外で飲むのが何となくカッタルく感じて直帰してノンビリする日がちょっとだけ増えた。
誰にも干渉されずに半裸みたいな格好でゲップ太郎、屁こき太郎になるのは至福の時間である。
こんなことでは人付き合いが益々不得意になりそうだから、見知らぬ人と1時間だけお茶を飲むとか、気になる女性と2時間だけデートしてみるとか、少しずつリハビリしないとなるまい。
時々だが、家飲みする際に「ひとり御馳走」状態になる。カニや刺身を買ってきて、お気に入りの寿司酢で寿司飯を作って、録画してある「寅さん」を見ながらムホムホと飲み食いする。
そこらへんの居酒屋で飲む程度の出費で富豪気分である。
皿や器にこだわりが強かったくせに、買ってきたままのプラスチック容器のまま並べちゃうあたりが、私が退化?している証拠である。
素敵な女子でも訪ねてきてくれれば、自慢の皿も活躍できるはずだが、一人だとさすがに面倒だ。せっかく収集してきた器達が不憫である。
さて、家飲みの心強い味方が「お取り寄せ」である。ネット通販の世界は競争が激しくなり、注文したものがとっとと届く。細かく時間指定もできるし、一昔前より格段に使い勝手が良くなった。
で、いろんなものを「お取り寄せ」している。近くの大型スーパーまで行けば手に入るものまで横着して送ってもらう。
マイ寿司飯に欠かせないのが内堀醸造の「美濃」シリーズだ。「有機すし酢」「特選すし酢」いずれも私の大好物である。大型スーパーには置いてあることが多いので気軽に手に入れることができる。
炊きたての「つや姫」をマイ木桶で丁寧にシャリ切りするのは私にとって楽しい時間である。いつもワクワクしちゃう。
炊きたてのまま冷凍してある一杯分のご飯をチンして寿司酢とあえて醬油をチロっと垂らしてオカズ無しで食べることさえある。
それだとさすがに普通に作った寿司飯より味は格段に落ちる。それでも寿司飯の感じは味わえる。自分流変態的B級グルメである。
続いては地味ながら私が心底惚れ抜いている「鳥味噌」を紹介したい。100人に勧めたら100人がウマいと言うレベルの逸品だ。
もともとは西銀座にある銀座インズ地下に古くから店を構える焼鳥の名店「葡萄屋」で出会った。
突き出しでチョロっと出された。前後不覚になるほど?美味しくて、思わず別売りしてくれと叫んだのだが、私が叫ばなくても、当たり前のように瓶詰めされたものが定番商品として用意されていた。
ネットから買うことも出来る。そのままツマミにしても良し、豆腐に載せても焼鳥に塗っても良し、ご飯に載っけても良し、うどんやソーメンのトッピングにしても良し。万能である。
沖縄で定番の豚味噌や瀬戸内海あたりの鯛味噌なんかも試したが、この鳥味噌は無敵だと思う。まるで店の回し者みたいだが、ウマいんだからしょうがない。
続いては、「浅草むぎとろ」の味付けとろろである。
冷凍状態で送られてくるが、ぬるい水に5分~10分入れておけばすぐに食べられる。小袋なので、ドカンと食べたい時、ちょこっと食べたい時いずれの欲求も満たしてくれる。
味付けといっても薄味なので、私の場合、気分によって醬油やポン酢、蕎麦つゆなどを少しだけ足して食べる。
大事な部分?が弱くなっているオジサマにはとろろのネバネバは欠かせないパワーの源らしい。せっせと食べるようにしている。
効果を実感したことは残念ながらまったく無い。
時には、これまた取り寄せで常備している「煎酒」(いりざけ)をチョロッと垂らして味わうのも悪くない。
最近は料理屋さんでも煎酒を出す店があるが、醬油とは違うマイルドな調味料としてなかなか重宝する。醬油が広まる前の江戸時代は寿司や刺身も煎酒につけて食べていたらしい。
銀座8丁目にある三河屋の一品だ。江戸のスローフードに着目した商品を揃えている店だが、私が8丁目をウロつく夜の時間にはお店は閉まっているので、これまたネットから注文している。
「おひとりさま中高年」のあるべき姿を模索している私としては、こういう地味ながらキラリと光る逸品を探すのが一種の趣味のようになりつつある。
何を目指しているのだろう・・・。
さて、最後に実用面で私が気に入っている商品を紹介する。
人気のコメ「つや姫」である。単なるつや姫ではない。「2合パック」である。モノグサな私にとって愛人のように大事な存在である。
美味しいご飯を炊こうと意気込んでいると、計量カップに適切な量のコメを収めることに妙に神経を使ってしまう。変なところにこだわりたがる私の悪いクセである。
この2合パックなら必死に計量する手間が不要だ。1合や3合炊きたい場合にはダメだが、2合か4合の場合には、開封して炊飯器にバサっと入れれば済む。
この商品を初めて見つけた時にはスキップしたくなった。コストの面で割高だろうと知ったこっちゃない。
手に汗握るほど神経をすり減らす?計量の手間がいらないわけだから「アモーレ!」である。
それにしても、チマチマした話である。自分が器の小さい男だと世間に宣伝しているようなものである。
もっと大らかな話を書くように心がけよう。
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