただただ感心した。
そんなに大ヒット曲があるわけでもないのに、いまだに全国のアリーナツアーのチケットは入手困難である。今回はファンクラブ枠の抽選に当たったので埼玉スーパーアリーナまでいそいそ参拝に行ってきた。
デビューから40年である。私のファン歴は38年目である。中学2年の頃からだから筋金入りだ。ハマショー師匠の総楽曲数が300曲ぐらいだとしたら、私は鼻歌なら270曲はいける。
ハマショー師匠の楽曲で描かれる世界も少年から青年、家庭人や父親、そして中高年の心理にまで拡がってきた。
いつも思うのだが、少年時代に好きになったミュージシャンが長年音楽的スタンスを変えずに、私のような聴き手側のたどってきた人生の時系列をなぞってくれていることは物凄く幸運だと思う。
あの頃、松山千春のファンになっていたら、いまごろは必死に「鈴木宗男」を応援するハメになっただろうし、フォーク色が強かった長渕剛もムキムキの武闘派だ。チャゲ&飛鳥に至っては「シャブセックス野郎」と化してしまった。
それぞれのファンの皆様、スイマセン。ちょっと言い過ぎました。
で、スーパーアリーナでのこと。今回のツアーは特定のアルバムの曲に偏らず、新旧の人気曲中心の構成だ。ファンとしては感涙ものである。
というわけで、なんと年甲斐もなく5回も涙をこぼしてしまった。われながら不思議な気分だった。あれが「音楽の力」なんだろう。心の奥底のほうからジュワーって熱いモノが湧いてきて全身に染み渡る感じだ。
知らない人には分からない話で恐縮だが、まずオープニングの「路地裏の少年」で高校生の頃を思い出してボロボロ、「19のままさ」で大学生の頃を思い出してポロリ、「Midnight Blue Train」で青年時代を思い出してボロボロになった。
その後、「ON THE LOAD」でポロリ、そしてナゼか「J.BOY」でもホロホロしてしまった。
ハマショー師匠にとって一種の代表曲である「J.BOY」は発表から今年で30年だとか。あの頃、熱い思いで聴き込んでいたファン達は誰もが「J.オヤジ」になった。「J.ジジイ」も結構いた。
2万人を超える中高年のオッサン達が一体になってあの歌を合唱している光景に妙に胸を打たれた。皆が皆それぞれの人生を背負い歩んでここに再結集したような不思議な感覚に包まれた。
それにしても今さらライブで、しかもノリの良い曲で涙がポロポロ出ちゃうなんて、自分の感性もまだまだ捨てもんじゃない。
そう考えたのだが、よくよく考えればちょっと違う。
加齢である。歳を重ねるごとに涙もろくなったから、そういう物理的な理由で5回も泣いちゃったんだと思う。ちょっとシャクだ。
そこまで感激したくせに最後のアンコールを前に会場を後にする。帰りの大混雑がイヤだっただけでなく、その日は日本シリーズの最終戦だったから首都高速をかっ飛ばしてテレビ観戦のために帰宅した。
せっかく抽選でチケットを手にしたにもかかわらずファンとしてダメダメな行為である。
せめてもの罪滅ぼしにツアートラックを模したミニカーを買ってしまった。意味不明である。
まあ、参拝ついでにお守りを買うのと同じようなものだろう・・・。








