2022年2月9日水曜日

橋めぐり

 

健康増進のためになるべく歩くようにしている。今更ランニングなんかを始めたら死んじゃいそうだからウォーキングである。ただ歩くだけでもこの歳になると充分に意味のある行動だろう。

 

もともと旅先などの見知らぬ土地では平気で2万歩ぐらい歩けるのだが、見知った場所ではなかなか歩数が稼げない。何かしら目的というか、自分の中にテーマを作っておかないとひたすら歩くのは難しい。

 

運良く今のわが家の近くには隅田川沿いの遊歩道が整備されている。隅田川テラスという名称で結構な距離がちょうど良い散歩コースになっている。

 

信号は無い、車も通らない、人混みも無い、水辺の気持ちよさを味わえる。隅田川にさほど遠くない場所に住んでいる都民にとってのオアシスといっても過言ではない。

 


 

季節を問わずしょっちゅう隅田川沿いを歩いているのだが、最近なんとなく興味を持ったのが橋である。橋めぐりを目的にするのも悪くない。普段なんとなく目にしていた橋にもいろんな姿形がある。

 

クルマで動いていたら分からない橋の個性を目にしながら歩くのは結構面白い。途中、スマホでその橋の由来やエピソードを調べるのも楽しい。

 

上の画像は佃大橋の夜景だ。わが家から徒歩5分ぐらいで行けるので、もっとも頻繁に目にしている橋だ。かの池波正太郎が昔のエッセイでこの橋が出来たことで渡し船の風情が失われたことを嘆いていた。

 


 

佃大橋から築地方面に向かった次の橋が勝どき橋である。日露戦争での旅順陥落を祝う「勝ちどき」にちなんで命名された。昔は上に跳ね上がって船を通したそうだ。そんな昔の逸話を重いながら見学するとちょっと楽しい。

 

いつも同じエリアばかり歩くのも退屈するので、時にはわざわざタクシーに乗って遠征する。人形町を超え浜町あたりまで行ってから浅草方面に隅田川テラスを歩くコースだ。

 

こちら側は江戸情緒の演出が多く、その昔、それぞれの橋が名所だった当時の浮世絵が壁面に描かれていたり東京っぽい雰囲気を味わえる。

 


 

こちら側も永代橋、両国橋、清州橋といった昔からよく聞く有名な橋が続いている。清洲橋の美しさはなかなかのものだと思う。勝どき橋とともに国の重要文化財になっていると聞いたことがある。

 

永代橋という名前も忠臣蔵ファンには妙にそそられる。周囲に赤穂浪士休息の地みたいな記念碑があったりして歴史的な情緒が感じられる。

 


 

職場と家が近くなってからクルマを使う機会が減ったが、クルマだったら瞬時に通過してしまう橋にもそれぞれの味わいや歴史がある。散歩がてら橋めぐりと洒落込むことはアナログ的な楽しみとして新鮮だ。

 

ひょっとしたら老後の趣味のひとつとして有望かも知れない。都内はもとより日本中にさまざまな橋がある。それぞれの情緒や歴史を感じるのは意外に楽しいかも知れない。

 

昔から老後の趣味というテーマを漠然と思い描くことはあったが、以前よりも真剣に考え始めている自分がいる。昔はオチャラケ半分にあれこれ想像していたが、さすがに還暦も遠くない歳になってきたから本気で考えないと手遅れ?になっちゃうかもしれない。

 

これまでも老後の趣味として白黒専門の写真を楽しもうか、日本中の城めぐりをしてみようか等々、テキトーにいろいろ考えてきた。写真も城も現実的だと思うが、一番安上がりで済みそうなのは橋めぐりかもしれない。

 

老後の趣味

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2010/01/blog-post_22.html

 

城めぐり

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2009/05/blog-post_12.html

 

姫路城萌え

http://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/04/blog-post_27.html

 

いずれにせよ、こんなテーマを真面目に考えるようになったことは複雑な気分ではある。歳をとった証だ。まあ実際に歳をとってきたのだから仕方がない。

 

このブログだって今年で15年目である。15年といえば生まれた子供が元服する年月である。当初から中年男としてアーダコーダ書いてきたわけだから、それから15年も経てば老境も確実に近づいているわけだ。

 

書く内容がドンドン枯れてくるのは由々しき問題である。もっと色っぽい話なんかを書くように心を入れ換ることにしよう。

 

 

 

 

 

2022年2月7日月曜日

焼肉と時代


思えば焼肉というジャンルは随分と進化した気がする。私が若者だった頃はロースかカルビかタン、その他レバーやミノといったラインアップが基本で、イマドキの焼肉屋さんで当然のように出てくるミスジやイチボ、トモサンカクなどは聞いたことがなかった。

 

だいたい、オシャレとかデート向きというカテゴリーとは無縁の存在だったのが焼肉屋だった。叙々苑が人気が出てきた頃から様子が変わってきたが。それまでは何となく薄暗く脂っぽくて匂いも強烈な店が大半だった。

 

私が子供の頃、実家で絶対的な存在だった祖父はニンニクが嫌いだったせいで、外食で肉といえばステーキかしゃぶしゃぶが定番で焼肉屋さんに連れて行ってもらった記憶はない。

 

そのせいで独特な匂いを漂わせる焼肉屋さんの前を通るたび一体どんな味なんだろうと物凄く興味が湧いた。一種の憧れみたいな感じだった。

 

その後、しびれを切らした私は母親にせがんで焼肉屋さんに連れて行ってもらった。10才ぐらいだっただろうか。今の時代の子供よりは遅いデビューである。

 

当時は肉食獣のような状態だったから初焼肉の衝撃は大きかった。すき焼きみたいに余計な野菜が目に入ることもなく、ただ肉ばかりという一点に興奮した。荻窪駅のちょっとハズレにあった薄暗い感じの店だった。

 

一応、ステーキやしゃぶしゃぶで真っ当な肉を食べていたから肉自体の印象はそんなにないのだが、何が強烈だったかといえばあのタレである。

 

初めて味わうタレのウマさに我を忘れて肉をタレでビシャビシャにして白米にバウンドさせて貪り食った記憶がある。

 

気のせいか、当時の焼肉のタレは今よりもやや甘さが控えめでスッキリサラっとしていた印象がある。今も住宅街にひっそり構えるドンヨリ系?の昔っぽい焼肉屋さんではそんな感じのタレに出会うことがある。そういう店では肉なんか二の次で“白米バウンド”を楽しむ。

 

その後、私が大学生ぐらいの頃から焼肉屋さんの雰囲気が変わってきた。30年以上前のことである。バブル前夜という時代背景のせいでちょっと高級で洒落た雰囲気の店が増えてきた。

 

ちなみに高校生の頃、くだらない都市伝説的な話が広まっていた。「焼肉屋にいるアベックはもうやっちゃってる関係だ」。アベックという言葉自体が既に死語である。男女が既に深い仲になっているかどうかは思春期の小僧にとっては一大関心事で、その線引きが焼肉屋だった。

 

今では考えられない発想である。そのぐらいデート向きの洒落た感じの焼肉屋が無かったという逸話だ。50代以上の年齢の人なら共感してくれるはずだ。

 

さて、必然的に焼肉のトリコになった私は高校生ぐらいから焼肉ばかり食べるようになった。高校1年の時、飲酒喫煙不純異性交遊で停学処分を食らったのも格安食べ放題焼肉の店でのバカ騒ぎが発覚したせいだ。今だったら食べたら死んじゃいそうな怪しい色の安い焼肉をしょっちゅう食べていた。

 

30代前半ぐらいまで私の人生は焼肉一色だったといっても過言ではない。それもカルビばかり好んで食べた。タンは女の食べもの、ロースは年寄りの食べ物などと称してひたすらカルビ三昧だった。

 

いま私はカルビは一枚も食べられない。おそらく一生分のカルビを食べきってしまいコップの目盛りが溢れたのだろう。いまは赤身肉を2~3切れ食べてあとはツマミを突ついて酒を飲むのが基本になってしまった。

 

先日、日本料理と焼肉を組み合わせた新感覚の焼肉屋というフレコミの店に行く機会があった。銀座にある「はせ川」というお店だ。

 


 

前菜で出てきた炊き合わせみたいな料理や小鉢類が本格的な和食の味ですっかりヘタレオヤジになった私は妙にホッコリした。

 

湯葉みたいな年寄り向けの一品料理もあって「焼肉はもう無理」という人にも優しい。ユッケのような一品も赤身を使っているから有難かった。

 



用意されている肉の種類も豊富で、タンは3~4種類あったし、薄切りか厚切りかを選べるのも楽しい。希少部位のほかに赤身肉も数種類あるようで和食っぽい気分でちょこっと焼肉を食べるという楽しみ方が出来そうだ。

 

ちょっと気になったのがタレ問題である。わさびや岩塩、醤油、味噌ダレなどが仰々しく用意されるのだが、いわゆる普通の焼肉のタレが無い。子供の頃、あのタレに興味乱舞した私としては何だか物足りない。

 

とはいえ、メインの焼肉は今やほとんど食べないヘタレな私だからさほど気にせずやり過ごした。これも焼肉屋さんの進化の一つの形なのだろう。

 



でも20代の頃の私だったらタレのために焼肉を頬張っているような感じがあったから醤油だの味噌ダレを「星一徹」(星飛雄馬のパパ)のようにひっくり返したかもしれない。

 

器の使い方も正しい日本料理店の雰囲気で個室の造りも落ち着くし、なかなか使い勝手の良い店だと思う。ちょっとお高いがタレ問題を気にしない人にはオススメだ。

 

なんだか今日は思い出話を書いているのか、新しく知った店を書いたのかよく分からない話になってしまった。

 

いずれにせよ、焼肉屋でカルビを無尽蔵に食べられた若き日々が時々恋しくなる。あの頃、深夜の焼肉屋でカルビを4~5人前平然と食べた直後に眠りに落ちていた成れの果てが逆流性食道炎オヤジという現在の姿である。

 

ちょっと切ない。

 

 

 

 

 

2022年2月4日金曜日

いまさらゼリー


ここ最近、体調を崩すことが増えたから日々の生活の何かを変えようと漠然と考えている。やはり基本的な免疫力を高めることは大事だ。納豆を食べればいいのか、ピーマンを食べればいいのか、何が有効か悩ましい。

 

「何かを変える」ことがまずは大事だから、コンビニスイーツをちょっと制限しようと決意した。実にどうでもいい変化だが、これだけでもヘルシーライフへの第一歩だ。

 

イマドキのコンビニスイーツは美味しい。美味しいということは身体に毒だという意味でもある。生クリームがワンサカだし脂肪分もぶりぶりだろう。

 

で、今更ながら私が目を付けたのが「みかんゼリー」である。最近ふとした時に食べてみて意外にウマいことに感動してちょっとクセになりつつある。

 

これなら生クリームぶりぶりのスイーツよりは遙かにマシだろう。なんてったって果物である。ゼリー部分に糖分が多いのだろうが、ゼリーはしょせん液体だ。たぶんカロリーはゼロだ。肝心のみかんも揚げたり焼いたりしていいないからカロリーはきっとゼロだ。

 



 

コンビニで買うだけにとどまらず、ネットスーパーでの注文の際も必ず買うようになったし、わざわざAmazonでちょっと良さげなみかんゼリーをまとめて注文するようになった。

 

賞味期限もしっかり長いし、ストック大王である私としては冷蔵庫にみかんゼリーがわんさか並んでいるだけで健康になったような気がするから不思議だ。ウッシシである。

 

冷凍したみかんゼリーをちょっと溶けたあたりで食べるのも悪くない。生クリームぶりぶりスイーツよりも口の中がサッパリするし、冷やせばきっとカロリーはゼロだから良いことづくめである。

 


 

とはいえ、クドい甘味がウリのコンビニスイーツも時々は食べる。絶縁するほど薄情ではない。あれはあれで罪悪感を感じながら食べれば、その姿勢を神様が評価してくれてカロリーはゼロに近づくはずだ。

 

イマドキのスイーツはマリトッツォに代表されるように生クリーム系が人気だ。私も生クリームは大好きだが、身体のことを考えれば毎日のように食べるわけにはいかない。

 

クリームよりもヘルシーといえばあんこだろう。元々は豆だからカロリーはゼロだ。たぶん。あんこの美味しさはお茶を飲む日本人にとっては最高だ。もっともっと評価されて然るべきだ。

 

時々、こしあんだけを買って適量を小皿に盛りお茶の共にすることがある。シンプルだがお茶との相性は抜群だし、あんこだけという潔さのせいで何かに勝ったような気がする。

 

あんこの外に餅やら衣がないわけだからムキ出しのフルヌード状態である。食べられているあんこからすれば「そのまま食うのかい!」と突っ込みたくなるはずだが、その潔さのせいできっとカロリーはゼロだと思う。

 



 こちらはウーバーイーツで届いたイチゴ大福である。こしあんやつぶあん、白あんやカスタードなど様々なライナップがあるがキモはイチゴである。イチゴという果物のせいで断然スッキリサッパリするから面白い。

 

イチゴも身体にはやたらと良いと聞く。ビタミンCはレモンより豊富だと聞いたことがある。本当だろうか。たぶんウソだろう。でもとにかく健康には良いらしい。

 

みかんゼリーのようにイチゴのむき身がゴロゴロ入ったゼリーはあるのだろうか。ちょっと見たことがない。Amazonで調べたらわずかにそれっぽい商品があったが12個からしか注文できなかった。大ハズレだったら困るのでちょっと買えない。でも気になる。きっとそのうち買ってしまいそうだ。

 

ゼリーなんて子供の食べ物だと思っていたが、この歳になってムホムホ喜んで食べている。何事も決めつけたり思い込みで判断してはいけないと痛感する。

 

これからしばらくはゼリーにハマりそうだ。ネットであちこちから取り寄せるようになったらそれはそれで糖分の摂り過ぎでマズいかもしれない。

 

 

 

 

2022年2月2日水曜日

コンビーフ、そぼろ 生姜焼き

 

年末に駆け込みでドバドバとふるさと納税に励んだ。自分の寄付枠はまだまだ余裕は残っていたのだが、セコセコと返礼品を選んでいたら使い切れずに終わってしまった。

 

自分の枠をめいっぱい使ってこそ意義のある制度だと思う。ここ数年、中堅・高所得者層の税金や社会負担は上がる一方だ。せめてもの意趣返しとして実質無税で返礼品をワンサカ手に入れるのは、ちょっとしたレジスタンスを楽しむ方法でもある。

 

一人暮らしだから返礼品はついつい便利な食料品を選ぶ。いまや我が家のコメはふるさと納税のお礼で送られてくる山形米だけになった。

 



 これは最近届いた缶詰だ。北海道・上士幌町からの返礼品。たかが缶詰されど缶詰である。その名も「十勝ハーブ牛と塩だけで作ったコンビーフ」である。絶品だった。旨味に甘味、まさに私好みである。

 

コンビーフの缶詰に良い印象がない人にこそオススメしたい。一般的なコンビーフ缶には一体どんな不純物が混ざっているのかと逆に心配になる。

 

コンビーフチャーハンを作ってみようと思っているのだが、そのまま食べるのが妙に美味しくて、いつも炊きたて御飯のお供にしている。おかずにするにはほんの少しウスターソースをかけるのが良い。何杯でも御飯をオカワリしたくなる。

 

8缶も届いたのだが、予備にもっと欲しくなり追加で手配しようとしたら「ふるさとチョイス」では次回は4月発送だとか。きっと大人気商品なんだろう。

 

続いては青森県・鰺ヶ沢町からの返礼品「長谷川の自然熟成豚で作った生姜焼き」である。湯煎するだけで食べられる味付け済みの生姜焼きが冷凍で送られてきた。

 


 

生姜焼きの冷凍などと聞くとマズそうだが、実際に食べてみたら目からウロコだった。素直に美味しい。味付けには好みもあるだろうが、肉質が非常に良い。そこら辺のスーパーで買ってきた豚肉を自分で調理するより遙かに美味しかった。

 

長谷川自然牧場という知る人ぞ知る業者さんの自信の一品らしい。しっかり投入された豚肉の食感がかなりのレベルでこれまたリピートしようと思っている。

 

他にも凄く美味しかったウニの瓶詰めや筋子の醤油漬けにムホムホしたのだが、不思議と気に入った商品は再度頼もうとしても品切れになっている。やはり良いモノはいつまでも残っていないのだろうか。

 

横着な私はこれまでにも湯煎やレンチンですぐ食べられる商品を随分と手に入れてきたが、よく考えたら自分でも簡単に作れそうなモノも多い。

 

そうは言っても簡単便利ならば実質タダなわけだからどんどん頼んでしまう。先日届いた「そぼろ」もその一つだ。

 



 鹿児島県・日置市からの返礼品。地元で人気の食堂のオリジナル商品だとか。甘すぎず辛すぎず出汁のきいたニクい味だった。これまた湯煎するだけ。そぼろ丼にして食べたら大満足だった。縁もゆかりもない町の食堂で作られたそぼろを東京の地で一人ムシャムシャ食べてニンマリ出来るのだから便利な時代になったものである。

 

牛丼の松屋の工場がある埼玉・嵐山町からは冷凍牛丼の素が10個も届いた。あれどんぶりメシに2つほどぶちかけると幸せになるので牛丼気分の時に食べようと思う。

 

ラーメン福しんのチャーシュー3種セットなる冷凍モノもドカンと届いた。沖縄からは湯煎するだけで食べられるソーキがドカンと届いた。

 

他にも喜多方ラーメンや乾麺の冷やし中華もドカンと届いた。タダでさえストックの多いわが家が食料品で溢れかえっている。再感染も怖いからしばらくは籠城生活を基本にして過ごしてみようかと思う。

 


 

各自治体からの受領書もワンサカ届いたのだが、わりと頻繁に寄付をしている北海道増毛町からの書類を見るたびに毛が増すような秘密の返礼品を用意してくれないかと切に願っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

2022年1月31日月曜日

映画は1時間半


自主隔離生活を過ごしていたが、一人暮らしだから誰かに気兼ねしないで済んだことは良かった。

 

一応私は気遣いの人である。頼まれてもいないのに勝手に気を使って疲れるタイプだから体調を崩している時は一人に限る。

 

看病なんかされてしまうと恐縮して体調がもっと悪くなりかねない。そんな偏屈男だから調子が戻った後は実に気ままに過ごした。

 

アマプラやネットフリックスにお世話になって脈略無くいろんなものを観た。昔の必殺仕事人やら忠臣蔵方面の他、普段観ないような映画もずいぶん鑑賞した。

 

話題になっていたネットフリックスオリジナルの「新聞記者」も観たが、正直言ってとくに印象に残るほどではなかった。

 

わけもなく号泣してやたらと感動したのが「家へ帰ろう」という映画だ。味わい深い大人向けの作品だった。

 


ホロコーストを何とか生き延びた老人が70年の時を経て友人との約束を果たすためにアルゼンチンから故郷ポーランドを旅する作品だ。

 

主人公のお爺さんがいい味出しまくっていた。単に暗くて重い雰囲気というわけでなく軽妙な感じやユーモアもありアッという間に見終わった感じ。

 

変な話、上映時間が1時間半程度というのが最高だ。長ければいいってものではない。2時間が当然みたいなのが映画の世界だが、人間の集中力を考えれば1時間半ぐらいで充分だと思う。

 

モーガン・フリーマンとジャック・ニコルソンが人生最後の旅に出る名作「最高の人生の見つけ方」も1時間半程度の作品だ。あれも無駄なくまとまっている点が作品の素晴らしさの一つだと思う。

 

続いては「ある日どこかで」。1980年の作品。主演はスーパーマンで一世を風靡したクリストファー・リーブ。

 


一言でいえば時空を超えたラブストーリーである。タイムスリップものだ。こういう奇天烈な設定だとラブロマンスも白けずに観たくなるから不思議だ。

 

若き日のトム・ハンクスが主演だった「スプラッシュ」や「ビッグ」、はたまた「ゴースト・ニューヨークの幻」や「マネキン」といった絶対にありえない設定のラブロマンスは案外多い。

 

私はそういう奇天烈設定恋愛モノが大好きで、それぞれ何度も見てコッソリ泣いてきた。

 

この「ある日どこかで」も10年ぐらい前に観たのだが、久しぶりに鑑賞してジンワリほっこりした気分になれた。

 

1910年代にタイムスリップした主人公がやたらと美しいヒロインにひたむきに気持ちを伝える純粋な感じが素敵だ。

 

アナログな時代の切なさというか、人がむき出しの感情を真っすぐにぶつけていく美しさに惹かれる。

 

作中で大事な役割を果たすラフマニノフのラプソディーがこれまた実に映画の設定にぴったり合っていて思わず泣きたくなる感じだ。

 

https://www.youtube.com/watch?v=V4O_l7CUQcI

 

いろんな登場人物が複雑に絡み合うようなストーリーは頭が悪い私にとっては難しい。登場人物は少なく、ストーリーは単純明快かつストレート。結局それが一番観ていて楽しい。

 

ちなみに映画以外に最近妙にハマっているのが1月から始まったTBSの連ドラ「妻、小学生になる」である。

 

10年前に亡くなってしまった妻(石田ゆり子)が10歳の小学生になって夫・堤真一と一人娘の前に現れるというこれまた奇天烈設定のドラマだ。

 

まだ2話しか観ていないが2回ともちょっと泣いた。10歳の小学生の演技が何とも上手で私には石田ゆり子にしか見えなくなってきた。

 

ドラマも映画も話自体は作り話だ。だったらとことん有り得ないような設定にしてくれたほうが観ているほうは気楽だ。そんな設定なのに時折ホロっとしちゃうのがこれまたよく分からない感覚で面白いのだろう。

 

 

 

 

 

2022年1月28日金曜日

オミクロンだったかな

 先週末から高熱が続いてヒーヒー言いながら過ごしていた。症状を総合的に勘案すればオミクロンだったと考えるが妥当だろう。


39度前後の熱に加えて全身が痛くて仕方なかった。喉も痛み咳もそれなりに出た。いつもの扁桃腺炎とは様子が違ったし、熱は徐々に高くなっていったからインフルエンザとも違ったようだ。


全身の痛みは3日目ぐらいから頭痛に集中してしまい、過去にあまり経験したことのない偏頭痛状態が続いてかなり難儀した。


オミクロンならたいてい症状は3日ぐらいで治まるらしいが、今回の私は5日ぐらいゾンビみたいだった。


酸素吸入や人工呼吸器を付けなきゃすべて「軽症」に分類される。言葉のニュアンスとしてビミョーだ。40度近い発熱に加え全身が痛くて動けなくても微熱やクシャミ程度の人と同じく軽症である。


国や東京都の一種の医療放棄政策を前に病院には行く気が起きなかった。新薬は高齢者や基礎疾患が重い人を中心に出され、それ以外なら解熱鎮痛剤を出されて家に帰されるだけなのが今の標準パターンだと聞く。


そのくせ例の2類指定の壁のせいで、病院に行ってみたところで陽性が確定すれば面倒な保健所管轄になる。それにしたって濃厚接触者には自分で連絡しろという方向になったそうだから、非常にシンドイ状態の中で病院に行く気は起きなかった。


要は解熱鎮痛剤さえ手元にあれば病院に行こうが行くまいが基本的には結果は同じという話である。パルスオキシメーターで肺の酸素飽和度をマメに確認できるなら他にやることもない。



右から左に特効薬が処方されるのなら話は別だが、今の時代、解熱鎮痛剤をもらうだけに病院に行くのはバカみたいな話だろう。


もちろんこれは私個人の考えであり、間違っていたらごめんなさい。政治や行政に対する不満や悲嘆はあるが、最前線で新型コロナに立ち向かわれている医療関係者の方々に他意はありません。


話を戻す。発症前日、前々日の自分の行動を思い返してみたら運良く濃厚接触に該当する人はいなかったので、ただひたすらたいして効きもしない薬を飲んで熱と痛みに耐えて過ごした。


新型コロナだった場合、解熱鎮痛剤はアセトアミノフェン系が安全だと聞いたせいでカロナールを真面目に飲み続けた。


今回、この選択が私にとっては間違いだった。3日以上経ってもスッキリしない状態が続いたので、途中で解熱鎮痛剤をロキソニンに変えたらウソのように一気に回復した。


コロナが流行り出した当初にイブプロフェンなどは症状を悪化させるという説がまことしやかに世界中に広まった。それに影響されて同じく非ステロイド系抗炎症剤に属するロキソニンを避けてしまったわけだ。


カロナールだと服用後ちょっとはラクになるのだが、3時間ぐらいでシンドイ感じが復活してしまうので結構キツかったのが実情だ。


昔から扁桃腺が腫れやすい私はロキソニンとは長い付き合いだ。今回も浮気せずにとっととロキソニンを飲んでいたらさっさとラクになっていただろうから中途半端な判断が悔やまれる。


というわけで典型的な症状がしっかり出た私のケースでも病院にかかっていないから日々発表される感染者数には当然カウントされない。より軽めの風邪っぽさですぐに治ったような人もわざわざ調べに行かなければ同じくカウントされない。


無症状の人の存在も併せて考えれば日々の公表数字はもはやあまり意味のないモノになりつつあると思う。実際の数値は10倍ぐらいで推測するのが妥当だろう。大都市部なら100倍だっておかしくない。


着実に集団免疫のような展開になりそうだが、それ以前にウイルスの弱毒化が顕著だから、現在の感染大流行はいよいよ「コロナ禍の終わりの始まり」と前向きに捉えたいものだ。


さて、50代半ばという年齢はどう逆立ちしても若者ではない。オミクロンは若者の間で無症状が多いと聞く。なんともまあうらやましい話である。


復活したとはいえ、自主隔離が続いているので来週前半までは職場には出られない。呑気に過ごすしかないからアマプラやNetflixに頼ることになりそうだ。










2022年1月26日水曜日

過去ネタです

 今日は都合により更新が追いつかなかったので過去ネタを一つ載せます。。


怖かったこと

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2017/02/blog-post_13.html?m=1