2014年12月5日金曜日

娘のこと


愛娘(まなむすめ)という言葉がある。男の子の場合は「まなむすこ」とは呼ばない、愛息という言葉はあるが、愛娘よりポピュラーではない。

箱入り息子という言葉もない。やはり女の子の可愛さは別格だという証拠なのかもしれない。

私自身、女の子と男の子の父親だが、やはり娘の可愛さは特別である。息子には申し訳ないが、初めて持った子が女の子だったせいもある。それ以外にも初めて接した身内の子どもが女の子(姪っ子)だったから、どうにも女の子を贔屓する気分になる。

買ってあげるオモチャも女の子向きのほうが可愛い。着るものだって同じ。息子にはついついウケ狙いの変な服なんかを買ってしまう。

ジャイアント馬場がコミカルに描かれているTシャツを息子に着させて笑っている一方で、娘には彼女の好きな服を無条件で選ばせている。甘甘とうちゃんである。

旅の土産も、なぜか娘には予算度外視で選んでしまう。まあ、息子には将来、時計や身の回りの逸品をあげることになるから許してもらおう。

子どもと離れて暮らすようになって2年以上が過ぎた。ちょこちょこ会っているので単身赴任しているような父親よりは恵まれている。電話もくれるし、メールのやり取りも出来るので問題は無い。

それでも割と頻繁に娘のことを考えてしまう。ベランダでのんびり葉巻や煙草の煙に包まれている時にそんな状況になる。

学校は楽しめているか。弟と喧嘩していないか。困ったことはないか等々、会った時に散々話をしているのに数日も経つとアレコレ心配になる。

中学生だから思春期である。いまだにハグもするし手もつなぐのだが、先日「オンブさせろ」という私の希望は断固拒否された。重いぞと言われるのがイヤだったらしい。

モミジみたいな小さな手の頃を思うと、「てやんで~」と毒づきたくなるが、正しく成長している証拠でもある。いっぱしの口をきくようになった娘が頼もしくもあり、一方で寂しい気分にもなる。

よちよち歩きの頃から二人で出かける場面は多かった。弟が出来たのは娘が小学校に入るぐらいの頃だったので、それまではしょっちゅう二人で遊んだ。

暇があれば散歩に連れ出した。疲れたら肩車して歩いた。肩の上で寝込んでしまい私の髪が娘のヨダレでデロデロになったことも何度もある。

街なかで証明写真の自動撮影機があれば、必ず悪ふざけした写真を撮った。今も時々、その頃の写真を眺めては娘の幼い頃を思い出す。

自転車の特訓をしたこと、ディズニーなんちゃらには一度も連れていかなかったのに「としまえん」には頻繁に出かけたこと、プールではしゃいだこと、バッティングセンターで打撃特訓をしたこと、やたらと日帰り温泉に行ったこと等々、楽しい記憶は山ほどある。

中学生になってからは父親のオヤジバンドのライブに触発されたらしくガールズバンドの真似事をはじめた。選曲も父親に相談してくるし、まだまだ父親を頼ってくれることは嬉しいことだ。

最近は会うたびに機関銃のようにシャベリ続ける。友達との人間関係、学校の楽しいことやイヤなこと、母親のこと、テレビの話題等々、延々と話をしている。

母親とはまるでタイプの違う人間である父親相手にアーダコーダと持論を展開して、時にこちらの意見を聞くことが適度な刺激になっているみたいだ。

一緒に暮らさない選択をした父親に対しては思うところもあるはずだ。文句もたくさんあるだろう。これから年を重ねていくうちに不満が強まって恨み節をぶつける場面も必ず来ると思う。

いや、それよりも父親を嫌って疎遠になる時も来るだろう。こっちも少しは覚悟している。せめてそれが一時的な感情であることを祈るしかない。

この前会った時、一緒に歩きながら、ごく自然に娘が腕を組んできた。親子が腕を組んで歩くことなど珍しくないが、私にとっては心がジンワリとする瞬間だった。

親のエゴで別々に暮らすことになったから、子どもには理解不能だったはずだ。その部分だけは今も心が痛い。この先もずっとその痛みとは付き合っていくのだろうが、娘が感じた痛みのほうが遙かに強かったはずだ。彼女の心を思うといたたまれない。

どう逆立ちしたって悪いのは親だし、身勝手な選択を理解してもらおうと思うのはエゴの上塗りでしかない。

父親思いの娘だから、今では別々に暮らすようになった事情に理解を示してくれている。そんなことを言われた時にはこっちが泣きそうになる。

でも、その優しさはあくまで彼女が精一杯背伸びしたうえでの気配りだろう。彼女のその気配りが少しでも本心に近づくように行動で示していくことが私の人生後半戦における最大の課題だ。

彼女が大人になった時、いや、40代、50代になってからでもいい。こっちがアノ世に行っちゃった後だっていい。少しは理解してくれる日が来れば嬉しい。それだけが望みだ。

ジョン・メイヤーのDaughtersという名曲がある。以前、我がオヤジバンドのリーダーが教えてくれた。それ以来、ちょこちょこ聴いている。

https://www.youtube.com/watch?v=rZLbUIa7exE

歌詞の一部を引用する。

♪ 
Fathers, be good to your daughters
Daughters will love like you do
Girls become lovers who turn into mothers
So mothers, be good to your daughters too ♪

訳詞はこんな感じ。


父親たちよ 娘を大事にしてあげよう
娘は父親に愛された通りに人を愛するものだから

彼女たちもやがて恋人になり 母になる
だから母親も女の子は大事にしよう ♪


しっとりとした雰囲気でとても優しい気持ちになれる曲だ。これを聞くとセンチな気分になる。

さてさて、いよいよ我がオヤジバンドのライブが明日に迫っている。今年は娘が来ないので「自主規制」なしでアホバカトークを繰り広げてしまいそうだ。

そんなオチャラけた父親だが、娘にとってはただ一人の父親である。恥ずかしい生き方は出来ない。

そう思わせてくれること自体が娘という存在の有り難さである。彼女の父親になれたことは幸せだ。半世紀近く生きてきたなかで一番の幸運だ。

親バカですいません。

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