2015年5月15日金曜日

オトナの音楽


日本の人口1億2千万人のうち45歳以上の割合は実に50%を超える。40代から60代までのオッサン、オバサンだけでも約5千万人。なんだか凄い構成比だ。

どっからどう見ても中高年が世の中の主流派である。私自身、その世代の中核にいるわけだから妙にホッとする。

こんなデータを持ち出したのは「中高年の音楽」について書こうと思ったからだ。

自分が子供の頃、すなわち昭和元禄まっ盛りの時代、「大人の音楽」といえば演歌かムード歌謡と決まっていた。

当時、日本の音楽シーンは歌謡曲、演歌、フォーク(ニューミュージック)に分類されていた。

歌謡曲には青少年相手のアイドル歌謡と中高年相手のムード歌謡があり、演歌はいわば、ムードを求めていない中高年向きであり、フォーク系は若者向きと決まっていた。

その後、フォーク、ニューミュージック系はJ-POPというジャンルに変わり、延長線上に邦楽ロックが足場を固めるようになった。

ムード歌謡は絶滅危惧種になったが、その後釜的位置付けには谷村新司やさだまさしあたりがドッカリ座り、中高年の音楽を下支えしている。

J-POP、邦楽ロックというカテゴリーは元々、オフコースやサザン、松任谷由実あたりのニューミュージック系が発展したものだが、こうした世代のミュージシャンが50代、60代の今も現役でバリバリ活躍することで、「中高年の音楽」が大きく変わってきた。

若者の身近な心象風景を歌に昇華させてきたニューミュージック世代のトップランナー達が現役のまま年を重ねることで、彼らが描き出す世界も年齢相応に変化してきた。

60歳を超えた松任谷由実が「恋人はサンタクロ~ス!」という歌を今の年齢で作って歌ったらヘンテコである。当然、彼女も今は大人の歌を創造する。

話は飛ぶが、尾崎豊が普通に年を取って50歳の目線で楽曲作りをしていたら、どんな作品を生み出したのかと思うと改めて早逝が惜しまれる。「50歳の地図」とか、そんな名曲を作って欲しかった。


というわけで、尾崎豊のルーツのような存在だったハマショー師匠に話を強引に持っていく。

先日、ハマショー師匠に関する重大ニュース?をネットで目にした。感慨深い出来事である。

http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20150513-00010001-realsound-ent

浜田省吾。私にとって神である。63歳でバリバリ現役である。

35年以上前の中学生時代に初めて聴いた。まだ無名で音楽性も固まっていなかった頃だ。中学2年の時の家庭教師に教わった。

当時大学生だった広島出身の家庭教師である。私としては家庭教師など有難くはない。無駄話と夜食のドカ食いだけで帰っていただきたい。だからハマショーの話題を彼にふることで、勉強モードにならないように粘っていたわけだ。

そのせいで必死に聴き込んだこともあって、気付けばハマショーの世界にすっかりハマってしまった。以来、、彼の歌の世界が年齢相応に変化していくのを追体験してきた。

それこそ初期の頃は「ナナハン高速飛ばして~マッポに追い回され~」とか「あたいはイカれたあばずれセブンティーン」とか、スンゴイ歌詞も珍しくなかった。

その一方、初期の頃からラブバラードにも定評があって、いにしえの名曲「片思い」「もうひとつの土曜日」あたりは、フォークからニューミュージックへの流れの頃の作品だ。

バブル景気のさなか、ヒヒオヤジ達がワンレンボディコンのオネエチャン相手にそうした歌をカラオケで熱唱するのが堪らなくイヤだった。

いま、当時と似たようなことをしているヒヒオヤジ化した自分を猛省している・・・。

唯一のヒット曲「悲しみは雪のように」がドラマとのタイアップで売れまくった時は、その数年前に発売されたアルバム収録曲だったこともあって、根っからのファン達は冷めた目線で突然の“ハマショーブーム”を眺めていた。

昔からの信者?にとってハマショー師匠の路線の継続性というか一貫性はたまらない魅力だ。ビッグネームになったら、それまでの路線を捨てて分かりにくい自己満足型の音楽追求に走っちゃうミュージシャンもいる。

ハマショーの世界は、変な言い方をすれば永遠のマイナー、永遠のマンネリかもしれない。でもそれこそが長年に渡って年齢に応じて彼の楽曲を聴いてきたファンを喜ばせる。

YouTubeでハマショー師匠を検索するとミスチルの桜井和寿がハマショー師匠とライブでジョイントした時の子供のようにハシャいでいる動画が出てくる。最近発売された福山雅治のカバーアルバムのラスト曲は師匠の35年以上前の名曲である。

いまをときめくミュージシャンのルーツ的なポジションにいるのがハマショー師匠だということが分かる。

ちなみに、YouTubeといえばダウンタウンの「ガキの使い」でかつて放送された「ハマショーだらけの野球大会」が一番面白い。

敵チームも味方チームも全員がハマショーの格好をして黙々と野球をする動画である。ファンとしては複雑な態度をとるべきなのだが何度見ても腹を抱えて涙を流しながら笑ってしまう。

https://www.youtube.com/watch?v=SG0QVLCBhzo

おっと、いけない。師匠をもっとリスペクトしなければいけない。この動画の存在は内緒である・・・。

で、そんな師匠が10年ぶりにオリジナルアルバムを出した。

最近、そればっかり聞いている。ときどき泣いたりもする(ウソです)。久々のハマショー師匠の世界観にやられっぱなしである。

「中高年の音楽」のひとつの完成形だと思う。邦楽ロックというジャンルで中高年の心象風景を巧みに楽曲化している点で掛け値無しにカッコいい。

細かく楽曲紹介をする気はないが、歌詞のテーマがニクい。

子供の成長過程を振り返って安堵した気分で妻と向き合っている曲、一人気ままに残りの人生を歩こうと思っていたのに突然訪れた恋に動揺している曲、親しい友に逝かれた男の心情を表した曲などなど、オトナ心に刺さる歌がいくつも盛り込まれている。

とくに心を打たれたのが「五月の絵画」という曲だ。娘が小さかった頃に家を出て行った男が、大人になった娘と再会して昼下がりにお茶を飲んでいる情景を描いている。

♪ あれは君 15の春 涙浮かべて
  家を出る 俺を許さず 唇かんでた

  言葉を探したけれど すべて的外れで
  ドアを閉じ 息が出来ず 歩道に崩れ落ちた ♪

この歌詞は、娘との過去の別れを回想するくだりである。そして、すっかり美しく育った娘の姿を絵画のようだと例えるオジサマの切ない心情を歌っている。

世の中にさまざまな詩の世界があるが、個人的にズシンと来る歌にはなかなか出会わない。それをハマショー師匠が描いてくれたわけだから、大昔から信者である私にとってはタマランチンである。信仰増進である。どんどん寄進せねばと決意も新たである。

さてさて、今日は冒頭に日本の人口構成、その後に音楽の変遷なんかをもっともらしく書いてみた。

白状します。これは実は姑息な作戦でした。

「ハマショーは最高だ」ということを嬉々として書きたかったわけである。でも最初からそんな話を熱く語っても興味の無い人には素通りされてしまう。

余計な話で引っ張って「ハマショーは偉大なり」という話に強引に持っていくための謀略だったわけである。

日本の人口もユーミンも尾崎も私にとってはどうでもいい。ただハマショー賛歌を書きたかったわけである。

どうもすいません。

2 件のコメント:

道草人生 さんのコメント...

富豪記者殿
最近、確かイギリス発の新聞記事で男女の音楽志向の違いとして、女性が柔軟に歳をとっても流行歌を抵抗無く聞くのに対し、男性は10代後半から20代の時に好きだった音楽やミュージシャンの作品を生涯聴き続け新しい流行歌には興味を示さない傾向が強いというのを読みました。いや洋の東西を問わず傾向は同じなんですね

そして富豪記者殿にとってハマショーはそんな存在で、またそのハマショーが歳を重ねて成熟した世界観、世代感に合わせた歌を作ってくれる。それはとても幸せなことで、そういう歌手のいない僕には羨ましいです。

とは言っても、新しいアルバムの通奏低音となっているテーマはとても興味があります。僕も新しい世界にちょっと冒険して聞いてみようかなと思いました。

富豪記者 さんのコメント...

道草人生さま

確かに男のほうが「振り返り」が多い生き物だと思っています。

女性のほうが寿命が長いのもそのあたりに理由があるように思います。

年齢に応じて聴いてこられたハマショーみたいな存在があったのはラッキーです。若い頃熱くなったミュージシャンがそのままの路線で現役を続けているケースは少ないですから、当たりくじみたいなものでしょうか。。。