人様の足元にちょくちょく目がいってしまう。世の男性陣がどんな靴を履いているのか、靴好き男としては時に気になる。基本はビジネスマンの足元だ。
イマドキは黒っぽい革靴風のスニーカーみたいな靴を履いている人が多い。ラクそうである。結構シャレたデザインもあるようだ。正直に言えば私もそんな靴を履きたい。
スケッチャーズのスリップオンスニーカーのような靴ベラ要らずの革靴の広告もリール動画に流れてきた。ラクそうだ。スルっと履けちゃうビジネス用の革靴は魅力的である。正直に言えば欲しい。
しかし、しかしである。老境に近づいた今、どんな分野においてもユルい方向に進めばその傾向は一気に強まってしまう。美学というには大げさだが、職場に行く時の身だしなみは私に残された唯一の「ヨソイキ気分」を維持する大事なテーマだ。
昭和の頃、ヨソイキという言葉が普通に使われていた。近所に買い物に行くにも部屋着から着替えるような身だしなみ文化が存在した。今ではヨソイキという言葉自体が死語だろう。
背広にネクタイ、革靴。ビジネスマンの基本だったが、近年ではカジュアル化が急速に進んだ。銀座のクラブでお客さんの格好を見れば時代の変化は一目瞭然だ。ジャケパン、ノーネクタイが普通だ。
30年前は高価そうだけど趣味の悪い色のスーツをまとってヘビだかワニだかのごつごつした革の怪しい靴を履いた謎の老人ばかりだった。今ではアノ濃厚さ、重厚な感じは絶滅危惧種みたいな感じだ。
時代に抗いたいのか、単に趣味が悪いからなのかはさておき私自身は職場には必ずスーツに革靴で出かける。夏場以外はネクタイも必須だ。ナゼかそうしないと家との切り替えが出来ない。一種のスイッチのようなものだ。
私の職場は服装にうるさくはないので、今の時期はポロシャツ、チノパン程度の装いで出社する社員も普通にいる。それを横目に夏以外は三つ揃いの背広にネクタイを締めているわけだから物好きなのかもしれない。
革靴に関してもそういう観点でどうしてもラクチンなイマドキの靴に変えられない。一種の意固地なんだろう。夏場は革靴だとどうしたって暑い。蒸れる。匂いも気になるが、その点は運よく加齢臭の逆だ。中年以降は代謝が落ちたせいか若い頃みたいに足から匂いが無くなってくるからさほど気にしなくて済む。
いま履いている革靴の多くが“10年選手”だ。以前、病的?に買い求めていた靴たちがいまも現役で私を支えてくれている。結構な量の靴を買ったのでローテーション効果もあってどれも思ったほどヘタっていない。
この画像のボルドー系の色の靴は15年も前に買ったものだ。当時の旅行記にいろいろ載せた画像のうち最後から2番目に単体で写っているのがコレだ。フランスの「JM weston」である。
https://fugoh-kisya.blogspot.com/2011/07/blog-post_22.html
15年も経ってもバリバリに現役で履けるわけだからコスパだのタイパだのからすれば充分に合格である。むしろ安い買い物だったといえる。
靴マニアの世界で有名な格言がある。「安い靴を買うほど裕福ではない。流行りの靴を買うほど浪費家ではない」というのがそれだ。まさに言い得て妙だ。安モノや流行りモノはしょっちゅう買い替えるから結果的に浪費でしかない。
私の靴コレクションの多くが日本円が強かった頃に海外で安く買ったものだ。安かったとはいえ10万円オーバーの靴はさすがに大事にする。結果、長く愛用することになる。
こちらの靴はちょうど10年前にロンドンで購入した「ジョンロブ」である。日本の当時の定価が26万円ぐらいだったのだが、7割引きぐらいの仰天価格で入手した。イギリスのEU離脱騒動でポンドが暴落した時期のおまけにセールの頃だったおかげだ。そんな懐かしく興奮した思い出も靴自体への思い入れになる。
当時の旅行記の一番最後に載せた画像の左端に写っているのがこの靴だ。上の画像の通り今も当然のように現役で私にとってちょっとした“勝負靴”であり続けている。
https://fugoh-kisya.blogspot.com/2016/07/blog-post_11.html
そんな感じで「10年選手」がたくさんあるので最近はさすがに新しい靴を買っていない。買わなくなったというか、買う意欲が無くなってきたとも言える。「現役男」であり続けたいと願っている身としてはちょっと問題である。
適度な物欲は向上心とも関係する。「足るを知る」精神も大事だが、その一方で欲求が人間の活力源になるのも事実である。
まずは冒頭で書いたようなスリップオンでスルっと履ける安直な革靴モドキ?を買ってしまいそうな自分にブレーキをかけようと思う。
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