2024年4月1日月曜日

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眼がまだ不調で何かと難儀しているので今日は過去ネタを2つ載せてみます。



 咳をしても一人

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80年代の空気

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2024年3月29日金曜日

休み

 結膜炎がまるで良くならず、注意していたのにもう一方の眼にも移ってしまった。両目が真っ赤でホラー映画みたいな顔になってしまった。


時折かなり痛みもあって難儀している。点眼薬に頼っていたのだが、追加で眼の軟膏も出されたので絶賛格闘中である。お医者さんによると発症から1週間は悪くなるだけなのが現実だとか。参った参った。


というわけで今日の更新はお休みです。


ウイルス性の結膜炎は大人にはかなりキツいです。特効薬もなく対処療法だけで2週間ぐらい治るまでにかかるらしい。


かなりシンドイから皆様もお気をつけてください!




2024年3月27日水曜日

卒業と不調


娘が大学を卒業した。中学や高校を卒業するよりも感慨深い。何だか一つの区切りを迎えた気がしてひとり勝手にシミジミしてしまった。

 

同居を始めてまもなく2年になる。娘いわく同居する前よりも私を父親として意識する気持ちが強くなったそうだ。変な表現だが、同居する前までは私のことを“親戚のオジサン”に近い感覚で捉えていたらしい。

 

離婚した後も頻繁に会うようにしていた。それを最優先事項に暮らしていたのだが、子供の感覚なんて一緒に住まなくなったら一気に変化してしまうものらしい。

 

当時は一生懸命になって「離婚してもパパはパパなんだぞ」と言いきかせて気張っていたのだが、ちっとも通用していなかったみたいだ。妙に切ない。

 

まあ、いまようやくその分の穴埋めが出来ているのなら四の五の言っても始まらない。今の状況を前向きに受け止めるしかない。

 

コロナのせいもあって娘の高校の卒業式や大学の入学式を見ていなかったから今回の卒業式には出かけていった。袴をまとっていっぱしになったつもりの娘を見ていたら、今更ながら自分の親の有難さを痛感する機会にもなった。

 



娘を育てて大学まで出させたことはそこそこ大変だった。大げさだが、ちょっとばかり「よくやったなオレ」という気分になった。と同時に、自分を振り返ってみたら私の親も頑張ったんだなと気付いた。

 

今頃気づくあたりが私のダメなところだが、自分にとっては当たり前に思っていたことも親の結構な労力によって支えられていたわけだと改めて思い知った。感謝感謝である。

 

さて、大学を卒業させれば「一丁上がり」になるのが普通だ。ウチの場合、娘はこれから3年も別の大学院に行くことになったから、ちっとも上がりではない。私もまだ学生の親として奮戦しないといけない。

 

それでも一応は大学卒業という段階に来たわけだから父親として少しは肩の荷が下りた気持ちになった。不思議なものでその安堵感のせいで一気にアチコチ不調になって難儀している。

 

もちろん、たまたまだろうが何となく気が抜けたせいか、歯茎は腫れ出し、眼は炎症を起こしてボロボロである。ついでに言えばチャリで転倒して痛めた膝周りも相変わらず良くならない。

 

やはり人間は何らかの節目で気を抜くと体調に影響するのだろうか。たかだか娘の大学卒業という現実に対して人一倍感慨にふけり過ぎたせいでフニャフニャになってしまったみたいだ。情けないったらありゃしない。

 

歯茎の腫れは前の週に歯医者さんで定期クリーニングと定期チェックをしたばかりだったのに急に痛みだした。眼の方もこれまた何の前触れもなく娘の卒業式当日あたりから怪しい感じになった。お医者さんに行ったらタチの悪い結膜炎だとか。

 

ナンチャラウイルスが原因の炎症らしく2週間は治らないという。点眼薬いろいろ使うのだが、要は自分の免疫力で退治するしかないとか。ビタミンCやプロポリスを100個ぐらい飲んだら早く治るかとドクターに尋ねたのだが「まったく関係ない」と言われてヘコむ。

 



思えばモノモライにだってなった記憶がない。結膜炎だなんてケツをマクられたみたいな名前の敵に襲われるのは初めてである。その昔は汚い海でも潜水行脚に明け暮れ、菌がウヨウヨしている海でも平気で眼をゴシゴシして過ごしていたが何ともなかった。

 

それなのに普通の暮らしの中でそんな菌にヤラれるとは実に腹立たしい。それだけ歳を取ったということか。こうやって徐々に老人への準備というか心構えを強制的に身に付けさせられているのだろうか。

 

膝の不調、歯の不調、眼の不調。まるで爺さんの世界である。昨年は膵臓がんのリスクが高いとやらでしつこく検査もした。着実に自分が昔とは別の生き物になってきたことを痛感する。

 

「寄る年波には勝てず」。若い頃から聞いていた言葉がいよいよ我が身にも関係してくるとはビックリである。

 

子どもの成長を喜んで感慨に浸った話を書くつもりが年寄りの愚痴みたいになってしまった。いかんいかん、もっともっとポジティブにしていよう。

 

眼だって奇病にかかって失明の危機とかではなかったことを喜び、歯の件だって虫歯は無いと言われたことのほうを喜び、膝だって事故で歩けなくなったわけではないと前向きに捉えたほうが気分はアガる。

 

何事も前向きに捉えることにしょう。

 

 

 

 

 

2024年3月25日月曜日

「まるハラ」のバカらしさ


「まるハラ」をご存知だろうか。何でもかんでもハラスメントに分類するアホな世の中の風潮の中でもとくに愚かなテーマだ。

 

ここでいう「まる」とは句読点の「。」である。文末に「。」が付いていると怖いから一種のハラスメントなんだとか。バカもほどほどにしろ!って叫びたいほどバカな話である。

 

こういうバカに付き合って世の大人達が句読点のマルを省略するような自体に陥ってはいけないと思う。

 

「わかりました。」「すぐに処理してください。」など「。」があると、怒ってる、冷めているというニュアンスを感じるのだとか。

 

より良い方向に変えるなら「わかりました!」「すぐに処理してください!」など「!」を付ければいいと大真面目に解説するスットコドッコイまで出てくる始末だ。何だか脱力する。

 

句読点の「、」も「。」も入れずに結構な長さの文章を書く若者が珍しくないそうだ。呆れる。冗談抜きに小学校から学び直して欲しいと思う。

 

「おじさん構文」なる言葉も考えてみれば中高年世代からすればイラつく言葉だ。一種のジョークだとは分かっているが、ロクに文章を書く経験を積んでいない連中にアーダコーダ言われるのは気持ちの良い話ではない。

 

句読点の多さもおじさん構文の特徴の一つだとか。それ以外に長文イコールおじさんだとか。他にも汗や表情の絵文字を多用する、「ナンチャッテ」など中途半端なカタカナの多用や改行の多さなども該当するらしい。

 

若者同士はLINEなどのやりとりでは「了解」を単に「り」と省略するなどやたらと短文で済ませているそうだからマトモな大人たちのやり取りが奇異に見えるのだろう。

 

逆に言えばマトモなやり取りをする文章能力すら持っていない知的レベルの低さの証みたいな話だ。まあ、そんなことに対して真っ当な指摘をしちゃうこと自体が既に「ズレたおじさん」なんだろうが、やはり言語の最低限のルールは一種の文化だから極端に変形させるのは感心しない。

 

もちろん、おじさん構文をバリバリ書いちゃう我々世代だって若者時代はヘンテコな言葉を使っていた。古今東西、若い頃には言葉遣いに奇天烈なアレンジを加えるものなのだろう。

 

放っておけばいずれは収まる話だからグダグダ言うような話ではないのかもしれない。それは分かっているのだが、大人側が変に若者側におもねってそっち側の真似をしちゃうのが気色悪い。

 

昔のお年寄りは時の若者がヘンテコな言葉を使おうとまったく影響されずにお年寄りならではの言葉を平然と使っていた。それが正解だと思う。

 

今の時代はアンチエイジングか何だか知らないが、若者側になびいてそっちの真似をしたほうが格好いいと勘違いしているオッサンオバハンが増えているような気がする。若々しい気持ちでいることと若者のマネをすることは次元が違うという当たり前の認識が欠けている。

 

昨年このブログで「おっさんビジネス用語」について書いてことがある(https://fugoh-kisya.blogspot.com/2023/03/blog-post_03.html)。

 

「よしなに」「幸甚に存じます」みたいな言い回しがもはや絶滅危惧種?みたいになっているという話だ。当然、時代とともに廃れていく言葉はある。「電話のダイヤルを回す」みたいに時代の変化で実際に意味不明になってしまった言葉もある。

 

それでも文章の長さやそれにともなう句読点といった基本的な決まり事は極端に崩してはいけないと感じる。文章を読めば書いた人の知的レベルや教養の度合いだけでなく、人間性そのものだって浮かび上がってくる。

 

他にも、行間から滲み出すニュアンスみたいなものを感じ取ることで、本意を察したり意図を汲み取ったりすることも出来る。句読点も無しにただただ短ければOKという風潮は大げさに言えば民度の低下という残念な結末にも繋がりかねない。

 

何だか大真面目に熱弁をふるってしまった。無視すればいいバカを本気で相手にしてしまったような後味の悪さを感じる。

 

もっと楽しい話だけを書いていくようにしないと私の血圧が上がるだけだ。気をつけようと思う。

 

 

 

 

 

2024年3月22日金曜日

黙ってボーっとする

 

黙ってボーッとする。ひたすら何もしない。これって案外大事なことだと思う。今の時代、そんな時間に没頭する人を見かけることが少なくなった。

 

電車の中ではスマホを眺める人ばかりで、それ以外は時折本を読む人か寝ている人だけだ。ボケーっとしている人はまずいない。

 

私も暇があればスマホを覗き込んでいる。中毒というほどではないが、かなりそこに時間を取られている。家にいるときも似たようなものだ。テレビを見ているか、スマホを見ているか、雑誌や本を読んでいる。風呂の中でさえ同じだ。

 

いわゆる沈思黙考という時間があまり無い。これって生きる上でちょっと損をしている気がする。黙ったまま何もせずにボーっとしていることで様々なことが頭の中を駆け巡り、ちょっとした気付きやアイディアにつながる。

 

何かに没頭していればその中でしか頭は働かない。思考は当然広がらない。当たり前のことだがそれって脳ミソ活用法?としては実にモッタイナイことだろう。

 

すべてスマホのせいにするわけではないが、スマホがない時代は誰もがもっとボーッとする時間を持っていたはずだ。大袈裟な言い方になるが、そんな時間が人間の深みや奥行きを作っていく大事な要素だったのではないだろうか。

 

イマドキの若者である私の娘をみていても常にスマホに目線が注がれている。クルマや電車での移動中も車窓から外の景色を眺めることなど滅多にない。誰がいつどこを見てようが勝手だが、移動の際の眺めは一種の情報の宝庫だ。そこに目を向けないのはやはりモッタイナイことだと感じる。

 



ちょっと話が飛躍しちゃうが、周囲への気配りが足りなかったり広い視野を持てない人が多かったりするのはスマホ依存的な日常生活を送っていることが理由ではないだろうか。日頃からアチコチに関心を向ける習慣がないから近視眼的な言動ばかりになるような気がする。

 

私が昔から一人旅や一人メシは好きな理由もおそらくボーっとする時間を堪能したいからだろう。街中ですれ違う人の人生を勝手に空想したり、ホロ酔いになった酒場で自分の破廉恥な日々の言動を反省したり、はたまた計画を練るのは案外楽しい。

 

そんな妄想にふけるだけではなく、ふと目にした光景からいろんな“気付き”が生まれるのも確かだ。散歩にしても同じ。誰かと連れ立って無駄話をすることも悪くないが、一人だと目に入る景色が変わる。季節の変化を感じるといった日常的なことだけでなく、そこから自然と派生して様々な思いを整理したり新たな感覚が生まれたりする。

 

別に孤独のススメみたいな話ではない。せわしない日々の暮らしの中で自分をリセットする時間は大事だという話である。仕事だろうが遊びだろうが絶対に必要になるのが「余力」であり「余白」だ。

 

詰め詰めで過ごしていると頭の中はパンパンになる。それでは斬新な考えなど生まれるはずもなく、下手すれば正しい思考からもズレ始めてしまう。

 

例えは極端だが、自殺する人の最後の頃はきっと「詰め詰めでパンパン」なんだろう。ちょっとした余白があれば踏みとどまった人は多いはずだ。やはりちょっとした余白を作るためにも「何もしないでボーっとする時間」を意識して持つことは大切だと感じる。

 

ニュースで見た話だが、どこかの中学だか高校で全員が一斉に短時間の昼寝を強制されるらしい。ほんのちょっとのそんな時間が頭をリフレッシュするのに効果的だという。これも余白の大切さを表している話だと思う。

 

エラそうに書いてきたが、私の場合は寝る前にあれこれ考えすぎる悪い癖があって、結局毎日のように睡眠導入剤のお世話になっている。それはそれで不健康だが、それでもスマホの電気の光を眺め続けて脳にヘンテコな刺激を浴びせるよりはマシかもしれない。

 

これを読んだ人の中には「そんなに暇じゃねえよ」と反発する向きもあろうが、どんなに忙しくても何もせずボーっとする時間ぐらい絶対に作れるものである。ほんの30分だって無意味ではない。それすら出来ないような人なら間違いなく何をやらせてもダメな人だと思う。

 

 

 

 

 

 

 

2024年3月20日水曜日

ダルビッシュの凄さ


いよいよ野球シーズン到来だ。今日はメジャーリーグの開幕戦だ。韓国遠征という異例のスタートだから時差がない分じっくり中継を観られる。開幕ピッチャーはパドレスがダルビッシュ、すなわちいきなり大谷翔平との対戦が実現する。

 

大谷翔平はもはや国宝であり世界遺産みたいな存在になり、いまや彼の話題にウンザリする人達の間では「大谷ハラスメント」なる言葉さえ生まれた。

 

大谷さんのことはこのブログでもさんざん書いてきたので今日はダルビッシュについて熱く語りたいと思う。

 

大谷翔平の父親になりたい

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2018/04/blog-post_9.html

 

大谷翔平ラブ

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2022/09/blog-post_16.html

 

大谷さん

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2023/07/blog-post_07.html

 

サウスポー大谷

https://fugoh-kisya.blogspot.com/2023/08/blog-post_28.html

 

さてさて、ダルビッシュはまもなくプロ20年目の大ベテランである。大谷の影に隠れてしまっている印象もあるが、日本の野球界においては歴史的傑物である。平成以降に絞れば日本一のピッチャーと評しても過言ではない。

 

なんといっても日本のファイターズ時代の実績は神がかり的だった。シーズン通しての防御率1点台という神ワザ的芸当を5年連続でやってのけている。これはあの金田正一でも成し遂げていない前人未到の記録だ。

 

野球に詳しくない人のために念の為に書くと、1試合9イニング投げて2点取られることはないという数字だ。プロの世界では奇跡と言っても大袈裟ではない。

 

通算奪三振数も野茂よりも上の歴代3位。上には鉄腕米田哲也とレジェンド金田正一しかいない。いずれも登板頻度が異常に多かった時代の先人だ。現代野球でダルビッシュを上回るピッチャーは現れないと思う。

 

私は東北高校時代・ダルビッシュ少年の甲子園での活躍をテレビで見ていた。ヒョロヒョロで気の強そうな顔つきでふてぶてしくて不良っぽい雰囲気の若者だった。

 

鳴り物入りでプロ入りしたのもつかの間、春のキャンプの休日にタバコをスパスパしながらパチンコ屋に入り浸っていたところを週刊誌に撮られて大問題に。プロとはいえまだ高校在籍中の2月だったから学校から停学処分をくらい卒業式にも出られなかった。

 

普通にタバコを吸う高校時代を過ごした私からみればお気の毒にも思えたが、あの一件はその後の彼の成長に大きく影響したことは間違いない。事実、一定の謹慎期間を経てプロ初登板したダルビッシュには熱い声援が寄せられ彼自身その時の感謝の気持がその後の原動力になったと語っている。

 

プロ2年目ぐらいからダルビッシュのピッチングは無双状態だった。力任せで速球を投げるのではなく数え切れないほどの変化球を交えて打者を翻弄する高度な野球脳が彼の真骨頂だった。

 

あの頃の日本のプロ野球はダルビッシュ中心に回っていたといってもいいかもしれない。ナゼか女性誌「anan」などでフルヌードを披露していたのは謎だったが…。

 

メジャーに活躍の場を移してからも七色の変化球には磨きがかかり、いまやメジャー全体の中でも一目を置かれる存在だ。

 

日本での7年で93勝、メジャーに移ってから11年で103勝。順調にいけば今シーズンの前半に200勝に到達する。メジャーに移籍して活躍した選手は何人もいるが、ずっと第一線に居続けたうえで今年12年目を迎える息の長さも特筆に値する。

 



おまけに選手寿命が短いとされるピッチャーとして今も全盛期と変わらないポジションを維持していることが凄い。少しでも劣化するとすぐに見切りをつけられるのがメジャーの世界だ。野茂や松井秀喜だって30代半ばの頃には“流浪状態”だった。この点だけでも別格の存在だといえよう。

 

ダルビッシュといえば食生活からトレーニング方法まで独自に研究を重ねてきたことで有名だ。昔の根性論ありきの野球界を大きく変えた第一人者でもある。

 

パチンコ屋でタバコを吸っていた姿からは想像も出来ない。昨年のWBCの際には大御所的存在なのにいち早く来日して侍JAPANに合流、自分の調整を二の次にして若手ピッチャーに自らの技術を惜しみなく伝えたという。関係者たちは口を揃えてあのチームは「ダルビッシュ・ジャパン」だったとその行動を絶賛していた。

 

パチンコ屋でタバコをスパスパしていた悪ガキ時代からは想像もできない。しつこいか。でも一人のヤンチャな青年がヤンチャ時代を糧にして立派な大人に変わっていった姿がとっても印象的であり魅力的である。

 

ついでにいえば、私が離婚経験者だから彼にシンパシー?を感じるのが養育費の凄さである。当時、女性週刊誌などでずいぶんと騒がれたことを覚えている。その額は一説によると毎月200万円とも500万円とも言われた。

 

仮に500万円だったら1年で6千万円、10年で6億円である。200万円だとしても10年で24千万円だ。ドッヒャーである。

 

立派と言ってよいのかわからないが、やはり立派としか言えない。私だって離婚してから払ってきた養育費の額はフェラーリの新車が余裕で買えるほどだが、ダルさんに比べれば屁の突っ張りにもならない。

 

話がそれた。

 

数え切れないダルビッシュの偉業の中でも特筆すべきは昨年結んだパドレスとの契約内容だ。あのメジャーリーグの歴史の中でも初めてと言われる「30代後半の選手への大型6年契約」である。

 

本人も「ドッキリじゃないか」と思ったそうだが「6年総額150億円、トレード禁止条項付き」という非常に厚遇された内容だ。それだけ彼の能力やコンディション維持への才能が評価されたわけだ。大谷さんの超絶的契約の話題の影に隠れてしまったがこの事実は日本人野球選手における歴史的偉業と断言できる。

 

韓国での開幕戦という異例のスケジュールの中、ダルビッシュは韓国に到着したその日に10年来の韓国人ダルビッシュファンが営むカフェにアポ無しで訪れたという。

https://news.yahoo.co.jp/expert/articles/713334db6aa983afc9e1f966f1551764031f7005

 

そんな彼のスマートさに単純に感動した。なかなか出来ることではない。18歳当時、パチンコ屋でタバコスパスパだったヒョロヒョロのヤンチャな少年が20年後に多くの人に夢を与えるヒーローに進化したわけだ。

 

とりあえず今日の試合はダルビッシュを応援しようと思う。大谷さんは今年はバッター専門で150試合ぐらいは出場するだろうから、今日のところはダルさんの凄さを見たい。でも大谷さんにも1本ぐらい打って欲しい。

 

こんなことを書いていられること自体が昭和40年代からの野球ファンとして幸せの極地である。

 

 

 

 

 

 

2024年3月18日月曜日

教えたがり


「昔話を得意になって語る人は未来をあきらめた人」。テレビか何かで聞いたフレーズだ。確かにそんな側面はあるだろう。今より躍動的だった頃の思い出はいつだって輝いている。私も加齢とともに回顧話をする機会は確実に増えている。

 

回顧ネタといっても単に今と昔の違いを力説しちゃうのは別に未来をあきらめたウンヌンとは別次元である。イマドキを生きる人々に昔の現実を知らせるのも先人の努めだ。年の功とやらが身に付いたのなら語るべきだろう。

 

その昔、街中にはズラっと電話ボックスが並んでいてそこには数え切れないほどのピンクチラシがベタベタ貼ってあった。今の若い人は知らない。個人的にはつい最近だったような気もするが、あれはとっくのとうに絶滅したようだ。

 

思えばずいぶんと世の中が寛容だったのだろう。子供も普通に使う電話ボックスにエロ満載の小型チラシが貼ってあったわけだからたいしたものである。コンプラという言葉も無かった時代ならではだ。

 

人気ドラマ「不適切にもほどがある」の影響で昭和の世相に改めて注目が集まっている。アナログかつ脳天気だったのは確かだ。パワハラ、セクハラという言葉も無かったし、SNS的全盛の密告社会みたいな窮屈さは感じなかった。

 


良し悪しは簡単に決められないが、私はあの時代に若者だったせいで個人的には今の時代には息苦しさも感じる。

 

自転車の信号無視や一時停止違反にも青切符が切られる法改正が実現するそうだ。いやはや統制の嵐はどんな分野も例外ではないようだ。時代の変化をつくづく感じる。

 

何事にもおいても揚げ足とりや重箱の隅つつきみたいに世間様が人の行動を監視するようになったのが今の時代だ。逆説的に言えばそれだけバカが増えたのだろう。

 

その昔であれば「いわずもがな」の常識で収まっていたことが通用しなくなり世間からアウンの呼吸も消えてしまい、いちいちルールという名の規制が必要になってきたのかもしれない。

 

こうした流れが結果的に人々から自分で考えて判断する力を奪い、ひいては「お上は絶対である」みたいな強権国家に繋がっていくような怖さを感じる。お上にとって国民はバカでいてくれるのが最もコントロールしやすいわけだからイマドキの気弱な全体主義みたいな空気はちょっとブキミだ。

 

なんだか話が大袈裟になってしまった。

 

今日は私の「教えたがり」について書くつもりだった。回顧話ついでに若い人に昔のことを教えたがるのが歳を取ってきた人の悪いクセである。私もそうだ。

 

さすがに昔の自分の武勇伝みたいな自慢話にはブレーキをかけるが、事実としての「昔はこうだったんだ」的な事象解説をついつい力説してしまう。

 

世代がまるで違う相手だから石原裕次郎や美空ひばりの話をしたところでちっとも関心を持たれない。せいぜい「山口百恵は大人っぽかったけど引退したのは21歳の時だった」とか、「カップ焼きそばUFOはもともとピンクレディーの歌とのメディアミックスで売り出された」といった小ネタにフムフムとうなずかれるぐらいである。

 

ほろ酔いになって「教えたがり」のクセが出てしまうのは食べ物をめぐるウンチクである。寿司や鰻、はたまた関東と関西の違いみたいなテーマを滔々と語ってしまう。面白そうに聞いてもらえることも多いが、おそらく無理やり面白そうな様子を作ってくれているのだろう。

 

江戸のウンチクも私が語りたがるテーマの一つだ。東京は昔はベネチアみたいに川だらけの水運の街だったとか、参勤交代で単身赴任の男ばかりだったから蕎麦や寿司や天ぷらといった屋台外食産業が賑わったとか、吉原の遊女のウンチクなどを気づけば熱く語ってしまう。

 

年寄り特有の押し付けがましさではあるが、私の本音は「東京に暮らす以上はそのぐらい知っておけ」である。もちろん聞かされている若い人にも10に1つぐらいは参考になる話もあるだろう。でも大半はきっと「だからどうした?」と思われているかと思うと切ない。

 

中学や高校の頃、ちっとも先生の話を聞いていなかった私だ。あの頃、まったく聞く気のない生徒に向かって必死に授業をしていた先生たちの気持ちが今になって分かる。反省しても遅いが今なら「先生ごめんなさい」と素直に謝れる気がする。