「吉原」と聞いて現代人が連想するのは、ソープランド街だろう。とある一角に大衆店、高級店などが入り乱れる光景は一種異様だ。
変な話、あの街に漂う「気」がドンヨリと淀んだ感じは独特だ。さすがに、古くから情念、怨念が渦巻いた場所だからだろうか。
その昔、病気になった遊女はほったらかしにされたり、死んだ後は寺に投げ込まれたり、そんな悲惨な裏面史抜きには語れない街だから、重い「気」が漂っていても不思議ではない。
もちろん、暗いイメージは現代の話。江戸期の吉原といえば、娯楽の乏しかった時代の最大、最先端の歓楽街・社交場だった。現在イメージされるネガティブなイメージとはまったく異質なエンターテイメントエリア?だった。
陰惨なイメージがつきまとう売春街という感覚ではなく、着るもの、髪型などのファッションをはじめ、すべての流行・文化の発信基地の役割をしていたのが吉原だ。
一説によると、集う男たちも、半数以上が遊郭に上がらず、ただブラブラするだけだったという話もある。散策するだけでも充分楽しいエリアだったことが想像できる。
遊郭を舞台にした吉原遊び自体が、何かとハードルが高く、町人が気軽に楽しめるものではなかった。品川や根津あたりの岡場所と呼ばれる非公認の歓楽街が大繁盛していたのも、吉原の格が高く、面倒が多かったことが理由だ。
今も残る座敷遊びのアレコレも元を正せば、すべて吉原が起源だし、極端に言えば、今の時代の銀座のクラブの仕組みにすら吉原の影響は残っているようだ。
銀座のクラブの特徴のひとつが、俗に係と呼ばれる担当ホステスがずっと固定される点だろう。永久指名とでも言うのだろうか、よほどの事情がない限り、係という立場は不変だ。
係が休んでいる時に店に行っても、その客の売上げは係の売上げにカウントされるし、ヘルプの女性の同伴出勤に付き合っても、店に行けば、その客の売上げはやはり係の売上げとなる。
確かなことは分からないので、あくまで想像だが、このシステムは江戸時代の吉原の流儀にルーツがあるのだろう。
飲食店などでよく使われる言葉に「裏を返す」という表現がある。平たく言えばその店への二度目の訪問を指す。語源は、遊郭での遊女の名札だとか。客と会っている遊女の名札が裏返されることに起因しているわけだ。
一度馴染みになった遊女とはその後も付き合い続けるのが暗黙のルールだったらしく、粋だの野暮だの意気地(いきじ)などという価値基準は、この辺のルールに関しても厳しかったようだ。
飲む、打つ、買うの「買う」の部分だ。この部分だけお金の支払いが強調されていることからも分かる通り、歓楽街ではお金にまつわる態度が、粋か野暮の判断にも大きく影響した。
以前、読んだ本に書かれていたのだが、吉原でとかく不人気だったのが下級武士。気位ばかり高く、カネ払いは悪く、門限が厳しいため時間にせわしなく、おまけに払った分のモトを取ろうとガツガツしていたそうだ。
現代の歓楽街もまったく同じだろう。「オレは高い金払ってんだかんな!」と威張り散らす客が嫌われるのは当然だ。
はたから見聞きしても、出入り禁止にすればいいようなバカ客がたくさんいるが、そこは、イマドキの水商売の弱いところで、ついついバカを増長させている。
昔の吉原は、野暮が過ぎる客は、遊女はおろか、下働きの若い衆や茶屋からも無視され、見世(店)に上がらせてもらえないこともあったらしい。
そこまで徹底すればこそ店の格も保たれるし、野暮じゃない客のいじましい苦労?も報われるというものだろう。
今の時代の銀座あたりでも見習って欲しい話だが、現代ではそんな意気地(いきじ)や矜持を求めるのは難しいのだろうか。野暮天ばかりが平気でウロウロできるようになれば、あの街に魅力ななくなる。
そうなれば、私も散財しなくなるから、それはそれで結構なことかもしれない。
話がそれた。
粋だ野暮だに厳しく、文化の源だった吉原は、ある意味、江戸の男にとっては、修練の場だったとも言える。男を磨くというか、たしなみとか情緒、気っ風みたいな要素を学ぶ場所だったのだろう。
見栄の張り方、気配りや我慢の加減など諸々だ。我慢の加減などと書いたが、粋という発想は、簡単に言えば我慢と似た感覚だと思う。
ゆるんでいる時間だ。エゴ、我欲をむき出しに出来たらどんなに楽だろう。でも、それこそが野暮の極みであり、ひたすら忍従?の道を歩むのが粋な男である。
東京生まれの東京育ちである私は、野暮ったいことは避けたい意識がとても強いのだが、意に反して、年を重ねるうちに野暮度合いが強まってきたことを感じる。
銀座のクラブでも、ついつい腰が重くなり、長っ尻になることが増えたし、ただでさえXLに見られがちな居ずまいも、どんどんだらしなくなっている気がする。
もちろん、変な虚勢を張ったり、威張りちらすほどアホではないから、気に入らないことがあれば、ニッコリ笑って二度と行かない程度の粋?はまだ健在だ。
私が「部活」と称して喜んでいるあの世界が、男を磨く鍛錬の場としての要素がもっと強まってくれれば嬉しいのだが、年々、そういう空気が薄れているような気がする。
こっちが単に年を取ってしまったのか、あの世界が堕落してきたのかは分からないが、少し寂しい気もする。
なんてことを書くと、ちょっとカッコつけ過ぎだ。実際は、ただの酔漢太郎ではある。
話がとっちらかってきたからこの辺にしよう。
それにしても、もしタイムマシンで江戸時代に行けるなら、隆盛期の文化発信基地だった吉原散策をしてみたいと思う。
人気ドラマだった「JIN -仁-」のようにタイムスリップものの映画を吉原を舞台に作って欲しいものだ。野暮な男が江戸時代の吉原にワープして、日ごとに粋人に進化していくようなストーリー。大ヒット確実だと思う。
2012年2月27日月曜日
吉原 意気地
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