2021年2月12日金曜日

浅草が呼んでいる




 

やたらと暖かかった先週末の話だが、のんびりと浅草を散歩してきた。外国人のいない浅草をふらつくのは四半世紀ぶりぐらいだろうか。

 

人出はそこそこ。緊急事態宣言中ということを考えれば多いのだろうが、コロナ以前の状態に比べればガラガラだ。

 

さすがにホッピー通り界隈は週末とあって昼飲みに精を出す人々で大賑わいだった。飲食店の時短営業要請の中途半端ぶりを痛感するシーンだろう。

 




 

祖父以前のご先祖様は浅草界隈の人だったから私にとって浅草は何となく郷愁を感じる街である。

 

再開発によってこの10年ぐらいですっかり綺麗になったが、昭和っぽいオッチャンがウロウロしている雰囲気はしっかり残っている。

 

浅草の魅力は、オシャレとは無縁の土着的東京っぽさ?だと思う。表通りはともかく、裏通りや外れの路地を歩けば他の街とは違う“濃さ”を感じる。

 

某港区界隈のように地方から出てきた人が一生懸命トンがって作り上げたシャレオツな路線とはまったく違う。

 

大衆演劇の小劇場や演芸場が普通にあって、定食屋や喫茶店も昭和のまま時が止まったような風情だ。

 

ゴルゴンゾーラやアマトリチャーナといった発音のしにくいパスタではなく、あくまでケチャップナポリタンであり、バスクチーズケーキやマカロンではなく、芋ようかん、ぜんざいが似合う街である。

 

この日ふらっと入ったのが老舗の洋食屋「リスボン」。素っ気ない造りのカジュアルなお店だ。お値段も手頃。

 



 

マカロニグラタンとオムライスを頼む。味は極めて普通である。極めて真っ当だとも言える。両方ともとくに特徴は無い。でも特別感は無い分、毎日でも食べられそうな味わいだ。

 

グラタンは昭和のニッポンの味だ。子供の頃に母親が作ってくれた味に似ていた。牛乳が多めなのかとてもマイルド。お子様向けかと思うほど優しい味だが、これはこれでクド過ぎないという点で悪くない。

 

オーソドックスなオムライスは中のチキンライスがちゃんと美味しかったのが嬉しい。これは大事な点だ。

 


いろんなオムライスを食べてきたが、オムの部分は頑張ってるのにチキンライスの味が無かったりベチャベチャだったりすることは珍しくない。

 

中身のチキンライスがちゃんとしている場合、3分の2ぐらい食べたところでオムレツ部分はすべて食べきって、チキンライスだけにした状態にするのが私の食べ方だ。

 

最後はチキンライス単体である。これだとオムライスとチキンライスを2種類食べたような気分になるから食い意地の張った私には嬉しい。

 

この日は、浅草から合羽橋のほうまで歩き、まず使うことの無い調理器具を見たり、食品サンプルの技術の高さに驚きながらのんびり散歩。

 

マスクを外したくなると人のいない路地に入ってあてもなく歩く。こういう時にはそこら中で見かける由緒書きみたいな看板を読むのが楽しい。

 




 

江戸時代の事件や世相を反映した記載内容がいま自分がいる場所で繰り広げられていたかと思うと感慨深い。

 

子供の頃から御先祖様の墓参りついでに何度も浅草に連れて行かれた。杉並区の実家からは妙に遠かったので、大人になってからも浅草は遠い所という思い込みが強かった。

 

中央区に住むようになって浅草が案外近いことに気付いたからこれからはマメに出かけたいと思っている。

 

いまの住まいからまあまあ近い距離にある都営浅草線の駅からだとわずか10分で浅草に着く。

 

職場のほうが浅草線の駅は近い。10分で移動できるなら通勤にも至極便利である。

 

ひょっとしたら住めちゃうかもしれない。人生で一度ぐらい浅草に住んでみるのもアリだろうと本気で考えている。

 

私が大好きな洋食屋さんはごろごろあるし、鰻屋さんをはじめとする“オヤジメシ”の名店がわんさかある。

 

どちらにお住まいですか?と聞かれて「浅草だよ」と答えるのはちょっとカッチョいいかもしれない。



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