2021年2月15日月曜日

浜田省吾師匠との40年



私のお宝グッズである。ハマショー師匠だ。コンサートトラックのミニカーと熱唱する師匠のキーホルダーである。


「浜田省吾」を知ったのは中学2年の頃。もう40年以上前のことである。当時、広島出身の大学生が家庭教師として週に一度わが家に来ていたのだが、彼が同郷のハマショーを私に勧めてきたのがきっかけ。


家庭教師と一緒に彼が持ってきたカセットテープを聴きながら「いいですね~」「最高ですね~」などと必死に気に入ったふりをした。勉強の時間を少しでも減らしたかったから調子を合わせたわけだ。


そのうち何となく耳に残るようになり、率先して聴きこむようになった。以来、40年以上にわたって私の人生を側面支援?してくれているのがハマショー師匠の楽曲である。


ハマショー師匠といえば、その昔、ダウンタウンがネタにしていたことで知る人ぞ知る。「ハマショーだらけの野球大会」は傑作だった。残念ながら著作権の関係か今では音声がカットされて興ざめだが、「ハマショー積載事件」のほうはしっかり見られるので嬉しい。


ハマショー積載事件

https://www.youtube.com/watch?v=Q3tZPFVLr1U


ハマショーだらけの野球大会

https://www.youtube.com/watch?v=AEXTbVRaHvE


中学生の頃は師匠のデビュー曲である「路地裏の少年」や「反抗期」「独立記念日」「壁に向かって」といった鬱屈青春モノにシビれた。


路地裏の少年

https://www.youtube.com/watch?v=yeFEzyYoq0A&list=RDbGSCUbvgU8M&index=13


その後、フォークとニューミュージックのどっちつかずみたいな迷走時代も飽きずに聴き続けた。カップヌードルのCМソングでちょっと世間に名が知られるようになったのが今から40年ほど前である。


風を感じて

https://www.youtube.com/watch?v=WCtBw_1zjVQ


他にも「もうひとつの土曜日」「悲しみは雪のように」など良く知られているムーディー?な曲なども聴き込んだ。


バブルの頃、テカテカしたオヤジが得意になって「もうひとつの土曜日」をオネエチャン相手に熱唱しているのが物凄く不快だった切ない思い出もある。


その後、師匠はロック調の路線を固めるようになり、経済成長ニッポンを象徴するように「終わりなき疾走」という曲のレコーディングではギターにあのスティーブ・ルカサーを起用したこともあった。


終わりなき疾走

https://www.youtube.com/watch?v=YS5v_DAXTzw


社会人になって数年が過ぎ、諸々の葛藤があった頃の私に刺さったのが名曲「J・BOY」である。学生気分が抜けきらなかった私の鬱屈を振り払ってくれたような曲だ。


ここに貼り付けたライブ動画はハマショー師匠がほぼ還暦ぐらいの頃だ。エネルギッシュさに感服する。


J.BOY

https://www.youtube.com/watch?v=7dUfaCD5Y0A


その後、オトナ生活を歩む私はさまざまなシガラミに混乱したり、個人的にシンドイ思いに沈んでいくこともあった。そんな時には「家路」という曲に勇気をもらった。いろんな意味で背中を押してもらった一曲である。オヤジバンドを作って初めて人様の前で歌った際にもこの曲を選ばないわけにはいかなかった。


ちなみにここに貼った「家路」の動画は、ミスチルの桜井和寿とチャリティー系のフェスで共演した際のもの。演奏終了後、桜井&小林武史と挨拶を交わすハマショー師匠がカッチョよくてシビれる。


ハマショー師匠がステージを後にした直後、次の演奏で桜井クンが感激のあまり泣いちゃったのは知る人ぞ知る話。


家路

https://www.youtube.com/watch?v=12rOfYTPuhs


わがオジサマバンドの楽曲選びでは、ついついハマショー師匠のカバーをやりたくなるが、コピーバンドっぽくなるのもイヤなので、あえて避けるようにしている。とはいえ、5~6年前に私が突然ギターを買ってギター教室に通い、初めて人様の前でギターをかきならしながら歌った曲は師匠の「Walking in the rain」である。


軽快な感じの楽曲だが、歌詞の内容は暗い。私向き!である。居場所が見つからない男が、結局は一人きりなんだなあと達観している感じである。


♪ 時々誰かのぬくもり 

慰められて泣きたくなるけれど

But I`m walking in the rain 

 I`m just walking in the rain 

ひとりきりさ いつだって I`m just walking in the rain ♪


ちなみにギターコードは非常に簡単だ。器用な人なら初めてギターを手にしてから2か月もあれば弾けると思う。


Walking In The Rain

 https://www.youtube.com/watch?v=0JnG_mDnknU


そして中年時代を迎え、こんな私ですら大げさに言えば生きているのが辛く感じた場面があった。過ぎてしまえば何でもないことだったようにも思えるが、渦中にある時はキツい時間に押しつぶされそうになったが、やはりハマショー師匠の「日はまた昇る」という曲が前進を手助けしてくれた。


♪ 荒野にひとり君は立ってる

行く道はいくつもある

だけどたどりつくべき場所は

きっとただひとつだけ

どの道を歩いていこうと

君は君のその人生を受け入れて楽しむ他ない

最後には笑えるように ♪


文字にしてしまえばそのまんまでがあるが、とても心に刺さって大いに勇気づけられた。


すべての中高年に刺さる歌だ。若者の音楽だった邦楽ロックが年月を重ねて熟成し、大人のロックとして結実した一種の完成形だと思う。


下に貼った動画は歌詞も流れてくるので、ぜひじっくり聴き込んで欲しい名曲だ。


日はまた昇る

https://www.youtube.com/watch?v=Ud3zB29pbg4


他にも離婚しちゃった中年男の切なさを歌にした「花火」や、それに対する一種のアンサーソングのような「五月の絵画」など私の心を揺さぶる歌はたくさんある。


なんだかキリがなくなってきたが、最近はYouTubeでも気軽に師匠のライブ動画を見られるので実に便利である。


今でも月に2,3回息子としっかり遊ぶ日には、直訳すれば「私は父だ」という曲の動画を見てから気合を入れて出かける。映画のようなこのビデオの時任三郎がなんとも味わい深くて好きだ。吹越満もなかなか渋い。


I am a father

https://www.youtube.com/watch?v=IIqi3YVC-Bg


思えば40年以上にわたって一人のミュージションの楽曲に自分の歩んできた年月を重ね合わせられるのは幸せな事だ。


少年時代の葛藤から大人時代の葛藤、そして中高年になっての達観まで、時系列でさまざまな曲が当てはまる。中学時代のあの家庭教師には感謝しかない。


あいみょんも聴く、YOASOBIも聴く。でもやはり私のベースにはハマショー師匠の音楽がデンと真ん中に居座っている。


最近のお気に入りが、師匠を師匠たらしめている一曲だ。愛だの恋だのだけではなく、戦争や災害を踏まえた硬質なメッセージソングをしっかり作ってくれるところが長く第一線を走り続けている隠れた理由であることは確かだ。


アジアの風 青空 祈り part-2 青空

https://www.youtube.com/watch?v=k2ddP_T87yM







2021年2月12日金曜日

浅草が呼んでいる




 

やたらと暖かかった先週末の話だが、のんびりと浅草を散歩してきた。外国人のいない浅草をふらつくのは四半世紀ぶりぐらいだろうか。

 

人出はそこそこ。緊急事態宣言中ということを考えれば多いのだろうが、コロナ以前の状態に比べればガラガラだ。

 

さすがにホッピー通り界隈は週末とあって昼飲みに精を出す人々で大賑わいだった。飲食店の時短営業要請の中途半端ぶりを痛感するシーンだろう。

 




 

祖父以前のご先祖様は浅草界隈の人だったから私にとって浅草は何となく郷愁を感じる街である。

 

再開発によってこの10年ぐらいですっかり綺麗になったが、昭和っぽいオッチャンがウロウロしている雰囲気はしっかり残っている。

 

浅草の魅力は、オシャレとは無縁の土着的東京っぽさ?だと思う。表通りはともかく、裏通りや外れの路地を歩けば他の街とは違う“濃さ”を感じる。

 

某港区界隈のように地方から出てきた人が一生懸命トンがって作り上げたシャレオツな路線とはまったく違う。

 

大衆演劇の小劇場や演芸場が普通にあって、定食屋や喫茶店も昭和のまま時が止まったような風情だ。

 

ゴルゴンゾーラやアマトリチャーナといった発音のしにくいパスタではなく、あくまでケチャップナポリタンであり、バスクチーズケーキやマカロンではなく、芋ようかん、ぜんざいが似合う街である。

 

この日ふらっと入ったのが老舗の洋食屋「リスボン」。素っ気ない造りのカジュアルなお店だ。お値段も手頃。

 



 

マカロニグラタンとオムライスを頼む。味は極めて普通である。極めて真っ当だとも言える。両方ともとくに特徴は無い。でも特別感は無い分、毎日でも食べられそうな味わいだ。

 

グラタンは昭和のニッポンの味だ。子供の頃に母親が作ってくれた味に似ていた。牛乳が多めなのかとてもマイルド。お子様向けかと思うほど優しい味だが、これはこれでクド過ぎないという点で悪くない。

 

オーソドックスなオムライスは中のチキンライスがちゃんと美味しかったのが嬉しい。これは大事な点だ。

 


いろんなオムライスを食べてきたが、オムの部分は頑張ってるのにチキンライスの味が無かったりベチャベチャだったりすることは珍しくない。

 

中身のチキンライスがちゃんとしている場合、3分の2ぐらい食べたところでオムレツ部分はすべて食べきって、チキンライスだけにした状態にするのが私の食べ方だ。

 

最後はチキンライス単体である。これだとオムライスとチキンライスを2種類食べたような気分になるから食い意地の張った私には嬉しい。

 

この日は、浅草から合羽橋のほうまで歩き、まず使うことの無い調理器具を見たり、食品サンプルの技術の高さに驚きながらのんびり散歩。

 

マスクを外したくなると人のいない路地に入ってあてもなく歩く。こういう時にはそこら中で見かける由緒書きみたいな看板を読むのが楽しい。

 




 

江戸時代の事件や世相を反映した記載内容がいま自分がいる場所で繰り広げられていたかと思うと感慨深い。

 

子供の頃から御先祖様の墓参りついでに何度も浅草に連れて行かれた。杉並区の実家からは妙に遠かったので、大人になってからも浅草は遠い所という思い込みが強かった。

 

中央区に住むようになって浅草が案外近いことに気付いたからこれからはマメに出かけたいと思っている。

 

いまの住まいからまあまあ近い距離にある都営浅草線の駅からだとわずか10分で浅草に着く。

 

職場のほうが浅草線の駅は近い。10分で移動できるなら通勤にも至極便利である。

 

ひょっとしたら住めちゃうかもしれない。人生で一度ぐらい浅草に住んでみるのもアリだろうと本気で考えている。

 

私が大好きな洋食屋さんはごろごろあるし、鰻屋さんをはじめとする“オヤジメシ”の名店がわんさかある。

 

どちらにお住まいですか?と聞かれて「浅草だよ」と答えるのはちょっとカッチョいいかもしれない。



2021年2月10日水曜日

光秀ロス、鬼、性の日本史

「麒麟がくる」が終わってしまって明智光秀ロスである。コロナ禍で大河ドラマ史上初の年越し放送、2月に入ってからの最終回だった。

 



 

もちろん、最終回は「本能寺の変」一色だった。これまで長年にわたって映画や大河ドラマで数え切れないほど見てきた場面だが、今回はかつてなくジーンときた。

 

“究極のボーイズラブ”であり“究極のオッサンズラブ”として描かれていた本能寺の変は実に画期的だった。

 

一般的には恨みバリバリの主君討ちというのが本能寺の変のパターンだ。今回の大河ドラマでは、惹かれ合っていた信長と光秀の切ない別離として描かれた。

 

最終回の切なさを際立たせるためだけに1年以上の放送があったように感じた。これまで染谷将太という俳優は知らなかったが、彼の信長役はとてもインパクトがあった。

 

ドラマだから史実に忠実である必要はない。悪者イメージが根強い明智光秀を新しい角度から描いた試みはすごく良かったと思う。


そもそも明智光秀を主役にしたことがすべてである。これに尽きる。この2~30年の間に様々な歴史研究が進み、かつての「単なる悪役」イメージはだいぶ変わってきたのは知る人ぞ知る話だ。

 

歴史は言うまでもなく勝者が語り継ぐもので、敗者の論理は抹殺される。実際は謎だらけだ。石田三成にしても敗者だから良いイメージは無いわけで、明智光秀はその最たる存在だ。

 

明智側にも言い分はあるわけで、本能寺の変の直後に、急ぎ駆けつけた秀吉に撃退されていなかったら歴史はまったく違うものになっていたわけだ。

 

山崎の戦いで仮に光秀が秀吉に勝っていたら、その後、織田信長は単なる悪辣オヤジとして語り継がれた可能性もある。

 

今日、織田信長がスーパーヒーローとして国民的人気を得ている状況は、あくまで秀吉の視点からのものでしかない。


歴史の見方にもいろいろあっていいわけで、今回の明智光秀側からの本能寺の変はとても見応えがあった 。


私が子供の頃から大好きな歴史モノといえば「忠臣蔵」だが、あれだって討ち入りされた吉良さん側の視点で映画や大河ドラマが作られたら面白いと思う。


吉良さんにしてみれば逆恨みされたテロリストに寝込みを襲われたわけであり、悪役一辺倒で未来永劫語り継がれるのは気の毒に思う。


今の愛知あたりの吉良さんの領地では彼は名君と慕われていたという話もあるし、逆側からの忠臣蔵をぜひ見てみたいものだ。


話を戻す。今回の大河ドラマを見始めてから、ついでのように光秀モノのムック本などを随分と乱読し、信長公記まで買ってしまった。

 





 

歴史モノは想像を働かせられるロマンの世界だ。作り話や伝説だとしても実在した人物が元になっているわけだから単なる創作モノよりも迫力がある。

 

昨年あたりから池波正太郎、藤沢周平、山本周五郞などの主に“市井モノ”の短編ばかり読んでいるが、時々、実在の有名人ネタが網羅されたムック本などに寄り道するのも楽しい。ステイホームにおける私の楽しみになっている。

 

Amazonで探しているとなかなか見つけられないのだが、実際に本屋さんに足を運んで、歴史モノの書棚を眺めると、思わず手に取りたくなるムック本が並んでいる。

 



 

先日買ってしまったのは「鬼と怨霊」という一冊。なかなか深い洞察に満ちていて日本人の精神性や文化を学ぶにはもってこいである。

 

心の中にある邪悪な部分を映す鏡として鬼は時代によって姿を変えて人間社会に根付いている。数々の言い伝えなどが網羅されていて読み応え満点だと思う。

 

なんだか、このブログらしからぬ方向に話が進んでしまった。

 

軌道修正?のために他にもやたらと面白く読んだ歴史モノを紹介しよう。

 



 

その名もずばり「性生活の日本史」である。ワイ談のネタを探すには最適!?な一冊だ。それ以前に日本人として非常に勉強になった。

 

フリーセックスが盛んだった大昔の日本人がどのように変わっていったのか分かりやすく解説されている。

 

寺院の台頭、武家社会の到来によって戒律や規律という名のシバリで大きく変わったセックス環境、風呂好きの国民性が招いた乱交文化?の話など興味深い話が盛りだくさんだった。

 

古来、日本人には純愛も不倫という概念も無く、まずはセックス、すべてはそこから・・・という実にうらやましい行動パターンが普通だったとか。

 

その部分だけは、本気でタイムスリップしてみたいものである。



2021年2月8日月曜日

近場の焼鳥屋の効能



 焼鳥は日本のオジサンにとって大事な存在だ。誰もが大好きだ。とはいえ、ことさら熱く語られることが少ないジャンルでもある。

 

身近なウマいものと言えばラーメンが代表格だ。あちらはウンチクを語る人が日本中に溢れている。ウマいマズいをめぐって日本中で熱い論争が繰り広げられている。

 

焼鳥屋さんの数だってラーメンに負けず劣らずだろうが、ラーメンみたいにマニアックな話は聞かない。

 

ラーメンオタクのことを「ラオタ」と呼ぶらしいが、焼鳥オタクは聞いたことがない。

 

だからどうだという話ではない。そのぐらい焼鳥という存在が日本人の日常に溶け込んでいるということである。

 

おせんべいみたいな存在だろう。ウマいマズいを超越している。何となく食べちゃう。ついでに食べちゃう。そんな存在だ。

 

もちろん、グルメが集うような予約困難な焼鳥屋や、ビックリするほど高級な焼鳥屋もある。今日はそういう路線の店ではなく「普通の焼鳥屋」の話だ。

 

オジサンの世界では、焼鳥屋は定食屋と同じぐらい身近だから、誰もがお気に入りの焼鳥屋が一軒や二軒はある。

 

基本は「わざわざ感とは無縁な場所」にあることだ。職場のそばや自宅の近所など思い立ったら出かけられる立地が前提になる。

 

一昨年、同じような時期に私の職場と自宅の場所が変わった。直面したのが焼鳥屋問題である。

 

馴染みのない土地だから、一から焼鳥屋探しに励んだ。ウマい店はいくつもあったが、自宅から少し歩いた距離にある焼鳥屋が今のお気に入りだ。

 

新富町駅から近い位置にある「義常」がその店。いわゆる普通の焼鳥屋さんである。狭過ぎず広過ぎず丁度いい大きさだ。

 

気取った感じの高級店ではなく、かといって安さをウリにする大衆路線でもない。ちゃんとした焼鳥屋さんだ。

 




 

一品料理もあれこれあるし、中央区界隈では結構貴重なバイスサワーも用意されているのが嬉しい。

 

炭火で丁寧に仕上げられる焼鳥はどれもキチンと美味しい。オジサマ族にとって欠かせないレバーも極上な仕上がり。うずらの卵も半熟気味なのがニクい。

 

私の場合、予約して出かけたことはなく、たいていは一人でふらっとカウンターに陣取る。

 

いわば「名前も知られていない程度の顔なじみ」である。このぐらいが居心地が良い。コロナ禍を嘆く世間話を女将さんと交わし、あとは黙って山芋の千切りやナンコツ唐揚げをツマミにグビグビと飲んでいる。

 



 

いつも滞在時間は1時間程度だ。ダラダラ飲まずにホロ酔いぐらいで引き上げる。止まり木みたいに利用している。

 

漬け物がウマいのも有難い。浅漬けが苦手な私としては、昔ながらのしょっぱいぬか漬けを出してくれる店はそれだけで好きになる。

 

コロナが広まる前は、ふらっと訪ねても満席で入れないことが多かった。地元では知られた店のようで、先日はたまたま一人で飲みに来ていた近所の寿司屋の大将と遭遇して一献傾け合った。

 

あの界隈でウマいものを求める人がちょくちょく通いたくなる店なんだと思う。

 

仕事を終えて帰宅する前に、気の利いた焼鳥屋でちょっと一杯ひっかけながらノンビリするのは大人の大事なたしなみだ。

 

時短営業だろうとそれに合わせて何とか駆け込めば、しっかりとそんな憩いのひとときが過ごせる。

 

ちょっと大袈裟だが、精神のバランスを健康に保つためにはそんな時間を意識して確保することは大事だと思う。

 


2021年2月5日金曜日

トロトロ むちむち

ネバネバは身体に良い。古今東西それが常識らしい。納豆とかオクラみたいなネバネバは疲れた身体を元気にしてくれるらしい。

 

ネバネバが身体に良いのなら、頻繁にローションプレイに励んだり、鼻水や痰も吐き出さずに体内に貯め続ければいいかもしれない。

 

脱線した。

 

納豆やオクラが苦手な私にとって、ネバネバといえば「とろろ」である。最近も結構食べている。

 

名前がいい。「とろろ」である。何だか人を食ったようなひょうひょうとした雰囲気がある。イキな響きである。

 

もうひとつ「と」を付けるとトロトロ。ちょっと淫靡だ。やはり「とろろ」という語感は他に無い魅力がある。

 

さすがに自分でおろすのは面倒だから市販品を買う。一時期は冷凍とろろを大量に常備していたが、最近はすっかりセブンイレブンのお世話になっている。

 



 

目に付けばまとめ買いをする。皿に入れて醤油を垂らすのが面倒だからそのまま一気に飲んじゃうことが多い。

 

もはやサプリみたいなものである。ネバネバ成分は「ムチン」という物質によるものらしい。免疫力アップ、疲労回復、たんぱく質活性という効能があるそうだ。

 

「ムチン」。実に素晴らしい働きである。これまた語感が良い。素敵な響きである。

 

ちょっと聞き間違えたら「むちむち」に聞こえるあたりも私のスケベ心をくすぐる。

 

また脱線した。

 



 

セブンイレブンのとろろには上の画像のようなレトルト風?の他に透明プラスチックパックに入ったシリーズもある。

 

最近はこっちが私のお気に入りだ。容器のせいで“生鮮感”がある。適度な出汁醤油が効いた味も良い。

 

容器に口をつけてそのまま一気に飲むだけでなく、ちゃんと蕎麦にぶちかけたり、麦飯を混ぜて炊いたご飯にかけてかっこんだり、結構有効に使っている。

 

ウーバーイーツで牛丼を頼むときも単品のとろろを複数注文して、食べない分はキープすることもある。もちろん、とろろ牛丼にするのもアリだ。

 

さてさて、とろろの効果といえば、オジサマ達はアッチ方面が元気になるといった観点で考えがちだ。

 

それはそれで大歓迎だが、それ以前に血中コレステロールの値を下げ、食後の血糖値の上昇を抑え、おまけに血液のドロドロ化を防ぎ、血圧を下げる効果まであるらしい。

 

世の中のたいていのオジサマがたにとって不可欠な一品だと言えよう。個人的にいわせてもらえれば「オレのための食材」とでも言いたくなる。


ちなみにとろろのどの成分なのかは忘れたが、インフルエンザを抑制する効果まで実証されているらしい。だとしたら新型コロナ対策にだって有効かもしれない。とろろ、恐るべし!である。

 

子供の頃に衝撃を受けたエロ漫画に、女性を拘束した状態でとろろ攻めにするというトンデモない話があった。

 

まだ中学生ぐらいの頃である。やたらと衝撃を受け大人になったらやってみようと密かに考えていた。バカである。

 

とろろの効能を知った今では、さすがにそんなフシダラな思いは消えた。そんなヒマがあったらしっかり自分で食べようと思う。

 

なんだかビミョーなまとめ方になってしまった。



 

2021年2月3日水曜日

おうち時間 カキをぶりぶり食らう

先日このブログで肉ばかり頑張って食べているように書いたが、最近は肉の他にカキばかり食べている。

 

カキはビタミンなんとかや亜鉛やアミノ酸、グリコーゲン、タウリンなどが豊富に含まれているらしい。

 

それぞれの成分が何なのかよく分からないが、とにかく身体に良いみたいだ。慢性疲労の改善、免疫力のアップに効果的だとか。

 

おまけにアチラ方面の強壮効果まであるみたいだから、世の中高年はバリバリ食べないといけない。

 



 

洋食屋さんに行っても冬になればカキグラタンを食べる。この画像は銀座の高級洋食「みかわや」の一品。カキグラタンといいながら、ソースの下には少量のバターライスが入っていて絶品。

 

お店で食べるカキ料理は一皿に4つ5つぐらいのカキが入っているのが普通だ。カキをドカンと食べたい時は少し物足りない。

 

というわけで、毎年冬になると自家製カキパスタを何度も作るのが私の習慣だ。自分で作るわけだからカキは入れ放題である。

 

 


真剣に料理するのもシャクなので、市販のパスタソースを応用することが多い。手抜きとはいえ、大きく失敗することはない。

 

この画像のパスタにはカキが14個入っている。頭の中がカキモードになっている時はそのぐらいじゃないと楽しくない。

 

たいていボンゴレやペペロンチーノといったオイル系パスタソースにカキを追加して済ませることが多いが、この日は成城石井の「海老の贅沢ビスクソース」を使った。

 



 

フライパンにオリーブオイルをしっかり入れてカキに火を入れる。その後、パスタソース(2つ)を投入して更に熱する。

 

ドカんと食べたかったからパスタ麺は170グラムほど。標準茹で時間が7分の商品なら、5分ぐらい茹でてパスタ麺をフライパンに移してソースと和える。

 

ポイントはパスタ麺とソースが絡まるようにフライパンをしっかり振ることだ。いわゆる乳化である。

 

中身が吹っ飛ばないように頑張ってフライパンを振る作業は自家製パスタ作りで一番神経を使う作業である。

 

海老やアサリなんかも入れたかったが、この日はタコしか無かったので「カキとタコの海老のビスク風味パスタ」である。

 

まな板も包丁も使わず、実に簡単に完成する。エンゲル係数を考えることを放棄したシングルオジサマならではの一品といえる。

 



 

別な日、今度はカキの炊き込みご飯が食べたくなったので、買ったまま放置していた無印良品の「ほたて貝柱と昆布のごはん」という炊き込みご飯の素を引っ張り出してみた。

 

無印のこのシリーズは知る人ぞ知る人気商品である。コメと一緒に炊飯器に入れるだけでオシマイ。便利である。

 

ホタテ貝柱を主役にした商品ならカキを追加投入するにはもってこいである。これまた包丁やまな板どころか、鍋もフライパンも使わない簡単料理である。

 



 

で、こんな感じに炊きあがった。カキから水分が出るから米2合に対して水は1.5合分、そこに出汁、具材、それにカキを入れて炊飯器のスイッチを押すだけである。

 

かなり美味しかった。元々の商品の味が優しい感じだったみたいで、やや味が薄かったのだが、ジンワリとホタテとカキの風味を味わえた。

 

美味しい漬け物を用意して一緒に食べれば丁度よさそうだ。強めの味が好みなら炊く前に醤油を二回し投入するのもアリかと思う。

 

思ったように外食を楽しめない今だから、市販商品を使って手抜きしながらアレコレ試してみるのも悪くない。

 

材料費がどうのこうの言っても外食に比べれば安いものである。まだしばらくはいろいろ試してみようと思う。

 

 


2021年2月1日月曜日

ラジオ体操 ラベンダーの香り

倦怠感の改善のためアレコレと奮闘している。奮闘する気になったということ自体が既に改善の兆しである。

 

1月中旬ぐらいまでただただダルくて何もやる気が起きなかった。それに比べればかなりマシになってきた。

 

我ながらビックリなのが、毎朝ラジオ体操を始めたことである。小学生の時に学校で毎朝やらされたが、それ以来である。

 



 

ラジオ体操はオジイサンがやるものだと勝手に思っていた。ついに私もオッサンを通り越してオジイサンの世界に突入してしまったわけだ。

 

YouTubeを見ながら2セットである。ラジオ体操第1は約3分だから合わせて6分の運動である。

 

6分がちょっとキツく感じるわけだからオジイサンである。意を決して始めてから2週間ほど続いている。三日坊主は免れたが果たしていつまで続くかが問題だ。

 

それにしても、ナメてかかっていたラジオ体操も2セットやるとそれなりに身体が活性化する。

 

ついつい通販で買った健康器具に頼ろうとしたり、ストレッチやエクササイズといった横文字に惑わされがちだが、ちょっとスッキリしたいなら「ラジオ体操第1」で充分である。

 

さすが全国民にウン十年に渡って浸透しているだけのことはある。ウン十年に渡って一度もやらなかったことを今更後悔している。

 

ラジオ体操以外にも倦怠感退治を目的に以前より歩く機会を増やした。

 

自宅から職場までは普通に歩いて12~13分で着いてしまうから、ちょっと回り道をしたり妙に早足で歩いてみたり、一応身体に刺激になるように心がけている。

 

おかげで職場に着いたら、以前はまず脱ぐことのなかった上着を脱ぎ、すぐに電源を入れていた足元暖房機にも目が向かなくなった。

 

その程度の取り組みで何となく倦怠感は弱まってきているから大いに意味はあるのだろう。いや、そんな取り組みを始めた時点で元気が戻ってきているのかもしれない。

 

朝もだいぶスッキリ起きられるようになった。眠りの質も悪くない。このまま普通に戻ってくれることを願う。

 

とはいえ、「普通」という感覚が年齢相応に変わっていくことを覚悟しないといけない年齢なのも確かだ。いつの時点の「普通」と比べるのか、基準をどこに置くのかは悩ましいところである。

 

まあ、とりあえず“アッチ方面”の能力?を尺度にしようなどと相変わらずの邪念に満ちた発想は健在である。

 

話を戻す。眠りの質を向上させる一環で最近使い始めたのがラベンダーのスプレーだ。Amazonで探していくつか買ってみた。

 



 

目覚めのスッキリ感も大事だが、眠りの質を考える上では、眠りへの入り方も重要だ。なかなか寝られるずに七転八倒しながら眠るようでは快適な睡眠につながらない。

 

ス~っと落ちていくように眠りたい。リラックスしながら眠りに入るためにラベンダーの香りはオススメである。

 

香りがきつすぎるのもイヤなので、Amazonのクチコミを参考に枕用のスプレーなどを買ってみたわけだ。これが結構いい感じである。

 

香りに包まれながらゆったり深呼吸を繰り返していると身体全体が少しづつユルユルになっていく気がする。

 

ついでに言えば、いまのご時世では嗅覚異常が起きていないかをチェックするためにも有効である。

 

ユルユルした音楽を小さな音で流しながらユルユルした香りに包まれて眠る。気持ちもユルユルになって1日をリセットできる。

 

オススメです。