銀座の料理屋のカウンターで隣に座った初老の紳士とアレコレと語らう機会があった。
その紳士は後輩らしき面々とともに食事の後の二次会としてやってきたらしい。
小さい店で客も多くなかったから、私の耳には彼らの会話が入ってくる。話題はワインやヨーロッパの世情など文化的な香りが漂う。
スーツ姿ではなく割とラフな格好である。商社あたりのOBか、はたまた海外勤務が長かった新聞記者OBあたりが回顧話に花を咲かせているのかと思ったのだが、どうもビジネスマン的な雰囲気が無い。
どちらかといえば職人さんのような様子。ほんの少しコワモテというか、若い頃は尖っていたような匂いが漂う。
ひょんなきっかけで隣に座っていたそのオジサマが話しかけてきた。お互い酒も入っているから、あれこれ話すうちにその人がフランス料理界の重鎮だと知る。
なるほどと一人で納得。職人の総本山みたいな人である。一般的なビジネスマンの雰囲気とは違う濃密な気配をまとっていた。
若い頃のフランス修業時代の話や波瀾万丈の料理人人生の話を面白おかしく語ってくれた。
そして4年後のオリンピックの際には、日本の料理レベルを世界に発信する旗振り役になるんだとの熱い思いを聞かせてもらった。
ちょっと感動した。
以前、私がハマったテレビドラマ「天皇の料理番」を彷彿させるような面白い話がてんこ盛りだった。束の間の酒場交流とはいえなかなか貴重な体験だった。
酒場で隣り合った見知らぬ人とアレコレ語り合うことは結構珍しくない。カウンターに座ったお一人様同士というパターンが多いが他にもいろいろなパターンがある。
酒癖の悪いオッサンにカラまれるような迷惑なこともあるが、そういうウザい系だけでなく、妙にウマがあって古くからの友人みたいなノリでじっくり杯を酌み交わしたこともある。
お互いにどこの誰だか何をしている人なのかも分からないまま、熱く人生を語ったりするわけだから、やはり酒には魔法の力があると思う。
何者だか分からないから気安く盛り上がって楽しく過ごす。下品な話でゲヒゲヒ笑い合った相手が後になって世界的な音楽家だったとか著名な実業家だったりして結構ビックリしたこともある。
映画の中の寅さんだったら、そんな感じで知り合った凄い人達とその後も交流を続けるのだが、私の場合はその場限りである。
もっと積極的にせっかくの縁を大事にすればいいのにいつもそれが出来ない。
たまたま酒場で盛り上がっただけだから、その後も引きずろうとするのはヤボなことに思えてしまう。
確かにヤボはヤボだが、中には本当に気が合う人もいただろう。あと一歩積極的になっていれば自分の世界が広がったはずだ。
寅さんのほうが私より遙かに器の大きい人物だと改めて思う。
実際、「男はつらいよ」シリーズでは、寅さんは日本画の巨匠や陶芸界の巨匠、旧藩主の流れを汲む“殿様”などとひょんなことで知り合って楽しく交流する。
そこには変な自意識もなく、ただアッケラカンと気の合った人と友達付き合いをする寅さんの真っ直ぐさだけがある。
考えてみればそっちのほうがイキなのだろうか。せっかくの縁をハナっから摘んでしまうほうがヤボなのかもしれない。
なかなか難しい問題である。
2016年12月9日金曜日
酒場の縁
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