2025年10月17日金曜日

甦れシャトーソース!

 

最近はナゼか西洋料理系を食べる機会が多い。本格的なフレンチなどはあまり得意ではないが、日本的な洋モノだとガツガツ食べてしまう。

 

日本的洋モノの代表といえばピラフだろう。コメ好きニッポン人の典型みたいな私もピラフは大好きだ。我がソウルフードと言っても過言ではない。

 

ピラフの中でも私が心酔?しまくっていたのが、九段下にあったホテルグランドパレスのピラフだ。通った学校が近くにあったから小学生時代から親しんだ味だった。

 



シャトーソースという魅惑の液体をぶちまけて食べるのがグラパレのピラフだった。ホテル閉館がアナウンスされた頃には焦って何度も食べに出かけた。もう食べられない今となっては思い出すだけでヨダレまみれになる。

 

グランドパレスの親戚である皇居横のパレスホテルには「伝統メニュー」という冠付きで今もシャトーソースを楽しめるピラフがある。以前から時々こちらのピラフも食べていたのだが、グラパレとはビミョーに味が違う。どうしても自分の原点のピラフと比べてしまうため評価は辛口になりがちだった。

 

先日久しぶりに“ピラフ脳”になった日があったのでパレスホテルに出向いてみた。この半年、それなりに節制暮らしをしてきたのでピラフをはじめとする洋食とはご無沙汰状態だった。

 

節制もほぼ終了したいま、ちょうど誕生日を迎えてめでたく還暦を迎えたから、自分にとってのお祝いメシ、ご褒美メシは何が最適かを考えた末にたどり着いた結論が「ピラフ」と「ペヤング」だったわけだ。

 

で、パレスホテルでアレコレ食べた。ピラフの前にトリュフ風味のフライドポテトやらエスカルゴやら舌平目なんかをワイン片手に味わった。

 



で。ピラフ登場。泣きそうになるほどワクワクしたのだが、シャトーソースの風情に違和感を覚えた。「なんか違う…」としか言いようがない。私の好きなシャトーソースはもっとサラっとしているはずだ。この日出てきたソースは粘度強めのデミグラスソースみたいな見た目に感じた。

 



とはいえ、私の大好物だったグランドパレスのピラフには既に思い出補正がかかっている。「アッチのほうがウマい」という思い込みのせいでそんな印象を持ったのだろうと気を取り直して食べ始めた。

 

普通に美味しい。一般的に言ってちゃんと美味しい。でも、でもである。やはりシャトーソースが違う。やはりちょっとデミ系に寄っている印象がある。私が愛したシャトーソースはもう少し白ワインの要素が強めでサラっとしていたはずだ。

 



ブツクサ文句を言うなら食べなきゃいいのだが、そこは「ピラフィスト」「ピラファー」を自認する私である。同行者にはほんの一口食べさせただけでほぼすべてを独り占めして完食した。一応幸せだった。

 

歳を重ねるとヘタな経験値のせいで素直に喜んだり感動することが減る。そんな現実を改めて思い知ったような感じだ。とはいえ、次にパレスホテルに行く機会があっても、どうしたってシャトーソースのピラフは注文すると思う。そんなもんだろう。

 

というわけで、話を変える。

 

前回に引き続きヘンテコなペヤングを紹介する。「世界の山ちゃん・幻のコショウ味」である。手羽先唐揚げの人気店の独特の味わいを焼きそば向けにアレンジした挑戦的?な商品である。

 


 

率直に言ってウマかった。むしろ普通のソース味よりウマいかもしれない。ただし、美味しく感じるには大事な注意点がある。これはどのカップ焼きそばにも言える話だが、付属のソースは7~8割だけ投入すること。これは厳守したいところだ。

 



ソースを全量入れちゃうと味が強すぎてダメだ。この山ちゃんペヤングもソースや特製コショウを75%ぐらい入れて味わったのだが、それで充分だった。全量入れていたらきっと美味しく感じなかったと思う。

 

ペヤングシリーズはまだまだ続きます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 





2025年10月15日水曜日

夜の銀座。ついでにペヤング


このところ夜の銀座をウロつくことが増えた。11月末に行う我がオヤジバンドライブの集客営業?のためにクラブ活動もちょこちょここなしている。コスパが全くかみ合わない営業活動だが、それはそれで仕方ない。

 


 

私自身の誕生日も絡んでいた時期なので何回かはお祝い攻撃を受けた。素直に喜ぶ。一昔前なら小っ恥ずかしいだけだったが、さすがに還暦である。無事に過ごせていることをメデタイと思ったほうが健全だ。

 

クラブ活動に行くたびに世情の移り変わりが垣間見える。客層の変化や繁盛している店とそうでない店の違いをアレコレ取材するのも何かと学びがある。繁盛店のカギは結局はいろんな場面での努力量の差に尽きる。当たり前のようでこれを実践できるか否かが分かれ道である。

 

ところで、ナゼ自分が夜の銀座にあまり行かなくなったかを考えてみた。結論は「馴れ」だ。アウェー感の有無と言ってもいいかもしれない。30代、40代の頃の気持ちと今を比べてみるとワクワク感も衰退したし、背伸びしたい感覚も無くなってしまった。

 

20〜30年前の夜の銀座には謎めいた老人客がたくさんいた。どこかの業界のフィクサーだろうなと思わせる重厚なジイサマ達をやたらと見かけた記憶がある。見るからに高価そうだがちょっと趣味の悪いスーツやジャケットに身を包んで独特の存在感を放っていた。

 

ヤクザさんとも違う、エリートサラリーマン上がりのお偉いさんとも違う一種独特の濃いオーラを感じた。一喝されたら震え上がっちゃいそうな妙にアクが強いジイサマ達だった。

 

私ごときはハナタレ小僧みたいなもので、そんな客層のいる世界の端っこでちょっと小さくなって飲んでいた。またそれこそが楽しかった。場違いな未知の世界に無理やり忍び込んだみたいな面白さを感じた。

 



アウェー感たっぷりだったし、背伸びしたい気持ちが強かったのだと思う。どこかの支配者みたい人達が集う場所の片隅に混ざっている感じが初期中年時代の私には刺激的に思えた。

 

その後、世の中のマイルド化、平準化に比例するようにアクの強い怪しい老人たちをあまり見かけなくなった。気づけば私自身も50歳をとっくに過ぎてあの世界の客層の中では小僧じゃないぐらいのポジションになっていった。

 

ホリエモンが時代の寵児になった20年前ぐらいから客層も変わってきた。クセ強ジイサン達とは対極のTシャツにジャケットみたいな若めのお客さんが一気に増えていった覚えがある。

 

年上ばかりの客層の中で背伸びすることが楽しかったのに、年下みたいなお客さんばかりになると背伸び願望も消えていく。次第に馴染みの店も増えていたから気づけばアウェー感も無くなってしまった。

 

ある時、店に着くなり「梅昆布茶ちょうだい」と言っている自分を俯瞰してちょっと残念な気持ちになった。それじゃあコナれたオヤジそのものである。そこには背伸びしたい気持ちもアウェー感にドギマギする感覚も無い。知ったかぶりオジサンの完成である。

 

そんな残念な気持ちになった頃にコロナ禍が到来した。結果、なんとなく夜の部活に励むことが激減して今に至る。

 

それでも有難いことに我がオヤジバンドライブにはこの10年、そこそこの人数の銀座組の面々が賑やかしに来てくれる。古い付き合いのママさんや黒服さんのおかげだ。そのせいもあって今も私は夜の銀座と縁が切れていない。

 

バンド活動をやめる日が来たら私の部活も正式引退ということになるのだろうか。何だかそれも淋しい。夜の銀座の空気感にはそれなりに愛着もある。自分の現役感?を保つために時にはあの世界に身を置くことも必要だろう。

 

たかだか還暦を迎えたぐらいでウジウジとそんなことを考えてしまう自分がちょっとイヤだ。まだまだいろいろハッスルしないと老け込んじゃうから気をつけよう。

 

ここからは全然違う話。

 

最近、あのペヤングがやたらと風変わりな商品を発売している。“迷走系焼きそば”だ。アレコレと取り寄せてみた。このブログではこれからしばらく話の末尾にヘンテコペヤングを紹介していきたい。

 

 



今日は「マヨツナカレー味」である。私はカレー味の麺があまり好きではない。カレーの味に合うのははコメだろうという固定観念のせいだ。

 

で、期待せずに食べてみた。酷評する気バリバリで食べてみたのだが、妙にウマい。何だか気に入ってしまった。ジャンク気分の時にはオススメです。やはりマヨって魔法みたいな調味料だと思う。





2025年10月10日金曜日

甘い還暦

 

還暦を迎えた。なんだか妙に感慨深い。普段の誕生日と違って節目ならではのいろんな感情が湧いてきた。60年生きてきてどこにも故障がなく好き勝手に過ごせていることをつくづく幸せに感じる。

 

同級生の中にも先に逝ってしまったヤツもいるし、健康に生きていられることを喜ばないといけない。喜怒哀楽の感情にしても生きていなければ味わえない。怒や哀はイヤだが、それだって生きていればこその話である。

 

40代の頃までは誕生日に何かを思うことはなかった。生きていれば勝手に誕生日はやって来ると平然としていた。それ自体が若さだったのだろう。50歳の誕生日を迎えたとき、四捨五入したら100歳だと意味不明な感慨にふけって以来、最近は誕生日イコール「今年も無事だった」的な気持ちになる。

 

「おじさん」というカテゴリーで生きる日々も随分と長くなった。オジサン界隈?ではすっかりベテランの域である。オジサンを40歳からだと定義すると既に20年もオジサンだ。だんだんと次のステージが近づいていることに我ながら驚いている。次のステージは「おじいちゃん」である。実にヤバい。

 

おじいちゃん予備軍なのに最近はそこらへんのギャルみたいに甘いものを食べまくっている。かなりのスイーツ大好きオジサマになってきた。

 

さすがに血糖値を心配していたのだが、直近の血液検査でも標準値に収まっていた。こればかりは遺伝的要素に感謝である。

 



これは娘が買ってきてくれたマロンシャンテリーである。パレスホテル、東京會舘が覇権を争っているマロンシャンテリーだが、正直言ってどちらのもウマい。ニッポンのスイーツ業界における伝統芸能的な逸品だと思う。

 

もはやマニアックな趣味になった大学野球観戦に行ってもついつい甘いものを買ってしまう。自販機で売っているようなどうでもいいアイスも好きだし、絶対にメロンじゃない謎の物体がトッピングされているメロンかき氷だって食べてしまう。

 




 その一方で繊細さがウリの練りきりのような和菓子も大好きだ。下の画像は東京駅のステーションホテル内にある虎屋直営カフェの練りきりだ。煎茶も頼んで一息つくとエネルギーが湧いてくるような気分になる。

 

つくづく砂糖が貴重品だった時代に生まれなかったことはラッキーである。「時代ガチャ」でいえば勝ち組みたいな話だ。

 



刑務所に服役していた人が出所した途端に口にしたくなるものが甘いものだという。酒でもタバコでもなくスイーツに飢えてしまうらしい。分かる気がする。絶対に服役することがないように気をつけようと思う。

 

和菓子、洋菓子問わず大好きだが、太らないために実行している努力?が「外側を捨てる」という極悪非道な行為だ。

 

シュークリームやエクレアあたりは外側あってこその一品だが、私は中身だけ食べる。ただの甘いクリームと言われたらその通りである。外側はほんのちょっとかじれば満足してしまう。

 




この画像はどこかの人気店の特製シュークリームである。生クリームやアンコ、カスタードクリーム等々がうじゃうじゃ投入されているのに外側はほぼ残した。はたしてこれで体重に影響があるかは不明だ。でも罪悪感という感情に勝ててしまうという効果があるのは確かだ。

 

最近はふるさと納税でも口コミ評価が高いピスタチオアイスを何種類も取り寄せたりしている。アイスクリームはちょっと溶けた状態が美味しいので電子レンジで温めるのが常だ。シェイクだかアイスクリームだか分からないぐらい柔らかいと嬉しい気分になる。

 

端的に言ってスイーツは幸せの象徴だろう。日々の暮らしの中で幸せを感じる場面は意外に少ない。その点、ちょろっと口にするスイーツはいちいちプチ幸せを感じさせてくれる。

 

と、相変わらずどうでもいい話を書き殴ってしまった。いま私の手元にはグミが転がっている。グミがテンコ盛りになったバケツサイズのハリボーをわざわざ職場に取り寄せている。バケツに手を突っ込んでどんなグミが出てくるかワクワクドキドキ?するのが楽しい。


ハリボーの中でも「ハッピーコーラ」という商品はどこかの国で大麻成分が検出されたとかで回収騒ぎになったらしい。それはそれで禁断の味みたいな話で気分がアガる。不謹慎だが、ハッピーコーラを食べるたびにハイになれないものかと期待している。

 



グミを口にするたび幸せって身近なところにあるんだと感じる。60歳、ノーテンキ極まりない日々である。

 

 

 

2025年10月8日水曜日

見栄

 また更新できなかったので、見栄っ張りについて考察した過去ネタを載せます。


https://fugoh-kisya.blogspot.com/2017/07/blog-post_21.html






2025年10月6日月曜日

にょぼん

 更新が間に合わなかったので過去ネタを一つ。


女犯と邪淫







2025年10月3日金曜日

リーグ戦100周年

 


相変わらず大学野球観戦にハマっている。いまは東京六大学、東都大学など各地で秋のリーグ戦真っ盛りである。秋のリーグ戦は4年生にとっては最後の舞台だ。春の甲子園と夏の甲子園が違うように秋季リーグ戦は一種独特の面白さがある。

 

私が好きだから言うわけではないが、大学野球の面白さが世間からちょっと忘れ去られているのは惜しいと思う。「コンテンツ」として非常に優良だ。ガラガラの観客席で観戦しながらいつもそう思う。

 



かつてはプロ野球よりはるかに人気があって国民的娯楽の筆頭だった時代もあるらしい。日本人は野球が大好きだ。WBCのアノ盛り上がりは凄かったし、プロ野球の球場も全国どこでも活況だ。甲子園の高校野球も毎年大いに盛り上がる。

 

そんな中で出遅れ感?があるのが大学野球だ。東京六大学を例にとると今年は結成100周年だ。100周年って物凄いことだが、そんな話が世間で注目されることはない。何だか残念だ。

 

学生主体の運営だから広報戦略に乏しいのだろうが、さすがに今ぐらいの注目度だと淋しい限りだ。選手のモチベーション、今後の高校球児の進路選びという点でももっと盛り上げて然るべきだと思う。

 

ちなみに神宮ではなく東京ドームに併設されている野球博物館では期間限定で東京六大学100周年記念展示が行われている。天皇杯をはじめ昔の貴重なユニフォームや資料、長嶋や田淵のバット、名物監督だった明治・島岡御大のノックバットまで見ることが出来る。野球好きなら見逃せない展示内容だ。

 






さて、ちっとも活況にならない大学野球を嘆いてみせたが、今の私は早慶戦以外のガラガラの球場が嫌いではない。イニングごとに座席を移動していろんな角度から観戦できる。野球好きにとっては贅沢な観戦方法である。

 

先日、平日夕方の東都大学リーグを観戦した。週末に神宮球場を優先利用する東京六大学に比べて東都の“追いやられてる感”はなかなかだ。球場の売店もたいてい閉まっているし、球場内の廊下など各所にあるモニターも固定カメラでの中継映像しか流していない。

 



この秋も東都リーグが神宮を利用する日程はかなり直前になってから決まった。こういう“追いやられ感”の中で鍛えられ、全国選手権などでは東京六大学代表に勝つところが東都のカッコ良さだ。

 

リーグ戦ごとに一部最下位と二部一位の入れ替え戦が行われることも「戦国東都」という言葉とともに東都リーグの醍醐味だ。万年最下位の東大が加盟している東京六大学は実質的に5大学の争いである。一部と二部が拮抗している東都との根本的な違いだ。

 

東都ばかり持ち上げたが、東京六大学もコンテンツとしては面白い。今は早稲田の小宮山監督を始めプロ野球出身者が監督やコーチに就くことも増えた。甲子園を沸かせた野球名門校からの進学も多いから「甲子園のその後」というストーリー性もある。

 

応援合戦も楽しい。時代遅れの学ランや袴姿の応援団の凛々しさも大学野球観戦の楽しみとして欠かせない。チアリーダーの華やかさも然り。各校とも独自の応援歌、応援スタイルがあって頻繁に観戦しに行くうちにそれぞれの特徴が掴めてくる。

 




高校野球も面白いが、大学生になるとやはり身体つきがたくましくなる。その分、高校野球よりプレーに迫力もあるのが大学野球の特徴だ。そのうえでアマチュアであり学生だから礼儀正しい感じが見ていて清々しい。

 

私は試合前後の整列からの挨拶の場面が大好きで、毎度なぜだか胸をうたれる。ベースボールとは違う野球道そのものという感じがして常に襟を正して見入ってしまう。

 



各校とも試合当日には独自のパンフレットを無料配布したり、ネットを活用してチームの紹介や部員のエピソードなどを披露している。各校のカラーが感じられて意外に面白い。そんなことを続けていると各校それぞれに注目したくなる選手も出てくる。彼らの活躍に一喜一憂するのも楽しい。

 

選手との距離感が近いのもアマチュア野球ならではだろう。試合前後には選手も球場の廊下をうろうろしているし、観客と同じトイレを利用するから有名人気選手と連れション状態になることも珍しくない。

 




ドジャースタジアムでベッツ選手や大谷選手が隣で立ちションしている場面など想像できないが、大学野球の神宮ではドラフト一位確実のスター候補選手と連れションが可能だ。連れションマニアのかたにはオススメである。

 

東京六大学はこの秋、早稲田が4季連続優勝を目指している。この春と昨年秋はいずれも同率で明治と並んだ上での優勝決定戦をものにした早稲田が天皇杯を守っている。

 

この秋は雪辱を期す明治も好調で早稲田と並んで2週連続で勝ち点をあげている。それを上り調子の立教、低迷期脱出を目指す法政が追う展開だ。慶応は既に脱落。11月まで続く戦いの行方が今から楽しみだ。

 

ついでに言えばリーグ戦の最中にプロ野球のドラフト会議が行われるため、リーグ終盤戦はドラフトでの悲喜こもごもが混ざり合った人間ドラマ的な要素も織り込まれる感じだ。見ごたえのある大学野球がもうちょっと世間から注目されることをファンとして期待している。

 

 

 

 

 

2025年10月1日水曜日

銀座の酒とサイゼの酒


先日受けた血液検査では「γ-gpt」の数値が正常値になっていた。ビックリである。10年、いや20年、いや、30代以降は正常値だった記憶がない。正常値の3倍、5倍だったらちゃんと注意してきたのだろうが、正常値を2割、3割程度超える程度だったから気にしたことはなかった。

 

別に大酒飲みじゃなくても普通に酒を飲む人なら多少は数値が高くなるのが当たり前だと信じ込んでいた。大のオトナでも正常値になることがあるんだと妙に感心してしまった。まあ、考えてみればこの半年は節制生活だったから酒を飲む量もかなり減っていた。

 

とりあえず15キロ減になった体重を何とか維持している。でも最近はちょっと怪しくなってきた。先日も酔って帰宅した後にウーバーで牛丼を頼んでしまった。白米はかなり残したが半年ぶりの自分らしい行動をちょっと誇らしく?感じた。バカである。

 

体重が減ったことと関係があるのかどうかわからないが、このところ酒を飲み過ぎても以前ほどキツくない。以前なら飲み過ぎるとビミョーにムカムカしちゃったのだが最近はそれが無い。しばらく酒を減らしていたから肝臓も元気を取り戻したのだろうか。

 

先週はやたらと飲む機会が多かったのだが、飲んだ後のムカムカや二日酔いで困ることがなかった。気のせいかもしれないが、だとしたら気のせいも大事だ。

 


 

夜の銀座にも何度か足を運んだ。以前ほど通わなくなったが、多少は付き合いもある。私はかなり義理堅いし綺麗な女性にお世辞を言われるのも好きだから、まだそちらの活動は引退していない。

 

やはり時には華やかな空気感の中でちょっと気取ってイケオジのフリをすることも必要だ。自分がまだ現役だと確認するためにも大事なことかもしれない。

 



クラブ活動はその日の2軒目、3軒目になるからそこそこ飲んでからの参戦だ。それでもせっせと水割りのおかわりを用意されるとグビグビ飲んでしまう。クラブ活動ではオールドパーを定番にしているのだが、最近はオールドパーの味が妙に美味しい。

 

オールドパーは独特の味だから好みが分かれる酒だ。私自身、正直言えばそんなに好きな味ではない。それでも祖父の代からのいろんな物語にあやかって銀座ではオールドパー一辺倒だ。最近になってウマく感じるのは年齢のせいだろうか。謎だ。

 

「座っただけでウン万円」といわれる銀座だが、おかしなもので、あれが「座っただけで2千円」だったら有難みも面白みも無い。変な話だが非日常感みたいな部分が銀座を銀座として成り立たせている一番の理由だ。

 



そのために独自の矜持をもって働く人々がそんな世界を支えているのも確かだ。昔よりはそういう濃厚さが薄れてきているが、それでも他の繁華街とは一線を画す。世の中すべてがマイルド化、均一化、平準化してきた今だからこそ、あの街の神秘性というか、良い意味での排他性は維持されてほしい。

 

妙に高い酒の話を書いたついでに妙に安い酒の話も書く。

 

先日、初めて「サイゼ飲み」を体験した。良心的な値段で人気の「サイゼリア」である。バンド練習の後でメンバー5人ほどで行ってみた。

 

いやはや感動の一言である。オッサンたちで長居したことを反省したくなった。あんな値段で食べて飲めるなら若者のオアシスである。メニューを見てあそこまで価格を抑えていることにひたすら感動した。

 


ワインはたいていのボトルが1000円だ。白だの赤だの悩むヒマがあったら両方頼めば済むし、なんならシュワシュワも1000円だ。一品料理も500円を超えるものを注文すると富豪みたいな気分になるほど安い。ただただ企業努力に敬服する。

 

結局、ビールの他にワインを5本ぐらい頼んでアレコレと食べ物も注文して一人あたり3千円を切ったような金額で済んだ。安かろう悪かろうではなかった点に感動した。

 



座っただけでウン万の店だろうとサイゼリアだろうと酒を飲むという行為はあくまで楽しさが前提じゃないといけない。あたりまえの話だがこの歳になるとつくづくそう思う。

 

ヤケ酒や悲しい酒をいかに少なく済ませられるか、人生後半戦は案外それとの闘いのような気がする。